芸術家の苦悩―ホワイトタイム―
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■ショートシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:11月28日〜12月03日
リプレイ公開日:2004年12月02日
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●オープニング
とある賢者は古びた本に質問を残している。答えを出すにはあまりにも考えねばならない文字の羅列。答えられぬ者がいると知ってあえて問おう、と賢者は最後に書き残した。
『現実に対して私たちが持つ観念が変われば、現実も変わるものだと思いますか?』
そして。
「どう思う?」
マレア・ラスカは居候のミッチェル・マディールに問う。
最近、ティータイムは安らぎの時間ではなくなっていた。これはもう不安を紛らわすものでしかない。平穏だったはずの暮らしが、危うい均衡の中で保たれている事を薄々感じながらも見てみないフリを続ける。
描いた主をキャンバスから眺める無言の天使絵。急増し始めた差出人不明のシフール便。
これは果たして警告か、追いつめているのか、彼らに知るすべはない。
何故、今頃になってとマディールは思う。そっとしておいてほしいのが本音だ。
「俺は、変わらないと思う。今こうして、追われた日々を送っているように。マレアは?」
「変わると思うわ。信じているもの。ねぇミッチェル、人は十年間に何ができると思う」
「大した事はできないんじゃないか? エルフに比べれば人の寿命はちっぽけなものだ」
「私はね、何でもできると思っているわ」
彼女の希望は祈りに似ている。
いつまでも平和な中で暮らしていたい。ささやかな望みはやがて、闇に汚れた十の人影によって血塗られた日常に変えられてしまうのだろう、とマディールは考える。
そろそろ潮時が近いのかもしれない。逃げているだけではすまされないだろう。
「なぁ、マレア。気晴らしでもいってみたらどうだ?」
「気晴らし?」
「何かとは言わないが、最近気苦労も溜まってるんじゃないかと思って。俺も久々にアトリエに籠もりたい。腕の訓練もかねてな」
「なによー、要するに一人でアトリエ占領したいだけなんでしょ。ま、いいわ、ワトソン君と二人でピクニックにでも」
「一日と言わず二週間ぐらい楽しんでこいよ。遠出するなら護衛がいたほうがいい。お前それでも一部には高名な絵師様、に近いんだからな」
「はーぃはい、わかったわよ」
護衛を雇うのは、万が一に備えての事。
時期としては早いかもしれないが、普段隙だらけのマレアに『連中』が接触を試みないとも限らない。収集がつかなくなる前に、せめて幼なじみの為にやれることだけはやってやろう。
その為に、まずは日にちが居る。
飾られた天使画を一瞥したマディールは、しばらくの間マレアを追い出すことに決めた。
† † †
「なんでまたそんな山奥に観光に。で、ようは同行者がほしいわけだな?」
ギルドのおっちゃんはため息を吐く。
マディールの提案からマレアは二週間ばかりの間のほほんと旅行に出ることに決めた。とはいっても、ここ数日は王都キャメロットでふらふらしていたのだが。
さてそろそろ遠方まで旅行してみようかとワトソン君と話したところ、面白ネーミングの食べ物を売っているという村(観光地)があると聞き、んじゃそこ行こうとなった。
ご存じ『その道のプロ』の村である。
様々な珍妙コンテストで村おこしをした、かの村。マレアは興味津々で観光決定、しかし遠くに行くなら護衛でも連れて行けというマディールの発言があるので冒険者ギルドにきたとか。
「んまぁ、あとはほら。花がないの! 花が! 筋肉ムチプリ(?)のジャイアントのワトソン君だけじゃ目の保養にならないじゃない!? 長旅において、からかうならカップル! 愛でるなら女の子! 妄想するにはかっこいい青年がいいじゃない!」
「‥‥ミスマレア」
心はひよこな執事、ちょっと傷ついたワトソン君の目に涙が光る。
おっちゃんはあきれ気味だ。とりあえず金だけはあるマレア・ラスカ。旅に花がほしいという事で、護衛兼同行者の募集が張り出された。いやはや本当に道楽な依頼である。
「ミスマレア、ミスターミッチェルの様子見、どうなさるんデスカ?」
「んー、一応冒険者に頼んでみようかなと。なんか企んでそうだし。けど一緒に旅行したいのも本音なのよね。この辺は来てくれた子の判断に任せるわ」
「‥‥野暮な質問ですガ、ディルス・プリスタン様のお願いの方は?」
「もう少し考える時間が欲しい。今回の気晴らしはいい機会。私がディルスについたら‥‥最悪、絵師の仕事ができなくなってしまうもの。アリエスト家次第ではあるけど。私の居場所がバレた以上、ラスカリタの動きも把握しないと確実に不利になる」
明るい笑顔に隠した暗い影。事情を知るワトソンは黙り込む。
「やな世の中デスね」
そんなことを呟きながら、彼らは宿に戻っていった。
●リプレイ本文
『お前達みてごらん。生きているのは‥‥人だけではないのだから』
夜空に煌めく数多の星々よ、そなたらが流した血は涙となりて降り注がんことを。
† † †
「すまないな、こんなものしかなくて」
家事は苦手でね、とマディールは笑う。
彼の様子を見る為に残ったのは彼と顔見知りのクロエ・コレル(ea2926)、獅臥柳明(ea6609)と夜枝月藍那の三人であった。マレアは二人に、マディールが何をやっているのか見てきて欲しいと頼んだのだ。最初しぶっていたマディールも今はこうして受け入れている。クロエは乾かす為に廊下に置かれた天使画を眺めた。
「驚いたねぇ、『趣味の良い絵』ぐらいかと思ったら、あんな物まで描けるなんて」
「そりゃ抽象画ばっかり描いてたわけじゃないさ。実力もマレアより上のつもりだ」
彼が描いていたのは、マレアが描いた『紅光の天使』、『蒼天の左翼』、『蒼天の右翼』、『晦の天使』、『望火の天使』、『静月の天使』、『緑風の天使』、『明舞の天使』という今は名高き天使画の完全な複製画であった。本物と寸分違わぬ作品達が鎮座している。
尚、蒼天の片方のモデル本人は現在マレアの旅行に同行中だ。柳明が紅茶を片手に問う。
「何故複製を?」
「あいつ危機感がなさすぎでね。本物は危険なんだ。だからすり替える」
「いいのかい、そんな勝手な事をして。本物はどこに置くつもりなんだい」
本物は焼いて『元に戻す』つもりだ、と短く答えた。
何にせよ曰く付きの代物であるらしい。秘密にしてくれないか、とマディールは二人に懇願した。自分がせめて、してやれる事だからと。柳明はため息を零す。
「部外者が言うのもなんですが、危険な理由はなんなんです」
「しいて言うなら、あいつの命がかかってるって所かな」
不穏な言葉だった。それ以上の追求は困るのだろう、この辺で勘弁してくれと言う顔をしている。さて山菜、薬草、木の実採集でもしようかと話していた時、唐突に藍那が立ち上がり、柳明はすぃっと双眸を細めた。
「義父さん、今、人影が」
「ん? きな臭い人々が来ましたか」
柳明もよっと立ち上がり、人影を追うか追わないか軽く考えたが、マディールは其れを止める。
「放っておけ、攻撃しなけりゃ危害は加えてこない」
「何故分かるんです」
「危害を加えるはずがないからさ。コソコソしてるあの連中は嫌われるのを恐れている、また性懲りもなく便りを届けに来たんだろう。‥‥嫌な奴らだよ」
気にしないで過ごしてくれ、とマディールは言った。彼の言葉通り、人影や差出人不明のシフール便、時折観察しているが如き視線さえ無視すれば、生活はバカンスに近い。色々と気になる部分はあるだろうが、四人はマレアの別宅で静かに過ごす事に決めた。
「奏がジャパンに渡ってもう半月ほど経ちましたか‥‥兄が心配ですか?」
「どうだろう。義父さん、夕飯の支度でもしにいかない?」
「仲いいねぇ、二人とも。そうだマディール、聞きたいこともあんだけど、私のことをモデルにする気はない? スタイルなら少しは自信があるんだけれど、どうかな?」
「クロエみたいな美人なら光栄至り。歓迎するよ、んじゃお言葉に甘えてまともに描かせてもらおうかな。やっぱり美人に黒は映えるね」
のどかに時は過ぎてゆく。
「連れ回して堪忍な。正直、情報少な過ぎや。何でもエエから知りたいねん」
シーン・オーサカ(ea3777)は自分を励ますフローラに弱々しい笑みを向ける。
双海涼(ea0850)から元暗殺者の村であると聞き出したのか、シーンはマレアの護衛を仲間に任せ、村長の娘の元へ行き『BlackRozen』に関して聞き込む為に単独行動をとった。
『元々十三人で構成されていたというバース地方の大盗賊の事ですね。頭目は魔物すら従えたという伝説が囁かれ、今では一騎当千の化け物として名は響いていますが、アジトや目的を知る者は誰もいません』
目的を知った者は殺され、いつしか盗賊集団は暗殺者の集団と呼ばれ始めたと言う。
「‥‥マレア様のお気に入り達か」
唐突な知らぬ声。バッと振り向いた先には、すでに誰もいなかった。肩を叩かれる。
「百面相して、どうかしましたか」
「何をやってるでござるか」
二人の肩を叩いたのは、不幸饅頭と薄幸煎餅を買い求めに行っていた涼と天城月夜(ea0321)の二人だった。誰かいなかったかと聞いても、二人とも首を傾げた。
一方、こちらはマレア達の宿である。
「援助は継続中よ、娘に甘い証拠ね。そう。ありがとう教えてくれて」
「と、とんでもないです。‥‥ただちょっと棘があったかな? と後悔してたりします」
自分の元を飛び出した愛弟子のその後を聞いて、ほっと一息。飛びついてきたコーカサス・ミニムス(ea3227)を、きゅうっと愛おしげに抱きしめた。安心からか笑みが浮かぶ。
「母と子を彷彿とさせまスね、ミスマレア」
「ほめてんの、けなしてんの、どっちよワトソン君」
ムスっと執事を睨むマレアを眺め、コーサカスは慌てふためいた。
「け、喧嘩は、よ、よくな」「相変わらずでござるなぁ」
コーサカスの声を遮り、月夜の苦笑する声が聞こえた。四人とも帰宅である。「おかえり」とマレアが軽く手を振った。できたてほやほやの不幸饅頭と薄幸煎餅を手に涼が傍らにやってきた。普段無表情な顔は、心なしか楽しそうに見えなくもない。
「マレアさん、この村の名物、私が発案したんですよ。食べてみてください」
「あら美味しそう。‥‥てゆーかナイスネーミングね」
「あとマレアさんにお届け物です。先ほど届いたんですけど差出人が‥‥」
饅頭片手にカラカラと笑っていたマレアは、コーサカスを抱きしめたまま眉を跳ね上げた。涼は宿の階段を上がる際、マレア宛のシフール便を代理に受け取ったのだが、何故か差出人の名前が無い。大体、今は旅行中だ。「何かしら」と羊皮紙を受け取って開くが、文字は覗き込んだコーサカスにも、涼にも読めなかった。最後に薔薇の絵が描いてある。
「奇怪な絵のように見えますが」
「なんて、か、書いてあるんでしょう。ただの、落書きにしか」
「手が込んだシフール便ね。わざと古代魔法語で書いてある、お前は読めるわね?」
冷たい目をしたマレアは「後で教えて頂戴」と言ってワトソン君に投げ放った。なんとワトソン君、読めるらしい。短く返事をして羊皮紙を眺めた。
「ハイ。えーっと『――我らが、親愛なる方へ。汝』」
「前に貴族のパーティでマレアはんに似たヒト見たで、ウィタエンジェ‥‥確かラスカリタ家のヒトや。ナンパされてテッキリ男や思たら、男装した女のヒトやって驚いたで」
突如響いたシーンの声に、文章を読み上げていたワトソンの声が止まり、双眸が凍った。マレア本人はやれやれという顔をしている。ため息一つ零して答えた。
「似てる、ね。当然よ、私はウィタエンジェの『身代わり人』だったもの」
「ミスマレア!」
「ワトソン君、騒がない。ウィタに会った子がいるなら説明するのが筋よ」
執事の声は咎めに近い。涼と月夜が腕を組む。ラスカリタ家の不穏な話は堕天使の絵画モデル時に話を聞いていた。言葉の意図するところを理解して涼と月夜が顔を上げる。
「身代わり人、つまりはジャパンで言う影武者‥‥ですよね」
「以前ラスカリタ家が身代わりを駆使して生き残っていると言われたのは、経験済みだからでござるか」
「まあね。幸い私は生きてるけど」
「ね、狙われてるんですか!? マレアさん、し、死んじゃ、い」
「だー子供の頃の話だって。泣かないの、大丈夫よ」
話が分からず不穏な言葉ばかり聞いたコーサカスの表情が歪み、あわてたマレアが、泣かれては困るとばかりに腕の中に閉じこめた。シーンは硬い表情のままさらに問う。
「マレアはんと名字が似とるけど案外親戚とかなん?」
きょとり、とマレアは目を丸くする。刹那、爆笑した。
「親戚? あはは、そんなのこっちから願い下げ。成る程、名字だと思ってたのね。平民に姓はないでしょ。『マレア・ラスカ』は『ラスカ村のマレア』という意味そのままよ」
キャメロットより西に185km進んだ先にバースという町がある。マレアの育ったラスカ村はバース北方領土、東北の山岳地帯の麓にひっそりとあった。ただし名前の通り其処はラスカリタ家の領地だが、と話す。ミッチェル・マディールも同様だという。
「さ、暗い話はおしまい。遊びに行きましょうか」
「右手に見えますのが村長さんの家、左手に見えますのがこの村で繰り広げられたかの有名なコンテストの会場跡です。なお‥‥」
「うー可愛い。妹に欲しい」
抱きつき癖が治らない困った絵師。人を物扱いしちゃいけませんよミスマレア、とワトソン君が怒る。涼は涼で真面目な顔で真面目な解説。コンテスト入賞者に涼がいたりする為、この上ない案内係になっていた。おぉ、等と声を上げながら観光は続く。
(「マレア殿はただの絵師なのでござろうか」)
考えながら月夜が傍らの絵師と執事を見上げる。先ほどの羊皮紙をワトソンは一通り目を通すなり燃やしてしまった。あの後、涼が『何故原画のほとんどを置いているのか』と素朴な疑問を聞いたが、マレアはただ一言『大切な物を隠すため』とだけ。
「平和ね、故郷を思い出すわ」
「ま、マレアさんの、育った村って、ど、どんなところですか?」
「綺麗よ。静かで自然があって、まあ不便かもしれないけど」
瞼を伏せて締めくくった。平穏に暮らしたいと呟く。謎めいたシフール便といい貴族令嬢の身代わりといい、複雑な素性を持つらしい彼女はただ寂しげに笑うだけ。
「せや。夜にみんなで歌わへん? ええ詩思いついてん。月夜はんに演奏してもろて」
「ふぅん。で、その後の夜は二人ともお楽しみかしら」
「ちょっと、マレアさん!」
意地悪な微笑にフローラが抗議の声を上げた。冗談よ、と答えながら愛らしい少女達を引き連れて六人は遊ぶ。楽しい時間を、精一杯、まるで骨の髄まで染みこませるが如く。
「――一体何を手にしてらっしゃるんです?」
柳明はふとシーンを見下ろした。依頼期間が終わり仕事も終了と思われたが、シーンは出てくる際、マレアの別宅からゴミ箱に捨てられていた羊皮紙の一枚を拾ってきたらしい。
「そ、それ、前に届いた」
「せや。意味はわからんけど、旅行中に届いた奴と同じ文や。読める人おるん」
「どれ、あぁ古代魔法語じゃないか、私が少しは訳せると思うよ。貸してごらん」
クロエが得意げに羊皮紙を受け取ると、一枚の白紙に柳明から借りた筆記用具で解読可能な部分を書き表してゆく。
『――×らが、××なる×へ。
×、×らが×であり×であり、×てに×えて×るべき×なり。
××の×は×だ×りし×のままたる×を×に×ぐ。
×ら××び××せん。
×が×するに××しき×の××へ×りたまへ。××の××へ×りたまへ。
×ら×を×する×に×り×し。
×わくば×らが×いを×け×れ、×りし×、×りし××へ×らんことを――』
「ああ、だめだ。私の力じゃここまでだね。なんだいこりゃ」
「ワトソンさんの発言からすると冒頭は『我らが、親愛なる方へ。汝』になりますね」
涼が冒頭部分を書き換える。それでも意味はよく分からなかった。クロエの解読では簡単な文字を訳するのが精一杯。何にせよ、これは完全に特定の人間にしか読めないようになっているのだろう。ワトソン君は、あれ以来全くしゃべらなくなった。内容を知るには専門的に学ぶ必要がある。
七行に渡る短い文字。
彼らが知るのはワトソン君が呟いた冒頭とクロエが訳した部分だけ。
「‥‥古代魔法語でござるか」
月夜はぽつりと呟いた。
『――我らが、親愛なる方へ。汝――‥‥』