生きるに働きすぎる
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■ショートシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:3〜7lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月05日〜06月10日
リプレイ公開日:2005年06月13日
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●オープニング
よかれと思った努力が、報われなかった悲しさに。
娘が孤児院に行ったまま帰らないのだ。
ギルドを訪れた若い母親はそう口を開いた。蒼白の顔で今にも倒れそうな若い母親の素振りに、思わず誘拐か、と渋面をつくった受付係だったがそうではない。単刀直入に言えば『家出』の部類であるらしい。二十五歳という若い母親には十になる娘がいるが、血は繋がっておらず孤児院から養女としてひきとって五年になると言う。家出をしたなら孤児院へ行けばいいのでは、と言ったのだが。
「駄目なんです」
若い母親は首を振った。
「シスター達は、私があの子を虐待したのだと信じていて門前払いにあいました。顔や手、腕や脚に切り傷があるそうで。本人からは包丁でついたものだと」
「‥‥本当に虐待してないんですか?」
「してません! 神に誓って断言できます! あの子に暴力をふるった事なんてありません! 私はあの子のことを一番に理解しているつもりです!」
「そうはいったって」
若い母親は元々少女と同じく孤児だった。子供時代、運良く養女として引き取ってはもらえたものの、養父母が恩の返さぬうちに事故で他界。僅か六年で共同生活はピリオドを迎え、当時十八歳の彼女は再び天涯孤独になったという。それから二年、寂しさを紛らわすように朝から晩まで働いて人並の暮らしを手に入れた。一人の娘を引き取ったのも、丁度その頃だという。
「幸せでした。フィアを引き取る時に堅く心に誓ったんです、この子を幸せにしよう、絶対私のようにはさせない。もっと贅沢をさせてやるんだって。私が仕事に言っている間も寂しくないように人形やオモチャを与えたり、あれこれ手を尽くしてきました。休日には毎日市へ出かけていました。なのに昨日、朝起きたら」
『こじいんにかえります。おかあさんになってくれてありがとう。さようなら、りんねるさん』
そういう置き手紙がテーブルにあったという。
何故帰ったのか理由など皆目見当もつかず、おかあさんと書かれなかった事にも愕然とし。
仕事を休んで教会へ行けば、身に覚えのない言いがかりで門前払いされたという。
「私は、何もしてません! なぐったりもしてません! 母親であろうと勤めてきたんです。‥‥私が言っても駄目なんです。お願いです、あの子を返してくれるようシスターを説得してほしいんです。そうでなくても仲介の上手い方を、お願いします」
何処まで本当なのか分からない言葉に頭をかきながら、受付は依頼を張り出した。
一方、その頃。
「全くなんという女性にあの子を預けたんでしょう。私は生涯この事を後悔するでしょうね。いいですか皆さん、昨日の女がきたら即お引き取り願いなさい。フィアを守るのですよ」
「はい!」
「五年間もフィアをあんな女の所に預けていたなんて。二重の苦しみを与えてしまった‥‥、今度こそ良い親に巡り会わせてやらねば」
家出少女‥‥ことフィアのいる孤児院では、院長の老シスターを筆頭に一致団結してフィアを守ろうとする姿勢が見て取れた。かつて我が子のように愛した孤児院の子が、五年の歳月の末、虐待を受けて帰ってきた。これでは信心深いシスター達は使命感に駆られても無理はあるまい。
院長のシスターは、孤児院のシスター達に話し終えると椅子に腰を下ろして頭を抱えた。
孤児院へ帰ってきたフィアは傷を負っていた。見るにたえない切り傷や火傷の痕跡。五年前の姿からかけ離れた憔悴した表情。明るさは影を潜め、無言に無表情。どうしたのかと散々問いただせば暗くもの悲しい顔で「包丁で切っちゃったの」などと発言した。十歳の子供が手や足を包丁で自虐的に斬りつけるか? 腕や頬に見られる火傷はなんなのだ?
院長の辿り着いた答えは一つしかなかった。
「そう、よくよく考えても見れば。あの女は働きづめだったというし、昔は孤児、温かい家庭など‥‥」
「院長さま、いる?」
突然、扉から顔を出したのはフィアだった。「どうしたのですか」とおだやかな表情で返したが、フィアはこう続けた。
「院長さま。フィアね、お願いがあるの。フィアずっと孤児院にいたい」
「まぁフィア。私達は嬉しいけれど、もう少ししたらいいお母さんとお父さんに会わせてあげますからね」
お母さん、ときいたフィアの表情が凍った。
「いらない」
「フィア?」
「新しいお母さん欲しくない。ずっと孤児院にいる。フィアはシスターになる」
「ふぃ、フィア!?」
言うことだけ言ってフィアは部屋を飛び出した。
院長が底知れぬ悲しみと怒りを抱いているとはつゆ知らず、部屋を出たフィアは自室へ戻り、かつてリンネルに買って貰った人形を抱きしめる。
「ねぇマギー、今頃お仕事忙しいのかなぁ」
部屋には誰もいない。
一人きりのフィアの話し相手は、五年の間、人形だけだったのだ。
「ごはんたべてるかなぁ。ちゃんとねてるかなぁ。毎日いそがしそうだったね。フィアがいなくなったぶん、ちゃんとお休みとれてるよね」
いくら子供でも、自分の存在が養母の生活を圧迫しているのだと気づくのに、そう時間はかからない。
フィアは我が身を見下ろした。両手や両足に出来た怪我。不器用だから仕方がないとは思わない。
『おかえりなさい! あのね、あのね、今日のお夕飯は‥‥』
『おはよう! きょうね、早起きして朝ご飯に‥‥』
何度同じ事を繰り返しただろう。
返る言葉はいつも同じだ。
『ごめんねフィア。ちょっと寝かせて。休日は市に連れてってあげるからお話はまたね』
『ごめんねフィア。今日は忙しいの。いいこにしててね』
傷が増えてゆくたびに、フィアは何度も考えた。
大人と同じだけの体が欲しい。どうして何も出来ないのだろうと。
「どうしよう。院長さまもきっと、フィアの事ほしくないんだね。シスターになりたいなぁ、他のお家へいかなくてすむもの。明日からシスター達にお料理作って、お掃除もいっぱいしよう。マギー、フィアがんばるから一緒にいてね」
‥‥人形は何も語らない。
●リプレイ本文
思えばこそ、すれ違う。
昨日の会談の末、孤児院内へいかように乗り込むか。
議論していたのはヴェルブリーズ・クロシェット(ea9537)とアリオーシュ・アルセイデス(ea9009)、エルシュナーヴ・メーベルナッハ(ea2638)の三人だ。この際、門前払いを受けるよりも楽団と言うことで中に入れてもらい、内部調査とともに少しづつフィアの気持ちや状態を把握するために。
「シスターに掛け合ったらええよって返事してくれたさかい、いけるで! けど午後は訪問客があるからゆうて夜になってしもたわ」
満面の笑顔で帰ってきたアリオーシュ。金は取らない、子供達に聞かせたいとの話で。
「アリオーシュさん、ナイス。エルねー、過去の体験に交えてメロディーでシスターやフィアちゃんの心が開けるか試してみようと思うの。だから時間的には丁度良いと思う」
「ボクもそう考えたんや。フィアちゃんは人形を持ってるってゆうてはったやろ? せやから、人形から話してる風にしてみるのもええかなっておもて。どうやろ?」
「では準備しましょう。午後などすぐですし‥‥リンネルさん落ち着いたでしょうか?」
現在リンネルは打ちひしがれたまま頭を抱えており、傍らにはマルト・ミシェ(ea7511)の姿がある。リンネルの話を聞いた後、半数の者が散り散りとなった。中でもレング・カルザス(ea8742)と桜城鈴音(ea9901)、この二人は我を失ったままのリンネルに辛辣な言葉を浴びせたまま後はまかせたとばかりに立ち去った。
『親子は協力して生活を営むもんだと思ってたけどな。愛玩動物と同じ感覚で接していれば理解してたつもりだと言っても説得力ねーぜ。理解しようとしないんじゃな』
『一番に理解しているつもりなら、当然家出の理由も解る筈だよね。なーんて。結局、あなたは理解している『つもり』でしかない。フィアちゃんの立場になって、フィアちゃんにしていた事と、養父母にしてもらった事を比較してみれば?』
大打撃である。
本当に落ち着いていたなら、真摯に受け止め見直す機会になったろう。
本人は落ち付いているつもりでも、疑いをかけられて追い返されたのなら気が立っている可能性もある‥‥と危惧したマルトの考えは当を得ていた。リンネルは錯乱状態となり、まともな話が出来なくなってしまっていた。一晩、自問自答のリンネルを預かったマルト。
尚、メアリー・ブレシドバージン(ea8944)とレミナ・エスマール(ea4090)の二人はリンネルの話を聞いた後、ひらめき顔で何処かへ消えた。
果たして上手くいくのかどうか、元の鞘におさまるのがいい方法なのか、溜息とともに考えていたヴェルブリーズはリンネルとマルトのいる隣室の扉をノックした。顔を覗かせる。
「孤児院から許可が来たそうですから、私達先に準備していきますねマルトさん」
「私らはもう少々話してから行くとするかの。歳の老いた婆の話じゃが、よく思い出してみるといい。どんな状況下で消え、日々如何様に風に過ごしていたか、何か話したがっていなかったか‥‥幼い子供なら、毎日お母さんと話したい事が沢山あるはずじゃ」
ぎゅうっと手を握りしめた。ヴェルブリーズはオカリナを抱いたまま言葉を零す。
「‥‥が、フィアちゃんが、本当に欲しかったのは『お人形』だったんでしょうか?」
気づいてくれることを願いつつ、ヴェルブリーズは扉を閉めた。
その頃、レミナは孤児院の内部にいた。
苦しみ悶える演技で中へ入れてもらい、いらぬリカバーをかけてもらいつつ、気分が悪い不治の病だ云々と言い訳しながら孤児院一泊。孤児院内へ立ち入ってから今まで、彼女はフィア探しに神経を使っていた。昨夜散々探したのにそれらしい子供が見つからない。
「早く見つけて話を聞かないといけないのに。何処にいるのでしょう」
レミナは現在無理言って滞在している身だ。そう接触する時間も長くはあるまい。ふと礼拝堂を覗くと、一人だけ遊ばずに掃除に専念している子供がいた。リンネルから聞いている容姿等も合致している。レミナが声をかけ、話込むとフィアだと答えた。
「何故遊ばないのですか?」
「シスターになりたいから。フィア此処にいたいの。でも院長様はフィアがいらないから」
ぎゅっと箒を握りしめる。状況を重く見て取ったレミナは「事情を話してくれればシスターになるのを協力できるかもしれませんよ、私も教会関係者ですから」となだめ、シスターの元へと駆けていった。その時ひょっこり塀からわき出た顔は昨日からレミナとともに姿を消していたメアリーだった。ようやくチャンスが来たとばかりに舞い降り微笑む。
見知らぬ侵入者が来た、そう怯えたフィアの口を「心配しないの」と塞ぐメアリー。
「さっきのお姉ちゃんの友達よ、フィアちゃん。この『お姉さん』と家事の練習しない?」
お姉ちゃんに力を入れるメアリーだが、家事の練習という言葉にフィアが止まった。
「上手に出来れば、フィアちゃんを必要としてくれるわよ。やってみない?」
言わんとすることが、フィアには分かった。
「お話は分かりました」
アリオーシュ達が話していた、院長の訪問客。
院長の目の前にいたのは、リンネルに辛辣な言葉を投げたレングと鈴音の二人である。
レングは何の含みも隠しもなく依頼を受けた者だと現れて門前払いにあい、そこへ院長に対する正式な面会手続きをとろうと鈴音が単独へ訪れ、結果二人は院長に面会する事に成功はしたが‥‥
「しかし、フィアに会わせる訳には参りません。ギルドの派遣とはいえ、あなた方はあの女をよく知っているわけではないのでしょう」
「何故だよ! シスター、あのさ。フィアの戻ってきた理由はちゃんときいたのかい? 思いこみや先入観だけで決めつけてるかもしれねえとは思わな」
「落ち着いてレングさん。院長、重ねて言うけれど、ギルドは犯罪を助長するような依頼は受けません。本当に虐待を受けているならば、無理矢理連れて行くような事はしないと」
「勘違いしていませんか。此処は神の家、子供達の聖域です」
レングと鈴音は眉をひそめた。
院長は静かに口を開く。
「我々聖職者が仕えるは国王でもギルドでもなく、神と教え。フィアは此処へ逃れてきた。いかなる理由があれ愛し子達を害する行為は許しません。此処でギルドの権力など及びませんよ。大体当人はどこです、一度は追い返したとはいえ、駄目なら完全に他人任せで誠意の感じられない相手に、怯えきったあの子を渡す? 冗談を。宜しいか『旅の方』」
院長はそれこそ穏やかな表情でせせら笑った。
レングが狂化でも起こしそうな勢いだ。鈴音の脳裏に馬の耳に念仏なる言葉が過ぎるが、愚痴ってもいられない。この院長、筋金入りの石頭だ。彼らだけで此処へ訪れたことが裏目に出ていた。これでは堂々巡りである。院長の頭にはフィアが暴力にあった、怯えきっている事などが『真』として捕らえられており、信心深さ故に揺るぎない。
「失礼します。シスター、フィアと少し話したのですが。養母が彼女に相応しくないと?」
扉の向こうから現れたのはレミナだった。
さも心配そうに話しかけ、院長の本音を引きずり出す。
「人選を間違ったと言っても過言ではありませんね。あの子には一般的な裕福な親をつけるか、真に望むなら献身的なシスターを」
「院長。孤児院のシスターが、孤児だった人を信頼できないっというのは問題ですよ」
ぴしゃりと言い放った。静まりかえる室内で、院長ははっと口元を押さえ、年若いクレリックであるレミナを眺めた。いや、睨んだと言ってもいい。
長い長い沈黙の末‥‥
「全ては神の御心のままに。夜、礼拝堂で楽団が子供達に歌声や音色を披露してくれる事でしょう。フィアに威圧的な態度をとったりしたら放り出します。そのつもりで」
レングと鈴音、レミナの瞳が示し合わせたように弧を描く。
そしてメアリーとフィアの料理も佳境を迎えていた。包丁の傷だらけ、熱湯で火傷した肌。年の割に基礎的な料理が作れるのは血の滲む努力の賜であろう事は容易に分かる。
「今日楽士の人が来るんだって、みんな喜んでくれるかなぁ、パーティーになるかなぁ」
「‥‥きっと大丈夫。盛りつけも終わったし、頑張ってね。おねーちゃん帰るから」
これから先は仲間がフォローしてくれる。「お母さんと仲良くね」と言い闇へ消えた。
三人の旅の楽団に扮したエルシュナーヴ、アリオーシュ、ヴェルブリーズの三人が孤児院へ到着し、素知らぬ顔でコンサートを始めた。院長やレング、鈴音、レミナもその様を見ていたが、終盤にさしかかってもフィアの姿がない。やがて演奏は喝采とともに閉幕。
首を傾げていると、台車に沢山の料理を乗せたフィアが礼拝堂へと現れた。子供達がパーティーだと騒ぐ中、フィアは人形のマギーを抱いたままぽてぽてと院長の足下に歩いてくる。ヴェルブリーズが「その怪我どうしたの? あのお料理作ったの?」と駆け寄って訊ねると、こくりと頭を垂れた。シスターが治したはずの傷。新たに同じ傷ができている。
「フィアお料理作れるよ、お掃除も出来るよ、上手くなるから、此処において‥」
今を逃す手はない。
『‥‥フィ‥ア‥‥マギー‥‥声、届いて‥‥る?』
アリオーシュが陰に隠れてテレパシーを使った。マギーの言葉と思わせるために。
「マギー?」
『‥‥勇気、出そう? シスターにな‥‥るの? ママと暮らしたい気持ち、まだフィアにあるなら、マギーもお手伝いするよ‥‥』
まじまじと自分の人形を見つめるフィア。やがて「帰りたい」と口を開く。
帰りたい、帰りたい、でも帰れない、一人は怖いと泣き崩れる。
動揺するシスター達。
『固く結んだ決意‥‥それは誰を、何を守る為? 守るべきもの、真に求めるは守護の剣? 悪しきコトは見えないコトじゃない、それなのに見えるふりをするコト。心の武装解いて、裸の心で‥全てを、受け止めて』
「フィアちゃん自身が虐待されたと言ったんでしたっけ?」
「何故戻ってきたのか、どうしたいのか尋ねてみな。子供もいっぱしの考えを持ってるんだからよ」
エルシュナーヴの魔性の歌声とともに鈴音とレングが追い打ちをかける。院長は唇をかみしめていたがやがて、肩を落とした。「話を聞きましょう」と言ったのが最後だった。
マルトに連れられていたリンネルは踏ん切りかつかずに孤児院の前をウロウロしていた。誰が見つけたのか、シスター達が現れても今度は追い払われることはなかった。孤児院の部屋に通され、夜が明けて‥‥
「オモチャも綺麗な洋服もいらない、か。ただ一緒に飯食ってやればよかったのにな。突然いなくなって家族が心配すると思わなかったのかね、フィアは」
「さっきと同じ説教かぃ若いの、まあ尤もな話じゃが。本当に欲しいもの、与えたいものが分からなければ、満たされんし満たす事はできんよ。お金がいくらあっても、のぅ」
レングとマルトが笑う。フィアは再び、リンネルの所へ引き取られる事になった。多少貧しくてもかまわない、贅沢はしなくていい、無理しないでと、そうフィアが答えたのだ。
「今度はゆっくり話し合ってくれると良いわね。はぁい、みんな?」
エルシュナーヴやヴェルブリーズが寂しげに孤児院を見やる中、樹の上から現れる影。
「あ、噂の料理おばちゃんや」
「謎の料理おねーちゃんよ。ナイフの錆になりたいの、アリオーシュさん?」
「はいはい。神の御前で流血沙汰はやめてくださいね」
「レミナさん手早い。さー依頼終了、ギルドもどろっかー!」
ぐんと背伸びした鈴音。報告に帰ればまた何かしら仕事が待っているのだろう。
そうして冒険者達は、すれ違いの孤児院を後にした‥‥