黄昏の姫−ひらけごま?−
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■ショートシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:5〜9lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 19 C
参加人数:9人
サポート参加人数:1人
冒険期間:06月12日〜06月17日
リプレイ公開日:2005年06月19日
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●オープニング
実家の裏の洞窟、その奥を見つめて呆然と立ちつくす。
この向こうには昔から透明な壁でふさがれていると言われていた。何人たりとも前へ進むことは出来ない。行った者は二度と帰ってこないから。そういう伝説があった。事実興味本位で洞窟に入った者は、途中で恐れをなして引き返した者だけが無事なだけで、大抵が壁に飲み込まれたかのように消えていた。やがて地元の人は海へ通じる近道とされた洞窟を捨てた。
しかし伝説は伝説と。
一人歩きした噂と笑い飛ばそうにも、無駄に学園で習った知識が現実をつきつける。
ミュエラとユエナは洞窟前で立ち往生していた。
「ゼラチナスキューブかぁ、知ってて助かったと思えばいいのか、何でこんな目にと言えばいいのか」
「ミュエラおねーちゃーん。ぜらちなすきゅーぶって強いの?」
「モンスターの勉強怠けてたから記憶が曖昧だけど、普通は無害。ただ戦うと並の冒険者じゃ勝てなかった気がする。無駄に強かった記憶があるから、捕食されたら最後かなぁ」
「どーするの?」
ユエナが見上げた。実家に帰ったミュエラを出迎えた両親は、大分前に帰ってきた兄が失踪したと告げた。ミュエラが此方へ渡るのと入れ違いで。そう昔のことではなく、家裏の洞窟に消えたのだと話す。
しかしミュエラは納得しなかった。自分は本来まだイギリスで勉強を重ねているはずで、未熟者もいいところであるが兄は強いという確信がある。
一時期イギリスの学園にいて、早々と技術を習得し。退学したかと思えば当時奇行に走り出した教団から、『まだまともだった仲間』を率いて海を渡り実家へ帰ると聞いたのはどれくらいの話だったか。
しばらくしてミュエラは口を開いた。
「よし、こう言うときのギルド頼み」
「‥‥思いっきり投げたね、おねーちゃん」
「私じゃ勝てないもん」
「ぶー、やくたたずぅ」
「役立たずだからギルドに行くの。第一、別の用事があるレモンドさんが走り回ってくれてるのに私達だけ楽するわけにはいかないでしょ。親を悲しませた罪は重いんだから一発殴んなきゃ気がすまない」
幼いユエナも、思い詰めたようなミュエラを見て流石に悲しそうな顔をする。
姉達が複雑な境遇にあってか、喧嘩はして欲しくない所もあるのだろう。
しかし。
「そうよ。棚のうらに小遣い隠したり、机の引き出しの裏に仕送り隠したり、ベットの下にふられた彼女へのポエム書いてはっつけてたり、床の下に持ち出し厳禁の本隠したり、収集癖のあった兄貴の事よ、絶対洞窟の奥に何か隠してるに違いないわ! カモン恥ずかしのお宝! 兄貴の弱味に比べたら依頼のお金なんて安いわ!」
前言撤回。
ユエナは聞かなかったことにした。
●リプレイ本文
一歩踏み入れるだけで洞窟は地下貯蔵庫の如き肌寒さを露呈した。
元々逆光の位置にある洞窟だ。覗き込んだところで光が射し込むのは僅か数メートル。先を覗くにも奥には闇が蟠る。光がなければ奥へ進むのは危険極まりない少し前まで手前の方にいたと言うが。
リア・アースグリム(ea3062)が身を引いた。下手に一人で立ち入るのは危険である。
「何も見えない。本当に視界が悪いとしか言いようがないですね」
「奥まで進まないと無理そうだから松明つけるね。みんな準備できたー?」
アルト・エスペランサ(ea3203)が松明に着火した。彼の後ろでは無数の動物を連れた冒険者達が対ゼラチナスキューブの準備を終えている。動物は馬に始まり猫に犬、鷹。
流石に馬の大行列はこの洞窟では無理だ。かといって犬や猫は勝手気ままに主人の回りを彷徨いている。エイジス・レーヴァティン(ea9907)は自分の猫をひっ捕まえて「戦闘中は危ないからニケを見ててくれないかな」とユエナに手渡した。爪を立てる猫に奮闘。
「やぁ。前はみっともないところを見せたね、すまない。体の具合はどうかな?」
修行が足りなくてと零しながらヒースクリフ・ムーア(ea0286)がミュエラを覗き込む。と、其れまで『いざ飲み込まれた時の為に』と自分の巨体と前衛の三人を結ぶ命綱が張り、傍にいたエイジスは平気だったが、仲間と話していたフォーリィ・クライト(eb0754)とシアン・アズベルト(ea3438)が不意をつかれて地面に転倒。容赦なく引きずられる。
「あんた! あたし達いまロープがついてるのよ!」
「‥‥不覚。ちょっと長さや巻き方調節しますか?」
「すまない二人とも。鎧の上から巻いたのは良しとして‥‥ロープ三本とも使うか」
回りがゲラゲラ笑ってるのも余裕のうちだろうか。
準備後、洞窟内部へ歩み出す。リーベ・フェァリーレン(ea3524)が「どうやって無事に侵入したのだろう」と口にするとミュエラは兄が自分と同じくウィザードであり、地の属性を得意としていたと話した。ヒックス・シアラー(ea5430)がここぞとばかりに問う。
「お兄さんってどんな人だい、名前は? 面白い物を隠してる可能性とか心当たりとか」
「‥‥アルフォンヌ・ルィ。渾名がレヴィ。オカルト収集に填ってた事もあるからその筋が強いかも。ビタリーって商家のおばさんが知人にいるとかで、外国産も仕入れてた」
ビタリーさんはもう二年位前に死んじゃったらしいけどね、と寂しそうに笑う。
オカルトを筆頭に、彼女の兄貴は貴金属から古美術、秘密ポエムなど様々な収集癖があったというから想像不能だ。英国で緑衣のクレリック集団とも一時期連んでいたという。
「兄貴の秘密があるなら、見てみたいけど‥‥まぁ、普通に考えてお兄さんが失踪したのは、十中八九『あれ』が原因だろうし。あまり笑ってもいられないかもしれないわ」
ユラ・ティアナ(ea8769)が示した先。先頭を行くアルトの声が聞こえなくなっていたのは目の前の物体に気づいたからだろう。アルトが少しづつ後ろへ下がってくる。ユラの目はもう笑っていない。『あれが原因』の言葉が指摘する可能性。敵は舐めてかかれない。
「こう透明じゃあ注意してなきゃ食われるわね。頑張りますか。心構えはいいわよね?」
「フォーリィ君少し待ってくれ。シアン君、そちらのオーラパワーの付与頼めるかな」
「ええ。エイジスさん、ヒックスさん剣を」
「なんて異様な様なんでしょう‥‥きます!」
リアの目の前でゼラチナスキューブはぐちゃりぐちゃりと音を立てて迫りつつあった。通路の形に隙間なく詰まった敵は、一体どれほどの厚さなのか見当もつかない。
シアンとエイジス、フォーリィが前衛になり、ヒックスと明かりをともすアルト、リアとリーベが中衛、ロープを支えるヒースクリフと弓を持つユラが後方に移動する。
「初撃いくわ、よけないと一緒に凍るわよ!」
敵が残り十五メートルをきったところで、リーベがアイスブリザードを唱えた。洞窟内に巻き起こる吹雪。敵の表面はうっすらと霜ができるも、ぐじゅぐじゅと音を立てて表面を飲み込んでゆく。手応えが何処まであるのか分からない相手に、緊張感も盛り上がりもあったものではないが、エイジス達はひたすら切り込んでいった。
一秒が一分にも一時間にも感じられる中で、唐突に前進していたゼラチナスキューブは後退を始める。奥へ進み始めたのを見て、勝てると確信したのは何人いたか。
「‥‥いける! このまま」
「ダメだ! 全員下がっ」
「罠よ!」
それは潮の満ち引きに似ていた。
エイジスとユラの叫び声が唱和する。後退することで地面に残るゼラチナスキューブのねばり、それが膨れあがるのを注意していた彼らは見た。ゼラチナスキューブは退いていたのではない、退くようにみせ、巧みに自分の体内に取り込める範囲に誘導していたのだ。
「シアンさん! エイジスさん! フォーリィさん! ヒックスさん!」
アルトの叫び虚しくシアンとエイジスが奥に、逃げようとした身軽なフォーリィとヒックスが手前でゼラチナスキューブの体内へ取り込まれた。もがけばもがくほどゼラチナスキューブは捕獲した獲物を逃がすまいと奥へ飲み込んでゆく。酸の激痛が四人を襲った。
「まずい! 手前の二人を引きずり出して、一刻も早く倒すのよ!」
目に見える早さで腐食は進んでいる。エイジスとシアンはもはや腕をのばしても届かない位置にいた。服や武器が溶けてゆく。さらに目を鼻を、服の隙間に皮膚の露出した所から。
「ユラ君の言うとおりだな。ロープも長く持たない、急いでくれ!」
吸盤のようになっている体内からひきずりださんとヒースクリフがひっぱった。まず藻掻くフォーリィをアルトとリアが助け出すも、皮膚はめくれ酷い火傷状態にも似た症状にぞっと顔を凍らせる。二人も敵体に触れた事で軽傷を負った。ボーダーコリーが果敢にも主人の服をくわえて引っ張り、リーベとユラがヒックスを引きずり出す。
ヒックスとフォーリィは痙攣を引き起こしていた。全身を押さえさせ、ミュエラ達が薬を流し込んでゆく。
二人ですらこの状態だ。このままでは残されたシアンとエイジスが本当に死んでしまう。
「おおおおおおおおっっ!」
ロープはもう役に立たない。
獣の咆吼にも似た声を上げて、ヒースクリフはクレイモアで渾身の一撃を繰り出した。
続いてリアの日本刀が暗闇に一閃する。アルトは泣きながら松明を振り回し、ユラの射撃は鋭さを増した。リーベのアイスブリザードは確実にゼラチナスキューブの動きを奪う。
皆の瞳が怒りに燃えていた。
‥――仲間を返せ!
やがて通路はひらけた。破壊的なダメージを受けたゼラチナスキューブは身を維持できずにぐしゃりと潰れる。エイジスとシアンは吐き出され崩れ落ちた。ぴくりとも動かない。
「ふ、ふたりとも大丈夫で‥‥‥‥いやぁあぁぁ――――っ!」
リアの悲鳴が洞窟内にこだまする。仰向けにした彼らはお世辞にも『人』と言い難い姿に変貌していた。元の美貌は見る影もなく、筋肉や部分的に骨が見える。いわば腐乱死体。
「駄目よ、見ちゃ駄目」
ユラはリーベとリアを抱き寄せた。これではもう‥‥
「うわあああああん、し、シア‥‥エイじ‥‥、?」
皆が諦めて目を伏せていた。ところが大泣きしていたアルトが何かに気づく。
「い、息。息してる! まだ二人とも生きてるよ!」
動かさないでと声が聞こえた。ヒックスとフォーリィの治療を終えたミュエラ達が、重度の患者から治療を始める。手当は学んでいたようで清潔な布で酷い部分を巻き、順番に効果の高い薬を飲ませて皮膚の修復を計る。やがて二人は目を覚ました‥‥
「なんだこれは」
充満する死臭。乾いた屍は、鎖に繋がれ部屋に閉じこめられた者達の無惨な残骸と言えよう。暗い部屋は長い間に渡り放置され、埃が積もり忘れ去られたようにも見える。置いてある品物は家具や古美術品など様々だが置いてある道具と転がる素材や品から見て。
「贋作工房? 屍は‥‥職人か」
あまり子供に見せて良い光景ではない。ヒースクリフ達は目を背けた。
ゼラチナスキューブを倒した一行が見つけた部屋は忘れ去られた贋作工房だった。強制労働でもさせられていたのか。そしてふと壁を見やれば。
『先日から生産量がたりますぇん。今日も元気に美しい物を作ろうマイフレンズ』
‥‥見なかったことにした。
部屋の中を注意してみると、積もった埃に混じって人の足跡がある。それも最近の。奥の部屋は厳重な鍵がかけられていた。ユラが盗賊道具一式で鍵をこじ開け開いた先には。
「レモンドさん‥‥何故此処に!?」
「えぇっと、皆さんどうやって入ったんですか?」
黒クレリックの男がいた。名をレモンド・センブルグ。ミュエラとユエナのお守り役の男で、ここ一ヶ月以上の間姿を消していた。聞く所によると贋作を作る組織を追っていて此処まで辿り着いたはいいが、見つかって閉じこめられたという。暫く話が続いた。
「あはは、飢え死にするかと思いました。ゼラチナスキューブ倒されたんですね〜」
「あなたどっから入ったのよ?」
「リーベさんでしたか。洞窟の奥の方に子供が通れるくらいの穴がありましてね、ミミクリーで変化したはいいものの。捕まった後ふさがれてしまいまして」
「僕達が来なかったら干し肉だよ? ねぇリアさん」
「ですね。さて贋作工房跡地などについて皆さんやギルドに報告しないといけませんね」
今、食われかけた四人は洞窟の外にいる。あまり動かない方がいいと判断してだ。ヒースクリフは先ほどから落ち込んだ顔をしているミュエラとユエナの頭を撫でた。
「おにーさんいなかったようだね。きっと何処かにいるよ。外に行こうか」
「ちょっとまってください。良い物見つけたんでこれで気を宥めてください」
レモンドがユエナとミュエラの二人にルビーがついた銀細工の装飾品を与えた。途端、ユラとリーベ、ヒースクリフの眉間に皺が寄った。
アルトとリアは綺麗だね、綺麗ですねと口々に零す。レモンドは睨む者達に言った。
「なに怖い顔してるんですか。模造品ですよ、これ。ルビーも汚れや亀裂のある安物です」
ほっと顔をゆるめた冒険者達は、ぞろぞろと死臭の漂う部屋を出てゆく。
その後ろで。
「‥‥もっとも。厄介者は片づけて本物は二つとも回収しましたが」
ぽつりと小さな呟きが聞こえた。
此処最近、贋作が横行していたらしい。
冒険者が発見したのは贋作商の一派『暁の星』と呼ばれるグループが所有していた工房の跡地であったようだ。工房の死体はいずれも巷では未来を有望視されていた芸術家の亡骸であったという。