【Evil Shadow】オークニー城奪還作戦

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:12〜18lv

難易度:難しい

成功報酬:6 G 65 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:10月04日〜10月09日

リプレイ公開日:2006年10月10日

●オープニング

【Evil Shadow】
 報告書にそう記載されるこの事件の発端となったのはキャメロットから南の平原地帯に位置するオークニー古城である。
 オークニー古城は、その名が示すとおりイギリス王国きっての武門名家、オークニー家の城。
 この城にアンデッドとデビルの集団が攻め入ったのは、ほんの数日前のことだった。
 攻めるに堅く、守るに易しい城では、当時城の中では王妃グィネヴィアや有力者などが宴の真っ最中。
 彼らはそのまま、アンデッドの軍勢に閉じ込められる形となってしまった。
 やがて、城兵達の奮戦むなしく城の中にアンデッドの侵入を許し城は屍踊る地獄と化した。
 なんとか王妃グィネヴィアや生存者の救出には成功したものの、数多くのイギリス王国の騎士、戦士に死者を出し、まだそれに数倍する生ける死者たちのオークニー城は第二の墓となった。
 無論、王妃の召使やオークニーの城に仕えた使用人たちも数多く犠牲となり、今もまだ生死が知れぬものさえいる。
 アーサー王の帰還、王妃の奪還。
 イギリス王国、人間の勝利を確認するとアンデッドの『軍勢』は退いた。
 だが、アンデッドはまだ城に残っている‥‥。
 まだ城の一部にはアンデッドが巣食っており、今、城は半ば放置状態なのだ。

「オークニー古城からアンデッドを、往生際の悪いアンデッド共を城から追い出せ! これは命令だ!」
 冒険者ギルドにやってきた円卓の騎士アグラヴェイン・オークニーの横柄な言葉に係員はムッとした表情を迎え、一応反論する。
「いかに円卓の騎士のお言葉でも、冒険者に命令はできません。依頼としてならお受けすることもできますが‥‥」
「誇り高き円卓の騎士に指図するか‥‥。まあいい。今はそんな瑣末ごとに関わっている暇は無い。俺にはやるべきことが山積みしているのでな」
 非を認めることも謝罪することも無かったが、アグラヴェインは改めて正式な手続きを踏み冒険者ギルドに依頼を出す。
「先日の戦いにおいて、アンデッドの軍勢が我が一族の城を襲い、戦場となった。王妃奪還の後、軍勢は潮を引くように消え、冒険者、兵士、生存者の多くも城を離れた。今、オークニーの城は無人となっているはずだ。だが‥‥」
 アンデッドの軍勢は消えた。だが、個々の兵となったアンデッドはまだ決して少なく無い数、城の内部に残されている。その数は100を超えるか否か。
「一族の名誉ある城を、アンデッドの巣にしておくことはできぬ。本来なら俺自身が出向きモンスター共を叩き潰してやりたいところだが‥‥、今はそれどころではなくてな。その役目を冒険者に依頼する。オークニーの城よりアンデッドを殲滅させよ!」
 その為に城の調度などに破損が発生しても、一切冒険者への責任は問わぬ。とアグラヴェインは言う。もとより血に濡れ、屍に溢れたオークニー城。アンデッドを駆除したところで簡単に人が住むなどできないであろうが、キャメロットから程近い場所にいつまでも、死者を住まわせておくことができないのもまた事実だ。
「言うまでも無いが、城の財宝などに手を出すことは許さぬ。また、城に火をかけることも今はまだ駄目だ。それ以外の手段はお前達の好きにしてかまわない」
 くれぐれも頼んだぞ、と言い置いてアグラヴェインは去っていった。
 頼む、と言える様になっただけまだましかもしれないが、ため息をときながら依頼書を受理した係員は、彼の帰った先の扉が開いているのに気が付いた。
 そこには無言で佇む婦人の姿が‥‥。
「どうなさいました?」
 頭を下げる婦人は、オークニー古城の料理人と名乗り静かな、口調で依頼、いや願いを告げた。
「オークニーの城に冒険者の方が行かれる時あれば、どうか‥‥私の息子を探しては頂けないでしょうか?」
「息子?」
「はい。戦乱の最中、避難の途中に手が離れ、はぐれてしまった私の10になる息子です。他に避難した人々の中を探しましたが、見つからず‥‥おそらく城に取り残されているものと‥‥」
「ですが‥‥」
 話を聞き、係員は口を濁す。
「あの戦乱からもう一週間。しかも、城は見るも恐ろしい戦場だったと聞きます。そこに取り残されたとしたらおそらく‥‥」
 生きてはいまい、と言いかけて係員は口を噤んだ。婦人の赤く泣きはらした目。おそらく、彼女自身もそのことは言われるまでも無く‥‥。
「解っております。ですが‥‥城で、一人泣いているであろうあの子をいつまでも放っておきたくないのです。城はその後放棄されるという噂もあり、私達が城に戻れる日はいつになるやら、それ以前に来るのやら‥‥」
 だから、と婦人は深く頭を下げる。
「あの子は城の中を知り尽くしていました。だから、もしかしたら‥‥。最後まで希望は失いたくありません。わが子、ロルカを見つけてください。死んでいたら亡骸を。それが無理の時にはせめて髪の一房、服の一切れでも‥‥」
 赤い髪、茶色の瞳の10歳の少年。新品の青いチュニックとシャツを来ていたと彼女は語った。
 城に子供はロルカ少年一人しかおらず、城の中でかくれんぼをするのが好きだった元気な子だったと、彼女は言う。
 冒険者に憧れ、騎士に憧れる‥‥。
「どうか‥‥お願いします」
 彼女が置いていった報酬はわずか。アグラヴェインが城の奪還の報酬と置いていった額と比べることもできないほどに。
 だが、その思いの深さは決して劣りはしないだろう。そう思いながら大きな袋と小さな袋をそっと並べたのだった。

 扉の隙間から、微かに顔を覗かせる。
 向こうにはうごめくアンデッドたち。
「怖いよ‥‥。どこ‥‥お母さん‥‥。お母‥‥さん‥‥。死にたくない。僕、死にたくないよう‥‥」
『‥‥お前の願いを‥‥叶えよう‥‥』
 闇からのささやきが必死に隠れる少年の耳に届いた。
 それは、救いの手か、それとも‥‥。

●今回の参加者

 ea0673 ルシフェル・クライム(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1743 エル・サーディミスト(29歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2100 アルフレッド・アーツ(16歳・♂・レンジャー・シフール・ノルマン王国)
 ea3075 クリムゾン・コスタクルス(27歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3190 真幌葉 京士郎(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea3647 エヴィン・アグリッド(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea5322 尾花 満(37歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)

●サポート参加者

ナノック・リバーシブル(eb3979)/ 乱 雪華(eb5818

●リプレイ本文

○死の地
 そこは死に支配された大地だった。
 平原の周囲には、二度目の死を迎えた屍たちが転がり、崩れている。
 頭蓋が崩れ落ちたもの。骨が砕けたもの。もう指さえないのに、それでも何かを求めるように手を差し伸べるもの。
 それらを全て無視して冒険者達は前へと進んだ。
 足を早め、城への道を真っ直ぐに。
 かしゃ、と足に絡みつくように骨が伸びる。足を止めルシフェル・クライム(ea0673)はその手を静かに外し、目を閉じた。
「許せ。今は、死者よりも生者の方が大事だ。祈りは‥‥いずれ、必ず‥‥」
「貴方達の無念、私達で晴らします。だから‥‥」
「‥‥ルシフ。リースフィアさん、行こ。彼らを安心して眠らせてあげるためにも、まだアンデッドが居るなら後腐れ無いようにしないとね」
 悲しげな瞳で草原を見つめる友と、リースフィア・エルスリード(eb2745)を待つよう立っていたにエル・サーディミスト(ea1743)が声をかける。
 二人は頷いてまた前へと進む。
 勝利したとはいえ、戦いの終末はいつも悲しい。
 だが、
「本当に終わらせてやろう。アタシ達の手でさ。最後まで希望を忘れずにね!」
 軽くウインクするクリムゾン・コスタクルス(ea3075)。その明るい笑顔に励まされて、冒険者達は足を進める。
 小さな希望を胸に‥‥。

 城門をくぐり、冒険者達は城の中へと入っていった。
「オークニー城‥‥。この前の戦いじゃ‥僕は城の中まで入らなかったから‥‥もう来る事はないだろう‥‥って思っていたけど」
 アルフレッド・アーツ(ea2100)は尾花満(ea5322)の頭上を飛びながら、噛み締めるように言った。
 満は答えない。彼にとってこの城は紛れも無い戦場だった。愛する者を失いかけた恐怖は、今も胸に焼き付いて消えることは無い。
「此度の後始末、しっかりつけてくれよう」
 口について出た言葉、それは、決意だった。自分自身の心への後始末をここで、つけると‥‥。
「しかし、結構大きな城だな。掃除もなかなか大変だ人探しとなると、余計に‥‥な」
 ハンカチーフを握り締め真幌葉京士郎(ea3190)は城を仰ぐ。手の中には写し取られた城の大まかな見取り図がある。ナノック・リバーシブルや城の生き残りから聞いたかなり詳しいものだ。
 図を見たときにも思っていたが、実際落ち着いて見ると余計にそう思える。
「ロルカか‥‥。生きているかどうかは正直怪しいな。生きていたとしても普通の状態ではあるまい」
 冷静にエヴィン・アグリッド(ea3647)は状況を口にする。あの、困憊しきった婦人の様子を見れば、できることなら無事で、と思うがそれが難しいであろうコトも、これを見れば解ってしまう。
 一度だけ、目を閉じまた開いてエヴィンは目を開ける。
 黒い瞳に表情には出さない、炎が点る。
「それじゃあオークニー城の掃除を始めるとしよう」
「死者に生者の世界を蹂躙させたままにはしておけぬ。在るべき者を『在るべき世界』へ‥‥」
 二人の神聖騎士の宣言を祈りの言葉に。冒険者達は死の城へと足を踏み入れた。

○死の城
 ザシュッ!
『ガッ‥‥! グ‥‥!!』
 光を帯びた槍の一閃に弾き飛ばされたズゥンビはそのまま壁に叩きつけられて、動かなくなる。
 今、京士郎が二匹纏めて倒し、向こうではリースフィアの剣がスケルトンの腰を両断した。
 斬られても痛みを感じない敵ではあるが、足を砕かれれば流石に動けまい。
 的確に、確実に冒険者は敵を倒していく。
 しかし‥‥
「右かど! そこを曲がった先に、敵の集団が来るよ。数は‥‥3、いや5体。魔法で隊列を崩すから、あとお願い!」
「任せろ!」
 天井に落下したアンデッド達が床に戻ってくる。悲鳴をあげる暇さえ与えず、ルシフェルは立ち上がりざまを槍で払った。
 さらに崩れた陣形の隙をエヴィンの槍が切り裂き、死者に二度目の死を送る。
 砕けた敵は三体。
「ルシフ! 後ろ!」
 とっさに振り向くが、流石の彼も一瞬、反応が遅れた。頭蓋の割れたズゥンビが、首に手を伸ばす‥‥。
「ルシフェルさん、頭を下げて!」
 全身の力を使ってアルフレッドはダガーを投げつけた。回転するダガーはルシフェルの頭上を越えてアンデッドの喉にめり込む。
「すまない。助かった」
 礼を言うようにサインをきるルシフェル。照れたようにアルフレッドは笑うが、正直笑っている暇はまだ無い。
「後ろからも来るよ。クリムゾンさん! 満さん!」
 前は残り一体。だが、右から左から、引き寄せられるようにアンデッド達が集まってくる。
「もう! どこからこんなに出てくるんだろう。魔力、もつかなぁ‥‥」
 苦笑しながらも、まだ冒険者には余裕がある。このレベルの敵ならば、冒険者達には十分に処理ができる。
「少ししたら戻りましょう。一度休まないと」
「サンキュ! そうだね。もう少しすれば城の中は一回りだ。敵も少しは減っただろうし、暗くなってから城の中を歩くのは危険すぎるよっ! と」
 木剣で、アンデッドの足を砕いたクリムゾンはそう言ってリースフィアと背中を合わせた。心も合わせ、一緒に動く。敵の数はようやく目の前から消えつつあった。
「少年のことは気がかりだが、そうした方がよかろうな‥‥勝負は、明日か‥‥」
 最後の一体を切り裂いた満は、落とした盾を拾って外を見た。
 早い秋の夕暮れ。太陽は釣瓶を落とすように静かに沈んでいく。

 冒険者達が選んだ場所は城主達の寝室だったのだろう。
 豪奢な絨毯に上等な寝台が彼らを出迎えてくれた。
「室内では煮炊きをする、というわけにはいかぬか。枝の結界も使えぬな」
 満は残念そうではあるが、まずは休息第一とリースフィアは言う。
「鍵はかかりますし、調度で扉を押さえることもできます。出てくる敵にもよりますが、今日の限りなら大丈夫ではないかと。念のため聖水も撒いておきますし」
「うん。あの寝台でならゆっくり休めそう。外は寒いしね」
 エルはいいながら寝台に腰を下ろした。魔法も、体力も今日は使いすぎた。
 少しでも身体を休めたい。何より血の香りの薄いところで。
「デビルが‥‥いなかったのは‥‥不幸中の幸いですね。雪華さんも心配していたのですが‥‥」
「しかし多い。生ける死者達は予想外だ。戦いの残党ばかりではなく、巻き込まれて死んだものたちも浮かばれずさまよっているのかもな」
 今日一日の城の様子と、出会った敵たちを思い起こし、言葉が重くなる。
 そう思うと、少年の生存は余計に絶望的に思えた。
「だが‥‥希望は決して失ってはならぬものだ‥‥本当の最後まで。だからこそ我々は勝利した。間に合うと信じよう。少年を信じて‥‥」
「そうだな」
 京士郎は小さく笑うとルシフェルに向かって白い何かを投げた。それを受け取り広げ眺めるルシフェル。
「ハンカチーフ?」
「ロルカ少年の母親から預かった。明日は捜索に専念するのだろう。もし少年に会ったら渡してくれ。できれば俺の伝言と一緒にな‥‥」
「解った」 
 今日の探索で城の中は把握した。あとは‥‥。
 寝台を女性に譲り、男達はテントと寝袋で夜を明かす。
 誰もが解っていた。明日一日が勝負の分かれ目になる‥‥と。

○聞き届けられた願い
(「かくれんぼをするとしたら、どこに?」)
 アルフレッドは考えながら、戸棚の隙間を覗き込んだ。
「机の下、カーテンの影。戸棚の中‥‥とかありますよね」
「隠し通路とかないかな? 無いか‥‥」
 アンデッドをかわしながら冒険者達は一人の少年を探していた。
 この城のどこかに今も隠れているかもしれない、少年ロルカ。
 いくつかの部屋を探して空ぶったところで、
「ん?」
 ふと満は気付いたことを言葉にした。
「料理人の子供、と言っていたか?」
「らしいね? それが?」
 なら、と満は料理人としてのカンで告げる。
「人は自分が知らぬところには隠れられぬ。まして、命に関わるこの時自分意一番身近なところに隠れるのではないか?」
「あっ!」
 エルは思わず口を押さえた。それはあり得る。
「なら調理場か、食糧倉庫か‥‥どちらも一階の中庭の側にあったな」
 ルシフェルも頷き、走り出す。予感があった。どんな形であれ、きっと少年はそこにいると。

 暗い厨房の奥。そこに予想通り、少年は立っていた。
 青白く痩せた頬、汚れた細い腕、血で濡れたぼろぼろの服。
「お兄ちゃん達‥‥だれ?」
 その目は虚ろで、何を見ているのだろうか。
「ねえ、ルシフ‥‥」
「ああ、間違いない。だが‥‥どっちなのか‥‥」
 一言だけ会話すると、エルは一歩少年に近づいた。石の中の蝶を見る。動きは無い。
 なら、決意を固めてさら前に進み出る。
「ロルカ、だね。大丈夫? 怪我はしてない? よく頑張ったね。ほら、顔汚れてる。洗ってあげるから、一緒にお母さんのところへ、帰ろう‥‥ね」
「あっ‥‥」
 抱きしめようと、手を伸ばすエルから逃れ少年ロルカは後退する。
「あ‥‥ダメ、だ‥‥。約束‥‥したんだ。ぼく‥‥死にたくなかった。だから、ずっと、ここにいる‥‥って、ここを守るって‥‥」
「守るって、誰から?」
 だが、逃げると同じタイミングで、エルはロルカに近づく。手には聖水の瓶。
 その意味が解るのか、少年はポケットからナイフを取り出して後退しながら振りまわす。
「僕は、この城に来た人を、倒さなきゃいけない。この城を、守らなきゃ‥‥! 約束、した‥‥んだ!」
「ロルカ!」
 強い口調でルシフェルは、少年の名前を呼んだ。少年の背中が爆ぜる様に振るえピンと伸びる。
 視線の先に立つのは、騎士の姿。少年がかつて憧れたものとよく似た‥‥輝かしい姿。
「逃げるんじゃない! お前のいるべき場所はここではないはずだ。母上も帰りを待っている、自分を取り戻せ! お前以外の心に、捕らわれるな!」
 京士郎からの伝言と、差し出された白いハンカチーフをロルカの前に差し出す。
「あ‥‥っ」
 その瞬間、止まったロルカの動きを、冒険者達は見逃さなかった。
 満が床を蹴りその腕からナイフを落とす。そして、エルとアルフレッドは同時に聖水の水をロルカの上にかけた。
『うわああっ!!』  
 蹲る少年。だが、悲鳴は彼のものではない。エルは肩を掴み少年の身体を強く振る。
「絶対助ける! だから追い払って! ロルカ!」
「‥‥君は、生きてるんだ。何があったか解らない。でも、負けちゃだめだよ!」
 アルフレッドの呼びかけに応えるように、ロルカは目を開けた。
「僕は‥‥帰るんだ。‥‥お母さんのところへ!」
 瞳に力が戻る。そして‥‥彼は全身で自分の中にいた者を拒絶する。
 何かが彼の身体から抜け、出ていった。
『‥‥裏切るか。ロルカ。お前を助け、守ってやった私を‥‥』
 現れた青白い炎が、怒りと共に燃え上がる。
「やはり、憑りつかれていたか。だが‥‥お前は勝ったのだ。後は拙者達に任せよ」
 ぐったりと倒れるロルカを支えるエルとアルフレッド。
 二人を庇うように、ルシフェルと満は前に立ちふさがる。
『城を守る‥‥誰も、入れては‥‥いけない』
「お前は何を守っている。お前の役目は終わったのだ‥‥」
 襲い掛かってくる炎。触れたところから体力が吸い取られる。
 だが‥‥
「死者は在るべき所に還れ!」
 踏み込んだ槍と剣は迷うことなく炎を切り裂く。断末魔の悲鳴が轟く。
『! この城は‥‥守る‥‥。我‥‥ら‥‥が‥‥』
「城を守って死んだ兵士‥‥か? ならば、お前は解放された‥‥。その願いは、我らが引き継ごう。‥‥もう眠れ。安らかに」
 消え行く炎にルシフェルは十字架を向けて祈りを捧げる。
 その言葉が伝わったかどうか、解らない。
 暗い部屋の中、消え行く炎は白く輝いて見えた。
 気のせいだったのかも、しれないけども‥‥。

『必ず援護に行くから! 頑張ってね!』
 エルは言っていたがそれまで持ちこたえられるだろうか?
「くっ! 思ったより俊敏だな」
 攻撃をかわされ、噛み付かれた腕を庇いながらエヴィンは敵と間を取った。
 ズゥンビやスケルトンなどを順調に駆逐し、敵の掃討間近と少し油断したところに現れた敵に冒険者は苦戦を強いられていた。
 黄金のしゃれこうべがカタカタ揺れる。その先にアンデッド達が牙を見せ、こちらを睨んでいた。
「斬っても、腕を落としても止まりやしない! あいつらがグールってやつか。くそっ!」
 完全に命を潰すまで攻撃を止めないグールの集団。エヴィンに攻撃をしかけるグールを木剣でいなしてクリムゾンは側に寄った。
「大丈夫かい? エヴィンさん!」
「ああ‥‥。皆、少し時間をかせげるか? ブラックホーリーでぶっ飛ばす!」
「解りました。京士郎さん!」
「おう!」
 指輪に手を翳すエヴィンの詠唱を守るように京士郎とリースフィアは踏み込む。
 その時、彼らは眼前に希望を見た。走りよってくる仲間と、もう一人。
「成功したんですね。良かった」
「ならば、後は敵を倒すのみだ」
 踏み込み、敵を斬り、二人は絶妙のコンビネーションで身をかわす。
「生ける死者達に永遠の眠りを!」
 黒い神の祝福が死者達の間に弾けて散った。彼らの二度目の命と共に。  

○希望の奪還
「おかあさん!」
「‥‥ロルカ! ロルカ!」
 ‥‥求め続けた姿を見つけた少年は、迷うことなく一直線にその胸へと飛び込んだ。
 母は、わが子をしっかりと、強く抱きしめる。
「ごめんなさいね。一人にして‥‥怖かったでしょう?」
「お母さん。僕、頑張ったよ。でも、もう‥‥一人にしないで」
「勿論よ。私の大事な坊や」
「良かったね。ロルカくん‥‥」
 目元を指で擦りながらエルは小さな声で言った。
 感動の再会を、冒険者達は遠くから見つめている。眩しいものを見るように。
 目の前で広げられた一つの奇跡。‥‥それを生んだのは、人間の強さである。
「希望を失わぬ限り、最良の未来は開かれるのですね」
「人間が自ら負けない限りデビルやアンデッドにこの国を渡すことは決して無いさ」
 そうして、京士郎は背中を向ける。
 仕事は終わった。報酬はあの二人の笑顔で十分過ぎるほどだ。
「ああ、アグラヴェインの旦那はこれ知ったら怒るかねえ。まあ、とりあえず、内緒にはしとこっか」
「‥‥そこまで、融通が利かない人だと‥‥困りますね。でも、無事に城もロルカも取り戻せて良かった‥‥」
 クリムゾンの肩でアルフレッドが笑いながら呟く。
 冒険者達は頷いた。
 ここからでは見えない、まだ、多くの死者の眠る遠い城を見つめながら。
「彼らの魂に救済があることを‥‥」
 エヴィンが捧げた祈りと、共に‥‥。

 奪還は成功した。
 死者の悔いと、生者の希望を、あの城から。
 いつか、叶うなら見てみたいと冒険者は思う。
 あの城に、笑顔が溢れ子供達が走り回る平和の姿を‥‥。
 それは遠い夢かもしれないけれど。
 いつか‥‥。