●リプレイ本文
○小さなごぶりんず
〜♪〜〜♪〜〜!
調子外れの、でも楽しそうな音が聞こえる。
歌と言うよりリズムだが、それが木々の向こうから確かに聞こえる。
「うわ〜、見てみて、ほんとに子供のゴブリンだよ〜」
思わず上げてしまったエル・サーディミスト(ea1743)の声に
「シーッ! 声が大きいよ」
アルテス・リアレイ(ea5898)は指を立てた。慌てて口を押さえるエル。どうやらゴブリン達は木苺に夢中で、こちらには気付いていないらしい。
ほんの少し、胸を撫で下ろす。
「今回の依頼はあのゴブリンの駆除、でしたわね。可能な限り、無血、という注文でなければ知れず海に沈めるとか、洞窟に追い込んで入り口塞ぐとかするのが手っ取り早い気もしますけど‥‥」
たおやかな仕草で、結構物騒な事を神薙理雄(ea0263)は口にする。無論、声は潜めて。
「うん、確かにそうなんだけど‥‥、僕もやっぱりあの子達見てると手荒な事は避けたいかなあ〜って思うかも」
きゃらきゃらと楽しそうな笑い声。無邪気に木苺を頬張る笑顔。
確かにゴブリンではあるのだが、今までと同じに簡単にナイフを振り上げられそうには‥‥何故か‥‥無かった。
「まあ、気持ちは解りますよ。女性の方は特にそう思うものでしょうし、予定通り進めましょう」
少しずつ気配を消しながら後退し、森の奥へと移動する。
「詳しい地図、ではありませんが、私達のいるのはこの辺。そしてこちら側の奥のほうは森が深くて、あまり人が入っていないところだそうですわ」
理雄は差し出した図の上で指先を滑らせる。
「あんまり人里近い所だと、また人に迷惑をかけちゃうかもしれないしね。とりあえず下見に行ってみようか? 早く行って、早く戻ってみんなにも相談してみなきゃいけないもん」
言いながらエルは荷物の中から靴を取り出し二人の前に置いた。
「これは‥‥貸して頂けるのでしょうか?」
貴重な靴があまりにもポンと出てきたので驚く二人にいいのとエルは手を振る。
「行こう。とりあえずゴブリンたちを移動できる場所かどうか、しっかりと調べなくっちゃ!」
馬で行こう、と思っていたアルテスもとりあえずは好意に甘えることにした。靴を履き、準備を整えアルテスはふと顔を上げる。
「エルさん、それは?」
「ああ、これ? 理雄に頼まれて、ちょっとね‥‥」
杖、と見るには太く、長くて重そうなその木をエルは持ち上げてみせる。実際それは重いようである。
「僕が持ちましょう。早い方がいいはず、ですよね」
「あ、ありがとう。よろしく!」
「日が暮れる前には戻れるように、出発いたしましょうか?」
頷きあって、冒険者は歩き出す。
「ごめんね」
口元を赤くして楽しそうに笑う、子供ゴブリンたちを一度だけ振り返って。
○はちあわせ
夏の森は、炎暑の街とは違い、涼しく心地よい風が吹き抜ける。その中を
「ベリーの時期なんですねぇ、美味しそうですぅ。楽しい楽しいベリー摘み。ぜひご一緒させて下さいですぅ〜」
本当に楽しそうにエリンティア・フューゲル(ea3868)は歩き、言う。まるで歌うような仕草に緊張に硬くなりかけていた依頼人の頬もほんの僅かだか緩むように動く。
「ええ、この季節のベリーは本当に美味しいんです。だから、沢山の人に楽しんで欲しいんです」
心からの言葉、心からの笑顔に藤宮深雪(ea2065)も心からの思いで、返答した。
「ステキですね。無事に摘み取れたら、私にも、ベリーを分けて頂けますか? 私も作ってみたい料理があるんです」
「勿論! どんなお料理ですか? 良ければ私にも教えて下さい」
「私も、イチゴ、スキスキ!」
「ラズベリーを今日は先に見に行きましょう! その後はブルーベリーも!」
「なかなか、楽しい提案だね。さて、彼女達の為にもゴブリンたちにはお引越しをしてもらわないと‥‥ん?」
楽しげな少女達の会話を後ろの方で見ていたカシム・ヴォルフィード(ea0424)は、ふと、彼女らの後ろに目をやった。
少女達から数歩下がって、考え事の顔で歩いている彼女は‥‥。
「キミ、どうしたんです? 随分浮かない顔して。何か心配事でもあるのですか?」
ハッと顔を上げリースフィア・エルスリード(eb2745)は
「はい‥‥、いえ、いいえ! なんでもありません」
と首を振る。だが、自分自身でも誤魔化しきれないと解っているから、すなおに今度ははい、と頷いた。
「子供ゴブリンがいる、と聞きました。その駆除が私達への依頼です。ですが、この依頼、この問題。考えれば考えるほど難しくて‥‥」
「‥‥確かに。熊が餌がなくなって人里に下りてくるというのはよく聞いた事がありますが‥‥同じようにゴブリンも食べるものがなくなって人里近くにやってくることもありうるのかもしれません。あるいは子供ゆえ危険に対する想像力が無いのかも‥‥」
普段、あまり意見を口にはしない大宗院透(ea0050)が珍しく語った考えに、はい、とリースフィアは再び頷く。
「子供がいる、ということはその近くに親がいるかもしれない、ということです。追い払うという選択は、将来に禍根を残すかもしれません。それに、逃がした結果その先で増え、森の恵みだけで生きられなくなったら‥‥また」
冒険者達は沈黙する。それに明確な答えが出せる者は今はいない。
「‥‥嫌ですね。どうしてこういう考えになってしまうのでしょう。そして、そして、そのことがわかっていながら、できれば手に掛けたくないと思っている私。最悪です」
幸い、今の会話はエレには聞こえていないようだ。エレの側で飛び回るエレメンタラーフェアリーの方を一瞬見てからカシムは続ける。少し、笑って。
「あ、なんだ。そう思っているなら大丈夫。今回の依頼には問題は無いと思うよ」
「えっ?」
少し口調の変わった呼びかけに微かに下を向いていたリースフィアの顔が上がる。
「どうして‥‥」
「それは‥‥」
リースフィアが問いかけ、カシムが答えかけたその時。
「ちょっと、ストップですぅ〜。お話も後でいいですかぁ〜?」
いつもと変わらず気の抜けるような声。だが、そこにはいつもと違う何かがあった。
彼の視線の先、エレの眼前にはがさがさと揺れる木の茂み。
直ぐに冒険者達も『それ』を察し身構える。
深雪は自然にエレを背中に庇い、祈りを捧げる。白いフィールドが彼女を守るように包む。
と、ほぼ同時。
「ごぶっ?」
草陰から小さな顔が覗いた。一つ、二つ‥‥。
その黒い瞳が知らないニンゲンの顔を見つけて悲鳴を上げるより早く、
「ごぶ〜〜っ!!」
彼らは顔を抑えて後ずさった。目の前に吹き付ける風。顔をちくちくと刺す木苺の枝葉。額にぶつかった小さな、豆。
「ご〜〜ぶ〜〜っ! ゴブゴブ! ごぶごぶゴブ〜〜!」
「痛いよ〜、酷いよ〜、おかあさ〜ん、というところでしょうか? ニンゲンにやられたなどと言いつけに行かなければ良いのですが‥‥」
走り去っていくゴブリンたちの背中を見送りながら、リースフィアが小さく呟く。
「‥‥私が、住処を探ってきましょう‥‥。すぐ、戻りますのでこちらはよろしく‥‥」
そう言って忍びである透は姿を木々の陰へと溶かす。
そして、よろしくされた冒険者達は、依頼人を促す。
「ならば、エレさん、今の内に!」
「あ・はい! ‥‥ありがとうございました」
エルがお守りにくれた小さな豆を拾って、感謝と共に握りしめると、エレは頷いて、森の赤い宝石に手を伸ばした。
○それはエゴ?
「上手く行くでしょうか?」
「行くか、じゃなくて上手くいかせるんだよ! ‥‥用意はいいですか?」
木の陰に身を隠したリースフィアはカシムの言葉に頷いた。木々の向こうでアルテスも頷いている。
他の仲間達ももう配置についているはずだ。
「何かあったら、戻って下さいね」
「では、行きますよ!」
深雪の言葉に頷き、軽く目を閉じカシムは呪文を森の奥に向けて放った。
「ーーー!」
微かな悲鳴のようなものが、その奥から聞こえてきた。動揺が空気を伝わって感じられる。
その先には木に隠れて見えないが、小さなゴブリンたちのコロニーがある。
透が見つけたその場所にいたのはゴブリンが10匹前後。中にはさっき逃げ帰った子供達もいた。
彼らを、今いる森から遠ざける作戦だ。
ガサッ!
周囲の様子に敏感になっていたゴブリンたちは、木々の揺れる音に大きく反応した。
そして
「!? !!!!」
現れた存在に慌てふためく。彼らの背後から現れたのは、剣を構えた冒険者なのだ。
それも二人。その登場にゴブリン達はじりりと後ずさった。逃げようと一人残らず。
冒険者にとって幸運だったのは彼らが子供づれだったこと。
ゴブリンたちに子供を守ろうという意識があったかどうかは解らないが、敵の登場に自棄になって飛びかかったりしてこなかったのは、彼らのせいかもしれない。
無意識か、大人であるゴブリンたちの背には子供達が守られるようにいる。
ゴブリンたちにとって幸運だったのはやってきた冒険者達が敵意を持っていなかったこと、そして‥‥強そうには見えなかったこと。
明らかに強そうで、叶わないと思えば、同じように自棄になって飛びかかり、外見に似合わぬ実力の元斬り捨てられていただろう。
戦っては勝てないかもしれない、でも、逃げることくらいなら。
そんな計算があったかもしれない睨み合いの刹那。
ガサガサッ!
冒険者達の真正面、ゴブリン達の背後から再び物音がした。
振り返ると、そこには一人の子供。振り返り、駆け出していく。
そのほんの僅かな隙、タイミングでゴブリン達は冒険者達に背を向け、逃げ出した。
とりあえずは目に見える子供を追うように、後には戻れない。冒険者たちも
人に追われ、人を追って彼らはその場から逃げ去っていった。
森から戻る冒険者達。その帰り道、朝と同じく浮かない顔をして歩くリースフィアの姿に
「どうしたんです? とりあえず依頼は成功したのに何か心配事でも?」
同じくカシムはその顔を覗き込んで問うた。リースフィアは今度は否定せず、直ぐにはいと頷く。
「心配事では無いんですけど‥‥、依頼は成功して、ゴブリン達はこの森から離れた。私は‥‥ほっとしているのでしょうね‥‥でも、それは」
実は何も問題解決にはなっていない。無言で彼女の目はそう‥‥言う。
ひょっとしたら、逃げた先、逃がした先でゴブリンは定住しないかもしれない。逆に繁殖して増えてしまうかもしれない。
そうしたら、その責任は‥‥自分達にある。
これで、本当に良かったのだろうか。と思ってしまうのだ。どうしても。
「優しいのですわね。依頼人も貴女も‥‥」
俯くリースフィアに深雪は笑いかける。
「私は優しくなんか‥‥。自分勝手で何もできなくて」
「でも、それでいいんだよ」
「えっ?」
顔を上げる。リースフィアの瞳に優しい笑顔のカシムの顔があった。
「生き物はさ、どうしたって自分が一番大事なんだ。だけどさ、それに疑問を感じないのもどうかと思う。だから‥‥それでいいんだよ」
「やれるだけのことは、やりましたしね」
「僕らのした事は少なくともこの依頼において、間違ってはいないとはっきり言えますぅ〜」
「そうそ、それが間違ってたら、その時になんとかしよ! 大丈夫だからね!」
仲間達が声をかけてくれる。その言葉はリースフィアの迷いを照らしてくれた。
それも人のエゴであるという気もする。
これで良かったのかと迷いは残る。
だが
「皆で決めたこの行動に間違いは無い。間違っていたとしたらその時は責任を取りましょう。私達の全力で」
強く首を上げたリースフィアの瞳にもう曇りは無かった。
○赤い宝石
「皆さんできましたよ〜」
パン屋の裏手、小さな庭のあちこちに座り込んだ冒険者の耳元に、看板娘の楽しげな声が届いた。
「皆さんのご協力でできたベリーのジャムと焼きたてパンです。こっちはそれを保存食用にしたものです。良かったら味見て下さい。気に入ったらお土産にどうぞ」
「こちらも試食して下さいます? アップルパイの中身をベリーに変えたベリーパイです」
深雪の手にも盆があり、切り分けられた熱々の焼き菓子が乗っている
甘い匂いに誘われ、冒険者は集まり、思い思いに手を伸ばした。
「甘くて美味しいですぅ〜」
「ああ、幸せの味だねえ〜」
つぶつぶとした食感と柔らかい甘さ、そして適度な酸味がほのかに甘いパイ生地と相まって絶妙としか、言いようの無い味わいだった。
「ゴブリンたちも、この味に惹かれたのかもしれませんね。ゴブリン”の武器は”五振り”の短剣でした‥‥なんて」
ぽつりと呟いた透の駄洒落はスルーし、でも、その考えには同意する。
「彼らにも、もっとこの味を楽しませて差し上げたかったですわね。‥‥エルさん。あれは、上手く行ったようでしょうか?」
どうかなあ〜。頬張ったパイを飲み込んでエルは少し、遠い目をする。
「実のなっていた株も植えたし、何本か移植もしてみた。でもこればっかりは、本当に一朝一夕じゃ解んないよ。土が合うか、水が合うか‥‥植物ってのは気難しいから〜」
「上手くいくといいんですけどねえぇ〜」
ゴブリンを追い立てた先は冒険者が、人がおらず、有る程度住みやすい場所をと懸命に捜した場所の一つだった。
だが、定住してくれるかどうかも、エルが移植したラズベリーの木が定着するかどうかと同じ運に大きく左右される。
「神のご加護がありますように‥‥」
祈る深雪の横で、リースフィアも願いをかけた。
遠い空の下にいるであろうゴブリンたちに届くように‥‥。
走りつかれ、気付けば遠くまで来てしまった。
ゴブリン達は不安げな表情で周囲を見回す。
見慣れた、住み慣れた森とは違う、知らない土地。帰ろうにも帰れない。
だが
「ごぶ! 〜〜〜〜!!」
子供達は歓声を上げて跳びはねる。木の影、草の葉影に赤いベリーが輝いている。
摘み取って口に入れる。嬉しそうに顔をほころばせる子供達を見て、大人達は肩をすくめたように小さく笑った。
『もう、人間のいるところには来ないで下さい‥‥そうすれば、少なくとも人間には襲われません』
自分達を追い立てた人間が去り際に言った言葉は彼らには理解できず、願いも形として届きはしなかったろう。
それでも前を向く。
そこには新しい住処となる場所が、広がり、輝いていた。
赤い宝石のようなベリーと、同じくらい赤い子供達の頬と共に‥‥。