ミゼリ−声なき声の囁き−

■ショートシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:4〜8lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 88 C

参加人数:10人

サポート参加人数:4人

冒険期間:03月22日〜03月27日

リプレイ公開日:2005年04月02日

●オープニング

『お孫さんとピクニックですか?』
『ピクニックというか‥‥しばらくかまってやれんでな。儂だけではどうにも楽しませてやれんだろうから、子供の扱いに慣れた者にでもきてもらおうかと思ってな。内容は任せるよ。あぁ、依頼主はギール農場主と書いてくれ。もしかすると、あの子が喜ぶ出会いがあるかもしれんしな』
『わっかりました。じゃあ張り出しておきます。お任せ下さい、ダニエル伯爵』


 ‥‥泣き声がする。
 その日、少女が木陰で泣いていた。
 感情を吐露するようになって、まだ大した時間は経っていない。

 キャメロットの傍にあるギール・ダニエルという初老の男が管理している農場は、春に向けての畑の準備に加え、小屋に飼っている鶏や牛、馬などの世話もあって忙しさに拍車をかけ始めていた。
 その人混みの中に見える幼い人影。
 少女の名を『ミゼリ』と言った。彼女はギールの養女だ。
 農場主のギールは元々、俗にバース東方領土と呼ばれる地帯に領土を持つ伯爵家の元当主であった。少し前まで彼の血縁者がダニエル伯爵家の頂点におりギールは一人気ままな隠居生活を農場で営んでいたのだが、ほんの一、二ヶ月前、若者は何者かに惨殺されて発見された。ギールは強制的に伯爵家の為に動かねばならない自体に追い込まれたのだ。
 病に冒された体を引きずり、農場と領地を行き来するギール。
 貴族というのは面倒事が着いて回る。ギールはそれを思い、養女のミゼリを農場でお留守番させた。気丈な少女は親代わりのギールを見上げ、快く送り出す。農場は使用人達がきちんとやってくれるだろうから、良い子で待っていなさいと。
 頻繁に入れ替わる使用人達。以前冒険者が農場の手伝いに使用人として雇われたことがあるのだが、その時よりも短いサイクルで人が入れ替わっていた。
 少女はほとんど言葉を話さない。親を失ったショックでそうなったのだと知る者は少ない。
 使用人の多くが少女を不気味がったり、いらついて近寄らなくなった。
 ミゼリは一人、農場に残され続けた。真綿のような白い犬だけが少女の傍にいた。
「どうしたの? 泣いてるの?」
 ミゼリが驚いて顔を上げた。真横にいつの間にか見知らぬ子供がたっていた。傍にいた彼女の犬――アンズが低い唸り声を発しながら相手を威嚇する。慌ててミゼリがアンズを抱き上げるが、アンズは吠え続ける。見かけは十歳程度の少年だった。十歳にして五歳ちょいの外見を持つ、成長の遅いミゼリと年の頃は近そうではあるが‥‥
「嫌われちゃったナァ。こんにちわ、君がミゼリ?」
「だ‥‥れ?」
「サンジェルマン。お近づきの印に良いことを教えてあげよう。もうすぐギールが帰ってくるよ、君のために依頼書を持ってね。まあただ、あの具合じゃ農場について倒れそうだけど。ミゼリ、寂しいんだろう? おまじないを教えてあげるよ。気が向いたら歌うと気が楽になる」
 サンジェルマンが耳元に囁く。その時背後から呼び声がした。使用人の一人だ。ミゼリがサンジェルマンを家に呼ぼうとした。しかし。
「一人で何してるんです?」
 そんなはずはなかった。けれど振り向いた先には誰もいなかった。アンズが唸るのをやめて、少女の顔を舐める。
 もたれていた樹木以外は畑が広がるだけなのに。辺りは静かだった。

「お前一人になるがゆっくり遊びに行っておいで」
 サンジェルマンの言ったとおり。その夜、ギールが帰ってきた。
 どうやらギルドで護衛兼遊び相手を募集してきたらしい。しばらく忙しかったからみんなで遊びに行こうというつもりだったらしいが、ギールは過労が重なり、農場に帰るなりベットに倒れた。この分ではしばらく休んでいた方が良さそうだと判断したらしい。
 しばらくして首を縦に振ったミゼリが、ギールの部屋を出て一人、玄関から空を眺めた。
 
『――おいでよ小鳥、愛しい小鳥。
 手にとまって啼いてごらん、肩にとまって啼いてごらん。
 愛しい声は私のもの、美しい姿は私のもの。お前は私だけのもの。
 謳うお前の言葉はくびき
 苦い囁きはくびきの白、甘い囁きはくびきの黒。
 暁の星に届かず、黄昏の影に潜み。
 くびきの歌声に、白と黒になるものはなし。
 可愛い小鳥、歌声は偽り、我が手にあってお前の声は道化の誘い――』

 この日から、ミゼリはしばしば歌を歌うようになる。
 たった一人の時に、見知らぬ人から習ったわらべの歌を。

●今回の参加者

 ea0369 クレアス・ブラフォード(36歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea0702 フェシス・ラズィエリ(21歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 ea1143 エイス・カルトヘーゲル(29歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1916 ユエリー・ラウ(33歳・♂・ジプシー・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea2804 アルヴィス・スヴィバル(21歳・♂・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea3524 リーベ・フェァリーレン(28歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea5810 アリッサ・クーパー(33歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 ea5928 沖鷹 又三郎(36歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ea7218 バルタザール・アルビレオ(18歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea9093 リィ・フェイラン(32歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

エヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)/ アリシア・シャーウッド(ea2194)/ ジャスパー・レニアートン(ea3053)/ 五百蔵 蛍夜(ea3799

●リプレイ本文

 農場が見える。古ぼけた家、動物の鳴き声がする家屋、広大な畑が。
 今回のピクニックに参加した内、アルヴィス・スヴィバル(ea2804)やエイス・カルトヘーゲル(ea1143)、リィ・フェイラン(ea9093)には馴染みのない家ではあるが、残りの者には我が家と言っても差し支えない時間を過ごした場所でもある。
「農場に来るのも久しぶりだよな。みんな元気かなあ」
 家が近づくに連れて声が零れた。後で様子を見に行きたいなと、牛小屋の脇を通り過ぎながらフェシス・ラズィエリ(ea0702)はリーベ・フェァリーレン(ea3524)の顔を見やる。リーベもフェシスも共に牛の面倒を見ていた仲だ。リーベがフェシスの背を叩く。
「なーんて顔してるのよ。様子は後でも見れるでしょ、まずはギールさんとミゼリちゃんに顔出し必須! あとはアリシアさんに代わってロースト達の様子もみてこなきゃね」
「此処を離れてからそう長くないとはいえ‥‥感慨深いな。ギールの爺さんには少しゆっくり休んでいてもらおう。いい加減年なんだし、無理はさせないようにしないとな」
「話は少し聞いたけど、随分思い入れがあるんだね」
 遠く離れたわが子を思うような眼差しのクレアス・ブラフォード(ea0369)に、アルヴィスが問いかけた。「変かな?」と苦笑しながら声を返すとアルヴィスは首を振る。
「僕らは荒んだ仕事に関わる事が多い身だ。俗世を離れてピクニック。良いねぇ。僕ものんびりしたい。しかし料理も荷物持ちも出来ないとはね‥‥ふふ、もう年かな」
 明後日の方向を眺めながらアルヴィスが我が身を嘆く。
「きらくに‥‥ぶらぶら出来れば‥‥いいと思う‥‥ぞ?」
 ボソボソと小声に近い、声でエイスが身を乗り出した。彼曰く自分もあまり話す方では無いという。昔は全く話せなかったと言うから、話に聞くミゼリの事がよく分かるのかもしれない。リィも蛍夜から話を聞いている。ふうむと考え込みながらちらちらと視界の隅に映る使用人達を見ていた。一見は普通の人々に見えるが。
「ん? もしや‥‥あの子ではないか?」
 リィに促され視線が空を泳ぐ。建物の傍に水を運んでいる少女が映った。声を上げて存在を知らせるか、駆け寄ろうか、迷った刹那。使用人だろう、大柄な女性が後ろから蹴飛ばした。耳の良い者なら「邪魔だよ」と刺さるような声が聞こえたかもしれない。
「小さい子になんて事をするんです!」
 バルタザール・アルビレオ(ea7218)とアリッサ・クーパー(ea5810)が駆け寄った。女性は一度眉をしかめたが、ふんとそっぽを向いて歩いてゆく。
「ミゼリ様、大丈夫ですか?」
 少女の体がびくついた。おそるおそる顔を上げた先に移る冒険者達の顔ぶれ。泥のついた手で、一番近いアリッサとバルタザールに触れる。服に触れ、手に触れ、確かめていた。
「ミゼリちゃん、元気でしたか? ピクニック、楽しみにしてきたんですよ」
 バルタザールが頭を撫でる。本当ならこれ以上ない笑顔で、言うはずの言葉だった。
「ぁ、ぅ、ぁあ〜〜っ」
 ぼすっと腕におさまる少女の体。以前より少し大きくなっている気がした。やれやれという顔をしたのは何人いただろうか。やがて「きゃん」と犬の鳴き声がした。
「あら‥‥アンズ様、ミゼリ様のナイトなら傍を離れてはいけないんですよ」
 アリッサが真綿のような犬を叱りつけると、きゅーんという鳴き声と共に尻尾と耳が垂れ下がる。クレアスがバルタザールから少女を受け取って抱き上げ、八人はギールの部屋へと向かった。一通り挨拶を済ませ、先ほどのことを告げるとギールは苦い顔をした。
「一瞬、アイスコフィンで凍らせてやろうかと思ったわよ」
「気持ちはわからないでもないけど。リーベさん、相手は牛達じゃないんだから」
「いや、よいフェシス君。儂も現場を見たらそんな気持ちになるだろうし。ともかく、短い間だがミゼリのこと頼むぞ。儂も行きたかったが、このざまではね」
 しばしの間、馴染みの顔の者達の間で話に花が咲いた。その傍らで、落ち着いてきたミゼリに声をかける者がいる。エイスがクレアスの腕の中の少女を覗き込み手を伸ばす。
「何か‥‥力になって‥‥やりたいが、今‥‥何も‥‥思いつかない。ごめんな‥‥ピクニックに‥‥いったら‥‥遊ぼう、な?」
 エイスの白い指に少女の指が絡む。小さい手がきゅっと指を握った。落ちる沈黙。
「こらこら、美味しいところもってかないでくれるかな。そうだねぇ、同じように声かけるのも何だし。ああ、いいこと考えたよ。唐突だけど、僕の孫にならないかい?」
「おじい‥‥さま?」
「何故また『孫』なんです?」
「ふふふ、無粋なことを聞かないでくれたまえアリッサ君。これも春の陽気の所為かもね。君には聞こえないかな? ほら鳥の声とか、くーるっくー、くーるっくーってね」
 我なのか故意なのか分からないが、アルヴィスのロマン混じった妄想が部屋に響く。
 笑い声とまではいかないが少なからずミゼリの気持ちは軽くなったらしい。下に降りるとクレアスの腕から離れたミゼリは、懐かしい顔をじろじろと見て回り、アルヴィスやエイス、リィの足下をちょろちょろと走って回った。
「ミゼリちゃん、牛達や鶏の様子見てきたいんだけど、いいかしら?」
 ぱっと顔に花が咲いた。服の裾をひっぱり、こっちだと急かす。数名が部屋に残った。
「気をつけてな」
「人が足りないようだが‥‥」
 何処か残念そうな表情がギールの顔を彩った。不安を煽ったかと苦笑したクレアスが、軽く手を振って傍に座る。窓の向こうには今し方室内にいた者達が、ミゼリと友に農場へ出てゆく。日も暮れかけているというのに、少女の顔はかつてみぬほど明るかった。
「あぁ、ちょっと買い出しに行って貰っているんだ。明日の朝には来るだろう」
 爺さんは休め、そういって手を握る。再び寝台に沈んだギールの顔が安らかに変わった。クレアスと共に部屋に残ったリィは組んでいた腕をといて寝台に近づく。
「初見で依頼主のあなたに言うのも何だが、ミゼリ嬢に必要なのは、仕事などの義務感で彼女に接する者ではなく、家族として過ごせる者ではないか? 今の彼女を見てると」
「‥‥そうだな」
 しばし時は舞い戻る。
 農場に向かう前にピクニックへ向かう際の弁当の材料でも仕入れてこようと、まずはユエリー・ラウ(ea1916)と沖鷹又三郎(ea5928)と蛍夜、ジャスパーの四人が市へ。つまり残りの者は先に農場へ向かうという話になっていた。
「まぁ少し遅れますが構わないでしょう。‥‥久々ですね、此処の市を見て回るのは」
 懐かしそうに周囲を見回しながらも、汚い手口で商売をしているオヤジ達が現れていないかチェックも兼ねて極めつつある鋭い双眸を光らせるユエリー。その傍らで今日一日だけ付き合う事になっていたジャスパーが、材料探しに専念している沖鷹を見やる。
「此処じゃユエリーは市の救世主且つ覇王だからな。沖鷹‥‥あー、いたいた。目当ての買い物があるならユエリーに頼むと、顔パスと交渉でもれなく格安になるよ」
「うぅ市は魔境でござるな。おお、それは真でござるか! しからば先ほどから人が群をなしているあの店で買いたい物があるでござるよ!」
 沖鷹がユエリーの腕をぐいぐい引っ張り、主婦が群をなす魔境の中心にひっぱってゆく。
「やはりキャメロットにしかない珍しい物が欲しいでござるな」
「そうそう、それに買うなら美味しい物を安く買えた方が良いじゃないですか、って」
 ユエリーが持論を繰り広げるも沖鷹の目には店が、ユエリーの声は雑音に遮られて届かない。
「聞いてませんね沖鷹さん。さて、敵(店主)が倒れるか俺が倒れるか‥‥戦場ですね」
 弧を描く口元。楽しげな笑みが広がってゆく。

 弁当もつくっていざ出発。料理もきちんと出来た。行きたい場所に連れてゆく方針だったようで「さあ、ミゼリはどこに行きたい?」と問いかけたフェシス。
 ミゼリが行きたがったのは森の奥にあるトレントからそう離れていない河の近くだった。ちらほらと花も咲きつつある。リィに花が咲いたら花輪をつくって爺さんにやるといい、とティアラの編み方を教える中で、エイスがここぞとばかりにウォーターコントロールで水芸を披露して見せた。が、エイスのウォーターコントロールは途中から芸ではなく魚の捕獲に変わった。お昼は弁当と共に新鮮な魚や野菜を捌いて火にかけるアウトドア。
「エイスさん! そっち! そっちに魚が! 水で拾い上げてこっちに!」
「バルタザール‥‥、何故‥‥魚釣りに‥‥」
「いいじゃないですか。皆さん楽しんでますし。沖鷹さんの料理は保証しますから、あっちに投げてやってください。ああ、こら、アンズ! 思いっきりくわえたら駄目ですよ!」
「その魚はアンズの戦利品でござるな。専用と言うことにして調理するでござるよ」
 河の方は随分賑やかである。
「ああそうだリーベ君。食事が終わったら僕と一緒にどうかな? 僕は易しい本でも読んであげようかと思うんだけど、君も文字を教えたいっていってたろ?」
「悪くないわねー、ギールさんはいずれダニエル家をミゼリちゃんに継がせようと思っているみたいだし、それでなくても覚えてて損はないだろうから。例の歌どうしよう?」
「昨夜聞いたあれですか‥‥何か別の歌を教えた方がよいかと存じます」
「不吉な歌だったな。‥‥今は、忘れて楽しもう。ミゼリとまた約束して帰りたいな」
 帰り道、皆で歌を歌って帰った。ミゼリが奇妙な歌を歌った所、リーベやアリッサを始めとした者達が別の歌を教えてやめさせた方がいいと判断したのだ。帰り道、大きな木の脇を通る。此処でサンジェルマンという子供にあった、と聞いた冒険者達は不吉な思いを募らせたのだった。