●リプレイ本文
緑の生い茂る田舎町。
人々が自然を大事にしすぎたままの町は、手入れがされることなくひっそりと不格好に佇んでいる。園芸コンテストに赴いた者達は、小高い丘から見えた眼下の町を見下ろして溜息を吐く者もいれば、やりがいがありそうだと楽しげに顔を緩ませている者がいた。
手続きを済ませ、町を見て回り、自分達の気に入った場所や標的を定め、皆挨拶もそこそこに町の各所へと散っていった。
「あぁ、マリー、ジュリエッタ、ヴィオラ、マルグレーテ、今日も美しいよ」
ウットリと恍惚とした表情で語る巨漢はヒースクリフ・ムーア(ea0286)その人であるが、断じて意中の女性達を口説いているわけではない。彼の目の前には青々とした常緑樹などが静かに佇んでいる。緑の木と会話しているわけではないが、本人はその気満々だ。
庭園造りと言ってもアイディアを出すのが冒険者の主な役目。伐採や大がかりな作業には町の人々も手伝ってくれる。よう兄ちゃんご機嫌だな、と通りすがりのおっさんが声をかけたり、民家の奥様方が仕事は捗っていますかと差し入れに訪れるアットホームさ。
「依頼にかこつけて木々の世話。この世の天国、なんていったら笑われるだろうなぁ」
今し方、常緑樹の足下に丁寧に植え込んだ小さな植木。荒事ではお目にかかれない穏やかな表情が彩る緑の庭。隣には何を植えよう、季節ごとに色とりどりの表情を見せてくれるような演出も悪くないなど、我が世界にどっぷり浸ったヒースクリフは実に幸せそうだ。
「あらあら、私も負けていられませんねぇ。こんにちは、進み具合はいかがですか」
ヒースクリフに声をかけてきたのは、彼と同じく町の通りに着目したフィーナ・ウィンスレット(ea5556)だ。ヒースクリフが町の入り口から中央にかけて担当したのに対し、フィーナの担当地域は中央から裏門にかけてのメイン通り半分。これはこれはと、手についた泥を払い落としながら立ち上がる。町のあちらこちらで活気づいた声が聞こえる。
「今こんな状態でね。無言の姫君達の相手をしていたところだ。目の前の貴婦人に、跪いて手の甲に口づけでも、と行きたい所だが今日は挨拶だけで勘弁してくれ。その籠は?」
「お上手ですねぇ、町中の若い子達が騒ぐ気が分かる気がします。これですか? ノルマンから取り寄せた葡萄の種と苗です。イギリスでは根付かないそうですが、もしかしたら苗の方は二、三ヶ月後には花を咲かせ、実りの季節を迎えるかもしれません」
ヒースクリフがふぅむと唸った。渋い顔をしているわけではなく、実に楽しげである。
「夢のある話だねぇ。この辺の地域はエイヴォン川の恩恵に預かっているし、輸送に都合がいい。もしワインを作るまで考えているなら、やせたかたい土壌で栽培された葡萄の方がまだ可能性はあるかな。ただイギリスは寒さが大敵だけどね」
熱心に話を始めた。一応はコンテストだというのに実に親身である。フィーナが笑う。
「なるほど、本当に園芸がお好きなんですね」
「勿論。朝から晩まで世話してもあきないね。こまめに世話をしていると状態も分かる。そういえばフィーナ君はガウィッドウッドというモンスターをご存じかな?」
満面の笑顔が陰った。いいえ、とフィーナが答えるとヒースクリフは自分が製作している通りを複雑な表情で見やる。まだ半分しか整備されていない通りだが、完成する頃には美しい並木道となるだろう。近くの木に手を当て目を閉じる。
「食人樹の事だよ。以前、人が飲まれて助けて欲しいという依頼があって、救出に行って偶然見たんだけど無様で哀れだった。昔は立派な守り神だったのかもしれないけれど」
愛されるべきは木々も同じ。そんな風には、なって欲しくないしね、と笑ってみせた。
立ち話の末にフィーナは自分が受け持った通りの方へと戻ってゆく。
やがて視界に飛び込むアーチ状の大きな通り。ほんの数日前には無かった木組みのアーチの列は、ここ数日の間フィーナと地元のおじさま方の力添えと、心配して様子を見に来た仲間達の助力で、フィーナの理想通りに形作られたものである。戻ってきたフィーナを地元のおじさま方が笑顔で迎えた。お帰り、と声が飛ぶ。
「お疲れさまです。苗木の方は揃いましたね。では次の準備しましょうか」
葡萄の栽培に適さないイギリスで、全て種から芽吹かせるのはまず無理である。
そこで、大半を休眠から目覚めつつある既存の葡萄の木や蔦に目を付けた。無理を言って標的の苗木を輸入してもらったのだ。アーチ状の骨組みの根元に植え、蔦や枝を傷つけないように絡ませて布で外れないように固定する。やがて葉も生い茂り、木漏れ日が差し込むようになれば理想的だ。
「楽しみですね、本当の完成が見れたら尚良いのですけど」
上手くいくよう祈りつつ。それはおそらく数ヶ月さきになるだろうが。
「わぁー、やってますね。こんにちわ」
梯子に腰掛けおじさま達と共に植え込み作業を行っていたフィーナに声がかかる。上半身をひねり、真下を見下ろした。視界に飛び込む明るい金髪。共にコンテストの依頼を受けた仲間の一人、ルフィスリーザ・カティア(ea2843)である。あら、と小さな声を上げ、フィーナは梯子を下りて仲間の元へ向かう。ルフィスリーザは感心したように見上げた。
「これ葡萄樹ですよね。上手く根付くと良いですね」
「半ば実験的ですけど、夢があっていいでしょう。実益になるかもしれないし。近くのお子さん達が、何時になったら実るのか聞いてきた時には笑ってしまいましたけどね」
「子供ってそういうものですよね。食い意地食い意地」
フィーナとルフィスリーザは微笑ましげに通りの下を遊び回る子供達を眺めた。うまく実れば子供達も喜ぶだろう。フィーナがルフィスリーザにそちらの様子はいかがですかと問いかけた。ルフィスリーザはお目当ての家を探し当て、庭を提供して貰ったのだ。
「私ですか? テーマは薬草庭園です。主役は薬草と鳥さんです。実用的且つ繁殖力の強い薬草は勿論、鳥さん専用の小屋も作ったり、木の実や果実用の植木や空間も作って美しくなるように全力を注いでるんですよ〜。まぁ、ただ」
虫や鳥さん達に食い尽くされないか心配ですが、と零す。理想ばかり語ってはいられない。美味しい植物や果実となれば喜んで虫は卵を産み付け我が子の苗床とし、鳥も鳥で遠慮なくつつきに走るだろう。配置や種類、あるいは維持で気をつけなければならない。
フィーナは思わずアーチを見上げた。
もし上手く実っても、鳥につつかれる可能性は大いにある。
「今の時期から話すことではないですが、何か対策しといたほうがいいですかねぇ」
鳥たちの糧になるのは喜ばしいことだが、町の実益や子供達の笑顔を考えるとつつかれっぱなしと言うのはよろしくない。余計な問題に頭を悩ませるフィーナ。
「その辺は地元の方に相談するしかないですね。私も庭を提供していただいたお家の方に少し注意とか、維持とか、最低限のこと話しながら作ってますし。さて、それじゃ」
フィーナと別れたルフィスリーザは担当している庭へと戻ってゆく。作っている庭は苦労するものになるだろうが、完璧に維持されて完成された暁には、摘み立てのハーブティでパーティというのも悪くない。
「只今戻りました〜今度はラベンダーさんですね」
葡萄と同じ頃に花をつけ、夏の終わりまで長い開花時期を誇るラベンダー。まだ青々とした緑である苗を、小さな池から庭の入り口まで丁寧に植えていく。ドレスの裾が汚れようとお構いなしだ。植え込みを終え、昨日木々の枝元に設置した巣箱を見て回る。まだ鳥は棲んでいないのに小さな頭を覗かせる日が待ち遠しい。
「庭をゆっくり眺めるにはそれなりの場所が必要ですね。木陰に屋根と椅子と」
柱を立てて白い薔薇の枝を絡ませてはどうだろう。そんな事も考えながらルフィスリーザは池の周辺に埋めたミントを少し失敬する。他に埋めたのはローズマリーやスズランと様々だが、少し摘んだところで弱るようなものでもない。
「うふふ、シクラメンさんは惚れ薬〜、ジギタリスさんは強心薬〜」
ほくほく顔で戻ってゆくと、向かいの家から奇声が聞こえた。
ルフィスリーザの担当した庭園の向かいにはフォン・クレイドル(ea0504)が一人で何やら凄い作業をしているらしいが、ルフィスリーザは見に行った事はない。好奇心とともに何か差し入れにでもいこうとキッチンへ消えた。
ところで奇声を発したフォンが何をしているのかというと、これまた驚くべき事に庭に池を掘っていた。それもルフィスリーザとは異なり、大きな瓢箪形の穴の池である。
最初はただ穴を掘って、縁に石を並べて水を流そうとした。しかしそのままでは折角入れた水が濁り泥水になってしまうのだ。試行錯誤の末、必死に掘った穴の底に埋め尽くすように石を並べ、それからゆっくり水を流し込んでゆく。少しばかり泥が舞い上がってしまうが、泥が沈下するのを待つしかない。穴の近くに石を綺麗に並べて河原に見立てる。
「うっふふー、なかなかいい具合じゃないか。あたいもやればできるもんだな」
満足そうに目を細めた。これはフォンが一人で作り上げた力作である。何度もペットの馬に水桶を背負わせ、自らも運び、散々苦労して満たした池だ。
「失礼する。ここはフォン・クレイドルの担当する庭のある家か?」
「お、きたきた。入ってこいよー庭にいるぜ」
現れたのは道具をもったガッポ・リカセーグ(ea1252)であった。依頼を受けた冒険者達の中には、ガッポのように仲間達の家々を回り、手伝いを行う者達もいる。庭に立ち入り、フォンを眺め、目の前に広がる大きな池に目を丸くするガッポ。
「無謀な、とか思っていたのにお前も良くやるな。数日間前の平地が池になったか」
少し前まで荒れ放題だった庭。感心した声に対し、誇らしげに胸を張る。
「だろー? 苦労したんだぜ、最初は穴掘っただけで泥が舞ってて沼同然だったからな」
「後は桟橋のように巨木を置くのだったか」
「あぁ隅っこにな、転がすんだ。今回のコンテストでいらない樹はゴロゴロしてるからな、折角だからそういうのを持ってきて使った方がいいだろ? そこに置いてある奴なんだけど枝打ちみたいに余分な部分を落としてくれるか? あたいだと粗雑になるからな」
「任せろ。それでお前はその間どうするんだ」
「適当な大きさの草木を集めてくるさ」
フォンのテーマは静かな森の湖畔である。これから集める草木は森林に見立てるためのものだ。森閑な森林の外れに、人のいない自然のままの湖の岸を思わせる情景を作りだす、というのが狙いらしい。好奇心で始めた作業にしては熱がこもっている。
「聞いた話だと、ジャパンでは地面に浅く穴を掘って、水を張って魚を放るそうだ。馬や驢馬みたく飼うんだと。やってみたくてさ」
無邪気な笑顔である。相づちを打ちながら、やがてガッポも作業を終える。
「動機はどうあれ、こういう形の庭は正解かもしれないな」
へぇ? とフォンが興味を示す。ガッポ曰く、下手に世話が必要なものは拙いかもしれない、という判断だ。この町が整備してこなかったのは、日常的に世話をしつづける気がなかったか、する力がなかったかのどちらかではないか。そういう結論に至ったのだ。
「つまり面倒な世話が必要だと最悪、町の人に、今までのように共存と銘打って放置される可能性があるだろう。町の人たちは人が良いが、全員世話が得意だとはかぎらん」
「なーるほどなぁ、で、お前は? どんな庭にしたんだ?」
それがな、とガッポは苦笑した。当初は町を中心として北西、北東そして南の方向にそれぞれ異なる庭園を作る計画を立てていたらしい。しかし時間も時間、内容が内容だ。協力してくれる人では基本的に希望の場所へのボランティアと言うことで、皆が皆手を貸してくれるわけではない。
「北西の薬草園は父の試練を表し、北東の野草園は聖母の慈愛。南のヒース園は荒野である地上を表すトリニティーという題目で努力しているんだが、もしかすると未完か、あるいは細かい部分まで気を配れないかもしれないな」
北西の庭にはカモミール、ミント、ニワトコ、ベラドンナなどを植え込み、北東には野草や木々を整備しながら魔物除けとしてプリムラ・ウルガリス、アネモネ、ローズマリーなどを植え込む。ただ薬草園の類に着手している庭が多いため手にはいる数が少ない薬草も多い。南の庭にはヒース園をとヒースの植え込みに着手している。ヒース園はほぼ完成に近いといって差し支えないだろう。問題は材料と人手が足りない二つだ。
ふぅんと話を聞きながら、フォンはにかっと歯をみせる。
「のわりに貴重な時間をみんなの手伝いに回ってるわけだ」
「何か文句でもあるか?」
「いんや。みんな感謝してるだろうさ。世話焼きとかお人好しって呼ばれないか?」
一方その頃。
祈りを終えたプリムローズ・ダーエ(ea0383)は水仙、鈴蘭といった類の花を集めて回っていた。全体的に白い花がつく品種ばかり。中に時折黄色も織り交ぜ、小さな安らぎの空間を作るよう心がけている。大きな作業は何処か見落としがちである。それよりは小さくても立派な祈りの空間を創造したい。
「かわいいなぁ。全部白だと埋もれちゃうし、黄色で虹みたいに線でもつくって‥‥」
「どおっすかぁ〜?」
「ひゃ!」
いきなり響いた声は朱華玉(ea4756)のものである。入り口の方を見たが誰もいない。幻聴かときょろきょろ周囲を見回せど、姿も見えず。「ちょーっとちょっと、どこみてんの」と抗議する声の方角へ頭を向けた。まず見えたのは塀だった。そのつぎに視線を上に引き上げると、塀の上に腰掛け仏頂面でプリムローズを見下ろしている華玉の姿が。
「そ、そんなところに」
「さっきからずっとよ〜、まぁ慌ててる姿みてるのも楽しかったけどさ」
プリムローズが眩しげに華玉を見上げて‥‥いるのではなく、気が抜けたようにふぅぅぅ〜と膝から地面に崩れる。
「だから私見て貧血起こさない! たく失礼な。で、進み具合はいかがっすか?」
気を取り直して華玉が眼下の庭を眺めた。プリムローズが丹誠込めて配置に気を遣っている花々もなかなかな見栄えとなっている。
「そんなところにいたら驚きます。どこから上ったんですか華玉さん。綺麗でしょう、見る人が少しでも和める空間にしようと思ったの」
「なーるほど上手く完成すると良いわね。私? 私はさっきからみんなの所まわってんの。結構面白いわよ、なーんせ『あの人の意外な一面が!』ってな感じで普段は見れない劇的瞬間をキャッチ! こりゃキャメロットに帰ってみんなに土産話になるわ。口止め料や情報料として小銭もらいながらカツアゲや荒稼ぎもオッケェ! ‥‥なんてね! えヘ」
チャームな笑顔の小悪魔一名。
「‥‥冗談にも本気にも聞こえるけれど」
「気にしない気にしない。でもあれね、質素とは言え息抜きで過ごすにはいい町、かも」
普段のちゃらけた素顔に不似合いな、何処かしっとりとした口元の微笑。塀の上から見える忙しそうな町並み。
プリムローズと華玉は暫く話し込んだ。華玉も地元民の話を取り入れながら庭の製作に取り組んでいたらしい。華玉の場合、故意に人の手を入れるのではなく、今の庭の荒れを正し、その上で工夫を凝らす。多年草を中心に派手で鮮やかな光景の中に残す『無為』。
「ほら、あたし詳しく知らないしさ。それに下手に壊したくないんだよね。と、あー、面白いのがきたきた」
プリムローズが首を傾げる。塀の上から見下ろす光景は華玉にしか見えない。ごめんください、という家々を訪ねて回る声がする。華玉につられてプリムローズが顔を出すと、バルタザール・アルビレオ(ea7218)が愛馬とともに家々へ小さな植木を配っていた。
「なるほどー、庭や通りに限らないって訳ね。おーい、こっちこっち」
華玉の大声にバルタザールは驚いて道を見た。しかし声の主は見あたらない。プリムローズと同じく慌てたように辺りを見回し、仰天して華玉を探している。一見、滑稽だ。
「ぷ、ふふふ」
「はへ? あ、プリムローズさんじゃないですか、何笑ってるんです」
むっと頬を膨らませる。
「誰かお探しですか」
「え、い、いえ。きっと空耳です。疲れてきたのかなぁ参ったなぁ」
「上、見てください」
「あ、ちょっとプリムローズ! 折角脅かそうと思ってたのに!」
見上げた先には塀の上の華玉がいる。ぎょっとしたバルタザールだったが、すぐ真顔に戻って「何やってるんですか」とがっくり肩を落とした。観察よ、と適当な言葉を並べながら、華玉は二人の居る場所へひらりと降りる。そっちこそ庭を造らないで植木配り? と意地悪げに笑いかけると、バルタザールはあぁっと愛馬に積んだ花々の鉢を見た。
「こうやって一軒に一鉢、その家の人の好きな花の植木鉢を預けて植え、育ててもらおうと考えたんですよ。樹の刈り込みすぎは可哀想だし、大きなものを作ってもずっと世話できるわけではないですし、町を花いっぱいにしたいじゃないですか?」
例え芸術性に優れていても世話を続けてゆくのは町の者達だ。作りっぱなしでよいわけでもない。あまり難しいものを作ると維持させるのが難しい。一時話題に上がってもそのままで終わってしまうこともある。
「小さな事からこつこつと。生き物の世話と同じなんです」
「へぇー、で、ここ数日の間に配り終えたの?」
「いえそれが、私は体力がないもので。通りを幾つか回るだけでくたびれてしまうんですよ。とはいえ期日まで後少し、全部配ってみせますよ」
そこで華玉がにまっと笑った。プリムローズとバルタザールが「ん?」とその笑みに吸い寄せられる。というより何か企んでいるようなそんな笑み。
「ホントにそれだけ?」
「他に何か?」
ごほんと一度咳払い。
「‥‥では。昨日早朝、鉢を集めに出かける青年α。昨日昼間より鉢植え配りを開始するも、美味しい匂いにつられて商店街へ。鉢植え配り忘れて美味しいお菓子のリサーチを開始し、おみやげ含めて××店の焼き菓子購入。役目を思い出したのは日が暮れかけた頃で慌てて家巡りを開始するも人の良さそうな家々の方々に食事をすすめられ」
「うわー! うわー! ちょっとちょっと、あなたなんでそんな事まで知ってるんですか!」
「乙女の秘密」
さっき言ってたマルヒ情報か、とプリムローズは不憫そうな目でバルタザールを眺めていた。
バルタザールが華玉に冗談含めてゆすられていた頃。
チームを組んでいたシェリル・シンクレア(ea7263)、マリー・プラウム(ea7842)、国盗牙郎丸(eb1147)の作品も大幅に進みつつあった。聖夜祭で飾るリースをイメージしたもので、公園くらいの大きさになるだろうか。荒れたままになっていた空き地の場所を、牙郎丸が先頭になって主に刈り込みを入れ始めたのが最初の作業。可能な限り大きな地上絵を作るのが三人の目的だ。
「なかなか様になってきましたね」
シェリルが泥まみれになりながらにこにこと笑う。シェリルは最初、今建造している作品を町全体を使って作ってはどうだろうと話したが、流石に規模が大きすぎる。加えて人手と時間が足りない。よって結局、ちょっとした公園を作り出すに至った。
「牙郎丸さぁーん、食事にしましょ」
マリーの耳打ちに振り向く。
「うむ。いまいく」
リースの中央になるだろうか、一本の高い木がそびえ立っていた。最初は不格好だった樹だが、手を入れられることで不格好さも様になった。伸びに伸びていた枝の中には、伸びすぎてというより、長年放置されすぎて枝より幹に近くなってしまったものもある。しかしそう言うものは放置しておくといつか折れるし、非常に危険だ。
「皆さんはお家の方に戻ったですよ〜、後でまた来てくれるです」
一休みしながら三人とも進み具合を確認しあった。共同作品であればこそ、些細なミスをするのは申し訳ない。シェリルは主にリトルフライでふわふわと青空へ舞い上がり、できや位置を確認してまわる。ベルの部分を迷路にしたり、リースに該当する木々の内側などに花植えを手伝うマリー、牙郎丸は中央の巨木が痛まない程度に整えて日時計とするのが目的だ。
「内側に埋めた花、あまり部分的に陽が入らないかもしれませんが、そこのところどうにかならないかなぁ、ぁ、ひゃーっ!」
器のそばで考え事をしながら食事、起用とは言うなかれ、時折マリーは器をひっくり返す。昨晩の夕食時などはスープに突っ込むという器用な芸当をしてのけた。笑いながらシェリルがマリーの手助けを行う。
「ああ、また。マリーさんの迷路、同じところをぐるぐる回ったですよー。アイディアはいいとおもうのです、あとはちょっとずつ工夫して仕上げないとですね」
「そういえば、二人ともテーマか何かあったのかな? 俺が中央の天に向かう木を選んだのは理由があってなぁ」
まぶしい顔で先ほどまで手入れを施していた木をみやる。
「あの木は太陽の光を受けて時を刻む。陽光を受けて地に落ちた影がゆっくり、ゆっくり。周り、人と緑が共に在る街の時を刻み続けるんだ。素敵だろう、柄じゃないとかいうなよ」
マリーが首を振る。
「言いません。私も子供たちが楽しく遊べる場所がほしくて迷路を作ったし。それにしても街というか、もとあった木々の枝葉を整えたりつなげたり苦労したよね」
このリース作りにはこの場にいない多くの者のアイディアも含まれる。ミケーラがリースの形を提案し、ソムグルは木漏れ日の心地よさと木漏れ日によってできる影絵の提案、レイリーは管理の難しい花を使うのではなく野原の花を使うことをアドバイスし、ミュウは熊など木々や蔦、花を使っての動物の造形、アルルは迷宮を作るならばとバラを用いた見せ方を提案した。彼らの名前もコンテストでは協力者として発表される。
「ホントですー。リースの輪は永遠、輪を彩る木の実は命の象徴。この場所やこの町が、ずっと今のまま息づいていてくれたらいいですよねー」
皆が皆、思い思いの考えで作り上げた作品たちだ。
コンテストの結果ももうじきわかる。だが多くがコンテストで入賞を、などに固執しているわけではないらしい。精一杯、自分たちにできる美しい長く息づく作品を。そうして町が磨かれてゆく。
コンテスト当日。皆が皆、一通りの挨拶と発表を終えて専門家や審査員達ともども各作品の場所を歩いて回った。芸術性や意味、そして適応など様々だ。見て回るのは短時間だが町を一回りするので一日かかる。翌朝、町のものたちの投票も終わり、発表が行われた。
一位を冠したのが、町の入り口を印象付けたヒースクリフ。
二位を冠したのが、芸術性で人目を引いたルフィスリーザ。
三位を冠したのが、意外性のバルタザールとフォン・クレイドルだった。
コンテストは三位までが定められたが、基本的に皆が皆、賞を授かる。ことタッグを組んだ三人のリースは、季節が外れた事で主票であるお偉いさんの評価が下がったが、地元の人たちには大いに愛される結果となった。そこで特別賞がおくられたのだ。
「さて諸君」
ヒースクリフが横に並んだ仲間達にこそこそっと話しかける。製作者だというのに前に座らせてもらえないこの有様はいかがなものか。
「どうしたのさ、銀盤に散った騎士様」
「‥‥二丁目の、そういえば君はバーテンだったね。というか今その名前で呼ばないでくれたまえ、封印したはずの恐ろしい記憶が」
にやっと面白がっている華玉をルフィスリーザが押しのけた。話が進まない。どうしたんですかと問い直すと、会場から脱走しないか、とのこと。なにしろ製作者そっちのけで、延々話が続いているのだ。
「お、さんせーい。んじゃみんなでいくか」
フォンが声を上げた。冒険者たちはその後、全員そろって会場を抜け出し、それぞれの理想に沿って作り上げた庭園や場所をめぐり、のんびり楽しんだそうである。