●リプレイ本文
公現祭。
聖夜祭から12日目。聖夜祭節最後の祝祭日である。
主顕節とも呼ばれるその祭りの歴史を紐解けば、遥か昔、聖人ジーザスの誕生に由来すると知ることができる。
聖人ジーザスの誕生を知った賢者が遥か東方より祝いに訪れた日。
神の子の誕生を世に知らしめた新しい時代の幕開けを意味する日である。
「まあ〜とにかく〜お祭りですぅ。のんびりたのしみましょ〜」
いつもながら気の抜けるような笑顔でエリンティア・フューゲル(ea3868)は微笑んだ。
セイラム領主からの正式な招待を受けた冒険者達は、新年と共にキャメロットを離れ街道をゆっくりとソールズベリに向って歩いている。
ふうと息を吐き出して陸奥勇人(ea3329)は外套の襟を立てたまま街道沿いの白い地平線を見つめた。
見渡す限りの雪の野原は光を弾いてキラキラしている。
「この道から見る風景は、こんなに穏やかで美しかったんだな‥‥なんだか今更気が付いた気がするぜ」
「何度も‥‥この道を歩きましたからね。本当に‥‥何度も」
思い出を噛み締めるように言うギルス・シャハウ(ea5876)は周囲を見回す。
思えば最初にこの道を歩いた時は春だった。今は、もう冬。季節は巡り、時は流れたのだ。
「俺は‥‥それほどじゃないな。‥‥ソールズベリに来るようになったのは最近だし。それでも‥‥十分思い出深い土地になったけどさ‥‥」
呟きながらロット・グレナム(ea0923)はダークをそっと撫でた。
「まあね。忘れようったって忘れられそうにないかなあ。いろんなことがあったからね。まったく、誰かさんのせいでホントに大事になったもんだよ」
小さく笑ってアシュレー・ウォルサム(ea0244)が頭をかく。いろいろなこと。その一言に込められたものに冒険者たちも苦笑する。ついでに誰かさん、のところにも。
「今回は誰かさんの護衛も、あるんだよね。‥‥勇人。助けられたら一発殴るとか言ってなかったかい?」
「いや、俺は‥‥なんだかもうどうでも良くなった。あいつにはあいつなりの考えがあったのかもしれんし‥‥その辺をちょっと聞いてみたいが」
おや、という表情をアシュレーは浮かべる。言葉には覇気が感じられない。
「みんなは?」
「私は‥‥彼の行動を否定はしません。無論、肯定もしませんが‥‥」
夜桜翠漣(ea1749)の言葉に同調するようにジェームス・モンド(ea3731)は笑う。
「確かに褒められたことではないが、もう終わったことをとやかく言ってもな‥‥。俺は今回はのんびりと羽を伸ばすつもりだ。この年末はいろいろとこきつかわれたんでな‥‥」
ケンイチ・ヤマモト(ea0760)はたおやかに笑い、イグニス・ヴァリアント(ea4202)は任せる、と生暖かく微笑んだ。
「あれっ? 俺だけ? マックスは? いいのかい?」
「あ、いや、なんであろうか? ちょっと考え事をしていたので申し訳ないでござる」
本当にらしくもなくぼんやりとしていたマックス・アームストロング(ea6970)にアシュレーは首をかしげ、肩を竦めた。
出発前は妙にテンションが高かったというのに、出発してからというものこの調子だ。一体どうしたのやら。
「んじゃ、俺は俺なりにおしおきでもしてみますか。せっかく用意もしてきたことですし‥‥」
荷物の中のアイテムをみながら、くくと笑うアシュレーに
「依頼対象でもあるゆえ、ほどほどにするでござるよ」
どこまでも真面目に黒畑緑朗(ea6426)はツッコミを入れてみる。
「解かってますって。さあて、ソールズベリに着くのが楽しみだ!」
ふと、冒険者たちは顔を見合わせる。茶化しているように見えるし、聞こえるが彼の言葉の奥底に感じられるものがある。
皆、同じ‥‥。
「さて、行きましょ〜。ルーニー君とファニー君。ピクニックには少し寒いですけど、天気はいいですよ。元気に、1・2・1・2」
「ワンワンワンワン!」
軽いリズムに乗って走る犬たちを見つめながら彼らは同じ思いを抱いて、微笑みながら噛み締めるように歩いていった。
大きなクリスマスツリーが飾られた街は、ツリーよりも華やかに笑いさざめいていた。
執務館の窓から外を見下ろすと人々の笑顔が良く見える。
「この笑顔を守れたのは皆のおかげだ。心から感謝する」
セイラム領主ライル・クレイドはそう言って正式に、そして心からの感謝の気持ちを述べた。
「領主殿、この度は無事新たな年を迎えられる事、お喜び申し上げる」
正装して礼儀正しく勇人は頭を下げた。冒険者たちも従うように頭を下げる。
「皆の力が無ければセイラムの歴史は終わっていたかもしれない。冒険者にはいくら言っても礼は足りない気持ちだ」
部下に指示しライルは小さな細工物を運ばせた。
「こんなものでは、礼にもならないが‥‥」
そう言って冒険者一人一人に渡されたのは鷹の文様を形どったマント留め。セイラムの領主の信頼の証。未来を目指すこの街の紋章。
エリンティアもくすと、笑ってそれを受け取った。
「2個目です〜」
とは突っ込まない。喜んでカバンの中にしまうと嬉しそうに微笑んでいた。
「わしからも礼を言おう。そして依頼に応じてくれたことを感謝する」
大司祭の表情も明るい。聖夜祭節はいろいろと忙しかった、いや、現在進行形で忙しいだろうに冒険者が来たとの連絡に大急ぎで駆けつけたのだという。
「街を救ってくれた英雄として、本当は民たちに紹介したいのだが‥‥」
未だ残念そうな顔をするライルの頭を背後から、ポカと杖が叩く。
「街の為に尽力してくれた皆にこれ以上気を遣わせてどうする?」
「ご領主。いつまでもタウ老を困らせるものではない。まあ、これで奥方を貰えばセイラムも万事安泰なのだがな‥‥」
ハハハ。冒険者の明るい笑いの花が咲く。
タウ老人の遠慮ない攻撃と冒険者の前にはソールズベリ領主も形無しだ。
まあ、とりあえず派手な式典は無しと聞く。少しホッとして冒険者たちは領主の館を拠点に街をのんびりと回ることを決めた。
滞在費その他は無論ライル持ちだ。
「じゃあ、世話になるよ。‥‥っと、その前に‥‥」
ニッコリ。どこか怪しさを孕んだ笑みは今まで、黙殺していた、されていた一人の人物に向けられる。
ライルも、タウも、大司祭さえもあえて声をかけなかった‥‥司祭ローランド。
「この度は‥‥本当に、ご迷惑をおかけしました‥‥。言葉も‥‥ありません」
沈黙が場を支配する。一瞬か、それともかなり長く続いたのか解からない時間は、
「じゃあ、聞くがな‥‥」
そんな言葉で切り出した勇人の問いで破られた。ライルに向けた敬語は止め、いつもの口調で問い詰めるように彼は問う。
「何であの時大司祭様の制止も聞かず儀式の場まで突っ込んで来た?」
「それは‥‥」
微かに口ごもり顔を背ける。言いにくいなら無理には‥‥。思いかけた勇人の静止の前に彼は言葉を続けた。
「私も‥‥ルイズに思いを寄せておりました。側にいると暖かいものを感じる。それは真実だったのです。ただ、自分にとって神は生まれたときから全て。それを捨ててまで彼女の思いに答えられるか悩んだ時、私は神を言い訳にして彼女の告白から逃げたのです‥‥」
一言、一言、言葉を選んで彼は答える。真実の思いを言葉に乗せるように。
「あの時、ルイズが危険な場に赴いている。そう思った時、心臓の半分が切り取られたように感じました。もし、二度と会えなくなったら‥‥そう思ったら身体が止まりませんでした。そして‥‥」
俯いたローランドの言葉が止まる。また沈黙が広がる。その場を‥‥
スパコーーーーーン! パンパン!
場に不似合いなほど軽く、鮮やかな音が切り裂いた。
冒険者と、その場にいた全員の目線を集めたのは頭を抱えるローランド。そして
「考えなしに突っ込んだ挙句、大多数の人に迷惑かけたほか、ひっじょ〜〜にめんどくさい事態に発展させたお仕置きね♪」
満面の笑顔でハリセン二刀流をローランドの頭に打ち込んだアシュレーだった。
反論無く下を向くローランドの肩にふわり、優しく手が乗る。
「おかえり、ローランド」
それ以上の追求も、責める口調も無い。見つめる瞳、笑顔。全てが優しかった。ぽりぽりと眉間を掻きながら勇人も微笑む。
「まあ。ホントは落とし前の一つも着けとくつもりだったが‥‥もういいか。人生はいろんなことがある。今回みたいに‥‥思い通りにならずに、苦しい思いをすることも多いと思う。でも、神に仕えるものならそれを乗り越えていけ。お前ならできるはずだ」
「安穏と過ごした人よりも、苦しみ、悩んだ人のほうがきっと人の悲しみ、苦しみを救ってあげられるでしょう。貴方の上に神の祝福がありますように‥‥」
「‥‥あんたには家族がいた。それを取り戻せた。時に大変なことがあるかもしれないが、家族ってのはいいもんだぜ。大事にしろよ」
ギルスの祈りに、ジェームスの言葉に顔を涙でくしゃくしゃにしてローランドは頷く。何度も、何度も‥‥。
「はい‥‥はい‥‥」
いつも優しく微笑みながらも胸のどこかに孤独を抱いていた青年は、自分の過去と家族を見出した。
「‥‥ローランド殿」
噛み締めるようなマックスの囁きを、エリンティアはただ一人静かに笑って聞いていた。
ライルの屋敷を辞した後、冒険者たちはそれぞれに自由に公現祭の前夜祭を見て回ることにした。
異国からの珍しいものを売る店、食べ物などの店などが景気良く客を呼ぶ声を上げている。
「なかなか、賑やかだな。珍しい食べ物も売っている‥‥」
イグニスは時折店をひやかし、ちょっとした食べ物などを買ってはまた街を見て回るを繰り返していた。
「ほら、食べるか? ブレイズ?」
ローストチキンの骨、肉のついたところを空にかざすと、スッと静かに下りてきた鷹が肩に舞い降りた。
骨を嘴で咥えて、ツンツンと突いている。
「しかし、言う事聞いたり聞かなかったり、お前も気まぐれな奴だな‥‥」
ピンとおでこを弾くと、鷹はキッと顔を主に向けた。その眼差しはどこか、拗ねた様な目で‥‥
「なんだ、その飼い主に似たんだとでも言いた気な目は?」
珍しくイグニスを怯ませた。その目から逃げるように顔をそむけたイグニスは
「ん?」
見知った顔を見つめて視線を止めた。緑朗がさっき同じように街を見て回っていたのを見た。
ケンイチが吟遊詩人としてリュートを奏でていたのも珍しいことではない。
珍しかったのは‥‥
「ロット?」
周囲に子供たちや、いくにんかの大人もいる。その中央にいるのはロットなのだ。
話し上手とも思えない彼が何をしてるのだろうと興味がわいてのぞいてみる。
「‥‥そしてサーペントは静かにその姿を水に溶かして行った。還りたい‥‥そう言いながらだ」
「かわいそう」
少女は涙を手でぬぐった。彼がタリエシンを倒したときの話でもしているのか、とそんなことを思ったが話を聞いているうちにそれは違うと解かる。
彼は、今まで出会った精霊たちのことを語っていたのだ。
愛するものを抱きしめるように。
「彼らしいね」
ふと、後ろからかけられた声にイグニスは振り返った。同じように仲間を見つめるアシュレーの姿があった。
「精霊についての理解を深めてほしい、ってとこかな? 新しき世のドルイドとしては‥‥」
目を閉じれば思い出す。ロットでなくても心に残るタリエシンの最後の言葉。
『‥‥過去は取り戻せない。だが、もっと良くしていくことは出来るな?』
「光の都の例を出すまでも無く、人は未知の物を恐れる。なら、伝えてやればいいんだ。俺にもこれくらいなら出来るからさ」
彼に聞けば、きっとそんな風に笑って答えるだろう。
「そうだな‥‥」
イグニスに笑いかけて、とアシュレーは大きく伸びをした。
「やれやれ、新年も明けたことだし今年もいい年であるといいなあ‥‥少なくとももっとルーシェとデートにいけるような‥‥一緒に祭りまわりたかったなあ」
デートばかりは一人でできはしない。仕方ないと笑う主に同調するように鷹は大きく鳴いて空に舞った。
「えっと‥‥水、ですか?」
「いいえ、お湯です。それもたくさん必要なんです。誰か、手の空いてる人呼んできて下さい!」
いつも、戦いでも穏やかな印象を見せる翠漣の珍しい慌て顔にギルスは驚きながらも大急ぎで空を飛んだ。
新年の挨拶に翠漣とギルスは小さな家を訪れていた。女性の一人暮らしのその家で、客を出迎えたその女性は手製の菓子でもてなしてくれた。
聖夜祭に招待されたこと。イギリスの新年とお祭りのこと。そんなたわいもない話ができるかと思っていた。
ガレット・デ・ロアというらしい公現祭の珍しい菓子だ。
だが、その菓子はまだ手をつけられずにテーブルの上。
もてなしてくれていた女性が急に苦しみだしたからだ。理由は陣痛。
彼女は身重で、さらに臨月だったのだ。
「大丈夫ですか? しっかりして下さい!」
ベッドまで彼女を支え連れて行くと翠漣は彼女の指示通り産婆を呼び、その手伝いも始めた。
やってきた冒険者も手伝わせて湯を沸かし、布を用意し、女性を励まし続ける。
「う〜ん、う〜、く、くる‥‥しい」
「貴女は、これから母親になるんです。がんばって! 赤ちゃんが待っていますよ!」
うなり声の聞こえる部屋の外。大の大人は何もできずに右往左往するばかり‥‥。
やがて夜も白みかけてきた頃‥‥。
「‥きゃ‥‥ふぎゃあ‥ふきゃあ‥‥」
「生まれたのか?!」
その場にいた全員が立ち上がり、声を上げた。
産婆が小さな命を抱いて部屋を出てくる。そっと湯をつかわせてまた布でくるむ。
「女の子です‥‥お母さんも無事です」
翠漣の笑顔に唸るような歓声が上がった。
「‥‥女の子なら、ステラ」
抱き上げた赤子は羽のように軽くて、ほのかに暖かくて翠漣の手にぬくもりを与える。
今まで、戦って来たのはあくまで自分の為。
ある思いを抱き、自分の願いを目に込めて‥‥。
だが、ここにある一つの命。その誕生に自分が関りあえたこと。
それを考えると手の中にある命と同じくらい忘れたつもり、封じたつもりの胸の中が熱く感じる。
「ステラちゃん、お父さんは、白い神様と共にいつまでもお二人のことを見守っていますからね、じ〜っと」
どうか、幸せに。
お湯を沸かす時、一緒に作った手作りの聖水。効き目は無いかも知れないけれど、心からの思いを込めて‥‥赤子と母親に祝福を与える。
その思いは、その場に居合わせ、立ち会った全ての人間、みんな、同じ思いだった。
賑やかな街は、夜が明けると一転して大騒ぎの昼を迎えた。前夜祭が終わり、今日は聖夜祭節の最後の日。
公現祭。
ツリーや飾りを片付け、燃やし、明日から本格的に新しい年が始まるのだ。
「本当に、いいのですか?」
ソウェルの躊躇いがちな質問に、ああ。と勇人は頷いた。
「よう、ソウェル。ルイズも元気そうで何よりだ」
明るくやってきた彼が
「そういや二人とも犬は大丈夫だよな。信に足ると見込んで頼みがあるんだが‥‥」
と、言って差し出したのは大きな腕に抱かれた小さな二匹の子犬。
「かげろうとみづき、という。俺の故郷の言葉で太陽の表す幻と、月を意味する。孤児院のみんなと一緒に可愛がってやってくれ」
ギルスの連れて来る犬たちが大好きな子供たちは大喜びだ。
ファニーとルーニー、彼らも興味深そうに子犬を見つめてじゃれている。
どうやらみんな、仲良くなれそうだ。
「ありがとうございます。大事に育てます」
「そりゃあ良かった。‥‥、なあ、ソウェル?」
「はい?」
柔らかい言葉にソウェルは顔を向ける。真っ直ぐな太陽のような金の瞳。
「ここまでいろいろあったが、ソウェルはこの先どうしたいとか考えてるか?」
「‥‥僕は‥‥もっと広い世界を見てみたいと思っています。今まで彷徨っていた時には世界はただ、冷たく辛いだけに見えたけど‥‥、帰る場所がある今は、故郷がある今はきっと昔とは違うものが見える気がするから‥‥」
「そう‥‥か。頑張れよ。冒険者の一人として、いつかお前と出会えるのを楽しみにしている」
「あたしもいるから、大丈夫よ!」
突然二人の間に割り込んだシフールの少女に勇人は破顔する。
「イェーラ!」
「そうだな。しっかり面倒見てやれよ!」
まっかせて!
言うようにポンと彼女は胸をたたく。
そんな微笑ましい光景をどこか寂しげに見つめるルイズの肩に誰かがそっと触れた。
苔むす礎石は風を通すのみ。
「タリエシンに起動の仕方を聞いておけば良かったですねぇ」
もはや地下への扉も閉ざされ、あの戦いが嘘のように静かだった。
「僕達は貴方達の期待に応えられたのですかねぇ?」
答えは返らない。だが、変わりに聞こえてくる足音。
「エリンティア。一体何のようだ?」
「ああ、ライルさまぁ〜。大事なお話があるんですぅ〜」
やってきた領主にエリンティアはいつもと変わらぬ気の抜けるような、でも強い笑顔を向けた。
「ライル様はルイズをどう思っているんですかぁ?」
単刀直入。回り道なし。真っ直ぐな問いかけに、途端、そのまま転げ倒れるのではと思うほど解りやすくライルは動揺を見せた。
「な、何を!」
「いえ、こんなものをマックスさんから預かりましてー」
差し出されたのは一通の手紙。怪訝そうに広げる。徐々に冷静な領主の仮面は消えうせる。
「どうするんですかぁ〜? 自分の気持ちを伝えられないままコグリさんのように後悔してもいいんですかあ‥‥」
ギリと歯を噛む音が聞こえてくる。
『ルイズ殿を連れていく。望まぬならば本心を以って引き止められよ』
手紙には、そう書かれてあった。
「‥‥直ぐに追う! 私には‥‥彼女が必要なのだ!」
「だそうですよ〜」
「えっ?」
走り出しかけたライルの全身が凍りつくように止まる。ブルーストーンの影からそっと顔を覗かせるのは
「‥‥ルイズ‥‥」
「ライル様‥‥」
顔を見合わせる二人を置いてエリンティアはそっとその場を離れた。
二人と、ストーンヘンジを無言で見つめるマックスに気づかないフリをして。
(「彼に彼女を委ねればならぬのか‥‥」)
胸に抱いていた思いを最後まで心に封じ込めてマックスは二人を見つめていた。
抱きしめたい。彼女を愛している。連れ去りたいと本気で思った。
見上げると青い空。
恋人らと共に還っていった古の王を羨む自分に気がつき苦笑が止まらなかった。
決意を込めて発したひとこと。
「ルイズ殿、この地に居るのが辛いのなら‥‥我輩と遠くの地へ行かぬか?」
その返事に首を横に振られた時からこの結末は決まっていたのだろう。
種族の壁、冒険者としての壁。それはあまりにも厚かった。超えることが出来ないほどに。
「願うこと叶わずとも消えぬ絆があると信じたい‥‥貴女に未来を‥‥」
そうして、彼もまたその場を離れる。
二つだったものが一つになる。その伸びていく影だけを残して‥‥。
星と月が輝く中、大きな篝火が町外れの広場に燃え上がった。
その中央にあるのは聖夜祭を彩った大きなモミの木。街の者達もそれぞれに聖夜祭の飾りを火に投じる。
「‥‥新しい年の始まり。未来の始まりだね」
「アーニャ様‥‥」
翠漣は背後から声をかけてきた人物に微笑みかけた。長き間、本人さえも忘れるほど呼ばれることの無かった名を呼ばれコリドウェンという老婆だった者は笑顔を返す。
「この老いぼれの役目もそろそろ‥‥」
終わりかねえ。言いかけた彼女を翠漣は遮った。
「遺跡を守り、伝承を伝える。という役目は終わりましたが、今度は真実を伝えるという仕事が出来てしまいましたね」
目を瞬かせて彼女は翠漣を見つめる。3人の孫ができ、今度はひ孫も見られるかもしれない。そんな都合のいい、でも叶うかもしれない夢を思って彼女は頷く。
「まだ、隠居は早い、ということかい?」
「はい」
「そうか‥‥」
彼女は笑顔で炎を見つめる。それを翠漣もかつて滅んだもう一人の老婆を思いながら一緒に並んで見つめていた。
炎は人を魅入らせる。燃える輝きに目を奪われていた青年は肩を叩かれ、ハッと振り返る。
「やあ、エリック」
「イグニスさん‥‥」
さっき、勇人も来てくれたと嬉しそうな顔で耳の聞こえない青年は笑顔を向けた。
「こいつを覚えてるか?」
物入れからがさごそと取り出されたものにエリックは声を上げる。
「それは‥‥あの時の?」
「今も、俺の大事なお守りだ。‥‥夢を叶えろよ」
その為に戦ってきた。口には出さないがイグニスは小さく笑みを浮かべた。耳に聞こえるものだけは聞こえない青年は静かに頷いた。
向こうでもまた小さな邂逅があった。
「マイト。元気にしてたか?」
近隣の領主として来賓席にいた青年にジェームスは嬉しそうに手を振った。
抜け出して走り出してくる青年は満開の笑顔を見せる。
「お久しぶりです。こっちはみんな元気でやっています。いろんなことは、ありましたけど‥‥」
ソールズベリの遺跡の開封は、同時にエーヴベリーの開放も表していた。
血の封印は消え、もはや彼らを縛るものは無い。
「兄弟の何人かは旅に出ようとしているものもいるみたいです。でも、俺は、あの街と遺跡を守っていこうと思います」
あの土地が好きだから‥‥。
くしゃくしゃ。まるでわが子にするようにジェームスはエーヴベリー領主の髪をなでると
「よし! 後は嫁さんでも見つけるんだな。‥‥ああ、だが相手の母親には気をつけるんだ。今まで冒険でいろいろな奴らとやり合ってきたがな、一番手強いのはお義母さんだったからな。お前も将来は気を付けろよ」
なんと返答していいか悩む青年の苦笑を見つめながら、彼はいくつもの依頼で出会ったわが子のような人物たちとの思い出を空と炎に見つめていた。
炎を前に公現祭のミサが始まる。
大司祭の祈り、その後にギルスはスッと舞い降りた。手には昨日までツリーの天辺を飾っていた星。
「白い神様と、この地に住まえし精霊達のご加護は、皆さんがより良き未来への希望を捨てず、時に失敗してもそれを糧に、前へ進もうとする心を無くさない限り、必ず皆様と共にありますよ〜」
言葉とともに舞い上がる光に人々は未来への光と希望を見る。
それは小さな光ではあったけれども確かに人々の心に灯る確かな灯りだった。
「ルイズさん、良ければ歌っていただけますか?」
「私で宜しければ‥‥」
ケンイチのリュートに月の歌姫の歌声が唱和する。重なり合う響きは時に美しく、時に楽しく。
夜が更けるまで、夜が明けるまで街に笑顔が消えることは無かった。
今は誰も住んでいない森に響く声がある。
「わたしは自分のことで精一杯だから、貴方達の分も、とはいえない。わたしは貴方達とのことを忘れない」
未来との別れは既に済ませた。
「また来ます」
そう言った約束は果たせるかどうか解らない。
だが、彼女たちは
「待っています」
そう言って見送ってくれた。
彼女から贈られた聖夜祭の星を胸に抱きしめ、手は強く握り締めて、彼女は過去とも別れを告げる。
握り締めた思いは届かないと解っていても誓いを、約束を彼女は静かに捧げていた。
それは、一瞬の夢だったかもしれない。
最後にと石の神殿を訪れた冒険者達。どこを見てもいろいろな思い出が浮かぶ。
「もう当分はここに来ないと思う。いつか‥‥胸を張って自慢できるようなことが出来たら、報告に来るよ。俺のやり方は凄く不器用で遠回りかもしれないけど‥‥呆れないで見守っててくれると嬉しい」
「さて、新たなドルイドか。責任は重大だよね、過去にも未来にも‥‥」
ロットの誓いを聞きながらアシュレーは空を見上げ苦笑した。
『ドルイドとは、自然と人、過去と未来を繋ぐ人々の導き手。‥‥タリエシンの言うとおり、そなた等はそれにふさわしいだろう』
巫女コリドウェン。いや、アーニャはそう冒険者に語ってくれた。
だが、自分たちはその名に値する存在足りえるのだろうか。
思いと共にロットが捧げた花束。向けた眼差しを閉じた時、驚きの声が彼の目を開かせた。
「ロットさん! あれ!」
冒険者たちは見た。
花束の上に舞う、小さな精霊たち。
小さなエレメンタラーフェアリー達のダンス。
誰かに似ていたわけではない、面影があったかもしれないけど解らない。
ただ、美しかった。精霊たちの命の輝きが。祝福が。
知らず頬が濡れる‥‥。
「俺は俺のやり方で、夢を追いかけるよ。それでいいんだよな?」
言葉ではないそれは答え。
一瞬の幻の残影を、だが、確かな何かを冒険者達は受け取った気がしていた。
帰りかけた冒険者たちは、ふと仲間の一人がいないことに気づく。
空を仰ぎ佇む男が一人。
「どうしたんだ。マックス?」
「なんでもないである。今、行くのである」
やがて走り戻ってきた彼の手は何故か土に汚れていた。
「随分しんみりしちゃって、いつものはっちゃけっぷりはどうしたんだい?」
「ハハハ。そうであるな。らしくなかったのである!」
口調は茶化しながらも彼の心は静かに何かを見つめている。
それが解っているからわざと‥‥。
「そういえば、ライル卿の秘密をバラすとか言ってなかった?」
「もし、暴走したら‥‥と思ってたんですけどねぇ‥‥フフフ」
「何? 聞きたいのであるなら教えるである。ライル卿の初恋は年上の若い人妻で‥‥」
「ほお、それはそれは‥‥」
笑いの衣に包んでその場を立ち去った。
一度だけ、振り返りもう一度、遺跡を省みるマックス。
(「遺跡よ。我が思いを封じよ。いつか過去が優しい思い出に変わる時、また会える様にと、地下に絵を封ずる」)
もはや誰も見ることのない月と花束を抱く女性の絵姿は静かに大地に封じられた。
「また、機会があったらぜひ遊びに来てくれ」
「心からお待ちしておりますわ‥‥」
ライルとタウ、大司祭、ソウェル、アーニャ。そしてライルの隣に幸せそうに微笑むルイズが冒険者たちを見送ってくれた。
「昨日は差し入れをありがとうございましたぁ〜。これを、どこか、書庫の片隅にでも置いておいて下さい〜」
エリンティアはライルにこの地に来て書いていたらしい羊皮紙を渡す。それにはこの地でのいくつかの事件の記録が古代魔法語で記されていた。
ライルは頷いて受け取る。
フィーネ・オレアリスからこの地での話を書きたいという申し出もあったし、これからに繋げていく事ができるだろう。
「いつかお二人の子供ができたら、この地でのんびりと過ごすのも悪くありませんね〜」
他意のない無垢な、それ故に鋭い笑顔とツッコミに二人の顔が赤くなり、周囲は笑いに包まれる
「二回会ってるんだけど、ちゃんと話すのは初めてだよな。なにしろ二回とも会ってすぐに氷漬けになってもらってるし。ま、今回はキャメロットまでよろしくな」
護衛対象であるローランドは、見送られる側。はい、とロットに頷き冒険者のほうへと歩み寄る。
祝い酒に撃沈し、頭を抱えていた勇人も、キッと冒険者の顔になる。
「進む道は違うが‥‥ま、お互い頑張ろうぜ」
「はい!」
「道中は任せるでござる。この剣は借り物であれど‥‥究めれば、この世に切れぬ物無し!」
緑朗の力強い言葉にローランドを心配そうに見つめていた二人の老人も安堵の表情を見せる。
「では、いきましょうか!」
歩き出した冒険者は、いつまでも見送る人々に何度となく振り返り手を振った。
遠ざかり、その姿が見えなくなるまで。
冒険者達がこの街に残していったものは大きい。だが、何よりのものは
「‥‥笑顔かもしれんな」
最初からいつも咲いていた満開の笑顔があった。それがやがて広がって街に笑顔を与えてくれた。
「タリエシン。輝く笑顔を持つもの」
その名を悪しきものだけにしておきたくないと、思うものがいた。
輝く笑顔を持つものがいた。街を救った冒険者。
やがて、それは彼らの活躍とともに長く伝えられていくだろう‥‥。
冒険者たちは丘の上に立った。そこからは新旧セイラムが一望できる。
遠くストーンヘンジも。
「いつか必ず‥‥叶えてみせるよ」
最後に、本当に最後に彼らはいろいろな思いを抱いて街を見つめた。
「光の都セイラムに神々と精霊達の祝福あれですぅ!」
そして、故郷に、思い出の地に別れを告げる。
「またいつか‥‥ルーニー君、ファニー君、新しい冒険の始まりですよ〜」
「あ。しまった。ルーシェにお土産買い忘れた!」
笑い声と共にギルスが飛び立ち、冒険者たちは歩き出す。
風が吹き抜ける。
冒険者にも、新しき街にも、古き街にも、長い歴史を見つめてきた石の神殿にも。
空は続く。どこまでも蒼く。
何千年の昔から変わらぬ、そして未来へ繋がる空の蒼。
その空の下を冒険者たちは行く。
まだ見ぬ明日へ。そして未来へと‥‥。
【シリーズ ソールズベリ 終】