【闇の童話】裏切りの契約−腐敗した過去−

■ショートシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:5〜9lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 29 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月26日〜05月01日

リプレイ公開日:2005年05月04日

●オープニング

 自分は人生の負け組なのだ。
 これは運命に過ぎないのだ。
 だから仕方ない事なのだと。
 己にただ言い聞かせ続けた。


「俺はあいつに裏切られた。もう何度目かはわからん」
 夕暮れ時、話の末に男は言った。冒険者達が男の元を訪れたのは昼間の話になる。ギルドを通した大切なモノを奪還して欲しい、という極ありきたりな依頼。依頼人は病を患い、ギルドまで赴くことは出来ないと言う。よって男の住処へ向かった冒険者達が目にしたのは巨大なアトリエであった。像や絵画が所狭しと並ぶ工房の奥に、依頼人は横たわっていた。青白く頬のこけたやせ細った男。

 今回の依頼はある商家に持ち込まれる女神像の奪還という名の強奪だった。
 女神像は名高き巨匠の作り上げたモノとして一部に知れ渡っていたが、真っ赤な偽物、いわゆる贋作であるという。男は今まで贋作職人として闇の世界に生きてきたと語った。高名な品々の複製を作り上げては、本物と偽って莫大な富を築く。今回の女神像は、パートナーの度重なる裏切りの一つで、本来手渡される貴族の手をすり抜け、別の人間に高値で取り引きされるという。今までは仕方がないのだと目をつぶってきたのだが、自分はもう長くない。最近になってパートナーは益々身勝手に贋作を売るようになったらしい。そして今回ばかりは許せないと考え、ならば罪を世間へ告白すると共にパートナーを正気に戻したいのだという。女神像に特殊な思い入れがあるようだ。
 取引場所は此処から二日ほどの屋敷で、時刻は日が暮れてすぐ。密かに行われる影のパーティーに披露され、何者かに買い取られてゆくだろうと話す。少し前まで贔屓にしていた依頼人でもあるから、屋敷の構造は把握していると机の上を指さした。羊皮紙に書かれた構造図。
 中庭を内包する広大な敷地。その奥に佇むエ字型の屋敷。二階建ての屋敷は大小含めてそれぞれ二階に三十二部屋、一階に三十部屋。全ての部屋に窓と暖炉があり、入り口は縦館に通じる正門と奥の横館左端の調理場の裏口一つだけ。塀があるわけではないから侵入は容易いのかもしれないが、警備と、縦館二階のパーティー会場が問題だろうか。少なからず警備もいるだろう。

「昔なぁ、俺はあいつと毎日一緒に過ごしたよ」
 ある時、男とパートナーに声をかけてきた者達がいた。太陽と白い薔薇の描かれた衣装を着た者達が、少し前に仕事先で面白半分に作った模写や模造品を見て自分達を捜していたと。アトリエと必要な道具全てを用意するから芸術の腕を磨いてみないかという夢のような申し出だった。
 そこから坂を下るような人生が始まる。
「俺達の人生は変わった。これなら領主にだって劣らない財を築けると思った」
 男は生気の薄れた顔で、堰を切ったように語りだした。
 毎日飢えて凍え、一欠片のパンを得るために高慢な連中へ媚びを売って我が身を嘆くことも、安い薬を買えば治るはずの流行病にも怯えなくてもいい。清潔で綺麗な服が着れて、毎日食事にありつけ、夜盗に少ない稼ぎの横取りに怯えることもなく暖かい部屋で眠れると。
「だから昼も夜も働いた。独房のような場所で作って作って、売って売って稼いで‥‥」
 全ては変わる。
 其れまで一欠片の焦げパンだった報酬は、溢れるほどの金貨に変わった。
 店の主人の屈託のない笑顔は、機嫌を伺い不気味な腹黒さを滲ませるようになった。
 日々の何気ない談笑は姿を消し去り。
 とってかわったのは、いかに自分達の利益を上げ続け、宿敵や商売敵を蹴落としていくかという日陰の相談ばかり。
 裏世界とはいえ市場とは競争の舞台。それは仕事としては間違いではないのかもしれない。
 けれど‥‥
 本当にそれは『正しかった』のか。
「ずっと考えていた。なんでこうなったのか、『幸せ』って、なんだったんだろう‥‥な」
 薄く開かれていた瞳の輝きは鈍り、瞼が静かにおりる。
 男はそのまま事切れた。広がる沈黙。
 『報酬』はすでにギルドに預けられている。彼らはこれから『依頼』を行う。

 今、目の前で死んだ依頼人。
 かつての親友に裏切られた記憶を抱いたまま。
 最後の最後まで。真実も、答えすらも見つけられずに。

●今回の参加者

 ea2030 ジャドウ・ロスト(28歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3548 カオル・ヴァールハイト(34歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 ea4100 キラ・ジェネシコフ(29歳・♀・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ea4136 シャルロッテ・フォン・クルス(22歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ea5118 ティム・ヒルデブラント(27歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea5243 バルディッシュ・ドゴール(37歳・♂・ファイター・ジャイアント・イギリス王国)
 ea7906 ボルト・レイヴン(54歳・♂・クレリック・人間・フランク王国)
 eb0763 セシル・クライト(21歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 沈み行く太陽の影。橙に染まる空に闇の帳が落ちてゆく。
 其処はエの字型の屋敷だった。貴族の別宅というに相応しい、繊細な作りの門や屋根飾り。さて馬車や徒歩の者もいるが、何やら物々しい雰囲気で屋敷の奥へと消えてゆく。
 キラ・ジェネシコフ(ea4100)は漆黒のドレスに身を包み、傍らのシャルロッテ・フォン・クルス(ea4136)は青と白のドレス。二人は楚々とした雰囲気で門へ近づく。そして止められた。門番は「見ぬ顔だ」と眺め「新顔か?」と問う。キラとシャルロッテは愛想の微笑みを浮かべて「そうですわ」と口々に答えた。シャルロッテが意味ありげに笑う。
「わたくし‥‥こう言う事関して耳が早いほうですの。噂とは、広まるものですから?」
「主は小鳥を自分という籠に閉じこめ、歌をねだる。歌は『なんだ』?」
 謎々だ。厳密な会員制のパーティーか、そう感じ取ったキラは懐から10G取り出した。
「‥‥わたくし達も、入って宜しいですわよね?」
 囁く声音。しっとりと暖かい手袋越しの体温。報酬より高くつくが仕方ない。門番は暫く思案したが、暗黙の了解でキラ達を通した。「こういう世界では袖の下ほど効くのでしょうか」と軽い思案顔のシャルロッテ。渡した金額は一般社会では当分暮らせる額だ。
 実は二人の前にティム・ヒルデブラント(ea5118)が正面から堂々と依頼人のパートナーに会いに行こうとしたが、駄目だと門番に門前払いをくらっていた。よって仲間と合流。
 キラとシャルロッテが丁度、館内へ潜入成功した頃、強奪犯は着々と準備を進めていた。日も暮れれば益々警備も館内へ向かい、減る。気づくのは夜回り程度。塀もなければ警備も厳しいとは感じない。侵入は容易かった。当初、ジャドウ・ロスト(ea2030)がプラントコントロールで二階への道を造ろうとしたが、近くに丈夫な木々もないし、蔦を生やそうにも大の大人を支えられるだけの頑丈さはない。万が一警備に発見されても問題だ。
 カオル・ヴァールハイト(ea3548)は素直に窓を越えて潜入。身軽な体を滑り込ませ、着替えて軽く見回りながら辺りの気配を伺うが、人の気配はやはり二階に集中していた。
「いくら仕事とはいえ、忍び込んで強盗。なんだかどんどん貴族を離れて犯罪に」
 いや、よそう。カオルは見取り図をこしらえながら、止めどもない思考の渦をかき消した。溜息一つ吐いて気合いを入れ直し、気分が悪いので夜風に当たりたいという風に裏口へ足を向けた。集めた情報を裏口付近に置いて会場へ戻ってゆく。
 予定通り、外で待機中のバルディッシュ・ドゴール(ea5243)がカオルの用意した見取り図を拾い上げた。セシル・クライト(eb0763)とボルト・レイヴン(ea7906)、ティムの三人が覗き込む。ジャドウは興味がなさそうに押し黙っていた。
「久々に傭兵らしい、というのかな。性に合う会わないは別にしろ、別の意味で血が騒ぐ」
「楽しそうですね、バルディッシュさん」
「キミにはそう映るか、ボルト。なに、傭兵は信用第一。成功の為に身を尽くすは当然だ」
「なるほど。とはいえ、説得の方々上手くいってるんでしょうか。第一、依頼人が既に亡くなっているのも、どう伝えたものでしょう。僕が行っても仕方ないかもしれませんが」
 セシルが二階を見上げた。宴は始まっている頃だろう。カオルの調べによれば、女神像の披露は数点公開されてからの話になっている。順番が変わらぬ限り、まだ若干先だ。
「僕としても心配は心配ですね。穏便な話をして像を貰うのが、理想でしたし」
 ティムは胸中で自問自答を続けていた。流石に正面堂々と「会わせてくれ」は直球過ぎたかもしれない。紹介や袖の下、裏世界は裏世界のルールがある。そもそも光の下から逃れて、ひっそりと行われる存在だ。今回のように会員制だったり、管理が厳しいのは当然。
「僕、やっぱり話さないと気が済まない。聞きたいことが、ごまんとあるんです」
「お、おぃ! ティム!」
 バルディッシュの制止の声も届かず、ティムは館内を走り出した。

 会場に混じっていたカオルが緊張で身を固める。何故か、其処にパートナーらしき人物はいなかった。別の部屋に控えているのか。カオルはわざわざメッセージを用意していた。
『俺達はどこで間違ってしまったんだろう。俺達の間に確かにあったものは何時壊れてしまったんだろうな?』
 依頼人の胸中を思ってしたためた物だろう。せめて置き手紙として強奪の去り際に残しておきたい。ぼんやり考えている内に、ジャドウとバルディッシュ、セシルがカオルの所へ合流した。ティムは何処かへ消え、キラは観察を決め込んでいる。シャルロッテはどこだろうか。女神が公開される、少女より一回り大きいだろうか。ひそひそと話す。
「ジャドウ殿」
 カオルの声に、無言のジャドウが微かに口元をつり上げた。
「ふ、一気に行くぞ。目をくらませたら全員走れ、一人でも運ぶのはなんとかなる」
「同感だな。セシル、遅れを取るな。なに、警備と戦闘の時は素早く重傷に追い込み無力化を図る。露払いは任せておけ、傭兵の腕の見せ所だ」
「は、はい! あ、パートナーは他に任せておきましょう、きっと上手くやってくれます」
 ジャドウの一手が合図となった。突然現れた強奪犯に、警備が応戦するも、バルディッシュやカオルの腕には叶わない。抱え上げた像を守るように彼らは外へと走り抜けてゆく。
 ざわめく周囲、潜入していたキラは成り行きを見守る傍ら、不審な男達の声を耳にした。太陽と白薔薇と、依頼人の話にあった不可思議な服装の者達だ。
「アルフォンヌ様」
「女神像‥‥なかなか惜しかったんですが、仕方ない。あのペアはもう使い物にならない‥‥潮時、かな。騒ぎにならぬ内に『星』の所へ帰りますよ。新しい者を見つけねば」

「あ、れ?」
 息を切らせたティムが離れた部屋でシャルロッテを見つけた。シャルロッテは今の今まで、パートナーの所にいたのだ。もっと女神像に関して詳しいお話をお聞きしたいと、興味津々な風情で近づき、話し込んでいたのだ。依頼人の死と、遠い日の充実した想い出を。
「あれは、病気だったんだ」
 がくりと膝を折った。依頼人のパートナー‥‥気丈な女性の影はもう見えない。
「多額の金が必要だったんだ。早い段階で医者に見せれば、治るはずだったんだ。なのに全部あいつらにもってかれた。あっという間に寝たきりになって、時間がなかったんだ、急がなきゃ間に合わない、もっともっと金が必要だったんだ、じゃなきゃ、なのに」
『前々からだが、最近になってパートナーは益々身勝手に贋作を売るようになったんだ』
 何故こうなったのか、何処から間違ったのか、どうすれば良かったのか。
 相手が死んでしまっては何の役にも立たない。
「像は持ち出されたようですね。わたくし達も行かないと」
「あの、アトリエに行きませんか? 故人を思うのは、考え直すいい機会だと思いますし」
 パートナーは無言で従った。罪は償うべきだと何人にも説得される。
 そして、今の世の『罪を償う』という告発の先に待ち受ける‥‥『闇』。

「私が置いたメッセージは役に立ったのかな、最後にみていたようだが」
「蓋を開ければ、難問などあっさり紐解けるものでしたわね」
 騒ぎの数日後。つまらないのか、くだらないのか、そんな事は感性によって異なるだろう。カオルやキラ達は、ぼんやりと空になったアトリエの前に来ていた。誰も、何も言わない。依頼人の願いは叶った、咎には罰が下された。ただ、たった『それだけの事』だ。
「依頼は成功した。咎人は罪を贖うべきだ。‥‥なのに、なんだろうな。この感覚は」
 合理的且つ現実的、バルディッシュの言葉は間違いではない。ジャドウはやはり無言。
 重罪には死を! を躊躇いなく歌う世が運の尽き。偽金づくりや毒殺犯がそうあるように、パートナーもまた釜ゆでとなって生涯を閉じた。命に命で贖われたようなものだった。
「すれ違いは誰にでも起こるもの。心を取り戻したのは、すれ違いに気づいたのは、ささやかでも救いだったのかもしれません。そうあって欲しいと思いますわ」
 シャルロッテが一輪の花をアトリエの前に置いた。どちらのための手向けかは知らない。
「信頼の裏切りは重い罪、償うべきと思った。すれ違った信頼は、どうするべきだったか」
「天にまします我らが神よ。咎を背負い、悪を行い、貴方に背いた子羊が、主ジーザスの救いの恵みによって罪を取り去り、悪を洗い清め、貴方の息吹を持って光りのみ国へ‥‥」
 セシルが問う。ボルトが祈りを捧げた。祈りの声は風になじんで溶けて消える。
 咎を負った者が行き着く先が光の国か、夜の国か。
 それは生者の知るところではなかった。