●リプレイ本文
人類の生存上、無くてはならない物。それは食材に芸術を重ねた料理である。
ある時、偉い人はこう言った。
美味しい料理は人の心と体を健康にし、人々に幸せをもたらす。
超のつく拙い料理は人の心と体を毒し、殺意を抱かせる。
しかしまさか、人を不幸にさせる為の料理で見せ物をする者が現れようなどと、誰が予想しただろうか。食材の冒涜である、と考える者達もいたが、きっちりしっかり参加しているところを見ると殺る気、否、やる気満々いざ戦場へと考えている者も多くいるはず。
「レディィィス! あーんどジェントルめぇぇぇぇん!」
聞き慣れた司会の声は、普段とは異なる口上から始まった。毎回のようにみられる怪しい文句ではない。それは観客への注意と警告を秘めた、恐るべき内容だった。
「これより開催します哀の手料理は、一部ショッキングな光景をお見せする事になるかも知れませんので、教育上よろしくない、お子様の入場はお断りいただいております!」
なんと年齢制限が発生していた。
そんな見せ物やっていいのか、その道のプロ達よ。
「十二歳未満の方はいませんね!? また心臓の弱い方、好奇心だけで訪れた皆様は、手を双眸の前に準備し、いつでも視界から会場を隠せる用意をなされる事をおすすめします。くれぐれも柵を乗り越え、料理を横取りしないでください。以上、哀料理推進会でした!」
哀料理の横取りなんてする奴がいるのか。いや、いないに違いない。と信じたい。
「それでは出場者達の簡単な紹介を行って、本題に参りたいと思います! 村人も恐れる姉御と名高きルーティ・フィルファニア(ea0340)! 料理で語るは愛か悲哀か!」
元々哀の王者を決めるコンテストだ。ルーティは微笑みながら手を振ってみせる。
「二番は癒し手の座、頂きます。人情厚き女の鏡、ユーディス・レクベル(ea0425)!」
晴れやかな顔で手を振るユーディス。彼女は忍耐の玉座を狙っていた。
「もはや裏も表も関係なし! 伝説の葉っぱ男レイジュ・カザミ(ea0448)!」
料理は作り慣れている。しかし、恋人に食べさせる料理なんて破滅させてやるが心情。
「四番は何故か当村でファンの会を抱える、時の麗人? シスイ・レイヤード(ea1314)」
シスイが立ち上がって手を振ると、応援席から男による熱い声援が飛ぶ。
「五番、選んだのはモンスターより手強いか、悩める男レジエル・グラープソン(ea2731)」
レジエルは少しずつ、二十メートルほど離れた場所に少しずつ置かれる材料を遠巻きに眺めて、受けるんじゃなかったかも知れないと内心で冷や汗をかき始めていた。
「食材だっていきてます! 可憐に微笑むはコルセスカ・ジェニアスレイ(ea3264)!」
六番手のコルセスカは食材を真面目に扱おうと心で決めていた。理由、可哀想だから。
「此処が俺の見せ場に違いない、燃える闘魂ジュエル・ハンター(ea3690)!」
拙い料理を食べたら、どう反応しながら愛のゴミ箱に走ろうか考えている時点で暢気だ。
「匿名希望を語るは、どっかで見た事ある男! 皆で呼ぼう世を忍ぶ彼の名は『ママ』!」
めっちゃバレバレの双海一刃(ea3947)は淡い色彩の紫陽花の浴衣と簪を身に纏い、キャメロットの変わった居酒屋『二丁目』の雰囲気仕様で現れた。同僚の眼差しが痛い。
「お願い神様、普通の食事を! 願ってやまない九番サフィア・ラトグリフ(ea4600)」
果たしてサフィアの望みが叶えられるかどうかは定かではない。
「マヂで行かせていただきます、決意に燃える十番、朱華玉(ea4756)!」
こんな所で、こんな所で仕事の信用を失うわけにはいかない! と考えているらしい。
「その目に刻め、俺は死の料理人! 腕が鳴るぜと語るはクラム・イルト(ea5147)!」
十一番のクラムはすでに、並べられた食材に視線を奪われていた。心を奪われていたと言ってもいい。観客もアウト・オブ・眼中の彼女は、哀一直線を希望しているのか?
「調合? 任せてください本職です。十二番は黒の聖母フィーナ・ウィンスレット(ea5556)!」
漆黒の衣装に身を包む淑女の微笑み、それは地獄への招待状であると後に痛感する。
「待っててくれ、未来のハニー! 爽やかに微笑むヲーク・シン(ea5984)!」
ヲークは女性に優しいが男性に厳しく行くようだ。まぁもっとも選べるのは最初だけ。
「身も心も暖めてあげるよ! ジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)!」
暑い中で何を企んでいるのだろう。ぽわっと人目を和ませてくれるジェシュファに癒される観客達。しかしその微笑みがくせ者であると気づくのは二時間後である。
「あっはっは、目指すからには目指しますから。怪しい笑顔の凍扇雪(eb2962)!」
彼はあんなもの食べられないだろ、と判断しつつ、ある物を使うと決めていた。怖い。
「以上十五名の戦いです。哀のバケツに走るたびに所持点数が減りますので、皆さんご注意を。尚、重ねて申し上げますが。これは哀料理ですが、想定は恋人に食べさせる料理ですから存分に葛藤してどちらを取るのか選んでください」
勝利を取るか、当分続くであろう評価を取るか。なかなかに酷い選択だ。
「それでは、レディーゴーっ!」
獲物を狩る獣の目。皆が食材へ走ってゆく。
しかしながら悲喜こもごもの調理光景の『個別詳細』は、失神者続出とマッスル救急係に運ばれる観客の続出を始め、崖を落ちる勢いで素敵すぎる為に報告をひかえる。なにしろ試食時間の事を『詳細に』記すだけでも何時間掛かるか分からない。
安心せよ、そこの諸君。
みているだけの君達に被害は及ばない!
というわけで、あっという間の調理時間二時間が経過した。
それではまずは一番目。ルーティの料理は『魚のパイ包み』である。
「‥‥く‥‥てなかった‥‥めん‥‥‥‥す。今度は‥‥‥‥っと‥‥く出来‥‥うに‥頑‥‥‥す」
言わなければならない愛の言葉。水揚げされた魚のような口をぱくぱくさせているが、通訳をさせて貰うと「え‥‥と、上手く出来てなかったらごめんなさいです。今度はもうちょっと上手く出来るように‥‥頑張ります」だとのこと。
「それでは皆さん。食べてください!」
司会に急かされ料理を眺める。バターでテラテラと輝く生地の表面。開始直後に村の店に買い物に行った後、魚とタマネギ、ニンジン、アスパラ、カブのみじん切りをくるんで焼いた。見かけは程良い色に焼き上がっていたが、生地を割った瞬間に『異臭』が漂う!
ルーティは魚を知らないと言う。魚の胴体ぶつ切りによる、鱗付き臓物入りの魚の汁が生地の中で野菜と混じり合い、野菜は煮汁を吸い込み、歯茎にヒレや骨が刺さり、ざらざらの舌触りと喉の奥にも進まない生臭さが、口の中で絶妙なハーモニーを奏でていた。
「食べた、意を決して全員口に入れました! おおっと、ルーティ自らの料理に自滅した! 哀を吐き出しに走ります! 参加者の顔色が青い! ユーディス、葉っぱ男も走る! シスイ、レジエル、コルセスカ、次々に席を離脱し、後ろに哀を運んでゆきます! 現在耐えているのはヲークただ一人! 耐えてます! 口に手を添え、鼻をつまみ、脂汗を流しながらルーティの料理に耐えております! 咀嚼したー! のんだあぁぁぁぁ!」
「こ、こんなはずじゃなかったのに!」
ルーティの泣き声。‥‥開始早々から超高レベルの哀料理に遭遇したようだ!
次なる料理はユーディスの料理である。名は『海と山の猛者挟み』。ルーティの料理に白旗を揚げた冒険者達は恐怖の眼差しで次なる料理を眺めた。
「‥‥ど、どうぞ」
顔を猛烈に真っ赤にしながら愛を囁くユーディス。もらい照れしてしまいそうだ。
ユーディスの料理を眺めてみよう。共にあまり膨らみはしなかったが、手製のパンに挟んだのは、下処理をした鶏肉と野菜を蒸し焼きにした物としっかりと下処理を施し臭みを取り細かくした魚肉と野菜を油に潜らせた物だ。皆が魚肉の恐怖に怯えながら口へ運ぶ。
「おーっと、全員食べました。食べながら料理を見下ろしております! なんと、なんと二口目と食べています! 誰一人として離脱しておりません!」
この時、冒険者達は癒されていた。天と地獄、酷い言いようだが正しくこのコンテストの趣旨はこの二つに凝縮されている。コンテストの趣向からして、入賞を完全に逃したユーディスであるが、そこそこ悪い味ではなく普通の料理に値するようだ。
「味見は真面目にしてよかった。黒い人たち撃退してよかった〜〜〜」
油が油なので癖があり「肉臭い」という意見もあったが、癒しの存在になったらしい。
三番は良識葉っぱ男、レイジュである。料理名は『カップル撲滅、幸せ破壊』。
「幸せな貴方にこの料理を食べて頂きたい。僕の真心の料理をぜひ、その口に」
邪笑するレイジュ。なんだか見ているだけでお腹一杯だ。いいやそもそも料理名からして悪意満載である。癒しの一時に安らいでいた冒険者達は青い顔で次なる料理を眺めた。
ペースト状の牛肉にはわざわざ苦みの細工が行われ、腸詰めに加工した上で、葉っぱ男厳選によるトレードマーク『葉っぱ』が、刻まれて牛肉の強烈なアクセントになり、添えたタマネギは水にもさらさず苦みを引き立てる! 苦みと辛さを追求した究極の一品!
「脂汗かかないでください。食べてください。リタイアしてもいいですよ! おーっと、食べました、食べましたが」
「なんだこの破壊的な味はーっ! す、す、酸っぱいいぃぃぃぃ舌が死ぬ!」
ジュエルが芸人魂を見せつけながら走り出した。
「す、酸っぱ! 苦酸っぱい! 僕、酢は入れてな‥‥あ、入れられた奴か」
レイジュは黒い人の妨害を邪魔するわけでもなく「やるならやれ」の状態にしていた為、大量の酢が混入されていた模様である。冒険者達はまたもや走り出した。今度は一人残らず、哀の墓場へ走る! 哀よ眠れ! 味は勿論破壊的だが、何よりも『葉っぱ』が連想ゲームの役割を果たす。「失礼な、入れたのは清潔だよ」と説明しても、哀料理の前に自我が崩壊寸前の競争者達の耳には何も届かない!
いや、確かに墓場送りにした者勝ちだが。
次なる破滅の死者はシスイ、料理の題名は『届かない幻』!
「いつも苦労かけるから‥‥たまには‥‥いいだろう? フフ‥‥美味しそうに食べる恋人の笑顔が‥‥見られれば‥‥作ったかいがあるというのモノ」
恥ずかしい台詞は、素か、それとも培われた物か!? シスイの後光が見える輝きに、先ほどの葉っぱアクセント牛肉の悪夢を忘れ、これは神の思し召し、と喜び勇んで食べたのは何人いたか。
ハーブを鶏肉の間に挟み、塩で包んで焼き、塩を壊して肉を取り出し切り分けて、皿に盛って赤ワインを煮詰めたモノを皿に敷き肉を切り分け、茹でた野菜を添える。なかなか美味しそうに見える。
しかぁしっ! 口に運んだ途端に見える、悪魔の笑い。
「か、体が動かない。が、がはがは」
「きゃーっ! 華玉さんが口から泡吹いてます! は、早く救急! 救きゅ‥‥」
コルセシカに限らず、レイジュ、レジエル、華玉、クラム、ヲークと一部を除いて泡をふきはじめた。体が動かない。しかも。
「ら‥‥らんだむ‥‥にしたから‥‥自分ま、で」
「シ、シスイさん!? シスイさん、何自滅してるんですか!」
フィーナがシスイを揺さぶる。シスイ、持ち前の知識を生かして料理に毒草を持ち込み自滅。即救急マッスル達が手当を施す。本気で生死をさまよいかねない。まともな料理かと希望に胸をときめかせれば、この様だ。
そして料理はまだまだ続く!
ノンストップ哀料理! 己のラブラブオーラで作り上げた料理で敵をうち倒せ!
「常人が食べられそうな物を目指してみたがどうだろうか? 名は『直感任せスープ』だ!」
レジエルの料理の名前が既に、人が食べられそうな物を示していない気がする。とってもものぐさなスープが皆の前に現れた! 牛肉、鳥肉、兎肉に火を通して一気に鍋に叩き込み、野菜を叩き込んで塩で味を付けていったようだが。放置したアクが浮いている。
「ああ、そうだ。愛しているよ‥‥」
此処で一句。只今の恋愛ゲージの状況をジャパン風に表現しよう。
告白は、素敵だけれど、哀料理。
「皆さんスプーンを口に運びます! 心に届くのは、愛か、それとも哀なのか!? おおっと、一部動きました! 先ほど自滅したシスイ、よれよれと立ち上がって哀の墓場へ向かいます! 同じく足取りがおかしい華玉とヲークが哀の墓場へ! これは大丈夫か!? 目を覚ませ! そのまま倒れては死ぬぞ!」
否、絶対大丈夫じゃない。しかも此処は雪山ではない。むしろ今座っているのは気合いも気合い。生き残るために戦う男と女の台所勝負に他ならない!
続きまして、コルセスカ。料理の名前は『ウサギのロースト』!
おいしく調理してあげないと食材に失礼ですもんね、と微笑みながら料理している様には流石の黒い人達も毒気を抜かれ、月道を通してまでこの日の為に手に入れた、遠い国の調味料をドボドボと入れる気も失せたらしい。
「げ、月道を通してまで怪しい調味料を調達したのですか?」
「勿論。実際に取り寄せてみた、って感じでしょうか。なに、まだ出てくる料理にご期待下さい」
むふふふふ、と笑う司会。問うたフィーナの顔がひきつる。
それはさておき兎の肉は鶏肉に似た淡白な味で、肉質は柔らかく非常に食べやすい。兎の肉の香りに様々な香辛料があうのだ。下処理を行い、自分の酒を持ち込んでソースを作ったりしたコルセスカは。
「愛情たっぷりの手料理です。残したりしないでくださいね〜」
勿論評価が『哀』には至らなかった。
ジュエルの料理は完成直前になって異様な道を辿った。『月のうさぎのシチュー』と愛らしい名前がついた彼の哀料理は、黒い人がちょっかいかけたことにより、水を張った大鍋はドッポリ塩の鍋と化したのだ。
野菜は塩漬けになった。もはや野菜に野菜の味など無い。野菜ならぬ塩の海の作物だ。
「ふ、やっちまったぜ‥‥これならチョンチョンに勝てるかも」
チョンチョン。そのモンスターを知らない人のために解説する。
チョンチョンとはモンスター、そうモンスターである。美意識を離脱した毒々しく輝く、アバンギャルドな翅はどう見ても料理に使えない。胴体は禿げた親父頭同然であり、赤い瞳が異様さをかき立て、びっしりと歯が並ぶ。なけなしの胴体は甲羅のようだ。
そんなモンスターは、まさしく哀料理の為に持ち込まれた素材であるが、これだけに絞って料理を作り上げた者がいる。
「チョンチョンは骨と皮しかない? なら骨と皮を使うだけだ」
匿名希望はそう言った。べりべりと毒々しい黄色の肌を骨からはぎ取り、公開禁止の解体作業を行った『ママ』は、火で皮を炙って、余計な毛を焼き落とし、きれいな水で丁寧に洗う。さらに臭みを取る為、アクを掬いながら1時間半煮こむだが、この時黒い物体を大量に流し込まれたため、黄色い肌は『黒』に。しかも何処の部分か分からないぐらい補足薄くスライスされたタマネギとクレソンを添え、塩をふり。だが。
全員、チョンチョンを前に固まった。これはもはや食ではない。
「あばんぎゃるどがっ、あばんぎゃるどな悪夢がっ、魂がおちるー!」
サフィアが心の傷に触れた料理に錯乱している。
「料理名は『蛾魔と玉葱の塩』あえ。これも、うちのポチなら全部食う。さぁ食え」
ポチなる人物が不憫でならないが、皆が口に細切りチョンチョンを口に含んだ。
「美味い!」
そう言ったのは一刃本人だった。
「嘘!」
すかさずつっこみが入る。「この味は醤、故郷の味がする!」と想い出にひたるのは良いのだが、醤など口にしたこともない者達は哀の墓場へ敗走。そうでなくとも独特の味に、しょっぱくてコリコリしてかみ切れなくて生臭い‥‥‥‥普通は吐く。
「あ、あば、あば、あばばばば」
サフィアがチョンチョン料理に大ダメージを受けた。その表情はやせ細り、顔には死相が浮かんでいるが、サフィアは倒れず、廃人同然の仲間達を救うため、自らが仕上げた料理名『スウィートラビット』を披露した。サフィアの腕前により味は勿論、格別だ。
「‥‥恋人‥‥可愛くて元気で、よく食べてくれる子が理想かな。‥‥がふっ」
「倒れた、倒れたぁぁぁ! サフィアが倒れました!」
サフィア・ラトグリフ。十八歳、失神原因、アバンギャルドなアレによる自我崩壊。
倒れて愛猫ルジェの看病を受けるサフィアの次は、店の評判を落とさぬ為、酒場ではせた伝説の振る舞いを保つため、至って真面目な料理に取り組んだ華玉であった。
料理名は『牛肉とハーブのスープ』。まんまだ。
「人面蛾は入ってないので安心して召し上がれ」
華玉の料理は、誰も哀の墓場へ走らせることはなかった。華玉はその信念に従い、まともな料理が作れる人、という肩書きを保持することに成功した!
というかすでにコンテストの本来の趣旨に添っている者と、見ていられなくてまともな料理を作る者に別れてしまっている。
残るは五人! いかな料理が現れるのか!
「次なる相手はクラム! 料理題名は『俺様HELLコース』だー!」
司会の言葉に皆の精神が風化していく。自らの出番がきたと復活したクラムであるが、彼女の料理はチョンチョン以上に危ない物を混入していた。ここに材料を列挙する。
チョンチョン一体、鶏の肉、ソードフィッシュの魚肉、ニンジン、タマネギ、キャベツ、筆記用具のインク壺のインク、腐った牛乳、道端で拾った各種雑草や野花。
‥‥もはや料理ではない。
愛する人に捧げる言葉は沈黙だった。料理が愛の全てを語るとでも言うのだろうか。しかしどう考えても、すでにその素材からして、クラムの料理は危険だった。さらに自滅しているので手に負えない。
「走ったぁぁぁ! 哀のバケツ入れ替え作業が黒い人たちによって行われております! 全員走りすぎだー! え、ちょっと、クラムさん、え、皆さ、やめてぇぇぇぇ!」
司会の断末魔が聞こえる。そんなに言うならお前も食べて見ろ、と言わんばかりに其れまでの料理を口に押し込まれた司会は、へろへろ状態で司会を続けた。仲間が増えたように満足げな顔の参加者達。
きっと愛のバケツがなければ参加者達は息絶えていたかも知れない。
会場は異様な熱気と臭気に満ちていた。
クラムの次は、フィーナである。
わざわざ今回の為に幾つかの食材をかき集めていたようだが、それでも使う物は冒険者のお供、甘い保存食にスクリーマーとチョンチョン、兎にニンニク、玉葱、アスパラガス。ハチミツ適量。と、一応(モンスターは別)食べられるものだ。フィーナも相当酷い料理を作っているわけだが、クラムが食たりえない材料を次々に混入した事を考えると、食べられるようにしただけ神だと思えるのは何故だろう。
これがきっと世に言う麻痺というやつだ。‥‥慣れかもしれない。
「名前は『人類の革命』です。先に言っておきますけど飲み込まないでくださいね。責任取れませんので」
のどの奥から沸き上がる、口の中にへばりついた甘みと生臭さと、えもいわれぬ舌触りに、脳天が痺れる幻覚を体感する冒険者達は哀のバケツへ走る。
鬼だ。
そして十三番のヲークはなんと真面目な料理を披露した!
牛タン酒蒸し野菜添え。それも必要な酒はきちんと持ち込み、生臭さを消すための作業も行っていた。実際手の込んだ物をつくっていたのだが、連続して破壊された料理の品々を見ていると、真面目な料理のすごさより、『食べられる料理』という事に感動を覚える冒険者達と観客。つくづく病的な会場である。
「マイハニー、俺の手料理を毎朝食べないかい?」
この時、ヲークにはファンの会が結成された。たべたーい、なんて桃色の声が飛んできていたが、すでにまともな反応が出来るような状態ではない。
十四番目はジェシュファであるが、開会時の挨拶にのっとり、彼はこの暑さの中で『身体の温まるスープ』と題した、体が急激に火照るスープを提供した。牛ガラと人参、玉葱、蕪、をコトコト煮込み、牛肉と兎肉五対一の割合で混ぜた肉団子と身体の温まる効果のある薬草をたっぷり入れたものらしいのだが。
ジェシュファに限らず、鍋だのスープだのと、本気で潰しにかかる者達の気合いが品目に見える。いくら食べられるものでも、不似合いな食べ物はつらいもの。これは作戦か、それとも見当違いな良心か。きっと後者は少ないに違いない。
「これ食べて暖まってね」
「あ、あつい。味がわからない。舌がやける!」
きっと参加者達は今の季節が嫌になっているに違いない。
しかし此処で舌を火傷した者は、味が分からず、きっと少しは幸せだったことだろう。
初めが凄ければおわりも凄い。
今までチョンチョンを混入した者は、骨と皮を使った。無用な物は使用しなかった。しかし彼は違ったのだ。チョンチョンを分解。翅・胴体・頭に分け、胴体をよく洗い、木っ端微塵に切り刻み、たんぽぽ・にんにく・クレソン・アスパラ・たまねぎも全部まとめて鍋に突っ込みバターで軽く炒め、ごりごりごりごり、すり潰したのだ!
すりつぶせない物は、勿論ぷかぷかと鍋に浮いた。スープの中に、拳ほどもある生煮えの赤い瞳が浮いている。尖ったのは分解した歯だろうか。塩に蜂蜜を存分に叩き込み、汁は翅と同じアバンギャルドな色になっていた。油のようにスープ上を煌めく赤や緑。
「名は『蝶死汁』です。私が全身全霊をかけて作った料理です。味わって食べてくださいね」
味わったら、きっと死ぬ。
結果。
「発表します! 第一回哀のバケツ大作戦、哀の王者は蝶死汁の凍扇雪!」
あのグロテスクな料理、いや物体を披露した雪が哀の王座を手にした。王座を争った数名の内、フィーナがクラムと僅差で獲得した。首位を争った者達の名は見ただけで分かる。驚異的な料理は作った者すら破滅させていた。なにしろ参加者は全員食べるのがルールである。
その場の観客も閉会式時には三分の一に減り、緊張の糸ならぬ拷問時間から解放された出場者も、傍らの救急マッスル達に手当てされていた。
癒しに貢献した者は仲間内で、救世主のような扱いをうけたそうである。その道のプロの村‥‥元暗殺者達の村は、以後暫くゲテモノ料理にはまったとかなんとか。
皆さん、料理に冒険は必要である。
しかし決して未知の領域に踏み込んではならない。
それが料理の英雄達が教えてくれた教訓である。
食べ物は大切にしよう。以上。