●リプレイ本文
酒場で数々の伝説に輝く凄腕ママを生み出してきた朱華玉(ea4756)の腕が煌めく。
「あぅあぅあぅ、綺麗ですけど‥‥ごめんなさい。影ながら見守ります」
「確実な依頼のためさ。ふ、ふふ、はぁ」
笑い声が壊れている。目の前で『お約束』な目に合っている知人を眺めながら、バルタザール・アルビレオ(ea7218)は号泣していた。別れの涙であり、不憫な涙であり、ともかく言葉にしようのないこの感情の矛先はどこへいくのだろう。女性をコレクションするオーガ討伐に出向いた冒険者達。標的を誘い出すにはこれしかないと判断したのか、囮作戦決定。女性を危険な目に合わせるわけには行かないからか、見目麗しいらしい男性が餌食になっていた。今回の場合、それは フェシス・ラズィエリ(ea0702)になっていた。
陽光の下で白く光を返す長髪と、憂い混じりの青い瞳。
「お客様は基が良いですからねぇ、ステキなレディに生まれ変われますよ。ほら」
ライラック・ラウドラーク(ea0123)が商売人じみた声を返す。遊んでいる、確実に遊んでいる。いや、化粧等の類はある種女性にとって心躍るものだ。ライラと華玉の腕前でフェシスはさながら儚き美女と化していた。ユウ・ジャミル(ea5534)が暢気に「綺麗だよ〜これでおじょーさんたちを助けられるね」なんて気楽な声を放っていた。その面白おかしい様をロート・クロニクル(ea9519)が笑いながら事細かに自分なりの変態体験談なるものを書き留めていたようだ。彼の隣にはロートと同じく一歩間違え‥‥否、果敢に我が身を差しだしたフェシスに続き、女装をかってでようとした勇者な心の者達もいる。
「女装か‥‥よくやるぜ。俺はパス、女の真似して有名になるのは従兄だけで充分だ」
「ふぅん。その割に相談していた時の『ちょっとだけよチラリ』的な仮面はずしは何のアピールだ? 首から上に自信がありげなお兄さん。どうせなら変装してくれれば面白」
「しばくぞロート」
「‥‥すみません。申し訳ありません。冗談だ、聞き流してくれよ」
ぎりぎりぎり。リュイス・クラウディオス(ea8765)の片手ががっちりロートの頭部を鷲掴みにしている。痛いー、痛いーと痛そうに見えない様子で漫才やっている。そんな二人を眺めながらショウゴ・クレナイ(ea8247)は複雑そうな表情をしていた。彼は神聖騎士である、よってジーザス教の教えにならう為、ハーフエルフの存在は面白くないところだろう。ギルドは実力社会であるが為、ハーフエルフであろうと条件が揃えば受け入れる。
「眉間に皺はっけん、キミどうしたのさぁ? そんな怖い顔して」
女装でぎゃあぎゃあ騒いでいる中、ユウが少し離れた場所にいたショウゴの眉間にぴっと人差し指を当てる。ショウゴは我に返るとともにきょとりと目の前のバードを見た。
「い、いえ。なんでもないんです。ちょっと職柄、気を引かれてしまう事があって」
「あ。なるほど。神聖騎士だっけ、背徳の女装だね!」
すぱん、とシリアスな空気をぶったぎるユウの暢気な言葉。でも囮だし仕方ないよ、確かに禁断の域は魅力的かもしれないけど破門されちゃうよ、とフォローしているつもりなのか勘違いしたままショウゴにいった。ショウゴの後頭部に怒りの文字を書いてみたい。
「ショウゴ・クレナイ。神聖騎士だけどやや女装に興味有り。切ないな、宗教の壁は」
「後で女装をたのんだらどうだ?」
ロートが書き記し、リュイスが労るような眼差しをむける。思いっきり勘違いだ。
「ち、が、い、ま、す、よ!」
「無理をするな。きっといつかわかってもらえる」
「なになに。女装に興味ある?」
勘違いミステリアスワールド。果たして今後ショウゴは誤解をとけるのか!?
というのはさておいて。
準備万端。「これぞ真の女装」と訳の分からない絶賛を浴びたフェシスとともに、冒険者達は問題のオーガが出没する地帯を捜索して回った。すると狩人のオッサン達からオーガの巣穴らしき洞窟が幾つか点在する地点を教えた。目の前の崖、ぼつぼつと穴のあいた洞窟。仲間達が見守る中、フェシスは一人ぶらぶらと歩き出す。敵に自分を発見させるのが一番の目的ではあるのだが。フェシスに一番近い場所では「私は石」とかいいながらせめてすぐそばに、とバルタザールがひかえていた。複雑だ。非常に複雑だ。
「正直、これで見つかって誘拐されたら男としてちょっと複雑だな」
ぼそぼそとフェシスが近づいていた時、がさっと物音がした。一つの洞窟から現れたのは赤褐色の巨体であった。ゆうに二メートルは超えているだろう。オーガである。オーガは肩に人間を担いでいた。人の娘。どうも失神しているらしい。隠れていた者達の間に緊張が走る。オーガは娘を地におろし、フェシスを見た。その目は‥‥異常だった。
「うげぇ、あのオーガ本気で見境いないのかよ!」
ロートが(あくまで)小声で突っ込む。彼らが見守る中、オーガはツーステップを踏むかのような軽やかな足取りで、女性に見えるフェシスを捕まえようとしていた。フェシスが奇声すら上げずに真っ青な顔で襲撃ポイントまでダッシュしてくる。
「てことで、なんだかうらやまし‥‥面倒なコレクションをしてるオーガの退治いきますか!」
ロートの声が合図となった。バルタザールがフェシスとオーガの間を引き裂くように、ファイヤーボムを放つ。突然の攻撃にひるむオーガだが、その目には明らかに警戒の色が浮かんでいた。
「リュイス! 早く洞窟へ」
「あーもうせかすなよ」
なんだかんだ良いながらリュイスとフェシス、ユウが洞窟内へ素早く入っていく。彼らが娘さん達を見つけだし、救い出すまでに注意を引きつけるか、倒すかしなければならない。ロートが確実にライトニングサンダーボルトを発動させるため、精神を集中していく。
ショウゴがブラックホーリーを放った間に、ライラと華玉がオーガの死角へ回り込む。
「変態鬼を倒して見せよう、もの××ぉ〜‥ってか。いくぜ!」
ライラが日本刀を振りかざして突進する。華玉のかぎ爪が逆方向から襲いかかるが、オーガは棍棒を振り回した。その強力な一撃に、華玉が吹っ飛ばされる。ライラは刃で受け止めるものの、巨体の腕力には空恐ろしい物があるらしく、彼女の手は威力にしびれた。
「げほ。なんて莫迦力。この緊迫感、ヤバイ‥‥楽しくなってきたわ。ロート!」
「おう!」
二人が離れた刹那、魔法が解き放たれる。接近戦でライラと華玉は腕力と、オーガの重い一撃から逃れるすべにそれぞれ劣る部分があった。こうなっては、援護されるより二人が注意を引きつけ確実に魔法で削っていくしかない。
いくら変態でも、オーガはオーガだ。戦士であるからか戦闘に苦戦したのはいうまでもない。苦労の末、オーガは次第に動きが鈍り、冒険者達の攻撃をうけ深手をおいながらもヨロヨロと山の中へと消えていった。
洞窟内には、ロープで縛られ、あるいは恐怖に駆られた娘達が半ば衰弱した状態で見つかった。中には女装男の姿もある。
「‥‥ええと。この場合、女装してたから命が助かって良かったですねというべきか、それとも女装したから捕まったんですよと責めるべきか。困りますよねフェシスさん」
「そっとしておこうバルタザールさん。今あそこに関わっちゃだめだ」
今、彼らは娘さん達の救出に励んでいた。オーガは深手、そうすぐに戻ってくることはないだろう。一応警戒しながらも、彼らは誘拐された彼女たちの救出にあたっていた。
「キミ、女の子なのに格好よさがあって何っていうか。こう‥‥え? お・と・こ?!」
ユウが硬直した。そして固まった。踊っていた心は灰となって散ってゆく。
「おにーさん。いや、今はおねーさんか。可愛い妹さんがお待ちだぜ」
「燃えない」
「は?」
ライラが女装兄貴を覗き込む。すると女装した兄貴はぐっと拳を握った。
「燃えない。燃えないんだよ! てっきり女装してモンスターに攫われ勇者に救出したら恋に落ちると思ったのに! 恋の法則とはいったいなんなんだろう。研究をかさねなければ、女装も磨く必要がある!」
とんでもないにーちゃんだ。
「あまーい! その程度の女装では人前に出てお金とれないわよ! しっかり指導してあげるわ、行きましょ、ライラ。あっそうだ」
風化している男性含め、華玉は女装をしなかった男性陣に直筆の羊皮紙を手渡した。
「気が向いたら訪ねてみて。世界が広がるわよ。あ、ロート貴方の調査に役立つわよきっと。色々な男性が人生を謳歌するところだから。ま、君も謳歌するかもだけど」
それは一風変わった趣向で客をもてなすジャパン人経営の酒場『二丁目』への地図と添え状だった。ロートやリュイス、風化したユウと疑惑をかけられたショウゴに手渡された。
男性陣がそれをどうしたかは、神すら知らない。