闇の童話
|
■ショートシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:1〜3lv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 1 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月04日〜08月12日
リプレイ公開日:2004年08月09日
|
●オープニング
とある家の地下で子供が諳んじる。
『――おいでよ小鳥、愛しい小鳥。手にとまって啼いてごらん、肩にとまって啼いてごらん。愛しい声は私のもの、美しい姿は私のもの。お前は私だけのもの――』
どぉんっ! 重い音をたてて扉が開く。
ギルドの中にいた斡旋者、作業員、冒険者達は、けたたましい音に驚いて扉の方向を凝視した。一人の男が立っていた。乱れた茶色の頭髪に、青白くこけた頬。血の気の失せた唇は小刻みに震え、目は爛々と飢えた様に輝いて忙しなく辺りを見回している。
冒険者ならば誰もが眼にする、恐怖にやつれた者の顔をしていた。
髪の乱れなど気にもせず、男は近くにいた冒険者に亡霊のようにふらふらと近寄り、見掛けからは想像できないほどの腕力ですがりつく。迷惑にも縋りつかれた冒険者が驚きのあまりに引き剥がそうとしても男は離れない。
奇行を目の当たりにし、ざわざわと辺りが騒ぎ出した頃だった。
「――助けてくれ」
蚊の鳴くような小さな声。
救いを求める声を聞き取った刹那、男は懐から拳ほどの小袋を取り出して冒険者の胸に叩きつけた。押し付けるといったほうが妥当かもしれない。チャリチャリと鳴る音からしてシルバー貨かゴールド貨といったところだろう。
冒険者が男をなだめようとすると、男は顔を上げて冒険者を見た。
「――お願いだ、助けてくれ。なぁ、あんた冒険者だろ? 強いだろ? 助けてくれよ! このままじゃ殺される! 殺されちまう! 助けてくれよおぉぉ――‥‥」
気が狂ったように喚き散らして床に崩れていく。
完全に我を失っていた。取り押さえられた男はギルドの一室に押し込められ、正気が戻るように配慮された。一体あの男はなんなのだと、居合わせた者達が囁きあう。凄まじい剣幕からしてただ事ではないだろうと予想できた。
小一時間ほどたって、一枚の羊皮紙が張り出された。
『憑き物に関する依頼。詳細の開示は担当冒険者のみ。報酬は破格。腕に自信がある者は日暮れまでに受付に名乗り上げるべし』
何人かの冒険者が反応を示した。
間違いない、さっきの男の依頼だ、と確信できたらしい。一介の冒険者として血が騒ぐのか、はたまた、困っている者を放っておけないからか。日が沈む頃になって何名かが名乗りを上げた。依頼を引き受けることになった冒険者が男が控えている一室に通される。
「妻が、他界してからなんだ」
五歳になる子供の様子がおかしくなったのは、と男が語りだす。
男の家は商家の端くれで、貴族ほどとはいかずとも一般家庭に比べて比較的裕福な生活を送っていたと言う。結婚は珍しいことに恋愛で成立。妻の名はビタリーといった。問題だったのは妻の嫉妬深い性格と趣味が今回の事に災いしたらしい。
「いやね、確かに私も若いときは見てくれにも自信があったし、色々な女性とのつきあいだってありました。一概に妻の所為とはいえないです、けど」
男の妻、ビタリーには魔法ではなくオカルトめいた呪いに関する収集癖があったらしい。胡散臭い如何わしい物を集めては、怪しげな儀式に没頭していたという。男は女遊びの負い目もあって妻の趣味には口を出さなかったそうだ。
「一年前にビタリーが変死して二週間ほどたった頃です」
子供は友達と遊ばなくなり、独り言を頻繁に言うようになった。
曰く母親と話しているのだと言う。薄気味悪いと感じながらも、母親をなくしたショックなのだと思った男は、気がすむまで、いつか死を理解できるだろうとそれを放置。女遊びをやめて子供を自分ひとりで立派に育てようと努力しはじめたそうだ。ところが。
「子供の様子は悪化し、半年後には聞いたことも無い童謡を歌い始め、恐ろしい言葉を口走り、三ヶ月前から私を殺そうと追いかけてくるんです」
話しながら男はガタガタと震え始めた。
『ねぇダディ、一緒に遊んでよ。ママも寂しいって』
『‥‥んー、ダディは今仕事をし―――おっおぃ!』
幼い子供が無邪気に笑いかけながら刃物を片手に、にじり寄り始めたのが最初だったらしい。日夜問わず子供は淀んだ目つきで男に襲いかかり、時折人形のようにぱたりと動かなくなる。一週間前、男はとうとう子供を地下の貯蔵庫に閉じ込めた。けれど大切な息子をそのままにはできない。耐えられなくなってギルドに来たと、そういった。
「妻がレイスになったんじゃないかと、思うんです。何度か子供の背中に白い靄もみました。お願いです、息子を、ゼフィーを助けてください!」
「レイスか、ちと俺達がやつけるのは難しいな」
「もし妻がレイスなら、殺さないでいただけませんか? ‥‥殺すと言うのも変ですが」
「どういう意味だ」
「できれば説得で、穏便にお願いしたいんです。最悪、私は呪い殺されたってかまいません、せめて、ゼフィーにはとり憑かないでほしいと、説得を。あの子は大事な息子で、死んだ妻も、私の家族で――‥‥」
男は頭を下げ続けた。レイスになった妻も傷つけてほしくない、かといって子供にもとりついてほしくない。自分は殺されてもかまわないから。そう言って。
長期戦になりそうな依頼に、冒険者達は互いの顔を見合わせてため息を吐いた。
●リプレイ本文
聳え立つ屋敷の地下。蟠る――闇。
冷えた空気は黴臭い。貯蔵庫へ続く石の階段は螺旋の如く続く。石の壁には蟲が息づき、果ても見えぬ扉は冒険者を待ち構えている。ランタンの光が壁に人影を映し出す。
双海涼(ea0850)とアリシア・シャーウッド(ea2194)は皆の先頭を行く。冷気による鳥肌。足音と水の滴る音、唾を飲み込む音が耳に忍び込む。
やがて照らし出された貯蔵庫の扉に、冒険者達は複雑な表情をむける。古びた木の扉は鍵という鍵でしめられ、鎖という鎖で堅く閉じられていた。
何度も見た‥‥異常な、光景。
同行していたサフィア・ラトグリフ(ea4600)がアリシアを始めとした女性を背後に押しやり、鍵開けの技術を持って慎重に鍵を開けていく。幾重にも幾重にも。執拗なほど施された封印に、顔をしかめる者は多い。
後ろの依頼人と女性達を守るように立つオイル・ツァーン(ea0018)とサクラ・クランシィ(ea0728)。
サフィアの両脇を、喪路享介(ea5630)とフーリ・クインテット(ea2681)が守るように固めていた。二人の手に握られた銀のネックレス。彼らだけではない、事情を聞いた者の中で用心を重ねた者は銀の製品を身に着けている。
尚、フーリの銀のネックレスは相棒のサクラが予備に持っていた品を貰った物で、サクラの首にも銀のネックレスが輝いていた。
サフィアが封印を解いている間にも、岩の隙間から内部の音がもれ響いてくる。
『――おいでよ小鳥、愛しい小鳥。手にとまって啼いてごらん、肩にとまって啼いてごらん。愛しい声は私のもの、美しい姿は私のもの。お前は私だけのもの――』
高いボーイソプラノの声音。奇妙な歌。
やがて鍵と鎖の封印が――解かれた。緊張が走る。
「‥‥ビタリー、お前の夫はお前になら殺されても良いと言ったぞ‥‥良かったな、連れて逝きたいならそうすれば良い」
だが依頼人を囮にしたフーリの言葉に返答は無い。
錆びた扉が、鈍い音をたてて開けられていく。じわじわと、様子を探るように。
ランタンの光が扉から差し込むが、奥は全くの‥‥虚無。一歩足を踏み出した者達は、ざわりと気の逆立つ感触が足元から這い上がるのを感じとった。
静寂の中に、何かいる。何かが――『いる』。
闇の奥に白くも赤い球体が浮んでいた。床からさして離れていない場所から、それは侵入者を見ていた。じっと観察している。
「ゼフィー‥‥か?」
後ろから紅天華(ea0926)が声を投げる。彼女の声に、二つの球体は反応を示した。アリシアが男達に並んでランタンを掲げ、闇が逃げてゆく。
少年がいた。
壁を背にしていた少年は膝を抱えて蹲り、血走った双眸でじっと彼らを睨んでいた。
依頼人が息子ゼフィーを地下貯蔵庫に閉じ込めてから、早十日以上が経とうとしていた。
相手がレイスとなれば状況の把握と調査を含め、下準備が整ってから対峙するのが望ましい。だが予想外の事態が起こる。数日前の仲間のひょんな一言だった。
「子供を一週間も地下室に閉じ込めているだと? 当然食事は与えているのだろうな?」
天華はずっと、依頼人よりレイスより、何よりも子供の状態を気にしていた。子供を巻き込んだことが許せないという。彼女以外にも、もう一人。
「そうだ。貯蔵庫に閉じ込めたとかいう息子に、食事はやってるよな?」
サフィアである。天華とサフィアの二人のみが、重要な事に気がついていた。
依頼人は語る。
『一週間前、とうとう息子を貯蔵庫に閉じ込めた』と。
一週間という、空白の時間。
問うた二人の言葉に、依頼人が顔面を蒼白にしたのが何よりも現状を示す言葉となった。震える唇から「水も食料も与えていない」という。食料庫だから、と。何人もが、激怒した。
しかし八人の意見を比較しても、誰一人ゼフィーをすぐに連れ出すという選択肢を持たなかった。妻がレイス化した事を考慮してだろう。調査と説得を重視した。導き出された答えは一つ。準備が整ってからゼフィーと妻のレイスに会いに行く。
食事だけでも、という案は、地下の扉の状態では不可能だった。出すか出さないかの選択を迫られ、彼らは調査を優先した。膨大な調査は迅速に進めても三日は掛かる。
食料だけならばともかく、水もなしの人間の体は基本的に‥‥もって七日。
限界はとうに――過ぎていた――‥‥
「どうなる事かと思いましたけど。生きていてくれてよかった。後は奥さんだけですね、あんな姿になってまで、此岸に留まり続けるなんて、悲しすぎます」
涼は調べ上げた情報のまとめながら、ほっと胸を撫で下ろす。彼女の視線の先は台所。
レイスの姿が無かった為、皆が一階に戻ってきていた。ゼフィーは冒険者達が近づくのを嫌がり警戒した為、後からついてきた。傍目にも衰弱しており、天華がメタボリズムの回復を試みたが其れも逃げた。警戒も当然と言う事で誰も少年に近づいていない。
「そうだな。複雑な事情、他者が口を出す事でもないが‥‥死者が生者に仇なすことは見過ごせない。手を尽くそう‥‥皆、収穫はあったようだし」
オイルの視線もまた台所に向かう。台所ではゼフィーが、椅子に座って食事を待っていた。サフィアは飲食店に勤務できるだけの十分な知識と技術があり、消化によい食事と甘いお菓子をゼフィーの為に作っていた。監視に天華がついている。
ちなみに依頼人は個室に投げ入れられた。レイスが出てくるまでは邪魔でしかない。
「確か、サフィアさんがゼフィー君と知り合いの子供達を調べたら数ヶ月会ってないと言っていたとか。私とオイルさんは奥さんの遺品を調べてきたんですけど‥‥数が多くて」
「涼と調べてみたが、部屋中が怪しげなものばかり。魔方陣や呪具、マンドレイクもあった。持ち出せる品は一通り教会で鑑定や解呪をしてもらった。効果があったか分からんが」
「変死の件は突き止められませんでした」
「歌の件はどうだ?」
息子が歌っていたという歌。詩の羅列に近いもの。
妻の趣味の調査を担当した涼とオイル。息子の歌を担当したのが、サクラとフーリ、そしてアリシアだった。
「レイスは壁抜けできるし貯蔵庫は入れなかったし。危険だから壁越しに数日間入れ替わりで様子見てみたけど、呟いている言葉は同じだったよ。そっちの二人はどうだった?」
アリシアの言葉にフーリとサクラが進み出る。フーリが首を振った。
「‥‥同じだ。変化は無い」
「実は、例の歌――昔彼がビタリーに愛を語った時に歌った物ではないか、と思って調べてみたんだが‥‥依頼人は知らぬの一点張りだった」
「知らぬフリ、じゃなくて?」
「確信はもてないが、おそらくは」
「すみませんが一つ、いいですか?」
それまで壁で押し黙っていた喪路享介が細い腕を上げてアリシアとサクラの会話を遮る。墓守の生業を強く意識させる彼の容貌。黒の長髪の下に隠れた双眸が鋭く変わった。
「俺は奥さんの葬儀について調べたんですが葬儀参列者は少なかったそうです。あと気が引けたのですが――彼女の墓を、調べてきました」
一瞬、非難に近い視線がとんだ。掘り起こしたらしい。だが、そう非難を言っていられない。オイルが「それで」と続きを促す。享介の唇が震えた。
「遺体が――――ありません、でした」
沈黙が降りた。
「棺が、も抜けの空だったんです。──俺は些かご主人を信用できません」
時が止まった。離れた台所の空気は明るかったが、その場の空気だけが急速に冷えてゆく。呆然とする者が多い中、次第に彼らの脳裏によからぬ想像が駆け抜ける。それはその場にいた六人が、揃いも揃って同じ考えにたどり着いてしまうほど。
「――わ、私。地下を調べに行く!」
どん、と音をたててアリシアが飛び出した。フーリが舌打ちして後を追う。
「‥‥一人で――莫迦がっ、サクラ、後を追うぞ!」
「これでレイスに会ったら大変だな」
やれやれと言った様子のサクラを引っ張りながらフーリはアリシアの後を追う。その姿を見送った涼とオイル、享介も顔を見合わせた。
「私達も屋敷を調べましょう」
「場合によっては壁も壊すか。まずはビタリーの部屋だな」
「俺もいきます。──俺の仕事は墓の下に眠る死者を守る事です。ご主人に罪があるなら、それは生きている者が裁くべきです」
この依頼は、裏がある。
確信した三人は、屋敷の階段を駆け上がり、生前のビタリーの個室を目指す。呪具の大半を片付けた部屋。今は怪しげな面影が僅かしか感じられない部屋に踏み込む。寝台や机、棚は調べつくした。あとは、と三人が其々の壁に散って、壁を叩こうと腕を伸ばす。
戸口から、小さな足音が響く。気配に――振り返る。
「‥‥ねぇ、何してるの?」
それは台所で食事を取っているはずのゼフィーだった。
アリシアが、サクラが、フーリが瞳の色を驚愕に染めた。たった今、サクラとフーリは一人で地下へと駆け下りたアリシアを追いかけ、最後尾のサクラが体力の無さに荒い息を吐きながら、戸を閉めたばかりだった。戸を閉めて、反射的に振り返った。
そこにゼフィーが立っていた。
閉じられた戸口の前に、あたかも元から居たかのように立って彼ら三人を眺めている。薄っすら微笑むゼフィーの表情に純粋さも愛らしさも無い。あるのは――恐怖と闇。
ランタンを手にしていたアリシアが小さな悲鳴を上げた。危うく腰を抜かしそうになって二人に支えられる。背筋が凍る。かちかちと、歯が恐怖で鳴る。絞るように声を出す。
かちかち、かちかち。
「どうして―‥?」
涼は呆然と呟いていた。
台所で食事をしているはずの、半ば衰弱していた子供が何故ここにいるというのか。自分達の足の速さについてきたなどと、誰が考えられるだろう。オイルと享介が、涼を守るようにゼフィーとの間に割って入った。もはやダガーも日本刀もしまえない。近づくことは出来ない。退路は塞がれている。
本能が告げていた。そこに立つ者が――『人』ではないと。
「‥‥ねぇ、何してるの?」
ゼフィーの姿をした者は、同じ言葉を繰り返す。
アリシアが完全に竦みあがっていた。此処は地下貯蔵庫。入り口は一つで、退路は完全に塞がれている。フーリが慎重に言葉を選ぶ。
「‥‥お前の『母』を、捜しに来たのだ」
「パパのお願いを叶えに来たの? それともママを助けに来たの?」
ゼフィーの背後にズッと白い靄が現れた。青白い炎のようなものが、少年の周囲を浮遊する。やがて青白い炎は徐々に女の姿を取り戻し始めた。血に濡れ、涙を流し、おおよそ人とは言いがたい歪んだ表情。今にも襲い掛かりそうな恐霊を止めているのはゼフィーであるに違いない。
おそらく彼らを――試している。敵なのか、味方なのかを。
「――『ママ』を救ってやりたい。できればあるべき姿に戻してやりたい。けれど理由も原因もわからないのでは打つ手が無い。教えてくれ、我々はどうすればいい」
オイルが。
サクラが。
目の前に立ちふさがる少年に問う。地下と地上で、同じ言葉を――放つ。
ゼフィーは感情の無い表情に初めて色を添えた。にっこりと、嬉しそうに笑って見せた。
「ママね。淋しかったんだって。悔しかったんだって」
ゼフィーの姿が陽炎のように風に揺れた。
「パパはママを見ない。僕のことも知らない顔で。お前なんかいらない、って怒って痛いことをした。しかもママを隠した。悲しかったって。だから僕が傍にいてあげたんだ」
背後に浮遊しているビタリーらしき人影がすすり泣く音が聞こえる。
「僕にはママが分かる。でもパパは、ママと話す僕が嫌いになった。だからきっとママの傍に押し込んだんだと思う。お腹減ったけど、ママの為だと思った。我慢した。体も少しづつ動かなくなった。お兄さん達が来た次の日かな、動くようになったんだ。すごいでしょ? 羽根が生えたみたいに軽いんだよ。壁も通れる。何故か、ママはもっと泣いたけど」
ゼフィーの話の裏に隠れた、時間のからくり。
時間との戦いだったことに気づいた者が、臍を噛む。後悔の波が押し寄せる。
一番最初に優先すべき事が『何だったのか』に気づく。彼らの『判断』は遅かった。
少年はレイスと化していた。だからこそ銀を纏う冒険者に近づかなかったのだ。
「お兄さんとお姉さんは『ママ』を選んだ」
一方向を指差し微笑む。
「だからママは僕が連れて行く。ママを怒らせたりしない。変わりに、パパを怒って」
――――やくそくだよ?
笑って、消えた。
呆然と立ち尽くす涼とオイル、享介の所へ、台所にいたはずのサフィアと天華が走りこんできた。食事をとっていたゼフィーが忽然と消えたと喚く。二言三言話し、久々の食事に笑顔を見せた矢先だという。しかも食べたはずの食事は全くのそのままで、手もつけていない状態に戻っていたらしい。
五人は慌てて地下の貯蔵庫を目指した。三人が見たのは床下を示すゼフィー。地下へ向かった三人がレイスに襲われたのではと思いながら、走りこむ。貯蔵庫に向かったアリシア達は、貯蔵庫の片隅に呆然と立っていた。彼らもまたゼフィーに出会い、話し、一方を指し示されたという。
隅に居た、ゼフィーだった成れの果て。死後僅かな時間しか経っていない体は、貯蔵庫という条件の為か腐臭もせず、硬く冷たい。眠るかのようだ。
初日に鍵を開けていれば、救い出せたはずの小さな命。
冒険者達が流れるように少年の後ろの壁へ視線を映す。新しく不自然に盛られた壁を、八人は壊し始めた。許せないと思う反面、ひどい後悔に包まれてゆく。壁が、壊されてゆく。――中は空洞だった。赤いドレスを纏った屍が、ひしゃげた形で納められていた。
後日。
依頼人は死体遺棄罪や殺人罪、幼児虐待等の様々な罪で捕らえられる。情報の仕方も目の付け所も確かな冒険者達だったが、細部の判断能力にやや欠けていた。レイスとの戦闘は避けられ怪我も無く、依頼人の悪事は明らかにされたが、代償は子供の命だった。
苦い結果を抱え、それでも彼らは冒険を続け、依頼を請け負う。
少しでも多くの者を救い。いつの日か、輝かしい偉人となるために。