聖夜祭前のサンタクロース

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:7〜13lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月15日〜12月20日

リプレイ公開日:2005年12月26日

●オープニング

 雪が降る。
 空からこぼれる白い花。
「うわ〜い! お兄ちゃん! 一緒に雪だるま作ろう」
「うん! でっかいの作って父さんを驚かせてやろうな」
 子供は喜び庭駆け回り、大人は家で丸くなる。
「やれやれ、子供達はこの雪を喜んでるけど‥‥、どうしようかしら? あの人は戻ってこれるのかしら?」
 窓の外を駆け回る子供達を見つめながら、母親は一人ため息をついた。

「力を貸して欲しい」
 そう言ったのはノルマンから帰って来たばかりという船乗りだった。
 半年振りの帰郷。
 久しぶりの家族に買って来たお土産が袋一杯に詰められている。
 だが、本来ならばもうすでに笑顔と共に渡されている筈のその土産達は、まだ渡るべき相手に渡されていない。
「雪が振ったんだ。それも大雪が‥‥」
 彼の村はキャメロットからそう遠くないが、曲がりくねった道の奥、小高い丘の上にある。
 そして、この間降った大雪でその道は完全に埋もれてしまったのだと彼は肩を落とした。
 歩けば腰まで埋りそうなほどの雪道が20km近く続いている。
 馬車どころかソリも通らない雪に閉鎖された道の奥に、愛する家族が待っているというのに、このままでは聖夜祭どころか春まで待っても道が開かれるかどうか解らない。
「食料とかの備蓄はしてあるはずだが、このままでは休暇をただ無為に過ごすことになってしまう」
 聖夜祭を過ぎれば彼はまたノルマンに戻らなければならない。
 出稼ぎの仕事はまだ残っているのだ。
 だから、と彼は言う。
「なんとか雪を越えて、村まで私を連れて行ってくれないか?」
 スコップで地道に雪をかくか‥‥それとも何かいい手でもあれば‥‥。
「大した事はできないが、家に辿り着いたら温かい料理でもてなそう。あとは‥‥ノルマン渡りの品物も少しはある」
 大して貴重なものは無いが、土産物は沢山あると彼は言った。
 報酬としての金額は大した事は無いが、どんな土産が何があの袋から出るやら‥‥面白いことになりそうだ。
「子供達と、妻と聖夜祭休暇を過ごすために、どうか‥‥よろしくお願いする」

●今回の参加者

 ea0356 レフェツィア・セヴェナ(22歳・♀・クレリック・エルフ・フランク王国)
 ea0448 レイジュ・カザミ(29歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3441 リト・フェリーユ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4329 李 明華(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9098 壬 鞳維(23歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb0927 ウシャス・クベーラ(31歳・♀・ファイター・ジャイアント・インドゥーラ国)

●サポート参加者

サーシャ・クライン(ea5021)/ イェール・キャスター(eb0815

●リプレイ本文

「とりあえず、試してみませんか?」
 ワケギ・ハルハラ(ea9957)はどこからともなく取り出した箒をトンと地面に突き刺した。
 基、刺したのは雪の上。どこから見ても箒なそれに
「箒で一体何を?」
 依頼人は首を傾げた。
「これは、フライングブルームというんです。乗って念じれば空を飛べる魔法のアイテムでして。これで、ひとっ飛び。雪山を越えて行けば万事解決ではないかと思うのですが‥‥」
 言葉尻が濁る。
 悪い案ではないと思う。だが、成功するという自信というか確信が言い出したワケギ自身にも存在しなかったのだ。何故だかこれっぽっちも。
「高所恐怖症では‥‥ありませんよね?」
 勿論と依頼人は頷く。高所恐怖症で船乗りはできない。空を見上げてみる。
「天候も悪くない。だが‥‥何故でしょう。この不安は‥‥」
 とにかくとりあえず、チャレンジしてみよう。不安はおいておいて‥‥。
「僕が前に座ります。僕の腰に掴まっていて下さいね」
 依頼人はワケギの真似をして箒に跨り、言われたとおり腰に掴まる。
「では、行きます!」
 念を込めてスタート。箒が地面からゆっくりと浮かび上がって走り出す。と、同時‥‥
「う、うわああああ!!」
「えっ?」
 恐怖に震える悲鳴が響き渡る。何があったかと後方を振り返ると‥‥さっきまで後ろにいたはずの依頼人が‥‥い・な・い?
「だ、大丈夫ですかあ?」
 飛び立ってから、地面に放り出される形で落っこちて目を回している依頼人を、ワケギが発見し駆け寄るまで時間にして僅か1分足らず。
「〜空はもう嫌だ〜。海のほうがマシだ〜〜」
 開口一番そう言った依頼人の言葉にワケギはがっくりと肩を落としたのだった。

「そういえばフライングブルームの二人乗りは、難しいらしいな。特に後ろに座ってる奴が地獄を見るって報告書がいくつもある」
「それならそうと早く教えて下さいよ〜」
 がっくり、肩を落としたワケギをまあまあ、と前向きな笑顔でレイジュ・カザミ(ea0448)が励ました。 
「雪がクッションになって怪我も無かったし、依頼人さんも怒ってたわけじゃないし気にしない、気にしない。とにかく、いい方法を考えようよ!」
 レイジュは前向きに笑ってワケギの方を向く。自然にワケギの顔にも笑顔が戻った。
「子供がプレゼントを待ち望みにしているのはわかるよ! だって、僕だって子供の頃、それが楽しみでしょうがなかったもの!」
「僕も同感。だから、なんとかしてお父さんを無事に送り届けてあげなくっちゃ」
 レフェツィア・セヴェナ(ea0356)は腕まくりして意気を表す。正直な所自分に何ができるのか役に立てるのかどうかも解らないが、できる限りの事はしてやりたかった。
 心から。
「子供達のことを考えると一刻も早く連れて行ってあげたいところなのですが‥‥さて、どうしましょうか‥‥」
 空の様子を見ながら壬鞳維(ea9098)が遠慮がちに言う。ここ数日、冷え込み一度融けかけた雪もまた降って、積もって大分固くなって来ているようだ。
「新雪に比べれば歩きやすいでしょうけど‥‥ソリなども通らないほどなのでしょう? それに大荷物でもあるようですし、何かいい道具でもあればいいのですが‥‥」
「噂では、ジャパンなどの雪国では雪の上を歩きやすくする道具などもあるとか‥‥この辺でそのようなものがないか聞いて調べてみましょうか?」
 李明華(ea4329)とリト・フェリーユ(ea3441)二人が相談している真ん中に
「それなら、お力になれるかもしれないのでござ〜る!」
 変な物体が飛び出てきた。
「わっ!」「キャッ!」
 少女たちは思わず後ずさる。無理も無い。寝袋に身を包んだ様子はみのむしか毛虫のごとし。しかもウサギのきぐるみ着用で顔は骸骨。
 驚くなと言う方が無理である。
「こら、女の子たちを脅かすんじゃないの。ビックリしてるだろ?」
 物怖じせずに着ぐるみ怪人の頭にウシャス・クベーラ(eb0927)は拳骨を落とす。大して効いてはいないだろうが仮面を外した葉霧幻蔵(ea5683)はてへと笑う。
 寝袋から頭だけ出している犬と一緒に。
「これは、すまぬでござる。だが拙者もその依頼、引き受けたでござる。ジャパンにはかんじきというものがあって雪道を歩くのでござる」
「それは‥‥作るのが難しいですか?」
 興味深そうなワケギの問いかけにううむと、珍しく真面目な顔で幻蔵は考える。
「そう難しいものではないでござるが‥‥、雪の状態もあるので‥‥とりあえず作ってみるでござるな」
「じゃあ、僕はソリの手配をしてみよう。歩くにしてもなんにしてもソリはあったほうがいい。‥‥買えるかな?」
「それなら、手伝います‥‥」
 とりあえず、出発は明日。なら、それまでにできる限りの準備はしておこう。
 レイジュと鞳維が動き始めたのをきっかけに、彼らは立ち上がる。
 材料集め、ソリの準備、旅の準備。やることは沢山ある。
 それぞれに仕事に向う彼らの思いは一つ。
「サンタクロースや聖夜祭がどんなものかは知らないが、せっかく帰ってきたのに家族に会えないのは辛いものだ。あたいたちが頑張って家族に会えるように頑張って連れて行ってやろうぜ」
 子供達の笑顔の為に。

 厚みのある雪は触ると微かに音がする。
 降り積もって数日、固まりかけた雪がシャラシャラと足元で鈴の音が鳴るような感じだと冒険者は思う。
「よっと‥‥。これの調子、いいみたいですよ」
「それは、良かったでござる。ただ、ありあわせの物で作ったので、気をつけて使って欲しいのでござる」
 足元でトントン、強さをワケギは確認する。
 細い木の棒を紐で結んで四角の枠を作る。次に枠の中に縦・横に棒を足して網状にして後は、足に結ぶ紐を付けて完成。
 生活の知恵。確か、かんじきという名前だったか?
 幻蔵はああいったが問題は無さそうだ。
 ニコニコした顔で面白そうにレイジュは笑顔を見せる。
「大丈夫だよ。うん、いいかんじき?」
 ひゅ〜〜〜。
 何故か、一瞬冷たい風が吹いた。明るいムードをと思ったのに反応が無いとキツイ‥‥。
「ハハ‥‥。まあ、それは冗談として準備はいい? キャメロットのHEROたるこの僕が、貴方の夢を実現してみせるから!」
 明るいレイジュの言葉にああ、と彼は頷いた。箱ゾリに大きな荷物とバックパックを載せる。
 冒険者も持たせてもらったが白い袋はかなり重い。
「随分、お土産を買ったんですね?」
 リトの言葉にああ、と彼は照れくさそうに笑った。船乗りとしてノルマンだけではなくいろいろな国を回った。家族の為に集めた土産は溜まる一方だったと。
「そういえば、船乗りだったんだっけ。貴方。なら後で、海の話を聞かせて欲しいな」
 レイジュだけでなく、明華も好奇心に瞳が輝いている。
「あたしも大型船を操れるようになりたいと思っています。良ければぜひ」
 夜にでも、と彼は約束してくれた。だが、その為にもできる限り今日先に進んでおかねば。
 夕刻には少し吹雪くかもしれないとの意見。空は、今は快晴だが天気の専門家である依頼人が言うのだ。
 おろそかになど出来ない。
「馬や驢馬は置いていったほうがいいみたい。あたしもチョコは置いていく。プリンは連れて行くけどね」
 かんじきを履けない動物達を雪道、歩かせるのには無理があると冒険者達は理解していた。
 体重軽めのコリーですらレフェツィアの足元で、足首の先まで雪に埋もれている。
「んじゃ、その辺の準備ができ次第出発な。いっちょ頑張ろうぜ」
 近くの宿に馬を預けに行く鞳維や仲間達にウインクしながらレイジュは純白の道を挑む敵のようにしっかりと睨みつけた。

 大自然の力の前には魔法や、人間の力などあまり役に立たないものだ。
 そんなことを考えながらワケギははあはあ、と息を切らせていた。
 かんじきで少しは歩きやすくなっているものの、雪山は正直甘くは見られない難敵だった。
 しかも、依頼人が言ったとおり、曲がりくねったいくつもの道や丘がいくつも邪魔をしている。
 通常でも結構な難路だろう。
 何度か魔法で雪を解かしたり、スコップで道を切り開いたりして、なんとかここまでやってきた。
「方向は、こちらでいいんですよね?」
 確認するように明華は後ろを向く。お土産の袋を乗せたソリを引く依頼人は周囲の木々の様子。空を見上げて大丈夫と頷く。
 良かったと安心し明華が目線を前に向けたその時。
「キャアア!」
「大丈夫ですか?」
 前方を歩いていたレフェツィアが悲鳴を上げた。
 静かに、と口元に指を立てながら鞳維は彼女に手を差し伸べた。
 元々、普通の道を歩いていても転ぶ確立が高いと自覚している。
 ましてや雪道、硬い所は滑るし柔らかい所は足が取られる。頭まで被ったまるごとメリーさんは、もう雪で真っ白だ。
 いや、元々まるごとメリーさんは白い服ではあるが。
「あんまり無理しちゃダメだよ。とりあえず暫くは、あたいが先を歩くから後から踏み固められたところをついといで!」
 ウニャア!
 後ろを振り向いたウシャスの懐から顔を出した猫が同意するように鳴いた。
「これ! アグニ! 顔を出すと寒いよ。‥‥前を歩くのはあたいが適任かねえ。‥‥体重重いから」
 ぼそっと呟かれた言葉は、特に女性陣は聞かないフリをする。
 その言葉どおり、彼女が通った後はしっかりと踏み固められている。
「あんまり硬くしちゃうと、後から融けるのが遅くなるかもしれないかな」
「まあ、それくらいは勘弁してもらおうよ。でも、僕と同じことを考える人がいるとは。よろしくね。アグニだっけ?」
 レイジュはニカッと笑うとウシャスの胸元と自分の胸元を見比べた。
 膨らんだレイジュの懐の中にもキャットがいる。
 ぬくぬくとした体温が心地よい。
「いいでござるなあ〜」
 幻蔵が前を歩く二人を見ながら囁く。愛犬のみぜっとは置いてきてしまったので、どこか寂しい。
「拙者、さびしがりやのウサギさんなのである‥‥。こうなったら大ガマを!」
「ダメですって! こんなところで大きな声出したら雪が崩れてきちゃいますよ」
 リトが察して幻蔵の口元を塞ぐ。
 今のところは周囲の様子に変化は無いが、万が一にも雪崩などがおきないように注意しなくてはいけない。
「ふがふふぇふぁるああ〜」
『しかしでござるな〜』
 幻蔵は解放してもらった口元からぷはあ、と息を吐き出すとその先を続けた。
「この一面の白だけの世界をみていると、どうも気分が滅入ってくるでござる。いっそどっかああん! とガマころがしでもして一気に道でも作ってみようかと‥‥」
 それ以上言わなかったのは、依頼人が心配そうな顔をしたからであろう。
 仲間達も諌めるような目を向ける。耳を下げて白兎は俯く。
「‥‥ごめんなさいでござる」
 半ば冗談であることが解っているから仲間達もふうと息を付く。それは友情を含んだものだった。
「それじゃあ、歌でも歌って行きましょうか? 無言で歩いていると本当に気が滅入ってきますし!」
 ね? とリトが仲間に笑いかける。
「それは、なかなかいいですね。僕は歌が好きなんですよ」
「あんまり‥‥大きな声は出さないほうが‥‥」
 鞳維の忠告もあったので、鼻歌のようにそれぞれが順番に知っている歌を口ずさみながら歩く。
 道行は遠いが、歌い、励まし、助け合いながら行くその行程は決して辛いものではなかったと、思うことができた。
 その場にいた誰もが。

「はあい! 寒さの中では、暖かい飲み物をどうぞ! 熱いスープや、料理は如何? これを食べて、また頑張ろうねえ!」
 自ら料理役をかって出たレイジュが身体が冷えた仲間達に、鍋をかき回して料理をよそった。
 冬の日が落ちるのは早い。だから、難所の丘を越えたところで冒険者達は少し早めの休息と夜の準備を始めることにした。
 リトが雪の比較的少ない、地盤の安定していそうな所を見つけ出し、冒険者達を誘導した。
 寡黙ながらも一生懸命働く鞳維やウシャスのおかげで雪の室が二つ、なんとか明るいうちに完成する。
 念のために、とワケギが魔法で補強し、幻蔵が火を外に用意しておく。
「‥‥風も雲を運んでいるので多分、明日も晴れるでしょう。今夜、雪が積もることも無さそうです」
 明華が風を見る。彼女の言うとおりならテントもあるので、なんとか一晩は過ごせるだろう。
「すみません、ごめんなさい‥‥」
 楽しげな冒険者達の中で、ワケギの顔は鬱を絵に描いたようで暗い。
「どうしたんです?」
 こそこそ、リトが問う。
「保存食、忘れたんだって」
 ひそひそ、レイジュが答える。
「自分が多めに持っているから、大丈夫ですよ」
 鞳維が保存食を差し出した。依頼人も余分があるからと渡してくれる。
 皆が優しいだけにワケギは辛かった。
(「空気が暗くなりそ。なんとか話題転換を‥‥」)
「あ! お酒があったんだ。これで身体をあっためよっか!」
 レフェツィアが荷物から取り出して笑顔で振り回した。
 案としては悪くなかったので発泡酒をみんなで回し飲む。
 甘い味の保存食やハーブティー。そして、仲間同士の語り合いが冷える夜の友となった。
 依頼人も、時折、約束したからと、ノルマンでの話や海での航海の話をしてくれた。
 一度、家を出て海に行ってしまうと半年近く戻れないこともざら。
「それでも‥‥俺は仕事が好きだし、家族も大事なんだ‥‥」
 寂しげに笑う依頼人に
「私たちが、道を切り開きます。必ず、ご家族との聖夜祭を過ごせますわ」
 微笑んだ明華は迷い無く答えた。火を囲む冒険者達も頷きあう。その笑顔に依頼人は心からの笑顔で応じる。
「ありがとう‥‥。そうだ。一つ、いいものを見せよう」
「いいもの、でござるか?」
 火を弱め、立ち上がった依頼人の後を冒険者は追う。手招きするように、ゆっくりと彼は雪の山道を歩く。
 来た道をほんの少し後戻って、丘の上に上る。そこで‥‥
「うわああ!」
「‥‥凄い。綺麗です」
 冒険者達は声を上げた。それは歓声というにも足りない感動の声だった。
 雪明りの中、雲ひとつ無い晴天の星空が冒険者の上に広がっていた。
 何の明かりも無いのに自ら光を放つような一面の白銀の世界。
 星が照らす雪の影は澄んだブルーで、闇の中だというのに眩しいほどだ。
 そして‥‥天にはいっぱいの星。
 降る様に瞬く星々はまるで音を立てて歌っているようにさえ感じる。
「海で見る星と、故郷である山で見る星。どんなに離れていても同じ星空を見ていると思うと‥‥勇気が出てくるものだ」
 そして、海と山、どちらの星空も大好きだと彼は言った。
 それは、きっと星空だけのことではないのだろうと、冒険者は思う。
 ただ、それを口には出さなかった。
 無言で、静かに、森の中の一つの生き物になって同じように森と雪と呼吸をしながら長いこと、星を見続けていた‥‥。

 一番の難所である丘を越えてしまえば、後は曲がりくねってはいるが下り坂が続く。
 油断しないように気をつけながら、冒険者達はゆっくり雪道を歩いていった。
 もう少し行けば、村が見えてくると、依頼人も表情が明るくなる。
 やがて、曲がりくねった道が終わり、真っ直ぐに開けた村への街道に辿り着いた。
 村の入り口に見える大きなモミの木まで、ここからは下り坂、一直線だ。
「ねえ‥‥みんな、ソリで一気に下らない?」
 レイジュが悪戯っぽい笑みで提案した。
「え゛っ?」
 喉を鳴らしたのは誰だったか。
「だって、もうあそこでしょ? 一刻も早く知らせてあげたら喜ぶんじゃないのかなあ? その方が早いし‥‥」
 一利はあるが、どうも嫌な予感、というものが脳裏を走る。
「あたいは遠慮しておく」
 ウシャスは身体の大きさを理由に断った。少女たちも怖いから、と首を振る。依頼人も荷物があるからと遠慮して‥‥
「結局、男四人? 色気が無いなあ」
 元々四人乗りくらいのものを、と用意したソリだ。少しキツイがなんとかなりそうである。
 及び腰で逃げ出しそうな鞳維をがっちりとレイジュは掴んで
「しゅっぱつしんこう!」
 一気に地面を蹴り飛ばした。
 緩やかだったスピードは徐々に、どんどん、さらに上がっていく。
「は、はやいのはいいでござるが‥‥、どうやって止めるのでござるか?」
 空気に喉を押されて、やっとのことで吐き出した幻蔵の言葉にレイジュは、あっ! と呟いた。
「考えて無かった!」
「「「なにい〜〜〜!」」」
 必死にソリを操作して木々を避けるが、それにも限界がある。
 ぱきっ。
 前に幻蔵が取り付けた雪避けが‥‥取れた。そして
「「「「うわああ〜〜〜」」」」
 ドン! ドサドサドサドサ、ドサッ!
 突然の大きな音と、怪しい悲鳴に家の中から子供達が飛び出してくる。母親もまた。
 そこで、彼らは見ることになる。
 子供達が作り、並べた雪だるまの横、モミの木の下にいつの間にか生まれた雪だるま4つ。
 白い髪、白い髭が顔を隠す。
「お兄ちゃんたち‥‥誰?」
「サンタクロース?」
「違いますよ。皆さんのサンタクロースはあちらに‥‥」
 雪だるまが指差す方向には確かに人影が見える。子供達も母親も声を上げた。
 ‥‥山の上から手を振るあれは‥‥
「あれ‥‥お父さん?」
「そうだよ。僕達は、君達のお父さんが帰ってきたのを知らせに来たんだ」
「早く、いってあげるのでござる!」
「「おとうさああん!!」」
 子供達は真っ直ぐに駆け出した。山の向こうからやってくる父親も駆け出しているのが解る。
 雪を払い、立ち上がった男達とゆっくりと降りてくる女達。
 彼らも後を追った。見逃す訳にはいかなかった。
 それは再会の親子の、最高の笑顔。
「おかえりなさあ〜い!」
「ただいま!」
 冬の寒さも、雪道の苦労も忘れさせる、最高の報酬だった。

「そら! 負けないぞ!」
「ほら、お兄ちゃん。こっちこっち!」
 到着して半日。雪にまみれた服を着替えたレイジュは子供と一緒に雪合戦を楽しんでいる。
 彼の猫やレフェツィアの犬も雪を蹴立てて大はしゃぎだ。
 さっきは一緒に雪だるまつくりをしていたらしい。
 幻蔵は巨大雪ウサギも作ったとか作らないとか。雪ウサギの赤い目には子供達がくれた真っ赤な付け鼻をつけてみたりした。
 完全に皆、童心に帰って雪と戯れている。
「赤い髪のお兄ちゃんも、一緒にやろうよ!」
「あ、いや、自分は‥‥」
 遠慮がちな鞳維の手を少年は引く。彼の髪も耳も気に留めさえしない。
「手が冷たくなったら、言って下さいね」
 ワケギは微笑みながらその様子を見つめている。彼もさっきまで一緒になって楽しんだ。
 今は、少年の妹と一緒に家の隣に立つモミの木に聖夜祭風の飾りをつけたところだ。
 父親の袋から出てきたラッキースターがキラキラと緑の中に輝いている。
「このリースは、どうしましょうか?」
「そっちのリボン、引っ張って!」
 今日の夕食は豪華にすると依頼人の奥方は言っていた。冒険者も是非に、と誘ってくれたのでせめて掃除と一足早い聖夜祭の飾りつけの手伝いをしようとリトやレフェツィアも細々と働き、動く。
 薄暗くなってきた外を見つめながら明華の火打ち石が、キャンドルに火を灯す。
 ほのかな明かりが部屋を静かなオレンジに染める。
「そろそろ、戻ってきてくださ〜い」
「お食事を始めましょうって!」
 外に呼びかけた少女たちの言葉に、少年の瞳を持った者達は顔を見合わせ駆け出した。

 家の中央には帰ってきた家の主人。
 彼の膝に幸せそうに陣取る少女と、横ではしゃぐ少年。
「ほらほら、そこをどいて! 火傷しちまうよ!」
 ウシャスが声と共にテーブルの上に置いたのは暖かなシチュー。野菜たっぷりのそれは柔らかなミルク色をしていた。
 テーブルの真ん中に置かれたのは大きな丸焼きのチキン。
 焼きたてのバノックが湯気を立て、白いクリームが添えられている。
 暖かいハーブティーと、蜜酒。そして‥‥ミートパイ。
 豪華ではないが聖夜祭の正餐にも負けない心づくしの料理がずらりと並んだ。
「この人を連れて来て下さって、お礼を言います。本当にありがとうございました」
「お兄ちゃん、お姉ちゃん。ありがと」
「冒険者なんだって? スゲー。僕も大きくなったら冒険者になりたいなあ。でも、父さんみたいな船乗りもいいよなあ」
「さあさあ、こっちへおいで。皆さんも、どうぞこちらへ」
 暖炉の炎とキャンドルが部屋の中を照らす。外は闇色。でも、ここは暖かな聖夜祭色だ。
「助けて頂いたことに心から、感謝申し上げます。そして、少し早いですが感謝を込めて‥‥メリー クリスマス!」
「「「「「「「「メリー クリスマス」」」」」」」」
 唱和した声が柔らかく、暖かい笑顔となって部屋の中、家の中、そして小さな村に灯りを灯していった。


 いつの間にか、父親の膝の上で少女と少年は寝息を立てている。
 余興にと見せた幻蔵の分身の術に瞳を輝かせ、父親が白い袋から取り出した沢山のお土産に満開の笑顔を咲かせた子供達。
 ワケギからの歌の贈り物はうっとりと夢見心地の笑顔で聞いていた。

 待っている方に幸せを贈る
 嬉しい予感が満ちてくる
 空では雪達がダンスを踊るけど
 暖かい心凍らない

 歩こうよ 歩こうよ 皆で力合わせ
 進もうよ 進もうよ 家族が待つ家

 夢見る力を皆は持っている
 輝く明日を信じてね


 やがて、夢見心地、から本当の夢の中へと移動した子供達をそっとベッドに送る手伝いをしてから、冒険者達はまた昨夜のようにそっと家を出て、夜空をみんなで眺めていた。
 手には暖かい蜜酒のカップが握られている。
 一人、一つずつ。お礼にと依頼人は冒険者にお土産をくれた。
 レイジュは海の匂いのする貝殻を耳に当てた。静かな山奥なのに波の音がするような気がする。
 指に填めたローズリングをレフェツィアは優しく撫でた。リトの胸元にはバラのブローチが輝いている。
「明舞の天使、なんて恥ずかしい気もするけど‥‥これに恥じないように頑張ろうかしら」
 天使の羽飾りを手元で揺らしながら明華は小さく笑い、
「僕には扱いにくいですが‥‥大事にしましょう」
 ワケギはシーマンズナイフをそっとでも、力強く握り締めた。
「ほら、あったかいだろ?」
 猫と一緒にふわふわのマフラーに包まるウシャス。
「ゲンちゃん、どらごんの着ぐるみが欲しかったでござるが‥‥贅沢を言ってはいけないでござるな」
 貰った驢馬の被り物に真っ赤な付け鼻をつけて幻蔵は遊んでいる。赤鼻の驢馬になってしまったようだ。
 これで、ソリを引いたら面白かったかも‥‥、怪しい思いが胸を過ぎる。
「聖夜祭など‥‥自分には無縁と思っていましたが‥‥」
 鞳維は火照った頬を冷やすように空を眺める。頬と同じ色のマント留めはバラ色に光り、幸せの色を放っている。
 家族の一員として、仲間の一員として認めてくれた、受け入れてくれた人たちとの一日。
 賑やかで、自分自身も優しくなれた、夢のような聖なる夜。
 それは紛れも無く幸せな一時だった。
 ただただ、嬉しかった。
「雪の中を皆で走ったから、本当にサンタクロースみたいだね。まあ、本当のサンタクロースは雪まみれになったりしないんだろうけど」
「いいえ、きっとこの世の全ての人は、誰かのサンタクロースなんですよ」
 ワケギは静かに笑った。
「僕達が、彼をここに連れてきたように、彼が子供達のサンタクロースになったように、人はみんな誰かを喜ばせるサンタクロースなんですよ。そう、みんな‥‥誰もが」
「そっか、そうかもしれないね」
 レイジュは空を仰いだ。あの子供達にとって、自分たちがサンタクロースになれたのなら、それ以上の幸せは無い。
 この大雪ですらもあの笑顔を贈る為のラッピングに過ぎなかったのかもしれないとさえ、思える。
 キャンドルの灯りは消え、子供達は夢の中へ。
 でも、夜空の星と、モミの木の星は地上と空で今も輝いている。彼らの心の中に生まれ、贈られた優しさも‥‥。
「素敵な夜を。ハッピークリスマス!!」
 星に向けて乾杯の仕草をする。仲間達の杯もそれに寄り添った。
 聖夜祭前のサンタクロース達は静かに、一足早い聖なる夜を満天の星たちと共に過ごしていた。

 翌朝、帰路に着いた冒険者達はお土産を、子供達から貰った。
 焼きたてのパンと、モミの木の星を一つずつ。
 そして
「お父さんを連れて来てくれてありがとう」
 そんな感謝の言葉。
 明華からのプレゼントをつけて、子供達は姿が見えなくなるまで手を振ってくれていた。
 報酬は多くなかったけれども、彼らの笑顔を思い出すだけでこれから戻る雪道も平気で戻れそうな気がしたのは不思議なことだと思う。
「あの子達も、サンタクロースだね」
 昨夜の事を思い出しながらレフェツィアは犬の頭を撫でる。
「ありがとう‥‥」
 遠いサンタクロースに心からの、感謝を込めて‥‥。

 一足早い聖なる夜を楽しんだ冒険者の頭上に、柔らかい冬の精霊達がまた、静かにダンスを踊り始めていた。
 彼らがまた道を閉ざさぬうちに、少し足早に、少し微笑んで、冒険者達は友の待つ街へと帰路についたのだった。