芸術家の苦悩 ―森の血脈―
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■ショートシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:2〜6lv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月08日〜12月13日
リプレイ公開日:2004年12月16日
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●オープニング
一人の男が断崖絶壁の崖の上に立っていた。名をミッチェル・マディール。かつて抽象画で世間をにぎわせたものの、貴族に追われて身を隠している男である。マディールは小脇に抱えた袋の紐を解いた。それは、元々名高き天使画の焼き捨てた『なれの果て』。
「そうさ。何も隠すなんて面倒なことなんかしなくたっていいんだ」
断崖絶壁の上で、彼は黒くなった灰の山をばらまいてゆく。
「灰は灰に。石は大地に。全て『元に戻して』しまえば、取り返せる奴なんかいやしない」
彼には守りたいモノがあった。
その為に家から同居者を追い出し、複製を作り上げ、絵に隠した血塗られた宝石の断片を『誰にも手に入れられぬように』する為に火にくべた。灰にして、粉にして、今こうして川の濁流の中へ投げ捨てている。
こうしてしまえば、大地にかえせば、誰にも手には入れられない。不可能だ。
「愚かな‥‥皮肉な話だな。今回ばかりはポワニカに感謝すべきか。‥‥バイ」
灰をばらまき終えて、懐の羊皮紙を取り出して炎をともす。
それば『ミッチェル・マディールに宛てられた唯一のシフール便』だった。中身は古代魔法語で書かれており、常人に読むことは叶わない。手紙の最後には束ねられた八本の薔薇の絵が書かれていた。
「マレアはやらない。勿論奴らにも、お前達にも。誰にもだ。マレアには平穏な生活が一番似合うんだ。絶対にあがいてやる。覚えておけよ、――ネイ」
刹那『がさり!』と彼の背後の森が動く。気配が遠ざかる。
「青二才が」
マディールは吐き捨てて、羊皮紙を谷底に落とす。彼はそうして来た道を帰って行く。
‥‥‥‥はずだった。
† † †
「ミッチェルが戻らない?」
旅行から帰ってきたマレアは、ここ数日家の中の雰囲気が変わった事に首を傾げながらも依頼の絵を描いていく日々を続けていた。昨日「現実逃避のためにちょっと森の中を旅してきます、探さないでください」なんぞとちゃらけた発言していたミッチェル・マディールが、一日経っても帰ってこないので頭をひねっていた。
「ハイ、ミスマレア。大きな袋を抱えて西南側の茜森へ歩いていったんですが」
マレアががたりと立ち上がった。
「‥‥西南?」
「イエス、ミスマレア。何か心当たりで‥‥も、って」
そこではたりとワトソン君の顔が何かを思い出したように我に返る。
マレアの眉間には青筋が‥‥
「ワトソン君のおばかああああああ! なんで止めないのよ!」
マディールの向かった場所は谷になっているのだが、一つ問題がある。
谷の周辺に森が点在して広がっているのだが、谷の橋周辺にガヴィッドウッドが一本生えているのだ。ようは人喰樹である。樹齢百年を越えるような立派な木だが、表面に沢山のつたが絡み、不気味な威圧感を見る者に与えている。森の守り神たるトレントに似ているものの、食欲しかなく、獲物を捕らえて木のうろの様な口に放り込んでしまう。
「いくらミッチェルでもガヴィッドウッドは、ああもう、ギルドにいくわよ!」
というわけで、ギルドに依頼が出た。
同居人を捜してきてください。ただし、人食い樹に襲われてる可能性有り。
●リプレイ本文
鬱蒼とした深い森に響く、甲高い笛の音。
無理矢理音を出したような裂けんばかりの音は、森の中をさまよっている者達と上空から偵察していた者達の耳にも届いていた。笛の主はおそらくミケーラ・クイン(ea5619)に違いない。と言うことはケイティ・アザリス(ea1877)も一緒だ。耳障りな割れた音は止むことなく延々と続く。そこから感じ取れるのは酷い焦り、そして助けの意が含まれていた。
「あの二人が発見したか、拙いかもしれんな」
ジェームス・モンド(ea3731)が耳を澄ます。探索の相方であるレーヴェ・フェァリーレン(ea3519)に問うた。
「食われていたら女達に引きずり出すすべはないのではないか」
異常な音が発されている時点で最悪を考えるべきだ。森の中を徒歩で徘徊していたレーヴェとジェームスの表情は苦渋に満ちた。急がなければ救出相手どころか仲間の命も危ういかもしれない。レーヴェは空を見上げた。鬱蒼と茂る森の隙間から一条の光が天を貫く。ケイティのサンレーザーが居場所特定の役目を果たした。
「ここから近い、戻るぞジェームス」
二人は光が立ち上った地点を目指す。時同じくしてヒースクリフ・ムーア(ea0286)達も音と光の場所を目指して走っていた。もうじき夕方になる。そうしたらサンレーザーは放てなくなるだろう。
「拙いわねぇ、デティクトライフフォースする余裕があればいいんだけど」
着いた瞬間もしくは助けたときには死んでいた、などという状態は洒落にならないとぼやきながらクレア・クリストファ(ea0941)達は大地を蹴り森の中を疾走する。仲間の内であまり早くないほうだ。到着した瞬間体力が尽きたなどというのも馬鹿らしいと思いながら可能な限り急ぐ。ヒースクリフは「それは困るな」と良いながら空を見上げた。フライングブルームに乗った九門冬華(ea0254)と天城月夜(ea0321)が彼らの上空を凄いスピードで通り抜けてゆく。
「あぁもうっ、積載量が大丈夫なら私達も乗せて行きなさいよね」
クレアが腕を振り回して叫ぶ。ヒースクリフが苦笑した。
「気づいてないだろうさ。せめて一人でも多く着いてもらわなきゃ困るよ。私達も急ごう」
おそらく到着が最後になるのはこの二人。一方、冬華と月夜は困っていた。おそらくガウィッドウッドと思われる樹の上で旋回するものの森が鬱蒼としすぎているため降りれそうな場所が見あたらない。無理に下りたら枝などに引っかかったり、最悪フライングブルームが折れそうだ。下からケイティとミケーラの怒号と悲鳴が聞こえる。ギシギシと動く巨木を眺め、二人はお互い頷いた。
「命最優先、行くでござるよ冬華殿」
「全く。困った人ですね。降りましょうか」
森の木々の合間へ急降下する。
枝や葉が、まるで刃物か何かのように二人の柔肌に傷を作った。幸いフライングブルームは折れなかったが、声は止むことがない。二人は巨木に向かって駆けた。
時は少々遡る。
徒歩で移動していたミケーラとケイティがガウィッドウッドを発見した時、樹は何かを引きずっていたらしかった。まず彼女たちが見たのは周囲にある抉られた木の幹だった。ダガーか何かを食い込ませていたのだろう。強力な力に引っ張られて、木の幹と地面には溝が出来ていた。何者かが散々抵抗した痕跡が生々しく残っている。仰天して大樹の根本から上へ視線を移すと、其処には今まさにうろの様な口に飲みこまれそうな男がいた。憔悴しきった表情を確認した刹那、ついに力つきた男は枝に押し込まれてばっくりと飲み込まれた。
割れた笛の音が響く。
「やば、もうじき夕方だわ」
サンレーザーは夕方になると使用が出来なくなる。ケイティは慌てながらも遠方からガウィッドウッドをサンレーザーで攻撃した。齢数百年クラスの巨木である。幹の太さに加え、枝とて太く伸びていた。下手に近づくと枝で吹っ飛ばされかねない。仲間達が到着するまでの間、ケイティは可能な限り枝を切り落とそうと躍起になった。巨木を攻撃したら飲み込まれた者まで攻撃する可能性がある。ミケーラは笛を鳴らし続けた。仲間が来るまで、ここにたどり着くまで。
「ミケーラ殿! ケイティ殿!」
「おそーいっ! 急がないと溶かされちゃうわ。やばー、サンレーザーもう放てないかも」
樹は縦に伸びているとは限らない。ガウィッドウッドでは無いにしろ、時折点在した似たような樹をそれぞれ確認していたのだから無理もない。沈み行く夕日に茜森は紅蓮に染まってゆく。視界の後方へ流れ行く不気味な森の茜色。妖気が増したとでも言えばいいのか。
「飲み込んだものを返していただきます」
「攻撃手段を切り落とさせてもらうでござるよ」
丁度その時、レーヴェとジェームスも到着した。残るはヒースクリフとクレアの二人。冬華と月夜が地を蹴ると、ガウィッドウッドは餌が来たと歓喜したのかもしれない。二人に向かって蔓とも言い難い太い枝を伸ばしてきた。ギシギシと素早い生き物の如く樹は動く。二人が飛び乗り真上から日本刀を突き刺すと、他の枝が彼女達を払いのけた。回避に優れた月夜はさらに新たな枝に飛び移るも、冬華はまともに攻撃を食らう。
「あぐっ」
「冬華殿! おのれ、化け物風情がっ」
ジェームスが走った。レーヴェはケイティが散々傷つけ、冬華と月夜が切り込みを入れた枝部分にオーラショットを放った。確実に枝を切り落としていくつもりだ。回避に弱く動きが鈍いジェームスは吹っ飛ばされかけるも、レーヴェのオーラショットのおかげで枝に阻まれずに進む。
「うぬぅ、どこにマディール殿が居るのかさえ分かれば」
「今からやったげるわ、まってなさいよ」
クレアとヒースクリフだ。ヒースクリフは樵よろしく、ウォーアックスを構えて月夜達を振り仰ぎ、オーラボディやオーラパワーを発動させた。レーヴェと月夜、冬華が主に枝を破壊している間にクレアが遠方からデティクトライフフォースを唱えた。飲み込まれたマディールの位置を把握する。まだ生きてはいる。ただし刻々と弱っているが。
「ジェームス、あんたの真横よ。ヒースクリフ」
「分かった。やれやれ‥‥迂闊な御仁だね、愚痴を零しても仕方ないか」
ジェームスがクレアの指示を受けながらロングソードで幹に刃を立て始めた。同じ場所へヒースクリフが向かう。邪魔者を排除しようと伸びた枝をオーラショットでたたき落としたレーヴェが甲高い声を上げた。
「クレア! あとどれくらい持つ?」
「思ったより消化が早いみたいね。急いで引きずり出さないと骸骨とご対面よ」
デティクトライフフォースでは生命力を探知し、生命を持つ者の大体の大きさと距離、数を知ることができるのは知っての通りだが、クレアが魔法を行って位置の確認などをする度に、心なし対象の体が細くなっているような感じがした。救出対象はただの元絵師、ひ弱な肉体である以上長く持つとは思えない。
「くそ、なんて堅い」
「刃が折れそうだな」
強力なウォーアックスは有効と言えば有効だった。ミケーラとケイティが心配そうに見守る中、何度も月夜と冬華は枝に振り払われた。それでもクレアの指示で作業に没頭するヒースクリフとジェームスに枝が向かわないように注意を逸らす。枝といえど太い、そう簡単に落とせない。レーヴェは地を駆け、二人の背後で剣を構えた。
「早く引きずり出せ、俺が払えるうちにな」
背中が無防備になっていたヒースクリフとジェームスは軽く笑った。
「ははは、すまないね。背は任せたよ」
「かたじけない」
「急いで!」
クレアの叱責。ベリベリと鈍い音を立てて幹を剥ぐ。と其処には皮が溶け筋肉がむき出しになり、手足が部分的に白骨化した、マディールが虫の息でおさまっていた。ヒースクリフとジェームスが引きずり出す。このままでは放っておいても死んでしまう。早く気休めにでもヒーリングポーションを飲ませる必要があった。医者にも運ばねばならない。
「ぐぁっ!」
「レーヴェ!」
枝に飛ばされた。ジェームスが吠える。
「おぬしが連れてゆけ。俺が盾だ」
マディールを担ぎ上げたヒースクリフがクレア達の所へ走る。ジェームスにガードされるも、ジェームスもまた、巨大な木々の前では小動物同然である。盾を失いウィーアックスとマディールを抱えた無防備状態のヒースクリフ目指して枝が向かう。此処までかと思われた。
「処刑法剣ニノ法、飛刃連穿撃! 早くこっちへ、逃げるわよ!」
向かってきた枝はクレアのソニックブームに阻まれる。なんとかガウィッドウッドの攻撃範囲から逃れ、役目を終えた冬華と月夜が枝から飛び降り場を離れる。飛ばされたレーヴェやジェームスもよろりと立ち上がりながら離れた。怪我を負い、幹を削られた大樹は酷く軋む。まるで恨みの咆吼のようだ。
「本来は立派な木だったでしょうに‥‥哀れね」
「モンスターに同情してる場合じゃないわ、みんな手当が必要よ」
ケイティに促され、皆、森の出口を目指した。
多大な被害を受けて冒険者達の手により、ミッチェル・マディールは救出された。皆が薬を持参していた事が幸いし、ある者は仲間の回復のために薬を渡し、あるいはマディールの生命維持に使用した。なんとか別宅まで帰宅した者達を見たマレアが医者とクレリックを呼んだ。同居人を助けてくれたことに礼を言い、重傷を負った者もなんとか健康体までに回復。倒れなかったとはいえ明らかな驚異。続けていれば、もしも引きずり出せなかったら、仲間の内で食われて者もいたかもしれない。実際に狙われた者もいたのだ。あの周辺には近寄らぬが吉である。
「マレア殿、マディール殿は」
「今医者が見てる。後で注意しておくわ、ありがとう、ごめんなさいね」
「全く。得体の知れない場所に行くなどと」
レーヴェがため息を吐いた。マレアは大怪我した者に対し、申し訳なさそうに頭を下げる。
「だが心配してくれる者がいる。良いことだ」
ジェームスが呟く。やがて冬華がワトソン君がいれた紅茶を片手にほうっと一息ついて話しかけた。
「お久しぶりです。貴方の大切な者は連れてきましたよ。何故あんな所にいったのか知りませんけど」
「そうね。でも大事なのはみんなも同じよ、あれは腐れ縁の馬鹿だしね」
酷い言われようだ。
「不注意な御仁にはきつく言っておくと良いですよ」
「ホントよ。しかし、いやぁ傷だらけもなかなか素敵ねぇ」
「‥‥は?」
「冗談よ」
ある種の身の危険を感じてヒースクリフは固まった。絵に関しては見境いが無いマレアである。さて初見のミケーラとケイティ、クレアを眺め、モデルやんない? とじりじり交渉を持ちかけてワトソン君に止められる。重病人が居るのに暢気な家だ。
「さて、夕食ぐらい食べていく?」
「さんせーい。お酒のみたーい」
「あたいも腹が空いたしな」
「誰が作るのよ、言っとくけど、私は大食らいよ?」
ふと月夜がマレアの手を引く。
「マレア殿。また何かあったときは手を貸すでござるよ」
賑やかな空気を取り戻しつつある部屋で、顔なじみの言葉にマレアは「ありがとう」と声を返した。