【ハロウィン】精霊の宝物

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:7〜13lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 27 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月01日〜11月04日

リプレイ公開日:2006年11月09日

●オープニング

「街はハロウィンの準備で忙しそうですね。‥‥これでいいのです」
 白の装束を身に纏った金髪の少女は、王宮からキャメロットの街を見下ろしていた。
 アーサー王は先の一件ですっかり威厳を失っており、塞ぎ込んだまま。
 街では例の噂が広がっており、信憑性をもたないものまで流れようとしていた。
 不穏な空気を払うべく、ハロウィンをキャメロットで開催する事を提案したのは、ここにいるマーリンである。
 ――10月31日。
 ハロウィンは、もともとケルトの祭「サムヘイン」と融合された形といわれている。サムヘインは11月1日に祝され、人々は先祖の魂や精霊達を迎えるために仮面をつけ、かがり火をたくのだそうだ。ジャパンで例えればお盆のようなものらしい。かぶの中に火を灯すして、彷徨う魂たちをかがり火に呼び寄せるのだ。それがジャック・オ・ランタンと呼ばれる習慣である。
 この祝祭では、モンスターの扮装をした子供達が『Trick or treat』=ごちそうしないといらずらするぞ=といって夕食をねだって各家を訪問するのだ。 
 この夜のみキャメロットでもモンスターの仮装を許されており、民家の戸を叩いては子供達がお菓子をねだって歩き回る微笑ましい光景があちこちで見掛けられ、貴婦人達はこぞってアップルボビングで恋占いに喜怒哀楽を浮かべるに違いない。
 アップルボビングとは、大きな桶の中に水をはり、そこに思いを寄せている人の名前を彫り込んだりんごを数個浮かせた後、お目当てのりんごを口でくわえてとる恋占いのようなものである。
 見事1回で取る事が出来たならその恋は成就し、3回・4回と取れなかった場合、恋は終わってしまうという事を暗示している。
 街はジャック・オ・ランタンのかがり火のみに照らされ、幻想的な雰囲気になるであろう。
「アーサーには刻が来たら話しましょう。今はまだ‥‥!?」
 少女の瞳が驚愕の色を浮かべて見開かれた。意識は空を、森を、湖を駆け巡る。
「‥‥妖精が騒いでいるのですか?」
 イギリスでは10月31日に妖精が旅に出る日とされており、このとき妖精は邪悪な性質を帯び、魔物を伴って野山を暴れまわるといわれている。
「今年も妖精たちが悪戯をする前に捕まえなければなりませんね」
 マーリンは感じ取った事柄を予言として王宮の騎士に告げ、悪戯をする前に妖精を捕まえるよう、冒険者ギルドへ向かわせた。

 仕事帰りの若いその騎士は、時折下町を歩くのを楽しみにしていた。
「どうだい? パーシ様。今日はね、パンがいつにも増していい色に焼きあがったんだ。安くしておくから持っていかないかね?」
「ほお。旨そうだな。一つ貰おうか?」
「はい。まいど!」
 気さくな騎士に、街の者達も気軽に声をかける。
 彼の身分を知っているものも、知らない者も。
 誰にでも彼は、笑顔で答えてくれる。だから、皆に彼は好かれていた。
「りんごはいらんかね。今年最初の採れたてりんごだよ」
「教会にでも持って行ってやろうかな? ‥‥また暫くかまってやれなくなりそうだし」
 赤いりんごの入ったかごを手に持ち、一つ手で弄びながら歩く彼は
「ねえ、騎士様」
 ふと、マントを引っ張る小さな手に気付いた。
「どうしたんだ? 何か用なのか?」
 膝を折り、目線を合わせる。
 年のころは10歳、というところだろうか? 
 娘を思わせる少女を緑の瞳で見つめる。少女はその暖かい眼差しに安心したのか。
「うん、あの‥‥」
 彼を呼び止めた理由を話し始めた。


 騎士は、冒険者ギルドの扉を慣れた手つきで開いて入ってきた。
「パーシ卿。何かご依頼ですか?」
 係員も慣れた口調で問いかける。
 今日の彼は平服。ということはプライベートな依頼、なのだろうか?
「いや、今日は俺じゃない。俺は、単なる道案内と仲介を頼まれたんだ。‥‥ファルナ」
「はい」
 騎士に促された少女ファルナは、小さく頷いて前に出る。
「私の友達が、この街を襲いに来るかもしれないの。止めて下さい」
「友達が? どういうことだ?」
「この街の近くの森に、小さな祠があるの。古くて、草木に隠れちゃうくらいの小さな祠。そこに私が小さい頃からの友達がいるんです」
 少女の話を要約すると、その小さな祠を守る存在だと云うものと彼女は友達だった。
 だが
「少し、前なんですけど、祠が壊されて、中に収められていたはずの宝物が無くなっていたんです。それ以来彼は姿を現してくれなくなって‥‥」
 森を、いくら探しても彼は見つからない。
 その宝物を探しているのでは無いかと思った矢先
「ハロウィンの特別な魔法の品、としてある商人がそれを店に並べているのを見たのだという。俺も見たが1000Gとかいう法外な値段がつけられていた。まあ真球の、虹色に光る宝玉で、美しく希少な品だ、法外とも言い切れないかもしれんが‥‥」
「きっと、私のせいなんです。私が‥‥家族に友達と宝石の事を話したから。その話を、お客に来ていたあの商人のおじさんが聞いてたから‥‥」
 いなくなった彼は、きっと宝石を取り戻そうとするだろう。
 キャメロットにやってきて、商人の家で暴れるかもしれない。
 そしたら、街も、妖精も商人も大変な危険なことにになってしまう。
「でも、彼がどこにいるのか。どうやったら止められるのか解りません。だから、どうか、お願いします」
 妖精が悪戯をして、捕まる前に止めてください。
 彼女はそう言って去っていった。
 妖精の姿は小さな、パラくらいの大きさ。背の丈は彼女と同じくらいというのだから1m強というところだろうか?
 小回りの効く姿で動かれたら大変だなあ、などと思いつつ
「で、パーシ卿。なんであんたが彼女の依頼の手助けを?」
 受理した依頼書を貼り出しながら係員は、横に佇む円卓の騎士に問うた。
「理由は二つある。一つは王が塞ぎこんでいるのでな。このままでは国全体が暗くなってしまう。近いうちに動かなければならなくなるのだろうが‥‥今は少しでもハロウィンを盛り上げよ、というのがマーリン様の命なのだ。そしてもう一つ、それがマーリン様の予言なのだ」
「予言?」
 係員の問いにパーシは真面目に答える。国を憂うる円卓の騎士の顔で。
「ハロウィンの夜。妖精たちが邪性を纏い人々に悪戯を仕掛けるだろう。妖精達が悪さをする前に、妖精たちを守るためにも、冒険者に依頼を出せと‥‥な」
 ハロウィンの祭りの中、とはいえ、彼にのんびりしている暇は無い。
 祭りが開ければ、イギリスの今後をかけた戦いに望まなくてはならないだろう。
 不穏な空気漂うキャメロット。だからこそ
「だからこそだ。冒険者。せめてハロウィンの夜位、子供達の笑顔を曇らせたくは無い。そう思わないか?」 パーシの笑みは切ないほどに優しかった。

『ともだち‥‥おもっていた‥‥の‥‥に』
 草を踏みながら、その足はゆっくりと確実に前に進む。
 森を出て、守るべき宝の匂いをかぎつけて。
 ずん!
 大地が揺れる。
 足元にじゃれていたウサギは空から降ってきた雫をとっさに避けた。
 見上げるような大男の目元から落ちた水だと、ウサギは気が付くまい。
 悲しみと、悔しさ。恨みと憎しみ。
 本人にさえ止められない黒い思いを抱いて、彼は静かに足を向けた。
 キャメロットへと。
 自らが守るべき、宝物を追いかけて。

●今回の参加者

 ea3179 ユイス・アーヴァイン(40歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea7984 シャンピニオン・エウレカ(19歳・♀・僧侶・シフール・インドゥーラ国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb3776 クロック・ランベリー(42歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3862 クリステル・シャルダン(21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

クル・リリン(ea8121

●リプレイ本文

○ハロウィンの来訪者
 にぎやかなハロウィンの街中に背を向けて、森を見つめる小さな影が一つ。
「本当にここで大丈夫かなあ? ワケギちゃん、信じてるよ〜」
 シャンピニオン・エウレカ(ea7984)は呟きながら後ろを見る。
 今回は人手が足りない。仲間達が駆けつけてくれるまで、なんとかここで持ちこたえなくては。
「妖精さんの“本気の悪戯”なんて、どーなるか想像するのもコワいよねぇ‥‥。みんな〜。早く来てよ〜」
 声は微かに震えるが、逃げ出すつもりは無い。
「今のとこ証拠は薄いけど、宝は勝手に持ち出されたものだし、どうにかして返してもらわなきゃね? 妖精さんを退治なんて絶対させるわけにいかないし!」
 手にぐっと力を込める。その時
 ずしん、ずしん!
「わっ! 来た?」
 空気の揺れる音と、地面の響きが届く。
 木陰からそっとシャンピニオンはその響きの方を覗き込んで、唾を飲み込んだ。
「ふみ〜。あれのどこが1mなの〜」
 思わず涙目、涙声。
「でも‥‥ってことはワケギちゃんの言ってた事が正しかったってことだね。でも‥‥どーしよー」
『彼』は街に向かって確実に歩を進めている。このまま行けば夜には街に入ってしまうだろう。
「このままだと‥‥。ええい! 仕方ない!」
 覚悟を決めたように、声を上げて。
 近づいてくる大男の前に
「待って! スプーちゃん!」
 両手を広げシャンピニオンは立ちはだかった。

 逆にこちらは祭りにざわめくキャメロットの街中。
「まあ、これは‥‥!」
 彼女はその店の中央に恭しく飾られたものに目を留め、声を上げた。
「それに目を留められるとはお目が高い。その石は森の奥深くで眠り続けた伝説の宝で、今回ハロウィンに合わせて特別に公開を‥‥」
 戦士を伴っている金の髪も美しい娘。肩に止まるエレメンタラーフェアリーも可愛らしい。
 彼女を上客と見たのか、手をすり合わせ寄ってくる商人の言葉を聞いて、彼女は大きなため息をついた。
「伝説の? あなたは、この虹色の宝玉の正体をご承知ではありませんのね」
「は?」
 あっけに取られた顔でその商人は、目の前の客を見つめる。
 クリステル・シャルダン(eb3862)と名乗った客は、一緒に来た戦士をクロック・ランベリー(eb3776)、肩のエレメンタラーフェアリーをレイと紹介して、もう一度商人に話しかけた。
「私達は知っておりますのよ。この宝玉が一体何かも、本当は誰のものかも‥‥」
 ぎくりと、走った思いをポーカーフェイスに隠す商人。
 クリステルはクロックに目配せをしながら静かに言葉を紡いだのだった。
「これは‥‥」

○卵強奪? 作戦
「これは、妖精さんの卵ですわ」
 クリステルが告げたのだろう。
 商人の驚愕が店の外にまで伝わってくる。
「けどぉ〜、う〜ん、どうやら素直に返してはくれなさそうですねぇ〜」
 外から店の様子を伺っていたユイス・アーヴァイン(ea3179)は、はあ、とため息をつく。
 一筋縄ではいきそうにないのは店に来た時から薄々解っていた。
 悪徳商人、とまではいかないがどうやらこの店はどうも空気がよろしくない。
 彼流に言うなら風が澱んでいるというところだろうか?
 ふと、ユイスは扉が開いたのに気付いた。
 そしてしょんぼりとした顔で出てくるクリステル達を出迎える。
「お疲れ様です〜。首尾よくは行かなかったようですね〜」
 頭を下げるクリステルの声は小さい。
「はい。すみませんでした。お役に立てなかったようで‥‥。宝石ではなく妖精の卵と言う珍しいものならなおのこと手放せないと言われてしまいました」
「なかなか強欲な御仁だ。宝石が欲しかったら金を出せ、ということだ。しかもこちらの足元を見たような感じがあるな。だから、気にする必要は無い」
 ぽん、とクロックはクリステルの背中を慰めるように叩く。
 半ば予想していた事だったので、ユイスはそれほど困った顔はしていない。
 ならば、遠慮なく第二の手段に出れるというものだ。
「お二方〜、もしできたらもう一度店に入って交渉してもらいたいんですけど〜」
「えっ?」「どうして?」
 笑って懐からスクロールを取り出すユイス。
「ちょっと強硬な手段ですけれど〜こうなったら仕方ありませんよね〜。上手く宝物を返してもらえたら、出来るだけ早く外に出るようにして下さい〜」
 時間もあんまりありませんしねえ〜。
 ニッコリと笑う彼と広げられた巻物を見て、二人は躊躇いながらも頷いて、出てきたばかりの店に戻っていった。
 ‥‥そして数刻後。
「返してもらいました。後は急いだ方がいいんですね?」
「ええ、早く逃げましょ〜」
「急げ。あの様子だと、気が変わったら直ぐに追いかけて来るぞ」
 宝玉を抱きしめて、駆けるクリステル。彼女を庇うようにユイスと、クロックが後ろに付いた。
 彼らが走り出し、店の角を曲がった直後。店の扉が音を立てて開く。
 店主は飛び出しキョロキョロと店の前の通りで誰かを探す。
「くそっ! なんで俺はあんなことをしたんだ?」
 と心から悔しそうに。
「待て〜! 泥棒〜! 宝石を返せ〜!」
 従業員達が店主の声に従い、後を追う。
 物陰から見つめる瞳に、気づく事も無く。

○真実の宝物
 ワケギ・ハルハラ(ea9957)は足を止めた。
 後ろから懸命に追いかける少女を気遣い振り返って。
「大丈夫ですか? 『彼』が待っています。あと少しですよ」
「はい。がんばります」
 息を整えて、少女はまた走り出す。ワケギも後を追った。
『彼』の足止めは絶対に必要だが、今回は人手が足りなかった。
 調査、奪取に手をとられたとはいえ、足止めがシャンピニオン一人と言うのは、やや心もとない。
 だからこそ、急がねばとワケギは走る。依頼人ファルナをつれて。
 本当の意味で『彼』を説得できるのは、おそらくファルナだけであろうから‥‥。 

 〜♪〜〜♪♪〜〜♪〜

「ん?」
「歌が!」
 走りながら二人は顔を見合わせた。進行方向から歌声が聞こえる。
 バードの奏でる呪歌ではない。魔法を帯びていない、ごく普通の歌。
 楽器の伴奏も無く、ひたむきな思いがメロディに乗っているだけだ。
 だが、だからこそその歌は心に染みるとワケギは思う。彼にはその歌声の主が誰かも、歌が誰に向けられたものかも解っている。
「シャンピニオンさん!」
「二人とも来てくれたんだね〜。待ってたよ〜! やっぱりちょっと怖かった〜」
 歌を止め、シャンピニオンはワケギの胸元に飛び込んでくる。
「ご苦労様です。でも、やっぱり‥‥スプリガン、だったんですね」
 シャンピニオンの背中を撫でつつ、ワケギは彼女が歌を歌ってあげていた大男を見る。
 彼、妖精スプリガンは歌声に、閉じられていた目を開け、立ち上がり‥‥声を上げた。
 彼の視線は
「オブ!」
 そう呼びかける少女へ。
『ふぁ‥‥ルナ‥‥』
 少女を見つめる妖精。その瞳にはシャンピニオンの歌で、一時忘れられた感情が戻ってくる
『たから‥‥もの‥‥なくな‥‥った。やくそ‥‥く、や‥‥ぶった。ゆるせな‥‥い。ともだち‥‥おもってた‥‥に』
 握りこぶしが上がる。
「危ない!」
「飛炎」
 声を上げるより早く小さな妖精が飛んだ。手はまだ振り下ろされてはいない。
「やめて! お友達の話をきいて!」
 眼前で言うエレメンタラーフェアリー。その下にはオブを真っ直ぐ見つめるファルナがいる。
「とも‥‥だち?」
「オブ。ごめんね。ないしょって約束したのに。宝物のこと、お母さんにお話しちゃって‥‥、だから宝物盗まれて‥‥私が悪いの‥‥。本当にごめんなさい」
 瞳には涙が溢れている。
『ふぁ‥‥るな』
「ねえ、さっき言ったよね。スプ‥‥いえ、オブちゃん。信じてあげてって。小さな頃からずっと友達だった子が、妖精さんの事を裏切ったり騙したりすることなんて無いから絶対!」 
「僕達は、ファルナさんから依頼を受けてここにいます。彼女は宝物を取り返して、って僕達に依頼に来たのですよ」
「‥‥オブ。冒険者さんたちだけでも‥‥信じてもう少し待って!」
 おねがい。ファルナは手を前に組んで‥‥スプリガン、オブを見つめた。
 いつの間にか手は降りている。
「‥‥わかっ‥‥た。待つ」
「ありがとう!」
 輝くような笑顔のファルナを、スプリガンは見つめ、恥ずかしげに顔を背けた。 

 そして夕暮れ。
「はあ〜。お待たせ〜しました〜」
 街に行った冒険者達がやってきた。
「まったく、しつこい奴らだ。撒くのに随分かかってしまった」
 振り返りクロックは小さく毒づく。幸い後ろに気配は無い。
 呼吸を整え、背筋を伸ばすとクリステルはファルナの側に行き、布に包んで大事に胸に抱いていた『宝物』を
「貴女から返して差し上げてください」
 とそっと渡した。ファルナはそれを受け取ると一度だけ強く抱きしめて、振り返る。
 そこには、大事な友達。
「はい。‥‥オブの宝物。とっても綺麗ね」
 布にスプリガンの手が伸びる。
 そして、布と包まれた『宝物』を手にした瞬間。
「わっ!」
 見上げるような大男だった彼は、少女よりも小さい少年に変わって大事そうに『宝物』を抱きしめる。
「帰ってきた‥‥。僕の‥‥宝物。僕の‥‥希望」
「貴方が人間に対して怒りを感じるのも当然ですわ。けれど、どうかこの子まで一緒にしないであげてください。私達を‥‥とは申しません。でも貴方の事を大切な友人だと思っているこの子だけは‥‥」
 クリステルは静かに語る。彼は答えない。
「宝物も大事ですが、それより大事なことを、忘れないで下さい。宝物を守る貴方、だからこそ」
 ‥‥彼は答えない。
 だが微かに首が動いた。小さく前に。
 それを冒険者達は笑顔で見届けたのだった。

○ハロウィン・ナイトの夢
「これで一件落着、とはいかないだろうな」
 場が落ち着いたのを確かめて、クロックは息を吐き出し、肩を落とした。
「あ〜? あの商人さんですかぁ〜。やっぱり諦めてはくれませんかねえ〜」
「無理だと思いますわ。半ば強奪ですもの。下手をしたらもう一度オブさんの祠を狙ってくるくらいのことはしてくるかも。お引越しなどそうそうできませんでしょう?」
 クリステルの口からもため息が漏れる。
 もう一つ残ったあの商人への対処。
 事情を聞いたワケギとシャンピニオンも腕組みをして考える。
 空を仰ぐ。月も昇ったハロウィンの夜。
「う〜ん。一つだけ、今しか出来ない手があります。やってみませんか?」
 ワケギの言葉に冒険者達は首を傾げる。スプリガンもファルナもだ。
 やがて‥‥
「いいねえ〜。それやろう! 僕もさあ、あのおじさんにちょっとやってやりたいことがあるんだ〜」
「ハロウィンの夢と、今なら思ってもらえるかもしれませんね」
「ああいう商人さんには心を入れ替えてもらった方が、世のため人の為ですから〜」
 クロックは前を行く楽しげな仲間達を追いかけていく。
「大丈夫だろうか」
 と息を吐き出しながら。

 ハロウィンの夜、街はますます人が増え、賑わいを増している。
 だがこの店だけは扉を堅く閉ざし、楽しさとは無縁の様子。
「まったく! せっかく手に入れた宝を奪われるなんて。必ず取り戻して‥‥ん? なんだ?」
 手を握り締めた店の主は外からの気配に、顔を上げた。
 トントン。窓を叩く音。
「誰だ! 今日はもう店を閉めたし取り込み中だ、帰れ帰れ!」
 だが、扉を叩く音は止まない。
 トントン、とんとん。トントントン、とんとんとん‥‥。
「だああ! 煩い! 帰れと言ってるだろう‥‥が‥‥?」
 蹴り飛ばすように開けた扉の前にいる者に商人は目を瞬かせる。
 仮装‥‥だろうか。蕪頭の被り物を被り、ローブを纏った小さな子供が一人立っている。
「とりっく・おあ・とりーと〜」
 商人に何かよこせというように子供は手を前に差し出している。
「お菓子なんぞ、この店にはない! とっととよそへ行け!」
 無視して振り返り扉を閉めようとする。だが‥‥
「僕の‥‥宝物‥‥返せ‥‥どろぼう」
「ん?」
 宝の言葉に反応した商人は後ろを振り向く。と同時に
「ひえっ!」
 微かに声を上げた。そこにはさっきまで子供だった蕪頭が、自分より遥かに大きくなって立っているのだ。
 そして‥‥また蕪頭は商人に向けて手を差し出す。
「宝物、返せ‥‥返さないと、もっと‥‥大きくなってやるぞ‥‥」
「ぎゃああ!!」
 蕪頭の手が商人に触れる前に、商人はバタン、地面に倒れた。
「あれ? 目を回しちゃったよ〜。これからが本番なのに〜」
 なんで? と首を捻るシャンピニオンに、ユイスはニッコリと笑ってスクロールをしまった。
「きっと怖いものでも見たんですよ〜。これで少しは心を入れ替えてくれるといいんですけどねぇ〜」
 静かに部屋に入り、クロックは倒れた商人を店の奥に寝かせる。
「あ、ちょっと待って。ついでに!」
 シャンピニオンは部屋に入り、なにやら商人の顔に向けてがさごそ。
「終わりっ! 後は万が一にもこの人がおっかけてこないように、人ごみに紛れちゃお!」
 出てきたシャンピニオンの言葉通り、冒険者達はそのままハロウィンの夜に足を向ける。
「‥‥こんな人を脅すような奪還手段は今回だけにしておけ。魔法は使い方を考えないと、魔法使いが、冒険者が誤解されるぞ」
「はい〜?」
 闇に紛れ、道の角を曲がる寸前、そんな囁きを聞いた様な気がして、ユイスは足を止めた。
 彼らとすれ違いに角を曲がった人影はもう見えない。
「行きましょう。ユイスさん!」
「あ〜。はい〜。解りましたよ〜」
 目の端に過ぎった金の光を言葉と一緒にそっと心にしまって、ユイスは仲間と共にハロウィンの夜に消えたのだった。

 その後、暫く警戒したが幸い商人が『宝石』奪還に動く様子は無かった。
 今までよりは少し、真面目な商売をするようになったらしい、という噂に冒険者達はホッと胸をなでおろす。
 そして妖精からのお礼の品を弄びながら、仲良く過ごす子供達を眩しげに見つめるのだ。
「とても、こうして見ると可愛い妖精さんですね。妖精や精霊は純粋であるだけに、怒らせると怖いのでしょうが、優しく接すればとても素敵な友達になってくれますわ。私達のように‥‥」
 肩口で踊る自分の大事なフェアリーと目を合わせてクリステルは笑う。
「純粋であるコトと不純であるコト、どちらにも一概に善い、悪いのラベルを貼るコトは出来ないんですよね〜」 
「だからこそ、僕達は彼らが大事な隣人であれるように、見守っていかないといけないんです。きっと‥‥」
 
 未知との出会いは、ハロウィンの夜だけのものではない。
 いつでも、どこででも待っている。
 心を変える出会いは宝石よりも大事な宝物。
 願わくば、あの商人にもこの夜の事がいつか宝物となるように
 そして彼らの笑顔がいつまでも輝くように。
 眩しい太陽と笑顔。
 そして七色の宝石を見つめながら冒険者達はそう心から思っていた。