下弦遊戯―闇に魅入られし黄昏の姫―

■ショートシナリオ&
コミックリプレイ


担当:やよい雛徒

対応レベル:9〜15lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 80 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月21日〜10月06日

リプレイ公開日:2005年09月29日

●オープニング

 商人は一瞬、此処は何処かの別の村ではと錯覚する。
 そう感じずにはいられないほど閑散としており、不気味な空気が漂っていた。

 悪魔つき、という伝説がある。
 何故だ、と問うこと自体が無意味なほどに村人に浸透していた。
 鉱泉都市バースの北東に、一直線で三つの町と村が並んでいる。丁度キャメロットからバースへ続く主街道の途中途中に、バースから手前にボックス、コーシャム、チッペナムの三つが点在していた。
 うちチッペナムという静かな村を治めているのはアリエストという男爵家である。爵位も低く、決して大きな場所でもない。目立った特産品もさしてない。町になりきらない村。そんなチッペナムはアリエストの手腕で守られていた。アリエストの家は代々商家として優秀な家系であるが、其れと同時に村人達にはもう一つの異名で恐れられている。
 それが『悪魔つき』の不名誉な呼び名である。
 何の因果か、代々アリエストの世継ぎや令嬢達は魔物を引きつける体質の持ち主だった。
 望んだわけでもないのに、魔物達はここぞとばかりに彼らに隙あらばすり寄ってくる。そして必ずと言っていいほどアリエストの家の者は非業の死を遂げる。ベットの上では死ねないと言うのが定説だった。人格者として優秀な代償という人もいたし、初代が優秀な能力と引き替えに子孫を売ったに違いないという人もいた。
 確証もなければ根拠もない。
 魔物を呼ぶ、それだけは確かだった。其れが故に、村人達は領主であるアリエストを恐れてもいたし、平穏な時は暮らしを豊かに導いてくれる彼らに感謝し、また哀れんでもいた。
 現在、アリエスト家には二人の娘が居る。次女のエルザと三女のユエナ。長女はよんどころない事情で魔物に殺され、自らも魔物となり、大分昔に冒険者達に退治された。
「エルザお嬢様、エルザお嬢様」
 召使いの老婆が次女の名を呼んだ。けれど反応がない。次女は暗色のドレスを着て、毎日必ず日暮れ時になると窓辺に立って長女の死を悼んでいた。姉に依存していたというが、村でも彼女の儀式めいた行動は知られており、哀れに思った。
 そんなエルザについた渾名が『黄昏の姫』。
「ごめんなさい。メアリー、もう少し考え事がしたいの」
 彼女は長い間、婚約者を憎んでいた。彼女が心から慕った姉を奪ったのが、婚約者の妹だったからだ。しかし今は姉の敵もいなければ、両親が決めた政略結婚目的の婚約とは言え、彼女の婚約者もエルザの憎しみを和らげようとあれこれ手を尽くしている。
 エルザの憎しみは消えつつあった。そう考えられるぐらいの心の余裕が出来てきていたし、どんなに忙しくとも定期的に様子を見に来る婚約者に情が移ったという事もある。けれど心を自覚すればするほど、彼女は益々心を病んでいった。
「彼に‥‥何を話せばいいのかしら、今更、どんな顔をすればいいのよ‥‥」
 暗殺者をし向けたくなるほど憎みに憎んだ。罵倒もした。元々気位の高い彼女には為す術がなかった。嫌われる事を恐れだした所で今更手遅れではないか。
『ふぅん、ディルスとやらに嫌われるのが怖い?』
「ひっ!」
 隣の窓があいていた。穏やかに吹く風の如く、いつの間にか女が腰掛けて居る。帽子を取った女は、同性でも身の毛がよだつほど美しかった。異様さと美貌が人ではない事を訴えている。女が横目でエルザを見やり、何事か呟いた途端、エルザの胸中から恐怖が消えた。代わりに生まれたのは長年慕った姉のような愛情にも似た印象だった。
『可愛いエルザ・アリエスト。プライドと心に挟まれた哀れな娘。異性の愛を得たいのならば私がお前に味方しよう。どんな男もお前の足下に跪き、永遠の愛を誓って靴にキスを贈るよ。失せゆく愛も望むがままだ。その為に、私の言うこともよくおきき』
「‥‥は‥‥い‥‥」
 闇に濁ったきつい瞳に満足したように、エルザの真紅の唇を舐める。女の傍らには飾り立てた駱駝がいた。エルザは何の疑問も抱かずに、なすがままになった。

 エルザが魔に魅入られてから数日後、婚約者のディルス・プリスタンの街コーシャムに、昨日チッペナムに行ってきたという商人が転がり込んでいた。隣の村がおかしい、という事から次々と異様な村の状況が発覚した。
 その商人は取引に訪れ何事もなく帰されたのだが、半ば追い出される形だったという。チッペナムでは、アリエスト家の当主が次々と村人に借金を背負わせ、借金を肩に家々の若者達を奉公という形で屋敷に呼びこんでいるらしい。しかし屋敷には若者の影などなく静かそのものだったらしい。ディルスが眉をしかめていると商人は、そういえばと話す。
「屋敷にね。お客がいましたよ。長い間旅をしていた知り合いだとお嬢様が夢心地で話しておられましたが、庭に貴族でもしないような金銀宝石で飾った駱駝がいましてね。個室の前で偶然話を盗み聞きしたんですが、女性の名前がバートリ‥‥なんとかと」
 がしゃん! とディルスが立ち上がった。
 顔を真っ青にして極力冷静を装いながら、数日後に彼女の所へ伺おうと思っていたところなので訊ねてみるよ、と言い放ち「他言無用に」と念をおして商人に金貨を握らせた。
 今や若子爵となったディルスには、何が起きたのか薄々感じていた。
 エルザは取り憑かれている。それも最悪の存在に村は支配されたのだと。
 商人を帰らせ、ディルスは執事を呼びだした。
「馬車を使ってギルドへいけ。今すぐ腕利きの冒険者を集めてこい!」
「‥‥どう依頼をだされるおつもりですか」
「婚約者の挨拶に向かう私の護衛として雇え。対悪魔の扱いに慣れている者は望ましいとでも書いておけば‥‥手慣れた冒険者なら何があったかぐらいは悟るだろう」
 執事は早急にギルドへ赴き依頼を出した。
 そして街へ戻ってくると、助けの手を差し伸べてくれる冒険者達の到着を待って共にチッペナムへ赴くことに決めた。


 エルザの屋敷では、客人として居座る女が夕闇を見つめて笑っていた。
「ふふふ、当分匿われて休む? 冗談。ジッとしているくらいなら、このまま此処の人間を食い尽くして力を取り戻した後は、此処の人間を使って大打撃でも与えてやろうじゃないか。さあて、今度はどんな餌で魚を釣ろうかしら」
 低く笑った。消えた若者達を足蹴に、其処にいない仲間に向かって。
 そして操られ憑かれたエルザもまた、憎しみの炎に薪を投げ込まれていたのだった。

●今回の参加者

 ea0321 天城 月夜(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0340 ルーティ・フィルファニア(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea0850 双海 涼(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea3109 希龍 出雲(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3449 風歌 星奈(30歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3519 レーヴェ・フェァリーレン(30歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea4844 ジーン・グレイ(57歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

『十中八九、エルザは操られている。エルザは悪魔付きの体質なんだ』

 村は遠くに見えた。馬車でディルスとともに移動する皆の表情が硬い。
 コーシャムに急行した冒険者達に、ディルスはエルザの家の話と状況、そして異常に対する予測を口にした。村の異変の元凶。八割方想像はつく。商人の証言も含め、話を聞き終えた者の中で並ならぬ苦渋の表情をした者は多い。バースの宿敵であるなら油断は禁物。
「バートリ、エ。バートリエ‥‥だとすると、最悪な悪魔に憑かれたものでござるな」
「つくづくアレはしぶとい‥‥元凶が幾度となく取り逃がしたアレであるなら」
 アレは有害、アレは滅びるべきもの。
 天城月夜(ea0321)に続いて腕を組んでいた双海涼(ea0850)が能面のような表情を見せた。アリオス・エルスリード(ea0439)を始めとしてエルザが悪魔付きの体質であることを知る者は多いが、其れと同じくして彼女を狂わせている悪魔の正体を薄々感づいている者達にすれば厄介なことこの上ない仕事だ。
「エルザが悪魔に憑かれやすいのは、家系のこともあるだろうが、心に隙が多いからだろうな。彼女の過去を考えれば仕方のないことかもしれないが‥‥どうでるか」
「ディルス卿、今回の依頼だが勿論万全は期するつもりではあるが、万一と言うことも有るのでこいつを装備しておいてもらえんか? 後生のためだ」
 ああすまない、とジーン・グレイ(ea4844)から武器を受け取る依頼主のディルス。何度も婚約者のエルザに悩まされてきた彼の顔には疲労の色が強かった。これでも和らいだ方だ。コーシャムにいた間はもっと悲惨な顔をしていた。
 レーヴェ・フェァリーレン(ea3519)がジャパン土産の日本酒・どぶろくを押しつけ。
『心配なのは分かるが冷静さを見失っては何の利益にもならない。これでも飲んで心労を一度発散しろ、ちなみに嫌と言っても飲ますぞ。依頼主に気が触れられてはかなわん』
 と、半ば強制的に酒を呷らせた。そんな気分じゃないと話していたディルスだが、心に掛かっていた負担を軽減するには良い機会だったのだろう。今は随分落ち着いた。ルーティ・フィルファニア(ea0340)がぼうっと足下を見つめるディルスの肩に手を置いた。
「あんまり思い詰めないでくださいね。背負う重さが違うとしても、私も、皆さんも全力を尽くしますから。お仕事は、こなしてみせますから」
「いい顔するようになっていたのに。待ってろよ。今行ってやる‥‥悪魔ぶちのめしにな」
 希龍出雲(ea3109)が憎々しげに呟いた。風歌星奈(ea3449)は馬車の御者台の所におり、到着とともに行動を別にすると言う。

 村も館も静かだった。遊ぶ子供の言葉一つ聞こえず、虫や動物の鳴き声も聞こえない。
 屋敷に到着する少し前に星奈と出雲が皆の元を離れた。仲間達が屋敷に入るのを確認して、彼女達も姿を消した。
 屋敷の中は冷えていた。肌寒さを感じる空気は決して幻覚では無かろう。
「お元気そうだ、男爵。エルザにはこれを‥‥来る前に花売りに出会ってね」
「よくおいでになられたディルス殿。お付きの方もお疲れでしょう」
「いいやそれほどではござらぬ」
 特に変わった様子はない。男爵も傍らのエルザも。異変を見せたら殴り倒してでも、と考えていたジーンは眉をひそめた。いいや、ジーンだけではない。表向き「依頼主に皆で同席するのはおそれ多い」と理由を付けて廊下から様子を眺めていた冒険者達も不思議そうな顔をする。だが、アリオスを始めとしたエルザをよく知る者は思う。
 不気味なほどの微笑を讃えている。あれは、笑顔ではない。エルザではない。
「悪魔つきは真と見て間違いないな。いまのうちに動くぞ。館内を把握する」
「そのようだな。何かあった場合を考えるとジーンとディルスが心配ではあるが、仕方あるまい。アリオスの言うように俺も動くとしよう。潜んでいるともわからんが」
「拙者は涼殿とともに行方不明者の方を。それに屋敷内の者達に束で来られては困る」
「行きましょう月夜さん。あと、もしアレであるなら今は夕方。時が経てば経つほど此方が有利です。焦らないで、ルーティさんも気をつけて」
「はい。問われたら体調が悪いとして先に部屋で休んだというようにお願いします」
 ルーティはパラのマントを使い、ディルスの客室の暖炉に隠れるという。当然立ったままでは体の大きさが合わないが、屈めば隠れるくらいならば可能だ。五人は散り散りに動き出す。部屋の中では話し合いが続いていた。やがて何事もなく話は終わった。

 部屋に戻ったエルザを確保しようとする者がいた。別行動をしていた星奈と出雲の二人である。名目上はディルスの護衛で、二人はエルザの確保を最優先に考えていた。屋上はない。最初は部屋の監視をしようとしていたようだが、星奈とともに屋根裏から屋根まで出ると、出雲がロープで部屋の横へ滑り降りる。刹那、エルザの悲鳴が響いた。
「エルザ!? 助けに来たぞ! エル」
 部屋の中央にエルザがいる。部屋の中は何も異変がない。
「莫迦め、ネズミになるがいい」
 駆け寄ろうとして「かかったな」という小さな女の声が降ってきた。続く言葉の意図を理解せぬ内に、出雲の体はネズミに変じた。トランスフォームである。バートリエの姿を見る間もなく、ネズミと化した出雲は壁に叩きつけられて全く動かなくなる。
「ちょっとどうしたのよ出雲、エルザは」
 続いて降りた星奈も異変に気づく。これは罠だ。気づいた時は既に遅し。死角から物凄い早さで何か飛んでくる。女の足だと認識する間もなく、星奈の意識もぷっつり途絶えた。
 扉の向こうでは一階にいた仲間達が悲鳴に駆け上がってきた。今まさに扉を破らんとしたが、ふいに扉が開く。分厚い本を抱えたエルザがいた。レーヴェが問うた。けれど。
「ごめんなさい。ネズミが入り込んだので驚いただけですわ」
 見慣れたエルザの微笑み。扉の向こうに、床上で泡を吹くネズミが2匹見えた。

 星奈と出雲が行方不明になったまま、夜が訪れた。外で別れただけにいらだちも募る。
 行方不明者達が見つからずに、使用人達を眠らせてはいたが月夜と涼は焦っていた。厳重に鍵のかけられた地下室への扉を発見し、地下へ降りる頃、エルザは足音を殺し、ひたひたとディルスの寝室へ入り込んだ。手には短刀が握られていた。
「そうはさせません! ウォールホール!」
 隠れていたルーティが離れた場所から壁に穴を開ける。ベットへ短刀を投げるが、ディルスは短刀を避けた。ゴロゴロと転がって冒険者達の方へゆく。エルザは窓辺に追いやられた。ズッとバートリエの姿が浮かび上がる。ディルスが叫べとエルザは正気に戻らない。
「無駄だな。彼女は正気じゃない」
「レーヴェの言うように特異体質は難儀だな。おい年増、エルザを返してもらうぞ」
「誰が年増よ!」
 不敵な表情をしていたバートリエが激怒する。「こんな所に逃げのびたか悪魔め」とジーンが呟くと、此処は私の餌場だと胸を張り、せせら笑った。ルーティ達が構える。
「エルザさんを返していただきます」
 力の差を知りなさい小娘、と言い放ち、バートリエはカオスフィールドを展開した。シャボンのような結界には漆黒の炎が燃える。ジーンがホーリーフィールド発動させた。

 アリオス達が戦いに踏み込んだ頃、涼と月夜はようやく行方不明者達を発見した。地下の食料庫に繋がる空間には小窓から月光が差し込んでいる。折り重なるように倒れた若者達に生気はない。「いました」と駆け寄る涼。「まだ息ありでござるな」と月夜が回復薬を飲ませたが回復しなかった。デスハートンで生命を奪われた者は、取り出された命を戻さぬ限り息を吹き返すことはない。涼と月夜は過去を思い出し命の玉を探し始める。

 アリオスとレーヴェ、ジーンが主戦力となり、何とかエルザをバートリエから引き剥がした三人は、エルザをディルスと、身を引きずりながら部屋へ辿り着いた出雲と星奈の方へ身柄を引き渡した。重傷とも言える二人に出てこられても危険だし、エルザやディルスを命の危険に曝すわけにはいかない。
 バートリエの動きは早く、決定的な攻撃は当たらずにいた。そればかりか、冒険者達の方が悪魔魔法でダメージを受け、バートリエは同士討ちを誘発する。陽の魔法は使えずとも、敵には常人では叶わぬ格闘技術と悪魔の特質、高速詠唱等の能力には舌を巻く。
「レーヴェさん、アリオスさん、ジーンさん!」
 バートリエの帽子が飛んだ。涼と月夜が走り込んできた刹那。レーヴェが足を取られた。回避することも出来ずに倒れ込む。バートリエがのしかかってきた。
『私の僕におなり、可愛い坊や』
 強制的な心の支配。ぐらりと視界が揺れた刹那、「しっかりしなさいよ莫迦兄!」と脳裏に妹の声で警鐘が鳴り響く。ぐっとゆらぐ意識をこらえて敵をはねのけた。だが飛び退いたバートリエと双眸があったアリオスに変化がもたらされる。目がそらせない!
「年寄りに、興味は無‥‥体が!」
「良い子ね坊や。『私の敵を攻撃しなさい』!」
「ぐぁ! アリオス殿」
「‥‥同士討ちさせる気か。やむをえん」
 レーヴェが支配を解くためアリオスを切り裂く。
「がはっ‥‥すまない恩にきる」
「お互い様だ、気にするな」
「滅びよ! おぬしは滅びるべきだ!」
 月夜の攻撃に、舌打ちしたバートリエが窓から外へ逃れ出た。このままでは逃げられる!

「お願いあたって、‥‥グラビティーキャノン!」
「なに!?」
 魔力を温存していたルーティは、渾身の一撃を背後からバートリエに放った。空中で激しい動きが出来ないバートリエは無防備の状態で魔法をくらい、かろうじてエボリューションを唱えたようだがダメージは大きい。樹に叩きつけられた状態で『ざしゅっ!』と鈍い音が響く。
「きゃあぁああああああぁぁぁあああああっ!」
「ふっ、さっきの礼だ」
 なんとアリオスは聖剣アルマスを投げはなった。胴を貫通している。
「武器を貸せ! ケリをつけるぞ」
「げほっ、か、完全に力が戻っていれば人間などに」
「悪行もこれまで。そのまま朽ち果てよ!」
「消滅して頂きます」
 ジーンの持っていたアルマスはエボリューションの所為でダメージを与えられなかった。だが涼も月桂樹の木剣を投げる。次々と魔力を帯びた剣が投げ放たれてゆく。されるがままの悪魔。冒険者達から見てもバートリエは瀕死の状態だった。今こそ好機。
 同じ魔法は効かない。同じ攻撃は届かない。魔法が切れるのを待って、トドメを刺そう‥‥だがまもなく樹のバートリエは苦悶の顔で「ト‥‥シバ‥‥助け‥」と小声で仲間の名を呼んだ刹那、体が寒天のように透き通り『ドロッ』と溶けて――――消えた。

 二日後。出雲にでこぴんされるエルザ。星奈が抱きつく。
「悩みがあるなら何時でも相談する事‥‥友達って言ったでしょ」
 エルザはこっぴどく叱られていた。主にレーヴェと出雲と星奈に。害する気持ちはないのに自分が原因で周囲が傷つく。落ち込んだエルザを、月夜が優しく話しかけ、アリオスが諭した。
「色々と思う事も吐き出しているうちに考えがまとまる事もある。ディルスがどう思っているかも知りたいだろう。話し合った方がいい。言葉はわかりあう為の道具だからな」
「何も説教だけしたいわけじゃない。胸を張って生きろ。政略結婚が嫌なら、ディルスに嫌われるのが嫌なら、お前が理想とする女になって、惚れさせてしまえばいい」
 レーヴェがローズ・ブローチを手渡した。
 微笑ましげな光景がある。ディルスはディルスで、涼に『誓いの指輪』をもらい、がんばれとばかりに背を叩かれていたし、ジーンは「尻に敷かれるなよ」と笑っている。
 ルーティーが村のことについて訪ねると、復興に手を貸すと答えていた。
「さーて帰るかぁ」
「薬飲むか、医者に行け」
「死ぬかと思いました」
「アヤツ死んだのでござるよな?」
「あ! まって! ‥‥みんな、ありがとう」
 冒険者達は帰路につく。
 後日の噂によると、村は元通りになり二人の仲もよくなったとか。

 一つ気がかりな話がある。
 樹木の足下には家族や使用人のものではない不可解な足跡が残されており、大暴れした部屋に落ちたはずのバートリエの帽子が、いつのまにか無くなっていたという。

●コミックリプレイ

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