●リプレイ本文
冒険者を志し、キャメロットにやってきた冒険者。
彼らの殆どがまず最初に先輩冒険者に進められることがある。
「図書館に行け」
と。
あそこにはイギリスと言う国が今の主を戴くより遥か昔から伝えられ、積み重ねられてきた書物が集められ収められている。
無論、彼らも一番初め。まだ駆け出しの頃ここを訪れた記憶がある。
「良くぞいらっしゃった。どんな書物をお探しかな?」
出迎えてくれる老人は、優しく、暖かく時に難しい。
まるでこの図書館に眠る本そのものように思えた。
今、また図書館の扉を開ける。
そこにはあの時と変わらない静寂の空間と、笑顔が迎えてくれると信じて‥‥。
集まり始めてきた冒険者達。
「図書館長様。このようにしてお会いするのは初めてでしょうか‥‥」
背筋を伸ばした女騎士は礼儀正しくお辞儀をした。
「私、スニア・ロランド(ea5929)と申します。この度はお誘い下さいましてありがとうございます」
「いやいや、招きに応じてくれて嬉しく思うぞ。ささ、座るが良い」
閲覧室の奥、司書たちの執務室に招きいれられたスニアはもし、宜しければと持ってきた荷物を差し出した。
「お茶をご馳走して頂けるということだったのでお茶菓子を用意して参りました。良ければお召し上がり下さい」
差し出された荷物を嬉しそうに図書館長は受取り、早速出そうとする。だが、その荷物は茶菓子にしてはずっしりと重い。
「そなた、一体どれほどの菓子を持って来たのじゃ?」
「15人分はあるのではないかと。滅多にない機会です。貴重な時間をより美しく彩る為の手間は惜しみませんよ」
「おや、あんたも持って来たんだ。久しぶりだね」
「貴方は‥‥」
スニアは振り返り目を瞬かせた。共にパーティを組み戦った冒険者は数多くいる。
だが、声をかけられた相手をスニアは覚えていた。相手も覚えているだろう。きっと、同じ理由で。
それを証明するように彼セレス・ハイゼンベルク(ea5884)は頭を掻いて目線を逸らした。
「俺も持って来たんだ。菓子。皆で食べてくれ。そうそう、菓子と言えば先日のハロウィンは楽しかった。お孫さんは元気にしているか?」
「お陰さまでなあ。時折、あのシフールとも会っておるようじゃ」
孫に優しい祖父の顔で微笑む老人にそりゃあ良かった、とセレスは笑う。差し出された菓子は図書館長の手によって皿の上に並んだ。
「さっき、他の冒険者も菓子を持ってきてくれた。これも一緒に出すとしよう」
「お手伝い致しますわ、図書館長様。お客様が増えましたから、お茶の用意も増やしましょう」
妙齢の女性が微笑んで菓子を運び、道具を用意する。
「あの方は、図書館の方ですか?」
どこかで感じた気配? 首をかしげながらシエラ・クライン(ea0071)はその背中を見送った。
「いや? 冒険者の一人である筈だが‥‥」
ならば、なおの事解らない。だが、敵では無い様だからまあ問題ないのかも知れない。
「では、茶を入れよう。茶請けはこの菓子と冒険の話でな」
「ありがとうございます。エリファス様」
「エリファスさん、お久しぶりです」
ニッコリと微笑む招待主、図書館長エリファス・ウッドマンは促され彼らはそれぞれに席に付いた。
示し合わせた訳ではないが、いつの間に決まったかその日、その場に全員が集まっていた。
こぽこぽと湯が動く音がする。
慣れた、優雅で洗練された手つきで入れられる紅茶。特別なカップに入れられたそれは上品な紅色をしている。
珍しい紅茶と香り。そして柔らかい笑顔を冒険者達は静かに見つめていた。
イギリスの冬は結構厳しい部類に入る。
「美味しい‥‥」
暖かいお茶をに口を付けると身体が、ふんわりと微笑むように緩んだ。
飲みながら身体が冷えていたことを思い出し、暖められた事を知って知らぬうちにホッとしたのかもしれない。
美味しい紅茶に、積み重ねられ、おかわりもある菓子の山。
セレスとスニアだけではなく
「これは、私の手作りなんです。ちょっと多めに焼いてきちゃいました」
「聖夜祭の焼菓子だ。良ければ食べてくれ」
倉城響(ea1466)やセドリック・ナルセス(ea5278)の持参したものもあるので、多少話が長くなっても問題はあるまい。
暖炉の火が爆ぜる中、冒険者はそれぞれの思いを語り始める
まずはスニアが語る。思い出の地を懐かしく。
「この地より少し南よりになりますね。ソールズベリは。だから、聖夜祭の頃もそれほど寒いとは思わなかったのです。あの地が私は好きでした。できれば、もう少し関わりたかったかも‥‥しれません。あの不器用な領主殿にももう一度」
その後、ノルマンに渡った為イギリスの聖杯戦争や、噂に聞くソールズベリの騒動には関われなかった。それが悔しくまた思い出深かった。
「ソールズベリか。あの地はなかなかいい土地だったな。新しい街と領主を中心になかなか活気に満ちていた」
懐かしむような口調のアリオス・エルスリード(ea0439)にシエラも頷いた。
「ええ。ウィルトシャー地方の盟主として領主様もその後ご活躍のようでした。遺跡に封じられていた魔法王が復活したという噂もありましたが、それも無事解決したようですし‥‥きっと未来は明るいと思いますわ」
「なら‥‥良かった」
心のどこかであの若い領主と土地が気になっていただけに、スニアはホッと胸を撫で下ろした。
自らを騎士と呼んでくれたあの街をいつか、また訪れてみたいものだと思う。
「私は、直接ソールズベリに関わったわけではありませんけど、その近辺での依頼を受けることが多かったですね。特にエーヴベリーという街で出会った遺跡と、人々は忘れる事はできません」
リース・マナトゥース(ea1390)もまたウィルトシャーの地を何度と無く訪れていた。
最初に行ったのは丁度この時期だったろうか。
「あの地方には、遺跡が本当に沢山あるんです。その遺跡である女性の方が殺害されて後を継ぐべき兄弟が仲互いを始めて‥‥その犯人探しと仲直りの依頼を受けました」
最初はただの殺人事件と思われたそれは、後に遺跡とゴーストとエーヴベリー、そしてソールズベリをも巻き込む大きな事件へと繋がって行った。
「とても、悲しい事件でしたけど‥‥今となってはいい思い出となっています。少なくとも、新たに誰かが悲しまなければいけないような結末にならなかったことは、とても喜ばしいことですから。それに‥‥」
「それに?」
興味津々、という顔でミリート・アーティア(ea6226)はリースの顔を覗き込む。
「また‥‥あの兄弟の皆さんにはお会いしたいです。皆さん、とってもステキな方でしたから、特に‥‥カインさんは‥‥」
「へえ〜」
パッと、リースの顔が赤面した。あっ、と自分の言葉の意味にさらに気付いて頬がさらに朱を帯びる。
からかわれるかも、焦って頬に手を当てるが、ミリートの目線は少し、遠くを見つめている。
「どうしたんですか? ミリートさん?」
「う〜ん、あのね。以前恋愛ごとでちょっと、失敗しちゃったことがあるんだ‥‥。大事な友達の依頼だったんだけど‥‥」
自由に歩けぬ貴族の少女と吟遊詩人の恋。
歌の力を信じ、歌が奇跡を起こすと信じて取った行動はその時残念ながら、空回りに終った。
「あの時は泣いたなあ。うん、暫く人に顔合わせらんなかったくらい。でもね‥‥その後も彼女とは友達。ん、思い返すといっぱい。また遊びたいや。それに‥‥依頼の失敗は今も悔しいけど、いつかもしチャンスがあるならまた力になってあげたいって思うんだ!」
がお! とミリートは唸って笑う。笑えるようになるまで、どれほどの時がかかったのか‥‥。
失敗した依頼は胸に突き刺さった棘のようなもの。同じ思いを知る冒険者達は声をかけずに彼女の笑顔を見つめていた。
「失敗依頼か‥‥。なあ、ちょこっと懺悔してもいいかい?」
セレスがふと、そんな事を口にした。スニアの方を向いて一度だけ、微かに眼を伏せて。
「初めて冒険者として依頼を請けた時、俺はまだどうしようもなく未熟だった。大切なことを見失い、そのせいで守れたはずの者を守れなかった‥‥スニア。アンタも覚えてるだろ。シャーラとクラウスの事件だよ」
眼を上げたセレスの言葉に静かにスニアは頷く。
「忘れるはず、いえ忘れられる筈が‥‥無い。あの事件は要約してみれば、恋人を殺した友を止めようとする男性、そして彼に思いを寄せる占い師、ありふれた男女関係に起因する騒動の解決にあたっただけなのですが‥‥自分がどれほど使えないかということを嫌と言うほど思い知らされましたから」
事件の解決を優先するあまり、一番大切な事を忘れていた。あの悔しさは今でも思い出せば心が血を流すほどだ。
「あの時、俺は冒険者を止めようとさえ、思った。でも、逃げ出したら何も変わらない。弱いままだ。彼らにも顔向けできない。そう思って踏みとどまったんだ」
「私は‥‥あの依頼で全力を尽くして困難にあたることの大切さを知った気がします。苦しさの中に楽しさがあり、その先にもっと輝くものがあるのだと」
だから、冒険者として今、ここに立っているのだと彼らは言う。誇りを持って前を見て‥‥。
「皆は‥‥強いな。俺はまだ迷っているよ。私に一体何が出来たというのか‥‥現実は本に出てくる通りには行かないものだと実感したからな」
今まで沈黙していたシェゾ・カーディフ(eb2526)が紅茶のカップを置いて呟いた。
ある地方での戦いを止める為の依頼に参加した。
最初は戦いを歌の力で止められないかと思っていた。その為に歌詞も考え万全の用意をしていったつもりだったが役に立たなかった。
二回目は危機感の不足からもっと大変な事態に陥りかけた。一歩間違えばどうなっていたか、思い出すだに汗が出る。
「数多くの兵士が倒れていくのを目の当たりにした。救えた命だったのか? 私は今でも答えを見つけることは出来ずにいる。歌が人を救えるなど、バードが誰かを助けられるなどと傲慢なのだろうか‥‥」
寂しげに笑うシェゾの思いを
「そんなことない!」
ミリートの大きな声が否定してくれた。
「何故?」
「あのね、私も歌が大好きだけどね。依頼で何度も歌を歌ったけどね。歌は本当に人の心を動かす力があるんだよ」
「でも、キミはさっき‥‥」
「それは多分、力が足りなかったから。私ね、最初の依頼でね。凄い歌い手さんに会ったの。本当に触れた事のない世界っていう感じかな? 歌を聞いて涙が出たの初めてだったよ」
それが決定的。レンジャーでありながら歌の勉強を続けているのは全てあの時の感動を忘れられないからだ。
「私もいつかあんな風に唄えたら良いなぁ、って想ってずっと頑張ってるの♪ だから、ね!」
「歌の力を信じよう‥‥か。そうだな。武力をもって争いを解決する事を嫌い、吟遊詩人として生きていく道を選んだ私が戦場という場において右往左往して帰ってきた。それで迷ってしまったのかもしれん」
小さく笑ってシェゾは頷く。
「どちらにしても、生き方は変えられぬ。ならば思いは貫くのみだな」
迷いを振り切るような笑顔を見せて。聖夜祭が終れば彼はイギリスを離れるつもりだった。ジャパンに向うその前に図書館で話をして、知識と心を養おうと。
(「だが、それ以上に大切なものを貰ったか」)
苦笑しながら彼は竪琴を握り締めた。
「図書館長殿、この地、この場に一曲捧げさせて頂いてよろしいか?」
話を黙って聞いていた図書館長は静かに頷く。冒険者達も柔らかい目で見つめている。
「キミも一緒に歌うかね?」
弦を弾いてシェゾはミリートに笑いかける。
「うん! やる!」
ミリートは跳びはねるように立ち上がって背筋を伸ばした。
「リクエストは?」
「あのね! ‥‥」
了解、と頷いて彼は琴を弾いた。深く深呼吸したミリートの口から高音の澄んだ声が竪琴の音と合わさって音楽を生む。
「Kyrie Eleison〜〜」
歌いながら思い出すのは、かつて、この歌を教えてくれたシフール。音楽と歌の楽しさを教えてくれた彼女にとっての天使。
(「アリエルさんには、まだ及ばないけど、いつか‥‥会ってお礼を言いたいな。お陰でもっと歌が好きになれたってね〜」)
深い思いを胸に抱いて彼と彼女は澄んだ響きを図書館という静寂の空間に響き渡らせた。
何杯目かのお茶が進む頃、冒険者達の間でふとした議論が生まれた。
事のおこりはおそらく、セレスのこんな発言からだったろう。
「いろんな依頼をやったよなあ。モンスター退治もやったし、遺跡の探索もした。ドラゴンの子供にも会ったっけな。ドラゴンは恐ろしい生き物だと思っていたが、子供は人懐っこくて可愛かった」
モンスターと人は共存できるのか。そんな話題になったのだ。
共存に、肯定的な意見を持てないものもいる。親をモンスターに殺されたりドラゴンアタックを経験してきた者などはなおのことだ。
だがミリートやセレスは希望を信じたいという。議論は感情論も絡む為なかなか変化を見ない。エリファスもあえて口を挟んではくれなかった。
「一つ、俺も話していいか? 議論に答えが出せるわけではないがな」
そう言い置いてアリオスが口を開いた。
「俺が始めて長期に関わることになった依頼での話だ。その村はごく普通の村だった。近くに森があり、そこにオーガが住んでいたというのもそう珍しいことではない。ただ、そのオーガと村の子供たちの仲が良かった、というところが他と違うところだな」
へえ、とミリートは目を輝かせる。冒険者達も興味深そうに顔を上げる。
人に恐れられるオーガと子供が仲良くなっていたなど、そんな話があったのか。と。
「オーガは心優しかった為特に問題もなく過ごしてきた‥‥その森にバグベアがやってくるまではな。親は子供達がオーガを慕うのを恐れ、またバグベアをオーガが呼んだのでは無いかと危惧した。そしてオーガを森から追い出そうとさえした‥‥」
彼は、冒険者はオーガを信じる子供の為にバグベアを討ち、オーガもまた子供達の為に同族とも言えるバグベアを手にかけた。
ここまで話してアリオスは言葉を切る。
「この件で俺が言いたいのは、信じれば異種族の共存は可能だ‥‥ということではない。この件でオーガが受け入れられたのは、証を示したことの他に、オーガが居たから他のいわゆるモンスターが寄り付かなかった、と言う事実が存在したからだ」
つまり、そういう継続的な利益がなければ一時的に受け入れられたとしても、やがてその関係は破綻しかねない、と彼は冷静に言う。ある意味モンスターを人間が利用している。そんな例は他にいくらでもある。
良きにつけ、悪しきにつけ、モンスターさえも手駒にする。それが人間なのだ。
「確かに‥‥モンスターよりも悪どい人間なんて山ほどいるもんな」
苦笑するセレスに頷き、でもアリオスはその状況から絶望ではなく、希望の芽を指し示す。
「裏を返せばそれを解決すれば共存も不可能ではない。共存を望むなら、誰もが納得できるような状況をお膳立てしなければならない、というのがこの話の教訓となるな」
モンスターと人との共存、それはお互いの思想があまりに違いすぎる故に遠い幻のように見える。
でも、決して不可能ではないのだろう本当にアリオスの言うような事が可能だとすれば‥‥。
「アリオスさん。その後、その村はどうなったのですか?」
リースが遠慮がちに言う。さあな、とアリオスは肩を竦める。
「あの村に関する依頼はあの後なかったから、平和にやっているのだと言えるのだろう。多分‥‥な」
言ってから眼を伏せるアリオスは閉じられているのに微笑んでいると解る優しさをその目元に湛えていた。
「図書館長を御前にして、このような事を言うのは失礼かもしれませんが‥‥冒険者となりギルドで依頼を受けるようになってから、書物で得た知識に血が通い、視野が広くなったような感覚が生まれました」
今までの依頼を思い出しながらセドリックは真面目に告げる。
彼の思い。それを一番実感したのは、そう聖杯探索の調査の手伝いをした時だった。
図書館の中で彼らは古い伝説の刻まれた文献を調べ、整理した。情報を解読したあの時の高揚感は忘れられなかった。
長い歴史の欠片が目の前で未来への道しるべに変わったような気がしたのだ。
だがその後、縁あって資料に関わる聖人探索に関わることになった時、実感に変わった。
「建物が遺跡と化す程の時の流れと、それでも絶えぬ人々の営み。‥‥喜びや悲しみ、善や悪。その全ては人が生きているからこそ生まれ、紡がれていくものなのだと」
「それは、私も同感ですね。良いことも悪いことも皆、人の生きた証なのかもしれません」
シエラもまたいくつもの体験してきた依頼に思いを廻らせる。
「冒険者として活動した期間はまだ1年半ほどですからまだまだこれからの時期ですけど、内容は十分に濃かったような気がしますね。悪い事も多かったですけど、良い事の方が多かった‥‥と自分では思ってます」
「きっと‥‥それは冒険者の方、全てが思うことですわ。私も私は冒険者になってとてもよかったと思っています。依頼を受けなければ会えなかった人達もたくさんいましたし‥‥何より、いろんな人の笑顔が見られたということが、何よりの私の宝ですから‥‥」
リースの思いに
「俺もどーかん」
同意するようにセレスが頷いた。
「後味の悪い結果に終わることもあったし、人の心の恐ろしさを目の当たりにすることもあった。でも、笑顔で「ありがとう」と言ってくれる人もいた。そして何より、大切な仲間に出会えた。今でも俺はまだ未熟だが、冒険者として過ごしてきた時間は決して無駄ではなかったと、今ならば思えるし、はっきり言えるよ」
冒険者達の全員の瞳が迷い無く輝き、そして告げる。このイギリスに生き、旅してきたことに後悔は無いと。
用意された席は10。座っている冒険者は9人。
用意された10個目のカップは余り、菓子も残る筈だった。それが無いことを不信に思う者もいたが気には止めない。
きっと事情があって遅れたか、取り止めたのだろう。
お互いの冒険譚を話し合う彼らの前に皿や、菓子を並べながら‥‥
(「泣きたくなるほどに優しいな。人も、大地も」)
葉霧幻蔵(ea5683)は本当の顔を隠したままそう思った。
眼を閉じれば蘇る。故郷での忘れることなど出来ない苦い思い出を。
『出来ぬ、幼子を手にかけるなど‥‥』
『任務だ、ヤレ! やらぬなら‥‥』
少し前に抜け忍を探す依頼を受けた。自らの忍びの運命から逃げ出しこの地で新たなる生きがいを見つけた男がいた。
ほんの少し、運命の輪がずれていれば自分もおそらくそうなっていただろう
始末されてもおかしくない状況でこの地にやってきた。他国の偵察など口実に過ぎないと解っている。
要は左遷なのだ。
イギリスとて平穏な国という訳でもなかった。戦争があり、いくつもの戦いがあり、血で血を洗う。そんな状況をいくつも見てきた。
だが、ケンブリッジで子供達を救う助力になれたことを皮切りに、彼はこの国でいくつもの光を見つけた。
何よりも大切な友。パートナーとも家族とも呼べる愛犬。心の支えとなった幾人もの人々との出会い。
人ならぬ者との出会い。‥‥そして
「まあ、これは置いておいて‥‥」
趣味のアイテムたちはとりあえず横に。
彼は、仲間達の思いをそっと聞きながら思う。
紛れも無く彼にとってイギリスでの冒険は夢の如く輝く日々だった。
いつまでも続いて欲しいと願うほどに‥‥。
誰にも言うまでも無く、口するまでも無い事だが。
長く話し込み、明るかったはずの部屋の外がいつの間にか紫に染まっていることに冒険者達は気付いた。
そろそろ長居して良い刻限を過ぎているのかもしれない。
そんな事を考えた正に、そのタイミングに今まで聞き手に徹していたエリファスがふと声を上げた。
「一つ、聞いて良いかの?」
「?」
勿論、今日の招待の趣旨がそもそも冒険者に依頼の話を聞きたい、だったのだ。
招待主の質問に答えるのは当然の事だと全員が頷く。だが
「おぬしたちは神の国を目指すのか?」
その問いに明確に答えられる者は少なかった。
アーサー王よって開かれたという神の国、アヴァロンへの道。
図書館の書物さえ役に立たぬ未知の世界。
そこに行くという事は無論、イギリスに別れを告げる事を意味する。
「‥‥まだ解りません」
リースは悩んだ末にそう答えた。
「私には肉親は居ませんが、一緒に暮らしている家族が居てくれますから決して寂しくはありません。ですから私には、このイギリスを離れる理由は無いんです。でも‥‥」
なんと言ったらいいのか、相応しい言葉を捜し悩んだリースはやがて、静かに続きを告げる。
「冒険者として今までのことを思い出してみて、まだ冒険者を続けたいと願う気持ちもあることに気づきました。ただやっぱり、その為にイギリスを離れ異国に行くとなると、簡単には決められません。だからできればイギリスで出会えた人達ともう一度会ってみて、もっと時間をかけて考えてみようかと思います」
「俺も同じでしょうか。立派な学者になって故郷に戻り、妻と共に暮らしたいという意志は変わりありませんが、今しばらくはこの感覚、実際に体験することによって知識に血が通う‥‥そんな自らの意思を大事にして、見識を深める為に旅をしたいと考えています。国を出るかはまだはっきりとはしませんが」
「私は逆に、この国に残るつもりです。よくよく考えると聖杯探索にはロクに参加していない上、キャメロットを離れた場所の依頼ばかり受けていたのでアヴァロンに興味も愛着もあまりありませんし。同じイギリスの中でも色々な違いがある事や、何も違わない部分も、色々と見て来れましたし、とりあえずは生業を続けていくつもりです」
セドリックと対照的に、だが銅鏡に映したようにシエラは微笑んだ。
「んとね、私はジャパンに行こうかと思ってる。まだ、はっきりと決めたわけじゃないけど」
「俺はもう決めた。一つでも知識を集め。新天地で自らを育てる為にな‥‥」
「俺はさ、最初は、失った記憶を取り戻す為に冒険者になった。でも、今の俺の夢は昔とは少し違う‥‥俺は誰かの笑顔を守りたい。その為に、これからもこの地で人々の為に力を尽くすつもりだ」
旅立つもの、残るもの。彼らの思いはそれぞれだ。その先にある物語はまだ誰にも解らない。
「ならば、冒険者よ。一つ約束をしてくれぬか?」
「約束?」
どこからか取り出した筆記用具を一人一人に手渡しながらエリファスは首を傾げた響の問いに頷く。
「どこに行っても構わぬ。だが、いつか必ずこの国に戻りまた話を聞かせてくれ。その冒険を書き止めこの図書館に残してくれるとなお有り難い」
かつて、若き頃エリファス・ウッドマンもまた冒険者だった。
いつかこの世の知識の全てを集めた図書館を作り、未知に惑う者たちを導きたい。それが彼の夢だったのだ。
長き年が過ぎ人でしかない身体は老いて力を失った。未知の世界を知る為に世を飛びまわった魔法使いも今は一人の老人に過ぎない。
「図書館を作るという夢は未だ志し半ばだが、図書館を預かり未知の世界に惑う者たちを導く、その夢は叶った。歩んできた道に後悔は無い」
だが、この命はやがて消え、身はいずれ朽ちる。その時この見果てぬ夢が消えてしまうのはどこか寂しく思えた。
「わしの夢を継げなどとは言わんよ。だが、そんな思いを持っていた愚か者がいたと覚えておいて、そしてその夢に少し力を貸して欲しい。願うのはそれだけじゃ‥‥」
寂しげに笑うエリファスの前に響はスッと膝をついた。俯いた視線に目を会わせニッコリと微笑む。
「また、御茶をご一緒させて下さい。今度、図書館へ足を運ぶ時にはジャパンの御茶でも持参しましょうかねぇ」
「俺もまた話をしに来たいな。また、この美味い紅茶出してくれるかい?」
冗談めかしてセレスが言うかと思えば
「貴方の夢は大図書館なのですか。私は騎士の名に恥じない実力を身に付け実績を残すことですが‥‥。その夢、他の方に伝えても良いでしょうか? ライブラリィの建設に邁進しそうな冒険者なら数名知っているのですけどね‥‥」
スニアは真面目な顔でとんでもないことをあっさり口にする。
「未来の図書館員候補なら、ここにもいますよ。募集があれば‥‥きっとあっさり応募してしまいますわね。書物に触れて過ごせる職場が今の憧れですから‥‥」
シエラは楽しそうに微笑み、アリオスはポンと静かに肩を叩いた。
「まあ、何時までも達者でいてくれ、ということだ。夢を預かる者には不自由は無いだろうな」
自分を包む鮮やかな笑顔達に‥‥
「当たり前じゃ! ワシは100までも生きてくれようぞ。アヴァロンの真実や異国の文化。その全てを知り尽くすまでは死んでも志にくれぬ故にな!」
カッカッカッ!
かくしゃくとした豪快な笑い声が返る。その笑い声に冒険者達はさらに笑顔を返す。
安堵するように。できるなら、彼にはいつまでもこの国、この地で変わらぬ図書館のように冒険者を迎える存在であって欲しかったから。
いついつまでも‥‥。
帰り間際、響は図書館長に囁くような声で聞いた。
「そうだ、図書館長様。カールさんはお元気ですか?」
シェゾとセドリック。二人もカールの名に耳を立てる。彼はずっと気になっていた人物でもある。
末期の母の病の為に図書館の本を盗んで王宮を辞した青年の消息を、
「元気じゃよ」
エリファスは笑って教えてくれた。
「母君は‥‥残念ながら亡くなられたが今は、薬師の所に弟子入りし本格的に薬の勉強をしておる。時々、ここに本を見に来ることもある」
夢を追いかけているのだと、その言葉だけで確信できた気がした。
「それは、良かった。彼の未来に幸多かれ」
胸の痞えが落ちたように響は微笑む。合わせた手から紡がれたのは心からの祈りだった。
誰もいなくなった執務室。お茶の片づけをしようとする女性を
「ちょっと待つのじゃ」
エリファスは呼びとめた。振り返る『彼女』の顔は何故か汗だくだ。
「なんでしょうか? 図書館長様?」
白い羽根のついた筆記用具が胸板を付く。
「おぬしもこれを持っていくが良い。なかなか波乱万丈で面白い話が書けるじゃろうて」
「な・何故?」
ごくり、喉が鳴った。彼は答えない。ただ、ニッコリと微笑むのみ。
「おみそれしましたでござる」
彼は先達に膝をつき、頭を下げた。底知れない笑顔の老人に心からの敬意を抱いて。
「ではな。冒険者達よ」
エリファスは冒険者を大仰に見送ったりはしなかった。いつもと同じように。
それが冒険者達には嬉しかった。
お茶会で得たものは、過去の追憶と未来への決意。筆記用具とお茶とお菓子。そして白い羽根に託した祈り。
「この地での出来事は夢のよう。この先も夢の様な冒険をしていきたいものである」
誰かが呟いた言葉が耳に残る。
この先、自分達にどんな冒険が待っているか解らない。それは平凡な人生かもしれないし、戦争かもしれないし、波乱万丈の物語かもしれない。
だが、だがいつか、約束を果たそうと、彼らは思う。この図書館に自らの知りえた事、自らの人生を残そう。
かつて過去に生きた人々が記した書物が自分達に道を指し示してくれたように、自分達の行動が、その記録がいつか誰かを導く事を祈り、信じて。
エリファスは書架を、そこに収められた書物の数々を無言で見つめた。
冒険者達が言っていたように、真に大切なものは書物の中には存在しない。
人と、人の関わりの中でどんなに辛くても自分自身の力で見出さなければならないのだ。
だが、それでも書物には意味がある。
図書館長になった時から、いや、生まれ出て最初の本を開いた時から知っていて、忘れていた事を彼は冒険者達との会話の中で思い出していた。
ここにあるのは、多くの人々が紡いだ生きた証であり志であり夢。
そう受け継ぐものがいる限り、志は、夢は繋がると。消えることは無いのだと。
そして、彼はまた静寂の空間で訪れる者を出迎える。
いつも、いつまでも変わらぬ笑顔で‥‥。