●リプレイ本文
○死の平原
キャメロットの郊外。
平原に囲まれた場所にその城はあった。
名門貴族の美しい城。オークニー城。
だが、今この城を見たものは誰もが同じ印象を抱くだろう。
「死の平原。死の城とは‥‥よく言ったものだ」
口の中に広がる苦い思いを吐き出すようにシア・シーシア(eb7628)は呟いた。
多くのデビルとモンスター。そして生ける死者達の襲撃を受けた城。冒険者と数多くの兵士達の命を賭けた死闘の末、城は人の手に奪還された。
人の勝利の象徴。
だが、今この地に輝かしいものは何も無い。
あるのは朽ちた屍の山と、打ち捨てられたように転がる死者の思いだけ。
「これは‥‥」
城の前、無言で立ち尽くす冒険者達の後方に立つパーシ・ヴァルは、
ポン。
城を見つめるエルフの肩を叩いた。
「! パーシ殿?」
握り締められていた朱鈴麗(eb5463)の手が開く。手のひらや爪の赤い血を慌てて服で拭いて鈴麗は顔を依頼主に向けた。
「殿は要らない。敬語もいいと言ったろう? 辛い仕事になると言って置いたが‥‥大丈夫か?」
優しい心遣い。それを噛み締めて鈴麗は大丈夫、と頷く。一度受けた依頼であるのだから逃げ出すつもりは無論無い。
「酷い、光景ですね。上手く言えないのですが‥‥戦いの最中よりも、この場の方が恐ろしい。そう、思います」
「なるほど、まさに戦場跡といった趣だな。だがしかし、これが現実と言うものだよ。慈悲のある争いなどありはしないからね。シルヴィア?」
青ざめた唇で城を睨み続けるシルヴィア・クロスロード(eb3671)にアレクセイ・ルード(eb5450)は労わる様に言う。
まだ美しい理想を持つこの騎士にこの戦場は辛いかもしれないと思う。
だが、目を逸らしてはいけない真実でもある。
「覚悟ができたのなら行くぞ。仕事は山ほどある」
ついと金と、銀の背中が前に出た。
「城と、かの地を本当に人の手に奪還するはこれからが本番だ。期待しているぞ」
その真実の中に誰よりも早く、彼は踏み込んでいく。
「期待している‥‥か」
龍一歩々夢風(eb5296)は二度目になるその言葉を噛み締めるように呟いた。キャメロットを出る前
「この前の攻防に参戦できなかったから、せめてものお手伝い〜不肖龍一、頑張って埋葬しまっす!」
何の覚悟も無く、なんの気なしに参加した自分にパーシは背中を叩いて笑顔でそう言ってくれた。
彼は、この状況を知っていたであろうに。ならば逃げ出してはいけない。社交辞令でも彼に答えなくては。
「俺も行くよ」
動かない足を勇気を出して前に進める。李黎鳳(eb7109)も他の者達も後に続く。
そうして広がる死の平原に、今生者達が足を踏み入れたのだった。
○生者の力
「えっ? あれ?」
何が起きたのか解らない、という顔で黎鳳は崩れ、地面についた自分の膝と、手を呆然と見つめた。
「ほお、これは‥‥」
「凄い凄い! こんなの始めて見たよ!」
「流石、円卓の騎士。唄に詠われるその実力は伊達ではないという事か」
見物していた男達は口々に歓声を上げてその光景を眺めている。
鈴麗も騎士達も一時、心晴れたように魅入る舞台を、シルヴィアだけはこれ以上無いという真剣な眼差しで見つめていた。
平原で始まった彼らの仕事は、思った以上に辛い仕事となった。
城内で行われている死者の身元判別が行われないうちは、埋葬はできない。
ゆえに彼らの今の仕事は、アンデッド達の回収が主であった。
「抵抗があるのは存じておるが‥‥できるなら今後の遺恨を考えアンデッド達は火葬にしたいと思うがいかがじゃろう?」
同行の騎士達は眉をしかめるが、鈴麗の提案に
「いいだろう」
場を司る指揮官はあっさりとそれを許可した。
「ですが‥‥」
「今後のことを考えればそれが最善であることはお前達も解っているだろう。アンデッドは燃やす櫓を作って火葬に。身元調査の終わった死者は塚を作って埋葬する。いいな?」
鶴の一声。連れて来た部下達の反論を許さぬ力に内心で歓心の声をあげる。そして後、鈴麗も冒険者達も彼の指示に従って仕事に入った。
アンデッドの運搬。運ぼうと思えば崩れ落ちる骨、腐って空虚な眼窩で自分を見つめる骸。
そんなものと向かい合い続ける時間は、例えどんな強靭な精神を持つものであろうと心をすり減らさずにはいられない。
だから、であろうか?
「一手、お手合わせを頂け‥‥ませんか? 高名な円卓の騎士の力量を肌で感じたいんだ!」
休憩の時間中、そう申し出てきた黎鳳の頼みを無礼とも思わずパーシは立ち上がって引き受けたのだった。
彼の持つのは槍。部下から借りたありふれたものだ。対する黎鳳は徒手空拳。武道家である彼女はナックルさえもつけていない。
(「格上の相手に正攻法なんて通じない。ならば先手必勝! 少しでも驚かせてやる」)
「行くよ! たああっ!!」
向かい合った瞬間、声を上げ黎鳳はパーシに向かって駆け込み、跳躍した。その胸元に向かって飛び蹴りを入れる。
(「かわされたら、今度は足払‥‥って、えっ?」)
実際、彼女は何が起きたか解らなかったろう。次の瞬間、彼女は地面に転がりパーシは、始まった時と同じ姿で立っていたのだから。
「ふむ、飛び込んできた彼女の足を槍で払ったか。正確に彼女の芯を狙った腕は、見事としか言えんな」
「俺、パーシさんの手がさ、ひらっ、て動いたのしか見えなかったよ。すげぇ〜、はぇ〜」
感心したように頷くアレクセイに、仕事中は終始無言だった龍一も興奮して顔を上気させる。
「飛び蹴りなどの跳躍を伴う攻撃は、当たれば効果は高いが跳躍している時を狙われたら防御できない。声を上げて飛び込むのも奇襲には不向きだな」
愕然とする黎鳳にパーシは的確に、彼女の攻撃の弱い点、悪い点を示した。
「も、もう一回お願いします!」
膝の土を払い、黎鳳は立ち上がる。構えを取る彼女に微笑して、パーシも槍を構えた。
二度目の教訓を生かし、黎鳳も無理に飛び込んだりはしない。一つ一つの動きを確実に当てていこうとする。
無論、槍のリーチの差でパーシにはそれは届かないが、最初のときよりはまだ立合いになっていた。
だが見るものが見れば解っただろう。やっている本人はなお、解っている筈だ。二周りは違う実力の差。
立合っているのではなく、立合わせて貰っている。と。
(「強い! 本当に強いんだ‥‥」)
「うわっ!」
槍が翻る。足を掬われまた黎鳳は膝を付く。
「敵から目を離すな。目を離した瞬間が負けにつながるぞ」
「はい! もう一度お願いします」
的確に弱いところを付いてくるパーシの攻撃に黎鳳は喰らい付く。これほどの実力を持つものでさえ、国を守るのは容易い事ではないのだ。ならば‥‥。唇を噛んで決意する。
(「絶対に、強くなる。またこんな戦いが起きた時に、少しでも役に立てるように‥‥一人でも救えるようになる為に」)
言葉に出さなくても感じる黎鳳の決意を、冒険者達は様々な思いで見つめていた。
○守れるもの、守れないもの
「ふう、これでこっちは後は、火をつけて燃やすだけ‥‥かな?」
ロープを手にしてアレクセイは櫓を見つめた。薪や木材を積んだ櫓の内側にはなるべく丁寧に重ねられ並べられたアンデッドの骸がある。
周辺や城の中も可能な限り調べ運んだので、他は残っていたとしてもそう多くはあるまい。
「あっちの方も埋葬始めたよ。調査が終わった人から順番にね。穴、いくら掘っても足りない感じだね」
スコップを担いで龍一は呟く。馬達も最初は恐れ足を踏み入れたがらなかった草原は、徐々に広がりを感じさせるようだ。
辛い仕事の中、それが唯一の励みになる。
「‥‥もうじき暗くなります。こちらで休んでください」
騎士が野営の準備を整え、呼びに来た。
頷き、歩き出す冒険者達。だが草原に‥‥一人佇む騎士を見つけ、
「どうした? シルヴィア?」
パーシは静かに声をかけた。
「パーシ様」
呼びかけられた騎士は、静かに頭を垂れ、なおをも平原を、城を見つめる。
「今回の戦いには私も参加しました。‥‥あの時は、ただ夢中だったのですが、こうして見るとこの地の嘆きと悲しみに心潰される思いです」
苦しみ、悲しみに時折足を止めながらも彼女はそれを振り切るように仕事を続けていた。
「‥‥シルヴィア」
「はい‥‥えっ?」
呼びかけられたシルヴィアは、パーシの眼差しに思わず呼吸を止めた。
自分を見つめる新緑の瞳。それがあまりにも優しげで‥‥暖かくて。
一方、パーシの方にも胸を過ぎるものがある。
『また無理をされたと聞きました。心臓が凍るかと思った‥‥。貴方は何でも一人で背負いすぎる。無茶にならお付き合いできます。‥‥呼んでください、必要な時が来たらいつでも。必ず駆けつけます』
そんな、無垢な思いを自分に捧げてくれる娘。騎士としての理想を追う彼女は、かつて出会った少年とは別に昔の自分を思い起こさせる。
血に濡れ、傷に、苦しみに心折れる前の‥‥。
だから、叶うなら見せておきたかったのだ。‥‥この光景を。
「騎士を目指し、誰かを守りたいと思うならこの光景を忘れてはいけない。誰かを守りたいと思う心は正しい。だが、全てを守りきる事など誰にも出来ない。犠牲はどんな戦いにも出る。それを忘れず、前に進む事。それが、誰かを犠牲に生き残ったものの使命だからな」
振り返り歩み去ったパーシの瞳を、もう見ることは出来ない。
だが、シルヴィアはその背中に、決して彼が人に見せる事の無い、心の草原を見たような気がしたのだった。
目の前を通り過ぎる騎士。それを見送る騎士。
二人を見つめながら鈴麗は手の中で弄んでいたコインをピンと空に投げた。
夕闇の空を泳いで落ちてきたそれを、しっかりと握り締める。
「‥‥重いのう。たった一枚のメダルをこれほど重いと思ったのは初めてじゃ。忘れぬこと‥‥か」
神に仕える身としても忘れる事はできないだろう。
この光景と、残された想い。そして‥‥あの言葉を。決して。
○天と大地に賭ける誓い
翌日、冒険者達、騎士達の見つめる中、パーシは手に持った松明を櫓へと翳した。
油をかけた木材は簡単に燃え上がり、草原に大きな火柱を立てる。
十字を切る神聖騎士の横で、美しい袈裟が汚れるのも構わず地面に座し経文を上げている。
ジーザス教も、仏教も祈りの思いは同じだろう。
死者の埋葬と祈りを終えて、服を着替えてきた龍一は
「パーシさん」
円卓の騎士の隣に立った。
「俺ね、今回の戦いに参加できなかった‥‥ううん、しなかったんだ。俺バカだし実力もないからさ、もし俺のせいで国全体に迷惑かかっちゃったらって思ったら怖くなって‥‥結局俺には一歩踏み出す勇気がさあ、無かったんだよね」
彼の人は無言。龍一も今は返答を求めてでは無かったので静かに続ける。
「でも、もしあのとき踏み出してたら、偉業を成し遂げるなんて無理だけど‥‥それでも、こんな俺だってひとりやふたりの命なら、救うことできたのかもしんない‥‥ああもう、つくづく自分のバカさ加減に呆れちゃうよ俺。あ、しまった! ただでさえ少ない脳細胞が死んじゃうヨ! ‥‥ね? バカでしょ、俺」
おどけたような口調で自分の頭を叩き、パーシの方を見つめる。彼の人は無言。だが、一度目を閉じ開かれたその眼差しは決して彼を笑うものではなかった。
「バカならここにもいる。もし、自分がこの場にいたら、全てを救えたのではないかと夢を見るバカな男がな‥‥」
「‥‥パーシさん?」
「俺は騎士になりたい一心で家を出た。結果‥‥多くの者を不幸にし、多くの過ちを繰り返してきた。俺はもし、あの時、踏み出さなければ、多くの者が死なずに済んだのでは、と思う事がある。悔いは消える事が無い」
龍一は言葉が出せなかった。
「だがその思いは決して無為な事ではない。かつてある方が言った事がある。お前は愚かであるが故に強いと。惑うことなく突き進むその前に賢者が叶えられぬ事が叶うときもあろうと‥‥。踏み出さねば何も変わらない、踏み出さず後悔するよりは、踏み出して後悔すべきだろう」
龍一は思う。その言葉に偽りは無い。この人物は自分と同じ悩み苦しみを知っているのだと。
「お前はもう、心にどうしたらいいかを知っている筈だ。ならば後はそれを貫き通せばいい。悩む必要は無い。簡単な事だろう?」
彼は微笑む。その言葉に頷き龍一は炎に一歩近づいて、手を胸に当てた。死者達に誓った思いをもう一度炎に捧げる。
「俺、今度は踏み出してみせるから。一歩だけじゃなく二歩も三歩も、踏み出してみせるから‥‥」
燃え上がる炎の轟音にかき消される言葉を聞いた者は少ないだろう。
だが、十分だ。この決意を知る者は少なくていい。
緑の瞳と、この大地と空、そして炎だけで‥‥。
「こういう言い方はちょっと変だけれども、この人達は幸いだと思うよ。自分の信じた義に殉じたんだから。少なくとも、何の意味も無く殺されたり、たった一つの品物のために抹殺されるよりはずっと意味のある人生だよ」
丘の上に並ぶ塚を前に立つ、黎鳳の暴言とも言える言葉にシルヴィアは怒りはしなかった。
彼女の瞳に光るもの、胸に思う事をちゃんと知っているから。
「お疲れ様。ゆっくり休んで‥‥」
塚に一つ一つ酒をかけ、祈りを捧げる。黎鳳やシルヴィアに習いアレクセイも手を合わせた。
「顔色が良くないが大丈夫かい? シルヴィア」
「大丈夫。貴方のホットミルクのおかげですね」
微笑んでシルヴィアは、そこから草原を見下ろした。
遠くにはキャメロットの街、近くにはオークニーの城。そして‥‥天に向けて真っ直ぐに上る炎がここから良く見える。
「どうしたね?」
いつもと様子の違うシルヴィアにアレクセイは目を瞬かせた。今までと違う何かを一つ、心に決めたような眼差しは何だろう? と。その問いに彼女は答える。
「私はあの人に剣を捧げたい。主として仰ぎ共に戦いたい。そして」
膝を折り、大地に祈りと共に決意を捧げる。彼女の思いを彼は喜んでも、簡単に受け入れてもくれまいが‥‥
「そしていつか、泣く事の出来ないあの人の泣ける場所になりたいと。いえ、成って見せると」
静かに目を閉じ、思いを歌に乗せる。
聞こえてくる死者の思いは、幻聴ではあるまい。
自分をここに呼んだのは彼らだったのだと、シアは思う。
なれば、少しでもこの歌が死者の魂の慰めになるように、生きる者たちの心を照らすようにと‥‥。
心からの思いを込めた歌は、炎と共に空へと上っていった。
死者の魂は空に上り、躯は大地に還り新たなる命となって蘇るだろう。
失われたものは決して戻らない。
だが、新たに生み出す事はできる筈。
かの地に集った冒険者達は、天と大地とそして人に誓う。
悲しみを忘れずに前に進むと。
それが死者達への手向けになると信じて‥‥。