息が詰まるほど愛して抱きしめて
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■ショートシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 72 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月10日〜12月21日
リプレイ公開日:2004年12月16日
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●オープニング
「可愛い人に会いたい」
窓辺から憂鬱に水辺を眺めていた男装の麗人、ウィタエンジェ・ラスカリタ。
本名は非常に長いので此処では省略させて頂くが、これでも歴とした女性である。陽光に煌めく金の髪は絹糸のように滑らかで、空を映したサファイアの如き碧眼は微動だにせず、可憐な唇からこぼれ落ちるのはため息だけ。陶器のような白く細長い指が金髪に指を絡めて梳く、――乱れる。
「此処にはときめきも、恋も、愛もない。ああ、なんて僕は可哀想なんだ」
ウィタエンジェは一人苦悩した。
整った顔立ちは苦しげに歪み、ぎゅっと背の高い我が身を抱きしめた。シルエットだけを見るならば細く背の高い彼女は、美青年と言うに相応しかった。これでドレスに着替えたならば、より一層の、また違った色香を引き立てるに違いない。
「この前の夜の宴はあれほど胸が躍ったのに! あぁ愛しい少女達に会いたい、見目麗しく、幼くて、美女にもなりきれない少女にもなりきれない、守ってあげたくなるような、抱きしめて囁いて愛を語って――っ」
「暴走はその辺にしておけ、姉上」
部屋の隅から声が聞こえた。一人のまだあどけなさが抜けない少年だった。
「僕の部屋に勝手に入るな、アニマンディ」
「姉上は自分の世界に入ると戻ってこない。大体、いい加減になさってはいかがだ。サンカッセラ兄上も嘆いておられた。男装などせず夫を真面目に探してはいかがだ。求婚されても突き返し、若い娘ばかりつまみ食いなさるなど」
呆れたような弟の声に、ウィタエンジェは含むように笑った。
「馬鹿だねアニマンディ。この僕を越える美しい男がこの世にいると思うのか? 神こそ罪深き。僕は愛しい芸術品である娘達を愛でることが出来れば其れで良い。よその男など知ったことか。この僕の心を揺り動かせる美男子などいるわけがない!」
「‥‥ナルキッソスにでもなるのか、姉上」
じっとりと冷たい視線でアニマンディは睨んだ。彼らは現在、バースの最東方にある親戚の家にいた。数代前の女領主シルベリアスから縁が続く古い伯爵家、リリア家である。他兄妹は多忙のために領地に残っていた。最も妹のリレンスィエは元々『外には出せない』娘。現在リリア家に短期間世話になっているのは次女ウィタエンジェと次男アニマンディのみ。
弟の皮肉を受け流したウィタエンジェは窓の外を眺めた。
これはもう、病気以外のなにものでもない。
「可愛い人に会いたいよ。心ときめく燃えるような恋がしたい。溺れて帰らぬ愛の淵に沈みたい。ああ、どうしてこうも暇なんだ」
「貴族の娘でも呼べばよかろうに。が、食い飽きた、とか言うのであろう」
アニマンディのため息も深い。
「下品な物言いをするな。社交界の花々は整えられすぎていてつまらない、変わらないんだ。皆奥ゆかしく笑い、微笑み、僕が愛を囁けば同じ反応を返す。それじゃ僕は恋に沈めやしないよ」
「いっそギルドにでも行かれてはどうだ。野蛮な恋人には出会えるぞ、金がいるが」
この一言がまずかった。
「アニマンディ! おお、僕と同じ血の賢き弟! 最高だよ! 誰か、誰かこれへ!」
ウィタエンジェは嬉々として廊下を歩いていった
かくしてギルドに依頼は張り出される。
三食昼寝付きで貴族『令嬢』の恋人を体験してみませんか。
ただし、――何があってもギルドは保証できず。
●リプレイ本文
望んだのは平穏。愛したのは夢のかけら。
限られた時間の中で、偽りの恋に酔うだけなのだと――‥‥
貴族が依頼人ならば馬車でも出してくれればいいものを、徒歩で遠方まで呼び出された『恋人役』の冒険者達。ウィタエンジェの待つ城に到着した彼女達はまず身なりを正すことから強要された。草臥れた旅の衣装ではなく豪華絢爛ともいえるドレスへと。
「可愛いなぁ」
そんな依頼主に、シスカ・リチェル(ea1355)は愛らしげな素振りで頭をたれた。
「初めましてシスカよ。お城みたいな豪邸、お姫様みたいな服、シスカも一度は憧れたわ。短い間だけどかんばってみるから」
何故か男装したウィタエンジェを素通りして、傍で眺めていたアニマンディの手をぎゅっと握った。ぽかんと見つめる一同。実はこれシスカの作戦である。人違えして次男に言い寄り、次女の関心を引く事が狙い。とはいえ狙いは当たり、依頼主は嫉妬を露にした。
「覚えてろよアニマンディ」
「あ、姉上」
「まぁまぁ、女は一人じゃないんだぜ?」
男装の令嬢をからかう為に参加したソニア・グレンテ(ea7073)はにっこり笑って傍らのクラム・イルト(ea5147)を引きずる。クラムの眉間に皺が見えるのは気のせいか。
「アタシはソニアだ。そしてコイツは親戚のクラムだ。ちょっと男に離れてないようなんだ。仲良くしてやってくれよ」
親戚も何も大嘘である。クラムも散々「こんなもの誰が着るか!」とか着替え中にわめいていたのだが何とか耐え忍んだらしい。いや、そのうち爆発しそうな気もするが。
「ほら、挨拶しないか!」
「あ‥‥えっと‥‥よろしくお願いしまぁす!」
半分やけだが気にしてはいけない。ソニアはいつクラムが爆発するか楽しみで仕方ないようだ。物陰から観察を決め込むつもりらしい。客観的に見れば面白いのだが。
「可愛い子猫ちゃん、後で秘密の部屋に案内しようか。僕の美貌も霞んでしまいそうな君のためにね」
無理やりな笑顔のクラム。眉間にさらに青筋が走ったが‥‥見なかったことにしよう。
爆笑しているソニアと青筋立てたクラム、弟に言い寄るシスカはともかくとして、完全に無視されっぱなしのツウィクセル・ランドクリフ(ea0412)はシーン・オーサカ(ea3777)達を眺めて起死回生を狙っていた。身を呈して男のよさをアピール予定なのだ。ウィタエンジェはシーン達を振り向く。
「見たことある子もいるようだしね」
フローラ・エリクセン(ea0110)とシーンの二人はウィタエンジェと面識があった。以前『宵の園』というエレネシア家のセイラ夫人が主催したゲームにアリエスト家の令嬢に憑いた亡霊退治を兼ねた護衛として参加した最中に出会ったのだ。
しかしシーンは怖い顔をしていた。かと思えば。
「恋をカネで買おうとすんなや阿呆!」
「し、シーンさんたら」
響き渡る怒号。フローラがあわてた。一瞬、部屋の空気が凍る。しかし。
「あはははは、おっと失礼。やはりこうでないと。恋の障害は高いほど楽しいからね」
全く効果なし。むしろ面白がっている。憤慨すると踏んでいただけに、酷い目にあうの覚悟で参加した健気なツウィクセルの手が行き場なくさまよう。
「お、俺の出番が」
切ない男の観察記をつけたい衝動に駆られつつ、波乱の恋の日々は幕を開けた。
クラムはげっそりしていた。これでもかってぐらい憔悴していた。強敵相手に苦戦していた方がまだ楽なんじゃないかと錯覚するぐらい心身ともに疲労していた。心のダメージは肉体のダメージを遥かに凌ぐというもの。笑顔も微妙に引きつりつつある。
「あぁ、僕の可愛い恋人よ。その可憐な唇でさえずっておくれ」
「あは、あは、あが‥‥が」
すでに舌が回らなかった。しいて言うなら燃え尽きてるとでも言えばいいのか。物影にいたソニアが声を出さないように自分自身と戦っている。肩を震わせ口を押さえながらひーひー様子を眺めて笑っていた。出番の勝ち取りに失敗して一人ぽつねんとしているツウィクセルの肩をゆする。
「ほらほら、面白すぎるぞ。見逃しちまうって!」
「せ、折角ストーリーのヒーロー的役目を勝ち取るはずだったのに」
「ばーか、アタシだって覗き見のために来た様なもんさ。こういうのは裏で楽しむんだよ」
「もうじき聖夜祭だっけか」
とツウィクセルが黄昏始めたその時「もういい! こんな事は終わりだ!」というクラムの叫び声がした。どうやらついに爆発したらしい。こんな所でドレスを脱いで全裸になるのは、それはそれで問題なので、着ていたドレスの裾をビリビリと破いて身軽な格好になった。怒りゲージマックスのクラムは、なんと依頼人を罵倒しだす。
「気色悪いんだよ、お前は。畜生、見てるだけで腹立つ!」
「気味が悪い? 美しいじゃないか」
効果なし。ソニアが爆笑し、ツウィクセルはのんびり眺める。
「大体何だ、男の格好の割には何故なよなよしている。そこが気に食わんのだ! 金は返す。だから考え直せ」
実は親切心も混じっていたらしい。考え直せ、今なら間に合う的クラムの発言に相手は「ふふふ」と艶を含んだ微笑を投げる。ウィタエンジェはクラムの手を取ると自分の胸に手を押し当てた。当然、男装していても相手は『令嬢』であるわけで。クラムが固まる。
「なよなよしてる問題はこれで解決かな? さて、デートの続きをしようかレディ?」
「お、おぃ! 俺はもう付き合わないと! そ、ソニアー ソニアーっ!」
助けろと言わんばかりの声が無情に響く。「おぃ、追いかけるぞ」と覗き見を完全に決め込んだソニアがツウィクセルの首根っこを掴んで連れて行った。
「あぁ格好よくキメるはずだったんだけどな」
ツウィクセルの声が空に消えた。
依頼人はとっかえひっかえに『可愛い人』に愛をささやいては暮らした。夜は事に及ぶわけではなく、あくまでも客人として最低限のもてなしは受けていた。昼間は誰かがウィタエンジェの遊び相手になり、夜は自由といったところだ。割り切っているのだろう。
「可愛い人、砂糖菓子より甘い時間はいかがかな」
「うーんそうね、でもシスカはもう少しティータイムがいいわ」
「仰せのままに。君の愛らしい瞳の魔力に、美しい僕ですら勝てない」
「この帽子はシスカに似合う?」
延々続く気障な台詞に呆れ返る人と精神的ダメージを受ける人多数。今の相手はシスカである。遠くから二人を眺めて雑談を交わしていた。ツウィクセルは手持ち無沙汰でふらふらする毎日が続いている。貴族の屋敷で令嬢の相手をすることもなく(というよりしてもらえない)、ただ観察する日々だ。シスカを眺めて感心していた。
「よくやるなぁ。六人の中で一番あしらうのが上手いなシスカさん」
「クラムは爆発しちまったけどな」
ツウィクセルの言葉にソニアがキシシと笑い出す。クラムは今フローラに手伝いを頼んで着替えをしに行っている最中だ。勿論嫌々ながらだが。
「次はフローラさんとシーンだっけ?」
「うちは今度こそフローラと二人で説得してみせる」
と、何故か二人は働かなくてもいい夜の時間にウィタエンジェをたずねた。
というわけでその夜。
「ウィタさん、こんなに綺麗なんですから‥‥きっと、ドレス等着られたらもっと素敵になられると思います。私も、見てみたいです」
「嬉しいよ可愛い人」
フローラの手をそっと握り、指先にキスを落とす。とはいえフローラとシーンはジーザス教において禁忌とされているものの同性の恋人同士なわけで依頼人といえど心は穏やかではないだろう。恋人同士だと言ってないので微妙だが。
「けれどドレスで引き立たせるより男装で引き立たせたほうが、僕の美貌はより輝くと思わないかい?」
思いっきり重病だ。フローラはため息を吐いた。手ごわい。シーンがじと目で話す。
「権力とカネで物事動かすんが貴族はんらの日常やっちゅーのはわかるけど、いつしかウィタはん自身やなくて、権力とかカネ目当てのヒトばっか寄って来ることになるで」
それまでフローラの手を握っていた男装の令嬢は無言で手を離し、「ちょっと真面目に話そうか」と姿勢を正した。その顔に今までの遊びを楽しんでいた愉快犯の顔はない。真面目な、凛とした令嬢の顔だった。
「分からないかな。選択権もなければ時間もない。自由は今しかない」
「どういう意味ですか?」
「所詮は僕も政治の道具。僕の性癖もあるけれど、恋ができるような立場じゃない。いつかは知らぬ男の許へ嫁ぐ。権力・地位・財産、当然だ。だからこそ今、可能な範囲で腕を伸ばして夢を見る」
男装の令嬢はシーンの手を掴んだ。腕を引こうとしたシーンの掌に指を絡める。
「ちょ、ウィタはん。いい加減に」
「君は‥‥僕にささやかな夢を、与えてはくれないんだね」
怒鳴ろうとしたシーンの声が止まる。部屋はしんと静まり返った。
やがて期限も終わりを告げた。
「美味しいお菓子に、豪華な料理、気恥ずかしい台詞を除けば上々ね」
シスカはにこにこと微笑んでいる。当初の予定通り次男と先に仲良くなったシスカを次女は奪い取った。まあ略奪愛も楽しみの要素といえばそうなのだが。次女に対してそう悪い印象を抱いてなかったらしいシスカの場合は、恋人ごっこをそれなりに楽しんだようだ。
「いいよなぁ。俺は見せ場がなくてソニアに引きずり回されたぞ」
「いいだろ? クラムと大喧嘩した時なんか見ものだったし」
「貴様ら俺で遊んだな」
クラムが殺気を迸らせて刃を向ける。ぎゃーぎゃー四人が騒ぐ中でフローラとシーンは互いに顔を見合わせた。
「結局似てることに関しては言いませんでしたけど‥‥シーンさん」
「ウィタはん、ほんまにあれでええんかな」
扉の前で。シーンはふと、城を見上げた。
「ふふふ、楽しかったな」
去り行く冒険者たちを窓から眺める人影。ウィタエンジェは手にしたナイフを手の中で弄んでいた。窓から視線をそらして室内の壁にかけられた堕天使の絵を眺めた。王都キャメロットで名を上げている幻想画家の物である。
「継ぐ者を脅かす影はいらない。アニマンディ、黒薔薇の一人に会いに行くよ」
銀のナイフは闇の中を飛んで深々と堕天使の絵に突き刺さった。低く笑い娘の姿は扉の向こうに消えて行く。冒険者達はまだ複雑に絡み合った北の本質を知る由はなかった。