【命の酒 真】裏切りの忍者、真実の心
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■ショートシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:7〜11lv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月04日〜12月09日
リプレイ公開日:2005年12月14日
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●オープニング
「お願いです! シュウさんを助けてください!」
依頼人が必死の形相で駆け込んでくるのは珍しいことではない。
だが、その中でも彼は深刻を通り越した顔をしていた。
彼はアラン、街外れで農園と酒造を営む若者、だったはずだ。そしてシュウというのは‥‥
「えっと、確かあんたの農園の農夫だったよな。シュウって? そいつがどうかしたのか?」
「いなくなったんです! 借金返済を冒険者の手を借りて終えた直後。忽然と、何にも残さずに!」
収穫を終え、納品を終え、二人で酒盛りをした。
『ここまでだ。お前は、もう大丈夫だろう? 達者でな。アンリ‥‥』
テーブルで寝付いてしまった自分を、ベッドに運んでくれたらしい感触とそんな言葉が夢見心地に身体に残っていた朝。
目を覚まして、必死に探したが家にも、農場にも、街にも、どこにも彼の姿を見つけることはできなかった。
「だけどさ、そいつは自分で出て行ったんだろう? それが、どうして助けて下さい、になるんだ?」
シュウと呼ばれた人物が元忍者であることは、係員は言わない。
いろいろな事情を持つ彼が自分の意思で姿を隠したのであればアンリに探し出すのは無理だろうし、探し出すべきではないと思う。
事と次第によっては説得しようかと思っていた係員にアンリは首を横に振った。
「僕も、シュウさんが自分で出て行ったのなら、仕方ないと思ってました。でも‥‥」
昨日、彼の前にある人物がやってきた。
「その人は、以前父が借金をしていた人で‥‥いい人では勿論無いんだけどうちの酒が好きだって言ってくれている人で‥‥」
寒空の中、彼は毎日のようにやってくる。
「一人きりで農場を運営するのは大変だろう?」
農場での仕事の途中。かけられた声に、アンリは身体を震わせた。
「うちの手の者を貸そうか? できれば、例の提案を受け入れてもらえないだろうか?」
敵意は無いけど、悪意のある声。
彼も、小さいとはいえ農園を動かし、商売をする者だ。そのくらいの人を見る目はあった。
「大丈夫です。エピネーさん。もう収穫や仕込みも終ってますし、手伝いの人も春には来てくれることになっていますから‥‥」
仕事の手を止めて彼は元、借金主を見た。この人物がこの酒造所を狙っているのは知っている。
今まで、借金を返してからも何度も酒造所を売って、自分の下で酒を造れと行ってくる。
だが、アンリはそれを断り続けていた。
彼の酒への対応が好きになれないからだ。酒を楽しむ以上に金儲けの種と見る態度が。
「そうか、ならムリには言わないが‥‥」
アンリの協力を得られなければ、農場としてのここを手に入れても酒造所としての意味は無い。
それを解っているからか、彼、商人エピネーはいつも無理強いまではしていなかった。
むしろ親密そうに、心配そうに彼は言う。
「だが、一人と言うのは大変だよね。そうだ、以前ここで働いていたシュウ君はどうしたのかね?」
「‥‥シュウさんは、旅に出たんですよ。前にここに来た時もフラッとやってきたので、きっとまたどこかで誰かを‥‥」
自分が暗い顔をしているだろうな、と解っていながらもアンリは答えた。エピネーから顔を背け仕事に戻ろうとするが、そのエピネーはそうなのかね? と言って言葉でアンリの顔を引き戻す。
「そうかね? 先日うちの部下が彼と再会したと言っていたよ」
「えっ? ホントですか?」
「ああ、部下はジャパンから来たけっこう荒っぽいやつでね。しかもなんだか、シュウ君に恨みを持っているようだった。彼を故郷に連れ戻して殺すなんて、物騒な事を言っていたなあ〜」
「何ですって?」
心配そうなアンリの表情に満足という笑みを浮かべながらエピネーは言う。
「このままだと、彼はジャパンに連れ戻されて、本当に殺されてしまうかもしれないなあ。なんだか恨みをかっているようでもあった。部下は、恨みを晴らすとか言っていたし、いや気の毒だと思うよ。うん」
「でも、君が考えを変えてくれたら部下を説得してもいい。どうだね。考えておいてくれないかね?」
肩に手を置いてエピネーは親身そうに言った。だが、その口調に秘められたものの意味をアンリはちゃんと理解していたのだ。
「シュウさんが、何か過去を背負ってることくらいは解ってました。でも、それでも良かった。シュウさんは親切で、そして僕と父さんと、農場と自分達の手で作る酒を本当に大切に思ってくれたから‥‥」
シュウの命を盾にして要求を通そうとするエピネーは許せないし、彼が約束を守るとは思えない。
そして何よりシュウがもし、自分の命がアンリを脅すネタにされていると知れば‥‥下手をすれば自分で、自分の命を絶ちかねない。
「だから、お願いします。シュウさんを助けて下さい。彼が自分の意思でその人の所に行ったのだったら別にかまわないけど、そうでなければ逃がして‥‥、せめてエピネーさんに利用させないで下さい」
ただ‥‥と彼は最後に告げた。
「もしもの時は、僕は申し出を受けます。本当は‥‥シュウさんと一緒にまた酒つくりをしたいから」
これは危険な依頼となる。
実を言えば、先にシュウを仇と言い復讐依頼をしたジャパン人の連絡先は解っている。
その人物がおそらく、エピネーの言っていた部下のなのだろう。
居場所も、先と同じであれば解っている。
下町の小さな家だ。
だが彼がここに捕らえられているとは限らない。
下手に踏み込めば犯罪になる可能性もある。
それでも。
本当の気持ちを抑えて依頼を出した青年の気持ちが重い依頼になりそうだ。
「随分、汚い真似をするんだな」
ボロボロになりながらも彼の瞳は力を失っていない。
強い眼差しで目の前の男達を見る。
「ふん、貴様にはいろいろと手こずらせられたからな。タダでは殺さんし、タダでは生かさん」
だが、その言葉の主を無視して横に立つ男に、傷ついた男は言い放つ。
「‥‥タケル。お前が俺を殺したいというのなら向ってくればいい。余計な手を借りるな。自分の力を信じろと教えたはずだ」
「うるさい! 俺はお前には敵わない。なら、復讐の為にどんな力でも借りる。もう、里に連れて帰ったりしない必ず殺す」
お前に憧れていたのが馬鹿みたいだ‥‥。
言って彼は主人を外に送り出した。
残された男は黙って身体を起こす。
がんじがらめにされているが、できることはあると思う‥‥いざとなれば。
「アンリ‥‥あいつをもう巻き込みたくは無かったんだがな」
この苦悩の中、思い出すのは人生の大半を過ごした故郷ではなく、1年足らずのアンリと過ごした平凡な日々。
(「もう一度だけ、あいつと一緒に酒を飲みたかったな」)
一つの決意を決めて、彼は目を閉じた。
●リプレイ本文
イギリス、キャメロット。
アーサー王のお膝元でまことしやかに語られる都市伝説があるという。
それは突然現れる着ぐるみ怪人の恐怖。
「‥‥それが、何か?」
目の前でそんな話をする葉霧幻蔵(ea5683)にごくりと喉の唾を飲み込んで冒険者ギルド係員は問うた。
「いや、別に‥‥ただ、今晩ひょっとしたら新しい恐怖の怪人が誕生するかも知れぬでござるなあ〜」
(「知っていることは全部吐け!」)
無言でにじり寄る忍者に彼は、受付のプライドでかろうじて踏みとどまっている。
「‥‥聞いてくれぬのであれば、やむをえぬな」
がさごそと荷物を漁る幻蔵を、
「お待ちください。まずはちゃんとお願いすることが大事だと思いますのよ」
ニッコリと微笑む天女のような笑顔が一時制した。
リアナ・レジーネス(eb1421)は優雅にお辞儀をすると係員に問う。
「私達アンリさんの依頼をお受けしましたの。聞けばシュウさんやアンリさんに関わる他の依頼があったとか? 依頼主の特徴や住所を教えていただけませんか。依頼解決の重要な手掛かりになりますので」
物腰が丁寧であるが故に、何故かかえって怖い気がする。
「‥‥断ったら?」
「その時は幻蔵さんにお願いいたしますわ」
ニッコリ。リアナの背後でやっと見つけたと幻蔵が一抱えもあるカモメの被り物を持ってニカッと笑う。
二つの凶悪な笑顔に、係員は深く、深くため息を付いた。
「面白い手を使う‥‥。いや勉強になった」
リアナと幻蔵の聞き込み(?)を見ていたローラン・グリム(ea0602)は肩をすくめた。
彼は係員が独り言として呟いた場所にやってきた。
『シュウが仇』と依頼を出した『タケル』の住居が遠くに見える。
郊外のさして大きくない家はそれでも庭がある。聞けば商人の別邸だそうだ。
「悪い噂を聞いたり困った事はありませんか? 神は貴方をいつでも見守っておられます」
言いながら商店や街の人に大して布教活動をする神父の姿や、買い物をする剣士の姿が見える。周辺は静かで落ち着いていた。
さりげなく彼らとすれ違いながらローランも一軒の食料品店に足を踏み入れた。
「ちょっと、これを貰えるかな?」
「あら、いらっしゃい!」
木の実を一つ買って齧りながら、ローランはさり気なく女店主に話しかける。
「この辺で、冒険者や騎士崩れを雇ってくれるようなところはないか?」
仕事を探している、というように軽い感じで彼は聞く。
「そこのエピネーんとこは、評判悪いからあんまりお勧めはしたくないしねえ」
「へえ、そこは評判が悪いのか?」
「悪いなんてもんじゃないよ。あそこは妙なゴロツキどもの巣でねえ。最近ますます人が増えて。ああ、ヤダヤダ」
心底から嫌がる口調でその女店主は言う。お得意様ではあるけどいい客ではないねえ。と。
軽い会話の後、店を出たローランにすれ違った神官ピノ・ノワール(ea9244)と剣士山本修一郎(eb1293)が軽く目配せした。
仲間の背中を、ローランはゆっくりと追っていく。
王都の警備を担当する騎士詰め所の周辺で、きょろきょろ首を回す場違いな青年が一人。
「‥‥この辺に何か用か?」
「人を探しています。この辺でリースフィアさんという方をご覧になりませんでしたか?」
自分を呼ぶ声。詰め所の中で会話をしていたリースフィア・エルスリード(eb2745)は慌てて外に駆け出した。
「アンリさん! どうしてここへ?」
仕事を依頼した依頼主の訪れにリースフィアは驚きの表情で駆け寄る。
「皆さんにお願いがあって‥‥お邪魔でしたか?」
「邪魔では無いですけれど‥‥、ちょっと待って下さい」
大体の情報収集は終った。丁度、長寿院文淳(eb0711)もやってきたようだ。
「解りました。‥‥皆さん。ありがとうございます。その時にはどうぞご協力をお願いいたします」
言葉の後半部を向けて、頭を下げた少女に騎士や、自警団の兵達は明るく手を振る。
「お邪魔でしたか? すみません」
「約束したでしょう。全力を尽くしますって。だから、気にしないで下さい」
ね? そうリースフィアは微笑んだ。アンリの友を思う気持ちに素直に感動したのだ。だから、全力を尽くすと彼女は本当に決めていた。
「こちらは、証拠さえ掴めれば‥‥なんとかなりそうです。そちらの方はどうでしたか?」
「‥‥こちらも‥‥あれ‥‥ですね。エピネーが‥‥失脚したら‥‥告発して‥‥くれると言ってました。‥‥それ以上は‥‥まだ、無理でしょう」
「そうですね」
腕組みするリースフィア。
なんとかエピネーの悪事の証拠を掴み、今後の憂いを断ちたい。
アンリの依頼は友人シュウを助け出すこと。
それは決して困難ではない。
だが、一度助け出してもエピネーが諦めなければ、そして捕まってしまえば、また同じことの繰り返しだ。
調べればエピネーが高利貸しの上の悪人であり、彼に困らされている者は多いことが解る。
誰もがエピネーの失脚を望んでいるが、現状は手を出せないでいるのだ。
リト・フェリーユ(ea3441)が説得工作に動いてくれているが、協力者の安全の為にも一度、彼の悪事を白日にさらす必要がある。
「‥‥それで、アンリさん。一体何の御用ですか?」
「あ、そうだ。さっき、ローランさんとリアナさんが‥‥」
思い出したようにリースフィアは問い、思い出したようにアンリは答えた。
「それで‥‥だから‥‥」
冒険者からの提案。自分にとって大切な者を取り戻す為に出来ることがあるのなら、彼は何でもするつもりだった。
話を聞いてリースフィアは納得したように頷く。
「なるほど。確かに良い案ですね。それなら私はリトさんと長寿院さんと一緒に向こうに行きますから。どうか、気をつけて」
優しい少女の心配にはいと頷いて、アンリは前を向いた。
「ふむ‥‥」
高利貸し商人エピネーの家の前。息を潜めて幻蔵は様子を伺っていた。
さっき、アンリとリアナがこの館に入り出てきた。
直後、馬車が走り出る。中にはエピネーと部下が乗っていたようだ。
「焦っているのか、はたまた他人を信用できぬか。どちらにしても都合が良いでござる」
エピネーの動向を仲間達に伝える術は無いが、万全の準備で待っている彼らなら大丈夫だろう。
「問題は、こっちでござるな」
目の前に聳え立つ館。ここにこれから忍び込もうというのだ。
他人の家に捕らえられているであろうシュウを助け出す行為は、救出という仕事であっても犯罪スレスレ。
だが、自分がこれからしようとしているのは間違いなく犯罪だ。
それでも、やると決めた以上引き返しはしない。
ふと、勝手口から女性のお手伝いが出て行く
「丁度いい。申し訳ないが、姿を借りるでござるよ‥‥」
小さく口の中で呟き数秒前まで幻蔵だった『彼女』は
「ごめんなさい。忘れ物を‥‥」
明るい笑顔で家の中に戻っていった。
古ぼけた家に馬車が入っていったのは夕方から夜になろうと言う頃だった。
「おい!」
突然の主の来訪にのんびりとした空気の中にいた用心棒たちは慌てて立ち上がった。
「あの男とタケルはどうしている?」
「あいつらなら変わらず納屋に‥‥どうしました? エピネー様?」
ドカドカと足を鳴らし、身体を揺らしていくエピネーの後を何人かが追う。
やがて家の裏側、小屋の中。
「おい! タケル。その男はまだ生きているか?」
「エピネー様? はい、生きていますが‥‥」
「そうか。それなら、何か身につけている物をよこせと言え。ああ、その指輪が良い」
理由も解らず呆然とする部下に見向きもせず、エピネーは横たわる男の指から木彫りの指輪を一つむしりとった。
「‥‥え‥‥せ」
「何?」」
痛めつけられて息も絶え絶えな男はそれでも、エピネーに手を伸ばす。
「待て! シュウ!」
タケルと呼ばれた青年が止める間もなく、シュウは立ち上がろうとし、エピネーに手を伸ばす。
普段なら実力差は歴然としている二人。
だが、今日はエピネーがシュウを軽々と蹴り飛ばした。小さな呻き声が上がる。
「ふん、こんな安物別に欲しくは無いわ。ただ、お前の無事を確認する物を何か持ってこいとあいつが抜かしたから持って行ってやるだけだ」
さらにもう一度足と手が上がる。その瞬間。
「待て!」
声と共に納屋の中に突風が吹いた。足と視界を奪われる。そして‥‥
「うわあっ! な、なんだ?」
風を切る剣の音達と体当たり。よろめいたエピネーはその時、目を瞬かせた。
この古ぼけた納屋はさして広い作りではない。だが、そこに今、何人もの人間がいるのだ。
半分は自分と用心棒。では、残り半分は?
「助けに来ました。シュウさん?」
「ご無事、では無いようですが生きておられて何より。アンリさんが待っておいでですよ」
「あんた‥‥達は‥‥」
駆け寄ってきたリトとリアナに薄く目を開き、また閉じた。
軽い応急処置をして二人もまた前の仲間の方を向く。
そこでは軽い剣戟の音が鳴り、既に用心棒達の大半が床に倒れていた。
「覚悟はいいですか、下種な方々? 私の前で酒の造り手を傷つけるなど‥‥!」
「こうなってしまえばこっちのもの。 悪人共よ、滅せよ!」
修一郎の剣裁きをピノが援護する。ローランの背後で文淳のハンマーが敵を討つ。
そして‥‥風のように速くしなやかにリースフィアの剣が抵抗を奪っていった。
何があったか、倒れたエピネー自身も解ってはいまい。
その状況を見ていたのはシュウと、タケルのみ。
「お前たちは? ‥‥一体?」
息を飲み込むように吐き出したタケルの言葉に、ローランの腕が翻った。
「‥‥うっ」
痛みと共にタケルの意識は刈り取られる。
若い忍者。素質はありそうだが、腕は冒険者の方が上だった。
「タケルさんは、連れて行きます。暫く苦しいでしょうが、シュウさん。もう少し、我慢して下さいね」
手当てしすぎない処置だけをして微笑むとリアナはシュウに微笑んだ。
「後は、法に任せましょう。では、後ほど」
「お‥‥おい‥‥何を」
しにきたのだ? 問おうとした言葉に答えるものは無く、シュウは納屋に取り残された。
胸に残るのは冒険者達の鮮やかな笑顔。
この場に残るのは、唸り声を上げる悪人たちのみ。
やがて、その場を取り仕切る『正義』の実行者達がやってくるまで。
「本当は、褒められたことじゃないぜ」
事情を聞いた係員は後で小さく苦笑したと言う。
悪徳商人エピネー捕縛の噂は広く知れ渡っていた。
酒造所の従業員を監禁し、その主を脅迫していた、というのがその罪状だ。
自警団がその『通報』を受け監禁場所に乗り込んだときには何故かエピネーを始めとする男たち数人が囚われていた人物と共に納屋に転がっていた。
『我々は襲撃を受けたのだ。我々こそが被害者だ!』
エピネーは容疑を否定しようとするが、その時にはもう誘拐監禁事態はささやかな罪になっていた。
脱税や、高利による借金返済による被害者。貶められた人物たちの証言と何故か、自警団の詰め所に投げ込まれた裏帳簿など次から次へと現れた犯罪の証拠。
流石に厚顔のエピネーももう無視することはできなかった。
「タケルが捕まってないことは知らされていないし、まあ、当分はあいつが悪事を企む余裕は無いだろう。結果オーライと言うところかな」
一つタイミングを間違えれば、冒険者が侵入者、泥棒と捕まっていてもおかしくは無い状況だった。
下調べと根回しをしていてこその結果だ。
「あの二人、大丈夫でしょうか?」
リトが言うあの二人とは複雑な思いを抱く二人の忍者を指す。今、彼らは二人冬の農場にいる筈だ。
「少しでも誰かが救われる償いであって欲しいから‥‥、いろいろ言ってしまいましたが」
殺し合いや、ケンカになっていなければいいのだが‥‥
「言いたいことは言ったでござるよ。後は、本人たち次第でござる」
手の中で木彫りの指輪を弄びながら幻蔵は答えた。説得の返事にシュウが投げてきたものだ。
「彼の目は死んでいませんでした。きっと、自分がどうなってもいいなどとはもう思わないでしょう」
いつか、本当に一緒に酒を酌み交わせればいいのですが‥‥。報酬に貰ったシードルを見ながらピノは呟く。
「きっと、大丈夫ですよ。アンリさんがいますから」
前向きな思いを持つ彼と共にいればきっとタケルも変わっていくだろう。シュウのように。
そんな希望を抱くリースフィアにそうですわねと、リアナも頷いた。
遠い農場、紅い木の実に希望を抱きながら。
気が付けば運ばれてきたこの農場で、タケルは所在無げにしていた。
迎えてくれる笑顔が眩しくて、ちょっと辛い。
『貴方は今の自分を客観視する必要があります‥‥とても格好悪いですよ?』
あの言葉が胸に刺さる。
「どうした?」
尊敬していた故に敵として怨むしかなかった男が目の前にいる。
「お前がどうしても、というのならその時は相手になってやる。だが‥‥もう簡単にこの命をやる訳にはいかない。もう少しいろいろな物を見て、決着をつけるのはそれからにしないか?」
俯いたタケルはそれを拒否しなかった。
『このまま殺されてやるんですか? タケルさんには何も残らない。アンリさんは再び大事なものを奪われます。農場を守り、貴方を殺せる程にタケルさんを育てあげる事が貴方の償いではないですか?」』
『シュウ殿が死んでも無駄死になるだけでござる。アンリ殿をここまで巻き込んだ以上、主の生死に関わらず利用されてござろう。それに、そこの武士が道を踏み外したりと‥‥散々な結末になったでござろう』
『貴方を心配する友は他にもいる‥‥ということですよ』
冒険者達の言葉が胸に刺さるのはシュウも同様だった。だが、彼には光があった。
「シュウさん、タケルさん。そろそろ休憩にしましょう?」
事情を知っても変わらず迎えてくれる笑顔。そして助けてくれた冒険者達。
それがいつか、タケルの心も照らしてくれるとシュウは確信していた。
命を捨てる、いや賭けるのはそれからでもいい。
「飲んでみないか? タケル。俺たちの酒を‥‥」
差し出されたカップを青年は黙って受取った。