●リプレイ本文
○死の城に吹く風
教会前広場にはいつも人々が集まっている。
楽しげに笑いさざめく人々達。
だが、彼らはふと、足を止めた。
〜♪〜〜〜♪♪〜〜♪
「それは〜、遠い昔の話ではない〜。
ほんの昨日まで、一緒に笑っていた大切な人〜。
教えて。空にそう問いかける〜。
遠い城で、眠る貴方。
貴方の上に、同じ風は吹いているでしょうか〜」
広場の真ん中で歌う娘。まだ、駆け出しの吟遊詩人の歌声は、決して上手であるとは言えない。
だが人々は足を止め聞き入る。
リア・エンデ(eb7706)の唇からつむぎだされる透き通った声は風に乗り、娘の髪と木々を揺らす。
あの城にも今頃、同じ風が吹いているのだろうか‥‥。
「なんと‥‥これは‥‥」
城門をくぐったアーサー・リーコック(eb3054)は無意識に十字をきって手を合わせた。
崩れかけた城壁。踏み荒らされた庭。‥‥血に濡れた廊下。
砕けた骨が足元で鳴った気がした。
とても信じることは出来ない。
「この城が、つい先日まで人々が平穏に暮らしていた場所だとは‥‥」
「兵どもが夢の跡‥‥でござるか。いや、できるならこれこそが夢と思いたい」
龍堂浩三(eb6335)も目を伏せる。オークニー城攻略戦から数週間。
戦いの爪あとは人々の心からようやく消えたように見えたが、実は何も消えていなかったのだと思い知らされる。
「‥‥辛かろうが、仕事は仕事じゃ。これ以上時をかけると遺体の腐敗がなお進み、身元確認が難しくなる。先を急ぐぞ」
感情をあえて交えぬようにか。静かに進むエリファス・ウッドマン。
だが、屍や骨の広がる道は老人の足を、容易には先に進ませてはくれない。
「!」
「大丈夫? エリファスおじいさん?」
足をとられよろめきかけた彼をエムシオンカミ(eb6708)が横から支える。
「すまん。大丈夫じゃ。シオン‥‥」
「図書館長。ご無理はなさらず。ご指示を頂ければ我々が動きます」
心配そうなシャノン・カスール(eb7700)にそうそう、と明るい笑顔を作ったインデックス・ラディエル(ea4910)が同意する。
「解っておる。荷物を運んだら仕事に入ろう。良いな?」
「解りました。クレリックの1人として私に出来ることを果たしたいと思いますから‥‥これは、どちらに運びましょうか?」
マーナ・リシア(eb0492)の腕には毛布の山が重ねられている。
「とりあえず、入り口に近い部屋に犠牲者の遺体を集める。今日は、その遺体運搬が主になろう。その後は身元確認じゃ。毛布と城より運んできた荷はそこへ。のんびりしている暇は無いぞ。我らが調べなければならない死者の数は二桁では済まぬからな」
「はい」
風のように素早く動き出す冒険者達。
その時、
「えっ?」
インデックスはふと立ち止まり、振り向いた。誰かに呼び止められ、何かを聞いたような気がしたのだけれど。
懐かしい‥‥声。
『それが私達の務め‥‥』
振り向いても何も無い。誰もいないのだけれども。
○死人の言葉
袋小路になった部屋の奥。隠れるように倒れていたのはまだ若い娘、というより少女と呼べる年の女の子だった。
懸命にここまで逃げてきたのだろう。細い背中にデビル爪が袈裟懸けに裂いた跡が深く残っていた。
「痛かったでしょうね。もう大丈夫ですよ。‥‥すみません。手伝っていただけますか?」
同じように近くの廊下をなど調べていた浩三をアーサーは呼んだ。
「今、行くでござる。‥‥こちらにもご遺体があったのでそちらに運ぶ故、暫しお待ちを」
抱き上げられ運ばれてきた女性と、少女は並べてみるとどこか似ている。
「ひょっとしたら、親子であるのかもしれんな‥‥」
「ええ、そうかも、しれませんね」
抱き上げ、担架代わりの戸板に乗せる。
静かに、なるべく揺らさないように。日にちを経た遺体は、腐敗が進んでいるものもある。そっと、静かに運んで行った。
「二人見つかりました。多分こちらは戦士や兵士ではなく、この城の使用人だと思われます。よろしくお願いできますか?」
「解りました。お任せ下さい。‥‥女性ですのね。少しでも綺麗にして差し上げましょう」
水で濡らした布で、顔や身体の傷をそっとマーナは拭った。
はだけた服を調え、顔つきや特徴、衣服の様子を書き記し、白い布や毛布をかけてやる。
いくらか幸いだったのは、夏の時期ではなく空気の冷えかけた秋であったこと。
おかけでまた遺体の多くはまだ、人としての特徴判別が可能な状態を保っていた。
とはいえ、城全体に漂う腐臭はいかんともしがたいが、それにさえもう慣れてしまった自分がいることに冒険者達はどこか苦笑する。
「ねえ、遺体は亡くなった場所ごとに分けたほうがいい? それとも、身分や出身地ごとに分けたほうがいい?」
自分より、背の高い戦士の身体を肩に担いで来たエムシオンカミはその身体をそっと横たえながら、奥で遺体と向き合うエリファスに問うた。
「そうじゃのお。とりあえずは、戦闘員と、非戦闘員に分けておくのが良いだろう。オークニー城の使用人や、来客関係の行方不明者は一応、名前と簡単な特徴を聞いておる。可能な限り紹介して、遺品や遺髪などを分類しておくのじゃ」
「そちらの方はお任せあれ」
シャノンとインデックスが頷く。彼らはアーサーが預かってきた名簿と照合しながら身元が判明した犠牲者の名前を記入していく。
身体を覆う、布にそっと名前を書いて。
死人に口なしという言葉があるというが、それは間違いだとインデックスは思う。
こうして、死者を並べて見ていると一人ひとりがまったく違うのが解る。
同じ戦士でも、装備や服装が違うし、傷の跡も違っている。
倒れていた様子や、傷の深さ大きさなどで、どんな攻撃を受けてしまったのか。どれほど苦しんだのかも‥‥なんとなく解ってしまうのだ。
死者は残された者に、雄弁に語る。その声無き声に耳を傾けることで、死者は、真実を語ってくれる。
なれば、生者の役割はその真実を見つけ出し、次へと繋げることであろう。死者が伝えたかった誰かへと‥‥。
「明日にはリアだったか? あの娘もやってくるであろう。戦士や傭兵の身元はそれからとなるかな?」
「うん、解った。じゃあ、もう少し城の中を探してみる」
くるりときびすを返しエムシオンカミは部屋を後にする。マーナとエリファスもいるので、とりあえず遺品の整理などの手は足りているだろう。と。
「シオン‥‥」
「何? おじいさん?」
呼び止められたエムシオンカミは足を止め、呼び止めた老人の方を首だけで見る。
「無理は、するでないぞ」
「わ〜かった。大丈夫。何すればいいか解ってるなら、それを頑張るだけだもん!」
微かに笑って、手を振って部屋を出る。後を追う二人。
「アーサー、浩三。おぬしらもな‥‥」
「はい。エリファスさん」「ご心配、感謝する」
声をかけた方、かけられた方。両方とも精一杯の笑いをその頬に作っていた。
○夜の誓い
夜中、冒険者達は全員中庭に出てきていた。
街の聞き込みから戻ってきたリアも一緒に、いよいよ明日からは死者の本格的な身元確認と遺品整理が始まるだろう。リアの持ってきた情報が役に立つ筈だ。
その前に少しでも休みをとっておかねばならない夜。彼らは外で休む事にした。
最初の数日は、城の中の比較的被害の少ない部屋を見つけてそこに泊まっていた。
それこそ全員で区画ごとに調査をしたので、どのあたりが主な戦場になったのか、どのあたりで血が流れたのかが実感で解ってきた。
城の殆どの場所にアンデッドの爪あとがあったが、それでも鍵のかかった部屋や、重要なものが無いゆえに見過ごされた部屋などがあったのだ。
かつて、掃討作戦のメンバーが泊まったらしい上等の寝室や、暖かい毛布や暖炉のある寝室もあった。
それでも何故か冒険者達は誰が言うともなく中庭に集まっていた。
そこは静かで気持ちのいい場所。
風が死の匂いを少しなりとも運んでくれるから、かもしれない。
無論、ここも戦場になった場所であり、血が流れたことは解っている。
それでも、冒険者達は中央に紅く燃え上がる焚き火を囲みながら、静かに集っていた。
「ねえ、おじいさん?」
焚き火の爆ぜる音にまぎれるように微かな声でエムシオンカミは呟いた。
「なんじゃ?」
孫に応えるような優しい声音でエリファスは応える。どう言っていいのか少し悩んだ顔をし、やがて決意したように彼は顔を上げた。
「僕さ、なんだか心の中が、可笑しいんだ。‥‥ぼくも、ズゥンビになっちゃったのかなあ?」
あはは、と乾いた口元で笑うエムシオンカミの言葉を仲間達は誰も笑わず、真剣な眼差しで聞いている。
冗談にぼかすこともできない。エムシオンカミは続きの言葉を紡いで行く。どこか、泣き出しそうな眼差しで。
「僕さ、前の依頼でズゥンビと戦ったんだ。だから人事だと思えなくてこの依頼に参加したんだけどさ、本当に‥‥可笑しいんだ。たしかに、ぼく達はズゥンビを退けた。でもよく考えたら、そのズゥンビも、もともとは人間だったんだよね。けど、こうして死んだ人たちの事を思うと悲しく思うのに、ズゥンビ、ううんアンデッドを倒すのには心の中で、何も感じなくなっているのは、なんでだろう?」
「浮かばれ無き死者‥‥。確かに、この戦いでもっとも悲しいのはデビルに死後を利用され、その遺体を汚されたアンデッドの方たちなのかもしれませんわね」
マーナはぽつりと呟く。冒険者達が城の中で、死者の身元調査をしている間、外から来た騎士や冒険者たちが何度かアンデッドの死体を運んでいった。
荷車に乗せられて運び出された彼らは、やがて火葬にされると聞いて、微かだが悲しい思いが胸を通り抜けていった。
彼らは最後の審判の時、戻る身体を持たなくなる。一度死して、再び殺されるなど‥‥。
「僕はこんなにたくさんの人を巻き込んだ悪魔と戦争をもっと憎もうと思ってる。戦争は憎しみあう者どうしのいがみあいから怒るって、本当は許しあわなきゃいけないって解ってるけど‥‥それでも許せない。その根元を撃つために、ぼくは武器を持ちたいと思う、こう思うのは、僕の心が死んじゃってアンデッドになっちゃったからなのかな?」
「いいや、生きておるからじゃろう」
「えっ?」
今にも泣き出しそうな瞳で、自らに言い聞かせるように語る青年をエリファスは静かな眼差しで見つめ答えた。
「そう思うのは、お前さんの心が生きておるからじゃ。生きておるからこそ、何かを思い、何かを願い、そして何かを為せる。自らを感じられる限り、その心は死んでおらぬ。生きているからこそ前に進めるのだ」
「おじい‥‥さん」
エムシオンカミの泣き出しそうだった顔は、もう涙が浮かび始めている。それを優しく微笑んで彼は言う。
「死者は雄弁に語る。だが、それは聞くものあってのこと。死者は生者あってこそ言葉を持ち、生者あってこそ何かを残す。死者を生かす、死なすができるのは生者のみなのだ‥‥」
エリファスの言葉はエムシオンカミにのみ語られたものではない。
「よいか? 死者を見送り、その言葉を聞くのは大事じゃ。だが、それに囚われてはならぬ。生者が惑えば死者もまだ惑うであろう。‥‥わしがお前達をここに呼んだはそれを知って欲しかったからじゃ。死者の心を知れば、決して命を粗末にしようとは思うまい?」
天を、一度だけ見上げたエリファスは、若き冒険者達に向かい合う。その瞳に星の輝きを宿したまま。
「生きている、というのはそれだけで、神が許したもうた奇跡だ。死者達の分まで、などとは言わぬ。だが、お前達は数え切れない奇跡の中、生きておるのだ。その幸運を噛み締め生きよ。迷っても良い。だが必ず前に進むのだ。時を無駄にするではないぞ」
「はい。私は経験を積んで一人でも多くの人を生きているうちに救い、待っている方に会わせてあげられるようになりたいです」
アーサーは呟いて空を見た。天には眩しいまでの月光が、偽りを許さぬ美しさで中庭を照らしている。
冒険者も空を見上げた。エムシオンカミの目元にもう涙は無い。
空を見上げる。
この月に、空に、城に眠る多くの命と死者達に誓うと、言うように‥‥。
○弔いの祈り
そして、冒険者達は沢山荷物と共に、城を後にした。
前半は城内の探索と、遺体の運搬。
後半の日々は、リアの情報を元に遺体の確認と遺品の整理に明け暮れる。
あっという間に過ぎ去った最終日。
死の城との最後の別れの前に、アーサーは残った遺体に最後のピュアリファイをかけていた。言葉をかけながら、祈りを捧げながら。
「あの戦争の時、王は救護所の重傷者を見捨てず、たった一人で救いに駆けつけてくださいました。きっとこの国と民を、悪しき者達から守ってくださいます。どうか安らかにお眠りください」
「そろそろ、出発だそうです。用意はいかがです?」
「今、行きます。マーナさん」
頭を下げて、部屋を、そして城を出る。
遺品や資料を載せた荷車は静かに、街道を行く。
腐臭漂う城から離れ、数日振りの澄んだ空気を胸に吸い込んだ。
不謹慎だと解っているが、心と身体が生き返るようだった。城が遠ざかっていく。
だが仕事が終わりだと思うと、ほんの少し、寂しさもある。
「先の聖杯戦争の折、宮廷図書館長様の依頼に娘が同行し埋葬をお手伝いしていたのですよ。母娘で、同じような依頼を受けるとは奇遇だこと。さて‥‥娘はどう感じていたのでしょうかねえ」
遠い記憶を思い出し、マーナはため息をついた。
聖杯戦争と今回はまた違う事が多い。だが、できるならと二度とこのような事が無いように‥‥とマーナは思っていた。
「‥‥あなたは、死者を無闇に哀れんではいけない。あなたは、死者に、ただ憐れんではいけない。その死を決して無駄にしないために」
インデックスもまた遠い記憶を思い出す。それはかつての師の言葉。
『神に使える私達は、死者の言葉を生者へと橋渡しする、それが務め』
「私も為すべきことを為します。あの声を聞き、それを誰かに伝えるために。必ず‥‥」
弔いの祈りが静かに風に乗って溶けるように流れていく‥‥。
目の前に広がる草原には自分達が見送った死者達の多くが眠っている。
彼らはやがてイギリスの大地へと還っていくだろう。
そして‥‥狼煙が静かに立ち上る。
あの煙に乗って、天に昇る魂もあるだろう。
「願わくば‥‥」
言ったのは誰であったか。
「‥‥二度とこのような依頼が無い事を‥‥」
心からの思いと祈りと共に、彼らはその地を後にしたのだった。
エリファスと冒険者の手によって多くの遺品が家族の下へ還っていった。
彼らにとって、長かった旅は今、やっと終わったのである。
だが、冒険者達の旅は続く。
命という旅は‥‥。