下弦遊戯β ―ディルスを連れ戻せ!―
|
■ショートシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:1〜3lv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月25日〜07月30日
リプレイ公開日:2004年07月26日
|
●オープニング
書斎で一人、頭を悩まされている紳士がいた。
一昨年に妻には先立たれ、外出不能の病弱な娘を一人抱えて。
家に巣食っていた悪質な妾共を追い出し、負債が無いのはありがたい限りだが、自分は今年で既に五十歳を迎える上に持病もちの為家の今後と老い先が不安で仕方ない。
「ディルスを呼び戻すしかないのだろうなぁ」
本音は否である。
昔、家に巣食っていた妾の一人が最初に生んだ息子で長男に当たるものの庶出であるため家を継ぐには問題が山積みだった。かといってこの家には嫡子の長男がおらず、正妻の実子は屋敷に監禁状態で保護してきたクレアという娘一人。自分や娘に何か有った場合を考慮すれば末恐ろしくなるのも至極当然。
「しかしなぁ」
こっそり屋敷から追い出した妾の息子の様子を調べたものの、結果は唖然。今年二十一になるディルスは、賭博で山のような借金を作り、毎日歓楽街を亡霊のように浮遊。女遊びが激しく計画性に欠けているという。
まさかそんな莫迦息子を、しかも一度追い出した対面上、戻るように頼み込むなどプライドが許さない。
にっちもさっちもいかなくなっていた紳士は、覚悟を決めたように引き出しから二枚目の依頼書を取り出して筆を走らせた。
二枚とも封筒に赤い蝋燭を垂らして印で封印を施し、手元の呼び鈴を鳴らして執事を呼び出す。ものの一分もたたぬうちに、白い鬚に黒衣装という初老の執事が現れた。
「およびでしょうか、旦那様」
「ギルドに依頼を。二件だ、一件は‥‥不本意だが、ディルスを連れ戻す手配をする」
目が点になるとはよく言うが、呼び出された執事は長い眉毛に隠れた双眸を見開き、唖然と受け取った封筒を見下ろしている。しかしそこはベテラン執事。しばらくすると何事も無かったように「仰せのままに」と封筒を懐にしまった。
「もう一件のほうは?」
「クレアの誕生日プレゼントの手配だ。別件で進めてもらってくれ」
兎にも角にも莫迦息子を連れ戻せと暗に言い切る紳士に向かって、執事は再び頭を垂れて書斎を後にし、ギルドに向かって馬車を走らせた。
後日。ディルスが日夜徘徊する町の一角の宿屋を貸しきり、依頼を受けた冒険者が顔をつき合わせていた。
「お待たせしましたな」
執事が現れた。執事は冒険者達の顔を一人一人確認しながら点呼を取ると、事前に調べた結果を各自に説明する。
依頼タイムリミットは二日目正午。
「既にお伺いでしょうが、説明した青年を捕獲していただきます」
厳粛に受け止める面々。しかし続く言葉で一部の人間が固まった。
「デット・オア・アライブ、といきたい所ですが、生存を原則。殺した場合は契約違反。難しいとは思いますがついでに遊び癖をなんとか諭していただきたい。成功時には多額の報酬をお支払いします」
なかなか危ない発言をするじーさんだ。
冒険者に不安を抱かせながらも、仕事は弐時間後の鐘の音とともに開始される。ディルス本人は町の中。前途多難な仕事が始まろうとしていた。
●リプレイ本文
「そろそろ潮時かねぇ」
最近は賭博の要領でも悪いのか、ディルスはそんな事を呟きながら徘徊していた。物陰に彼を監視している人間達の影がある。黒と真紅のオッドアイを持つ威吹神狩(ea0322)とウィザードのチカ・ニシムラ(ea1128)は昼過ぎから彼を監視していた。
三時を過ぎた頃、花を買い集めていたディルスの視界の先に、清楚なドレスに身を包んだ女の姿が映る。薫風に波打つ金髪は空に映え、白い指が横笛の華麗な音色を奏でていく。目が合いさえすれば微笑む奏者の天性の可憐さに溜息をつく者の多い事。しかしこの女。実は男性で囮役のアレス・バイブル(ea0323)であり、持ち前の美貌で愛想を振りまいているとディルスが近づく。アレスの容姿を見たディルスが「ぴゅぅ」と口笛を吹く。
「背ぇ高いし美人だねカノジョ。いい曲きかせてもらったよ。コレは俺からプレゼント」
「ありがとうございます。貴方も素敵ですよ」
声音を変え、受け取った花束を口元に寄せて可憐に微笑む。雑談を交わした後「私と、後で酒を飲みながらお話しませんか」と囁くように艶然と笑う。ディルスが、にぃっと口元を吊り上げた。「夜、暇なんだ」と壁を背に片手でアレスの腰を抱き、首筋をなぞる。
傍目には蜜月を楽しむ恋人同士に見えなくも無い。
だが突然アレスの肩口で「くっくっく」と笑い始めた。
「――いいねぇ。実に容姿は俺の好みだ。これで『女』なら文句ないね」
アレスの瞳が驚愕に彩られた。
ディルスがトントンと首をさす。
「名うての女泣かせを舐めるなよ? 男と女は基本的に体つきが違う。逞しい体格はドレスで隠せても、女に咽喉仏はねぇんだぜ?」
物陰の神狩とチカを含めた三人に緊張が走ったが、ディルスは「いっか」と言いながらアレスに羊皮紙の端切れを手渡す。時を知らせる鐘の数と酒場の名前が書いてあった。
「俺これから用事でね、気が向いたら来いよ『カワイコちゃん』?」
と掠めるようなキス一つ。
まさかバレた挙句にキスされるなんぞ予想もしていなかったアレスは、ショックのあまりにその場で硬直した。無情にも神狩とチカはディルスの後を追っていく。
ちなみにこの時、作戦時に「こんなナンパ男、あたい一人で捕まえてきてやる」と豪語して飛び出したレオラパネラ・ティゲル(ea5321)は、道に迷った上、非常に肌を露出した衣装の為か柄の悪いチンピラに絡まれて騒ぎを起こしていたという。
一方、ディルスの後を追いかけた二人は、能力的に勝っていたのか、順調に尾行を続けていた。新たに花を買ったディルスは屋敷の裏に回ると、するりと壁の中へ姿を消す。驚いたチカが傍らの神狩の袖を引き「ねぇ、この屋敷って依頼に――」「‥‥静かに」と、小声で囁きあう。やがて這い出すようにして現れた。
穴があるらしい。ディルスは一度、愁いを帯びた瞳で屋敷を見上げて去っていった。彼の手に花束は無い。一瞬迷った後、神狩とチカはディルスを追わず彼の出てきた場所へと走る。これは仕事、調査の一環と内心言い聞かせ、躊躇い無く入っていく。
其処は依頼人のプリスタン家の屋敷だった。包み込むような優しさの気配に満ちている。庭園を抜けた先に無数の窓があり、神狩が二階の窓に花束を見つけた。チカがリトルフライで空を舞い、辺りを警戒しながら窓の付近へ飛んでいく。部屋の中は誰もいない。
偶然、チカは見た。ディルスが花束と共に置いた羊皮紙のメッセージカードを。
『sorry A flower is not sent any longer Today is the last see you again My darling person』
日はすでに沈み、町は夜空の星屑を勝るほどの光に溢れていた。
「ディルスは借金をしていないだって?」
フォン・クレイドル(ea0504)はタルそうにしていた表情を一気に引き締め、厳しい表情と口調で確認するように問い返した。国定悪三太(ea1083)が報告を行い、ジャパン語しか話せない彼の言葉を、合流した神狩が淡々とイギリス語に翻訳していく。
「多額の借金は基本的に母親のものだそうで、本人はびた一文負債を負ってないらしいです。女遊びは多いそうですが」
「こちらが調べた情報も同じだ。借金は無く、酒場では二日に一回働いているらしい。賭博場の様子も探ったが賭け事をするのは時折で、ほとんど管理側――だな」
スプリット・シャトー(ea1865)も報告を行う。執事の説明と異なっている、何か妙だ、と皆が顔をしかめた。合流した神狩とチカは皆を伺っている。少し離れた場所に、レオラパネラが頬を膨らませて様子を見ていた。通りかかった悪三太に助け出されなければ今頃やばいニィちゃんにお持ち帰りされていたかもしれない。
一通りの報告を行った後、しぃんとその場は静まり返った。物音一つ聞こえない。
「踊らされて‥‥いる気がするわね‥‥」
「おそらく依頼人に、だな」そう言って集めた情報を書いた羊皮紙をしまうスプリットが「他には何かあるか」とアレスを除く皆を見回すと、チカが手を上げた。一緒に行動していた神狩を一瞥し、相手が促すのを確認してから目にした事を包み隠さず皆に説明した。フォンが問う。
「どういうことだ」
「わからないの。でも、皆の話をきいてると、この仕事成功させていいのか」
判断できない、と俯く様に呟く。仕事は仕事だ。しかし依頼の裏に黒いものが隠れている気がしてならないと、何人かが言い合った。
「‥‥なんにせよ、もうじき‥‥分かるわ」
皆が一斉に視線を向けた先に酒場がある。ディルスは今、アレスと共にいるのだから。
「宿、ね。それなら私の家にきますか?」
女装したままのアレスは結局、ディルスの指定した酒場に来た。多少危険ではあったが罠に掛けられるならと。
「へぇ。俺は男と寝る気はないんだけどねぇ、まあアンタほど綺麗な相手だったら一度ご指導願うのも一興かな」
口調から冗談だと察したアレスは安心すると共に、軽く笑って相手の言葉に悪乗りした。とりあえず仲間のもとまで連れて行かなければならない。
「嬉しいことを言ってくれますね。本気にしますよ。それに、その気が無いなら、何故誘いを受けたのです。男だと分かっていて」
「それは、アンタらがよく知ってるんじゃないのかな」
艶を帯びた眼差しに対し、陽気だけれど何処か鋭い視線が一瞬向けられた。アレスが問い返そうとすると、ディルスは言葉を制止して「さあて、んじゃ宿貸せや」と席を立つ。
酒場を出て道を進む。人気の無い路地に入り込み、すっと身を離した。アレスがスタンアタックを食らわせようと手刀を繰り出すが、驚いた事にディルスは驚くべき速さで回避した。ざんっと冒険者達が姿を現す。スプリットが進み出て依頼書をぺらっと見せた。
「ディルス・プリスタン。貴殿に捕縛命令が出ている。手荒なまねはしたくない」
「手荒なまねってどんなまねだ」
しびれを切らしたフォンが「こういうのは実力行使に限るんだ」と殴りかかろうとした。イライラが溜まっていた分もあったかもしれない。悪三太が止めようとし、皆が慌てだした途端、それまで黙っていたレオラパネラがディルスに言った。
「なあ、何かわけがあるんじゃないかい? あたいで良ければ少しは力になるよ」と語りかけ続くように声が上がる。チカが花束の事を伺い、「依頼内容と事実が違うの、どうなのかしら」と神狩が静かな声で締めくくる。
ディルスは諸手をあげて降参した。
「詳しくは教えられない。――一つだけ身の上話、きいてくれないか? ‥―腹違いのな、妹がいるんだ」
昼間の陽気さからは想像も出来ないほど静かで精悍な表情だった。
「病弱で外になんか出られもしない、可哀想な籠の鳥ってやつでさ。夜にだけ窓を開いてる。花束は――駄目野郎な兄貴からのささやかなプレゼントってわけ」
首から提げている白い小袋から銀の指輪をとりだして空に掲げ、歯を見せてにかりと笑う。花を買占め、毎日溢れるほどの花束を届け続けたディルスの純粋な優しさだった。
「俺の母親の性根が腐ってたのも認めるし、貴族様が理不尽だなんて承知の上さ。昼間、見逃してくれたろ? だから大人しく捕まってやるよ。今日は妹の誕生日だったんだ‥―愚痴、きいてくれてサンキュウな」
「まさか――私の誘いに乗ったのも」
「そろそろ限界だと思ってたんだ。妹に似てたのもあるか。仕事だろ? どうぞ、俺は逃げも隠れもしねぇぜ」
気づいていたと、最初から捕まるつもりだったと暗に言われて一部の人間が瞠目する。今になってチカはディルスが花と共に置いた書き置きの意図を理解した。
――『ごめん、もう花は届けてやれない』――
「だから、あの言葉を?」
「みたのかよ。‥‥エッチ」
――『今日が最後だ。さようなら、俺の大切な人』――
なんと潔い男だろうと一部の人間は胸中で感嘆した。曇りの無い真摯な目。巷で腐らせるには惜しい逸材、磨き上げれば光る石、おそらく今後この青年は人の上にたつ。
「依頼人の提示時間が明日の正午なんだ、最後なんだろう? 皆で飲みに行かないか」
フォンのひょんな提案にディルスが目を丸くした。やがて笑い出し、ひーひー言いながら冒険者の傍に来る。フォンの肩をばしばし叩きながら相手を見上げた。
「お人よしだなぁ。逃げるかも知れねぇぜ? 大体疑われたらどうすんだ」
「お互い様だ。何か報告を受けたときは、まあ、作戦の一つだとでも言っとくさ」
万が一問われた場合に、親密度を上げて警戒をなくし、それで捕らえるのに成功しましたとでも言うつもりなのか。依頼内容からして確かに筋は通るだろう。
「くっくっく、よしおっけぇ。じゃあ今から俺達皆親友。穴場の酒場教えるよ、いこう」
そうだ名前は? とディルスが冒険者達に問う。
翌日。駄目息子を捕らえろと言う依頼は、見事成功をおさめたようである。
いくつかの約束と秘密を残して。
『イイ人らだな。今度助けを求めたりするかもしれねぇぜ? いいか?』
酒の席で笑いながら言った言葉を、冒険者達が承諾したかは――定かではない。