●リプレイ本文
○お化けあらわる?
夏は暑い。
我が儘を言おうと、文句を言おうと暑いものは暑いのである。
「でも、仕事にありつけるってんなら、頑張ろうぜ!」
気合をかける少年の意気とは対照的に背後についてくる彼の仲間達は‥‥顔を見合わせている。
「でもさあ、レン兄ちゃん。本当にあのお化け屋敷で働くの?」
「あそこって、筋金入りのお化け屋敷だろう? 喰われたりしないかな?」
「何言ってんだよ。お化けが怖くて仕事ができるかってんだ! それにお化けはもう冒険者が倒してくれたんだから、心配すんなって! ほら、ついた!」
レンが指し示した館の前で、少年達はホッと肩を撫で下ろす。
庭先の大きな木の陰では犬が優雅に寝そべり、そのパタパタと動く尻尾に仔猫が元気にじゃれついている。
長閑で楽しそうな風景である。
「犬や猫がいるってことは、もうお化けなんていないってことだよね!」
嬉しそうな弟分にレンは胸を張った。
「だから、言っただろ。さあ、もう中に冒険者とかが集まってる筈だ。ちゃんと挨拶しろよ。仕事は第一印象が肝心なんだから‥‥!」
言いながらドアを開ける。だがその瞬間、悲鳴が響き渡った!!
「「「「うぎゃあああ!!」」」」
有る者は脱兎の如く逃げ出し、あるものは腰を抜かしてしゃがみ込み、ある者は兄の膝にしがみ付いて泣き出して‥‥。
『わるい子いねがぁ、でござる!』
それでも誰も目の前の怪物から視線を離さない。
「少しやりすぎではありませんか? 幻蔵さん?」
真面目な顔で、諌めるワケギ・ハルハラ(ea9957)にかんらかんらと鬼は笑った。
「少しは背筋が凍ったでござろう? のお‥‥皆のしゅ‥‥う?」
お面を外して葉霧幻蔵(ea5683)は子供達に笑いかける。が‥‥慌てて駆け寄り困り顔を見せる事になる。
「お化けだ〜」「怪物だ〜」「お面とった顔もこわい〜〜!」
泣いた子供達が泣き止み落ち着き、とりあえず安心するまでたっぷり半刻。
「ああ! すまないのでござる。こ、怖くないでござるよ。だ、誰か助けてほしいのでござる〜」
しかし、そんな幻蔵を仲間達も、愛犬愛猫すらも生暖かく見守るのみであった。
○ただ今準備中
「お仕事はだいいちいんしょ〜が大事なのです〜。大人がこどもたち泣かしてどうするんですか〜?」
お面をまだ頭に乗せたままの幻蔵を、ユーリユーラス・リグリット(ea3071)が諌める。
手を腰に当ててメッというような仕草。垂れた頭を上げながら幻蔵はしおらしく、素直に謝罪した。
「申し訳ないでござる」
「いんや、いいんでないの? 子供達もお化け屋敷ってのがどんなもんか解ったやろうしな。それに‥‥ほれ!」
藤村凪(eb3310)は作業の手を止め、指ではなく、針で指し示す。
「ふう、暑かった〜。でも、いっぱい買えたよ。値切るって面白いね〜」「おっちゃん! 次はどれを運ぶの!」「きぐるみいっぱいあるね〜。うわ、この骸骨こわっ!」
レイ・アウリオン(ea3231)率いる買出し班と、ワケギと各部屋の準備をしてきた子供達が戻ってきたのだ。
買出しと荷運び。そして準備をあらかた終えた彼らは、自然に幻蔵の周りへと集まってきていた。
くすと、小さな笑みがワケギの口からこぼれる。
「本気で相手をしてくれる相手は子供達は解るのでしょうね」
最初は、やっとありついた仕事と緊張気味だった少年達が、冒険者達の歩み寄りがあったとはいえ、もうあっと言う間に子供らしく笑っているのはあの、ショック療法の効果であろう。
「良いことだ。少々羨ましくもあるかな?」
苦笑しながらも見守るレイの肩で
「頼んだもの買ってきてくれた〜?」
マリー・プラウム(ea7842)が声をかける。屈託無く笑うマリーとは対照的に、その背後でペコリと頭を下げる少女の表情は硬かった。
「ああ、リクエストに合うかどうか、確かめてくれ」
荷物を差し出すレイにありがと、と感謝しながらマリーは少女に荷運びを頼む。
大きな布や木の棒などは決して重すぎはしないが、シフールが持って飛ぶにはやや重い。
「はい。マリーさん。ユーリユーラスさん。どうですか?」
少女が受取った荷物を確かめに、ひらりユーリユーラスが舞って来る。荷物を確認しようとし、だがその前に一つ思い出したように少女の前に立つ。
「ダメだよ。リンちゃん。さっき約束したでしょ。僕の事はユーリでいいよ。って。マリーさんもね‥‥あ、と荷物はOK。じゃあ、向こうで着付けしてこよっか」
「りょーかい! あれ? 透さんは? どうしたの?」
布を手に取りながらマリーは首を左右に振る。その真後ろ。
「”お化け屋敷”は”叔母の屋敷”でするものです‥‥なんて‥‥」
うふ。
頬に手を当てて笑いかける大宗院透(ea0050)の登場に、‥‥場の空気は一気に氷点下へと急降下した。
「すいません、涼しい雰囲気が台無しですね‥‥せっかくお化け屋敷という風流な楽しみなのに‥‥」
「いや。だいじょーぶ。十分冷えたから。で、それがジャパンのお化け?」
ユーリユーラスの問いにはい、と透は頷く。
長い髪を前にたらし、白装束に、白い三角のヘアバンド。青い目元に、赤く染まった口元。なかなかの迫力だ。
ごくり唾を飲み込む。ジャパンのお化けの法則を知らない者でも怖いと、感じてくれるかもしれない。
「今回はジャパニーズテイストのお化け屋敷にすると決めたからな。もう、明日には開店だし少し、準備を急ごう。誰か一人手伝ってくれるか?」
一番小さな少年が手を上げる。少年の手を嬉しそうにとって、レイは奥へと。
「僕の方は区切りつきましたから。凪さんのお手伝いをしますよ。みんなも、手伝ってくれるかい?」
「もちろん!」
「おおきに! 助かるわ」
「じゃあ、僕らは本当に着付けですね〜。透さん、ヨロシクです!」
「リンちゃんも行こう!」
少年達とすれ違いに少女達は外へ出て行く。どちらも笑顔。どちらも楽しそうだ。
「いいものでござるな‥‥。ああ、少年達。そこのきぐるみは全部つかっていいでござるから」
「は〜い!」
楽しげに開く、子供達の歓声が賑やかに、鮮やかに暗い部屋に広がっていく。
「伯爵達がいたらさぞかし、よろこんだであろうなあ〜」
木の棒をいくつかの夏野菜に無造作ではなく突き刺しながら、幻蔵もまた楽しそうに、嬉しそうに微笑んだ。
○思い出の扉
準備は全て整い、ホラーハウスは開幕した。
今年で三度目。
キャメロットの住人達の中にはこのイベントを楽しみにしている者もいるらしく、期間限定ではあるが郊外の古ぼけた館に人々は途切れることなく訪れていた。
「キャアーーー!!」
悲鳴と共に駆け出す女性を見送った生首は
「大成功だね、お兄ちゃん」
「ああ、ナイスジョブだ少年。名演技であったぞ!」
首なし幽霊と手を叩きあっていた。
小柄な少年は黒服を纏い、それを肩車するレイは身体の部分だけ服を纏い、顔は黒い覆面で隠している。
二人がタッグを組むと、『恐怖! 走る生首』が完成するわけだ。
締め切った部屋の中で、黒服と蝋燭はかなり熱いが、ワケギの用意してくれた氷と、お客達の驚く声が暑さと苦労を忘れさせてくれる。
「‥‥で、ございますわ‥‥」
声が聞こえる。女性にしては低音の案内役の声。
老婆としてゆっくりとリズムをとってやってくる足音に、待ち受ける彼らは新たなる犠牲者の到来を知る。
遠くから微かな悲鳴がする。あちらは多分、透の『逆さづり幽霊の部屋』だろう。
どうやら向こうも盛況なようだ。負けてはいられない。
次にやってくる人物はどちらにいくのだろうか?
「よし! さあ次の獲物を狙うぞ」
「はい!」
蝋燭に明かりが灯り、悲鳴がまた暗い館に響き渡る。
「か・か・かお、無いいい!! キャアアー!」
悲鳴を上げた少女は信じられないスピードで暗闇の中を全力疾走していった。
「やった!」
「ビックリしたみたいね。あれくらい驚いてくれると気分がいいわ〜」
被りものをとった二人は楽しげに顔を見合わせて笑った。
しふ〜る悪戯組と名乗ったお化けチームが結成されて後、二人は子供達と協力し合ってお客達を脅かしていた。
その中でもさっき逃げて行った彼女の反応は飛びぬけて良かった。
透のメイクのおかげだろうし、演技力も経験を積むごとに上がっていると自負できる‥‥。
「あれ? どうしたの? リンちゃん?」
ふと今の少女の逃げていった先を見つめるリンにマリーはそう声をかけた。
「いいえ。ただ、あの人も‥‥ハーフエルフだったみたいだから‥‥」
ペンダントを握りしめ、一生懸命暗闇を歩くさっきの少女に親近感を描いたのだろうか。
「大丈夫。彼女『一人じゃない』って言ってたもの。きっと大事な人がいるのよ」
リンの肩に乗って直ぐ側で笑いかける。リンは無言で頷いた。
「お姉ちゃん達〜。ベルの数が一個たんない!」
「一個くらいならなんとかなるかな。じゃあ、みんな〜。次の人がもうそろそろ来ると思うからファイトだよ〜」
子供達を指揮するユーリユーラスが、二人に気付いて手招きする。
「早く早く、持ち場について!」
「解りました」「りょーかい! っとね」
一度だけ、一瞬だけリンは手を前に組んで、そして外して歩き出した。
向こうからやってきた二人連れに、ワケギは気がついた。
金と銀の髪で連れ立って歩く二人はなかなか華やかで目立っている。
「こっちに来ますね」
ふと興味がわいて物影に隠れて様子を伺うことにする。
「『避難休憩所はこちら?』ですか。随分いたれりつくせりですね」
「な〜んだ。案山子だったのね」
銀の女性は胸を撫で下ろしたように笑う。
皆で作った案内役の案山子の周囲を小さなエレメンタラーフェアリーが楽しそうに飛んでいた。
ふと、思わず真面目な彼にも悪戯心が生まれる。
基本的には子供達が主役になるように場の設定をしてきた。
着ぐるみをきせ、メイクを手伝って。
だが、今は。息を潜め‥‥、小さく呪文を唱える。そして‥‥。
「こら! 人を脅かしちゃダメでしょ?」
ぽん! と頭を叩かれた瞬間にヴェントリラキュイを完成させて案山子を揺らす。
『いたいなあ〜!』
我ながら惚れ惚れするタイミングで声を出すことができた。
「え゛?」
『どうしても怖い人はあっちへどうぞ〜。そうじゃない人は〜』
立ち尽くす銀の女性に、悲鳴を上げて逃げて行った小精霊を追う金の娘。
その絵に描いたような展開に、思わず笑みがこぼれてしまう。
満足感と、ほんの少しの罪悪感を胸に、彼は走り行く背中に声をかける。
「迷子にならないように気をつけて下さいねー」
ワケギの激励は多分、聞こえなかっただろうけど。
凪は静かに微笑んだ。
お化け屋敷には正直ちょっとあるまじきことだったかもしれない。とちょっと思った。
避難休憩場所を作ったりしたことが。ムードを壊すかもとちょっと考えた。
だが、良かったと思う。何人かの人物がここを利用し、お化け屋敷をより楽しんでくれた。
そして、今、目の前には少女がいる。
恋人と一緒に来る筈だったのに、今は一人の少女。暗い思いを抱きしめていた少女。
お化けとしてはさらに有るまじく姿を表し、お茶まで出してしまった。やりすぎかもしれないと少し反省した。
だが、良かったと思う。
最後のお客である彼女は、帰っていった。
仲間達と、この場に励まされて表向きだけでも笑顔を抱いて。
お化け屋敷と言うこの場だが、暗い思いを抱いて帰って欲しくは無い。
皆に楽しい思い出を持って帰って欲しかった。
だから、良かったと思う。
それは、どうやら成功したようだから。
「さあ、あとは片付けやね。残り一頑張りするで〜!」
腕まくりしながら屋敷に戻る。彼女自身もこの屋敷で思い出ができた。
忘れ得ない夏の思い出が。
○続き行く未来
お化け屋敷は今年も好評だった、と商人は語ってくれた。
手作りの土産物もそこそこ売れたし、休憩どころの飲み物収入もまずまずだったようだ。
報酬も少しだが割り増しされていて、夏の一仕事に幻蔵は他の仲間と同じように満足していた。
商人はこの屋敷を、時機を見て少年達に貸し出して、浮浪児の少年達の自立を促したいと言っていた。
この依頼を通し、物つくりや商業、エンターテイメントなどに興味を持った子もいたようだったので、その才能を伸ばしていければとの冒険者の意見を聞いてくれた形になる。
そして、リンもまた友達ができ、人々と関わる事の楽しさを知ることができたようである。
とりあえず、文句の付け所が無い成功だと言えるだろう。
ただ一つ、気になる事はあったけれども‥‥。
「伯爵は、すでに成仏なされた。だが、幽霊が長く住まい、ポルターガイストまで宿ったこの館。何かあるのではないだろうか‥‥」
この屋敷が変な場となってはいないか。
子供達が住まうことで、何か良くないことが起こりはしないか。
それが幻蔵なりの不安だったのだ。
だが‥‥
「いや、もう過ぎたことでござるな」
暗い考えを横に振った頭と共に捨て去る。
目の前で笑う子供達の笑顔は眩しく、輝いている。
続き行く未来は決して暗いものでは無いと信じられる。
そもそも、この屋敷も、決して悪い場ではありえない筈だ。
これほど冒険者達が汗を流し、思いを込めて作り上げ、多くの人が楽しい思い出を作った場なのだから。
そう信じて、屋敷を後にする。仲間達と共に。
笑顔で見送ってくれる少年と少女。
彼らに続き行く未来が輝く事を信じて。
こうして、ひと夏の夢は終わりを迎える。
思い出を胸に抱いて館は眠る。
また次の夏。輝く未来を迎えられると信じて‥‥。