●リプレイ本文
○待ち望んだ救い主
空に突然現れた影に、村人達は慄いた。
毎夜のように襲いくるオーガの群れだけではなく、空にまで災いがやってきたのかと。
しかも影達は、村に向かって真っ直ぐに降りてくる。
怯えたように身を硬くする彼らは、数刻後、久しぶり心からの笑顔を浮かべることができた。
「驚かせて申し訳ありません。私達は皆さんを助けるために参りました」
「ねえ。お母さん。本当に綺麗でね。天使様だと思ったよ!」
子供は家で、そう母親に話したと言う。
夕方、村の入り口で門に瀬を預けていたカシム・ヴォルフィード(ea0424)は息をきらせて走りついた仲間達を見つめる。
キャメロットから歩いて三日の距離を一日と言うスピードで辿り着いた彼らを
「思ったより早かったですね。待っていましたよ。これで全員ですか?」
労うように声をかけて村の奥にと案内する。
「あと一人。まだ。でも夜には着くと思うよ。ルシフは馬だからちょっと遅れるんだよね」
大丈夫かな? と気遣う顔を見せながらエル・サーディミスト(ea1743)は道のりを振り返る。
空を飛んできたカシム達に比べれば遅れたものの、魔法の靴を使って休み無く来た自分達。
急ぎの依頼だから置いてきてしまったが、駿馬を使ってくるルシフェル・クライム(ea0673)の事は気がかりだった。
「まあ、どちらにしても本格的な討伐は明日になるだろう。夜にはルシフェルも来るはずだ。いつでも直ぐに動けるように調査と、準備をしておかないとな」
リ・ル(ea3888)の言葉に冒険者達は頷き歩く。
冒険者達を村人達は心から歓迎の思いで迎えてくれた。
皆、疲れきった顔をしている。涙目を浮かべている者もいる。
それだけで、彼らがどれだけ恐怖に怯えていたか。どれだけ救い手を待ち望んでいたか解る。
「食事をしながらでいいですから、聞いていただけますか?」
案内され、貸し与えられた小さな家で、宴席とは言えないが用意された暖かい食事を取る仲間を前に、一足先について情報収集をしていたリースフィア・エルスリード(eb2745)が説明を始めた。
「見てのとおり、この村は木の柵に囲まれただけの防御が整っているとは言いがたい村です。目的の場所はここから半日ほど。時折飢えたオーガが時折近くまで来ているそうです」
幸い、大きな被害はまだ無いようですが。そう続けたリースフィアにセレナ・ザーン(ea9951)が躊躇いがちに手を上げた。
「オーガの数はかなりなものと聞いています。それが、この近くまで来ているのに今まで、被害を受けずにすんでいたのですか?」
「囮を使っていたのだそうですよ。近くの森にワザと家畜を数匹放っておく。さりげなく餌を与えることで村への接近を防いでいるのです」
「外に出てくるオーガは主に食料調達が目的の様子。食料を見つければ今のところ勝手な真似をしないで住処へ戻る。統率が取れていると判断される所以です」
カシムの説明をリースフィアが補足する。なるほど、とギリアム・バルセイド(ea3245)は腕を組んだ。
「下手に抵抗して、本気になったオーガに襲われるよりは、か‥‥」
「いいアイデアだと思いますぅ〜。長くは続かないでしょうし〜、家畜さんには気の毒だとはおもいますがぁ〜、助けが来るまでは下手に刺激しないのが得策ですぅ〜」
頷くエリンティア・フューゲル(ea3868)も感心の表情だ。
「旅の戦士からのアドバイスだったんだそうですよ。オーガが村に近づき始めた数日前、槍を持った戦士が来て、近辺を調べて‥‥依頼を出して来るから頑張れと励ましお金も貸してくれたとかで」
「おい! まさか?」
「おそらく‥‥」
口に含んだエールを噴出しかけたリルにリースフィアは頷く。
旅の戦士と言っていたが、キャメロットの方から馬を飛ばしてやってきて、雷のごとく去っていった金髪の男とは‥‥。
「おいおい。あの人本当に近道でも知ってんじゃないだろうな‥‥。二日と城を開けてはいないはずなのに」
「本当に。私達に無茶をおっしゃる以上に、ご自分も無茶をなさるようで‥‥」
「あの御仁らしいでござるな。だが‥‥いくら彼でも今はまだ、向こうを出られぬであろう。少なくともあの二人が出立するまでは」
二人の会話に黒畑緑朗(ea6426)が考えながら割り込む。だろうな、とギリアムの首も前に動いた。
御門魔諭羅が集めてくれた情報に寄れば、明日にもラーンス・ロット卿が部下数名と共にキャメロットを出るらしい。
そして、アグラヴェイン・オークニーは自分の部下に、傭兵も雇い入れており、それが整い次第後を追うとか。
「その時差は見込んで一日前後か。なんとか、明日には片付けたいね。だけど‥‥」
「情報が、足りませんわね。自分達の目で見た情報が」
うん、とエルはセレナに頷いてみせる。既に村は灯りが消え静まり返っていた。
洞窟のこと、薬草のこと。地形のことやその他、知らなくてはならないことがたくさんある。
「明日は食料調達に出てきたオーガを少し、潰そうと思いますがいかがでしょうか。幾十敵がいるかは解りませんが、敵の本拠を叩く前に少しでも減らしておかなければ」
「では、その間に私は、洞窟近辺の調査をして少しでも、地の利を確保したいと思いますが‥‥いかが?」
リースフィアと大宗院透(ea0050)の提案に首を横に振る者はいない。
「そうだな‥‥四日目の朝に決行だ。みんなで準備を整えておこう」
外から馬の嘶きが聞こえる。リルの言葉に頷くと冒険者達は外に出た。
やってきた最後の仲間が、馬と共に息をきらせて立っている。彼らを迎え、そして休息する。
最後の勝利の為に、その前の行動が大事だと解っているから。
○手段と目的
リースフィアは両手剣を全力でオークの肩口まで上げ、一気に腕を切り落とした。
唸るオーク。武器の斧は取り落とすが、まだ命までは落とせてはいない。
攻撃! 後退し、死に物狂いの拳を避ける。よろめくオークの隙を見逃さず、セレナが腹にラージクレイモアをめり込ませる。
そこで、やっとオークは腕と一緒に命を地面に沈めた。
「ありがとうございます。セレナさん」
「いいえ。気にしないで下さいませ」
「のんびり話している暇は無いぞ。‥‥潰すと決めたら後は一匹も戻す訳にはいかないんだからな」
ギリアムは少女達を微笑ましげに見つめながらも、敵から目を離さずに言った。
「出てきているのは〜、オークが五体ほど〜。周囲には他の集団はいないようですからぁ〜、確実に倒しておきましょ〜」
「少しでも個体数を減らせるチャンスがあるなら、それを逃す訳にもいかないしな! それに‥‥っ!」
また一匹、オークを倒してルシフェルは森の奥を見る
「おっと、一匹でいい! なんとか生け捕れないか?」
「なるべく‥‥やってみるでござるが‥‥! てやあ!」
両刀で敵の剣を挟みこんでいた緑朗が渾身の力を込めて剣と腕ごと、敵の攻撃を弾き飛ばす。
ふらつくオーク。
そこを、リルの左手、十手が逃がさず、脳天に衝撃を叩き込む。
「ぐ‥‥がっ‥‥」
倒れこむオークは最後の一体。
ふうと、息を吐きながら冒険者は序盤戦の勝利に少し安堵した。
リースフィアの背後には囮として放たれた家畜が懐くように擦り寄ってくる。
「‥‥良かった。出さずにすむなら、どんな被害も出さないに超した事はありませんから‥‥ね」
微かだが確かな微笑を浮かべてリースフィアは羊の頭を撫でた。
「村人達の命と引き換えとはいえ、命は命ですものね」
セレナも頷くように家畜たちを見た。他にオーガ達の侵攻をかわす手段が無く、彼らのお陰で村人に被害が出ずにすんでいると解っていても、大事な家畜を取られることに心を痛めない農場主はいない。
だから、食料調達役のオーク達。
彼らの出現場所を聞いた後、冒険者達は素早く、迅速に敵を打ち倒したのだ。
目的の前の目的。その一つ目は結果成功に終った。
では、もう一つ目はどうだろう? 少女達とは反対に厳しい目をしてリルは自らが倒したオークの前に膝を折った。
手近な木にオークをくくりつけ、平手をパパンと数往復みまう。
微かな声。目を開ける。と同時にオークは身体を右左にと動かし始めた。
身体はがっちりとしばりつけられ動かない。
その眼を、リルはしっかりと逃すことなく見つめた。
「オーガ語は知らんが、意思は通じるだろう。俺の言ってることが解るか?」
オークはその眼差しから逃れられないというように、息を飲み込んだ。
彼の意思はセレナがオーラテレパスで通訳している。だが目の前の戦士の背に沸き立つものは通訳無しでも伝わるのではと思うほどだ。
「これから、俺たちはお前らの住む洞窟を攻める。敵の規模、洞窟内の様子などを教えろ。そうすれば、素直にしゃべれば命は取らないよ、俺達はな」
前半は厳しく、容赦ない声音で。後半はどこか楽しげで優しげな様子にセレナはちゃんと相手に伝えた。
オークやオーガに人間ほどの同族意識、仲間意識は求められまい。
そこをついて少しでも、情報が得られたら、と思ったのだろうが、オークの反応はリルの想像を遥かに超えていた。
ぶんぶん。まるで風がおきるほどに首を横に振り、必死で何事か叫ぶオーク。
「なんて?」
リルの問いに、セレナは少し困ったような顔で答えた。
「そんな事は出来ない。人間は信用できないが、ボスが怖い。逆らえば殺される。喰われる! 入れない。だそうですわ」
冒険者達の周囲に冷えた空気が走った。
命を天秤に賭けても逆らうことなど考えられない、オーガ達にそう思わせる首魁がやはり存在するのだ。
やはり、唯では済みそうに無い。
「ならば、敵の残りの数だけでも教えろ。ここに来た数より、まだ多い数の敵がいるのだな?」
オークは首を縦に振って答える、
「もっと、もっといる。と言っているようですわね。数の概念があるのか解りませんが、この数の数倍は残っていると思ったほうがいいかもしれませんわ」
「解った‥‥っと!」
鈍い音と共にオークの頭が下に向けて沈む。さらに厳重にリルは縄をかけた。
「‥‥騎士団にでも任せるか、後で処理するか。どっちにしろ、もう用は無い」
「そろそろ透殿も戻っているかもしれんし‥‥」
「この子達も早くお家に戻してあげた方がいいですしね」
頷きあって冒険者は、その場を後にする。
血の匂いのする森を静かに‥‥。
ニャアー。
猫がやってきた。
「ルイズゥ〜、いい子にしていましたかぁ〜。子供達を困らせたりはしていなかったでしょうねぇ〜」
ウニャア。返事をするような鳴き声に、こつんと額を指で弾いて‥‥エリンティアはまた地面へと降ろす。
猫達から遅れる事ほんの少し。
「お帰り〜。怪我は無い〜〜?」
冒険者達の帰還を見つけたエルは大きく手を振って駆け寄ってきた。
彼女とカシムは今日一日、村での聞き込みを担当していた。
「病人さんの方も診てきたよ。直ぐにどうこう、ってわけではないだろうけど、早く治療する為にはやっぱり薬草がいる、かな?」
心配そうにそう呟く、エルに仲間達も、かける言葉は一つだけだった。
「一日も早く、奴らを倒そう。それが、私達に出来るたった一つのことだからな」
「ルシフ‥‥、うん、そうだね。それしかないもんね!」
そして、エルとカシムは村中から集めた情報を説明した。
岩陰にあるその洞窟は、古くは人々の避難場所でもあったようで、奥に小さな泉のようなものもある。
地盤はあまりしっかりしている、とは言えず、天井も土。
普通にしている分にはそう崩れることは無いだろうが‥‥
「あんまり派手な戦闘は‥‥ってことですねぇ。薬草はどのへんですかぁ?」
エリンティアの問いにエルはこの辺、と指差す。洞窟の最奥、泉の近く、ということらしい。
「洞窟の入り口付近に、薬草が無さそうなのは良かったな。後は‥‥」
その時村の入り口が微かにざわめいて‥‥、ギリアムは声を上げた。
「おい! 帰って来たぞ」
「大丈夫でしたか?」
「怪我はないでござるか?」
集まってくる仲間達に
「‥‥とりあえず‥‥大丈夫‥‥。洞窟の、入り口の広さや‥‥、近くで戦えそうな場所は調べてきたから‥‥。だが‥‥」
息を整えながら透は答える。自分で言うほど、大丈夫で無いのは解っているが、それは今は口に出すことではない。それどころでは、ないのだから‥‥。
「情報も集まった。‥‥のんびりしてると、騎士様達が来るし、オーガも仲間が倒されたことに気付くかもしれない。‥‥決行は明日の早朝。いいな?」
戦う理由は困っている人を助けること、ただそれだけ。
リルの言葉にそれぞれが、それぞれの思いで手と決意を握りしめた。
○乱戦の彼方
戦いは、もはや乱戦になっていた。
「チッ! こんなにいるとは。敵の数と、見当を違えたかっ!」
リルが舌打ちするが、今更そんなことを言っても何の役にも立たない。
今は、唯、剣を全力で振るうのみだ。
昨夜透の調べてきた情報を、仲間全員で検討した。
洞窟は中はかなり深く広いらしいものの、入り口は一つで狭く、見張りがいる。
見張りはオークが二〜三人。それ以外にも洞窟に入れてもらえないのか、はみ出したのか外の木の下などに寝そべるオーガも何匹かいるとのこと。
「ホントですぅ。えっとぉ〜、困りましたねえぇ〜。見張り役の他にも森のあちこちにオーガがいるようですぅ〜。あっちに三匹ぃ、こっちに二匹ぃ〜」
どうしましょう? 緊迫感は無いが心底困った様子でエリンティアは仲間達の顔を見た。
入り口を確保し、それから煙攻めで敵をいぶり出す計画だったのだが、こうもあちらこちらに敵がいるとなると、それはなかなかに難しいことになりそうだった。
「‥‥うん、オーグラは外にはいないみたいです。外にいるのはオーガとオークばかり」
「空から見ても、同じでしたならば、洞窟の中にいるのはオーグラとその側近で、下級の者達が外に出されていると見るべきでしょうか?」
「そういうことなのでしょうね。で、ホントどうします? 一グループくらいなら僕の魔法もありますから潰せるでしょうけど、‥‥ここは洞窟に近すぎます」
「で、一グループやっちゃうとその声で、周りのオーガ達も状況を知って、駆けつけてくるね‥‥。ちょっと、この状況は予測してなかったなあ。洞窟に住み着いてるっていうから、皆洞窟の中にいるもんだとばっかり思ったよ」
カシムとリースフィアが空からの索敵の様子も報告する。腕を組んで唸るエルの言うとおり、まさか敵の、おそらく半数近い数が外にいるとは‥‥思わなかった。
「仕方ない。とりあえず静かに倒せる限りは倒して、もし、見つかったら一気に突破、入り口確保で後は予定通りだ」
「それしか無いな。時間も、あまり無いし‥‥」
相談し合うリルとギリアム。だが、それより早くカチリ。緑朗の刀の唾が鳴った。
「時間をかけて良いなら、外での待ち伏せが有効でござるが、今回は、それをやる余裕がなさそうでござる。‥‥あそこの敵が、こちらに気付いた!」
気配を察した冒険者達の背後に確かに、聞こえる唸り声。
「皆さん、散って! こうなったら、一気に行きましょう!」
言葉よりも早く、冒険者達は場から飛びのいて戦闘体制になる。
「エリンティアさん、エルさん。皆を巻き込まないように、タイミングを計って行きますよ!」
完成した呪文が竜巻となって、オーガたちを運び上げる。
「外なら、薬草の心配しなくても良いんだもんね。悩んでいる間に行動あるのみ! シア、下がってて!」
「皆さん、行きますよ!」
三人の魔法使い達が三者三様に魔法を放つ。
小さくルシフェルは指輪に口づけて呟く。
「‥‥我に加護を」
轟く魔法の破裂音!
風と、大地と、炎の魔法は、森に宣戦布告を告げたのだった。
そうして、今現在、オーガとの戦いは完全な乱戦となっていた。
外にいたオーガ達との最初の戦闘からすぐ、やはり彼らの攻撃は、敵に直ぐに知れることになった。
その包囲を魔法と剣で切り開いて、まず入り口を制圧した。
中に向けて、火の付いた松明と、生木、匂いの出るハーブなどを混ぜたものを投げ入れて煙で中を燻し出す。
これが中からの敵に対して、一種の盾となった。
思いの他ダメージが大きいのか、それともまだ奥まで届いていないのか、中からの敵はまだ出てこない。
冒険者の周囲にも、煙が漂うが、彼らにとってはそれはそよ風のようなもの。
エリンティアの魔法によって作られた清浄な空気が冒険者達を守ってくれている。
だが、外からの敵はそうはいかない。
恐れをしらぬように、闇雲に冒険者達に唸りを上げて襲ってくる。
「‥‥くっ!」
「透さん!」
剣を合わせていた敵を全力で切り伏せて、膝を付いた仲間にリースフィアは駆け寄った。
とっさに蓋を開けて、手渡した薬を透は受取って喉に流し込む。
自分の薬を出すよりも早い。
その間、リースフィアは彼を守るように敵を睨みつけた。
入り口を奪い返されないように固まる仲間達から少しでも敵を離そうと透は牽制をしてくれていたのだ。
彼の呼吸が落ち着いたのを確認して、リースフィアは周囲を軽く見回す。
見れば、エリンティアは二つ目のソルフの実を飲み込んでいる。
カシムと、エルもその魔法を使いきらんばかりで攻勢をかけている。
だからこそ、数倍の敵の攻撃に隙ができるのだ。
「よくもまあ、コレだけ集まったもんだな!」
「でも、負けるわけには、いきませんの!」
ラージクレイモアの威力で、今またオーガが倒れた。セレナの戦いぶりは力強いと言う言葉そのものだった。
ギリアムと背中合わせに敵を一体、また一体と減らしていく。
「十六! 深追いはするな! 拙者の側を離れるでない!」
勇猛にオーガの足に飛びついていく熊犬を、緑朗は声で制した。
ルシフェルは仲間達の回復をしながら前衛、中衛を移動し、リルもまた仲間達の弱いところを守るように的確に敵を切り伏せている。
警戒は解いてはいないが、驚くほど洞窟の中からの反応は無い。オーグラも出てこない。
リースフィアにはそれが不思議だった。
だが、逆に、外にはまるで、全てのオーガ、オークがいるように次から次へと集まってくる。
やっと目に見えて敵の数は減ってきたが、それと反比例するように、冒険者達の疲れは蓄積していた。
「大丈夫でしょうか? 予想外の乱戦。敵を全滅させて‥‥回復するまでオーグラが出てこなければまだ‥‥」
微かな願いを込めたその呟きは
「拙い! 皆、下がれ!!」
リルの叫びと、轟音が聞こえるかのごとき棍棒の一閃にあっさりと振り払われた。
薄れてきた煙の奥、洞窟の最深から低い唸り声と共に現れたのは、歴戦の冒険者達にとっても紛れも無く脅威となる黒い、巨体だった。
「‥‥オーグラ!」
「やっとボスのおでましか?」
リルは頬の血を手で拭きながら微かに笑った。とっさに避けたつもりだったが声を上げた分、僅かに反応が遅れたらしい。
退きざま緑朗が追儺豆を投げていなければ、頭に直撃してたかもしれない、
(「エルは焼け石に水かもしれないけど、と言っていたがそんなことはなかったな‥‥」)
だが、今は礼を言う暇どころか、そんな事を考えている暇は無い。
「まだ、後ろに敵もいる。これ以上は下がれないよ」
「洞窟の方から来るのはオーグラ一体だけ! そいつを倒せれば!」
前門には一体、だが圧倒的な力を感じさせるオーグラ。
後門にはオーガとオーク。どちらも決して倒せない相手ではない。
だが挟まれた以上、どちらかへの気を抜くことが命取りであることは冒険者にも解った。
まるで綱渡りのような制止した時間が流れる。
そこに、洞窟の奥から微かな声がした。唸り‥‥いや、微かな呻き声。
と、同時に褐色の肌をしたオーグラが吠えて、大地を蹴った。
冒険者の只中に、その巨体に似合わぬ俊敏さで、洞窟から駆け出し、飛び込んでくる。
「左右に避けろ!」
「シア!」
背後から響いた命令に、驚く間もなく従う。逃げざまエルの声に従うように彼女の背後から銀の光がオーグラに向けて飛んだ。
『ぐおおお!!!』
呪文は、効いていないかのように振り払われる。だがその微かな隙は冒険者の移動を成功させ、場の配置を一変させた。
今度はオーグラ達に退路は無い。
中央にオーグラと、彼の部下たるオーガと、オーク。左手には洞穴の入り口。
森に繋がる逃げ道には髪の色と同じ輝きで微笑む、戦士が立っていた。
「パーシ!」
「冒険者! オーグラを倒せ! 雑魚は任せろ!」
彼は携えた槍を上段に構えオーガ達に向かい合う。冒険者達よりも明らかに近い位置。
オーガ達の状況を計算できぬ頭は、より近い敵、現れたばかりの敵に向かっていく。
「ガ‥‥‥‥‥‥‥‥」
その場の状況を僅かながらにでも判断したのか、オーグラは彼らを留めようとする。だが、その声は届かない。
「効くか、どうか賭けでしたけどぉ〜、少しは意味があったでしょうかぁ〜」
エリンティアがかけた渾身の魔法。
それが、その場の戦況を完全に冒険者有利に変えた。
響く槍音、走る金の光。それは、冒険者の瞳に一人残らず、笑みを輝かせた。
「まったく、美味しい所を持ってってくれるぜ!」
「相変わらず、無茶を言って下さいます!」
「‥‥だが、彼が来たのなら、もう時間はかけられねぇな!」
「期待に答えよう! 冒険者と拙者の誇りにかけて」
「神と、愛する者の名の下に」
「今は、目の前の敵を倒しましょう。尊き方の為にも‥‥」
剣を構えた冒険者達にオーグラは、棍棒を強く握りしめ踏み込み飛び込んでくる。
振り上げられた棍が風の唸りを上げようとした時、それよりも鋭い、風の刃がオーグラの頭上と、身体と腕に舞った。
羽虫を払うかのように手で顔を押さえる。その隙に、ほんの僅かの時間差で放たれた魔法がオーグラの身体を浮かせ、空へと飛ばした。
ドシャアア!!
「ーーー!」
地面に多々たきつけられたオーグラは声にならない呻き声を上げる。
「逃がさないよ!」
「援護します。攻撃を!」
戦士達は、魔法使い達に向けて頷くと、その決意とワザの全てを剣に乗せて、放ったのだった。
「究めれば、この世に切れぬ物無し!」
数刻後。
「助かった。雑魚は任せろと言った者の、一人では少しきつかったな」
地面に倒れたオーガから槍を引き抜き、彼は援護に回ってくれた少女に微笑みかけた。
「いえ。私にはオーグラと対峙する実力は無いと思ったので‥‥。それにお一人でも決して無理ではなかったとお見受けします」
セレナはほんの少し頬を赤らめながら素直な礼に答え、彼の顔を見た。
「ですが、パーシ様。なぜ、ご身分を隠すような真似を?」
「その話は後だ。皆、動けるか?」
疲れきり、地面にしゃがみ込む冒険者達に彼は容赦なく声をかける。
「疲れて動けない〜、なんては言えないな。ヴァルが来たってことは時間ももうあんまり無いんだろ?」
「ああ、あいつらも明日には、ここに辿り着くだろう。なるべく早く退散する必要がある」
仕方ないな、とリルは立ち上がり、仲間達もそれに続いた。
「多分、あんまりいい気持ちの仕事じゃないだろうが、最後まで付き合ってくれ」
「?」
振り返る彼の言葉に首を捻りながら、冒険者達は洞窟へと入っていく。
「エステル。頭ぶつけないでね‥‥? どうしました?」
灯りを抱いて飛ぶ少女に声をかけたリースフィアは止まったカシムに声をかけた。
「奥に呼吸が二つある。一つは‥‥オーガ?」
「‥‥えっ? うわあっ!」
突然、声と同時。飛び出してきた影があった。透は飛び出してきたそれを思わず押し出す。
リースフィアは松明を投げ、後ず去った影をオーガと確認して冒険者達は両断する。
最奥は泉。その側に最後の呼吸音があると聞き、冒険者は静かに足を踏み入れた。
そこには、一つの小さな命があった。
「オーガ、いやオーグラの‥‥子?」
見ればさっきのオーガは女性の体型をしている。
そして、なんとなく冒険者は今回の事件の真実を感じた。
オーグラやオーガがこの洞窟に住み着いた訳。そして、オーガの全てが外にいた訳を。
「ヴァル。どうするつもりだ?」
その赤子を抱き上げて外に向かうパーシに、リルは問うた。
「知れたこと。この子一人を生かしておくわけにはいかない。そのままでは死ぬし、生き延びれば人への恨みを覚えるだろう。森で縛られていたオーガと同じに‥‥」
「パーシ様!」
セレナの呼び声に一度だけ足を止めて、彼は背中越しに答えた。
「‥‥今回の責任は、何一つお前達には無い。全て俺が持つ」
それ以上、彼を止めることも、追うことも出来るものは誰もいなかった。
○それぞれの誇り
街道から少し離れた森の小道を冒険者は行く。
「いい近道を見つけたもんだが、こんな道ばっかり行ってると迷子属性に拍車がかかるぞ。ヴァル」
「悪いな。あいつらと顔を合わせる訳にはいかないんだ」
お土産のハーブを手で弄びながら笑うリルの言葉をヴァルと呼ばれた戦士は笑顔で受け流す。
「まあ、俺たちも直接顔を合わせるとやっかいになるだろうが‥‥まったく宮仕えの連中も大変だな。体面を気にし過ぎて肝心の事が疎かになってるんじゃないか?」
「相変わらず円卓の騎士の方にも馬鹿な人はいるんですねぇ、国や民よりも先ずは自分の事ですかぁ〜。御自分が生まれた家が貴族だったからと言っても御自分が貴族な訳では無いんですよねぇ」
「アーサー王には仕えたいですが、円卓の騎士になる気にはなりませんね‥‥。本当にアーサー王にために行動する気があるのでしょうか‥‥」
なかなかの苦言。苦笑気味で髪を掻くヴァルは
「まあ、そう言うな。あいつらはあいつらなりの誇りがあるんだろうさ。譲れないものがな。‥‥それは俺や皆とは違うものなのだろうが」
「パーシ様」
言って、静かに空を見上げた。新緑の瞳に映る空の青がどこか寂しげでセレナはかける言葉を捜せなかった。
やがて静かにリースフィアは寄り添い、彼の瞳を見つめ静かに言った。
「例の件について憂いているのは貴方だけではありません。口に出せないこともあります。信じてみてはいかがですか?」
彼は、苦笑の笑みを笑顔に変えて、リースフィアの髪をくしゃくしゃと撫でた。
「あっ‥‥」
兄のような父親のような大きな手に、顔を赤らめるリースフィアをユニコーンもヒポグリフもそれ告げるカシムも笑うような目で見つめている。
「相変わらずでござるな。もっとも、だからこそ付き合いたくなるでござるが‥‥」
緑朗の言葉にぽん、と手を叩きながらそういえばとルシフェルは思い出したように口を開いた。
「そう言えばパーシ、ではなくヴァル殿。エルに付き合わなくてよかったのか? だいぶ拗ねていたぞ」
ああ、と言いながら頭を押さえる彼に、エルと彼の掛け合いと顛末を思いだして、冒険者達は思いだし笑いをしたのだった。
「まったくあの人はさあ〜、忙しい忙しいって。そりゃあ忙しいのは解ってるけど、少しくらい手伝ってくれたって!」
薬草を混ぜる手を止めたエルに、横で眠っていた女性は首を傾けた。
「ああゴメン。大丈夫。具合の方は大丈夫? こっちの方が本業だから大丈夫だと思うけど?」
「はい、ありがとうございます。だいぶ良くなりました」
「そう。良かった。もうオーガの心配は無いから、ゆっくり身体を休めてね」
頷く彼女のゆっくりとした呼吸を確かめて、エルはそっと家を出た。
ふと、見れば若い騎士が、所在無げに周囲を見回している。
「どうしたの?」
「いえ、私はラーンス卿の部下です。王命によりこの村のオーガを退治に参ったのですが、途中で村人がギルドの冒険者にオーガは退治されたと報告に来たので確認を‥‥」
「ああ、それはホント。洞窟からも村や森からももうオーガの気配は無いって、確かめて行ったみたいだから」
「そうですか。感謝します。では!」
馬頭を帰し走り去る騎士を、ため息と共にエルは見送った。
手柄と仕事を横取りされた騎士がどう思うか。それは、彼女らの知ったことではない。
「なんだか、ややこしいよねえ〜。薬師なら人を救う。冒険者も人を助ける。それだけが誇り。難しいことは‥‥考える必要なんてないのに。騎士ってのは、いろいろがんじがらめで。でも‥‥」
ふと思う。
これから、円卓の騎士の間にまたややこしい問題が起きるかもしれない。
でも少なくとも、今、この村の平和を守ることができた。
そして同時にあの不器用な騎士の誇りを守る助けが出来たのなら、今回冒険者達が流した汗も血も苦労も無駄になることは決してないだろう。と。
村人からの報告により、アーサー王にオーガ討伐の命を受けた円卓の騎士ラーンス・ロットは王都へと戻っていった。
彼を追い越した使者は、アグラヴェイン・オークニーの部隊にもそれを告げ、彼らもまたラーンス卿達の部隊よりも先にキャメロットに帰っていったという。
城に戻り無駄足に頬を膨らませる若き騎士や、王命に間に合わなかった事を詫びる騎士を、冒険者は見る事は無い。
それを金の髪の円卓の騎士は静かな新緑の眼差しで見つめていた。