【フェアリーキャッツ】猫の消えた街
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■ショートシナリオ&
コミックリプレイ プロモート
担当:夢村円
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 52 C
参加人数:4人
サポート参加人数:1人
冒険期間:11月19日〜11月24日
リプレイ公開日:2006年11月27日
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●オープニング
銀の猫は空を仰ぐ。
町に流れる、不思議な気配を感じ取るかのように。
それは、決して邪悪なものではない。
だが、密やかに、甘く、彼らを蝕む毒。
‥‥地面に舞い降りる。
そして歩き出す。
彼の為すべきことを、為す為に‥‥。
最近、街角に野良猫の姿を見なくなった。
仕事に来る途中、彼はそんなことを思った。
前は、酒場の裏口や、ゴミ捨て場などに猫たちの姿を普通に見ることができたのに、最近はこの近辺では探そうと思わないとなかなか見つけられない。
「野良猫ってのは、いればいたで、迷惑も多いんだがいざ見かけないと寂しいもんだな‥‥ん?」
な〜んだ、と彼は思う。
路地をトコトコと歩く猫がいる。
白い毛並みに青い目。なかなか美猫だ。
けっこう見ないだけでいるものなのかもしれない。
「黒害虫なんて、一匹見ればその数倍は、なんていうもんな。‥‥おや?」
猫とすれ違うように道を歩いてきた彼と、すれ違った人物がいる。
珍しいあの服装は和装だろうか?
まあ、冒険者ギルドで和装の冒険者などは見慣れているが、それでもこの辺で普通の、しかもおっさんに分類される男が和服などとは珍しい。
しかも右手に袋。左手にはなにやら細い棒のようなもの。
両手や顔に、たくさんの引っかき傷‥‥!?
気になって振り返る。そこには何もいない。誰もいない。
猫も。人も。
道の角でも曲がったのだろう、と無理に言い聞かせる。
なんとなく、嫌な予感はしたのだけれど‥‥。
「あのね、このところタビーがきてくれないの。まえはね、まいにちくらいにきてくれていたのに」
カウンターに背伸びして、一生懸命話そうとする小さな依頼人が来たのは、その日の夕方の事だった。
彼女の名はサニー。資産家の娘で、野良猫探しの依頼を、冒険者ギルドに持ってきたことがある子で彼も顔を覚えている。
ちなみにタビーというのは、その野良猫にこの子が付けた名前なのだろう。
「今日は、おじょうちゃん。一人できたのかい?」
「うん! じゃなかった。ううん」
よく解らない返事をする。聞いてみれば世話係の目を盗んでこっそりやってきたという。
「だって、シーラはのらねこなんて! っておこるんだもん。さがしてなんていえないし」
「よく迷子にならずに来れたね」
「大きいねこさんが、あんないしてくれた!」
「おおきいねこさん?」
「うん! タビーのパパ!」
そしてサニーは言う。タビーを探しに外に出てきたら、一軒の店の前でその「おおきいねこさん」に会ったのだという。
『彼』は店の前でしばらく唸ったり、ぐるぐると回ったりしていた。
そして困ったような顔で店を見つめていた所にサニーを見つけ、彼女の服の裾を引いたのだという。
冒険者ギルドに向かって。
「わたしもね。どうやったらタビーをさがせるかわからないから、ぼうけんしゃさんたちに、たのもうとおもってたの。きっとおおきいねこさんもタビーがしんぱいなんだとおもう。だから、おねがい。タビーをさがして!」
女の子が差し出した金額は、依頼料としてはごくごく僅かだ。
資産家の子とはいえ、この小さな子が自分のお小遣いで依頼を出そうとするなら仕方ないのかもしれない。
「あのね。いえのメイドさんたちがいってたの。さいきん、ねこをつかまえてかわをはぐ、こわ〜いねこがりがでるんだって」
そんなのにタビーがやられて食べられちゃったらどうしよう。サニーは目に涙を浮かべて頭を下げる。
「だから、おねがい。タビーをさがして、たすけて」
サニーの涙を拭き、帰りを見送ろうと係員が扉を開ける。そこには、銀と黒のサバトラ猫がいた。
大柄なその猫はサニーを迎えに来たというように前を歩く。
一度だけ
「ニャー!」
と強く鳴いて。
係員はふと足元を見る。足元には数枚の金貨が転がっていた。
拾い上げ、よく見てみる。汚れてはいるが間違いなく金貨だ。
「依頼料‥‥ってことなのかな?」
そして冒険者ギルドに野良猫探しの依頼が張り出される。
「依頼内容はタビーってサバトラ仔猫を探すことだが、多分、それだけではすみそうにないな。ちょっと聞いてみたらやっぱりキャメロットで最近野良猫や飼い猫が姿を消すようになったという話をよく聞く。時期としてはここ一月ほどの間にだ」
飼い猫、野良猫区別なく、外を出歩く猫がかなり行方不明になっていると係員は話す。
「さっきあの子が言ってた猫狩りが本気で噂になるほどだ‥‥。で、実はその根拠となる話もあってな」
ジャパンからの月道が開いた先月、その道を渡って一人の男性がキャメロットにやってきた。
「彼はジャパンから持ってきた品物を元に商売を始めたらしいんだが、なぜか殆ど人前には姿を出さず、店の奥の家に閉じこもりきりなのだという」
奥の家は締め切られていて、中から外の様子を伺うことはできない。
だから、夜ごと猫の鳴き声が聞こえるとか、時々、異臭のようなものが漂うとかの近所の証言と、近頃見なくなった猫たちの話が合わさって‥‥猫狩りの噂が出てきたのだろう。
「もちろん、そいつが本当に猫狩りって可能性もある。そうだった場合、目的は解らないけどな」
報酬は猫からの分を足してもそう多くない。
だが、なんとなく気になる依頼だから、と係員は言ってそれを貼り出した。
真夜中。
路地にうごめく影一つ。
「今度は、失敗せぬぞ。わが夢をここで叶えるのだ‥‥」
囁いた男は地面に置いた袋を重そうにもって、闇の中に消えていった
●リプレイ本文
○消えた猫達
「最近‥‥見ないと思ったら」
腕組みしながらリ・ル(ea3888)は路地裏に目をやった。
確かに見かけない。
あの愛らしい生き物達をこの近辺で本当に見なくなった。
「心配ですわね‥‥タビーさん。他の猫たちも」
「なんとしても猫さんたちを見つけ出してサニーさんと、『彼』からの依頼を果たしましょう」
頷くセレナ・ザーン(ea9951)の横から振り返りワケギ・ハルハラ(ea9957)は後方、屋根の上を見た。
そこには見守るような『彼』がいる。
威厳さえも感じるその姿。猫好きでなくても目を奪われる。
「ああ、奴の頼みでもあるし‥‥」
ふと、止まった言葉に仲間達は目を瞬かせる。視線を受けリルは肩を竦め、小さく笑って言った。
「平穏を取り戻すためにもひと肌脱ぐか? な?」
○傷だらけの男
店に入ってきた子供は、どこか不安げな顔でキョロキョロと何かを探すようにしている。
「何か、お探しですか?」
見かねて話しかけてきた店員に
「! 〜!」
慌てた様子で手を振るとその子は、助けを求めるように後ろを向いた。
「ダメですよ。ヨシュアさん。待っていて下さい、って言ったでしょう? あ、すみません。僕は彼の付き添いで通訳なんです」
そう言って後から入ってきた青年は、言い聞かせるように子供に膝を折る。
店員は少し考え‥‥青年と子供が聞きなれないしゃべっている事に気付いて‥‥様子を見ることにした。
おそらく、あれはノルマン語。
ノルマンから来た良家のお坊ちゃんと、その付き添いかな? などと分析する店員に話が終わったのだろうか。
立ち上がった青年は店員に話しかける。
「すみません。彼は吟遊詩人で他国の楽器にとても興味があるそうです。こちらはジャパンからの楽器も置いてあるとの話が。ぜひ、見せて頂けませんか?」
上客の予感。
「勿論です。旦那様〜。お客様です〜」
店員は嬉しそうに奥へと彼らを案内した。
店の中で彼らが店主と話をしているのが見える。
でも、ここからはそれが精一杯だ。
「大丈夫でしょうか?」
中を伺いながらセレナは思わず心配を口にした。足元に人懐っこい茶虎猫が絡みつく。
「心配してくださるのですか? ありがとうございます」
さっきヨシュア・ルーン(eb9105)と一緒に情報を聞いた猫がついてきたようだ。
餌を貰ったからか、抱き上げたセレナの手の中で甘えたような声で喉を鳴らす。
「いいな。セレナ。‥‥やっぱり猫も可愛い女の子の方が好きなのか?」
それを少し羨ましそうな目をしながら見ていたリルは、瞬きしてセレナに微笑む。彼らは大丈夫だろと気楽そうな顔で。
周囲の家や店での聞き込みの後から、何故かリルの表情から深刻さが消えていた。
「あの店は楽器とか扱っているらしいからヨシュアとは相性良さそうだしな」
「楽器? では余計に心配ではありませんか? ワケギさんもおっしゃっていたでしょう? ジャパンにはあの‥‥猫の皮を剥いで作るという恐ろしい楽器があると。リルさん、どうしてそんなにのんびりとなさっているのです?」
「だから‥‥、お! 戻ってきたぞ」
リルは答えず店の入り口に向かって軽く手を振る。それに気付いて店から戻ってきたヨシュアとワケギは駆けて二人の前に立った。
「どうでしたか?」
猫を下ろしてセレナは問いかける。
呼吸を整えた二人の最初の言葉は、無言の首振り、だ。
「特に手がかりらしい手がかりは無かったです。‥‥恐怖の弦楽器は無くて主に扱っていたのは笛とかが主で‥‥。でも厳しい目をしたあの人は少し怪しいと感じました。猫は飼っていないというのに服に猫の毛がついていましたよね」
ワケギの言葉に頷きながらヨシュアは言う。その手には猫の細い毛が‥‥。
「『でも店主さん、親切でしたよ。商品も良心的な価格でした。確かに顔は怖かったし‥‥手とかに傷も多かったですけど、子供だと‥‥侮るような事も無かったので』」
まだイギリス語が不自由なので、片言の言葉と身振りでだが思いは伝わってくる。
「なるほど‥‥な」
ヨシュアに貸した金を返して貰い財布に戻したリルは呟く。その意味はまだ、仲間達には解らない。
「そちらはどうでしたか? 何か情報は?」
「どうやら猫さんたちがあの店に捕まえられているのは、確かなようなのですが‥‥」
リーダー猫を含む猫達の言葉はほぼ同じだった。
『あそこにいる』『行くと戻れない』というような‥‥。
「戻れない‥‥ですか。いなくなった猫達の飼い主も、いつもなら外に出ても必ず戻ってくるのに。と言っていました。なら、やはりあの男性がマタタビでも使っているのでは無いでしょうか? ジャパンではマタタビは猫を酔わせると有名のようですし‥‥それを使って」
頭を過ぎる最悪の想像を振り払ってワケギは顔を仲間達に向ける。
「僕、今日の夜、屋敷を透視してみます。そして思ったとおりの結果が出たら‥‥どうか協力して下さい」
力の込められた握りこぶし。真面目なワケギの願いに冒険者達はそれぞれに頷く。
セレナは心から同意の笑顔で、ヨシュアも勿論と。リルは‥‥どこか考え込んだ顔で、だったけれども‥‥。
○ねこネコぱにっく?
翌日早朝、商人の店の、それも私邸の扉をワケギはノックした。
とんとん。返事が無い。扉をもう一度叩いた。
トントントン。まだ応答が無い。まだ諦めない。今度はセレナが。
トントン、とんとん、トントントン!
「うるさ〜い! こんな朝っぱら一体何のよ‥! お前達は‥‥」
やっと開いた扉から出てきた人物をワケギは観察した。
中年のジャパン商人。着崩れた着物。寝不足で赤い瞳。
細い、爪で掻かれたような傷跡がたくさんある逞しそうなのに、痛々しい手足。
この状況を作れる原因の存在を、冒険者は一つしか知らない。
だから
「猫達を開放して下さい!」
直接の直談判に出ることにした。
「は?」
殆ど見知らぬ相手からの、突然の言葉に目を丸くする男。
思考を巡らせるかのように上を向き、暫くの後、また視線を降ろす。
その時には冷静な商人の顔になっていた。
「どういうことかな? いきなりそのような事を言われても意味が解らないのじゃが‥‥」
状況が解らない、という顔をする商人。
(「しらばっくれている」)
彼に対してそう呟くとワケギは改めて無礼を詫び、事情説明に入った。
最近猫を見なくなったと言う世間話から始まって、少女サニーから友達がいなくなったから探してくれと言う依頼を受けたこと。
調べてみれば周囲の猫達も消えていること。中には飼い主のいる猫もいて、その飼い主たちも心配していることを誠実に話す。
そして‥‥
「調査の結果、ここにたどり着いたのです。この奥に猫達は監禁されていると‥‥私達は知っています」
じっと、商人の目を見る。黒い瞳がたじろぐ様に揺れた。
「な・何を証拠に?」
「証拠と呼べるものは何もありません。だからお願いするしかないのです。お願いします。猫さん達を自由にして差し上げてください。特にサバ虎仔猫さんはサニーお嬢様の大事な大事なお友達なのですわ‥‥」
セレナは膝を付き上目遣いで商人を見る。潤んだ瞳から涙が一滴。
「うっ!」
商人が明らかに動揺しているのが見て取れた。
何も疚しいところの無い人間は決して見せない表情だ。
だが‥‥
「‥‥知らん! わしは何にも知らんぞ。猫なんぞこの家にはおらんし、飼ってもいない。帰ってくれ!」
ドン!
いきなり勢いよく押されて、ワケギはよろめいた。
「おっと!」
リルが彼を支えた隙に扉は閉じられてしまった。
内側から鍵をかける音がする。もう開かないだろう。
「解って頂けなかったのですね」
演技ではなく本当に瞳を潤ませるセレナを慰めるようにヨシュアは肩を叩いている。
「‥‥ならば、強硬手段あるのみです。彼も猫の恨みをかっているのならきっと効果はあるはず。力を貸して頂けませんか?」
握った拳に力を入れるワケギ。それに‥‥リルは苦笑と邪笑まじりの笑みで頷いた。
○猫の声
ジャーン!
そんな効果音さえ聞こえてきそうなほどの仮装で現れたワケギに思わず仲間は拍手する。
「それは何の仮装だい?」
リルは笑みを口元でおさえて問う。
「ジャパンの化け猫です。猫は殺すと末代まで祟ると言われています。ジャパンの方なら効果があるはずです!」
白い着物に素足。手には仔猫のミトンにふわふわの襟飾り。耳には布で作った付け耳も付けて確かに猫のイメージがある。
明るい場所で見ると怖いより可愛いが先に立つが‥‥。
「イリュージョンで幻を見せて、ヨシュアさんのBGMがあれば、きっと怖がらせる事もができるはずです!」
同行の妖精には火の玉役をやらせるという。
「なら、俺らはサポートする。だが‥‥な」
「リルさんにしては歯切れが悪いですね。でも、僕は絶対に彼らを取り戻すんです! 猫達の声を思いを聞かせてやりましょう!」
ワケギは再び手に力を込めた。セレナもヨシュアも真剣な顔で後に続いた。
それを後ろから追いながらリルは小さく頭を掻く。
「でも、ひょっとしたら、あいつは‥‥なあ?」
振り返る。そこには壁の上から銀と黒のサバトラ猫がこちらの様子を黙って見つめていた。
夜になるとあの男はこっそりと出てきてどこかに向かうと言う。
何か袋のようなものを持っていることもある、との証言も聞き込みから得られていた。
「脅かすならやはり夜が最適ですよね」
門の影からそっとワケギは身を潜めて待った。
待つこと数刻。
ジャパンで言うなら草木も眠る丑三つ時。
「‥‥来たぞ!」
静かに鍵の外される音がして‥‥扉が開いた。
顔だけ出し、周囲をうかがうような男の仕草。
どこから見ても挙動不審に感じられる。ワケギは背後の仲間に声をかける。
「今です! 後は‥‥お願いします!」
そして男が外に出てくるのとタイミングを合わせて、彼は影から飛び出した。
後ろから飛び掛るように、声を作って手を男に向ける。
「うらめしや〜〜」
「ひっ!」
いきなり背後の暗闇から出現した怪物に男は声を上げた。カンテラをこちらに向けて。
周囲には飛び交う光の玉。
闇の中に浮かび上がるは白い着物に毛の生えた襟首。肉球さえ見える白い猫の手に猫の耳‥‥。
「猫達を解放して国に帰らねば末代まで‥‥‥‥へっ?」
怖がるようにと声を作っていたワケギは、次の瞬間目を丸くする。
「猫ちゃんじゃあ〜♪ 猫の妖精ちゃんがイギリスにはいると聞いていたけど、あ〜、こんなに早く会えるなんて。夢がかなったのじゃ♪」
驚くどころかカンテラを投げ出して、自分の足元に顔を嬉しそうにすりすりさせる男。
よく見れば手に持っている細い棒は‥‥えのころ草。胸元からはマタタビの香り。
落ちた手の袋からは汚れた砂に食べ残しの魚の骨。
「どういうことです?」
「?」
「‥‥やっぱりかよ」
リルは笑いをこらえながら男の背後の扉を大きく開けた。
拾い上げたカンテラが照らす部屋の先には、マタタビで浮かれ、よっぱらい、踊り和む‥‥猫達の、そして猫好きの楽園があったのだ。
○猫好きの夢
「タビー!」
「ニャアア!」
少女の差し出した腕に躊躇い無く仔猫は飛び込んでいった。
小さなぬくもりを腕の中で確かめると、少女は仔猫に顔を摺り寄せた。
「しんぱいしたんだよ。パパさんもわたしも。もうかってにへんなところにいっちゃだめだよ」
「ニャ!」
返事をする仔猫に、少女はもう一度嬉しそうに微笑み強く抱きしめる。
その光景を
「本当に良かったですわ」
微笑み見つめるセレナの後ろで。
「‥‥いいなあ‥‥たびぃちゃん」
少女と猫の蜜の再会をまるで、指をくわえるように見つめる男の肩をリルはぽん、慰めるように叩いた。
気持ちは解る、と目で言って。
たびを履いているようであの子は一番のお気に入りだったと俯く男に
「‥‥すみませんでした。貴方の気持ちも解らずに」
ワケギは頭を下げた。男は笑顔で手と首を横に振り許してくれた。
「元を正せばわしが悪いんじゃしな」
「どうもこいつには近い匂いを感じてたんだよな。同類の匂いっていうかをな」
調べれば調べるほど。だからどうしても憎めなかった、とリルは言う。
「ジャパンの住宅事情では猫を集めると苦情が多くてのお〜」
「猫を飼うためにイギリスに移住してきたのですか?」
セレナの問いに笑いながら男は頷いたものだ。
たくさんの猫達に囲まれて暮らす。その夢を叶える為に彼は石造りの家を買い、猫を集めたのだと言う。
冒険者達が屋敷に入った時、中の猫達はマタタビに酔いこそしていたが、結構幸せそうだった。
家の中は清潔に掃除されていて、部屋も暖かく、餌も十分に与えられていたようだ。
異臭の噂は掃除をし、彼が排泄物を捨てに行く時の匂いと‥‥
「これじゃろう」
男はお土産にと魚の干物をくれた。強烈な匂いだが、猫達は好きなようだ。
無言で頷くヨシュアも納得した。
噂は全て一つに繋がった。恐怖の猫狩り、ではなく。猫萌え男の下に。
「このなりで猫が好きなどなかなか信じてもらえん。ジャパンでも‥‥な」
「重ね重ね‥‥申し訳ありません」
ワケギは心からそう思った。人を外見だけで見てはいけないのだと。
「アンタとは気が合いそうだ。‥‥でもなあ。猫を無理に集めるのは感心しないな。猫ってのは自由で孤高。それでいて人が求めるとき側にいてくれる。それが‥‥猫の魅力だろ」
「猫さんたちを酔わせて、無理やり集めて‥‥本当にご満足でしたか?」
「そうじゃな‥‥。確かに焦りすぎていたかもしれん‥‥」
冒険者達の説得に応じ、猫達を開放した男をは寂しげに顔を俯かせる。
いつの間にか、夢の形を間違えていたようだ。と。
「ほら、見ろよ」
目の前に広がるのは少女と戯れる猫。心から信頼しあう獣と人の姿。
猫好きの憧れ。幸せの姿がある。
「あれを目指そうぜ。お互いにな」
リルの言葉に頷いて男はゆっくりと愛した猫達に背中を向けた。
コロン。
足元に金貨が一枚落ちた。
冒険者は足を止め、木を見上げ微笑む。
「これでよろしかったですか?」
セレナの言葉に、ついと『彼』は背中を向けた。
コインを拾い上げ、男に渡すとリルはよう! と『彼』に話しかける。
まるで友を呼び止めるように。
「お前は魚派? 肉派? おごるから夕飯くらい食べていかないか?」
だが、彼は塀から飛び降り去っていく。
「また、ナンパ失敗か」
肩を竦めた彼に
「ニャー!」
一度だけ振り返った猫の声が聞こえた。
「今度会ったら、チキンで。だそうですわ」
良かったですね。とセレナは続ける。
「ホントか? やったぜ!」
笑顔を咲かせるリルの横で男も冒険者たちも『彼』の背中を見つめていた。
街に猫の姿が戻る。
また日常が始まる。
猫と人がお互いを認め合い、幸せに仲良く暮らす夢を信じて。