塵が嘆く夜−消えたミュエラ−

■ショートシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:5〜9lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 19 C

参加人数:9人

サポート参加人数:4人

冒険期間:05月15日〜05月20日

リプレイ公開日:2005年05月25日

●オープニング

 殺さないでください。
 懇願で心が揺らぐのは、所詮人の子に過ぎぬのだと。
 そして揺らぐが故に、人が人たる人間性を認識するに至る。

 音を立てて舞い上がる黒煙。生肉を焼く匂いは生理的な嫌悪をよぶ。
「ひどいことをする」
 白衣装を纏った青年の足元には少し前まで『別のモノ』だった灰と炭の山がある。それまで生命を宿し、逃れ続け、たった数分前まで青い双眸に涙を浮かべ許しを請うて地面に頭を擦り付けていた『少女』の成れの果てだ。まだ微かに形を残してはいるが身元を証明するような物は何も残っていない。細い四肢は色白く、骨と皮だけにも似た体だったという微かな記憶。
 それはもはや、何の意味も成さない。
 腕だった黒いものを拾い上げる。木の枝のような炭は、手の中でぼろりと崩れて灰となり、冷たい夜風に攫われて散ってゆく。
 この少女の名前はなんと言ったろうか。青年はぼんやりと考えた。いや、名前など思い出してなんになろう。ゲームの駒になった少女はいずれにせよ、マトモな未来など無かったのだ。そう思えばこそ、哀れと思う心も消えた。心など所詮は霞のようなつかめぬもの。もはや人ですらない灰の山に慈悲や祈りなど捧げてなんになろう。
 痛む心は、とうに捨てた。
「愚かな」
 青年は『中央』に手を押し込む。ばらばらと形をとどめていた灰が崩れてゆく。やがて彼は探り当てた。ゲームの根源。呪わしい遊びの元となる物。少女はきっと、知らなかっただろう。まさか、こんなものが自分の体内に埋め込まれていたなどと。
「‥‥ハズレか」
 不毛なゲームだ。残りの娘たちも狩り殺していかねばならない。青年は手の中のものを波の中へ放り投げた。それは、小さな音を立てて深い水の底へと消えてゆく。
「レヴィ様。さっさと余所をあたったほうがいいかもしれませんよ。新しく入った話のほうが希望がある。何故、あんな奴のむごい遊びに付き合うんです」
 闇の中からわき出た声だ。
 青年は迎えに来た者を見やった。くつくつと笑いながら青年は答える。これはきっと『私なりの慈悲』なのだ、と。この少女たちがゲームで朽ち果てなかったら、どうなると思う? と青年は逆に問うた。
 不気味なほど、沈黙が広がる。裏の話は嫌というほどその筋の人間には早いものだ。
「早くかたづけてしまいますか。最近私達を嗅ぎ回っている者もいると言うし」
 彼らは最後まで『哀れな遊びの駒』に付き合った。

 ‥‥‥‥。

 最近多くの灰の山が見つかっている。
 また身よりのない少女達が姿を消すという事件も相次いでいた。
 元は路上で身を売ったりもしていた少女達だろう。ともかく、消えた少女達は消えようが消えまいが『大したことがない』部類の者達だった。その辺の日々寝床に困るような仕事のない、見も知らぬ少女が一人消えたところで、気にする者はそうそういないだろう。国家を旅する流離いの冒険者もこれに同じで大して注意はひかぬものだ。
 いままでは。
「うああーん、みゅえらおねーちゃああああんん」
 ギルドの受付で女の子が泣いていた。つい最近イギリスから船で渡ってきたという少女の名前をユエナと言った。甘やかされて育ったのかもしれない。どうしたのかと聞いても泣くばかりなので話を聞き出すのには時間がかかった。
 要点としては、一緒にいたウィザードの女の子がいたのだが、黒い人たちに誘拐されたらしい。良くある話だ。けれど最近の不穏な誘拐事件と同じ部類なら、見過ごせない。
「うーんこの子もか。例の誘拐騒ぎは手を焼いてるんだよなぁ。現場を調べようにも、調べられるだけの能力を持ったやつはいないしな。この子が何見たのかわかりゃあいいかもしれんが。駄目元だ」
 被害を出さぬ為に仕事を受けると現れた冒険者達に、犯行に関する話が行われた。少女達が誘拐されたのはいずれも夕方。二人から三人の人間が犯行に及んでいるらしい。人間かどうかすら妖しいが。
 まず宿や証言を通してギルドの方に割れている行方不明者の冒険者一組目は、十二歳前後の銀髪の娘と十二歳前後の茶髪の少女で、片方が攫われ茶髪の少女は腹を蹴られるなど暴行され海に投げ込まれるも泳ぎが達者で命は無事。
 二組目は十歳くらいの金髪の少女と銀髪の少年だが、これは取り囲まれただけで、とくに何もなかった。
 三組目は二十歳くらいの茶髪の娘と十五歳の銀髪の娘だが、前者は負傷、後者は誘拐。
 四組目がユエナ達だったようだ。
 また冒険者だけでなく、行方不明の身よりのない少女達も総勢二十人は越えているだろう。誘拐が相次いだ現場までは片道一日。

「妖しい趣味のやつでも湧いてでたかねぇ」

 ぽつりと声が零れた。

●今回の参加者

 ea0286 ヒースクリフ・ムーア(35歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ea2030 ジャドウ・ロスト(28歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3062 リア・アースグリム(27歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea3109 希龍 出雲(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3203 アルト・エスペランサ(24歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea3524 リーベ・フェァリーレン(28歳・♀・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea4844 ジーン・グレイ(57歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea5430 ヒックス・シアラー(31歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 eb0763 セシル・クライト(21歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

アッシュ・クライン(ea3102)/ シアン・アズベルト(ea3438)/ 桜城 鈴音(ea9901)/ セルーリア・トーン(eb2142

●リプレイ本文

 深い深い、死者達が嘆く無明の闇。
 水面の静かな夜風は温かくはあったが肌にまとわりつくイヤな感じを孕んでいた。行方不明者多発に伴い人通りが消えた町。胸中に浮かぶ不安と焦りを押し殺しながら、冒険者達は捜索にあたっていた。
 当初はヒースクリフ・ムーア(ea0286)の傍でグスグス泣いていたユエナも、彼やジャドウ・ロスト(ea2030)、希龍出雲(ea3109)を含め皆があやすので落ち着いたらしい。掠れていた記憶の糸を辿ってゆくと片鱗が浮き上がってきた。黒い人影は集団で、何らかの相談の末ミュエラだけを連れ去った。黒い人々は去り際に出会ったクレリックらしき人物と言い争っていたようで、宴に間に合わないと言う声も聞いた。
 ムーンアローを用いてジャドウと動いていたリーベ・フェァリーレン(ea3524)は悪態をつきながら確実に目標が近いことを感じていた。散々船の中で兄探しをしていた時にミュエラ達と会っていたこともあり狙いは正確。ただし、乱発するのは危険な魔法だが。
「おぃ。必要とあらばソルフの実を渡しもするが‥‥それの対象はミュエラで」
「だまんなさい、ジャドウさん。弱ってたら医者でも教会でも何処へでも引きずっていくわ、治療費ぐらいだすし時間の問題なんだから文句言わない!」
 調査後港中心に起こっていたらしい誘拐事件。
 合流後は知り合いに説得させ女装させたアルト・エスペランサ(ea3203)を囮にヒースクリフ、希龍出雲(ea3109)、ヒックス・シアラー(ea5430)が囮捜索にあたり、ジーン・グレイ(ea4844)とリア・アースグリム(ea3062)が共に行動、セシル・クライト(eb0763)は情報屋に会いに行くと言ったが実際どうしたのかは分からない。そしてリーベ達が辿り着いたのは港近くの商人家らしき家だった。
 魔法をうつのをやめたリーベ達の目の前に無数のごろつきが現れる。
 何故こうも都合良く現れるのかは知らないが、ざっと数えて数十名。腕に覚えのある二人でも多勢に無勢、分が悪すぎる。この先にミュエラがいるのはまず間違いないが、と判断に困った二人の視界の隅に物陰の仲間の姿が映った。
 こちらに気づいてる。つまり敵をひきつけるのが得策。
「人気のある場所にひっぱりだすか」
「当然。さっさとかたづけて援護に行くわ」
「‥‥威嚇射撃といこう」

 物陰に潜んでいた仲間‥‥リア、ジーン、ヒースクリフ、出雲、ヒックス、セシルの六名はリーベ達が雑魚を引きつけている間にするりと家に入った。静まりかえった家の隅に階段があり、地下へ続いている道だ。囮のアルトが誘拐され、後を追跡した出雲達は途中で会ったセシルと合流し、現場付近をふらついていたリアとジーンに遭遇した。
「大丈夫なんでしょうか、二人とも。他の方に後は任せて僕は犯人捕縛を、と考えて這いましたが、あの数では」
「大丈夫でしょう。数は多くても立ち回り次第でどうとでも出来る。あんなに目立つ方法で探し出そうとしたんです、諸刃の剣故に相手も気づく。最悪の事態を待つより、少しでも危険は軽減すべきです。二人とも戦の経験者ですから、ごろつき程度心配無用ですよ」
 不安そうな顔を出入り口の方向に向けたセシルを、ヒックスはそんな風に答えた。
 厄介な雑魚を引き受けてくれた二人に報いるべく、行方不明者を救い出すのが彼らの役目。囮になったアルトの事も気になる。ジーンがデティクトライフフォースを行うと地下が明らかになった。右の方に寄り添っているかの如き無数の生命反応、左の方には人が少ないが何か奇妙な動きをしているような‥‥
「ごちゃごちゃ考えてんなよ。連中が出払ってるんだ、右の方が人質の可能性が高いだろ。おぃジーン、俺と出口を。冒険者に手を出すような奴らだ。出口が閉じたらおしまいだ」
「相変わらず乱暴な言葉だな。よかろう、リアさんも共にいていただけるかな」
「はい! 皆さん、私はジーンと出雲さんと一緒に、此処で待ちます。少女達を此方へ」
「そうそう。脱出は任せとけって。物には適任ってのがあるからな」
 軽い口調でそう言い放つ。しかし三人の目は真摯だった。急がなければならない、手遅れになってしまうその前に。リア達をその場に残し、セシル達は地を駆けた。

「大丈夫、みんな助けに来てくれるよ。だからしっかりして、ね」
 脚がスースーする、なんて事を言っている気分ではなかった。少女の顔は青白い。此処に監禁された少女の半数が同じく血の気のない顔をしている。攫われたアルトは少女達から『何があったのか』を聞かされ愕然とし、一刻も早くと仲間の到着を待っていた。
「ぐぼっ」
「どの国にも変態はいるもんですね。女性を囲うのは男の夢ですが、これは美しくないな」
「‥‥ひ、ヒックスさん! セシルさん! ヒースクリフさん!」
「番兵はその辺に投げておこう。予測的中。アルト君か、無事で何より‥‥ミュエラ嬢は?」
 記憶にある少女がいない。そもそも少女達は何故此処まで弱っているのだ。ヒースクリフだけでなく、一部の少女の異常に気づいた。やせ細っているのとは少し違う。アルトは指摘されて怯えた声を出す。血の気のない少女達は、皆、腹を裂かれ治されたと。
「‥‥アルトさん。ヒースクリフさん、ヒックスさん、僕‥‥とてつもなくイヤな予感がします。急ぎ少女達をリアさん達に預けにいきましょう。被害が広がる前に捕まえねば」

「もう少しだから、我慢してください」
 弱っている少女達を強制的にでも連れ出さねばならない心苦しさ。せめて船で町まで運んでつらさを緩和してやりたいところだが。
 生存者を預かったリア達は、少女達を安全な場所まで誘導している最中だった。自分の足では歩けないほど衰弱している少女は出雲とジーンが抱えているが、いつ『奴ら』が来るとも分からない。周囲を見回し、警戒しながら進んでいたのだが‥‥
「あ、あの足音がします! こっちに」
 暗い路地の向こうから此方へ走ってくる足音がする。数は少ない。「追ってきやがったか」と舌打ちした出雲は、少女をおろし、まだ見えぬ人影に向かって構え、日本刀に手をかけた。この人数、この足の速さで逃げ切るのは無理がある。リアは少女を抱きしめ、ジーンも出雲に並んだ。
「全く懲りない連中だ。大いなる父の名にかけて、少女達には指一本ふれさせんぞ」
「お得意のデスでもかましてやるのが一興かもな、懸命に生きる命の可能性を無視しやがる奴は刃の錆にしてやるぜ!」
 さぁこい! そう気合いを入れた。‥‥のだが。
「仲間を錆にしないでよ!」
 非難の声は聞き覚えがあった。リーベとジャドウである。多勢に無勢のごろつきは、巻くのも後々面倒だということで、死なない程度に始末してきたようだ。二人はしばらくしてヒースクリフ達への加勢をすべく走った。

 上半身何も身につけていない少女達。ミュエラもいる。彼らが部屋の入り口に来てすぐ彼らは見た。それは異常な光景だった。ダガーを持った男達が少女の腹を捌き、控えていた者が苦しみ悶える少女の腹に何かを埋め込んでは回復していく。
 少女達の血の気のない顔の理由。
 ぷつり、と何かが切れた。
 人は其れを理性と呼んだかもしれない。
 援護待たずして踏み入った四人。率先したヒックスがソニックブームで少女達に害をなす者をなぎ倒す。侵入者に狼狽える中央の親玉らしき男と、取り囲む黒装束の者達に向かって獣のような咆吼をあげた。衛兵など目ではなかった。アルトが少女達を誘導し、スタンアタックで気絶した者も多い。セシルが意識のある者にダガーを突きつけた。残るは壁際の親玉らしき男。
「ギルドです。あなた方の悪事、今日で終わりです!」
「アルト君、セシル君、ヒックス君。すまないが、娘さん達に此方を見せないで欲しい」
 ヒースクリフが一歩一歩男へ向かっていた。
 その手に握られた武器にぎょっとする。
「なんでそ‥‥ちょ、待ってください! 駄目です! セシル君アルト君、彼を止め」
「この、ゲスがっ」
 間に合わなかった。
 鞘から引き抜かれた白銀の切っ先は、躊躇い無く相手に向かう。
「ひぃ!」
 がりがりがりがりがり。
 男の頭を掠めた剣の先は岩の壁に深い溝を刻んだ。まっぷたつにされると思った男も「は、ははは、そうだ、私を殺したら何ものこらんぞ!」と足下を見たかのように声を上げる。ヒースクリフは剣を手放し男の胸ぐらを掴むと、褐色の剛腕で殴り倒した。
「拾い物をしたな。貴様の脂ぎった臓物。引きずり出されないだけ幸運と思え!」
「‥‥もう意識がないです。気持ちは分かりますが、落ち着いてください」
「そうだよ。みんな怖がってます、それより早く家族にあわせてあげよう」
 気持ちさめやらぬヒースクリフをなだめたセシルとアルト。そこへ。
「あら、もう片づいてたのね。加勢が必要かと思ってたけど」
「‥‥加勢と言うより、この場合は労働力だな。誰が何人運べばいいんだ?」
 リーベとジャドウだった。ヒックスとヒースクリフは弱り切った少女達を連れ、セシルとアルトは犯人達が動けぬよう縛り、六人の手で後にギルドに引き渡された。

 惨劇の夜が明ける。
 男は少女の腹を裂いては曰く付きの金品を埋め込み、追い回してはむごたらしく暴行して遊ぶ異常な性癖があった。最近は金貨を埋めることが多く、紅い宝石がついた金貨は当たりだ、と言いふらしていたらしい。男の話を聞きつけた同じ嗜好の異常な者達も捕まった。時折、金貨を求めて訪ねてきた者がいたらしい。しかしその者達も異常な遊びに付き合わされ、結局は何処かへと消えた。その時の少女達は依然として見つからぬままという。
 けれど。
「ご迷惑をおかけしました。体力が回復してから腹部の調査をするとお医者様が」
「おねーちゃん無事で良かった、皆ありがとう! レモンドさん何処いったんだろ。お見舞い来てもいいのにぃ〜〜」
 少女と幼子の笑顔が戻ったのは事実である。