黄昏の姫 ―花嫁になりて―

■ショートシナリオ


担当:やよい雛徒

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:1 G 17 C

参加人数:9人

サポート参加人数:3人

冒険期間:11月13日〜11月23日

リプレイ公開日:2005年11月23日

●オープニング

 ギルドというのは、様々な仕事を引き受けている。危険な仕事も有れば、そう危険ではない仕事というものもあったりするもので、楽な仕事に類する仕事が張り出されていた。遠方への積み荷の運搬である。
 仕事先へ赴いて積まれていたのはシェリーキャンリーゼ。
 それはシェリーキャンの涙とも呼ばれる甘口の上等なワインであった。
「全部で十本ある。西の方にチッペナムって村があるんだが、一本も割らずに運んでくれや。片道四日ってところかな。領主さんの娘さんが結婚したらしくてな〜、村中賑わってるかも知れねぇし。報酬は戻ってきてから渡すから」

 花降る陽の下、花嫁の顔は光り輝こうものだ。
 鉱泉都市バースの北東に、一直線で三つの町と村が並んでいる。丁度キャメロットからバースへ続く主街道の途中途中に、バースから手前にボックス、コーシャム、チッペナムの三つが点在していた。
 うちチッペナムという静かな村を治めているのはアリエストという男爵家である。爵位も低く、決して大きな場所でもない。目立った特産品もさしてない。町になりきらない村。そんなチッペナムはアリエストの手腕で守られていた。アリエストの家は代々商家として優秀な家系である。
 各地を放浪するミュエラとユエナが王都の西にあるチッペナムへと帰ってきた。というのもユエナ・アリエストの姉、エルザが結婚したのである。相手はディルス・プリスタン。隣り合った街コーシャムの領主で子爵の位を有している。とはいっても、この若子爵。元々は妾腹の生まれで、ごろつき生活が当然の博打打ちだったという上流貴族からしたらとんでも無い経歴の持ち主ではあるのだが。
「お姉ちゃんよかったねー、ドレスもきれーいだったよ〜」
「ありがとうユエナ」
「まっさか、あんたが結婚して学園を自主退学とはねぇ」
「微妙に棘ない?」
 完成した花嫁衣装を前に、花嫁と親友と花嫁の妹とが微笑んでいるのは珍しいことだった。
 それこそろくな事が起こらなかったからだ。部屋の中を覗き見ていた父親の男爵と、夫のディルスが首を引っ込めて談笑をかわす。
「貴族の方々を招いた結婚式も滞りなくすみましたし」
「いやはや。本当にありがとうございました。家の修理も任せてしまって」
 少し前、エルザは悪魔につかれた。その際、屋敷の一部が大破したのだが、今はもう修理されていた。
「いいえ。此処はエルザの実家ですから。大したことはしていませんよ」
「申し訳ない。実は村をあげて祝っても宜しいでしょうか? 村人が祝福したいともうしているのですよ。あれほど酷い事をしてしまったのに、貴方のおかげで村人も心を開いてくれた」
 男爵家の特異な性質から暗くなりがちなチッペナム。
 村人にとってエルザの結婚は喜ばしいものだったらしい。これ幸いと準備を始めてしまったそうだ。後日酒も届くという。どちらかといえば騒ぎたいだけのような気がしないでもないが、ディルスは話を聞いて「仕方ない」と呟きながらまんざらでもない様子だ。
「そうですね。こういうのも何ですけれど堅苦しい儀式よりも、騒げる場所が性に合いますし。そろそろお茶でも飲みましょう。とっておきの紅茶をブリストルから仕入れたんです。エルザ、おいで」
「いまいくわ」
 笑顔は、すぐそこにある。

●今回の参加者

 ea0850 双海 涼(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea1493 エヴァーグリーン・シーウィンド(25歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea3109 希龍 出雲(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3449 風歌 星奈(30歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3519 レーヴェ・フェァリーレン(30歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea4844 ジーン・グレイ(57歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb2373 明王院 浄炎(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb2404 明王院 未楡(35歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb3776 クロック・ランベリー(42歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

バニス・グレイ(ea4815)/ 李 風龍(ea5808)/ エルマ・リジア(ea9311

●リプレイ本文

 突如、無数の気配がした。
 何か居る、そう身構えたシェリーキャンリーゼを運んでいた冒険者達は、敵か、或いはモンスターかと身を引き締めた。すると目の前に現れたのは、素晴らしく派手な衣装で身を包んでいるように見えて着ているものはボロボロという奇妙な者達だった。
 一際派手な仮面の男がナイフをかざす。
「はーっはっはっは、我らはこの地区を制する者! 禿鷹団だ、積み荷はいただくぞ!」
 沈黙。
「禿げたか団? 人の心配する前に、自分の頭髪に気を使ってはいかがですか」
「ちがーう! うるさいうるさいうるさい、余計なお世話だ!」
 死闘を立て続けに繰り広げる者達にとって、ああ、こんな人達も世の中にいたのね、と稀少動物を見るような眼差しで眺めてしまうのは人生の過酷さを物語る。と稀少生物を眺める微笑ましさに駆られて落ち着いている場合ではない。小樽を壊したら仕事にならない。
 いい気になっている自称この地区を掌握する盗賊団の皆さんの覇気を、一言で奪い取った双海涼(ea0850)は積み荷を一瞥した。傍に控えていたエヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)がムッと顔を厳しくし、レーヴェ・フェァリーレン(ea3519)とジーン・グレイ(ea4844)が頷く。明王院未楡(eb2404)は明王院浄炎(eb2373)に寄り添うように立ち上がった。希龍出雲(ea3109)が崖の上を見上げると、覆面の男達が滑り落ちてくる。
 荷物のシェリーキャンリーゼを台無しにしてしまっては折角の結婚祝いをダメにしてしまう。
「折角の祝いにわいた気分を台無しにしてしまう輩などに、遠慮はいらんな」
 浄炎がナックルをぎりりと握り、月桂樹の木剣を握った未楡が「早めに帰った方が宜しいですよ」と睨視する。そっちの女は売られたいか、と盗賊が笑った。
「無駄だ。阿呆の考える事はまともじゃない」
 レーヴェのあっさりした言葉に、盗賊が「阿呆じゃない!」と噛みついた。
「確かに阿呆だな。残念だが、このシェリーキャンリーゼはお前さん達に恵んでやるわけにはいかんのだ。相手が悪かったな」
「哀れむような目で見るなーっ!」
「ジーンさんそんな目でみちゃだめですの。きっと家から飛び出した不良息子さんが、自分では働けないことに気づいて食うに困り盗賊という形が一番楽して暮らせると考えついて、女性の多い私達を狙ったんだと思いますの」
「な、なんで知ってるんだ! は! もしかして貴様等かあちゃんの回し者かー!?」
「本当なのかよ」
 エヴァーグリーンの適当な予測が命中した盗賊達に、出雲があほらしそうな顔でつっこむ。なにはともあれ、行き当たりばったりで盗賊行為に及んだ彼らを倒して、無駄な時間を使ったとすたすた歩いていったそうな。

 無事、苦難を乗り越え(苦難と言うほど苦難ではないが)て宴の席にもたらされたシェリーキャンリーゼは、元々高価で貴重である上、がばがばのむような品ではない。皆でずらりと並んだ席で、食前酒としてアリエスト男爵の特注した小さなコップに注がれた。
「今日は、みんなありがとう。この日を迎えられたことを嬉しく思う」
 長かった日々。一部の者の目にも涙が浮かんだ。美しく着飾った花嫁が頬を染める。
「乾杯!」
 カンッ、と無数の乾いた音が鳴った。空は晴天。祝い日よりの空の下で、子爵家と男爵家から提供されたご馳走に加え、村人達が用意した美味しい物の数が所狭しと並んでいる、
 シェリーキャンリーゼを運び込んだ冒険者達も、祝いの席には同席していた。エヴァーグリーンと未楡が祝いの席を盛り上げたいと頼み込んで特別にかしてもらった台所を用いて、様々な料理が作られた。
「かーんせーい、ですの! さめないうちに運んでください。エリは新郎新婦のお二人に渡したいものがありますので、渡してからもどってきますですの」
 そして未楡は華国風とジャパン風の料理を作り上げる。奥さん達も行ったことのない遠い異国料理に興味津々のようだ。
「みなさーん、おまたせいたしました」
 国が違えば材料も違う。醤等になると此方では滅多に手に入らない。限られた材料で異国料理を作るのは、大変なことなのだ。おお、と未楡の料理の匂いを嗅ぎつけた浄炎が一つつまみ上げて口に放り込んだ。行儀が悪いです、と未楡にぺちんと軽く手を叩かれる。
「ちゃんと皆さんと食べてくださいま。抜け駆けはだめです。それにしても綺麗な花嫁さんですね、此方の結婚式も素敵‥‥もう一度結婚式でもあげます?」
 くすくす笑いながら浄炎を見上げる未楡。おっ、あんたたち夫婦か、と騒ぎをしていたおっさんや、おばさま達が酒の肴にいい人物を見つけたとばかりに近寄ってくる。ここは一つ新郎新婦の見本に、夫婦間の愛情をみせてやれと言うと、未楡がキスを迫りだした。
「お、おい、調子に乗ってどうす‥‥〜〜〜っ。そこ、みるんじゃない!」
 きゃー、と若い娘達が頬を赤く染めて黄色い悲鳴をあげた。
 幸せは良きことかな。
「比翼連理の善き片羽 行く末永く千代八千代 どうぞ仲良くお幸せに♪」
 下手でもいいから自作の歌で祝い事を、と涼は新郎新婦の前に現れて手品を披露しながらお祝いを述べた。横から走ってきたエヴァーグリーンが「おめでとうございます」と言いながらローズ・ブローチと羽根つき帽子を贈る。ありがとう、と短い言葉が返った。涼がお手製、比翼の夫婦鶴を手渡しながら「この鳥のように、彼女の手を離さないでくださいね」と口元には笑顔が浮かぶ。
「そういえば君は以前、独り身なんとかの会にいたとかいないとかいう話を」
「それはそれ、これはこれですよ。ディルスさん。お祝いの席でそんなことしてどうするんですか。今日は本当にお祝いを言いたくて来たんですよ。他の時は‥‥ふふふふふ」
「賑やかそうにやっているな」
「あ、レーヴェさんにジーンさん、お食事口にあいましたですか?」
「ああ、勿論だ。折角なので我々も贈り物を、と思ってな」
 レーヴェがそう言い終えると、ジーンとともに贈り物を渡した。ディルスが苦笑する。
「気を使わせてしまってすまないな。二人とも。今日はゆっくりしていってくれ」
「ああ。それにしても、いよいよ卿も婚姻か、これまでさまざまなことがあったが奥方を大事にな。それと、下町へ出るなとは言わぬが奥方のためにも少しは悪さを慎みたまえよ」
 ディルスは仕事が嫌になると脱走する癖がある。おもいっきり見抜かれている。
「大丈夫です。ジーンさん、わたくしが絶対逃がしませんから」
 ディルスを一瞥したエルザが笑顔で答えた。この様子だと尻に敷かれる日も遠くなさそうである。やがて風歌星奈(ea3449)と出雲が現れた。じっとエルザとディルスを眺めている。
「エルザ、‥‥それが貴方の答え? そっか、ならこれからも色々とあると思う。別に不安にさせている訳じゃないのよ。幸せになりなさい。させて貰うのじゃなくて貴方自身で掴みなさいな。夫婦の中でも、人生は戦いなんだから、尻に敷く位の意気込みでね」
 微妙に不穏な言葉だが、益々将来は尻に敷かれる説が濃厚になった。
「いい顔だ。幸せになれるさ、君なら。‥‥エルザ悪い、ちょっと旦那かりるぜ」
 エルザを攫う者あらば即刻簀巻きにして樹に吊すか川に流す、と決めていたレーヴェではあったが、ディルスが攫われたことに関しては対して心配していないようで、そのまま出雲とディルスを見送った。しばらくしてやや静かな顔をした二人が帰ってきたので、エルザが心配したような顔をしていたが「なんでもないよ」と頬に触れていた。


「何事も起きずにすんでよかったですの」
「そうですね〜、ほんと不審な人とかでなくてよかった。レーヴェさんが真面目に警護までしてたのでちょっと驚きました」
「うちにも嫁入り前の妹がいるのでな。なに、間男が出たら出たでやることは一つ。十二月も終わりの川の水に比べたら、微温湯のようなものだ」
 どうやら落ちた事があるらしい。エヴァーグリーンと涼はじっとレーべを見つめた。
「こちらのお祝いの席は楽しかったですね。わたしももう一度したいです」
「人前でそう言うことをいうな。恥ずかしいだろうに」
「仲睦まじいな。未楡殿と浄炎殿は」
「ほーら、いくわよ出雲。振られた相手に未練残してないでよね」
「いたた! 耳をひっぱるんじゃない!」
 賑やかな声が聞こえたそうだ。