【バースの戦乱】下弦遊戯外伝―エルザ―
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■ショートシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:4〜8lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 60 C
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:02月25日〜03月08日
リプレイ公開日:2005年03月08日
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●オープニング
「民衆が反旗を翻しただと!?」
城の片隅でラスカリタ伯爵家の領主代行、サンカッセラが驚愕に満ちた声を上げた。
キャメロットの西185km先にバースという地域がある。エイヴォン川の河畔にある街『バース』の北、俗にバース北方領土と呼ばれる地域は現在領主代行が掲げる霞のような理想論によって統治され、ジワジワと破滅の道を歩んでいた。
虐げられた民衆は叫んでいる。
新たな領主を迎えよう、民草の事を理解せぬ非道な領主代行をうち倒せ。
民衆達には希望の光があった。死んだと思われていた第一夫人の娘が現れたのだ。
よって民は新たな『王』を求める。
「自ら妖しい薬に手を出して自滅した莫迦者共めが。今この北方領土がいかに危険な均衡の上にいるのか欠片も理解していないと見える。大体民衆達が新たな領主にと掲げる者は」
‥‥一部の貴族だけが知っていた。
民衆の掲げる新領主の候補者が六年前にバースを恐怖に陥れた大盗賊の頭領であることを。そして正当な後継者であることも。
民も、領主も、助けの手を求めた。
暴動を起こした愚かな民衆を鎮圧せよ、慈悲すらたれぬ領主をうち倒す手伝いをと。領土に住まう多くの若者が、騎士が、魔法使いが始まろうとしている内乱のために招集された。強力なモンスターの徘徊していた北の森からは警備が消え、モンスターや盗賊達が村や町へあふれ出す。
かくして戦は始まる。
自堕落や失態を棚に上げて都合の良いときに助けを求める虐げられた民衆と。
物事に厳正過ぎるあまり人として慈悲に欠けた誠実な領主の間で。
† † †
●現在地:キャメロット
「エルザ嬢が戦乱の中にいる!?」
子爵家プリスタン、次期当主のディルスはアリエスト家の知らせを受けて顔色を蒼白に変えた。彼には婚約者が居る。一人目はラスカリタ伯爵家、二人目がアリエスト家、三人目が二人目の妹、次女エルザ・アリエストである。婚約者への復讐心によって精神的に病んでしまった次女は、数日前に知人つまり現在の戦乱の元凶となっているラスカリタ伯爵家の次男アニマンディの誘いを受けて、是非療養にと行った。
そしてすぐに、戦乱は幕を上げた。
アリエスト家の次女、エルザは現在アニマンディ所有の館『生命の水の館』の別館に滞在しているらしい。おそらく民衆達はそこも襲っているに違いないだろう。
「ギルドに依頼を。すぐに! すぐにだ!」
このままではエルザはとばっちりを食らって殺されてしまうに違いない。
婚約者を見捨てておけようか。
かくして、ギルドに依頼は張り出された。エルザの身柄を保護し、戦乱の地からキャメロットへ連れ戻すことである。時同じくしてエルザは別館の一室で震えていた。アニマンディは民の鎮圧に別の場所へでており、彼女は館の物と一部の警備のみで放置されていた。館には民衆が押し寄せてきており、いつ扉が破られるか分からない状態にいた。
此処で死ぬのか。
恐怖と不安が捜索する中で、冒険者達はディルスから提供された館の地図を手に戦場へ赴く。救い出せるか、捕まるか、危うい均衡の中を。
† † † アニマンディの館別館内部 † † †
周囲を塀で四角く囲み、正面と裏にゲートがある。館本体は凹字型。中庭有り。縦の館がそれぞれ二階立て、横も二階建て(横館一階に数カ所裏口があります)。全部屋の総数は四十を超えます。エルザは現在二階の横館のどこか。冒険者到着とともに数十の民衆が館になだれ込む為時間との戦い。
●リプレイ本文
熱狂とでもいえばいいのか。ある種の衝動だけに突き動かされ、狂ったように喚き散らしながら館に押し入ろうとする民衆達。修羅の如き形相は酒に酔ったかのようで、そこには理性も何もなかった。救い出すのは時間との問題。
‥‥『命の水の館』別館。依頼を受けた冒険者達はただ急いだ。この頃、各地で大暴れしていた盗賊達と魔物達は討伐、減少の方向にあり、農耕馬で赴いた彼らはかろうじて被害に遭わず目的の館に到着することになる。駿馬に跨るレイヴァント・シロウ(ea2207)に続き、馬や驢馬を乗り合いながら向かうエヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)と朱華玉(ea4756)、そしてアルテス・リアレイ(ea5898)。
アリオス・エルスリード(ea0439)は騎乗技能を持ち合わせていなかった為、ミケーラ・クイン(ea5619)とともにフライングブルームで現地へ向かい、荷物の重量オーバーで飛ぶどころか歩くことも困難だったアーシャ・レイレン(ea1755)は馬に乗ったシルビィア・マクガーレン(ea1759)にひっつかまってゆく。
流石に農耕馬で突入するのは危険と判断したのか、エヴァーグリーンが誘導。
騎乗したまま突入するレイヴァントの駿馬を除き、周辺の木々に馬を隠す。馬が盗まれないかとアルテスが一瞬心配したが、人命がかかっている以上、迷っている暇はない。そして皆、荷物を最小限にとどめて駆けた。
「見えたわ! レイヴァント前へっ!」
「ははは、任せたまえ! 我と我が相棒に恐れるものなど何もない!」
日が沈み駆けた頃、華玉の声があがる。屋敷が眼前に迫る。計画はすでに練られていた。高い塀を獣のようによじ登り、あるいは今にも扉を壊しかねない勢いを察して皆が目で合図する。ミケーラが盾を構え、仲間に吠えた。
「アーシャ!」
「分かってるわ。いい、時間はもたないからね!」
イリュージョンで先頭の民衆の目の前から突如門が消えた。塀が高くなり、ぎょっと狼狽えた拍子に後ろへ倒れる。幻覚に惑わされたのを切っ掛けに隙のできた民衆達に向かい、レイヴァントが強引に押し入る。
「オラー! どけどけどけぇェェェっ!」
ミケーラの咆吼。風を切り裂く一条の矢の如く。冒険者達は館へと力任せに突入した。
何が起きたのか、民衆には分かっていないらしい。
すでに立ち入った民衆をなぎ倒し、果たしてエルザの救出ができるのか。遠方に襲われている衛兵がいる。助けようとアルテスが駆けた刹那、アリオスの剛腕が放った矢は脇を掠める。的確に暴徒を射抜いた。やるべき事はただ一つ。
「時間がない。今の内に探し出せ。エヴァーグリーンは俺と来てもらえるか」
「はいです! これ以上知ってる人が死ぬなんて可哀想だし辛いでしょうから、エリもできるだけのことを! 何が何でも生き延びてみせますです!」
帰りを待つ人がいる。それがどんなに救いか。
その時、舞い上がっていたアーシャから声が聞こえた。二階の数カ所の部屋が厳重に閉じられているらしい。今にも先に踏み入った民衆が破りそうだという。馬から下りたレイヴァントが館内に踏み入りつつ確認を取った。
「では令嬢捜索はアーシャ君とシルビィア君、アルテス君に任せてかまわんね?」
「はい。エルザさんが僕のこと覚えてらっしゃるか不安ですが。僕は出来ることをしてあげたい」
怖がるかもしれない。恐慌状態で動けない、または話せない可能性もある。それでも見捨てることは出来ない。こんな所で、みすみす死なせてなるものか。決意を新たにしたアルテスが階段を駆け上がる。アーシャも続いた。今は手分けして探すしかない。シルビィアが、エヴァーグリーンと共に縦館と横館のジョイント部に着いたアリオスに話しかけた。
「アリオス殿、たしか貴方も何度か面識があるとか。名前を拝借させて頂くぞ」
「ああまかせる。其れと前にも話したが、魔物に気をつけろ、彼女の体質は厄介でな」
過去散々苦労させられたアリオスは苦々しく笑った。今、この地には魔物もいるのだ。
「ミケーラ君、私とともに階段をふさぐ盾となろう」
「まかせろレイヴァント! ついでに不定な輩がいたら其れ相応の報いをくれてやるぞ」
「みんな、来るわよ! 私は一階の奥を一掃してくるから頼んだわ」
まだ生き残っている者も救い出したい一心で。
「ひ、い、ぃぃ」
一室。エルザは目の前の暴徒を前にただ震えていた。彼女を庇った侍女は武器の餌食になった。部屋は内側から閉鎖されていたのだが、冒険者達が立ち入った時同じくして破られた。非力な彼女に逃げ場はない。凍りついた瞳に映った下卑た顔。
「エルザさん! シルビィアさん、アーシャさん、こっちだっ!!」
アルテスだった。間一髪。部屋に押し入り攻撃を繰り出す。暴徒の注意はアルテスに向けられた。そこへシルビィアとアーシャが踏み入る。シルビィアの瞳にエルザが映った。それは古い記憶に刻まれていたひ弱な少女の姿と重なった。かっと感情が高ぶった。
「クレア‥‥おのれ愚かな愚民が。我が使命邪魔立てするならば、貴様らの命で償う事になるぞ!」
相手は言葉を聞き入れない。鈍く光る剣とともにシルビィアに向かってくる。シルビィアの双眸がすぃっと糸のように細くなった。レイピアを構え、容赦なく抜刀する。技術を持たぬ隙だらけの男の腹を薙いだ。岩をも破壊するその一撃。男は倒れ、事切れた。
「お久しぶりです、エルザさん、覚えていらっしゃらないかもしれませんけど‥‥大丈夫ですか? 助けに来たんです、僕のことが分かりますか?」
触れれば壊れてしまいそうな相手に、アルテスはゆっくり話しかける。娘の光に少しずつ正気の光が戻り始めた。アーシャが言う。
「ディルスさんからの依頼で来た冒険者よ。聞きなさい。逃げるわよ」
「アリオス殿、ご存じか? 彼も依頼を受けて来ているのだ信用して欲しい」
「あ、わ、わた。あるて」
「落ち着いて。いいですか、此処から逃げます。さぁ!」
アルテスが手を引いた。エルザは一瞬もう意識のない侍女を振り返ったが、嗚咽をこらえて振り切るようにアルテスの手を強く握り返す。三人がエルザと共に廊下へ出た。
「お買い物みたいに気軽に行きましょう。私が値切りの仕方教えてあげるから」
「懐かしい言葉であるな。ゆくぞ!」
「ヒトの好きなカミサマという奴がこう言ったらしいね『剣によりて生くる者は剣によりて死す』と。武器をその手に取った者は覚悟完了、というように見做すよ。だから安心して――痛みを知り給え」
そんな台詞とともにレイヴァントは両手に手にした武器で、向かい来る敵を薙ぎ払う。遠くにいる者についてはアリオスの攻撃も含め、エヴァーグリーンのムーンアローが絶大な効果を発揮する。皆の顔は厳しい。慈悲をかけつつも表には出さない。
「痛い思いしたくないならこっち来ないで下さいね。容赦しません」
本音を言えば攻撃したくないのかもしれない。人を傷つけるのは悲しいことだ。戦が生み出すのは悲しいことばかりである。それでも、今は仕方がない。押し寄せてくる強そうな者の容姿を指定し、確実にダメージを与えてゆく。階段でミケーラがぼやいた。
「ええい、暴動を起こした民衆に容赦は出来んな! 華玉、奥の部屋はどうだった」
「ほとんど一階はアウトだったけど。二階は――きたわ!」
二階に生き残っていた屋敷仕えの男女数名、そしてアルテス達が連れ出したエルザ、姿を確認して皆が脱出準備に入る。レイヴァントの笑みが色濃くなった。
「首尾は上々。よし、では『転がる岩』!!」
可能な限り犠牲をださず生還すること。それがすべてだ。
「アリオスさん、人攫いみたいですよ」
「仕方ないだろう。一番体力あるのは俺なんだから」
逃げながらエヴァーグリーンがくすりと笑う。
それぞれ怪我を負いながら華玉が見つけだした生き残った者達と救い出されたエルザを連れて、彼らは馬を繋いだ森へと駆けた。後を追ってくる者達もいたため、森には行ってすぐアリオスがフォレストラビリンスを試みる。今は夜の最中、周囲は暗い。危険は高いが、逃げ出すには絶好の機会だ。アリオスがまともに歩けないエルザを肩に担いでいた。
「わ、わたくしにこんな無礼な格好を」
顔を真っ赤にして狼狽える令嬢に向かって、走りながら答える。
「見捨てた方がよかったか? なんてな、久しぶりだな。君と会うのはいつも危険な状況のような気もするが‥‥まあ、今回も切り抜けて見せよう。さて偽装が必要かな」
「あー疲れた。多勢に無勢ってもんよ。帰ったら早く一杯やりたいわ」
華玉の隣にレイヴァントの駿馬に乗った使用人とミケーラがいる。先ほどの交戦で大幅に疲労した者と負傷者を馬に乗せた。エルザに関してはアリオスが背負ったというわけだ。
「行こうか諸君、まだ終わりではないぞ。この戦場を切り抜け依頼主の所まで帰らねば」
まだ終わりではない。戦乱の中を駆け抜け無事に帰り届けるまでは。
目指すは、王都キャメロット――‥‥