【死の十字架 裏】過去の残滓

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月28日〜12月03日

リプレイ公開日:2006年12月05日

●オープニング

 冒険者ギルドにその依頼書を持ってきたのはシフール便の使者だった。
「ギルドに依頼書です〜」
 受け取った係員は、その差出人の名に目を瞬かせる。
「どうして、あの人が?」
 さっきまでここに来ていたのに。
 疑問に思いながら依頼書の封を切る。
 そして‥‥少し悩んで後、冒険者達を呼んだのだった。

 その依頼の内容は、簡単に言ってしまえば護衛、である。
 一組の家族をキャメロットから東へ二日ほど行った港まで連れて行くこと。
 そして彼らをキエフ行きの船に乗せることだ。
 別に難しい話ではない。道は街道が通っているし、道中の道沿いには宿屋などもある。
 凶暴な獣やモンスターが出ると言う話も無い。
 まだ経験の浅い冒険者達でも問題なくこなせるはずだ。何事も無ければ。
「なのに、どうしてそんなに悩んだ顔をしているんだ?」
 依頼を受ける側の冒険者達に、問われ、係員は決心したように答える。
「これは、内密にしてくれ。実は、その護衛を受ける夫婦の‥‥旦那の方は元『デスクロス』という盗賊団にいた‥‥盗賊なんだ」
 『デス クロス』
 それは一時期、恐怖と共に囁かれることが多かった盗賊団である。
 彼らはその名の示すとおり、中心となる四人の盗賊とその部下から成り立っていた。
 剣を得意とする戦士アドウィン 通称アド
 炎の魔法を使う魔法使いイード 通称イド
 端麗な容姿と魔歌を操る吟遊詩人オルディン 通称オド
 そして天性の鍵開けの才を持つ盗賊 エドアルド 通称エド
 オドが周囲に聞き込み下調べをしてターゲットを決めて、エドが戸締りを破り中に潜入する。
 目撃者は全てアドが切り倒し、最後にイドが炎で全てを焼き尽くす。
 彼らの通った後に残るのは全てを奪いつくされた焼け跡と黒い十字架のみ。
 各地に小さくない被害をもたらした彼らの快進撃は、王都キャメロットで静止した。
 理由は、十字架の一角エドが捕らえられたこと。
 そのエドが、今回の護衛対象だ、というのだ。
「かつてエドは騎士団に捕らえられた、ということになっていた。だが、実は自首してきたんだ。キャメロットで出会った女性と恋に落ち、彼女に説得されて盗賊団から足を洗いたいから‥‥とな」
 そして、盗賊団の情報を騎士団に教えた。
 彼が囚われたと信じ、奪い返そうとした盗賊達は、騎士団の待ち伏せにあって壊滅することになる。仲間の裏切りを知る由も無く。
 切り込み隊長だった戦士はその戦いで死亡。部下も殆どが捕らえられ魔法使い二人だけがかろうじて脱出したのだとか。
「盗賊団壊滅に力を貸した事と、奪った財を彼の持つ限り全て返却した事から、今後、決して犯罪を犯さないという条件付で盗賊エドは罪を免除されることになった。だが最近、残党の魔法使いが新たに仲間を集めて、パーシと騎士団に復讐を狙っていると言う話があり、それに関連する依頼も出ていたんだが‥‥もし、もしだ。この盗賊が今も生きていると知ったら魔法使いどもがどうするか‥‥想像がつくだろう?」
 冒険者達は唾を飲み込んだ。想像がつく。簡単に、恐ろしいほどに。
「婦人のほうは、事件当時身重でな。今、生後3ヶ月になる赤ん坊を連れている。産後の肥立ちもあって最近やっと動けるようになったところでいろいろ問題はあるのだが、この国に置いておくよりも危険が少ないということでキエフへと逃がす事になったんだ」
 つまり冒険者達が護衛するのは、その元盗賊の一家なのだ。
「それが気付かれにくいように、目立たないように若手の冒険者達に頼む事にした、と依頼人は言ってる。なるべくそちらに目が行かないようにはするが、戦闘になる可能性もあるので心して欲しい。だそうだ」

 伏せられた護衛対象の住所のメモに手を差し伸べようとする冒険者の手が止まる。
 依頼人の名は伏せられている。
 だが、ここまで話を聞けば、想像はついた。

 簡単でありながら、油断はできない。常に注意が必要な。
 しかも、なるべく簡単だと周囲に思わせなければならない依頼。
 それは、紛れも無く難しい、依頼だった。

●今回の参加者

 eb5381 セーレフィン・ファルコナー(22歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb5463 朱 鈴麗(19歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb6596 グラン・ルフェ(24歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb7092 ラプリィ・アデナウアー(21歳・♀・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 eb7109 李 黎鳳(25歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb7721 カイト・マクミラン(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 eb8175 シュネー・エーデルハイト(26歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb9192 リスティ・エルスハイマー(26歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)

●サポート参加者

ボアン・ルフェ(eb9328

●リプレイ本文

○静かなる旅立ち
「馬車のレンタルは無理‥‥かあ。依頼人の方も案外融通がきかないわねえ」
 その方が安全に移動させる事ができるのに。
 少し残念そうにシュネー・エーデルハイト(eb8175)はギルドと依頼人の返事にため息をついた。
「まあ、無いものはしょうがないわ。あるもので、できる限りのことをしよう。ね? そろそろあの人たちも来るはず、だしね。あ。あれかしら?」
 待ち合わせ場所に司祭に伴われてやってきた夫婦を李黎鳳(eb7109)は指差した。
 フードを真深く被った男性と、同じくマントを纏った女性の二人連れが頭を下げる。
 女性の手の中には暖かい布でくるまれた赤ん坊が静かな寝息を立てていた。間違いないだろう。
「お二方は新婚ですか? あら、逃避行ですね。少々不謹慎ですが浪漫を感じますわ。私、セーレフィン・ファルコナー(eb5381)と申します。トムさん、マーサさん始めまして」
「えっ? あの私は‥‥」
 明るくお辞儀をして婦人の肩の上を舞うシフール。目を瞬かせる婦人に彼女は小さな声で囁いた。
「しっ! 今は、大人しく私達の言う事を聞いていただけますか? お名前をお呼びしてどなたかに聞きとがめられますといけませんので
 その一言で流石に男性の方は理由と状況を把握したようだ。婦人を目で促して指示に従うように命じる。
 頷いた婦人はボアン・ルフェに促されて赤子と着替えに行く。
 彼もまた、その後を追おうとしたが
「そう。貴方が‥‥ね」
 呟く声に足を止めた。止めさせられたというべきだろう。彼は‥‥プロだ。自分に向けられる好意ではない視線と気配には敏感だった。
「何か、御用でしょうか?」
「御用と言えば、そうかもね。‥‥ねえ、出かける前にこの人と話がしたいんだけどいいかしら?」
 周囲の様子をぐるり見回して、多分、大丈夫、とカイト・マクミラン(eb7721)はリスティ・エルスハイマー(eb9192)に頷いた。
「もう少ししたら、もう一組もやってくる。出発はそれからだから。私達はそれより少し早く出ることになるでしょうけど」
「解ったわ。そう言うわけだから少しだけお付き合いいただけるかしら」
 ね? 先を歩きながら振り返るリスティの呼び声に
「解りました。‥‥少し、失礼致します」
 冒険者に頭を下げてその後を追う『トム』
 二人の間にどんな会話があったかは解らない。
 数刻の後、リスティは仲間から借りた魔法の靴をカイトもまた自分の靴で履いて、街道へと一足早く滑り出し、さらに数刻の後冒険者達は旅立つ。
 霧に紛れて静かに、そっと‥‥二組の夫婦とその護衛として‥‥。

○愛の逃避行?
「街には盗賊も出ていると言う。街道には出ないだろうか。追っ手が迫ってきたら‥‥怖いのお。大丈夫だろうか。グラン殿」
 怯えたように身を寄せる朱鈴麗(eb5463)に
「だ・大丈夫です! 必ず僕が守って見せますから!」
 全身に力を込めてグラン・ルフェ(eb6596)は答える。その純粋無垢な思いと答えに
「ありがとう。信頼しておるぞ。愛しのグラン殿」
 演技なしの笑顔で鈴麗はその胸に身体を摺り寄せた。
「わ! わわ! 鈴麗さん!」
「こらこら、ダメですよ。グランさん。そんなあわあわしちゃ。お二人は許されぬ恋に駆け落ちする恋人同士、なんですからね」
 くすくす。笑いながらもセーレフィンは周囲への警戒を怠らない。
 前方を、よく注意してみれば遠くに、走れば直ぐに追いつけるくらいの距離に『トム』と『マーサ』の夫婦とその護衛がいる。
 自分とシュネーは彼らと近くの距離を『偶然』歩くもう一組の恋人同士の護衛、なのだ。
「向こうの護衛が一人なのは心配だけど私達が目立つ事で、夫妻の印象がかえって薄くなるし‥‥」
「お願いします。両親に結婚を反対されて‥‥偏見の無いキエフに逃げることにいたしましたの」
 よよよ。
 エルフとハーフエルフの道ならぬ恋。演技も完璧だ。
「グラン殿‥‥」
「貴方も、誰も、絶対に‥‥傷つけさせません」 
 拳に力入れたグランの言葉は『恋人』である鈴麗やセーレフィン、シュネーに言っただけではない。
 遠く前に見える二人。その背中にも贈る言葉。だ。
 ‥‥正面きって言えることではない。
(「実は、ちょっと複雑でもあるんだよね。悪人とはいえ嘗ての仲間を裏切りその報復から家族を守ろうとする彼‥‥。それが本当に正しいことかどうか‥‥」)
 ぽん。
 鈴麗の手がグランの高い肩をたたく。少し背伸び気味だった彼女ははい、と振り返ったグランにニッコリと笑いかける。
「悩みは、とりあえず置いておこう。少なくとも今の行為に間違いは無いと、信じて全力を尽くすのみじゃ」
 優しい、暖かい微笑み。自分を見つめる眼差しに演技だと解っていてもグランの頬が赤くなる。
「そ、そうですね! 赤ちゃんと奥さんの命と更生した彼の人生ために頑張りまっす!」
「こ、こら! 声が大きい!」
 慌てて背伸びして手でグランの口を押さえる鈴麗。
 自分の言葉と鈴麗の制止。そして唇に触れた彼女の手に、さらにグランの顔は朱に染まった。
「いいですわね。愛の逃避行」
「こら! からかうでない!」
 ひらひらと楽しげに舞うセーレフィンに拳を上げた鈴麗の手が、振り返りざまの頬も、少し上気しているように見えたのは気のせい‥‥だろうか?
 俯いてしまったグランには解らなかった。

○後悔先に立たず
 街道には通常いくつかの宿屋があって人々の憩いの場所となっている。
 ましてや季節はもう晩秋を越え、冬に変わっている。
 街道を行く者達も多くは野宿を諦め宿屋に一夜のぬくもりを求めるのだ。
 ここでなら、どんな人物が誰と話をしていようと気にするものはあまりいない。
「いたた! ちょっと油断しちゃった〜」
「大丈夫? いかに街道とはいえ油断しちゃいけないってことね」
 リスティは肩を貸してくれたカイトに手でサインをきって礼を言うと、持っていたリカバーポーションの蓋を開け、ぐいと呷った。
 節々の痛みがスーッと消えていく。
 ようやく人心地がついた感じだ。
「私、少し戻って皆さんの様子を見てきますね。休んでいて下さい」
 カイトの言葉に頷き、見送った後、リスティは静かにため息を付いた。 
 馬車が使えない以上、あまり大人数でたった一家族を護衛するのは不自然だろうと、シュネーは一人仲間達から先行していた。
 敵がいない。怪しい者はいないか。宿屋の場所と様子はどうか。
 問われたら、故郷への一人きままな旅の途中と笑ったところだろうが、残念ながらそうはいかなかった。
 街道を歩く途中。偶然野犬と出くわしたのだ。数は三匹といったところ。
 普通はそう大した敵ではない。モンスターの分類に入るほどでも無い。
「あちゃ‥‥、ちょっと、ちょっと待って?」
 剣に手をかけながらにじり下がるリスティ。たかが犬とはいえ、空腹の獣数匹に睨まれると少し、しり込みせずにはいられなかった。
 向こうは三匹。こっちは一人。
「わっ! 待って、って言ってるのに!」
 とっさに身をかわし、犬の突進から逃れた。だが、直ぐに迫ってくる第二、第三の犬。
 懸命に剣を振るうが、紛れも無く劣勢はリスティの方だった。
 後方に近づいてきていたカイトが気付いてくれなかったら危なかったかもしれない。
「やっぱり、一人旅は危険ってことね。油断大敵‥‥かあ〜」
 ぐったりと、テーブルに身体を伏せて息を吐き出す。
 ふと、後ろのほうでざわめきが聞こえた。扉を開き入ってくる集団。あれは‥‥
「ほほお、三ヶ月とか。愛らしいのう。可愛くて仕方が無かろう」
「はい。ようやく首もすわって参りました」
「少し、抱かせて頂けぬか?」
「喜んで。どうぞ」
 たまたま同じ宿に入ったという風情で楽しげに仲間達が話している。
「体調は大丈夫ですか? 随分と歩いていたようですけど、疲れてはいない?」
 はい、大丈夫です、気遣うシュネーに頷きながらこちらは疲れて眠る我が子をそっと鈴麗に渡す。
 受け取った鈴麗はその感覚に声を上げた。嬉しそうな笑顔で。
「おお! 軽い。それに暖かくて、柔らかいのお。我らも、早くこんな赤子が欲しいものじゃ。どう思わぬか? グレン殿」
「えっ? あっ? 鈴麗さん!!」
「‥‥赤子は、やはり難しいかのお。子供は、不幸にはなって欲しくないものだが‥‥」 
 とても、即興とは思えぬ息のあったカップルぶりにリスティは、思わず微笑む自分に気付いた。
 そして、近づく男性にも。
「トム‥‥さん」
 トムと呼ばれた男性は、リスティの疲れた様子、そして傷跡に目を走らせ軽く会釈した。
「今は、他に人も少ないようですし、一言だけお伝えしたい事があって」
 コトン、小さな音が鳴る。
 テーブルの上に置かれたのは十字架が一つ。
「この十字架は、私達が後に黒く染める前、最初の友情を誓い合った時のものです。あの時は、決して人を殺め傷つけることなど考えていなかった。どこで、どう道を誤ったのか‥‥」
 何かを思い出すように彼は眼を伏せる。
「私の罪は、重い。それは、誰より自分が解っています。多くの人を殺め、傷つけ、そして今、友を裏切り一人だけ生き延びようとしている。勝手でわがままだと、誰よりも知っています」
 彼の告白は、出発前、自分が叩き付けた言葉への彼の返事だと気付き、リスティは沈黙した。
 他の冒険者たちも同じように、耳を欹てている。
「でも、だからこそ、私は後悔はしません。そして、誓います。この白い十字架にかけて、貴方達との約束を守るために全力を尽くすと」
「あなた‥‥」
 立ち上がった彼は涙ぐむ妻の目元を指で拭き、微笑みかけた。
 そして振り返り、我が子を抱く鈴麗に手を指し伸ばす。
 赤ん坊の桃色の頬に、軽く口付けして、その子を父親の手に返しながら
「‥‥もしわらわの愛しい方が殺されておったなら、そなたの顔を見た瞬間に八つ裂きにしておるであろうな」
 鈴麗は微笑んだ。だが、目元は笑っていない。
「なればこそそなたが妻子を愛するように、殺された者達にも愛する者がいた事を忘れるでないぞ。けっして‥‥な」
 はい、の返事代わりに彼は、しっかりと右手にわが子、左手に妻を抱きしめ深く、礼をする。
 階段を上っていく二人を、冒険者達は長い事、長い事見つめていた。

○蒼い空の下
 翌日、冴え渡る蒼の空と、水面に走る船を冒険者は全員で見送った。
「ふう、なんとか『簡単』に終わらせられたみたいね」
 降りた肩の荷にリスティはぐるん、と手を回した。
 幸いな事に心配された盗賊の襲撃も無く、魔物の大きな襲撃も無く、ほんの今さっき、冒険者は船に乗る一家をちゃんと、見届けたのだ。
「お母さんが不安がると、子供も不安になるよ。ほら笑って、笑って!」
 住みなれた故郷を離れる事への、だろうか。不安そうな表情を浮かべる婦人を黎鳳は精一杯の笑顔で励ました。
「お元気で、奥様やお子様とお幸せに‥‥お嬢様も、どうぞお元気で。あら、やわらかい」
 ぷに。
 細い指が、すべらかな頬に刺さる。
「ふみ‥‥っ! ふえっ、ふえっ‥‥」
 泣き出しそうになる赤子。
「あわっ! ゴメンなさい。ゴメンなさい!」
 羽根で赤ん坊を宥めるセーレフェン。
 そんな様子が微笑ましく、冒険者だけでなく、夫婦からも、多分、船からも楽しげな笑い声が踊り、笑顔が咲いた。
 じきに
「キャ! キャハハ!」
 赤ん坊からも無垢な笑みがこぼれる。
 ホッと、セーレフェンは胸をなでおろして、少し離れて空に舞った。
「そろそろ、出発だぜ? 用意はいいかい?」
 船員の言葉に頷いて、家族は船に乗り込んだ。
「あんた達は、いいんだな?」
 冒険者は頷く。
「ん〜。私、里帰りしようかと思ったけど、やっぱりもう少し頑張る事にするわ。まだまだ、自分を鍛えたいし」
「私達も、逃げる前にもう少し頑張ってみようということにしたのじゃ。なあ、グラン殿?」
「ええ、ここまで旅をしていろいろ考えたので」
 よし、解った。そう言って船員は仲間に出航の合図を送る。
 小さな船はその碇を静かに上げた。イギリスの大地を離れ、新天地へと動き始める。
 甲板には夫婦が、こちらを見て佇んでいた。
「ありがとう、ございました‥‥」
 彼らの感謝は決して大きな声で告げられたものではなかったが、冒険者の胸に確かに届き胸に響く。
 見送る者、見送られる者。
 どちらも遠ざかる影が完全に消えて見えなくなるまでずっと、見つめ続けていた。

「あら? これは?」
 帰路への荷物を確かめていたリスティは目を瞬かせた。
 行きに確かに使ったはずのポーションが減らずに五つ残っている。
「こっちにも、見慣れないものがありますね。これは‥‥鍵開け道具‥‥でしょうか?」
 グランもまたいつの間にか荷の中に入っていたものに首を傾げる。
 昨夜は盗賊の襲撃を警戒し、耳を立てていたというのに、本当にいつの間に?
「ん〜、多分、トムさんからのお礼、なんじゃない? 夜、そう言えば何かを持って外に出るの見た気がするし」
 黎鳳は二人にそう言って笑った。
「役に立つなら持ってればいいし、いらなきゃ売ればいい。彼自身のきっと心の決別だから気にする必要ないと思うな」
 最後に彼が技を表したのは、物を奪うでなく、物を託すに。ということか。
「そうですか‥‥。本当に使い込まれた品だからちょっと、遠慮もあるのですが」
「もう使わない。別の道を歩んでいくと言う彼の意思の表れかも、しれませんね」
 カイトも静かに頷いた。
 仲間達に促され、グランは頷くと鍵開け道具をバックパックに戻した。
 どうするかは、後で考えよう。
「さて、そろそろ帰りましょうか? 向こうでの件もそろそろ片付いたでしょうし、私達の役目も終わったわ」
 促すシュネーの言葉に、冒険者達は頷いた。
「さて、グラン殿。帰り着くまでが依頼じゃ。もう少し恋人同士をやっていくかの?」
「えっ? あの、本当ですか? 僕はちょっと嬉しい設定ですけど‥‥」
 頬を赤らめあう二人に周囲の拍手が飛んだ。
「いいわね。行きは二人のラブラブ演技、見れなかったからちょっと残念だったの。嬉しいわ」
「愛し合うお二人に歌でも歌いましょうか?」
「依頼も終わったし、いいんじゃない?」
「愛の逃避行、ではなく愛の道行きですわね。浪漫ですわ」
「ちょっと! からかうでない。のお、グラン殿」
「は、はい!」
 緊張漂う行きと違い穏やかな空気だけが、彼らを包んでいた。

 キャメロットへと戻る。
 その直前、誰とも無く、誰が言うとも無く彼らはもう一度振り向いた。
 蒼い空、蒼い海。
 もう遠く、旅立った船の姿は見えない。
「元気でね。幸運を祈るよ。‥‥人生は苦労した分幸運が訪れる物だから」
 直接は言えなかった励ましの言葉を空に送る。
 潮風が、その思いを伝えてくれると信じて。

 
 かくして盗賊団「デスクロス」はこの地上から消滅する。

 冒険者がデスクロスの最期の光景を知るのはこの少し後の事だった