●リプレイ本文
○集う天使(?)達
ハロウィンというのは期限を古代ケルトの祭り「サムヘイン」に発すると言われている。
先祖の霊や精霊達を仮面を被るなどして仮装し、篝火を焚いて出迎えるのだ。
故にイギリスではかなり人々の間になじみ愛される祭りでは在るのだが‥‥
「この国でこのお祭りはもう3回目だけど、まだ慣れないのよね。ミイラを残してなくてカアの仲立ちも無いのに、先祖のバアだけが冥界から戻るなんて有り得ないもの」
異国の者達にはそうもいかないのかもしれない。
意味不明の単語を口にしながら路地を行く少女が一人。くすくすと、横を歩くシータ・ラーダシュトラは歩いているうちに乱れてきたネフティス・ネト・アメン(ea2834)装束の裾や、頭飾りを直しながらそうね、と笑いながら相槌をうった。
ちなみに彼女に聞けばカアとは魄、バアとは魂の意味だと教えてくれるだろう。
‥‥まあ、どちらにしても一般イギリス人にはあまり、よく解らない世界の話、仮装でもあるのだが。
「最初はてっきり、狂った精霊と死霊が襲って来るのかって思って慌てちゃったっけ。ああ、ありがとうシータ。ここからは私が荷物を持っていくから」
そう言って、ネフェルは丸い荷物を受け取ると、帰っていくシータに笑いながら手を振った。
パーティの会場である酒場に着いた。もう中には何人か参加者がやってきているようだ。
楽しそうな笑い声が聞こえる。
「そういえば‥‥忘れるところだった。確認確認」
正面から入る前に、ちょっと裏口に足を運ぶ。
準備のバイトがてら、ここに手伝いに来ていたエスリン・マッカレルが言っていた。
「確か、この辺に置いたって‥‥っと、ああ、あった、あった。もう少し待っててね。ベフネゥ」
無造作に追われた木箱をそっと撫でてから、彼女は再び、正面玄関へと歩いていく。
「もうじきパーティが始まります。参加者の皆様はどうぞ受付をなさって下さい〜」
お客たちを呼ぶシフールの声も聞こえる。
「そうよね。ともあれ、どんな時でもお祭りは、楽しまなくっちゃ」
少し足を早め、彼女は異国の祭り、ハロウィンのパーティに、足を踏み入れたのだった。
「ん〜。なんだか、受付が騒がしいねえ。満?」
「確かにな。何かあったのであろうか?」
暫くパーティ参加受付前で放置されていた夫婦がいる。
「あ! 申し訳ありません。お待たせいたしました。尾花満(ea5322)様と、その奥様フレイア様でいらっしゃいますね」
「そう。まあ、奥様って改まって言われると照れちゃうけどね」
言いながらフレイア・ヴォルフ(ea6557)は照れくさそうに、だが心から幸せそうに微笑む。
エンジェルドレスに白月の衣。真珠のティアラにホワイトブーツ。月光の杖も美しいその姿は純白の天使を思わせる。
そして、その純白の天使がもたれ、肩を預けるのは黒の悪魔、いや死神だろうか?
大きなサイズの柄でトンと床を打って、二人に見惚れる受付係員嬢に声をかける。
「感心して貰えるのは嬉しいが、そろそろ入場したいがよろしいか?」
「あ、勿論。申し訳ありませんでした。こちらへどうぞ」
小さなシフールが一人、前に立って二人を案内する。
あちらこちら、飾られたハロウィンのオーナメント、いくつものジャック・オ・ランタンが幻想的な光を放っている。
そして、酒場の中央には
「よ、大蕪、またあったな」
今年のハロウィンで話題になった巨大蕪のジャック・オ・ランタンが飾られてあった。
特別に借りてきたのだと胸をはるシフールの横を通り過ぎ、ぽぽん、と頭(?)を叩くようにフレイアは挨拶した。
満はその様子を苦笑しながら見つめている。この巨大ジャック・オ・ランタン作成に関わった二人としては心境はいささか微妙、というところだろうか?
無論、会場で旧知なのは蕪頭、だけ、ではない。
「来てたのか? ご両人。やはりこういう祭はやはりいい。どうにも雲行きが怪しい昨今では特に、な。二人ともなかなかお似合いだ」
突然、背後から声をかけられて振り返ったフレイアはおや、と笑みを向ける。ボーンヘルムの目元から碧の目が覗く。
「ありがと。そっちもね。で‥‥ それは、何の仮装だい?」
問われてイグニス・ヴァリアント(ea4202)はさてな? と首を横に倒す。
「仮装用具一式とか、あるもので適当にやってみただけだからな。まあ、あえていうなら‥‥狼男か?」
「とてもよくお似合いですわ。皆さま。‥‥あ、失礼致しました。お久しぶりです。皆さま、ご機嫌はいかがですか?」
優雅にお辞儀をするセレナ・ザーン(ea9951)を、フレイアやイグニスは一瞬心配そうに見つめたが、
「ああ、おかげさまで‥‥な」
「あんたも。‥‥今日は一人かい?」
そう、笑顔で話しかけた。彼女自身が話題にしないのなら怪我の話などするべきでは無いだろうから。
セレナはニッコリと微笑み、はいと答える。
「ヴィアンカ様もお誘いしたのですが、パーシ様とお過ごしになるようですので」
「そっか。親子水入らずの邪魔をするのも悪いしね」
「ええ」
フレイアに相槌をうちながら、会場を見回していたセレナは、ふと入り口の側で、戸惑い顔をする娘達を見つけていた。
一人は可愛らしい仔猫を抱いた、服装も可愛らしい魔女。
もう一人は遠い異国の風景を感じさせる妖狐。
一人ひとりなら‥‥これほどまでに目立たないだろうが二人が並んでいると驚くほど目立つ。
身長差約70センチの美女二人。
「お二方も参加者ですか? 今宵はどうぞ、よろしくお願いいたします」
セレナは二人に向かって丁寧に礼をとる。正式なお辞儀を受けた二人の頬に、笑顔が咲いた。
「こちらこそ。私リト・フェリーユ(ea3441)と言います。イグニスさん、その節は知人がお世話に。この子はアクアです。ほら、アクア。ご挨拶は?」
「ニャー」
腕の中に抱かれた猫の抜群の『ご挨拶』に面を少しずらして現れた顔も、僅かに微笑んでいる。
「どっちも小さいのに挨拶が上手だな。武楼軒玖羅牟(eb2322)。クラムだ。よろしく」
「私は、このパーティが大好きで、良く来るんですけど、クラムさんは初めてだって、どう楽しんだらいいのか? っておっしゃっていたんです。それで、以前、依頼でお話した事もあるので一緒に‥‥。本当に優しい方ですよ」
「‥‥勝手が解らないものでな。迷惑をかけるかもしれないが‥‥」
そんな玖羅牟の心配を
「パーティで、迷惑なんて気にしっこなし! ほらほら、みんな真ん中においでよ。あっちに綺麗な人も来てるし、お腹もすいたろ? そろそろパーティも始まる筈だしね」
フレイアは笑顔で笑い飛ばして両手を差し出す。
「きゃっ!」「わっ!」
右手にリト、左手に玖羅牟の手をしっかり握って、言葉通り会場の中央へと運ぶ。
自分より大きな玖羅牟も気にしないパワフルな天使の後姿を見送りつつ、セレナはふと首を傾げた。
指先確認、1、2、3‥‥?
「あれ? もう一方おいでと聞いていたのですが‥‥。しかも、準備の方々、また騒がしくていらっしゃいますわね」
「ホントだ。何かあったのかねえ〜っと、ほら、セレナ! 早く早く!」
「はい。今行きます!」
小走りに駆けて行く魔法少女は気付かない。
勿論、魔女も女神も妖弧も死神も、狼男も天使ですら。
「おい! また予告状が来たぞ!」
「会場内に警戒を指示。怪しいものが無いか確認するんだ!」
「まったく、参加料支払ってるんだから、まともに来いっちゅうに!」
そんなパーティ裏の騒ぎと、
「フフフフフフ、お楽しみはここからでござるよ!」
そんな怪しすぎる笑みを浮かべる見えない誰かの存在に。
○私から貴方へ
主催者の簡単な挨拶と乾杯の合図と共にパーティは始まった。
「うわ〜、すご〜い」
並べられた料理は温かで、バリエーションに飛んでいる。
まず目を引くのは鳥の丸焼きと、スペシャルハムの厚切り。
焼きたての肉の香りが食欲をそそる。
同じように香ばしい香りで食欲を刺激するのは秋の木の実がふんだんに混ぜられたパンと、焼き菓子。
今年獲れたてのリンゴもテーブルに詰まれ甘酸っぱい香りを放つ。
「ふむ、この季節だ。やはり、ものはリンゴか‥‥」
片手に具沢山のシチューの皿、片手には鳥の足。エールを席の横に置きイグニスは何かを物色しているようだ。
それが気になったのか玖羅牟は静かに声をかける。
「イグニス殿だったな? ‥‥何をしているか、聞いてもいいか?」
真剣な表情の玖羅牟にどう説明していいものか、とイグニスは頭を掻く。
「いや、なに‥‥ちょっと余興を考えていて、な」
真面目な瞳がさらに輝いた。表情にはあまり現れていないが、興味があると目が言っている。
「それは、楽しみだ。私は、はろうぃんや、この国のことには疎いいろいろ見られるのを楽しみにしてきたところがあるからな」
少し照れた様に笑うとイグニスはポンと手を打った。
「そうか。丁度いい。少し、頼みがあるのだが‥‥」
テーブルの端でそんな会話がされていた頃、反対側では少女達の幸せそうな声が上がる。
「このお菓子美味しいです♪ 甘くて、歯ごたえも良くて」
「本当。いくらでも口に入ってしまいそうですわ」
「この国の料理は香辛料が少ないけど‥‥なかなか美味しいわよね」
心から幸せそうな笑顔で無邪気に甘菓子を頬張る少女達と対照的に満は、結構真剣な眼差しだ。
「確かに味のバランスが良い。後で、料理法を‥‥」
「ああっ! もう、こんなところでまでそんな真面目な顔しないの! まあ、それも満らしいんだけどさ」
料理に夢中になると、思わず真剣になってしまう。膨れた顔をするフレイアに
「すまない」
謝罪する満の口に
「だが、料理人として‥‥!」
フレイアはスプーンを真っ直ぐ差し込んだ。勿論中身入り。
「熱っ! なんだ? フレイア。いきなり」
スプーンを抜き取った満は手近なアップルジュースを喉に流し込んだ。
「蕪のシチューだってさ。満の作ったやつのほうが美味しいと思ったから。また作っておくれよ」
ニッコリ。純白の天使の笑みに死神が勝てる筈は無い。
素直に白旗を掲げ満は、料理の皿を置いた。
彼がその皿が、いつの間にか消えていたことに気付くのは、その暫く後のことである。
「さて、では、いよいよ本日のメインイベント プレゼント交換に入りたいと思います」
宴もたけなわの頃、高く空を飛んだシフールが参加者達の注目を一心に集め、そう宣言した。
酒場の者達も手伝って運ばれてくる品々はそれぞれに、趣向を凝らしたラッピングがなされてまるで、冬に咲いた花のようだ。
「では、暫し皆様。目を閉じて下さいませ。ハロウィンの天使たちが皆様にプレゼントをお届けに参ります。何が届くかはどうぞお楽しみに」
参加者達は目を閉じる。
「いつも、プレゼント交換の瞬間はドキドキ、ワクワクしちゃうんですよ!」
リトが言っていた事が他の参加者にも実感できる。
やがて、それぞれの手にふわり、重みが授けられた。
「皆さんのところに、無事荷物は届きましたでしょうか? では、どうぞお受け取り下さい。皆様の天使からの贈り物を!」
瞳と共にプレゼントの包みを開く。
「わあ♪」「ほお!」
会場のあちこちで、幸せと、喜びの笑顔が花開いていた。
ネフティスの手に届いた品物は青と白の花のようだった。
手のひらに乗るくらいの小さなそれは、青と白の四角い布を互い違いに置いて青いリボンで結んである。
「何かしら‥‥あら!」
リボンを解いたネフティスに最初に届いたのは微かに甘い香木の香り。そして透き通った水晶の輝きだった。
自分の首から提げているものとは少しデザインが違う水晶のペンダント。
メッセージボードには端正な女性の筆でこう綴られている。
『清らかな光が貴方を護られますよう‥‥』
「ありがとう」
そして彼女は躊躇わずそのペンダントを首から提げる。二つの水晶の光が女神の胸でキラキラと輝いていた。
「なんだか、随分重いな」
「イグニス殿もか。心なしか、大きさや荷物の形も似ている気がしないか?」
イグニスと玖羅牟の手に届けられた重さは、ふわり、と言うよりずしり、だった。
手触りのいいシルクのスカーフで可愛らしく包まれた物はイグニスに、淡い緑の布とリボンで包まれた物は玖羅牟の手にある。
本当に二つの荷物は良く似ていた。
「どうせなら、一緒に開けてみるか?」
イグニスの誘いに玖羅牟は小さく頷き、リボンを解いた。結び目を外したイグニスは、それを見たとたんククと肩を揺らして笑い始める。
「俺には勿体無い品だな」
「これは‥‥植木鉢? ‥‥本当に私が貰ってしまっても?」
二つ並んだそれは、両方とも魔法の植木鉢だった。
「いい、と言うことだろうな。‥‥メッセージが付いてる。どうやら種もな」
目を瞬かせる玖羅牟に鉢の中に入っていた板と小さな包みをイグニスはほら、と拾い上げ、手の上に乗せた。
板はメッセージボード。
『どちらかお好きな種を植えて 棲家の窓辺の隅に置いてあげて下さい。
たっぷりの水と少しの愛情を忘れずに。
気持ちが疲れた時、緑が気持ちを癒してくれます様に‥‥』
支給でも配布でも、物々交換でもない心から、誰かの幸せを願って贈られた品。
玖羅牟の手の中で感じる重みはどうやら、鉢の物理的重みだけでは無さそうだった。
「良かったな。俺のは‥‥あのお嬢ちゃんからか」
メッセージボードを手の中で回しながら、イグニスは顔を上げる。向こうも気付いたのだろう。優雅な一礼をこちらに贈ってくれた。
「『貴方が幸せの花を咲かせることを祈って』か。満腹豆でも蒔いてみるかね?」
顔に浮かぶのは苦笑風味の笑み。だが、それは決して不快、ではないと、嬉しいの感情だと誰よりイグニスは解っていた。
薄桃色の可愛らしい包みを開いたセレナは
「まあ!」
という声と共に、頬を赤らめた。
「どうしたんだい‥‥おやあ♪」
彼女の手元を覗き込んだフレイアは、ニヤニヤとした笑みを浮かべる。半ば邪笑に近い。
「あの‥‥これは、私の記憶違いでなければどちらも恋を叶えるお守り、では無かったでしょうか?」
「そうだね。こっちはジャパンの能力者が書いたと言われるお札入りの恋愛成就のお守り、で、こっちはキューピッドタリスマンだね」
「やはりそうですか‥‥。メッセージは『貴方に幸あれ』。今は、まだ私には早いかもしれませんが、いつかこれに願いをかける日が来るかもしれません。大事にさせて頂きますわ」
そう言ってセレナは大事そうに、嬉しそうに二つのお守りをもう一度薄桃色の布に包んだ。
「‥‥だってさ。満」
少し離れた所から二人の様子を見ていた贈り主。満の横腹をフレイアは肘で突く。
「誰かの役に立つのであれば幸いだ。拙者には無用の品だったのでな」
「へえ〜。どうして?」
腕組みしたまま呟く満にフレイアは問う。
「入手した時には、もうすでに拙者の恋は叶っていたからだ」
「!」
何の躊躇いも無くそう答えた満の言葉に反応したフレイアの顔は、どうやら包みを受け取った時のセレナのそれよりも赤みを帯びていたようである。
「これは、誰からでしょう。こんなにたくさん‥‥」
リトはキョロキョロと贈り主を探して顔を前後左右に振る。
だが目に見えたところにいる人たちからの名乗り出は無い。
『恋せよ、おとめせっと♪』
と大きく書かれた布に包まれた品は、正直綺麗なラッピングとは言いかね、ほんの少しリトをがっかりさせた。
だが、中を開いてみれば刺繍入りハンカチーフに黒皮の首飾り。スターサンドボトルと美しい物が詰められていた。
しかも、淡く優しい香り袋の匂いが移って正しく乙女心をくすぐってくれる。
「こんなにたくさん、もらっていいのかなあ? どう思うアクア?」
「にゃ?」
仔猫は黒皮の首飾りの星にじゃれ付いて、話を聞いてくれない。
ため息をつきながらリトは一緒に入っていたメッセージボードをもう一度見つめた。
『はんけち で花の香りを包み、身に付ける銀の星は標。
今いる、これから出会う恋人達よ
貴方達に花々の祝福と星々の輝きのあらんことを』
贈り主の見えない贈り物。
だがそれ故リトにはまるで贈り主が、銀の星のように輝かしく思えた。
「素敵な贈り物、ありがとうございます。大事にしますね」
流れ星に捧げる願いのように、膝を折り、祈りを捧げる。
贈り主に声が届くと信じて。
そして
「ほお、これはこれは‥‥」
丁寧に包まれた布を開いた満は嬉しそうにその瓶を撫でた。
「へえ、シェリーキャンリーゼか。いいものだったじゃない」
ああ、と頷きながら満は一緒に添えられていたメッセージプレートをさりげなく隠した。
後手に片付けながら嬉しそうな妻に満は問う。
「そう言うフレイアは何だったんだ?」
「ん? あたしはこれ。いいだろう?」
握り締められた手の中から出てきたのは金の指輪。丁寧に包まれ磨き上げられた事が解る一品だ。
「ねえ。満。ちょい、指出して!」
「ん? なんだ? フレイア」
断るまもなく左手を捕まれ、前に引かれる。そして、満の指にすっと吸い込まれるように金の指輪が嵌った。
「これは?」
「やっぱり、満の方がピッタリだね。あたしにはちょっと大きくてさ」
「すまない。私の物だからやはり少し大きかったか」
頭を下げながらやってきた玖羅牟は、フレイアと満。そして、その指に嵌った金の指輪を眩しそうに見つめた。
「‥‥大切な者に指輪を贈るという気持ちを、少し‥‥味わってみたかったのだ‥‥。あっ、その、気にしないでくれ、不要なら捨てて貰って構わないから」
夫婦に渡って良かった、という思いと、少し寂しい気持ちが同時に玖羅牟の心に広がる。それがなんとなく解って、フレイアは、スッと指輪を満の指から抜いて自分の手に握り締めなおした。
「捨てたりしないよ。これは、大事な贈り物だからね。いつか、きっと役に立つときが来る。そんな気がするよ」
そして、微笑み手を差し伸べる。
「ありがとう! これを縁に、どうか友達になってくれるかな?」
「こちらこそ!」
二つの手はしっかりと強く握り締められた。
「あれ? あと一つ。プレゼントがあった筈なのですが〜」
どこに行ったのだろうと、係員は必死になって探す。テーブルの下、机の脇。あちらこちら。
「大事な預かり物を無くしたなんて言ったらシフール飛脚の信用が〜って、あれ?」
はらり。一枚の羊皮紙が地面に落ちる。
「何これ? 『受取書 ハロウィンプレゼント、確かに受け取ったでござる byゲンちゃん』???」
首を傾げるシフールは、大きな包みを抱えた怪しい影が見つめていた事に、気付かなかった。
幸か不幸か‥‥。
○夢の一夜
ピンと音がしそうな張り詰めた空気の中。
カラン、足元にヘルムが落ちる音がした。服の袖をまくり、イグニスがナイフを強く握り締める。
「こちらの準備はいつでもOKだ。玖羅牟!」
テーブルが脇に寄せられ少し広くなった酒場の板の間に膝を付く。その呼吸を確かめて
「‥‥行くよ! えいっ!」
玖羅牟は持っていたリンゴを高く、天井に向けて投げ上げた。その数は三つ。
そして、そのリンゴと同じ数だけイグニスの手から風の如き、衝撃が飛んだ。
シュン! シュンシュン!
「わっ!」
音と共に割れたリンゴが天井から参加者達の頭上に落ちてくる。半分ずつのリンゴが、いくつかは床へ、いくつかは参加者の手のひらへ落ちる。
「ふむ、落ちてから割れれば絵になるのだが、まだまだ修行が足りないか」
「いえ、とても素晴らしい技ですわ。感動いたしました」
セレナは手にしたリンゴを見つめ、心からの思いでそう言った。
「そうか‥‥」
少し照れたように笑うとイグニスは助手を務めてくれた玖羅牟に礼を言ってヘルムを拾い、頭に被りなおした。
プレゼント交換も終わったパーティ終盤、冒険者達が余興を申し出ていた。
大切な時間をもう少し、楽しい思い出で彩ろうという思いを、断る理由などどこにも無い。
かくてテーブルは避けられ作られた特設ステージで、ささやかな出し物が繰り広げられる事になったのだ。
まずは軽業師イグニスの名演技。割れんばかりの拍手が鳴り響く。
「次は、私でいいのでしょうか?」
おずおずと、前に進み出るリトの背中に
「ねえねえ。貴女の歌に私も合わせて踊ってもいいかしら」
ネフティスは抱きついた。
「わっ! それは、いいんですけど‥‥私、それほど上手って訳でも‥‥」
「そんなことないない。さっき少し口ずさんでいるの聞いたもの。とっても上手だったから‥‥ね?」
鈴の音と、優しい笑顔にはい、とリトは頷く。
「解りました。よろしくお願いします」
下げられたリトの頭に、正確には耳にネフティスはそっと囁く。
「あ、でも、その前にちょっと待ってね。さっき準備してきたの。今、面白いもの呼ぶから。驚きすぎないで驚いて?」
「はい?」
「さあて、みなさん。これから私のお友達を呼びま〜す。驚かないで下さいね〜。さあ『静かに扉を開けろ!』」
「キャアア!」
驚かないで、と人にいうのは驚けという意味でもある。そのとおり、ネフティスの言葉に答えるように開いた扉、そしてその向こうから現れたものにリトや、シフールたちは驚きの悲鳴を上げた。
そこにいるのは、白い布を被った『お化け』
「大丈夫〜。気のいい子だからからね。『ゆっくり中に入れ』」
剣を構えかけたイグニスや満の前をゆっくりとその『お化け』は入っていく
やがて、会場の中央『止まれ』の命令を受けて止まった『お化け』の被っていた布をネフティスは強く引いて投げ上げた。
そこに立つのはゴーレムだった。
めったに見れない存在の登場に驚く参加者達をしてやったりと、見つめるネフティス。
「楽しんで貰えた? ホントはあの子とも踊りたいんだけど、流石にそこまでは無理だから、これくらいで。‥‥じゃあ、リトさん、お願いしますね」
「えっ? は、はい!」
ある意味、心の準備ができておらず、一番今の余興にビックリしていたリトだったが、ネフティスの声と笑顔に思わず返事をしてしまう。
そんな、自分自身に驚いたのか、くすくすと微笑んで、今度はリトは自分から前に出た。
よろしくお願いします。と頭を下げて酒場の楽師に、メロディーを指示する。
紡ぎだされる歌は、心からの思い。楽しかった夜に捧げる歌が酒場に流れていく。
「‥‥人も妖精も夜明かし仲良し
手を繋いで踊ろう歌おう
不思議な扉が開かれる
今宵一夜の夢幻〜♪」
楽しげなリトの歌声に踊るネフティスは、やがて手拍子を取って見る者達を踊りへと巻き込んでいく。
広がるリズム、楽しい笑い声。
ハロウィンの夜は、賑やかに楽しく更けていった。
○忘れられないハロウィンナイト
まだ、酒場の中は笑い声と喧騒に包まれている。
そんな中から静かに抜け出した二人は小さな石の上に並んで腰を下ろした。
「フレイア。飲まぬか?」
受け取ったカップにはシェリーキャンリーゼが静かに注がれた。さっき貰ったものかとフレイアは思う。
小さく笑ってカップを上げる。
「ありがと。満。じゃあ、乾杯でもしよっか」
仮面を脱ぎ、鎌を下ろした姿はもう死神ではない。もう直ぐ日も変わる。ハロウィンの夜、この夢のような時ももう直ぐ終わりだ。
コン!
カップを合わせ、銘酒をそっと喉に通す。
そして、カップを石の上に置くと、満は服の物入れの中、さっき隠したメッセージ板をそっと握り締めた。
それにはこう書いてあった。
『かがり火照らす街で、甘い夜を』
満はそっとフレイアの手を取った。
「ハロウィンの天使よ。一つ願い事を聞いて欲しい。来年も再来年も‥‥ずっと、一緒にこうしていられるように‥‥よろしくお願い致す」
手に感じる、暖かいぬくもり。フレイアは静かに白い腕を広げ、満の肩を抱きしめる。
「その願いは、きっと叶う。いや、叶えて見せよう。必ず」
天使の祝福に満は、心からの幸せと誓いを強く、深く、噛み締めていた。
会場の片隅で、セレナは一枚の羊皮紙を見つめていた。マギー・フランシスカから預かった兄からの手紙だ。
何度も読み返したせいだろうか?何故だかにじんで見えている。
目元を擦り、セレナは手紙を握り締めた。
「お兄様‥‥どうせなら今すぐにでも会って下されば良かったのに。もう誰もお兄様を責めたりしていませんわ」
‥‥まだ自分は未熟で、真実の力を身につけてはいない。その日が来たら、胸を張って会いに行く。家族の幸せを心から願っていると。
手紙には彼の心からの思いが篭っているのが解る。
だから、セレナは祈る。ハロウィンという夜に魔法があるなら、天使よ。願いを叶えたまえと。
「お兄様が、どうかご無事でありますように」
‥‥と。
少女達の歌声を肴に、鮮やかな笑顔をつまみにイグニスは静かに酒を飲む。
祭りの夜の酒は旨い。
それは、人々の心が輝いているからだと、彼は解っている。眩しく、美しく、尊い。
「こうしていると自然と思えるな。この人々の暮らしを守りたい、と」
誰にいう必要も無いが、こういう時、自分に確認する。
自分の冒険者としての根底を確認し、自覚すればきっとまた明日から、戦えるから‥‥。
誰が置いたか、酒場の隅っこに用意されたアップルボビング。
貴族に人気と言うこの占いゲーム、しかし今日はあまり使用者は多くなかった。
恋人募集中の少女達が多かったからであろう。今更。と言う夫婦の参加もその理由の一つだ。
だが!
「もったいね〜!」
突然桶の水が揺れ、ざわりと湧き立った。
桶の横から立ち上がるは葉霧幻蔵(ea5683)。
いやいや頭部カモメの被り物に般若面。 身体はホークウィングにまるごとメリーさん。
右腕に魔法少女の枝、左腕に銀のトレイを装備して立ち上がったのは伝説のスキュラやミノタウロスさえはだしで逃げ出しかねない恐怖の着ぐるみ怪人。
「使って貰えなかった道具は七代祟ると言われているでござる。食べ物で遊んだり、粗末にしたりしてはいけないでござるよ!」
「ひええっ! 何あれ! こ、怖くは無いけど、なんだか恐い〜」
「あれは‥‥幻蔵‥‥さん?」
ネフティスは思わず踊りを止めた、リトの腕にしがみついた。
リトは彼の奇行に少しは慣れているが、どうやら年々グレードアップの傾向にある彼の『仮装』には流石に言葉も出ない。
思わずどん引く人々の静寂を、喝采と受け取ったのか、ひらり空中一回転して彼は、舞台の中央に立つ。
「今度は、ゲンちゃんの歌謡ショウ! 聞かないとお仕置きしちゃうぞ♪」
バッチン!
「キャア!」
ラブパワー全開のウインクが空を飛ぶ。
外見からはギャップありまくりの可愛らしい声に文字通り『悩殺』されてすでに何人かの犠牲者も出て来ているらしい。
「いかに怪物の仮装許可でも、これ以上の勝手はお止め頂きたい」
「非常線を張れ! 応援要請を! 絶対に逃がすな!!」
「残念でした〜。ここまでおいで〜でござる」
椅子を飛び越え、机を乗り越え、重い着ぐるみを来ているとは思えぬ身軽さで、逃げる幻蔵。
ハロウィンパーティ最後の余興は、どうやら幻蔵vsスタッフシフールの追いかけっことなったようだ。
「どちらを応援したらいいのかねえ〜」
「さ〜てな」
酒を交わしながら、冒険者達はその様子を生暖かく見守る。
いつしか、酒場の客まで輪の中に加わってどっちが勝つか、逃げ切るか、賭けをしているとかしていないとか‥‥。
「いいな。こう言うの。こういう楽しさこそイギリスだ」
「パーティの名物になりつつありますね。実は私も結構好きですよ」
「はろうぃんとは、こういうものなのか?」
笑いすぎの目元を擦りながら見守るイグニスにリト、悩んだ顔で玖羅牟は問うが笑顔が返るだけ。
答えは、パーティが終了まで得られることはなかったけれど、楽しいからいいっか、と玖羅牟は小さく微笑んだ。
とにかく、そんなこんなで今年のハロウィンナイトも暮れて行く。
今日の楽しさを活力に、昨夜の決意を、明日に向かう自分へ勇気に変えて‥‥。
‥‥また明日、自分の道を歩き続けるために。