【聖人探索】霞の消えた水面の空の

■ショートシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 8 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月09日〜09月24日

リプレイ公開日:2005年09月19日

●オープニング

 空を眺めるのが好きだった。霧の都と歌われるように、朝霧に包まれた湖を愛していた。
 静かな暮らしが性に合っていたのだと思う。祖母と二人で昔話をしながら。
 けれど祖母はいつまでも傍にはいてくれなくて。暮らした家も私には残されなくて。
 空虚な場所で、死ぬまで暮らすのが嫌いで。
 懐かしい朝霧の湖は、もう瞼の向こうにしか映らない。


「ディナダン様」
「ええい、煩い。今忙しいというのに」
「ラドストックの聖人の末裔なる者の消息がつかめました」
「そう言うことは早く言え」
 ここは交易に活気づく西の港湾都市、ブリストル。
 鉱泉の町バースに継いで芸術の都市としても知られるブリストルは円卓の騎士に名を連ねるディナダン・ノワールがおさめていた。
 街は非常に坂が多い事でも知られる。交易品は主に魚肉・羊毛・錫鉱石。
 芸術を頂点に、教育や文明保護が盛んで、現在技術の発展を目指し、技術者や錬金術師達が多く滞在していた。笑いを愛する宮廷道化は、新しい文化の発展となる港町の主となるには相応しい人物だったといえる。新しい物や物珍しい物に興味を示し、洒落者の名を恣にしていた。そんな彼が、此処最近眉間に皺を寄せている。
 彼はブリストルとともに周辺の領土と、バースの南方領土の大半を管轄下に置いていた。円卓の騎士であると同時に候爵であり、領土を抱えた一領主でもあったのだ。
 年の初め頃、バースの北の方で戦争が起きた。民衆の一揆である。しかし其れは内々に静めたという報告があった。だが其れが静まったかと思えば、今度はオクスフォード候の反乱による大規模の戦争が起こり、円卓の騎士やアーサー王まで動かざるをえない事態が起きた。
 戦争が起きれば領土は荒れる。休む暇もなく奔走し続けていたディナダン達。
 騒ぎが静まったと胸をなで下ろせば、今度はアーサー王から号令がおりた。


 ――それはオクスフォード候の乱の開戦前まで遡る。
「王、ご報告が」
 メレアガンス候との戦端が開かれる直前のアーサー王を、宮廷図書館長エリファス・ウッドマンが呼び止めた。
 軍議などで多忙のただ中にあるアーサー王への報告。火急を要し、且つ重要な内容だと踏んだアーサーは、人払いをして彼を自室へと招いた。
「聖杯に関する文献調査の結果が盗まれただと!?」
「王妃様の誘拐未遂と同時期に‥‥確認したところ、盗まれたのは解読の終わった『聖人』と『聖壁』の所在の部分で、全てではありません」
 エリファスはメイドンカースルで円卓の騎士と冒険者達が手に入れた石版の欠片やスクロール片の解読を進めており、もうすぐ全ての解読が終わるというところだった。
「二度に渡るグィネヴィアの誘拐未遂は、私達の目を引き付ける囮だったという事か‥‥」
「一概にそうとは言い切れませんが、王妃様の誘拐を知っており、それに乗じたのは事実です。他のものに一切手を付けていないところを見ると、メレアガンス候の手の者ではなく専門家の仕業でしょう」
「メレアガンス候の裏に控えるモルゴースの手の者の仕業という事か‥‥」
 しかし、メレアガンス候との開戦が間近に迫った今、アーサーは円卓の騎士を調査に割く事ができず、エリファスには引き続き文献の解読を進め、キャメロット城の警備を強化する手段しか講じられなかった。
 ――そして、メレアガンス候をその手で処刑し、オクスフォードの街を取り戻した今、新たな聖杯探索の号令が発せられるのだった。

『文献の調査では、幾多の聖人の存在が上がった。王の号令に従い、我々もそれぞれの地域に分かれ調べよとの仰せ。ラドストックの聖人が鍵を握っているらしい』
 ラドストック。バースの南、南方領土の片隅にあるさして目立った事もしていない小さく静かな町だ。最近になってトローブリッジやバースなどの町々から都市に向かう街道が延びる陸路の途中にぽつんと立つ町でもある。物の入れ替わりや人の出入りが多い割に、昔からののんびりとした町の気性からか商売っけの無い所だ。
 そのラドストックの町に聖人がいたという記録があった。それを調べさせていたのだ。
「聖人の末裔は、名をミスティオータ。年若い娘でしたが‥‥少々やっかいな事になっておりまして。この娘湖の傍で老婆と二人暮らしだったようなのですが、老婆の死後遠縁に引き取られ、住んでいた家は売り払われ、商家と政略結婚となり、式の最中に逃亡し、盗賊に攫われたようで」
 ここに資料が、と差し出すが、ディナダンは馬鹿馬鹿しい、と呆れかえった。
「娘と引き替えに100G? 伝説の盗賊を語る割に程度が低いな、‥‥手口が稚拙すぎる。ギルドに仕事を回してくれ。その娘を助け出し、ブリストルまで護衛するようにと」
「名うての‥‥と申しますか。腕利きの冒険者は出払っているような気配をうけたのですが」
「かまわん。強ければいいと言う物ではない。娘の問題も解決してから連れてこい。国の一大事とはいえ、‥‥民の意志を無視しては国もなりたたん」
 急ぐように、と短く付け加えた。

●今回の参加者

 ea1332 クリムゾン・テンペスト(35歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea4099 天 宵藍(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea5278 セドリック・ナルセス(42歳・♂・ウィザード・パラ・ビザンチン帝国)
 ea5741 ハルカ・ヴォルティール(19歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea6006 矢萩 百華(33歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea7163 セラ・インフィールド(34歳・♂・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 eb0020 ルチア・ラウラ(62歳・♀・クレリック・エルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

「馬車を借りたいの。急ぎなのよ、お願い」
「そうは言われても、今いるのは予約分の馬車ばかりで空きがねぇから出せねぇんだよ。悪いな」
 頭をぽりぽりとかく店の主人に、散々食い下がった矢萩百華(ea6006)はセラ・インフィールド(ea7163)とともに顔を見合わせた。互いの口から零れるのは深い溜息のみである。
 冒険者達は家同士の問題解決も念頭に入れていて、いざという時の為にディナダンとの接触を試み一筆書いて貰う‥‥言ってしまえば、身分証明など諸々のかわりに依頼である事などを含めて証明するに十分な品をと考えていたようだが、円卓の騎士兼侯爵のディナダン当人は多忙を極めているし、そう簡単に会える相手ではなかった。
 ブリストルまで行こうものなら行って帰ってくるだけで相当の日数が掛かる。そんなに長い時間かけては囚われのミスティオータがどうなるかも心配だ。
 頼みの綱の馬車共々実行不能になった。
 そこで百華とセラの二人は愛馬に乗って、先にラドストックへ急行。遅れて到着する仲間達に代わって、ミスティオータの婚約者である商家との交渉と、彼女を攫ったという盗賊に関する情報収集を行うことになった。
「それでは皆さん、また後日。商家に関しては『誘拐という大事件の後すぐに、というのは縁起が悪い。式を挙げるのは暫く待つべき』等と言っておくつもりです」
「妥当な判断ですね。助け出せたとしてミスティオータさんに心の余裕があるとは考えられませんし。誘拐は立派な大事件。その後すぐに結婚、というのは花嫁の心と声望共に差し障りがあると思います。日を改めて、吉日を待ってはいかがですか? 等と提示した方が商家の説得はやりやすいかと思われます」
 セラに助言を施したセドリック・ナルセス(ea5278)。
 セドリックの言葉に頷きつつ、百華が「セラ君いくよー」と声を投げた。二人は瞬く間に仲間達の視界から姿を消し、遠ざかってゆく。
 手を振る者あり、道を確認する者有り。
 やがて「さ、わしらも行こうか」と天宵藍(ea4099)が足を進めた。
「それはそうと。おまえら、凄い荷物だな」
「何をおっしゃいます! もしかしたらミスティオータさんはろくな食事も食べられずに捕らえられているかも知れないんです。私は彼女の分の食料も持っていきます!」
「そうですよ。万が一と言うこともあります。飢えは重大な問題ですよ」
 しげしげと山のような保存食を積んでいるルチア・ラウラ(eb0020)とハルカ・ヴォルティール(ea5741)を眺めていたクリムゾン・テンペスト(ea1332)だったが「おまえら、いい女だな」とクールを気取りつつ感心していた。
 三人の賑やかさに対して宵藍はといえは歩きながら物思いに耽っている。
「ミスティオータ殿は逃亡したと聞く‥‥逃亡ができたとして何処へゆくつもりだったのやら」
「確かに。私、逃げ出した彼女に会えたら、逃げた理由でなくて何処かへ行きたかったのか聞いてみるつもりです。質問責めにしたって、しかたないですものね」
 ルチアが語った。空を見上げて思う。
 花嫁は何を求めて会場から脱走したのだろうかと。


 娘の身柄を返して欲しいならば100Gをよこせ、等という伝説の盗賊などいてほしくない。
 一ヶ月5Gで生活する一般家庭にすれば確かに大金だ。しかし人攫いまでして人生の分岐点に立とうとする盗賊の程度が知れるというものだ。調べでわかった盗賊のアジトはラドストック近くのあばら屋であった。戦士崩れらしいというが数は八人ほどという。
「インフィールド殿、先ずは見極めを願う。仮に娘の協力者なら笑えぬしな」
 宵藍の言葉には危惧があった。
 もしも誘拐が計画的だったら、娘の協力者達による演技では、という危惧が。セラの微笑み顔の傍には、物静かなハルカが控えていた。交渉を近くから観察し、何か起こったときの為に直ぐ対処できるように。
 そして。
「娘を帰してくださいと申し上げているはずですが。程度の低い連中ですね‥‥気遣い無用と判断しますよ、クリムゾン殿!」
 セラが何処かにいる仲間に声を張り上げる。
「さって、それじゃあ派手にいこうか。要人を放置は出来ないしな、ファイヤーボム!」
 しばらくして裏口が爆発した。クリムゾンが魔法をぶち込んだのだ。さらに立て続けに走り込む宵藍も、邪魔な障害はオーラショットで破壊する。
 百華も日本刀の刃を抜いた。
「ふん。お嬢さんも金も渡しゃしないよ。その子を待ってる大事な方がいるんでね」
「神の慈悲は遠ざかっていきますよ。無駄な怪我を負わないうちに武器を捨ててください」
 ルチアの言葉に「うるせえ!」等と罵声が飛ぶ。
 刃物を持って応戦しようとした男達の前に、まるごとクマさんを着たセドリックが歩いていた。アッシュエージェンシーで作った身代わりである。緊張感の抜ける間抜けな格好に気を取られた隙に、百華が首筋へ一撃を叩き込む。極力殺さない方針だった。
「どけえええ」
「くっそ、往生際が悪‥‥ハルカ!」
 蜘蛛の子を散らすようにチームワークの欠片もなく動く盗賊達。離れたところではセラと宵藍、ルチアの三人がミスティオータを捕獲していたが、彼女が奪い返されると直ぐに出口へ走り出した愚か者達がいた。クリムゾンが声を張り上げると、出入り口のハルカは。
「逃がさない。ストームっ!」
 正面出口付近で待機していたハルカが外へ逃げ出そうとしていた者達を押し戻す。やがて盗賊を気取った男達は捕らえられた。

 冒険者達のうち、いつの間にかハルカが必死に盗賊達の後始末を行う事になっていた。苦労性である。
 しかし自警団に突き出された盗賊達の面倒とは異なり、盗賊に捕らえられていたミスティオータは商家の家には向かっていない。商家を説き伏せるのに成功したという事もあるし、彼女を救い出した者達は気がかりな事があったのだ。一夜明けて、彼女は離れた土地に来ていた。
「おーし、ついたぞ。此処で間違いないよな?」
 広い湖が広がっている。何処までも澄み渡る湖畔。
 彼女が生まれ育った湖が、其処にあった。商家に対しては既に丸め込んでおいてあるため、直ぐに戻って挙式を上げる、なんて事はない。ギルドの依頼書を見せ、彼女の救出依頼が侯爵からのものであると知ると驚いていた者達がいた。当然だろうが、そんなことは今はどうでも良かった。半ば連れ去られるような形で、住み慣れた場所から連れ去られたミスティオータ。彼女が現実逃避さながら教会を逃げ出して訪れたかった場所。
「おばあさまと暮らしておられたんでしたね」
「ええ」
 静かな場所。人の手に踏み荒らされることのない母なる家。
 誰の手も借りず、誰の侵害も受けることなく。静かに暮らす事ができた遠い日々が返ることはない。水辺の近くまで近寄って腰を下ろしたミスティオータ。重くもなく軽くもない生ぬるい沈黙が落ちていた。
「私は祖母との暮らしが全てだった。私は今、ひとりぼっちだわ」
「奇遇だな。わしもおぬし同様、天涯孤独の身。だが妹との約束でな、生きておる」
 にっと笑った宵藍。さらにクリムゾンが「ほら立って」と肩を叩く。
「まっ、心の傷は魔法使いのどんな魔法も効果がない。あってもその場凌ぎで根本の解決にならなかったりな。お嬢さん。想いを、心を開いてみるんだ。そう、何も考えず大声で叫ぶように、な。これ、魔法を使うコツでもあるんだ」
 気遣う声は優しく響く。されどそれらに甘えるほど娘は若くなかった。ルチアが貴方のおばあさまと近しい年齢の私が言うのも何ですが、とおずおず声をかける。世間話の傍らで彼女は此処での生活を夢物語の如く語る。
 失ってしまった日々はもう戻ることはないだろうと分かっていればこそ、気が重い。
 私は一人だと繰り返す娘に、声を投げた。
「ぬしの力を必要とする御仁がブリストルに居る。共に参り、力になってはくれぬか?」
 ミスティオータは首を縦に振った。
 今は見えなくとも人生の糸口が見つかるかも知れないから。

 
 数日後、ディナダンの所に一人の年若い娘が訪れる。
 冒険者達の手によって連れてこられた娘の名はミスティオータ。ラドストックの聖人の末裔と思われる彼女は、ブリストルに滞在する間、親や祖父母から聞いたという昔話を幾つも語る。やがて伝承の片鱗は浮き彫りとなる。聖杯の獲得には『クエスティングビースト』という怪しい存在を復活させる必要があるという話がこぼれ落ちた。