【海を越えて】芸術家の苦悩∞

■ショートシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:5〜9lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 74 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月18日〜04月23日

リプレイ公開日:2005年04月26日

●オープニング

「ドレスタッドへ向かって海を渡る商人の護衛、ですか?」
 依頼主が唸るように顔をしかめる。
「護衛はおまけみたいなものかな。新しい豪華客船の試し乗りだと思ってくれればいい。なーに大して金はかからんし、数日間海の上でいい思い出来ると思えばやすいものだろう」
「はぁ、っまあそうですが。どなたの船ですか」
「ヴァルナルド・エレネシアという子爵をご存じかな? ある方面では有名だから、というより、よくギルドに世話になってるから知ってるだろう。所有者は彼と当家さ。今後いくつもの商家を行き来させる。安全性を確固たる物にしないとまずいんだよ。かの家も何人か雇ってると思うんだが‥‥ま、後は頼んだよ」
 気ままにリゾート気分で海を渡るのも、いいのかもしれない。受付係がドレスタッドへ渡る依頼を張り出すため、必要事項を記入していると、ディルス・プリスタンは何か思いだしたように振り返った。船の名前は話したかな? と重要なことを忘れていたと苦笑する。
「実は知人が亡くなってね。知人にちなんで『茨の冠』と名付けたんだ。冒険者達に教えておいてくれるかな」
 昔はごろつき同然だった男は、今や次期当主としての威厳を纏わせている。

 
 ‥‥‥‥。

 もう、気が遠くなるほど昔の話だ。
 隣の村の男の子と遊ぶようになった頃の話である。何故か村には年老いた人が多く、若い人というのはもう少し後になって村に住み着いた冒険者達が始まりだったと記憶している。草原を駆け抜け、空の下で笑い、怒られても怒られても悪戯を繰り返した子供時代。
 何時だったか村の偉い人に尋ねてきた人がいたのを覚えている。立派な服を着た知らない男の人と、馬車から覗く幾つかの人影。村の人達は皆頭を下げていた。村の偉い人より、偉い人なのだと後で教えてもらった覚えがある。
 男の人の傍に同じ年頃の着飾った女の子がいた。どこか自分に似ていたので驚きと興奮で声をかけようとしたが、長様に怒られ、女の子には凄い目で睨まれた。何か難しい話を長様とした男の人は、私と隣村の男の子の二人だけを部屋に残すように言った。室内に残ったのは三人だけ。歳は幾つだとか、毎日何をして遊んでいるのかと聞かれた。他愛もない会話の中には『おとぎ話』も幾つかあったような記憶がある。
 最後に頭を撫でられ、私は『深紅の石』を記念に貰った。
 男の子には『尾を噛んだ蛇の絵のコインがついた首飾り』を。
『すげー、俺知ってる。コレ、おうごん、っていうんだぜ』
『おじさん。これなあに? 紅く光ってとっても綺麗ね』
 子供の手には余る、紅蓮の色をした大粒の宝石。
『出会えた記念に君達にあげよう。とても大切なものだから大事にしなさい。いいかい人には内緒にするんだよ。お父さんやお母さんに教えてはいけないよ。私達だけの秘密だ。大人になったら私の城の――‥‥』
 その後、何を言っていたのか覚えてはいない。

「はぁぁぁぁ!? 海を渡る!?」
 鼓膜が裂けそうなわめき声が炸裂した。目覚めたばかりの病人だというのに元気である。目覚めたマレアはミッチェル・マディールと執事のワトソン、血縁上は妹であり、過去には命を狙われ主君として仕えた妹ウィタエンジェ、そしてかつての部下達や別れを告げたはずの旧友と再開した。その後ひっそりと静かにディルスの屋敷で傷を癒し始めて大分日にちがたっている。「そろそろ傷もいえたかな」という笑顔が曲者。しばしの話の末に、ディルスの口から飛び出した突然の渡海要請。
「行く先はドレスタッド。家も手配してある。最初は別荘で暮らしてもらおうかと思ったんだけど隠し続けるのも限度があるし、ウィタエンジェの捜索の手がエレネシア家の方までのびてたし、丁度向こうの商家と色々話してててねー誘いが来てたんだ。まぁいいやってことで、こっそり乗ってもらうから」
「冗談じゃないわよ。こんな混沌とした状態で放置しろっていうの!?」
「今の君に何が出来るんだ」 
 マレアは黙った。彼女が持つのはBR達への強力な発言権。ただし、今の状態では役に立つとは思えない。
「移動したほうが安全だろう。ほんの数ヶ月だ。今は隠しきるのが先決。正直君達やウィタエンジェの保護に延々気を配ってはいられないんだ。それに君も気兼ねなく暮らせる時間が欲しいだろう」
「‥‥うぅ」
「決まりだな。悪い状況にはしないと約束する。BlackRozen達は‥‥」
 ちらりと視線を這わせた先には幼い少女、BR少数派の参謀であり現指揮者でもあるポワニカを眺めた。
「親愛なる方と名も無き君の身柄は大事でしゅから、わらわと一部が。重要な立場にある者は残すでしゅ。長年の計画で我々はバースの地に深く根をおろした‥‥移動できるのは一握り我らや調査部隊くらい。ただし多数派の薔薇の座に空席が出た故に、空席を埋める人材選定も行われる恐れがあるでしゅ。そうなれば‥‥向こうで会う可能性もあるでしゅね。多数派参謀のアスターがどうする気か計りかねましゅが」
 また多数派の状態に関しては詳細は分からないが良いとは言えないらしい。灰の教団事件で第13の薔薇キュラス・ベイが死刑に遭い、先の戦乱で第09の薔薇パステル・ラスカ、第12の薔薇レアリテが死に各部隊は崩壊。ただ第13の空席は既に候補者がいるらしいとポワニカが話した。次期薔薇の座に上がる者は同じ号の蕾の名を関するという。
 誰が死亡したかについてワトソンは話したが、他に何も分からないという。ワトソンは戦乱でミッチェルと死闘を繰り広げ負けた。そして今尚、彼女の傍にいる。
「おーけぃ、当家の船を使わせてやろう。そうそう何人か商人達の護衛で冒険者を雇うんだが、ちょっとヒント投げておいたんだ。もしかしたら知人に会えるかもしれない。これは向こうでの資金300Gと画材の類は隣の部屋にまとめてあるから」
 良き船旅を。
 ディルスはマレア達に告げた。

●今回の参加者

 ea0110 フローラ・エリクセン(17歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea0254 九門 冬華(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2638 エルシュナーヴ・メーベルナッハ(13歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3109 希龍 出雲(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3438 シアン・アズベルト(33歳・♂・パラディン・人間・イギリス王国)
 ea3519 レーヴェ・フェァリーレン(30歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea4844 ジーン・グレイ(57歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

 地の底から響くような呻き声がきこえる。一部の者にとっては初めての海。
 船酔いで言わずもがな状態に陥った元令嬢を看病するフローラ・エリクセン(ea0110)とエルシュナーヴ・メーベルナッハ(ea2638)の二人は、例によって例の如く男装しているウィタエンジェを甲板の方へと連れ出した。甲板は今乗り合わせた冒険者の手によって面白おかしい見せ物が繰り広げられているが、正直それを堪能している余裕はない。
「うぁぁ、僕は無理いぃぃ」
「ウィタさんしっかり。昨夜は‥‥平気そうだったのに。大丈夫‥‥です、ほら、船は時々食料とかの関係で立ち寄るかもしれませんし、ほんの数日の‥‥辛抱です!」
「あれぇ? フローラおねーちゃん、ウィタおねーちゃんと夜に会ってたの?」
 顔色真っ青な当の本人はさておいて、エルシュナーヴが愛らしい瞳をフローラに向けて小首を傾げた。確かに船の上は退屈だ。持ち主がチャームなる見せ物を用意しなかったら、それこそ波に揺られるがまま、ぼんやりとしていたに違いない。しかし『茨の冠』で彼らは催し物を見るわけではなく、昼間は仲間達と作戦会議を行い、夜はただ眠るだけだ。
 と、ここで大半の者が『船の護衛』を綺麗に忘れ去っているが気にしてはいけない。
 勿論、名目の護衛をそこそここなす者もいれば、仕事は仕事と真面目に取り組んでいる者もいる。
「え、えっと、あの、実は‥‥お部屋にお話に行って‥‥お酒呷って‥‥寝てしまって」
 ぼっ、と頬を赤らめる様が初々しい。エルシュナーヴは深く追求しないことにした。
 船酔いでぐてぐてのウィタエンジェの介抱をしていたエルシュナーヴだったが、小さな人影が甲板に現れたのを見て、フローラにウィタエンジェを任せて走ってゆく。
「エルシュナーヴはポワニカと密談かな? 楽しいねぇ」
「たぶん‥‥。ウィタさん、昨日の‥‥事ですけど」
「なんて顔だぃ可愛い人。昨晩も言ったろ? 僕は父は憎い、母は嫌い」
 昨夜。フローラは慣れない船揺れのせいか、恋人が傍にいない寂しさか、寝付けずにウィタエンジェの寝室に訪れた。そこで長い間不思議に思っていた疑問を問うた。自分の恋人が同性だからこその純粋な疑問。
 何故、依頼でも良いから女性と付き合おうとしたのか。
「其れが故か、男は嫌いだし信用ならない。母なる素質のある人しか愛さないし、愛せない。結果的に美しい女達しか愛せなくなった。この性癖は一生ものかな。飢えてるなぁ」
「あの‥‥私は、あの人と出会って‥‥変わりました。種族も違うし‥‥年を取る早さも違う。神に認められない、でも、其れくらいで諦めたりしない。あの人がいるから、私は、イギリスへ戻ります。ウィタさんもいつか会えます、大事な人がきっと‥‥だから」
 生きてください。そして、帰ってくる日を待ってますから。
 フローラとウィタエンジェはしばしの間、恋について話し合っていた。

「つーまーんーなーい」
「もう少しの辛抱です。何しろ船の中はイギリスの方々ばかりですから、ドレスタットにつくまでの我慢ですよ。そもそも、お体も万全ではないんですから」
 だらけっぱなしのマレアに九門冬華(ea0254)が軽くたしなめる。部屋の中にはお仕置き中のワトソンと希龍出雲(ea3109)に代わって冬華とジーン・グレイ(ea4844)、マディールが良く顔を出しに来ていた。ウィタにはフローラやエルシュナーヴがいたし、シアン・アズベルト(ea3438)はこの機会を逃すまいと様々な人間と接触していた。働きすぎて疲れないか疑問であるが、本人が平気ならそれでもいいのかもしれない。
 と、そこへ戸をノックする音がした。「どなたですか?」と軽い緊迫を含んだ声で冬華が問うと、俺だ、という声が返る。レーヴェ・フェァリーレン(ea3519)であった。
「やっほう、お馬鹿さん達の様子はいかが?」
「元気そうだな。あぁ、チャームで騒いでいる連中に混じって責任持って吊してきたぞ。途中で妹に見つかりそうになったのでさっさと戻ってきたが」
 レーヴェは昨夜、船内巡回中にマレア達と偶然遭遇することになった。その原因は、今この場にいないワトソンと出雲にある。二人は現在『お仕置き』の為甲板に吊されていた。

「なぁー兄弟。海と言えば男のロマンだよな」
 ざっぱーぁぁぁん、ざざざざざ。
「いえーす、ミスター出雲」
 ざっぱーぁぁぁん、ざざざざざ。
「俺はさぁ、ちょっとしたサービス精神のつもりだったんだよ。暗いこと続きだったし」
 ざっぱーぁぁぁん、ざざざざざ。
「マレアの寝室の合鍵の準備はOKだった。最終日近くで疲れた所に仕掛ける。確信犯的な夜這いの演出だったのに。夜回りのレーヴェに発見されたが最後、九門といい、ジーンといい、みんな揃って殺す気でくるんだもんなぁ」
 ざっぱーぁぁぁん、ざざざざざ。
「いえーす、ミスター出雲」
 ざっぱーぁぁぁん、ざざざざざ。
「こんな簀巻きにしてくれるし。潮風って冷たいなぁ、兄弟。‥‥腹減った」
 とまぁこんな調子である。
 あっさり捕まった出雲と手引きしたワトソン君の二人は現在吊されっぱなしだ。もう数時間吊したら引き上げてはもらえるだろう。‥‥きっと。
 出雲は出発前、見送りに来た船の片方の持ち主に『勝手に婚約者と結婚式挙げていたら、首、捩じ切るから。俺の目標は新婚初夜に彼女を奪い去ることだ』ときっぱり爽やかに発言していた。根っからの女好きではあるようだから、止めても無駄かもしれない。

「命知らずとでもいうんでしょうか」
「むぅ、面目ない」
 呆れた声の冬華に、出雲と旧知のジーンはいたたまれなくなってポツリと零した。そこへ神妙な顔つきのシアンとエルシュナーヴがやってくる。冬華に用があるらしく、ウィタエンジェやフローラと入れ替わりで部屋の外へ出ていった。「何かあれば呼んでくださいね」とささやかな微笑みを残して消える冬華。
 新天地へ向けて賑やかな船は進む。昼間はチャームな人決定戦なるものを甲板で行っているので、船内は静かである。それを狙ってか、人気をさけた場所で密談は行われていた。先ほど部屋を出ていったシアン達が人目をはばかり情報の交換をおこなう事数回。
「翻訳の内容ですか」
「実は例の写しをエルシュナーヴさんに頼んで少数派の参謀に見せ、解読結果を教えて貰う約束を取り付けました。結果、分かったそうなので。お呼びした次第です」
「エル‥‥冬華おねーちゃんにも、シアンおにーちゃんにも、伝えなきゃ行けないと思ったから。それでよんだの」
 文面には次のような物が記されていた。一種の謎々のようなものらしい。エルシュナーヴは教えて貰った内容そのままを諳んじた。
『後世に祭壇へ立ち入る者に伝える。岩の馬小屋で赤子が13人生まれた。内1人は祝福があり天に召されるべきだが、残りは地獄に愛される。銀盤で十二人の赤子が輪となって踊り、中央には金色の蛇が宿る。そこに決して神の子がいてはならない。黄金の蛇は番人であり、番人なくば水は開かぬ。もし神の子がいたならば祭壇は再び大地に閉ざされる』
 文面はおおよそこんな物であったという。また『契約の一族』についてシアンが少数派を捕まえて問うたところ、実体は把握しきれていない。その為の調査を、不在の間にさせているという。追々届く事になっているから、出会うことがあれば知らせようと。
「ようやく根負けしてくれたようです。基本的に人を信用できない質のようですが」
「上手くいきますか? 彼らは連中との対峙を『一度は諦めた』者達ですよ。彼女さえ守れれば其れで良かった者達が、約束によって前向きに考えたに過ぎない。野放しは危険」
 これからは、冒険者達が彼らを、逃がさず殺さず、完全な駒として利用する番だった。
 荒らしの前の静けさは、これから当分続くのだろう。

 一方、何となく沈黙が降りる室内は。
「あぁ! 昨日はフローラちゃんやエルシュナーヴちゃんが抱きついてきてくれたから両手に花だったのに! 本日は『ウィタ様』が独占とはいーわよねぇ。船酔いでしたかしら」
「嫌みかぃ『姉上』。君と違って高貴な育ちなのでね。大体昨日は貴方がフローラとエルシュナーヴを独占していたんだし。さっきまでジャパンの女性もいたようだけど?」
 顔は同じでも性格は異なる。間に挟まれたフローラは助けを求めて視線をさまよわせたが、根性無しのマディールは部屋を出てゆくし、ジーンとレーヴェは呆れた顔でやりとりを眺めている。実に不毛なやり取りだが、少し前までの血生臭い戦を考えれば平和だ。
「相変わらずだな。それで、巡回の者と交代してきたがどうすればいい?」
「んじゃ、約束通りデッサンに付き合って頂戴な。此処最近、腕がなまってね」
 マレアの絵筆は完全に折られたわけではなかった。レーヴェが無愛想な顔のまま、戯れにモデルとして付き合った。というのも今朝方、レーヴェは大事な妹の結婚資金としてため込んでいた大金を、パトロンとして出資しに訪れたからだ。
 気にせず受け取っておけと、言葉少なに差し出したのはレーヴェなりの優しさと気遣いなのだろうが、そんな大事な大金を受け取るわけにはいかない。妹の為に使ってあげてと返した。気持ちだけ受け取っておく、大金の代わりにリハビリに付き合ってくれと。
「本当にこんなものでいいのか? 納得がいかんが」
「一番ありがたいわ。そうねぇ‥‥気が向いたら妹さんの挙式、絵にさせて頂戴な」
「マレア殿」
 のんびりとキャンパスに向かうマレアの背後から、ジーンが声をかけた。
「余計な忠告かも知れぬが、余り有名になられぬよう、お気をつけられよ。ディルス卿の心配の種をこれ以上増やさぬためにもな」
 名が知られていなかったら、少なくとも此処まで被害は出なかったのかもしれない。ええそうね、と苦笑を返した『死んだはずの絵師』に、ジーンは軽く、十字を切った。
「我が神の御名の元、汝の安寧を祈願せん」

 やがて船は異国へ到着する。様々な思惑を乗せて。様々な別れと共に。