【銀の一族】 迫る黒き影

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜17lv

難易度:難しい

成功報酬:7 G 80 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月09日〜08月19日

リプレイ公開日:2006年08月17日

●オープニング

 かつて聖杯戦争と後に呼ばれる戦いがあった。
 大地は荒れ、森は焼けた。人々の心は乱れ、悪魔が蔓延り、それはまさに闇とも言える時期だったかもしれない。
 だがそれから早一年。
 傷ついた大地を耕し、焼けた森を癒し、人々はやっとの思いで街を復興させつつあった。
 そう、させつつあったのに‥‥。
「デビルが? どういうことだ? ヴェル?」
 はい、と父領主に向かってヴェルと呼ばれた息子は頷いた。
 ようやく、街の回復が軌道に乗ってきたシャフツベリーに小さくない問題が発生したのはごく最近のことだった。
 本来なら彼はケンブリッジでの勉強が残っているが、今は人手が必要である。
 だから学校に戻るのを後回しにして、父の補助をしていた。
 秘書として纏めた情報、調べた情報を報告するのは彼の大事な勤めである。
「最近、街の周囲でデビルを見た、あるいは襲われたという証言が多発しています。郊外を、目撃者は言っています。被害に遭うの若い娘や子供が多いそうです」
「どのようなデビルだ?」
 グレムリンやインプのような低級悪魔だとヴェルは答える。姿の見えない何かに身体を傷つけられたとか、髪を引っ張られたとか、押されたとか、そういうものが殆どで、被害はさして大きくは無いようなのだが、何か‥‥ひっかかる。
「以前、低級悪魔が襲ってきた時と似ていますよね。でも、あの時は人を傷つけることはほとんどしなかったし、実害もほとんど出ないうちに、聖人探索の冒険者が倒してくださったんですよね。でも今回はその目的もわかりませんし、この街に悪魔が付け入る隙でもあるのでしょう‥‥か‥‥?」
 伯爵の眉根が上がった。めったに見ない厳しい顔。
 ヴェルは
「?」
 首を傾げる。
「そういえばベルはどうした? まだ帰らないのか?」
 気のせいだ。とヴェルは思った。さっきの敵意さえ感じる眼差しは。
 声は荒いが、その瞳は明らかに心配の光を湛えている。さっきの様子とは明らかに違ういつもの父親の顔だ。
 ホッとしつつ、ヴェルは背筋を伸ばす。
「キャメロットの教会で勉強をしていると、連絡がありましたが‥‥。父上。彼女は自由にさせてあげることはできませんか?」
 その方が今、彼女には安全かもしれない。だが、領主であり、父である男はその質問には答えず、我が子に命じた。
「使いを出し、冒険者に依頼の要請を。それからベルも呼び戻すのだ」
「父上! ‥‥解りました」
 頭を下げて出て行った息子を、いや、その影の彼方に有る何かを彼は、領主の目で見つめていた。

 シャフツベリー領主、ディナス伯からの依頼は二つ。
 一つはキャメロットの街に居残っている伯爵令嬢ベルをキャメロットからシャフツベリーまで護衛すること。
 もう一つはシャフツベリーに最近急増したデビルの退治と発生理由の調査、だという。
「別に、どっちも難しいことじゃないだろう。ベルの方にも帰還命令が出ていて帰る気になっているようだし、下級デビルの退治なんざ、ちゃんと準備してあればたいしたことは無い。まあ、広い街で数も多いらしいからその辺は注意は必要だろうがな」
 と、口では言うが係員の目はそうは言っていない。
「‥‥何か、気になることが有るのか?」
 冒険者は問う。いや、と係員は首を横に振る。明確な理由は何も無いと。
「ただ、まあな。少し嫌な予感がするだけだ。いつもよりちょっとは気をつけておいたほうがいいかもな」
 嫌な予感。
 いくつもの依頼を見てきたギルド係員の言葉を、予感を無視できる冒険者達はいないだろう。
 何かがおきるかもしれない。そんな空気と予感が冒険者の間にも流れていた。

 キャメロットの教会で、少女達が楽しそうに笑っている。
 教会で働く司祭見習いと、教会に預けられた女の子。そして神の教えを学びたいとやってきた貴族の少女。
 神の家であろうとも、少女達の集まる場には笑顔が生まれる。
「じゃあベル、街に帰っちゃうの?」
「ええ、お父様に呼ばれているから。でも、必ず戻ってくるわ。私はまだまだ未熟で、もっともっと学ばなければならないことが沢山あるんですもの。勇気を出さなくっちゃ!」
「キャメロットの街も最近物騒だから、その方がいいかもしれませんね。どうぞ旅の中、お気をつけて」
 ありがとう、と微笑む少女に女の子は好奇心で聞く。
「ねえねえ、ベルの故郷ってどこ?」
 銀の少女は微笑んで答える。
「シャフツベリーっていうの。とっても綺麗なところよ。いつか遊びに来てね」
「シャフツベリー?」
「ベル。司祭様がお呼びみたいよ。早く行かないと」
「解ったわ。じゃあ、行ってきます!」
 駆け出していった少女は振り向かずに前を行く。
 だから、気付かなかった。
 残された女の子の蒼い瞳が、微かに、ほんの少しだが、曇ったことを。

●今回の参加者

 ea0403 風霧 健武(31歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea2065 藤宮 深雪(27歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea2182 レイン・シルフィス(22歳・♂・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea3245 ギリアム・バルセイド(32歳・♂・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea3647 エヴィン・アグリッド(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea6557 フレイア・ヴォルフ(34歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3776 クロック・ランベリー(42歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

ディルク・ベーレンドルフ(eb5834

●リプレイ本文

○闇よりの声
「蒼い‥‥瞳?」
『そうだ‥‥。我が君は仰せられた。蒼き瞳を持つ、聖なる花嫁を捜せと。そしてその血と魂を捧げよ、と』
「それが解っていれば、キャメロットでももっと絞り込めたのではないか? まあいい、いつ戻る?」
『この街でも、捜させてはいるが聖なる花嫁と呼ばれる者を捜すなら、やはりキャメロットだろう。我が君の声も聞けた。ほとぼりが醒めたらじきにだな』
「デビルどもはどうするのだ?」
『気にする必要は無い。あいつらなど元から当てにしてはいない。せいぜい、冒険者の気を惹きつければ上等だ』
 暗い会話が闇に響いた。
 それを他に聞くものがいようとは思う事も無く‥‥。

○届いた思い、届かなかった思い
 ふと、立ち止まり少女は振り返る。
 キャメロットの街を離れて約半日。もう街は遠く、木々と丘の向こうに隠れて見えない。
「どうしたんだ? ベル?」
 そんな様子の彼女に気付き、ギリアム・バルセイド(ea3245)は足を止め、声をかけた。
 ベルと呼ばれた少女は顔を、前に戻し精一杯の笑顔で首を横に振る。
「ごめんなさい。なんでもないんです。早く行かないといけませんよね!」
「待て! ベル!」
 先頭に立とうと小走りに走るベルの細い腕をギリアムは咄嗟に掴んだ。
「‥‥あっ!」
 銀の髪を靡かせて振り向くベル。その目元に瞳の青よりも透明な雫が浮かんでいるのに気付いたのは、ギリアムだけではなかった。
「ベルさん‥‥」
 なんとかけたら良いか‥‥言葉を捜している風の藤宮深雪(ea2065)に気付いたのだろう。ベルは顔を高く上げて、笑顔を、作る。
「ごめんな‥‥さい。なんだか目にゴミが入ったみたいで‥‥本当になんでもないんですよ」
 本当に言葉を捜して立ち尽くす冒険者の中から、一歩。一人の足が前に進む。
「無理、しなくてもいいんだよ。ベル」
「フレイア‥‥さん」
 風霧健武(ea0403)とさっきまで先行し、偵察をしていた筈のフレイア・ヴォルフ(ea6557)が目の前に立っている。
「私、無理‥‥なんか‥‥して‥‥」
 ません、と続けたかったのだろうが、言葉はそこで止まった。代りに出てきたのは‥‥涙。
「久しぶりに会えると思って、楽しみにしてたんだろう? フレイアじゃないが無理しなくてもいいんだぞ。少なくとも、俺達の前では‥‥」
「そうそう! 女の子や子供を襲うなんて奴らがいても、大丈夫! ベルはちゃんと守るから!」
「‥‥彼も、理由無くこの結果を選ぶ人ではありません。責めないであげて頂けませんか?」
 右側の手をティズ・ティン(ea7694)が左の手をリースフィア・エルスリード(eb2745)が思いを込めて握る。
「責めるなんて‥‥そんな‥‥」
 体温と共に暖かい心が、ベルの胸に伝わってくるようだ。
「これでも俺は、保護者代理のつもりなんだ。もう少し甘えてくれ。‥‥伯爵じゃない、村の父上にそうしたようにな」
「俺、じゃなくてぇ〜、せめて俺達にしませんかぁ? ギリアムさん。ねぇ? クロックさん、エヴィンさんも〜そう思うでしょ〜」
 気の抜けるような、でも包み込む太陽のような暖かい笑顔でエリンティア・フューゲル(ea3868)はツッコむ。
「さてな」
「俺は、そう思ってもらえるなら、ありがたいが‥‥」
「ねえ?」
 はっきりと頷いたクロック・ランベリー(eb3776)と違いエヴィン・アグリッド(ea3647)は顔を背けただけだ。だが、口調や態度は答えている。
 そのとおりだと。思いは皆一緒だと。
「ありがとう‥‥ございます。私‥‥、不安だったんです。お父様が‥‥、それに教会のこともあって‥‥」
 気持ちは理解できる。恋に夢中になっていた時には見えなかった事が、未来を意識し始めると見えてくる。
 それは、必ずしも幸せだけを与えてくれる訳ではない。
「恋心は、誰にとっても難しいもの。でも、愛し合う人たちにはきっと輝かしい未来がある筈ですわ」
 優しい深雪の言葉をベルは受け止めた。頷くことはできない。だが、そうありたいと祈るように手を胸元で合わせて。
「まだ、街までは少しあります。いい機会だからいろいろお話させて下さい
「そうそう! 私もコイバナききた〜い!」
 少女達が明るく取り巻き笑顔の花を咲かせる。それにつられて、寂しげだったベルの瞳も少し明るさを取り戻したようだった。
「‥‥やれやれ。だが、作戦の変更は‥‥必要だな」
 さざめく少女達を少し離れて見つめながら、ギリアムは呟いた。
「そうだね。この作戦の要は彼が、ベルを護るという前提にあったから‥‥」
 フレイアも同じ視点で、同じモノを見つめる。
 流れる銀の髪、空の青よりも青い深みのある蒼。そして‥‥。
「絶対に護ってみせる。これは約束だからな」
「ああ」
 彼女の美しい笑顔を。
 この気持ちはきっと、届かなかった思いを抱く彼もきっと同じだろうと信じて、彼の分までと思いを込めて‥‥。

○忘れられた伝承
「昔からの伝説ならいろいろあるよ。なにせここは聖人様の一族が治める領土だからねえ〜」
 老婦人はそう言っていろいろな話をしてくれた。
 人々を導く聖なる獣の話。
 この地を光で照らした銀の聖人の話。
 そして、かつてこの地を覆っていた闇と、それを封じた聖人の話。
 領主様のお客、冒険者ということでお菓子まで出されて恐縮していた冒険者達もどこか、子供の心で夢中になって話を聞く。
 それは、思いもかけぬ楽しい一時となった。
 あの時には想像もできぬほどに。

 事は半日ほど前に遡る。
 シャフツベリーに着き、ベルを無事に家まで送り届けた後、冒険者の幾人かは領主に面会した。
 そして、こう問うたのだ。
「デビル退治と言う事ですけどぉ、デビルが現れる原因に何か心当たりはありませんかぁ?」
 気が抜けるようなエリンティアの口調は置いておき、深雪やフレイアもそれに自分の疑問を重ねる。
「聞けば昨年も、この土地でデビルの襲来があったとのこと。何か‥‥この土地にデビルが集まり狙う何かがあるのではないでしょうか?」
「前に教会関係の少女ばかりを狙った襲撃事件がキャメロットであった。聞けばディナス伯は聖人の血を引いているとのこと。何か心当たりや伝承をご存知ではないか?」
 返答せず、言いよどむように、眼を伏せ考え込む伯爵に、さらに空気読みも何も無い発言が飛ぶ。
「それとぉ、この様な状況なのにぃ、何故ベルさんを呼び戻したのですかぁ? キャメロットにいたほうが安全でしょうに〜」
「ちょっと! エリンティア!!」
 フレイアは軽く目でエリンティアを睨むが、そんな事を気にする彼ではなく、フレイアも逆に気付いて口を閉じる。
 エリンティアは見ていた。口調とは裏腹の真剣な眼差しで、伯爵の一挙一足を。
「‥‥まず、心当たりという質問には解らぬ、と答えさせてもらおう。昨年のデビルの襲来も私にははっきりとした理由は知らされなかった。どうやらゴールドヒル‥‥遺跡を狙ったものだったらしいとは後で冒険者に聞いたがな。あいつ‥‥!」
 彼の口調にどこか憎憎しげなものを感じて、流石のエリンティアもそれ以上の追求はしなかった。彼の憎しみはデビル以外の者に向かっているように感じたのだがそれは、今は単なる根拠の無い感覚に過ぎない。
「第二に、この土地に何かあるかもしれぬ、というのも私は良く知らぬ。というのも私は長子として領地の統治を主として預かってきたのだ。伝承などを伝え引き継ぐのは本来別の者の役目でな‥‥。今はいないのだ」
「別の‥‥者? 今はいない‥‥? まさか?」
 どこか悲しげな辛そうな表情にギリアムは一人の人物を思い出す。伯爵の地位を狙った彼の弟を‥‥
「第三にだが、ベルを呼び戻した理由は先ほどの第二の理由に近しい。ベルを伯爵家の一族としてこの地の教会の司祭職を命じるつもりなのだ。代々この地では教会を預かるのは可能な限り領主の一族より出す、とのしきたりがある。私の代でそれをすべきものが失われていたのだが、ベルが戻り神職を志すと言うならしきたりを戻すことができると思ってな」
 ? 私の代で失われた? 彼の言う『別の者』とはあの弟では無いらしい。
 そんな事を考えるより早く、ギリアムは別のことに気付いて座っていた椅子を蹴り飛ばして立ち上がる。
「待て! ベルを教会の司祭に? そんなことになったら‥‥彼女は‥‥、あいつは‥‥」
 ギリアムの言わんとしている事が解ったのだろう。最初に見た悩み伏せた表情を一瞬で振り払い、伯爵は断固とした口調で答える。
「ベルの幸せを願わぬわけではない。だからこそ、あの子が不幸になる選択肢を選ばせる訳にはいかぬのだ。この地の為に、ではない。ベルの為にだ」
「だが!」
 なおもギリアムは食い下がろうとするが、伯爵はそれを無視して立ち上がる。
「話はまだ終っていませんよぉ〜。お持ちになっている情報を全て提供して頂かないと完全に解決するのは困難になるんですよねぇ〜」
 ソールズベリではそれで苦労したんですよ。とエリンティアは似合わぬ目で睨む。
 彼の隠し事を見透かすような瞳に、伯爵は街の古老の一人を紹介してくれた。
 伝承を僅かに知る人物だと。
 そうして、彼らはここにやってきたのだ。

 伯爵に、逃げられたような印象を持っていた為その後暫く不機嫌だった冒険者達。
 だが、古老の話は純粋に話として面白かった。
 時折子供達が聞きにくるほどに、その話は人を引き込ませる。
「なるほど〜。昔、闇に閉ざされていたこの街を聖人が命がけで闇を封じて、平和をもたらしたのですかぁ〜」
「そうだねえ。その聖人には兄がいて、その人の子孫がこの街の領主一族だと言われているよ。シャフツベリーの宝。領主一族の聖なる蒼い瞳さ」
「その闇とはどんなものなのでしょうか? 今の話を聞くと人々に害をもたらすもののようなのですが‥‥」
 深雪は老婆に問う。だが、それについては老婆はさてね、と首を横に振った。
「今となっては誰にも解らないよ。何か良くないものだったのは間違いないのだろうけどね‥‥」
 長い伝説の間、その存在は忘却の彼方に置き去りにされている。それは有る意味正しいことなのかもしれないが‥‥
「それを知るとしたらそれこそ教会の司祭様くらいじゃないかねえ。知っているかい? この街の教会は小さいけど、由緒はあって代々ご領主の一族が護っておられるんだよ。昔、先代の頃には司祭様が伝説の聖人に扮した祭りも行われていてね。とても美しかったもんさ」
 遠い昔を懐かしむように老婆は語る。だが、今はその司祭はいない。つまりは知る者はいないということだ。
「でも、何か書物とかは残されているかもしれませんね。私、ちょっと調べてみたいです」
 古老の家を辞した冒険者は深雪の言葉に足を止めた。
「でもねえ、そろそろ夕方だ。悪魔とか出てくる可能性も有る。そっちの依頼の方も動き始めないと‥‥」
「ではぁ〜、僕が深雪さんと一緒に教会に行って来ますぅ〜。調べ終わったら直ぐに合流するようにしますからぁ〜」
 エリンティアの言葉にフレイアは解ったと頷いた。自分は、と言えばそろそろリースフィアやエヴィンたちと合流したいところである。
「危ないから単独行動はしないようにね。夜には一度戻ってくるんだよ!」
 二人は勿論と約束し、それぞれのやるべき事に向かって動き出す。
「同じ轍は踏まない、今度こそしっかりやらないとね」
 フレイアは苦笑しながら視線を前に。
 その時ふと、街を歩いている二人連れに気がついた。苦笑が微笑に変わる。
「おや! 楽しそうだこと」
 馬に蹴られないように道を変える。
「まあ、あの子は男の子だし、ティズがいるなら大丈夫だろうしね」
 ほんの少し、今回は一緒に来れなかった人物を思い出し、微苦笑しながらフレイアは今度は足を止めずに歩き出した。

「あ! 見て! あれあれ! 焼き菓子だ。ベリーのジャムつきだって! おいしそ〜。ね、ヴェル。一緒に食べない?」
 自分の手を引くティズを眩しげに見つめながら少年ヴェルは静かに頷いた。
 財布を出して、焼き菓子を二つ。勿論、少女の分も自分が出す。
「あ、ありがとう。ちょうどあそこに広場もあるし、ちょっと休憩しようか」
 頷いて彼らは広場の端の小さな石の段に腰を下ろした。
 夏の日差しの中、焼きたての菓子は喉を焼くが、
「空の下で食べるお菓子は美味しいね。ヴェル」
 ティズの言葉に頷きながら、ヴェルは甘酸っぱい思いを焼き菓子と共に口の中に飲み込んだ。
「少しは気分転換になった?」
 彼女はそう問うて来る。
「はい。気を使って下さってありがとうございます」
 微笑みながら彼は頷く。デビル退治の為の調査、というのは多分にあるのだろうがティズが自分を引っ張り出した理由の半分は気分転換の為なのだろうと、何より彼は良く知っていた。
「散歩ついでに聞き込みでも行こっか。家の中に閉じこもっていても何も見えてこないと思うよ」
 と自分の手を引き、
「大丈夫! ヴェルのことは私が守るから。ヴェルのことは任せて」
 と父に胸を叩いてまで。
 彼女には解っていたのかもしれない。自分の焦りが、養父の為に自分が役に立たねばと焦っていたのが‥‥。
「たまには、気分転換もしなくちゃダメだよ。でも、蒼い瞳かあ〜」
 手についた焼き菓子の粉を払いながら、ティズは空を見る。空の蒼と同じ色のヴェルの瞳は、少し気恥ずかしくて見れない。
「この街には結構いますからね。青い瞳の人。でも調べてみるまで被害者の目の色なんて気付きませんでしたよ」
 ヴェルも頷く。前半の言葉は大事に胸にしまって。
「被害者の殆どが、青い目、ね。何か、意味が有るのかなあ? ‥‥あれ? ベルさん?」
 瞬きして、目を擦るティズにヴェルは首を捻る。その視線の先には美しい女性がいた。
 ベルは今、家にいる筈。こんなところを出歩いている筈はない‥‥。
 しかも彼女は黒髪。なのに、何故、ベルを思い出したのだろうか?
「ああ、あれはアゼラさんですよ。教会のシスターさんです。そういえば、彼女も青い瞳ですよね」
「へえ〜」
 よく見れば年も上なのだろう。
 颯爽と歩く姿は『大人』の女性を思わせる。
 その色っぽさがシスターには思えなかったが、ティズはそれを追求はしなかった。
「さあ、ヴェル。もう少しだけ聞き込みして、夜になる前に帰ろう?」
「解りました。少しでもお役に立てますように」
 ヴェルは立ち上がり、ティズに手を差し伸べる。騎士のような王子様のような洗練された仕草に、ほんの少し染まった頬の赤を笑顔で隠してティズはその手をとって立ち上がった。

○告解の時
 もう夕刻と呼べる時間を超えた夜更け。
 明かりが消えた筈の館の窓が微かに揺れて、そこから小さな影が動いた。
 窓から外へと飛び降り、庭から館の外へと出ようとする盗賊とは反対の動きをするその影を
「何をしている? ベル?」
 低い声が呼び止めた。雲間から射す微かな光が銀の髪を照らす。そこには‥‥銀の少女が立っていた。
「こんな夜更けにどこに行く。この街にデビルが出るとは聞いている筈だろう。部屋に戻れ」
「ギリアムさん‥‥。私を見逃して下さい」
 蒼い瞳を真っ直ぐに見据えて自分を見つめるベル。その瞳を真っ直ぐに受け止めてギリアムは問うた。
「どこに行くつもりだ? 親に黙り、俺達にも内緒でどこに行くと言うんだ」
 背中の荷物が長旅を告げている。つまりは
「‥‥キャメロットに帰ります。お父様は私を二度とこの街の外に出さないつもりなのです。勿論、あの人とも二度と会ってはならぬ、と」
 彼女の幸せを考えると約束した筈の父の変化を、ギリアムもなんとなく察してはいた。
 いくつか要因と呼べるものはあったのだろう。
 デビルの来襲で不安になる街の人々の心を、聖人の血を引く司祭の復活で安らがせようとした、というのも、依頼にあったキャメロットが物騒だからというのも間違いなく理由の一つだった筈だ。
 だが、最たる理由はきっと
「許されない恋、熱病にうなされた愛は人を不幸にすると言うのです」
 娘を失いたくない、彼女に不幸になって欲しくは無いという望みからの筈だ。
「だから‥‥私‥‥」
「ダメだ」
「えっ?」
 ベルは瞬きする。その瞳を射抜くようにギリアムは強く視線を合わせた。
「夜中に逃げ出すなんて、お前のしていることは間違っているというつもりか? お前の恋も、思いも闇に紛れなければならないものなのか?」
「ギリアムさん」
 味方だと思っていた人物の追求に、彼女は顔を伏せる。
 否定されたわけではないと知っている。だが、顔が上げられなかった。
「逃げ出すな。ちゃんと向かい合って戦ってみろ! どうしても倒せない相手ならその時、俺達は必ず力になる。約束したとおりにな」
 彼がいたら、もっと違う説得ができただろうと思う。だが、彼女ならきっと解ってくれると信じてギリアムは目を合わせた。
「解りました。ごめんなさい。ご心配をおかけして」 
 思いを感じ取ったかのように、ベルは頷いて顔を上げる。
「‥‥解りました。もう少し立ち向かってみます」
「その調子だ。お前さんなら、きっとどんな困難だって切り抜けられる筈だぞ」
 ふわり、大きな手が、銀の髪を撫でた。懐かしい、もう一人の父を思い出すようにベルは柔らかな笑みを浮かべ頷く。
 満足したようにギリアムは腰に手を当てた。
「なら、部屋に戻れ‥‥。夜は本当に‥‥ん!」
 門の向こうで何かが走る気配がする。ギリアムは駆け出し外に出た。路地の向こうを行くのは、あれはエヴィンの駿馬
「何があった!」 
「教会の近くでデビルが出た。今、健武達が戦っているがどうも様子がおかしいらしい。先に行くぞ!」
 ギリアムの呼びかけに一瞬馬の足を止めたエヴィンは再び、馬に手綱を入れる。
 その方向に向かってギリアムは走り、かけて足を止めた。
「ベル。戻れ!」
「いいえ! 私は私にできることを!」
 止めても無駄、それを誰よりも知っている。
「解った。以前にヴェルにも言ったが、俺が全力で守ってやる。来い!」
「はい!」
 少女の手を引き、ギリアムは駆け出した。

 教会の側、その広くも無い路地裏はどこからとも無く集まってきたデビル達で半ば埋め尽くされていた。
 その数、30〜40。
「どうして‥‥こんなに増えたんだい!」
「さてな! だが狙いはもはや、この少女では無いようだぞ!」
「喋っている暇は無い。ほら、次が来たぞ!」
 耳に残る断末魔を振り払って健武は言葉と一緒に刃を走らせる。足元には既に数体のデビル。
 背中を庇いあうフレイアやクロックの側にも残骸が重なっている。
 それは目の前の敵にも見えている筈なのに彼らは止まらない。
 その先には一人の少女と彼女を庇うように立つ深雪とリースフィアがいた。
 リースフィアも剣を構え振るう。彼女の側には誰よりも多くのデビルが集まってくる。
「私を、狙っているのですか?」
「違うな! 彼らが今まで狙っていたのは青い瞳の娘だと聞く。だから! だろう!」
「少女よりもリースフィアさんを狙っているのは、きっと‥‥あ! エヴィンさん‥‥えい!!」
 エリンティアはスクロールを広げ、雷を放った。
 一直線に雷が走り、デビル達の間に道を作る。
 その細い道を風のようにエヴィンの駿馬が駆け抜け、苦戦を続ける冒険者達の側へと辿り着く。
「大丈夫か?」
「ちょっち遅い! エヴィン。でも、まあいいさ。満の代りよろしく!」
 フレイアの嬉しそうな軽口に苦笑しながらも馬から降り、剣を構えた。
 悪魔達はようやく目に見えて減ってきた。
「藤宮。俺達はもっと前に出る。魔法を頼めるか?」
 健武は後ろで結界を維持する、深雪に目線と言葉を送った。頷き、手を伸ばす。
「解りました。皆さんに、神の加護がありますように‥‥」
 深雪の手が光を生み出し、健武の身体に白き祈りを与える。
『‥‥‥‥?』
 瞬間、デビル達の動きが微かに鈍ったのを、前に立つ冒険者達は感じた。
『違う‥‥のか』『違う。青い瞳‥‥白い力、使わない‥‥』
 状況把握もできず、襲い掛かってくるインプ達はともかく、少しは力ある、グレムリン達。その数体が明らかに失望の色を浮かべたのだ。
 長い無用と言わんばかりに、逃げようとさえしている。
「えっ?」
 瞬間、冒険者達は思考と目を止める。瞬き数度。
「ほら! ぼおっとしてるな! 逃げるぞ!」
「挟み撃ち! はさみうちだよ!」
 ギリアムと、ティズ。館を護っていた筈の二人がその退路を断つまで。
『あれは?』『今度こそ、見つけたか?』
 何体かのデビルが軋んだ声が歓喜のように声を上げるまで。
「えっ?」
 リースフィアは瞬きし、デビル達の視線の先を見つめた。
 そこには、二人に加護を与えるように白い光を掲げるベルの姿が‥‥ある。
「お二人とも! デビルはベルさんを狙っていくかも! 近寄らせないで!」
 そして、自分も踏み込んでいく。横の仲間達も一緒に。
「解った!」「大丈夫。任せて!」
 残りはもう一桁のデビル。彼女になど決して近寄らせはしない。
 ‥‥そして、その言葉どおり冒険者はベルに、蒼い瞳の少女に悪魔の指一本さえ、触れさせること無くその存在を大地に返した。

「皆様、お怪我はありませんでしたか? お力になれず、申し訳ありません」
 いいや。首を横に振ってフレイアは笑う。
 事が終わり、疲労した彼らを教会の中に招き入れてくれた者がいた。
「ああ、アゼラさん。こちらこそ、お騒がせしてすみません」
 病弱な司祭に代わり今、シャフツベリーの教会を預かっていると言うシスターにエリンティアと深雪は頭を下げ、身体を休めさせる為の場を提供させてもらったことに感謝の言葉を述べた。
 リースフィア達が助けた少女も、怪我は無い。
「あれが、この街を騒がせていた娘たちを襲うデビルですのね。始めて見ましたわ」
「シスターも、見事な蒼い瞳ですよねぇ〜、襲われたことなかったんですかぁ〜」
 エリンティアの素朴な質問に、くすとアゼラは笑みをこぼす。
「もう私、娘と呼べる年ではありませんもの。男を知らぬと言うわけでもありませんし、デビルが何を求めているか知りませんが、彼らにも選ぶ権利があるということでしょう」
 冒険者達の傷も殆どがかすり傷で、ベルと深雪、アゼラの治療でほぼ簡単に今は治癒されていた。
「ありがとうございます。助かりました」
「ここは、いずれベルさんのものとなる教会です。ご遠慮は無用ですわ」
 リースフィあの感謝に聖女の笑みで、アゼラは微笑む。
 この街の教会の司祭職は代々、領主の一族が受け継ぐのが慣わし。
 全ての伝承はその司祭にのみ託されそれ以外の者は単なる中継ぎに過ぎないという話は、何箇所かで、幾度も聞かされている。
 だが‥‥
「アゼラ様。私は、この教会を受け継ぐつもりはありません」
 当事者であるベルはそれをきっぱりと拒絶した。 シスターアゼラはなんとも言えない表情を浮かべている。それは無理も無かろう。
 教会を預かるという大役にして重要な役目をこうもはっきりと拒絶するとは。
「どうしてです? 名誉な事であるのに‥‥」
「私はあまりにも未熟だし‥‥それに好きな人がいるんです」
「好きな人‥‥? その為に与えられる地位も、名誉も捨てていいと?」
 はい。静かに頷いたベルにアゼラは沈黙で答えた。
 長い、長い沈黙。
「‥‥ご存知ですか? かつてこの教会を受け継ぐ筈だった方も同じように、愛する人を選んで‥‥やがて不幸になったと。定められた運命を壊す者は決して幸せにはなれないのかもしれませんわよ」
「それでも、私は‥‥」
 答えるベルを見つめるアゼラの瞳が微かに揺れるのをフレイアは見たような気がした。
 その時。
『ギッシャアア!!!』
 断末魔が外から響いた。冒険者は外へと駆け出す。
 外にはエヴィンが立ち尽くし、足元には既にモノとなった残骸が転がっている。
 何か情報が聞きだせないかやってみる、と言ったエヴィンの行動の結果かと、聞きかけたフレイアは喉の唾を音を立てて租借した。
 彼は何かを睨んでいる。ここからは見えない何かを、憎しみを込めて。
「どうしたんだい? エヴィン?」
「あと少しで、聞き出せたかもしれないのに‥‥」
「何を‥‥だい?」
 光の矢が飛んできたと彼は言う。
 数条のそれは、エヴィンを狙い、捕らえたグレムリンを狙ってきたという。
「こいつらに命じた奴がいるようだ。‥‥報酬を与えるから青い瞳、聖なる力を持った花嫁を探せと! だが、どうやら集まったデビル全てって訳ではないらしい‥‥偶然にも悪戯目的で騒動にあやかった奴もいたのかもしれないが‥‥」
 冒険者の全ての眼差しが、銀の少女に向かう。
 かつてキャメロットに現れたデビルは「花嫁」を捜していた。
 デビルはリースフィアを『違う』と言い、ベルを見て『見つけた』と言っていた悪魔が‥‥いた。
「‥‥まさか? ベルさんが?」
「なんの話です? 一体?」
 首を傾げる少女、現れたシスター、そして彼女に説明する仲間。
 エリンティアはそれを見つめながら独り言のように呟く。
 あれは、単に領主へのかまかけのつもりだった。だが‥‥。
「本当にキャメロットにいたほうが、安全だったかもしれないですぅ〜」
 と。

○それは予兆
 翌日、街を見回った健武とエヴィンは街からデビルの気配が完全に消失しているのを確かめた。
 まるで昨日デビルと戦ったのが嘘のように、だ。
 昨日の戦闘で、雑魚デビル達はこの街が危険だと察したのかもしれない。
 周囲の森や遺跡などに僅かに数体がいたという噂もあったが、それらも人に危害を加えてくることは無かった。
 そしてさらに翌日。
 冒険者達はデビルの存在が無いのをさらに確認して、キャメロットへと戻ることにした。
「いいか? 逃げるんじゃないぞ。本当にピンチの時には必ず助けてやるから!」
 ギリアムはそう見送った少女の手を取り、少女はしっかりとそれに頷いて答えていた。
「あの方も、娘の事を案じているのは解るのですが‥‥」
 街から離れてリースフィアはため息と共に呟く。あの父伯爵。
『子供だから、といってはぐらかさずに本音で向き合ってみてはどうでしょう。すれ違うよりは衝突した方がいろいろわかると思いますよ』
 彼女の言葉に頷いてはくれなかった。答えてもくれなかった。
 不器用すぎる、父親、なのだろう。
「しかし奴らの目的は、なんだったんだ? 青い瞳の娘にちょっかいを出す。その悪戯が目的だったはずはない。まさか? それとも‥‥」
 健武は錯綜する情報を纏めるのに懸命だ。
「いや、おそらく殆どのやつらは事情を知らないか、便乗しただけか‥‥捨て駒として利用されただけなのかもしれない。だが肝心なのは‥‥」
 エヴィンにはさらにその先が微かに見えるような気がした。
 デビルの息の根を止めた月光の射手。見える筈も無い暗闇の奥から彼はそれが誰かなんとなく確信できていた。証拠は何も無いが。
「あいつら‥‥、この街で何をしでかすつもりなんだ?」  
 奴らの目的は『花嫁』を捜すこと。この街でもし、それをなし得てしまったら、次は‥‥
「そもそも花嫁ってなんだ? まさか‥‥」
「そんなこと、させやしないさ。絶対に‥‥」
 エヴィンの気持ちを読んだように、フレイアは唇を噛み締める。
 そしてその横ではフレイアと違う過程で、だが同じ思いをギリアムが口にした。
「ベルは、必ず守る!」
 彼らの頭上に輝く太陽と、眩しいまでの空の蒼。
 あの輝かしい少女を思い出させる。
 少しの満足と、微かな不安。
 そして‥‥再び自分達の力が必要とされる予兆を感じながら、彼らはシャフツベリーの街を後にしたのだった。

『キャメロットに戻るのは少し後回し‥‥だ』
「ああ、青い瞳の娘がいたな。聖なる力を持つものが、二人‥‥」
『捜しものは、意外と足元にあるものなのかもしれん』
 暗い笑い声は闇の中に解けて、消えた。