●リプレイ本文
○祭りの始まり
女性の旅支度には時間がかかるのはいつの時代も変わらない。
冒険者ならいざ知らず、今回は円卓の騎士の娘の護衛である、多少の待ち時間は仕方ない。
準備を手伝いに行った女性軍を待ち、男衆は教会前の広場で秋の空を見上げていた。
行く先はシャフツベリー。目的は祭り見物だ。
「いい天気だねえ。祭り見物に行く円卓の騎士の娘さんの護衛、と聞くとたいそうな依頼な気がするが、それでもこんな天気の日は気分が良いもんだ」
少し背筋を伸ばし、後は真面目な面持ちで閃我絶狼(ea3991)は教会の扉を見つめた。まだ扉は開かない。
『祭見物だって? 良いねえ楽しそうで。ま、息抜きも良いだろうさ。楽しんで来いよ』
とガイン・ハイリロードなどは言っていたがそうそう楽しいものにはならないだろう。何せ相手は騎士の娘、身分の差が‥‥
「ん? ってこら絶っ太! お前何唸ってんだ!」
ふと、気が付いて絶狼は愛犬ならぬ愛狼の元へ駆け寄った。見れば自分の背丈程はあろうかというその狼の頭を撫でている少女、いや女の子がいる。
「こんにちわ。おっきくなったね。私のこと覚えてる?」
覚えている、と返事はしないが狼は噛み付きもせず、威嚇もせず、どこか困ったような顔で唸りながら、頭を撫でられていた。
子供に遊ばれている愛狼を引き剥がして、遊んでいた子供の顔を、絶狼は良く見た。
柔らかい金髪。秋の空よりも、海よりも深みのある蒼い瞳。無垢な笑顔。
「お兄ちゃん、こんにちは♪」
「おまえ‥‥ヴィアンカじゃねえか、こんな所で何やってるんだ? ああ、お前は教会に住んでんだっけ。いいか? 俺達はこれから大事な仕事がだな‥‥」
半ば怒鳴りかけた声はくすくすくすという含んだ笑い声と、教会から出てきた足音に遮られた。
「ヴィアンカ様! マントを忘れておいでですわ。秋も深まって寒くなってきました。お風邪をひいてしまいますわ」
「そうそう、ちゃんとアタシ達の言うことを聞く、って約束したんだろう? 自分の荷物も自分で持つ。疲れたら手伝ってあげるからさ」
「はーい!」
いい返事をして駆けていくヴィアンカの先には、円卓の騎士の娘を迎えに行った筈のセレナ・ザーン(ea9951)とフレイア・ヴォルフ(ea6557)がいた。
ヴィアンカに膝を付き、マントを着るのを手伝っているセレナ。
それを見ながらああ、とギリアム・バルセイド(ea3245)は腕組みをする。
「あの子が駆け落ちしたっていうディナス伯爵の妹の娘。ベルの従姉妹、ヴィアンカ・ヴァルって子か。俺も噂に聞いただけだったんだが‥‥」
「でも、なんとなく面影あるよ。大きくなったらきっとベルみたいな美人さんになるね。こんにちわ! ティズだよ。よろしくね!」
「‥‥ですね。初めまして。小さな姫君。道中は僕たちにお任せください」
ティズ・ティン(ea7694)やレイン・シルフィス(ea2182)の優しい笑みに、うん! と邪気の無い笑顔でヴィアンカは笑う。
そして、思い出したように一歩下がるとペコンと頭を下げた。
「冒険者のお兄ちゃん、お姉ちゃん。今回はよろしくお願いします!」
「こちらこそ、敬愛するパーシ殿のご息女にお会い出来て光栄です、リトル・レディ」
丁寧な挨拶と笑顔に父親の面影を微かに見て、シルヴィア・クロスロード(eb3671)は心からの礼を捧げた。
右側には同じように小さな淑女の手を取り、そっとキスを捧げる紳士(?)がいる。
「さぁ、リトル・レディ。あなたのエスコート、この超☆紳士! マッスル仮面!! にお任せいただきたい」
ちなみに『紳士』に(?)が付くのはその容姿があまりに怪しげ、だからである。
赤いマントに剣を下げ、フェイスガードを着けた紳士(?)にヴィアンカは小さく首を横に倒した。
傾げるように。
「おじちゃん、前に会ったこと‥‥」
「我輩は“まっくす”という立派な騎士の御仁ではないであるよ」
彼がマックス・アームストロング(ea6970)と言う名であることは知っている人は知っている。知らない人は‥‥知らない方がいいのかもしれない。
さて、そんなこんなの様子を見、‥‥絶狼はやっと気付いて唾を飲み込んだ。
「‥‥ヴィアンカ。お前が‥‥パーシの娘なのか?」
「うん! お父さんが聖ミカエル祭は一緒にいられなくてごめんね。その代わり冒険者と一緒にシャフツベリーに行って遊んでおいでって言ってくれたから来たんだよ」
「知らなかったのは無理も無いです。私なんか、始めてお会いするので事情は全然、まったく、これっぽっちも知りませんでしたから!」
絶狼を励ましているつもりなのか、リーラル・ラーン(ea9412)は力を込めて言う。彼女は事前にセレナに話を聞いたのだと言う。
「シャフツベリーはね、大好きなところなの。とっても綺麗な街だよ。皆でいっぱい遊ぼうね!」
輝くような笑顔に、知らずつられて冒険者達も笑顔を咲かせる。
クロック・ランベリー(eb3776)の横で絶狼はふうと息を吐き出した。
「まあ、いい。その調子だとシャフツベリーは初めてじゃあないんだろうが、今回は、俺達が付いていくんだから勝手な行動はしない。‥‥言うこともちゃんと聞いてくれよ」
「うん! お父さんとの約束だもの」
「よし、じゃあ行くか!」
「わっ!」
ひょいと、ヴィアンカの両脇に手を差し込んで、絶狼は少女を持ち上げた。
レイル・セレインあたりに見られたら女の子相手にデリカシーが無いと、言われるだろうか?
だが、とりあえずパタパタと足をばたつかせる少女を、馬の背中にひょいと座らせる。
「あっ‥‥」
「高いところ、怖くないか? 無いなら暫く乗ってろ。ほら、行くぞ」
馬の手綱を引き、歩き始める絶狼、冒険者達も微笑んで歩き始める。
「うわ〜、たか〜い、すご〜い!!」
はしゃぐ少女の笑顔は、まるで花のようで笑い声は見送ってくれたユーリユーラス・リグリットの奏でる音楽のように楽しげで、暫く聞いていて飽きることは無さそうに思えた。
○遠い記憶
「ここが‥‥この音ですね。そして‥‥会いたい〜♪ ですか?」
「ええ、確か、そうだったと思います。私も一度しか聞いていないので、自信があるとは言えないのですが‥‥」
夕暮れ。野営の準備に動く冒険者達をヴィアンカは楽しそうに見つめていた。
向こうでは火を熾し、あちらでは夕食の支度をしているようだ。
そして、奥の方ではテントを張り終えたレインとシルヴィアが何やら竪琴を前に話をしている。
それらを狼、絶っ太のふわふわの毛の中という最高のポジション確保して見て、聞いているのだ。
因みに絶っ太氏、
「良いか、お前は暫く狼だっていう事を忘れろ、自分を犬だと思え! 兎に角やたらと唸ったりそこらにガンつけたりするなよ」
と主に言われているのでヴィアンカにされるがままに大人しくしている。尻尾がやや不満げだが、ヴィアンカはあまり気にしている様子は無い。
「こんな感じでしょうか?」
少し流してみる、とレインは竪琴をかき鳴らす。どこか郷愁を誘う切なく柔らかいメロディーが流れ、広がっていった。
こんなところで演奏会、というより音楽教室が始まったのは、元を辿ればシルヴィアの願いだった。
「パーシ卿が園遊会で歌っていた歌があるのです。良かったら覚えて伴奏をして頂けませんか? ディナス伯爵という方にお聞かせしたいので‥‥」
シルヴィアは旅の途中、吟遊詩人であるレインにそう頼んでいた。
無論、レインは喜んでと頷く。
「そこまでのメロディーは当たっている、と思います。えっと、その後が‥‥思いを抱いて‥‥でしたか?」
自信なさげにシルヴィアは前に置いた筈の羊皮紙を探す。そこにはユイス・アーヴァインが調べてくれたあの歌の歌詞が‥‥
「違うよ。思いを胸に青き光の彼方に。音もちょこっとずれてる気がする」
「ああ、そうですって‥‥えっ?」
シルヴィアはあわてて振り返る。そこにはニッコリと笑うヴィアンカがいて‥‥。
「ヴィアンカ様、あの歌、ご存知ですの?」
「ご存知じゃないよ。でも、なんとなく覚えてるの。こんな感じのお歌‥‥」
♪〜♪♪♪〜〜
拙い歌う技術の無い声。
だが幼く高いトーンで歌われたそれは、冒険者達の足と、手と心を止めさせた。
歌い終え少女はニッコリと微笑む。
それを見て、冒険者の幾人かは思う。
彼女は、やはりパーシ・ヴァルの娘なのだと。
父親と同じ力を持っている。
人を惹き付けてやまない‥‥不思議な魅力と言う力を‥‥。
旅の日々は穏やかに流れる。
幸いモンスターの襲撃も無かったので予定通りか、それ以上のペースでやってくることができた。
いよいよ明日の昼前にはシャフツベリーに入れるだろう。
「そういや、ヴィアンカ?」
馬上の少女に絶狼は思い出したように声をかけた。なるべくさりげなく。
「お前の親父さん(?)からディナス伯って人に会わせてやって欲しいと言われてるがどうする? 会うか? 俺達はどっちでも構わんよ」
「ディナス伯?」
思いあたる名が無いと首を傾げるヴィアンカにセレナが助け舟を出す。
「ヴィアンカ様、これから行くシャフツベリーにはヴィアンカ様のお母様の兄君、つまり伯父上様がいらっしゃいますの。その方が、ディナス伯です。‥‥会っていかれますか?」
「お母さん‥‥の?」
馬の足が止まる。少女の動きも止まる。そして、
「会いたい!」
答えは即答だった。
「だって、お母さんのこと聞きたいもん! だから行きたい!」
「解った。解った。解ったからあんまり身を乗り出すな。馬から落ちるぞ!」
絶狼の返事にわーい、わーいとはしゃぐヴィアンカに寄り添いながら、ふと気になってフレイアは聞いてみた。
「ヴィアンカ。パーシ卿はその辺あんまり話してくれないのかい?」
「ううん。少しは話してくれるよ。銀色の髪で、青い瞳でとっても優しくて、綺麗で素敵な人だったって‥‥でも‥‥」
母親のことを聞くと、パーシは決まって少し寂しげな顔になる。本人は意識しないほどのほんのわずか、ではあるのだが。
「だから、自分からは聞かない‥‥か。いい子だねヴィアンカは」
「覚えてるのは、ほんの少し。優しい声とあったかい何か。そして歌とキラキラ‥‥」
遠い、遠い思いを抱きしめるようなヴィアンカの言葉を黙って聴いていたリーラルは
「でも‥‥ご面会をされるなら、少し話を聞いてもらえませんか? ヴィアンカさん」
背伸びをする。そしてしゃがもうとする。それは少女の顔を見るため。
だが‥‥
「うわあっ! あはは。また転んでしまいましたね」
話に夢中になったのか、前につんのめるリーラル。冒険者仲間は見ないフリ。
それを見てよいしょ、というかけ声と共に馬から下りてヴィアンカはリーラルの目を見つめた。
「なあに?」
済んだ秋晴れの空より蒼い瞳が覗く。吸い込まれそうなその蒼を見つめながら
「いいですか? 大事なことは二つ‥‥」
丁寧に説明するリーラルの言葉に、ヴィアンカは素直に、何度も頷いていた。
やがて、シャフツベリーに向かい先触れの使者が走る。
再開の時を知らせるために。
○最悪の再会
「あつっ!! ねえ、脱いでもい〜い?」
頭を振ってヴィアンカが下げてしまったフードに手を伸ばし、セレナがスッと頭に被せ直す。
「宿に着くまで我慢して頂けますか? お祭り見物に行くときには脱いでもいいですから」
ぷうと頬が膨らむが、反論はしない。冒険者の言うことを聞くと言う約束を守っているのだ。
だが、それとは別に少女の顔は不機嫌を絵に描いたような顔になっていた。
さっきの会見では無理も無いと思いつつ、フレイアは彼女を慰めに入る。
「まあ‥‥ね。あの人を弁護するつもりは無いけど、あんまり怒らないであげなよ‥‥」
「だって! ‥‥お父さんのことを悪く言うんだよ! お母さんにそっくりだって言ってくれたのは嬉しかったけど」
この子にとっては、今の肉親は父親が全て。
(「母親の記憶さえおぼろげだっていうこの子にあの態度は、やっぱり良くないよなあ〜」)
「ヴィアンカ殿! 筋肉名物、果汁生絞りジュースは如何なのである?」
「いらない!」
フレイアは頭を掻きながら呟いた。隣にはまるでこの世の終わりのような顔で、落ち込んでいる吟遊詩人もいる。
どうも、あの人は大人気ない。さっきの会見を思い出しながらため息をついた。
少女がフードを降ろしゆっくりと頭を下げる。
「お前は‥‥ヴィアンカ? 生きていたのか!」
驚愕の顔でディナス伯は目の前の少女を見つめていた。
「あんたに合わせたい人がいる。向こうにも会う意思があるらしい、‥‥彼女に会ってやってくれないか?」
言葉の意味がつかめず疑問符を浮かべる伯爵。だがそう言い使者となったのは世話になった冒険者だ。
無碍にもできず会見を許可したディナス伯は、ここで驚きの顔を浮かべることになる。
「おじさま‥‥初めてお目にかかります。ヴィアンカと申します」
教会仕込の丁寧な礼は伯爵の目には入っていまい。側に駆け寄り首に手を当て、顔を上げさせた。
「きゃっ!」
驚き、身構えかける冒険者達。危害を加える行動ではないと解っていても緊張が走る。
「この顔立ち‥‥蒼い瞳。間違いなく伯爵家の‥‥キャロルの娘だ。本当に生きていたのか‥‥」
吐き出された息に含められたのは安堵。そして笑顔。心からの喜びが表したものだと冒険者にも解ってホッと力が抜ける。
だが、そんな安堵の時は長くは続かない。
「お前は母親のキャロルの面影がある。いや、本当にそっくりだ。年の離れた私の妹。パーシに騙された愚かで哀れな娘だったが‥‥私には何より大事な妹だった」
何気ない言葉だったのだろうが、少女の肩がぴくんと揺れる。
冒険者たちも眉根を微かに上げる。だが当の本人はそれに気付かない。
「パーシのせいで、お前達が死んだと聞かされて、私がどれほど苦しんだことか! お前は、今、どこに住んでいるのだ? まさか、パーシのところではあるまいな!」
「お父さんを悪く言わないで!」
パチン!
手を払いのけて、少女は後ろに下がった。
「お父さん? やはりパーシのところにいるのか? あんな奴のところにいるべきではない! シャフツベリーに来るのだ。伯爵家の一員として迎えよう」
ディナス伯の言葉に、さらにその足は速まりくるり身を返す。
「おっと!」
後ろに立っていた絶狼の背中に隠れてあかんべをする。
「おじさんなんか嫌い! 私の家族は今は、お父さんだけだもん!」
「ヴィアンカ!」
フレイアは諌めるように声をかけるが、あえて伯爵の前に連れ出したりはしない。
絶狼もヴィアンカを庇う様に立っている。セレナもマックスも‥‥ギリアムでさえ、沈黙して見ている。
焦り過ぎと自己認識したのか、ディナス伯もさらに手を伸ばすことはしなかった。
だが、苛立った顔つき。広がる気まずい沈黙。退出どころか、動くのさえ躊躇われる緊迫の時を前に進み出る靴音とお辞儀が切った。
「お初にお目にかかります。ディナス伯。私はシルヴィア・クロスロードと申します。祭りを祝い、会見に感謝して‥‥どうか歌を捧げさせては頂けないでしょうか?」
〜〜♪〜♪
竪琴の和音が彼女の願いを後押しする。その音の主を一瞥し、顔を背けると伯爵は黙ったまま、手近な椅子へと腰を下ろした。
それが、許可と受け取ってシルヴィアは息を整えた。レインの奏でる音に合わせて声を滑らせる。
今回の件を依頼する時、
『シャフツベリー領主ディナス伯と‥‥いろいろあってな』
そうパーシ・ヴァルが言葉を濁したディナス伯と彼の確執の理由は、噂でだが冒険者達はなんとなく聞いていた。
彼の思いもなんとなく察することができる。だから歌う。
(「余計なお世話かもしれませんが‥‥、もしこの歌を聞いて頂けたら‥‥」)
思いを込めて‥‥
「どれだけ枕を濡らしたろう〜♪」
「その歌は!」
伯爵の顔色が変わる。それが、良いことか悪いことか解らず、でもシルヴィアは歌い続ける。
「君の声が聞きたい〜側にいたいのに〜♪ 追いかけても今はもう遠く届かない〜」
冒険者達は歌に聞き入る。上手とは言えない。しかし切なく、愛に満ちた歌は胸に染み入る。
「二人で名前を呼び合った時はもう遠く消え行く〜♪ それが、ありふれた日々が幸せだったと気付くのは‥‥もう届かない今♪ 泣き濡れていた彼方に光が見える〜」
だが、ディナス伯の指と足はイライラと机と床を叩き‥‥
「それは、君が残した光〜。命を賭けて残した希望〜♪」
「止めろ!」
ついに怒声が歌と音楽を遮った。紡がれかけた願いと思いは水に浮かぶ泡のように弾けて消える。
「その歌は、我が家に、‥‥シャフツベリーに古くより伝わる歌。だがお前らが歌うということは、あやつの差し金であろう!」
「差し金など‥‥、ただ、私は‥‥」
「黙れ! 姑息な手段を使おうと、私はあいつを許すことはできない。絶対にだ!」
椅子を蹴る様に立ち、ヴィアンカを一瞥だけして冒険者に背を向ける。
いや、もう一度、もう一人に視線を向ける。それは竪琴を持った吟遊詩人に。
今回居合わせた冒険者の中に、かつてパーシと伯爵の再会の時居合わせたものはいない。
だが、その時の者がいれば感じただろう。ディナス伯がレインに向けた眼差しはパーシに向けられたものと酷似していると。
ギリアムやティズは感じた。今まで何度か出会ったどちらかというと温和なディナス伯とは違う苛立ちを。
「‥‥私はあの子の幸せを考える。祝福されぬ愛は一時の惑い。決して幸せにはなれぬのだ。かわいそうなキャロルのように‥‥」
「伯爵!」
言うだけ言って、立ち去ろうとする伯爵にレインは反論する。
「その言葉は取り消して下さい。僕の思いは決して一時の惑いなどではありませんしそれに‥‥」
「それにお母さんはかわいそうなんかじゃ無かったよ!」
声を上げるヴィアンカ。両手を握り締め、肩を震わせ、声と心の全てを振り絞った思いを、冷たい背中に叩きつけるように‥‥。
「かわいそうなんかじゃ‥‥絶対、ぜったい‥‥うっ‥‥うっ‥‥うわあ〜〜ん!」
突然泣き出したヴィアンカに、おろおろとする絶狼。フレイアはそっと膝を折り、ヴィアンカの小さな頭を抱きしめた。
その胸で、冒険者の目も憚らずヴィアンカは泣き続ける。
「キャロル様のご加護は‥‥得られませんでしたか」
扉が開き、閉じる音がしても‥‥ずっと。
宿についてもベッドに座ってもなかなか収まらないふくれっつらの少女が一人。
フレイアは大きく息をつく。ため息一つ吐き出して、そしてまた笑いかけた。
「ヴィアンカ。いつまでも怒っていても仕方ないだろう? そんなふくれっつらでお祭り楽しめるのかい?」
ぴくん! 小さく肩が動いた。それを見逃さず、セレナは思いっきり、楽しそうに誘いかける。
「そうですわ。ヴィアンカ様。それに道すがら美味しそうな食べ物の屋台もあったようですわ。食べに行きませんこと? ティズさんは、お友達とデートをなさっているようですよ♪」
「デート?」
「納豆の屋台は無いと思いますけど、こんなところで怒っているよりも、せっかくのお祭りです。楽しんだほうが絶対得ですよ」
ね? とリーラルが笑いかける。少女の機嫌もだんだん直ってきたようだ。
もう一押し。
「よ〜し、ヴィアンカ嬢。好きなところ連れて行くよ。‥‥前の時のお詫びもかねてお姉さんが奢ってあげよう」
「ホント!」
と、同時キラリンと瞳が輝いて、ベッドから弾みをつけて、立ち上がる。
「勿論。女に二言は無い」
「うわ〜い! じゃあ行く!」
完全に機嫌を取り戻したヴィアンカは、さっそく部屋の外へ駆け出そうとする。それを
「待って下さい。ヴィアンカ様?」
セレナが呼び止める。目線をあわせ悪戯っぽく指を口の前に立てる。
「ゲームを致しましょう。楽しい変装ゲームを、ね?」
「ゲーム?」
首を傾げる少女にセレナは仲間達の顔を見ながら笑顔で、頷いた。
○祭りの宵
うな垂れるレインの背中をギリアムは思いっきりの力で叩いた。
「こら! しっかりしろ。レイン!」
ジャイアントに叩かれて、細身のエルフは強制的に背筋を伸ばされる。
「あっ! すみません。ギリアムさん」
「まあ、仕方ないと言えば仕方ないが、それで逃げていたら本当に伯爵の言葉が実現してしまうぞ」
「解っています。逃げるつもりはありませんよ。少し、考え事をしていただけです」
レインはキッと顔と心を引き締めて、前を見る。よし、とギリアムは言葉に出さず頷いた。
彼の愛する少女、ベル。
儀式の為にベルは教会に篭っていて、せっかくシャフツベリーに来たのに再会ができずにいた。
六月のジェーンブライドからベルが落ち込んでいたのは知っている。その理由も。
慰めたくても会うことさえできない日々は、理由と一緒に‥‥伯爵に言われるまでも無く‥‥レインの心を圧迫していた。
不安が胸を過ぎる。自分は、彼女を幸せにできるのだろうか、と。
「レインさん!」
しかし、不安はたったの一声でかき消された。教会に向かう道の彼方からやってくる銀の髪の少女。
「ベル!」
真っ直ぐに走ってくる少女を抱きしめ、レインは顔を見つめる。夢に見たほど愛しい少女が腕の中にいる。
「どうして、ここへ?」
「ヴェルとティズさんが、教えてくれたんです。それで、抜け出して来ちゃいました」
照れたように少女は微笑む。レインはいろいろな再会の言葉を捜し、結局心からの思いを一言に紡いだ。
「ベル。会えて嬉しいですよ」
「私もです」
胸の中に、愛するものの温度を感じる。ずっと、このままと願うが、ある事に気付いてそっと彼女を胸から放す。
「でも、大事な式なのでしょう。送りますから教会に戻りましょう」
「私も‥‥元気出ました。式、頑張れますから」
「美しい儀式だという噂を聞きました‥‥。なるべく近くで見守っていますよ」
「ああ、コホン!」
ベルとレイン。愛の世界を作っていた二人はその声に、我に返る。上げた顔の前ではギリアムが楽しげに笑っていた。
「あ、ギリアムさん。お久しぶりです」
頭を下げるベルに手を振って楽しげに笑い、ウインクをする。
「邪魔をするつもりは無い。俺が見守っていてやるから、存分に再会を楽しみたまえ」
くるり、返す背中は頼もしい。
やがて教会の方角から、走ってくるシスターの姿が見えた。
「ベル様、儀式はもう直ぐです。お戻り下さい」
少し責めるような蒼い瞳にベルは、レインの方を見つめ‥‥
「本当に送って頂けますか?」
「もちろん!」
そして、二人は笑いあい手を繋いで歩いていく。
「良きかな、良きかな‥‥ん!」
ギリアムは一瞬身構えた。とっさに手に持っていた剣を茂みに投げつける。
微かなうめき声と共に、出てきたのは猫。目の横で黒い猫が走り抜けていく。
それは、瞬く間の事だった、追う暇も無いほど。
「なんだ? 一体?」
答えは返らない。彼に残ったのは嫌な予感だけ、だった。
二人、手を繋いで歩く少年と、少女。
彼らの目的は、横を歩く人達と同じ、銀の乙女の儀式だ。
「ねえ、料理美味しかった?」
白い髪の少女の問いかけに、銀の髪の少年は、はいと頷く。
「あんな料理食べたことありませんでした。ティズさんは料理が上手ですね」
「ありがとう。ヴェル。あれはジャパンで覚えた鴨ねぎって料理だよ。ちょっとアレンジしたけどね。喜んでもらえてよかった」
嬉しそうに笑うティズ。その笑顔を見ているだけで、ヴェルも心が熱くなるように感じた。
「あ、始まるよ!」
手をもう一度握りなおす。
落ちていく太陽と共に銀の乙女の儀式が開いた。
黄金の遺跡、ゴールド・ヒルで銀の聖女が祈りを捧げる。
白い光が彼女の指先から、包み込むように広がっていく。
夕日に輝く金の遺跡。その中央で乙女が舞う。
白いドレスが、太陽の光で金に染まり、やがて落ちていく夕日と共に白銀に変わっていく。
それは、本当に美しい儀式だった。
「本当に綺麗だねぇ。あんなお姉ちゃんがいたらなぁ」
「えっ? それは‥‥どういう?」
横を見る。少女答えずにこやかに笑う。その頬は美しいほどに赤く染まっていた。
「悪魔を倒した聖女‥‥か? あの様子だと力で倒したんじゃないみたいだな」
祈りか、秘術か‥‥絶狼は日が沈むと同時に終わった儀式を、呟きながら思い返した。
「確かに美しかった。目の保養だな」
楽しそうなクロックとは別に絶狼は、違う思いであの儀式を心に焼き付けていた。
聖女は最後、夜の闇に静かに消えていった。祈るように、挑むように真っ直ぐと。
暗闇はおそらく、災いの象徴、それに彼女は逃げることなく向かっていく。
あの強い意志に感動した。
「俺もあやかりたいもんだ‥‥俺はもっと強くならないとな、体と、そして何より心を‥‥っと、ヴィ‥‥じゃないアン? どこに行った?」
儀式が終わった人ごみの中に消えた少女を絶狼は探す。
「ここですわ!」
セレナが手を振った。目印の一際高い頭も存在する。そちらに向けて駆け寄る絶狼はリーラルとセレナが、少女に何事か言い聞かせているのを見たのだ。
「どうしたんだ? 一体?」
「アンさんが、怪我をした猫にリカバーをかけただけですよ」
「決していけないことではないのですが、今は目立って欲しくないので、今度はお薬もありますからね‥‥」
「猫さんが、足から血を流しててね、可哀相だったから、つい‥‥ごめんなさい」
素直に頭を下げる少女に皆が微笑んだ時、待っていた仲間が戻ってくる。
「‥‥申し訳ありませんでした。少し、買い物をしていまして」
「さあさあ、気を取り直して。これから夜祭だろう? 約束どおり、驕ってあげるからさ! 楽しもう!」
素敵な姉御の気風のいい言葉に、少女は飛び上がる。
冒険者達もその楽しそうな笑顔に、嬉しくなった。
今、ここにいるのは少女アン。貴族も騎士も関係ない普通の女の子。
彼女との祭りは始まったばかり。一緒に楽しもうと思う。
「ん?」
「どうしたんです? 絶狼さん、何かあったんですか?」
だから、
「いや、気のせいだろう」
絶狼は一瞬のそれを、自らの胸にのみ終う。
石の蝶が、ほんの少し、微かに羽を羽ばたかせたことを。
夕日が沈み、暗闇に落ちた白い石の舞台。
今のライトは月光で、舞台に立つのは並んで座る金の青年と、銀の乙女。
「ベル。貴女のこれからの歩む道に‥‥幸を祈っています」
「いつか、共に過ごせる日々が来ますように」
二つの影が、一つになる。
二人だけの清純な‥‥幸せな時。
それを見ているのは、月だけでは無かったけれど。
○銀の乙女、金の少女
「ベル、綺麗だったねえ〜」
「お祭りも楽しかった。料理も美味しかったし、今度は彼と一緒に来たいもんだ」
帰り道、楽しげに笑いあう女性軍の後ろで、男衆はそれぞれ欠伸をする。
「元気なもんだ。俺は、ちょっと寝不足だけどな」
「アンは、昨日もその前も早々に寝てしまったからな。おんぶは重かっただろう?」
「いや、それは大したこと無いんだけどな。ん? どうしたんだ? アン」
言葉を濁す絶狼は、ふと昨夜背中に乗せて運んだ少女を、見る。見れば彼女は絶っ太の首に手を回していた。
ふわふわを抱く。それは何か揺れる心の証。
「‥‥あのね。お母さんってあんな感じかなあ?」
一昨日の儀式を一夜置いて思い出し、彼女はアン‥‥いや、ヴィアンカは思ったらしい。
ディナス伯の言った、パーシと出会った為に不幸になった記憶に無い母は‥‥と。
「おじさんは嫌いだけど、あのお姉さんとは会いたかったの。とっても綺麗だったから。帰りまでなんだか、会えなかったし‥‥」
ギクン! 話を聞きながら背筋を冷やす青年が一人。
「ほお、そうか? アンは会いたかったのか。ベルに。残念だったな。だが、今度の機会にはきっと出会えるさ。なあ? レイン?」
「どうして、僕に言うんですか? ギリアムさん!」
どう返されるか解っていても、レインはそう言わずにはいれなかった。
案の定、楽しげに笑ってギリアムは答える。
「そりゃあ、なあ? 見守る会としてはこういう美味しいイベントは見逃せないものなんだよ」
「ギリアム、土産話は? 聞かせてくれる約束だったろう?」
「よ〜し、一から十まで報告しよう。アンも聞くか? パーシ卿もきっとこんな風にお前のお母さんと話したかもしれん!」
「ギリアムさん!」
「ああ、アン。あれ、パーシ卿に渡しといておくれよ頼むから」
「どんな反応をなさいますかね? 迷子戦士様は?」
「なあに?」
「ないしょだよ♪」
冒険者は笑いながら帰る。
不安が、無いわけではない。
例えば、ほんの微かだが感じた悪魔の気配。
例えば、伝説にも残らぬ、領主も知らぬ国を滅ぼす邪悪な力。
「まさか‥‥それがこの地に災いをもたらすものでは‥‥」
だが、不安は今は見せない。共に歩くこの幼い少女には、できるならもう闇は見せたくない。
この金の心を持つ少女には‥‥。
だから、笑いながら帰る。
不安と予感を笑顔に隠し、キャメロットへと‥‥。
彼らを見送る者がある。
『あの娘、気になる‥‥。『花嫁』は誰だ? 我が君を目覚めさせる花嫁は‥‥一体?』
それは、暗い、暗い瞳。
シャフツベリーと、冒険者の背中を見つめる闇色の‥‥瞳が輝いていた。