シャドウスパイラル
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■ショートシナリオ
担当:やよい雛徒
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月30日〜08月04日
リプレイ公開日:2004年08月02日
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●オープニング
季節の変わり目だからだろうか。
最近キャメロットには様々な変態が続出しているらしい。ギルドの掲示板に堂々と張り出され、早期退治! の召集がかかっている。一件二件ならまだしもこうも様々な場所で変態が出てくるとなれば、当然民間の方にも噂が流れる。
やれオカマは薔薇が好きだから薔薇の花は飾っちゃいけないとか、カマに遭遇したら「美少女、美少女、美少女」と三回唱えると逃げていくとか、はっきり言って怪談話状態だ。
勿論、出没は夜間に限定されつつある。となれば夜間歩くのは憚られていた。男が尻を押さえて警戒しながら夜道を歩く場面が見られたりするようになったし、まあ女性が夜歩くのはカマに狙われなくても基本的に危ないことこの上ない。
この日もまた夜を歩く人がいた。大柄な女性で、おそらく男と肩を並べても遜色が無いほどがっちりした体型をしている。冒険者だった。
冒険者はふと、橋の上に小さな人影を見つける。くすんくすんと泣いているのは、まだ五歳にもならないような幼女だった。道に迷ったのか、それとも追い出されたのか、逃げてきたのか。理由は分からなかったが、夜中に泣き崩れる子供を放置して宿に帰れようはずが無い。冒険者はあわてて少女に近寄り、どうしたのかと問いかけた。
「うぅ、ひっく、――お兄さんは、私の事、気にしてくれたのね」
――『お兄さん』じゃないんだけどな‥‥
女冒険者は苦笑いしながらも、泣き崩れる少女の頭を撫ぜた。すると少女が感極まったように抱きついてくる。
「うわぁぁぁ〜ん、怖かったよぉ! 怖かったのぉ!」
「よしよし。どうしたんだい。あたいに話してみないかい? 力になってあげられるかもしれない」
そっと抱き上げてやさしく微笑む。少女は泣き止み、ほうっと見惚れるように少女をみあげた。やがて舞い降りたエンジェルのように無邪気に笑う。
「おにぃさん? おねえさん? きれぃ――女神様みたぃ」
子供の笑顔は破壊力がすさまじい。思わず返答を忘れた女冒険者が顔を赤くしていると、少女はそっと冒険者の頬に擦り寄った。
「きれいなお肌、きれいな髪、きれいなおめめ、ね」
「あは、あははは、ありがとう。それで――」
「うん。きっと、『喜んでくれる』よ」
奇妙な言葉を口走った刹那、冒険者は首筋にチクリと痛みを感じ、あれよあれよというまに全身から力が抜け、がっくりと膝を突いて地面に倒れた。
――――ど、毒か、しま‥‥った‥‥
朦朧とする意識の中で艶然と微笑む少女を見上げた。先ほどの愛らしい笑顔が邪笑にみえる。どこか黒い気配を放つ子供は、最後にぽつりと口走る。
「綺麗だねぇ、よかったねぇ、よかったねぇ、皆のお友達になれるよ―‥」
不幸なことに。その冒険者は、二度と目を覚まさなかった。
ギルドに依頼が届いている。冒険者が男女問わず行方不明になると言うのだ。大抵目撃者はおらず、宿屋などの主人達からの届出で発覚した今回の事件。
「なぁ。その行方不明事件、手がかり無いのか?」
「わるいねぇ、全くねぇんだよ。共通点は皆、川近くで消息不明になってるところか」
「川のそば?」
「最近子供がうろうろしてるらしいんだが、それ以外になんもかわったところはねぇな。どう考えてもモンスターの類ってわけじゃねぇみたいだし。そうだよな、世の中人間の敵は化けもんばっかじゃねぇもんなぁ」
愚痴るギルドの人間。
「子供ねぇ、何か知ってるんじゃないのか?」
「なーんにもしらねぇらしいよ」
そうして深いため息が、こぼれおちた。何も情報が無いから冒険者に頼むと言うのも、どおりに叶っているようでいて、至極勝手と言えば勝手。いくら手馴れた冒険者でも、何も情報が無い状態で解決してくれと言われたところで危険極まりない話だ。計画もあったもんじゃない。
冒険者がしぶっていると、ギルドの係が数枚の羊皮紙を携えてやってきた。受付の男がにやりと笑う。
「喜べ。追加情報だぜ」
――行方不明事件における報告書。ナンバーXX。
最近多発している川付近の追加情報が入手できましたのでご報告申し上げます。
容疑者は五歳前後の幼女、及び給仕風の老女であることが発覚。
冒険者を薬で眠らせ、橋下に隠しておいた小船で積荷を模して運んでいる模様。
追跡は危険とみなし、現時点の情報は以上となります。
尚、前回、当事件を受け持った冒険者の消息は不明。生存の望みは薄い可能性も有り。
統計により被害者数は二十余名に達しました。
「やれやれ。身を呈して情報をってか、泣かせる勇者達だな」
そうして受付の男は訊ねて来た冒険者に問いかけた。
「――で、あんた達には前の勇士から事件を引き継ぐ覚悟があるか?」
‥‥こいつぁ、重いぜ? と悲しげに笑った。
●リプレイ本文
ひと気も無く足音も無い無明の闇。
羽虫の音一つ聞こえぬ川の傍は異質な空気を漂わせていた。街からやや離れた場所にある橋の傍で最近人が頻繁に行方知れずになっている。冒険者まで姿を消した怪事件。
「‥‥みろ、例の子供だ」
いつ現れたのか。梔子色の髪をした幼い少女が泣きながら橋の傍をうろついていた。
ひそりと傍らの梟に声をかけたフーリ・クインテット(ea2681)は「計画通りに」と言い放つ。梟は言葉を理解し、頷くような素振りと共に空高くへ舞い上がった。実はこの梟、ミミクリーで姿を変じたサクラ・クランシィ(ea0728)である。現時点の囮の姿を確認すると、フーリはブレスセンサーを唱え始めた。泣きやまぬ少女に近づく大きな影。
一文字羅猛(ea0643)が標的に接近していく。
この囮作戦の囮立候補者は三人いた。
青と真紅の目に赤交じりの金髪という特徴的容姿のマイ・レティシアス(ea0328)と、巨漢の利点を生かそうと提案した一文字羅猛、近隣で起こった変態騒ぎも考慮して派手な振る舞いで目立つよう計らったフーリ・クインテット。
ひと気の無い場所での事件の為、話し合いの末に交代で囮をする事となり、一人が囮となっている間、他の囮は調べや観察を行う事となった。囮の監視にレイム・エヴィルス(ea4429)と、姿を変じたサクラ・クランシィが近隣で待機。占星術師を生業としているシーン・イスパル(ea5510)が夕方から夜間にかけて川沿いで占い業を営み、占いに来る人に「夜間は危険がある、外に出ないのが良いでしょう」と被害者が増えないよう警告の暗示を与える手筈だ。
また船移動を考慮し、李明華(ea4329)とエルザ・デュリス(ea1514)が近隣の猟師など、近くの船の持ち主と交渉し数隻を借りていた。今頃、二人は船で待機しているはずだ。
過去の報告書を考慮し、入念な計画の練り方である。
「どうしたのかな」
「うぅう、うぁ、あぁぁん!」
「泣いていては分からないぞ」
「うぇ、ば、ばぁやが」
「保護者か。ばぁやがどうし‥‥」
その時だった。
子供は足元の石にバランスを崩して倒れ、抱かぬよう注意していた羅猛は反射的に腕を伸ばしていた。腕に刺さる銀の針。モンスターの毒針から抽出したのか、即効性の麻痺毒なのだろう。あっけなく地に倒れる。予定より早かったがやられたフリには十分だ。羅猛は渾身の力で痺れ行く腕を動かし、解毒剤を口へと押し込む。
少女はそれに気づかない。
遠巻きに観察していた者達にも戦慄が走るほど、少女の動きは早かった。品定めをする様な目つきで羅猛の周囲をぐるりと周り、何事かを呟きながら手を伸ばす。だが。
「イリュージョンっ!」
飛び出したレイムの体が淡い銀の光に包まれる。無防備な少女はあっというまにレイムの術にかかり、何かの幻覚を見せられ、顔色を蒼白にして脱兎の如く橋の下へ逃げた。
「一文字様、大丈夫ですか!」
「何故、術を」
「仲間が連れ去られるかもしれないのに、放ってなどおけません」
レイムの潜んでいた場所からは死角になっていたらしい。羅猛が解毒剤を飲んだのは見えなかったようだ。六分が経過し元に戻ったサクラと、潜んでいたフーリが二人の方へ駆け寄る。四人は明華とエルザの待つ船の方へ走り出す。
「ブレスセンサーを行ったが、橋の下に少女以外の対象が二体だ」
「リードシンキングで『ばぁやをよぼう』と聞こえたぞ」
フーリとサクラの発言に、羅猛とレイムが苦虫を噛み潰したような顔をした。羅猛が囮をしている間に、最初の囮だったマイは敵船に隠れているはずだった。少女の他に一人いたと言う事は、誘拐者は複数という事。――単身で潜り込んだマイの身が危ない。
川が見えた。すでに敵の小船の姿は遠い。
「こちらです!」
明華の声が響く。エルザが船にかけていた覆いを剥していた。四人と違う方向からシーンが走って来る。彼女は住民を遠ざけた後、明華とエルザと合流する事になっていた。
「ごめんなさい、近寄ろうとしてた莫迦がいたものだから遅くなって」
「そんな事より大変よ」
シーンの言葉を遮る様に、船を岸と繋ぐ紐をときながらエルザが言った。
「レティシアス殿が敵の手に落ちたわ」
岸から船に乗り込んだ五人が目をむく。明華がつらそうな表情で詳細を告げた。
「船に老婆が。瞬く間に針で刺されて‥‥無事だといいのですけれど」
「すぐに追うわよ。つかまってっ!」
一刻を争う。航海術を心得ているエルザが船を動かし追跡を始めた。
その頃、マイ・レティシアスは麻痺の毒で四肢の自由を奪われ船の床に転がされていた。少女と老婆が同一犯だと考えていた為のミスに近い。船に潜んでいた老婆に襲われ、解毒剤を含む余裕も無かった。体が動かないが意識はある。話が聞こえた。
「ばぁや、追ってくるよ」
「ご安心を嬢様。で、その娘はいかがです」
「変わったおめめでとっても綺麗」
「では」
「うん。『お友達』にはいれない。『まま』にする」
延々と続く会話にマイは耳を疑った。剥製か何かの人形にしているのではないかという想像も相談の時に出ている、が違う。剥製でも人形遊びに興じているのでもない。
(「‥‥この、子供‥‥」)
手足が動いたらどんなにいいか。歯がゆい想いでマイは祈った。
船の終着点は、キャメロットからかけ離れた森の中にあった。小さな船着場に無人の船と、傍に蔦が生い茂った白い家。船を降りた七人は、インビジブルで透明化したシーンとミミクリーで再び鳥に変じたサクラの偵察を待っている。
「明舞の天使、悪事を見逃すわけには参りません」
鞭をかまえた明華が屋敷を睨む。
「同感。何をしてるのか知らないけど、莫迦な人には現実を教えてあげなくちゃね」
エルザが言った刹那、裏の勝手口が開く。現れたのは元に戻ったサクラだ。使用人もいないという。室内には仮面をつけた無数の人形が置かれていた。
「‥‥ち、‥悪趣味な人形だ、俺がずたずたに切り裂いてやろう」
「やめろ」
奇妙な光景に思わずウインドスラッシュを唱えかけたフーリの手を、サクラが掴む。
「人形じゃない、――人間だ」
羅猛や明華、レイムやエルザ、フーリがあちこちの人形の仮面を剥す。
仮面の下に現れた――廃人の顔。
「なんて酷い事を」
明華が呻く。フロアに美しく飾られた無数の人間達の首筋には針の後があり、手足を拘束されて痩せ細っているが生きていた。助けてくれと、訴える思考を聞いたとサクラが呟く。そこへシーンが飛び込んできた。
「マイさんがいたわっ!」
マイ・レティシアスは隣部屋の緋色椅子に座らされていた。シーンに発見され、隠し持っていた解毒剤を飲ませてもらい、ようやく体の自由が戻りつつある。
「大丈夫か」
羅猛の問いに頷くマイ。軽い痺れを残しつつ、マイはよろりと立ち上がる。シーンに支えられながらマイは声を張り上げた。
「老婆を、老婆を止めて‥‥船で聞いたんです! 騙されてる!」
「口喧しい来客だネェ」
しわがれた老婆の声に全員が振り返る。入り口に目の前に得体の知れぬ老婆と、幼女。そして黒い光に包まれた無表情の使用人五人がたっていた。
――クリエイトアンデットだ。それも、高位の。
「わたしの『まま』から離れて!」
「私は、あなたの『まま』じゃない」
凛とした声で否定する。
「どうしてわからないの、あなたの両親はもうこの世にいないのに」
「ちがうもん。新しいぱぱとままがいれば、『ぱぱ』と『まま』も帰ってくるもん!」
「べネバレット嬢様に妙な事を教えこむんじゃないよ」
ぎらついた目。老婆とは思えぬほどの威圧感が漂う。
「にしても嬢様、沢山厄介な連中に見られていたなんてきいてませんよ。二人と言ってたじゃありませんか」
べネバレットと呼ばれた少女は怯えるように視線を走らせた。少女が見たのは羅猛とレイムだけである。レイムのイリュージョンに掛かっていた事を知らぬ老婆は、ブツブツと呟き、深い溜め息とともに哀れげな視線を少女に向けた。
「嬢様。いくら、ばぁやでも」
「お、怒らないで。良い子にするから」
「言う事が聞けますか?」
少女が首を縦に振った刹那、老婆の唇は蛇のようにつりあがり、杖ほど長い針が少女の右の肺を貫いた。「ではお休みなさいませ」と一言いうと、老婆は少女を放り出す。
「‥‥貴様」
一斉に冒険者達の目が怒りに燃えた。逃げる為に身を翻した老婆が叫ぶ。
「アンデットたちよ! フロアの者達の首を刎ねよ!」
肺を串刺しにされている以上、少女の命はもって数刻。老婆はその上、フロアにいる者達の首を刎ねろと命令した。放っておけば監禁されていた冒険者の命まで危うい。
「とんでもない選択なげてくれたな」
「迷ってる暇はない。アンデットの始末が先だ!」
さもなくば数多くの冒険者の命が失われる。だが利用されていた少女も一刻を争う。その時唯一、応急手当てを心得ていたエルザが少女の手当てを申し出た。医者には及ばないが時間稼ぎになる。七人はアンデットを食い止める為にフロアに出て行った。轟音が響く。
「ままぁ、ぱぱぁ」
「Benevolent‥‥『慈愛』ね、皮肉な名前だこと」
見下ろした幼い顔。エルザの呟きは怒号の中へ消えていく。
ある程度の傷を負った八人だったが、老婆の術が弱まっていた故に、予想よりも早くアンデットを始末した。サクラとフーリ、明華が老婆を追いかけ、エルザと羅猛が少女を医者に、シーンとレイム、マイの三人は冒険者達を運び出す為ギルドに救助隊を要請した。
老婆は捕らえられ、八人は公費にて傷を癒し、依頼は幕を閉じた。
以下は蛇足となる。
少女の両親は冒険者で他界していた。死を理解できない少女に近づいたのが『ステイカー(杭打ち)』というアンデット実験を行う老婆だったという。老婆はギルドに引き渡され、少女は間一髪で命を繋いだ。ただ全て記憶を失ったらしい。衰弱した冒険者達も医療機関に運び込まれたという。
「あの子供、つらい未来が待っているな」
罪は消えない。けれど強く生きて欲しい。そんな言葉が冒険者の間に落ちた。
親を求めて橋の上に現れた小さな影。繰り返し現れた影は、もう現れることは無いだろう。