【見習い絵師奮戦記】マリン・ブルーマリン
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■ショートシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:10〜16lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 82 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:07月18日〜07月25日
リプレイ公開日:2006年07月26日
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●オープニング
イギリスは気本的には冷涼湿潤。
それでも、夏の到来は鮮やかなものを、人々の胸の中に抱かせる。
海は空を弾いてどこまでも青い。
そんな海岸に‥‥
「見てみて! あれ!」
珍客を見つけたのは、近くでの漁を生業とする漁師とその子供だったと言う。
「本当だ。怪我をしているな‥‥。鮫にでもやられたのか?」
「可哀想だよ。お父さん、助けてあげて?」
小さな手がそっと、硬い背中を撫でる。
「だが‥‥な‥‥」
自分を見上げる海と、同じ色の瞳に視線を交差させて‥‥考えて
「そう‥‥だな‥‥」
彼はそう頷いた。
「まったく、貴重な羊皮紙を無駄にしおって!」
そう言って宮廷図書館長エリファス・ウッドマンはキツイ眼差しで弟子を睨んだ。
「図書館長殿。その絵とやら見せてくれるかい?」
冗談半分、興味半分で言った係員に頷いてエリファスは、羊皮紙をカウンターに広げた。
「先生〜。そんな未熟な失敗作と解っておいでならいじわるなどなさらないで下さい〜。反省していますから〜」
涙目で手を伸ばす弟子を手で払って、ついでに軽く杖で頭を叩く。
「だまらっしゃい! 文句は自分の技術に言うが良かろう!」
その頃カウンターでは
「うわっ、なんだい? これ!」
全開の笑い声が溢れていた。思わず手で口元を押さえる係員。その横では誰か冒険者が爆笑しているようだ。
「これは、ブタかなにかかい? それとも牛? いや、なんだか水のようなものが回りに有るように見えるが‥‥」
絵の中には流線型、を通り越して円形に似た形状の生き物が、水しぶきを上げる様が描かれていた。
どこからどう見ても魚類には見えないこの生き物一体何か。
シークタイム暫し。だが、答えは出ない。
そんな様子を見つめ、出題者は深く、深くため息を吐き出して解答を告げた。
「わしは、ドルフィンを調べて描けと命じた。だが、出来てみればこれじゃ! まったく、相も変わらず想像力というものがお前には欠けておる!」
「あ〜、ドルフィン。なるほど〜」
係員はポンと手を叩いた。言われて見れば、そう見えないことも無い‥‥かもしれない。
「この間のパピヨンと違う。ドルフィンはそう簡単に見れるものでは無いのだぞ。工夫と、想像力と言うものをもっとだな‥‥」
「お言葉ですが〜、だからこそです。そもそも私はキャメロット生まれのキャメロット育ち。海など見たことは無いのですから。海の生き物など想像しようにも想像できません〜」
「そこを想像するのが、絵師というものであろう!」
まったく、とため息をついたその背後で、ギルドの扉が開いた。
「あの、こんにちは。ここが冒険者ギルドですか?」
入ってきたのは年のころ10歳くらいの男の子だった。
「あの、依頼があるん‥‥です。海に来て‥‥鮫退治‥‥ううん。ドルフィンを助けてくれませんか?」
「ドルフィン?」
丁度今、ドルフィンの話をしていたところ。タイムリーといえばあまりにもタイムリーな話に、係員や冒険者のみならずエリファスやリドも顔を少年に向けた。
「僕はマーヤ。父さんは海で漁をしている漁師なんだ。その浜に実は怪我をしたドルフィンが打ち上げられていて‥‥、僕と父さんはそれを助けたんだ。だって、側に子供のドルフィンがいて、放っておけなかったから‥‥でも‥‥」
それを家族以外の誰にも知らせることは出来なかった。ドルフィンは漁師にとって獲物を同じくする敵との認識が有るのだ。
だから、もしドルフィンを助けたことが集落の者に知れたらあまり、良くないことになる。
「僕と父さんの秘密の入り江に隠して、できるだけ面倒を見てるけど、僕らは怪我の手当てなどは解らないから傷も、なかなか治らず弱っていってるんだ。子供ドルフィンも、親をずっと心配そうに鳴いてる。そしたら父さんが‥‥」
『俺が、鮫らしいものを見たからそれを退治して欲しい、ということにして冒険者を頼もう。そして彼らにドルフィンの治療と、海への誘導を頼もう。それしか、こいつらを助ける方法は無いと思う』
「だから、お願いします。報酬はあんまり出せないけど、ドルフィンを助けてくれませんか?」
「いや、その依頼、ワシが引き受けよう?」
「先生?」「図書館長殿?」
瞬いて、自分を見つめる視線に図書館長は、自分の言葉が不足していたことに気付き、手を振る。
「ああ、勘違いするでない。その依頼の報酬、ワシが引き受ける。その代わり、こやつを連れて行ってくれ」
「私‥‥ですか?」
杖が小突いた先には‥‥自分を指差す見習い絵師がいた。
「海を見たことが無い、というのは確かに絵師としてデメリットであるかもしれん。海を見、ドルフィンを見れるなら一挙両得というところであろう。余り足手まといになるでないぞ?」
「それは‥‥無理ですけど‥‥でも」
前に比べると絵師も積極的な目をしていた。海とドルフィンをこの目で見れるなら‥‥多少の危険は‥‥。
「あ、あのさ。海の沖のほうには本当に鮫が出ることもあるんだ。ドルフィンを逃がすなら、小船は貸せるけど気をつけて‥‥」
「やっぱり‥‥怖い‥‥ですね」
それでも。
夏の空を映す、海の青。
そして、海に生きる生き物達が自分を呼んでいるような気がして、見習い絵師は海の匂いのする少年と、冒険者。
そして蒼い空を交互に見つめていた。
●リプレイ本文
○絵の持つ力
ジ・アースにおいて羊皮紙というのは貴重品の部類に入る。
結構かさばるし重い。
だが、彼は絵師。
「何をおいても紙だけは置いていくことはできません!」
そう言い切った同行者リドの弁に
「旅なれない方はなるべく荷物は減らした方がいいのですが‥‥」
リースフィア・エルスリード(eb2745)はため息をつきながらも頷いた。
何よりも彼を海まで連れて行くのが今回の重要目的の一つなのだから。
かくして通常より少し重い荷物を抱えて息をきらせるリドを気遣いながら冒険者達は道を歩いていた。
「村まであと少しですわね。心なしか、空気の匂いも変わってきた気もします」
「確かにな。潮の香りがする。海が近いのだろうな」
セレナ・ザーン(ea9951)の言葉にルシフェル・クライム(ea0673)が微かに顔を上げる。
遠くの木々に阻まれてまだ海は見えない。だがなぜか胸がときめく。冒険者達は自らの足が速まるのを感じていた。
「ドルフィンか〜。僕の友達にもイルカに恋してる子がいるよ〜。だから他人事じゃないよね〜。うん、僕も早く会いたい! ね? ルシフ!」
楽しげにエル・サーディミスト(ea1743)は笑いかける。その言葉をかけられた方も微かに微笑を返した。
「早く本物を見たいだろう? リド」
横を歩く絵師に風霧健武(ea0403)は声をかけた。その声に何かを思い出したようで、冒険者達の間からくすくす、くくく‥‥。忍び笑いが聞こえる。
顔を赤くして俯く彼を
「見習いさんを笑うのはよくないですよ」
レジーナ・フォースター(ea2708)はさり気なくフォローした。
「私も実際イルカプティングくらいしか見たことのないんですから。見たこと無いものを描くのが多少あれだってしょうがないです!」
「‥‥あれ」
リドの顔色に気付かずレジーナはさらに「フォロー」する。
「それにさっきの蛇さんや、亀さんも可愛かったです!」
「蛇‥‥亀‥‥。確かにそうとしか見えなかったでしょうけど‥‥」
「レジーナ。止め刺してる。ちなみにあれは、俺が書いてもらった『龍』と『河童』どちらもジャパン生息のモンスターだ」
「あ? そうでした?」
けらけら笑うミヤ・ラスカリアの声を背中に受け、レジーナはこほんと一つ、咳払いをする。
「そうそう、私も羊皮紙をお借りして、ドルフィンの絵を描いてみたんですよ。見てみて下さい」
場の空気を変えるようにレジーナはバックパックから羊皮紙を取り出して、みんなの前に広げた。
ドン!
「‥‥‥」
「どうしたんです? 何か言っていただけませんか?」
凍った場の空気に耐えられずレジーナが先に声を上げた。
一番最初に反応したのはエル。
「びみょー? こっちの美青年の方は結構上手だけど」
「いや、特徴は掴んでいるのではないか?」
セオフィラス・ディラック(ea7528)は褒めているようだが、どうみてもそれは贔屓目に見えた。
「可愛いウミネコさんですねえ〜。ああ、ドルフィンさんには足は無いんですよ〜」
「まあ、素人ならこのようなものだろう。少しは気が楽になったか?」
エリンティア・フューゲル(ea3868)にまでツッコまれて苦笑いのレジーナ。それを見て健武はぽん、と軽くリドの肩を叩いた。
「あ‥‥はい」
正直に言えば、気が晴れた訳ではない。だが、絵がこうして人を楽しませるならそれもまた良い絵のあり方ではないかとも思ったのだ。
無論、絵師を名乗る以上、そこで終わる訳にはいかないのだが。
「百聞は一見に如かず、ジャパンのことわざだがな、少しずついろいろな経験をしていくといい」
「はい」
素直に頷く青年を見つめ、冒険者は微笑む。
息を切らせながらも懸命についてくる彼に、余計な手助けをしないように気をつけつつ、見えない援助を差し伸べながら彼らは一歩一歩目的地への道を歩き続けた。
○愛しきドルフィン
「うわあ〜。かっわいい♪ ねえ、見てみてルシフ! イー君もあんな感じかなあ?」
「あまり騒ぐな。エル。ドルフィンが驚く」
入り江の中で跳びはねるように歓声を上げていたエルは、注意を受けて小さく舌を出した。
依頼人の住む村に辿り着き、まず彼らはこの入り江にやってきた。
「抜き足差し足忍び足ですぅ」
案内をマーヤに頼んでやってきた冒険者達は不思議な呪文のとおりに息を潜ませ、そして目を瞬かせた。
深い入り江の奥から
ピィ〜、ピィ〜〜!
声がする。ぱしゃぱしゃと、手で水を叩く海の神の使い。
それは絶対無敵の愛らしさをその身に持っていた。
「ドルフィンさんってこんなに愛らしかったんですね〜。う〜ん。LOVEですわ」
はしゃぐレジーナ。堪えるように一歩引いているものの、セレナやリースフィアも同じように瞳を輝かせている。マギー・フランシスカに聞いたよりも本物は遥かに可愛らしい。
ドルフィンに心を奪われたのは少女達ばかりではない。
「本当に可愛いですねえぇ〜。お友達になりたいものですぅ」
相手が人であろうと獣であろうとまったく、これっぽっちも態度が変わらないエリンティアは言うに及ばずセオフィラスやルシフェルもドルフィンを見つめる目は優しい。
「ねえねえ、風霧はそう思わ‥‥」
聞きかけてエルは口元を押さえる。彼の緩んだ顔は見てなかったことにしてあげよう。勿論呟きは聞かないフリをしてあげた方がいい。
「これが、ドルフィンか‥‥可愛いにゃ〜」
なんて。
「百聞は‥‥と言うのは本当のことですね。海を見たときも驚きましたがドルフィンというのがこんなに美しい生き物だとは思いもしませんでした」
リドはもうペンを走らせている。しなやかで美しい流線型のフォルム。海の青よりも深く柔らかい濃紺の皮膚。そして黒く澄んだ瞳。
いつまで見ていても飽きることは無い。
「見捨てられなかった気持ちが解りますわね。元気の良さそうなのがお子さんで、苦しげにしているのがお母様でいらっしゃるのですね」
「うん。おいで! 魚、少しだけど持ってきたから!」
マーヤはドルフィンの子に向けて、声をかけた。
岩の上に置かれた数匹の魚を、子ドルフィンは器用に咥えると親の方に運んでいく。
ルルル? ルル、ルルル‥‥。
大丈夫? 母親を気遣う子供。
ルルルルル、ルルル‥‥
大丈夫よ。ごめんなさいね。親ドルフィンはその嘴で、我が子を抱きしめるように突付いた。
‥‥親子の情愛が胸を突く。
「なんとしても助けてあげよっ! このままだとイルカプディングにされちゃうもんねっ!」
頷く冒険者達の側で、リドはその光景を黙って見つめていた。
○鮫vs冒険者+ドルフィン
冒険者達は舟で、海に漕ぎ出した。
小さな舟一台に、冒険者は五人。
「う〜ん、やっぱり鮫は本当にいるみたいだねえ〜」
エルは王国博物誌のページを繰りながら呟いた。
「あの親ドルフィンの傷の歯型も噛み千切られたようなものだった。間違いは有るまい」
ドルフィンのいる入り江とそこで治療に当たる冒険者達から視線を引き剥がすためにあえて、それ以外の冒険者達は村人達に対して目立つように話しかけ、鮫の情報を集めた。
この海の魚が好きな篤志家が、鮫退治の依頼を出してくれた、と話すと
『鮫の退治をしてくれるなら、ぜひとも頼みたいもんだ』
『奴らがいると安心して漁もできないからなあ〜』
彼らは積極的に、鮫の目撃地点を教えてくれたのだった。
「ドルフィンの治療は上手くいっています。ポーションも効いてるみたいですからじきに海に返せると思いますわ」
子ドルフィンが信頼を寄せていたマーヤとセレナの説得で親ドルフィンは、素直に冒険者に身を任せてくれた。
「私のリカバーもかなり効いていたようだしな。後は、彼らを無事に海に放すために、よく目撃されるという鮫だけは倒しておかなくてはな」
派手に捜索をした関係上、鮫退治の舟を出さないわけにはいかなくなった。
「結構ゆれるぞ。気をつけろよ!」
マーヤの父が冒険者達に声をかける。確かに船のゆれは激しい。
縦ゆれ、横ゆれ。ついでに水しぶき。
エリンティアの貸してくれたお守りが無ければあっさり船酔いになってしまいそうなほどだ。
「だけど、ボーっとしてなんかいられないね。鮫がいるんなら、とっとと出てきてもらわないと! ルシフ。それちょっと借りる!」
「おい、エル!」
止める間もなく、エルはルシフェルの槍で軽く手を切ると、そのまま腕を海水に浸した。
海に垂らした赤い水は、大量の水であっと言う間に消えてしまう。
「鮫は血におびき寄せられるって聞いたんだけど、これくらいじゃ無理かなあ〜」
ため息をエルがもらしたとほぼ同時
「動くな!」
健武が声と共に、槍を全力で海に向かって突き立てた。
綱をつけておいた槍は海に沈んで‥‥はいかない。
ガウウ、ゴウウウ!
唸り声とも叫び声ともつかない共に、槍が跳ね上がった。
と、同時マーヤの父が巧みに操った舟は巨体をぎりぎりで交わして冒険者に襲撃者の正体を知らせた。
「あ、ほら、ルシフ! サメ来たよサメっ。あとは宜しくねっ!」
舟の後方にエルは身を沈めた。代りにルシフェルとリースフィアが前に進み出る。
「体長‥‥3mという所でしょうか。動きは、鈍っているようですね。ここは一気に攻めた方がいいかもしれません」
海に目を凝らすリースフィア。冒険者達の握る槍に力が篭る。
「いいか、エラや鼻先を狙うんだ。あの牙には気をつけろ。腕なんか簡単に引きちぎられるぞ!」
ルシフェルはかつての鮫退治を思い出す。あの時の経験が、少しは役に立つだろうか?
波が立ち、海が割れる。
「来たぞ! よく狙うんだ!」
「矢を放ちます。その後は皆さん、お願いします!」
レジーナの構えたオーラを込めた矢が、鮫の鼻先に突き刺さる。
−−−−!
冒険者達の前に地響きならぬ、海響きを立てて、鮫が今、襲いかかろうとしていた!
「うわ〜、でっかい鮫〜。こんな凄いの倒しちゃうなんて、お兄ちゃんたち凄いね〜」
浜辺に運ばれた鮫を取り囲んで、村人達は素直な感嘆の声を上げた。
冒険者達は笑う。全身水浸しだが、気持ちは晴れ晴れとしていた。
彼らの的確な攻撃で、今まで他者を傷つけるばかりで傷つけられることの無かった鮫は、じきに逃亡を余儀なくされていた。
「大変! 逃げます」
「逃がすかあ! ルシフ、皆、舟にしがみ付いてて〜! うりゃああ!」
向けられた背中が完全に水中に沈まぬうち、エルは全身全霊で切り札のローリンググラビティを放ったのだ。
鮫は空中を飛び、そして海面に落下する。
バシャーン!
跳ね上がった水が冒険者の身体に叩きつけられる。それが鮫の最後の攻撃だった。
海に浮かんだ鮫を引き上げてみれば3mどころか4mを超える大物。
「今日はこれを捌く。忙しくなるぞ! 皆、手伝ってくれ!」
舟の主で、鮫の持ち主はそう村人達に声をかけた。わあ、と歓声が上がり皆が忙しそうに動き出す。
だから、彼らは随分後まで、気が付かなかった。
夜の宴で、主役となるべき冒険者達がいなかったこと。
そして、遠い入り江で一隻の舟が岸辺を離れたことを。
漆黒の海面を月の光だけが照らしている。
空と海の黒に銀の水しぶきが星のように美しく舞っていた。
「傷の方はもう大丈夫ですわね。それにここまで来れば、陸からも見えないはず。どうか、お気をつけて‥‥」
セレナはそう言って、伸ばしてきた手をゆっくりと外した。
クィーー!
「感謝の気持ちを表してくれているのかな?」
「ええ‥‥」
船の周りをぐるぐると二匹のドルフィンが回るのを、船を操るセオフィラスは目を細めてみていた。
「どうやら〜、この泣き声はぁ〜、ドルフィンがうれしい時に出す声みたいですねえ〜」
クウィー、キュイィー。
澄み切った美しい泣き声は、テレパスの魔法を持たない冒険者の耳にもはっきりと聞こえた。
『ありがとう、助けてくれて‥‥ありがとう』と。
「お前達〜。もうこの辺に来ちゃダメだよー! 人とは離れて暮らすんだー。いつか、僕が会いに行くからー!」
マーヤはそう言ってドルフィンに手を振る。それが聞こえたかのように、二匹の親子ドルフィンは海原の彼方へと遠ざかっていく。
二匹、寄り添いながら。
涙ぐむマーヤの肩にそっと手を置くとセオフィラスは舟を反転させた。その時、
「見て下さい!」
海を見つめていたリドが声を上げた。冒険者達が振り返る。
バシャン!
水しぶきが跳ねた。
月明かりを映す、鏡のような海で高く軽やかにジャンプする、ドルフィン達。
その夢のような輝きは、地上に残って彼らを見送った冒険者達の目にも確かに届いたという。
○マリン・ブルーマリン
「そろそろ行きましょう」
呼び声にリドははい、と答え駆け出した。
何を見ていた、とは聞かない。
一目瞭然だったからだ。
‥‥無限に連なる広大な水の平原。
「ドルフィン見れて良かったね。絵もステキに描けたみたいじゃない」
リドの手元を覗きこんでエルは笑う。最初に見たときとは比較にならない見事なドルフィンの絵がそこにはあった。
「はい。でもホントウの命の輝きは羊皮紙になど収まりきれませんね」
リドは小さく俯く。
自然の輝きはあまりにも眩しく、それを写し取る人間の技はあまりにも小さい。
この広大な海の前ではあまりにも自分が小さく思えたのだ。目を伏せるリドの額を
「それが、解っただけでも収穫だったのではないか? まあ、何事も経験だ」
弾くようにセオフィラスは押した。揺ぎ無い眼差しでしっかりしろ、と彼に告げる。
冒険者の励ましにリドは顔を上げた。
彼の瞳に映るのはどこまでも続く夏の空と、それを映す海。
余りにも美しい青‥‥。
この青の彼方。海に見知らぬ生き物がたくさんいるように、この空の下にも出会ったことの無い人、出合ったことの無い生き物が沢山いる。
「リド‥‥次は何を描きたい?」
健武は問う。リドは笑顔で答える。
その視線は空の青、海の青を映したように美しく、また前向きな思いに輝いていた。
用意した保存食と、ポーションを全て冒険者に譲ってリドは図書館へと戻っていった。
「次もまた、お願いしますね!」
元気に明るく笑って。
この依頼で、冒険者が得たものは多くは無い。
だが、何かは変わった。一つの出会いと別れは確かに一人の少年と、一人の創造者に何かを与えたのだ。
それを冒険者が知るのはまだ少し先の話であるが‥‥。