【こどもたちの領域】おばけよりも怖いもの

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:9〜15lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 50 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:08月02日〜08月07日

リプレイ公開日:2006年08月10日

●オープニング

 少女は逃げる。
 息を切らせて。
 それなりに平和だった日常。幸せだった日々。
 やっと手に入れたのにそれが‥‥崩れてしまった。
『随分といい暮らしをしているじゃないか? 俺達はお前を育ててやったんだ。もう少し、恩を感じてもいいんじゃないか?』
 あの野太い声が、腕が、また自分を支配してしまう‥‥。
「どうしよう。おじさまは、お仕事中だし‥‥、家に帰れないよお〜」
 泣きじゃくりながら路地を駆ける。そして‥‥
 ドン!
「あっ!」「うわっ!」
 二人は同時に地面に転がり尻餅を付いた。
「何すんだよ。危ないだろ? 前を見て‥‥。お前は」
 ぶつかった少年は、ぶつかってきた少女を見つめ、言葉を止める。
 彼女の耳に、覚えがあった。
「ハーフ‥‥エルフ?」
 とっさに指を隠す。かつて、ハーフエルフの少女に指を噛み付かれたことがあった。
 目の前の少女は年のころは近くても、彼女とは全く違う。
 それでも、目の前の少女の顔と涙に、胸と心がチクリと痛む。
「ご・ごめんなさい。でも‥‥私、追いかけられているの! 本当にゴメンなさい!」
 立ち上がり、走り出そうとする少女。見れば、背後から追いかけてくる大人の姿。
「待て! リン! 待つんだ!」
 逃げる少女と、追う大人。そして大人の目がどう見ても汚れて見えるなら、助けるべきは少女に決まっている。
「立てよ! こっちだ。ほら!」
「えっ?」
 少女の手を掴み、少年は走り出す。
「兄ちゃん?」 
 目を瞬かせている弟分たちを置いて、後ろに目もくれずにただ、ひたすらに裏道を走った。
 そして‥‥街外れ、一軒の古い家の前に辿りつく。
「ここは‥‥」
「古い家だろ? 今は使われていないけど、前はお化け屋敷とかだったらしいんだ。とりあえず、ここに逃げ込もう!」
 塀を乗り越え、子供達は、小さな窓から家の中へと逃げ込む。
 そして、中から、固く戸を閉めた。
「隠れても無駄だぞ。早く出て来‥‥なに!」
 正面の扉を叩き、開き、入ってこようとする男は‥‥驚愕の声を上げた。
「な、なんだ? この館は一体?」
 目の前に、書物が、花瓶が、調度が浮かび上がっている。そして、その全てが自分の方を‥‥。
『で・て・い・け〜〜〜!』
 そんな声と共に、それらは全て、男の方に降って来る。
「うわああ!!」
 バタン! 弾かれるように外に出た男の眼前に扉は閉まる。
「何だったんだ? あ、くそっ! リン!」
 お前に少女は渡さぬと、そういうように扉は重く、固く閉ざされていた。

 その少女の行方捜索の仕事には三つの依頼が重なっていた。
「旦那様の留守中に、お嬢様が行方知れずになってしまったのです。捜していただけませんか?」
 最初にそう頼みに来たのはある商人の家に仕える家政婦だった。
「旦那様が引き取られた養子のお嬢様が、昨日から行方知れずなんです。旦那様はお仕事でノルマンまで出ておられて、他に知り合いも多くないはずなのに。今まで、こんなことは無かったので心配なんです。お願いします捜してください!」
 彼女は本当に心配している表情でそう言った。それに疑いは無いだろう。
 第二に来たのは旅芸人一座の座長だと言う男。
 一年ぶりにキャメロットに来て、公演を打っているという男は、知り合いの少女がキャメロットの浮浪児に誘拐されたと言う。
「一年前まで、うちの一座にいた少女が、商家に養女になっているので挨拶に行ったんです。そしたら、浮浪児がその子を連れて空き家に潜り込んでしまったのです。何かあったら大変と、助けに行きたかったのですが、どうやら屋敷に何か仕掛けをしているらしくて‥‥」
 中に入れなかった、と男は顔の青痣を擦る。腕に残る赤いあれは歯型?
「あの子に何かあったら大変です。早く、助けてやってください。私も、あの子と会いたいのですよ」
 唇に浮かんだ笑みは優しく‥‥見えた。瞳は笑ってはいなかったけれども。
「レン兄ちゃんが、ハーフエルフの女の子と一緒にお化け屋敷に食われたんだ!」
 必死な顔で告げた少年は、路地で生きる浮浪児の一人だった。
「変な男が女の子を追いかけててさ、兄ちゃんは彼女を助けるためにお化け屋敷に行ったんだよ! でも出てこないんだ。俺たちも中に入れないし。お願いだよ。兄ちゃんたちを助けて! あの家にはお化けがいるんだから!」
 その子は言う。以前、あのお化け屋敷の近辺で遊んだ時に見たと。
 靄のような何かが家に吸い込まれ、その後‥‥家が遊び場にはできない何かに変貌したのだと。
 
 何が真実で、何が偽りかまだ解らない。
 だが、一つ確かなことがある。
 少年と少女がその屋敷の中にいること。
 そして、その屋敷が侵入者を簡単に受け入れてはくれないということ。
 それは、冒険者も例外では無いだろう。

 世の中にはまだ人の知られていない世界が有る。
 子供にしか解らない世界も。
 その領域の一つが、今、開こうとしていた。

●今回の参加者

 ea1743 エル・サーディミスト(29歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2065 藤宮 深雪(27歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea8785 エルンスト・ヴェディゲン(32歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 ea9519 ロート・クロニクル(29歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3776 クロック・ランベリー(42歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

大宗院 透(ea0050)/ ギルツ・ペルグリン(ea1754)/ ルフィスリーザ・カティア(ea2843)/ ソフィア・アウスレーゼ(eb5415

●リプレイ本文

○三組の依頼者達
 この依頼には三組の依頼者がいた。
 依頼は一つ。
 戻って来ない少女を捜し、助け戻ること。
「ご主人の留守の間に、お嬢様にもしものことがあったら、私は‥‥」
 家政婦は心配そうな顔で涙ぐむ。かつて傷つき怯えた目をしていた少女。今は娘のように思っている、と言っていた。
「あの子はキャメロットの浮浪児に誘拐されたんですよ。可哀想に、今頃酷い目に合わされているのではと思うと、心配で心配で」
 少女の旧知であるという旅の一座の座長は、そう言った。
 そしても一組
「なんか近頃、ハーフエルフの迫害ばっかだよ! せっかくロシアへの道も開いたのに、どうしてみんな仲良く出来ないの!」
「あ、あの時の姉ちゃん‥‥」
 依頼を引き受けた冒険者の一人、ティズ・ティン(ea7694)はキャメロットの浮浪少年達に向けて、杖を伸べる。
「ティズ殿? 少し落ち着かれよ! 彼らとて依頼人、話を聞かねば。」
 背後から葉霧幻蔵(ea5683)が止めるが、少年達の怯えた顔は止まらない。
 無理も無い。彼が纏っているのは鼠のぬいぐるみ。それに天狗の面ときたら、どこから見ても助け手に見えよう筈が無いのだから。
「さあ! 言って! リンはどこ? どうして攫ったの?」
 不信感を顔に乗せたままのティズは杖を掲げる。だが少年達は
「攫ってなんかいないやい! レン兄は、あの女の子を男から助けるために、お化け屋敷に逃げ込んだだけなんだよ!」
 精一杯の反論を返した。 
「そうだよ! 兄ちゃんは悪くないんだ!」
「‥‥あれから、ずっと反省してたんだから」
 少女を「お化け屋敷」に連れ込んだらしい少年の弟分達は、そう言っていた。
「反省? ‥‥あれから?」
 ティズの杖がそっと下に降りる。
 それを確かめるようにうん、と少年達は頷いた。
「‥‥姉ちゃんさ、この間、言ったろ。ハーフエルフも人間も、皆同じだって‥‥だから、止めようって、決めたんだ。人を苛めるの‥‥」
「信じちゃもらえないかもしれないけどさ。レン兄はずっと謝ろうと思ってたんだ‥‥。でもあいつ、ケンブリッジに言ったんだろ。だから‥‥きっと」
「な〜んだ。そんならそうと早く言えばいいのに〜!」
「えっ?」
 ポンと肩が叩かれる。あまりにも急に変わった声音に少年達が顔を上げるとそこには笑顔全開のティズがいた。
「実はね。ほんの少し、嫌いになりかけてたんだ。‥‥貴方達のこと。でも! あたしは信じるよ。よ〜し、俄然やる気出てきちゃった。あとは、ティズにま・か・せ・て!」
 ね? ウインクして笑うティズと、
「では、お話を聞かせてもらえますか? 詳しいお話を」
 膝を折る藤宮深雪(ea2065)に少年達は頷いた。
 トクンと鳴る、心臓に少し驚いて‥‥。

「やっぱりかよ!」
 肩を怒らせながらロート・クロニクル(ea9519)は羊皮紙を握りしめた。
「どうしたの? ロート。その手紙、何?」
 腕に寄り添うように肩を寄せて覗き込むエル・サーディミスト(ea1743)にああ、と苦笑しながら答え、皺になった羊皮紙を広げてみせる。
 大宗院透とルフィスリーザ・カティア。二人から受取ったそれは、リンという少女がかつていた旅芸人一座についての報告書だという。
「なになに? 子供達に対する待遇は悪く‥‥、痩せたり怪我をしたりしている子が多い? また、少女達は特に‥‥って、これホント?」
 嘘であろう筈が無いと解っていても思わず、エルの口からそんな言葉がついて出た。
「なるほど‥‥まあ、我々にとっては良くあることと言えば、良くあることだがな」
 淡々と、感情を交えずにエルンスト・ヴェディゲン(ea8785)は呟く。
 自分の『経験』を思い返しながら言うエルンストの言には説得力があった。悲しいまでに。
「子供をくいものにする奴は気にくわねえな!」
「ロートは心配するタイプだもんね。‥‥誰かさんと違って。でもこれで一つ決まったよね」
「ああ、あの男にリンは返せない。引き剥がす必要さえもありそうだ」
「子供達を助ける! なるべく早く」
「そうだな、行こう!」
 二組の依頼人の為に、冒険者達はお互いの意思を確かめ合い、動き出した。

○届かない声
 古い聖書を開き、浪々と声音高く、呼びかける。
「愛すべき者達に、心からの祝福と感謝を‥‥ありがとう‥‥。ロンデル伯爵よ。拙者の声に応え扉を開きたまえ!」
 着ぐるみ忍者の芝居がかった大ぶりな動きに仲間達の視線が集まる。
 だが、しかし
「‥‥‥‥‥‥‥‥あれ?」
 彼が思ったような反応は何一つ、返ってはくれなかった。
 誰の声も聞こえず、姿も見えず、そして、扉は髪の毛一筋ほども、動かない。
「お〜い、ロンデルはくしゃくどの〜。どなたかいらっしゃらないでござるか〜」
 返事は無い。
 取り巻く仲間達の視線と、空気が炎暑の夏だというのにあまりにも冷たく感じる。
「こんな筈ではなかったのであるが‥‥? 以前この屋敷にいたゴーストの方々は本当に好意的な良い方々で‥‥」
「でも、その方々はもう心残り無く昇天されたはずでしょう? では、今、この屋敷にいるのは別のゴーストなのかもしれませんよ」
「なるほど」
 幻蔵を励ますようにリースフィア・エルスリード(eb2745)は言って、扉を見つめる。
「話に聞く限りではポルターガイストのような存在である可能性もあるからな‥‥。ふむ、奥の方に呼吸の反応が二つある。一階の‥‥かなり奥。二つ寄り添って」
「でも‥‥これさ、なんだか殆ど動きが無いよ! ひょっとしたら、かなりヤバいんじゃ!」
 エルンストと、エル二人がそれぞれにかけた子供達を感知するセンサー魔法は、家の中に人間が二人いることは教えてくれても、その安否までは伝えてくれない。
 慌ててロートが裏手に回るが、入り口らしい入り口はどこに無かった。窓も内側から閉ざされている。
「くそっ! 様子が見えない」
「開けて! 中にいる子達を助けたいの。だから、私達を中に入れて!」
 いくら呼びかけても反応が無いことを知るとティズは‥‥金棒を上段に構えた。
「ティズ殿! 何を?」
「ゴーストさんがいたら、後で謝るから。今は、一刻を争うと思う。だから‥‥いけええっ!!」
 ドゴン!
 鈍い音と共に、一枚板の扉が音を立てて割れた。
 半ば砕けた扉を蹴り飛ばしてティズは中へと滑り込む。エルにエルンスト、ロートやリースフィアも中へと飛び込んでいった。
 深雪が不安の瞳を湛えながらも扉を超えるのを見て、幻蔵も決意の眼差しで足を進める。
「べすぱ。待っているのでござるよ!」
 ペットに持たせていた銀のナイフを、握りしめて。

 中に入った途端、冒険者を出迎えたのは、見えない風に浮かんだ調度品の嵐。
 燭台が浮かび、瓶が飛び、壷が襲い掛かってくる。
 それを、冒険者達は必死で避けていた。
「危ない! 下がって!」
「えっ‥‥あっ!」
 呆然と立ち尽くす深雪をリースフィアは押しのけるようにして後方に下げさせた。
「大丈夫ですか? ティズさん? 幻蔵さん?」
「りょーかい! 子供達の救出が最優先だもんね」
「このゴーストは、ロンデル伯爵達とは違うでござる! 話も通じぬ。なんとかせねばなるまいな!‥‥っと!」
 小さな陶器の置物が、幻蔵の横で砕けた。先に進んだ仲間達は大丈夫だろうか?
「とりあえず、この場をなんとかしなくっちゃ! 行きます! マジカルメイドアタ〜ック!」
 クルクルと杖を回して、かけられたスマッシュだがその威力の殆どは空に消える。あくまで襲ってくる調度品を叩き落す効果でしかない。
「相手はゴースト系のモンスターと思われます。通常の攻撃ではダメージは少ないかと!」
 言いながらカールスナウトで調度を切り、床を突き刺す。
 これが、今、一番確かな手ごたえを感じさせる攻撃だった。
「深雪さん。ピュリファイは使えませんか?」
 首を横に振る深雪にリースフィアは小さく頷いた。いざとなれば‥‥。
「みんな! 大丈夫? 二人、見つけたよ!」
 背後の扉が勢いよく開いた。魔法使い達に守られるように白い顔の少年と少女が立っている。
「良かった、無事だので‥‥、ってなにっ!!」
 幻蔵は、一瞬緩んだ顔を、驚きに、喜びの声を、驚愕の声に変えた。
 再び浮かび上がった調度が、今、方向を変え、冒険者達と子供達を襲う!
「危ない!!」
 声に反応するように幾条の光が調度を落とし、風がその周辺を守るように舞う。
 だが、
「うわっ!」
「レン!」
 それでも間に合わなかった額縁が一つ、鈍い音と共に地面に落ちた。
「大丈夫? レン、大丈夫?」
 心配そうに少女が、少年の手を取る。エルが血の滲む肩に布を巻いて止血する。
 割れた木の破片をティズは拾い上げる。割れた額縁に挟まれた絵は、間違いの無い家族の肖像。
「幻蔵さん。悪いけど‥‥やっちゃうよ。子供を傷つけるのは許せない」
「ああ。仕方ないでござるな。伯爵達も許してくださろう」
 武器を持ち直す音が聞こえる。調度品達がまた宙に舞う。それを見つめた後、振り返らずにリースフィアは背後に守る仲間に告げた。
「‥‥二人をお願いします。迷える魂に導きを!」
 駆け出す冒険者。
 その暫くの後、微かな唸り声と共に黒い影は冒険者の呼びかけにも、少女の声にも何も答えず消えていった。

○お化けよりも恐ろしいもの
 壊れた扉から差し込む白い光が、広間を照らす。その中央には少年と少女が一人ずつ。
 場には甘い香り、食欲をそそる香りが広がり鼻腔を擽る。
「ずっとお腹がすいていて‥‥、食べ物‥‥レンさんの持っていたパンと、古い乾燥果実くらいしかなくて。喉も渇いて‥‥、だからありがとうございます」
 リンは心からの思いを込めて頭を下げた。
 手に握ったパンは齧りかけ。それでも健気な少女を笑顔で見つめながらエルは手を顔の前で横に振った。
「ああ、そんなの気にしないの! 大変だったよね〜」
「ほら、こぼすなよ。ゆっくり食べるんだ」
 一方エルンストは持ってきた飲み物を、そっと少年レンの前に差し出す。
「一応、礼は言っとくけど‥‥あんた達、あの男の手先じゃないだろうな?」
 飲み物を受取り、一気に飲み干しながらもレンの顔は警戒を解かない。
「ああ、やっぱり、あの時の子だ。‥‥そっか、君がリンちゃんを守ってくれてたんだ」
 ティズが顔を覗き込んで、笑うまでは。
「あ、あんたは‥‥。だって‥‥放って置けないだろ。それだけだよ!」
 血の気の戻ってきた頬が赤く染まる。照れと喜びと安心。そして‥‥
「放っておいて欲しかったものだがな‥‥。ご苦労。冒険者殿。さあ、リン。帰るぞ」
 怒りに。
「座長さん!」
「お前、あの時の!」
 立ち上がり、掴みかからん勢いでレンは座長に迫る。だが、それを片手で弾き飛ばし、リンに迫ってくる。
「どういうことでしょうか? ご挨拶にならこちらから後で伺いますが?」
 身体と目で遮るリースフィアの牽制。だがそれも座長は鼻で笑って受け流す。
「その子は元々、我々の仲間なんですよ。少しでも良い環境でと思い養子に出しましたが、やはり仲間として戻ってきて欲しいと思っておりまして。お前も、一座に戻りたいよな? リン?」
 有無を言わせぬ、反論を許さぬと言った目に、リンは食べ物を取り落とし震えている。
「大丈夫。心配しないで‥‥。絶対にあいつに渡したりなんかしないから」
 リンの手を握り締め、エルは囁く。その言葉どおり
「悪いな。この依頼はあんたからのじゃないんだ。俺達が受けた依頼はこの子を捜して欲しいと言う養父の家政婦からの依頼だ。だから、あんたに渡す理由も筋合いもない」
「それに、いろいろ伺っていますわ。貴方が一座の子供達にどんなことをしているかも‥‥。この子をまた食い物にするつもりですか! 子供を自分の欲のために利用するなんて、大人のする事じゃないです。悔い改めないと、今に神罰が下りますよ」
 冒険者達は立ちふさがる。座長から、リンとレンを守るように。
「何が神罰だ! 俺が拾った子供を、俺の自由にして何が悪い。こいつはこいつなりに使い道があるんだ。さあ、返してもらおうか? そうでなければそれなりのものを頂けないと退かないぜ。こいつを育てるのには金がかかってるんでな」
 ぱきり、指を鳴らす座長。体躯が表すとおり、多少の心得はあるのだろう。
 だが‥‥
「‥‥使い道、か。お前達は所詮、我々をそんな風にしか見ないのだな」
「お化けの方が、まだ紳士的である。いや‥‥おぬしと比べられてはゴーストの方が気の毒と言うもの!」
「言わせておけば! よっぽど痛い目に会いたいの‥‥うわああ!」
 15mは飛ばされたであろう座長は木を背中に、思いっきり叩きつけられ、気を失っていた。
 遠のく意識の中聞こえたのは
『ああ、悪い悪い。お化けがいたんで攻撃しちまった。さあ、早く戻ろうぜ!』
『神罰が下ると申しましたでしょう。お大事に‥‥』
 そんな、冗談のような言葉だけだったという。

○偶然と必然が生んだ約束
「助けてくれて‥‥ありがとう。友達に‥‥なってくれる?」
「‥‥まあ、いいぜ」
 少年と、少女の出会い。しっかりと握られた手と手を冒険者達は物影からそっと見つめていた。
「本当の意味で、彼女を助けたのは、やはり彼ですね。勇気のある子だと思いますわ」
「うん。私の言ったことも、無意味じゃなかったのはうれしい! あの子達にも幸せになって欲しいな。本当は、きっといい子達だもん」
 ティズの呟きに、商人はそうですね。と笑顔で頷いた。
「リンの恩人でもありますし、何か考えて見ましょう」
 この出会いは偶然。ポルターガイストがあの屋敷に宿ったのも、追われた子供達がそこに逃げ込んだのも偶然の重なりなのだろう。
 ポルターガイストはあの子達を守った訳では、きっとない。
 だが、偶然は同時に必然でもある。彼女を守りたいという優しい幽霊達の思いがあの屋敷に宿っていたからこその偶然だろうと、甘い夢だと知りつつも、冒険者達は微笑んだ
 少年と少女は出会った。
 彼らが幸せに生きるための、その手伝いが少しでもできたのなら、自分達が集った意味もあるだろうと

 その夜、キャメロットの街に貼られたテントの中で
「うぎゃああ!!!」
 天地を切り裂くような悲鳴が鳴り響いたと翌朝、一座の座長の元に行った商人は周囲の人間たちから聞いた。
 慌てて逃げるように、一座がキャメロットを後にした、とも。
 
「ゲンちゃんがついてるでござる。だから‥‥安心されよ」
 テントから現れた黒い影が空に放った言葉は、誰の耳にも止まることなく、風が運んで行った。
 それを待つ人の元へ。

 いつかした約束、それは、世界との約束。
 遠い、遠い‥‥願いである。