【見習い絵師奮戦記】 バラとパピヨン
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■ショートシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:1〜5lv
難易度:易しい
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月10日〜06月15日
リプレイ公開日:2006年06月17日
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●オープニング
「ばっかもん!」
静かな図書館に響き渡る声に係員達は肩をすくめた。
「どこの世界に八本足のパピヨンがおる! お前は基本的な常識すらも知らんのか。絵師のくせに観察眼が無さ過ぎる!」
自分達には関係ないと解っていても、少し緊張してしまう。
彼がこんなに怒る事は普段そうそう無いのだが‥‥。
「ですが先生‥‥。僕は本当のパピヨンを見たことが無いんです。なんでも一度見ればある程度描ける自信はあるんですけど‥‥」
「見たことが無いものは描けんというのか! 神話や伝説の聖獣はどうする? デビルや天使を描けと依頼が来たら断るのか? 戦争の絵を描けと言われたら戦場で刃の中に立つか!」
もう知らん、とばかりに顔を背けてしまう老人に
「そんな〜。お見捨てにならないで下さい〜」
泣いて縋る若者。
見ている分には笑い話だが、当人達にはそうではないのだろう。
さて、どうしたものか?
師と、弟子と傍観者が同じ思いにため息をついた時、
「おじいさま‥‥。ちょっといいでしょうか?」
ふと、声に振り返ってみれば、図書館の入り口に少女が立っている。
いつから、どこから見ていたのか、少し困り顔をしている少女におじいさまと呼ばれた老人はおお、と顔を綻ばせた。
足元に縋りつく若者には軽く蹴りを入れて、別人の顔で近づいていく。
「どうした? ミーナ。何かあったのか?」
「‥‥はい、実は‥‥」
彼女は言いよどみながらもぽつり、ぽつりと悩み事と相談事を告げる。
それを、うんうん、と聞きながら老人は足元で頭を抱える青年にちらり、目を落として笑ったのだった。
差し出された羊皮紙に描かれた人物絵は悪くない。
風景画もなかなかだ。
貴重な羊皮紙を消費したことを差し引いても手に入れる価値があると思うものも多いだろう。
「で、図書館長殿。こいつがその絵師なのか?」
「ああ、わしの弟子のようなものでリドと言う。腕は悪くないのだが未熟者でな、見たことの無いものは描けんなどとぬかしおる」
「だって、見てみないことには何がなんだか解らないじゃないですかぁ〜。一度見さえすれば描けるんですからいいですよね? ね? そう思うでしょ?」
ね? ね? リドは必死に同意を求めるが冒険者も、係員も苦笑するばかりだ。助けてはくれない。
まあ無理も無あるまい。
彼の背後で睨むのはイギリスにその名も高い宮廷図書館長。
敵に回すにはあまりにも相手が悪すぎる。
「見なければ描けんというのはお前の実力不足だ、このままではお前に重要な仕事をまかせられんぞ!」
「そんな〜〜〜」
「それで、御用向きはなんだったのです?」
目線をわざとリドから離し依頼主を見る。依頼主は彼、エリファス・ウッドマン。
「ああ、わしの知り合いに街外れでバラ農園をしてる者がいてな。そのバラの畑に最近パピヨンが多く出没すると言う。数にして10頭前後だそうだが、普通の蝶に紛れてしまって、解りづらい。近づきすぎた既に働き手の何人かがその毒を吸い込んでしまい倒れたとか。それでその農園に出没するパピヨンを退治してくれ。そして、ついでにそやつにパピヨンと蝶の差を知らせてスケッチさせて欲しい」
「せ、先生?」
慌てる絵師を一切無視して退治の課程で標本のように死骸を集めてきてくれればなおいい、とあっさり言う図書館長に係員は問うた。
「パピヨンと蝶って一体どこがどう違うんだ?」
「簡単には見分けることはできぬぞ。それなりの知識が必要じゃ。無い場合には‥‥近づいて毒燐粉を出すか出さないかでみわけるしかないかのお」
「え?」
「大丈夫」
エリファスはかかと笑った。
「毒燐粉も、ちゃんと解って対処すればそう怖いものではない。パピヨンそのものは毒燐粉以外の攻撃手段を持たない弱いモンスターじゃしな。そろそろバラのシーズン。あのバラ園は近隣のバラ園の中でも手入れが良くて花が美しいぞ。花見をかねていくのも良かろう」
「あ、あの‥‥。本当にモンスターを見て、描かなければ‥‥ならないのですか?」
半ば泣き出しそうに縋るリドをあたりまえじゃ。と図書館長は突き放した。
「見なければ描けぬというのなら、見せてやるまでじゃ。わしは、お前の腕に期待しておるのじゃ。期待を裏切るでないぞ!」
「せ、せんせ〜〜〜」
では頼んだ。と伸びた背筋で背を向けすたすた去っていく依頼人とそれを追う弟子。
彼らを見送りながら、係員は依頼を楽しげな笑顔で貼り出した。
満開のバラの園。その上を飛ぶパピヨンはきっと美しいことだろう。
●リプレイ本文
震える手で、ギルドの扉を開く。
怖い。緊張する。
逃げ帰りたいと思う。
‥‥逃げ帰ったらもっと怖いめに合うと解っていてもだ。
だが、なけなしの勇気を全部出して、無理をしまくって‥‥扉を開く。
そこで‥‥
「無理しないでいいんだよ。自分に出来ることをやろう。ね?」
彼は、光に出会った。
「うわ〜。満開だ。すご〜い。綺麗だね〜〜〜」
はしゃぐように跳びはねるイリア・イガルーク(ea6120)の横、ナセル・ウェレシェット(eb3949)はそっと胸を手で押さえた。
「本当。こんな見事な花園は滅多に見られないわ。私の心も、まるで蝶になりそう‥‥」
ジプシーとしての踊り出しそうな気持ちを押さえているのかも知れない。
「あら、踊りをなさいますのね。ナセルさん。終ったらぜひ、お見せ下さいませ。バラとスケッチ。そしてダンス。きっと愛でれば素晴らしい時になりますわ!」
うっとりとした口調でセーレフィン・ファルコナー(eb5381)が告げる。
私でよろしければ、と頷くナセルとは正反対に、自分の腕にその価値があるのかと視線を受けた人物は頭を下げる。
「ありゃ? どーしたの? リド? せっかく来たのに顔色悪いよ? 調子でも良くない?」
心配そうに顔を下げるイリアの碧の目と視線がぱっちりとあって、
「な、なんでもないんです。す、すみません!」
リドは大きく後ずさって手を振った。
「何か心配なことがおありなら、遠慮なくおっしゃってくださいな。私達は‥‥お手伝いをするためにまいったのですから」
セーレフィンの言葉にはい、と頷くと彼は、真剣な目をバラ園とその上に向けた。
(「覚悟‥‥か」)
「あんまりおしゃべりをしていてもな‥‥。用意が出来たのなら‥‥ゆくぞ」
黙って話を聞いていたウルク(eb5006)はそう言って、少年少女達に背を向けた。
身長で言えば彼より小さいのはシフールのセーレフィンだけであるが、落ち着いた彼の行動、言動には安心感があって、冒険者達は素直に頷き、従い、後を追う。
「あ、入り口あっちだよ!」
とウルクを呼び寄せるまでは。
ほんの少し、解らぬほど微かに顔を赤くして歩き出すウルクや冒険者達の頭上、まだ微笑むような太陽は登りきってはいなかった。
トントントン、かちゃかちゃかちゃ。
「‥‥失礼致します。頼まれたものを持ってまいりました。これで‥‥よろしいでしょうか?」
室内に響いていた音に寄り添うようにノックの音が鳴り、
「あ、じょーとー、じょーとー。どうもありがとうです! ゴメンね〜。後で掃除するから〜」
荷物を抱え入ってきた少女に、イリアはぺこり頭を下げた。バラの飾られた趣味の良く綺麗な部屋は、今、木屑と布糸の切りかすで溢れていた。
いいんですよ。と言うこの部屋の持ち主に、冒険者達はこの惨状の原因をちゃんと報告することにした。
「これで、捕獲用の木箱は完成。上手く使えるかどうかは解らないけど、虫取り籠も作ってみたの。あとは、実際に試してみないとね」
長い棒にとりつけた籠がナセルの肩で重そうに揺れる。
「そっちが虫取り籠ならこっちは、虫取り袋ってところかな。上手く行くかは神様の言うとおり‥‥ってね!」
ぶんぶんと布の袋を振り回すのはイリア。やる気満々な二人の間をすり抜けて、彼らの様子を見ていたリドの肩にふわりセーレフィンは舞い降りた。
「何を描いておいでで? あら、上手」
彼の手の中の羊皮紙にはペンで一気に描いたとしか思えない、見事な絵があった。バラの上に舞う蝶。一応、ちゃんと六本足だ。
「遠くから見ただけだから、まだちゃんとした模様は描けてないですけど‥‥。大丈夫、覚悟は決まったので」
最初に出会った時の心細げな表情を思い出すと、別人の目だとセーレフィンは思う。
「やはり凍らせたものではスケッチはできませんよねぇ‥‥。やっぱり、リドさんに頑張っていただきませんと。よろしくお願いしますわ」
「こちらこそ!」
「お願いします」
リドが頭を下げるうち、冒険者達は雇い主の一人であるミーナから、バラ農園の中で特に蝶の多いところを教えて貰うなどしていた。
「‥‥では、恐ろしいまでに多い、という訳ではないのだな? 被害者の数も、それほどでは無い、と言ったか?」
「はい‥‥。蝶のいないところを選んで収穫も始めております。でも、今までに無いほどバラが求められている今月。少しでも早く、農園全体をしっかり把握したいのです」
「解った。任せておけ」
差し出された手袋をはめ、黒頭巾をウルクは上げる。
「もう一人、来るはずだったと聞いているけど、仕方ないね!」
イリアが、ナセルが、そして最後にリドが手袋を手に取りはめた。
セーレフィンには手に合うものが無いのでリドの肩へ。
「さて、頑張りましょうか?」
「お願いいたします‥‥。皆さんにご武運とご無事を祈って‥‥」
小さな願いと真摯な思いを背に冒険者達は畑へと向かったのだった。
口元に布をつけた。微かに冷たい、貼り付けたような感覚がする。
「‥‥少し変な感じだろうけど、こうしておくと大掃除なんかのときも埃を吸い込まなくてすむんだ」
布が気になるのか何度も触れるようにしているリドにとっちゃだめ、とイリアは目で制する。
バラ園に入ってきて、間近に飛ぶ蝶達を見ていると、美しいと思う反面、頭が痛くなってくる。
ぱっと見た限りでは良く解らないが、確かにこの中に毒蝶パピヨンが混ざっているのは間違い無さそうだ。
だが、幸いそれほどの数は無い。これくらいなら、この人数でも‥‥
「問題ない」
ウルクは呟いた。手の中でナイフを弄びながら言う。
「綺麗に
ばらして
並べて
分解するまで‥‥」
「分解しては、まずいのでは?」
ニッコリ。すかさず、隙を逃さず、冷静にセーレフィンがつっこむ。
「‥‥‥‥そうだな」
長い沈黙の後、彼の唇が、ほんの微かに上がる。
「くすっ」「アハハ」「ハハハ」
広がる笑い声、丁度いい感じに肩の力が抜けた感じだ。
くるりと肩を回して、武器と道具を持ち直す。
「リドさん。貴方は貴方のやるべきことをすればいいの。少し離れた場所からでいいからよ〜く観察してね」
「はい!」
リドは頷いて冒険者達の後ろに下がる。彼の手にあるのはペン。彼の武器だ。
それを確認して微笑みながらナセルはバラの花園の上に目線を送った。
まるでダンスを踊るような楽しげな蝶の群れ。
「ごめんなさいね。貴方達もバラの花を楽しんでいるのに‥‥。でも、この花を綺麗に保つためには管理が必要なの。この花園は沢山の人々の思いが込められているから‥‥」
「用意はいいか?」
頷く仲間達と絵師にナセルは前を向く。もうその目に迷いは無い。
「ゆくぞ!」
強い声と同時に冒険者達は鮮やかな色彩の中に飛び込んでいった。
「一匹、つっかまえた〜。こっちは、パピヨン‥‥かな?」
口元の布を押さえながら、イリアは袋の中に手をつっこんで手を引き出す。まだ生きている蝶がぱたぱたと手と足を動かしている。
羽根を掴んでいると、指に燐粉がはっきりと付きそうだ。
「多分‥‥そうです。羽根の特徴が、普通の蝶と違います‥‥」
ペンを走らせながら、目線は蝶に。リドは鋭い絵師の眼差しを送る。
「そう‥‥」
頷いて、よいしょ、っと木箱の中にイリアはその蝶を放した。
木箱は頑丈で、その周囲に開けた穴からしか中を窺い知る事は出来ない。
「少し見にくいかもしれないけど、我慢してね」
「はい。大丈夫です。これで、三匹目。なんとなく、普通の蝶との差が解って来ました」
「へえ、流石だね。じゃあ、なるべく生け捕るから、頑張って!」
箱の中に集中しているリドに微かに手を振って、イリアは仕事に戻る。
ふと、横を見ると‥‥ウルクがナイフを空中に閃かせている。
「うわっ!」
一閃。隙を上手くついて空を飛んでいた蝶が地面に落ちた。
「悪いが、仕事なものでな。綺麗に‥‥ばらして‥‥並べて‥‥」
「あわわ、分解はまだまずいって! できれば今はまだ、生け捕り、いけどり!!」
もう一度、もう一匹と動きそうだった手と眼差しははたと止まる。
「‥‥‥‥‥‥そうだな」
「‥‥ひょっとして、忘れてた?」
返事はしてくれない。歩み去り、また蝶を見つめる彼の横で、イリアもまた蝶に向かい合った。
「ありがと‥‥」
ウルクにはああいったが、蝶はともかく、パピヨンは、最終的には『分解』ということになるだろう。
蝶そのものもバラにとっては益虫ではないのだ。
できるなら無用な殺生は避けたいなどと思ってしまっていたが‥‥エリファスも最終的には退治するようにと言っていた。
『勝手、とは解っているがな。モンスターと人間、いや、動物と人とさえも奇麗事ではすまぬ時がある』
(「それを解って欲しい‥‥か」)
「どうした? まだパピヨンは全滅した訳ではないぞ」
ウルクに声をかけられ、何かを振り払うようにイリアは首を振った。横に、そして縦に
「うん、解った。もうそろそろ、あっちもいいみたいだしね。んじゃ、そろそろ本気で行こうか!」
「バラを傷つけないようにしましょうね。魔法も、バラに影響が無い程度に‥‥」
「どうしましょう。さっき、氷をバラの上に落としてしまいましたの。次は、気をつけますわ」
ふと顔を上げた絵師は、そこで光を見たという‥‥。
夕暮れの光を受けて、真紅のバラはより紅く、白いバラも朱色に染まる。
蝶もパピヨンも、一時ではあるかもしれないが花園から消えうせ、依頼人の少女は使用人たちと共に花を摘む。
ジューンブライドの祭りは、きっと美しい花に包まれることだろう。
「キレイね‥‥。蝶達でなくても心奪われるわ。なんだか、踊りたい気分‥‥」
新しい踊りのリズムを取るナセルと、バラ園を黙って見つめるリドに
「ちょっといいか? 質問と言うか、聞きたいことある」
ウルクは切り出し
「なんでしょうか?」
とリドは頷く。
「お前の、絵についての考え方についてだ。実物を見て知れば描ける。知らなければ描きようがない、それは一つの考え方だ。間違っているとまでは言わん。だが‥‥」
「だが‥‥?」
息を吸い込んで、ウルクは言った。
「仮に『災い』を直接知ればそれを姿に与えることが絵師にできるのか?」
微かにリドは身じろぎし俯いた。反論は無い。
「死を知ればそれを目に見える形に表現できると‥‥お前の仕事というのはそういう表現の仕事じゃないのか? ならば、今のままの自分でいいと甘えるべきでは無いと思うのだが」
「そんなに、苛めないであげて。今はまだそれは間違ってはいないと思うの」
話を聞いていたのだろうか。踊りを止めナセルはニッコリと笑った。
「スケッチ、見せて貰ったわ。美術については詳しくないのだけれど、一度見ればあれだけ描けるというのはすごいと思う。珍しい物も見れば描けると言うのなら、どんどん見に行っちゃいましょう。で‥‥見に行くのが危険すぎるものは、身近なものを参考に想像と応用力で補ってね。それが表現者の持つ力だと思うから‥‥」
「まあ、確かにそのようなワザは一段高みにいる人間のすることか。まったく難しそうなことよ」
ウルクもため息と共に笑い、そこで話は遮られた。
「キレイだね〜」「そうですわね」
皆の勝利の報酬、バラを愛でる一時を美奈で楽しむために。
だが、リドは感じて、考え思っていた。
彼らの言葉の奥に秘められたもの。そして、師の思いを‥‥
「リド。どうであった?」
戻ってきた弟子に師は悪戯っぽく笑いかけた。
絵の出来のことではない。彼が描いたパピヨンの絵はすでに提出されている。
蝶とパピヨンの生態研究に役立つ筈だ。
だが、師が聞きたい事はそんなことではないはず。リドは描きかけのペンを置いて向き合った。
「まだ、未熟なので迷いが消えた訳ではありません。でも、何か目指すべきものが何か、教えて貰ったような気が致します」
「ならばよい。少しずつでもかまわん。育て。愚か者。冒険者に感謝してな」
これからも、このような機会があれば外に出すとの図書館長の声を、前ほど嫌ではない気持ちで聞いてリドは服の下にしまっていたものを取り出した。
「はい、先生‥‥皆さん。‥‥いつか、必ず」
モンスターは未だ、怖いが震えはもう無い。
もし、次があれば、少しは前進できるはずだ‥‥。目指す、高みに向かって。
そっと、広げた絵には蝶と、戦う冒険者達の忘れられない背中がバラと、光と共に描かれていた。