下弦遊戯β―月の滴で彼女を捜して―
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■ショートシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:7人
サポート参加人数:4人
冒険期間:10月18日〜10月23日
リプレイ公開日:2004年10月25日
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●オープニング
腹違いの大切な妹だった。
ずっと捕らわれていた娘が不憫でならなかった。
だからこそ花を贈り、様子を見守り、死後も尚、心配でならなかった。
囚われるというのは不思議なことだと思う。
今も尚、ふと現れるのではないかと思ってしまう。ある日ひょっこり、突然に。
たった数日間だけを本当の兄妹として過ごした時を思い起こして苦笑する。
あの娘はもういない。
覚悟を決めて別れを告げた。あの時に消え失せたのだから。
なまじ冒険者として暮らしていただけに、磨いた知識が憎くて仕方ない。
夢でも会えたら喜んでしまうだろう自分。未練だと承知している。
陽光に輝く金糸の髪と澄んだ碧眼に。もう一度でいい。
あの笑顔に、会えたらと。
「申し訳ないのだが、うちの莫迦息子を捕獲していてくれんかね」
プリスタン家次期当主の有力候補ディルス・プリスタン。
溺愛していた妹が死んだり、浚われたり、命をねらわれたりと散々な男なのだそうだが、最近になって放蕩息子時代の活気が戻って来たらしい。
事あるごとに屋敷を抜け出し、昼や夜の町へ遊びに出ていく。何故か廊下という廊下を見張っていてもディルスはいつの間にか屋敷の外へ抜け出しているらしい。秘密の通路でもあるのか、警備をまいてしまうことが多くなった。
神出鬼没で逃げ足も早い。
「儂らの手には負えないし。これから『宵の園』も控えているのでな。以前白紙に戻ってしまったアリエスト家との婚約の話を元に戻さねばならん。君たちには莫迦息子を捕獲し、逃げないように見張っていて頂きたい」
宵の園、というのは旧知のエレネシア家当主ヴァルナルドの妻、セイラ夫人が定期的に開いている月夜のパーティーであるそうだ。招いた歌や踊り、豪華な食事や珍しい飲み物を楽しみながらパーティー半ばに特殊なゲームを行う。
その『月の滴』と呼ばれたゲームは、二十一時の鐘と共に男女が一人一つランタンを手に、女性が先に何処かへ隠れる。半時がたつと、次に男性が屋敷の中を明かりを頼りに彷徨ってパートナーの女性を捜し出すらしい。零時の鐘がタイムリミット。一夜の恋を楽しむ者もいれば、恋人をしっかり見つけだして会場へ戻ってくる者もいる。
冒険者達は首をひねった。
「連れて行くだけで良いのですか? パーティーの警護は?」
「ああ、『宵の園』に連れてきてしまえば逃げられんさ。警護はエレネシア家のセイラ夫人が雇っているだろう。無事に連行してくれたなら、褒美として君達にパーティーへの出席を許そうじゃないか。莫迦息子の知り合いと言うことにしてな」
礼服は忘れんようにな、と付け加えた。
やがて彼らは知る。
運命の女神がとてつもない阿婆擦れであることに。
●リプレイ本文
罰されたいのだろうと思う。
「やっと元気になったようで、よかった。すまぬがこちらも仕事でな、『宵の園』とやらに出席だけしてくれぬか?」
「ちっくしょ、そこまでするか」
舌打ち一つして身を翻す。ジーン・グレイ(ea4844)が普段使っている抜け穴で待ち伏せしていた為、ディルスは他の道を使う事を余儀なくされた。上空からモニカが監視しており、屋敷の中ではアミィ・エル(ea6592)がエックスレイビジョンで他の隠し通路を探し回っている。ライラ・フロイデンタール(ea6884)に至っては捕獲用に縄まで用意していた。備えあれば憂いなし、とはよく言うが、この場合ディルスにとっては迷惑だ。
「昼から走りっぱなしですけど、元気ですね、彼」
セレス・ブリッジ(ea4471)が感心したように声を上げる。もうじき夕方。朝から延々と追いかけっこを繰り返すディルスと冒険者たち。『宵の園』はその名の通り、日が沈んでから深夜にかけて行われるパーティだ。夕方までディルスを捕獲していられれば冒険者達の勝ちである。
「おっほっほ! 妹さんも、あなたに幸せになってほしいのではなくて」
アミィが追いかけながら婚約をすすめて説得に奔走する。
「とりあえず捕獲しないと!」
縄をブンブン振り回しながらディルスの後を追っかけるライラ。ディルスは何度目かの舌打ちの末、二階に駆け上がった。そのまま二階隅の部屋の窓辺から塀に乗り移る。上空のモニカがジーンに向かって叫ぶが、時すでに遅し。一歩間違えたら骨折確実な技に出たディルスは、ロープを用いて塀から裏路地へと降りた。アミィがふと、何かに気付いた。
「ねぇ、二人ほど足りなくない?」
「やっぱり来ましたね。クレアさんの関係で外出してるんじゃないかって」
エヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)の鈴音の如き幼い声音。そこは墓場だった。中の一角に天使像を飾った墓がある。プリスタン家のクレア嬢の墓だった。先回りしていた冒険者たちを眺めてディルスは頭をかきむしる。やられたと、呟くのが聞こえた。
彼の手に抱えられた花束に、カレン・ロスト(ea4358)は複雑な表情をする。
「あれから大分経ちましたけど、結婚についてどうお考えなのですか」
ディルスが心から大切にしていた妹。妹のクレアは嫉妬に狂ってレイスと化し、死者を出すまで害を与えたが故に消滅を余儀なくされた。冒険者達の手によって葬られた娘への愛情は、今もまだ消えていない様に見える。途切れることのない墓場の花。
「貴族ってのは自由な恋愛なんてできない。全て政治の道具さ、それが家を継ぐなら尚更な。今じゃ、町でならず者として暮らしていた時が懐かしいよ。選択権は一つしかない」
悟ったような諦めた表情。カレンもエヴァーグリーンも、ディルスの後ろでじっと墓とディルスを眺めた。未練や執着があるのかもしれなかったが、何を考えているのか二人に図る由はない。
「婚約者の人って殺されちゃったんですよね」
「二人の元婚約者の事か。クレアが殺したと使者が騒いだのは第一婚約者のエリキサクア・ラスカリタの所だな。第二婚約者のシエラ・アリエストの所は気付いてない筈だ。アリエスト家の方は『娘が病死した』と言って来たんだが、ラスカリタ家の事から考えて、クレアがシエラ嬢を殺したのは十中八九間違いない」
おそらく暗殺者を送り込んでいるのはラスカリタ家の方だろうと、ディルスは語った。
「でも、相手の家の人も悲しいと思うんです。お悔やみを言うだけでも違うと思うんですよ。『宵の園』に出席されるんじゃ? 家族亡くしちゃった同士ですし」
出席を促すエヴァーグリーンに、ディルスは困惑した。ラスカリタ家もアリエスト家も『宵の園』に出席するらしい。だが、例え化け物と化してもクレアはプリスタン家の令嬢であり、エリキサクア嬢を殺した事に違いはない。火に油を注ぐようなもの。ラスカリタ家に言うのは不味いにしろ、アリエスト家には言ってもいいかもしれないな、と呟く。
「ディルス様‥‥余計なお世話かもしれませんが、私に出来る事はありませんか」
カレンの精一杯の申し出。花を変えたディルスは立ち上がって二人を眺めて苦笑した。
「優しいな、君たちは。俺が普通の冒険者のままだったなら、きっと惚れていたかもな」
冗談ではぐらかしているのかと問いかければ、ディルスは笑った。
「妹を忘れないでくれたら、それでいい。記憶の隅にでも覚えていてくれないか」
多くは望まないよ、と言ってディルスは「帰ろうか」とエヴァーグリーン達に言った。サボりたくてもサボれない。諦めていればこその悪あがきをやめて、ディルスはエヴァーグリーンとカレンに連れられて戻っていった。『宵の園』に出るために。
パーティーでは『月の滴』の開催前だというのに恋の駆け引きが始まっていた。
「お嬢さん、お時間はございますか」
「わたくしに釣り合うにはあと150年足りませんわね」
ふん、とアミィは誘いの手を払いのけた。もう何度目になるだろうか。こういうようにフリーの女性に声をかける男も多い。一夜限りの恋の宴、本気ではないアヴァンチュール。とはいえ、それなりに身分の高い者も混じっていたようで、アミィの素振りを見た婦人の数人はヒソヒソと何かしら囁きあう。何故、エルフがこんな所に、という声も聞こえた。
「全く嫌になってしまいますわね」
「我々は元々部外者だ、仕方があるまい。ディルス卿、悪いが護衛として付かず離れずでいさせてもらう。悪く思わんでくれよ」
「そんな。ジーン、少しぐらいは見逃してくれても」
へにょりと情けない顔をする。ディルスが冒険者達と問答していた時だった。
「カレンさーん遊ぼ」
「あ、サヤちゃん。ゲーム始まるみたいですよ」
「明かりの準備はよろしいですか皆さん」
落ち着いた老婦人の声だった。青く澄んだドレスに身を包み、白髪交じりの髪を結い上げ、淡々と語る様は静かな湖にも似た印象を与える。エレネシア家現当主ヴァルナルドのセイラ夫人。奇妙な噂で世の中を騒がす夫のヴァルナルド氏に比べてなんと物静かな女性だろう。夫人の手にはランプが一つ。招待客の皆も明かりを手にしていた。
「今宵、この屋敷は妖精の棲家となりましょう。これより『月の滴』を始めます。女性の皆さんはお好きな場所に身を隠してくださいな。男性の方々は耳を傾けて。恋の妖精はきっと思い人の所へ導いてくれますよ。幸運を祈ります」
パチンと指を鳴らすと、屋敷の明かりは一斉に掻き消えた。
さて、使命感に燃える冒険者もいれば、純粋に『月の滴』を楽しむ者もいる。
ライラもその一人だった。屋敷の明かりが消えたのを見計らって女性達が蜘蛛の子を散らしたようにパッといなくなる。ライラは人気の少ない庭を選んだ。虫がいるかもしれないが、下手に隠れるのも、と散々考えた末の行動だ。
(「アッシュ‥‥時間以内に探してくれるかしら。もし探してくれなかったら」)
声は出せないので胸中で悶々と考える。時間以内に探し出してくれなかったら口を聞いてやらないと考えながら、じっと物陰に潜んだ。見知らぬ男性が近くを通り過ぎてゆく。
「‥‥みつけた」
金の髪に青い瞳。ライラを探していたアシュレーだった。ひょっと茂みを覗き込む。心細かったのか嬉しかったのか、ライラはアシュレーに飛びついた。‥‥影が重なる。
一方セレスはパートナーのルーウィンとのんびり会話を楽しんでいた。恋人ではないらしい。仕事はディルスを捕獲して連れて来るだけなので、パーティー参加は一種のオマケや別途の報酬が現物支給のようなものだ。ルーウィンはさっさかセレスを見つけ出した。
「楽しいですね。たまにはこういう依頼も息抜きになりますし」
パーティーの護衛の類は過去に何度か受けてはいるが、華やかなものとは一味違う静かな会場で、ランタンの灯りを手に気ままに料理をつまむのは違った楽しみがある。
「一応はパートナーで来ているからな。付き合うさ。そういえば‥‥」
この場にいない友人の話で時は静かに過ぎてゆく。
だが平穏なパーティーの一角で問題が起きていた。
煌く白刃。エヴァーグリーンが護身用に貸し渡していたシルバーダガーのお陰で、ディルスの首はつながったままだ。ジーン達に付き添われていたディルスが屋敷の一角に来た時、物陰から黒い影が現れた。首を狙って何かが飛ぶ。ナイフだという事に気付くのが遅れていたら命は危うかったかもしれない。物音を聞きつけてカレンとサヤも飛んできた。
「何者だ貴様」
「動くと撃ちますよ」
ジーンが一喝する。エヴァーグリーンがムーンアローを暗殺者に向けていた。警護に付き添っていた冒険者は四人。勝ち目がないと判断したのか、黒衣の暗殺者は攻撃を受けつつも身を翻した。嵐のような一瞬。カレンがおかしいと言った。どうやらアリエスト家の護衛に知り合いがいたらしい。情報交換を行ったようだが、モンスターではなく人間が襲ってくるのは予想外だったと呟いた。唐突にサヤが何かに気付く。
「ねぇ、あれ‥‥」
暗闇の廊下の果てに人影があった。じっと彼らを見ている。ディルスと冒険者達が視線に気付いた時、人影は身を翻した。一瞬だけ月光に照らし出された相手の顔。それは第一婚約者の双子の弟、アニマンディ・ラスカリタの凍てついた瞳だった。
やがてパーティは深夜に幕を下ろす。
ディルスは命を狙われたが冒険者達のお陰で怪我もなく、アリエスト家のエルザ嬢との婚約は両家の当主間で成立したらしい。ディルスの父は大喜びだった。
「我々はこれで失礼するが、気をつけたほうがいい」
「ああ、そうする。俺って運がないからな」
今回は無事だった。だが、彼はこれからも命を狙われ続けるのかもしれない。安全だという保証はない。自身は罪を犯したわけでもないというのに、様々な場所から命を狙われるとは不憫な話だ。
乾いた笑いが響いたという。