●リプレイ本文
○祭りと夢の始まり
聖なる夜が始まる少し前の昼。冒険者酒場の一角は
「料理の用意は?」
「こっちはあと少し! 出来た順から運んで!」
戦場と化していた。
「急がないとパーティに間に合いません」
焦る彼らの戦場を除く扉に
「手伝おうか?」
ひょい、黒い頭が二つ覗いた。一つは料理の匂いに呼び寄せられた李黎鳳(eb7109)。
「そんな! お客様に!」
慌てた顔で料理人は首を横に振るが、横では野菜が雪崩を起こし地面に転がる。
「いいの。気にしないで。自分達がやりたくて来てるんだから。で‥‥どう? いい?」
ニッコリ。柔らかい笑みに料理人は頷く。
「解りました。お願いします」
「おっけー。まかされて〜♪ 森写歩朗さんも! ね?」
もう一人は黒衣も鮮やかな青年。彼も誠実に頭を垂れる。
「陰守森写歩朗(eb7208)と言います。こう見えても家事は得意。お役に立てると思いますよ」
笑って厨房に入ろうとする森写歩朗を
「待って、待って!」
黎鳳が止めた。
「礼服で料理するのは拙いよ。着替えて着替えて。はい前掛け。スカートや帽子がイヤならせめて髪は纏めよ」
スカーフと厨房から借りた服を押し付けると黎鳳も身支度を整える。
「せっかくの夜だもんね! 腕を振るおうか!」
「そうですね。派手ではなくとも美味しい物を。楽しい思い出になるように‥‥」
頷きあった二人は早速料理に取り掛かる。
「メインはチキンの丸焼きね。‥‥これ、ハーブとか中に入れると美味しいと思うよ」
「シンプルに食べやすく、パンとパンの間に具を挟むのはいかがですか? 足りないものがあれば言って下さい。ひとっ走り行って来ましょう!」
‥‥少し早い祭りが始まった。
夕刻。
「‥‥ふむ、見慣れた場所の筈なのに、どこか違って見えるのは聖夜祭の魔法かな」
美しく飾られたツリーを見上げラディオス・カーター(eb8346)は呟いた。
「魔法‥‥確かに聖夜祭の夜にはそんな言葉を信じさせる美しさがありますね」
アシュレイ・クルースニク(eb5288)は言うとツリーに向かって十字を切った。
「聖なる母よ、今年一年つつがなく送ることができたことを感謝いたします。また、来年も皆に幸福が訪れることを‥‥」
祈りを邪魔しないようにと見ていたラディオスはアシュレイが目を開けたのを確認して笑いかける。
「服の具合はどうだ? 体格がだいぶ違うから心配だったんだが」
「いえ、大丈夫です。ご好意感謝いたします。急な渡英で服や荷物の殆どをキエフに置いて来てしまったもので」
ノーブリスキルトの袖や襟元を合わせてアシュレイは笑みを返す。
「!」
ふと、彼は瞬きをする。受付の方で気になる光景が展開されている。
「なんでしょうね。誰かが連行されていく‥‥」
「連行? 穏やかじゃないな?」
だが見れば、それは本当に連行としか言いようが無い光景。
シフールや人間に幾重にも取り囲まれて連れて行かれる者。顔は良く見えないが赤い帽子が目立つ。
「あの方は参加者では? 心配ですね」
くすっ。そのつもりは無かったが知らず笑みがこぼれた。さっき彼を見送った人物、デュランダル・アウローラの言葉を思い出したのだ。
「行くとしようか」
横を歩く『友』を促す。はい、と答えアシュレイは歩き出す。
『聖夜くらい自分が楽しんでも罰はあたるまい』
心配そうに言った彼の言を守れるように手助けしようか、などと思いながら。
「なにやってるんだい! シルヴィア!」
「わっ!」
受付を済ませ、所在無げに周囲を見ていたシルヴィア・クロスロード(eb3671)は後ろから肩に触れた手に、背筋を伸ばす。
「‥‥フレイアさん。ドレスがお似合いですね。今日は旦那様とご一緒ですか?」
なじみの顔達にシルヴィアは礼を向けた。旦那様、と呼ばれ照れ顔の尾花満(ea5322)の腕にもたれフレイア・ヴォルフ(ea6557)は嬉しそうに笑みを返した。
シルヴィアの言葉は社交辞令ではなく本心。
羽根が美しいドレスに白い腰布。漆黒のマントに青いスカーフのコントラストも素晴らしいが、その衣装を婦人をパートナーの黒の衣装が引き立てている。
間違いなくベストカップルと呼べるだろう。
「ありがと♪ あんたも今日は随分とオシャレしてきたじゃないか?」
ティアラの水晶よりも眩しい笑顔のフレイアに比べると、ヴェールに隠れたシルヴィアの表情は‥‥少し固い。
「‥‥いえ。ただ久しぶりにドレスを着ると、なんだか足元が心もとない気がしますよ。髪を下ろした首元は暖かくていいのですが」
「見せたい人がいるんだろ。頑張りな!」
励ますように笑って、フレイアはパーティ会場に入っていく。もうなじみの顔を見つけ挨拶をしている。以前依頼を共にした仲間アクテ・シュラウヴェル(ea4137)
「アクテ。久しぶり。いつ戻ってきてたんだい?」
気づいたアクテの方も見つけた顔に微笑を返す
「お元気そうで何よりです。ええ最近‥‥ちょっと」
そっか、と笑うフレイアに思い出すようにアクテは告げた。
「去年の今頃は悪魔や吸血鬼と戦っていたのでしたわね。あれから一年。吸血鬼はともかく悪魔の暗躍は相変わらずのようで‥‥」
「ん。‥‥まあね」
世間話ではあるが『悪魔』との言葉にフレイアは微かに厳しい表情を浮かべる。それはすぐ笑顔の下に隠したけれど。
「ともあれパーティはパーティですもの、明るく楽しく参りましょう」
アクテもそれに気づいて話を雑談に移した。
別所でも旧知同士の再会がある。
「君は‥‥セレナ?」
「まあ! ルシフェル卿」
驚いた顔をしながらセレナ・ザーン(ea9951)は声をかけてきた人物に頭を下げた。照れくさそうに笑うルシフェル・クライム(ea0673)。
「今日は一人かい?」
優しく、柔らかく微笑みかける。セレナも笑みと共に頷き返した。
「はい。お兄様がノルマンへ、お父様がアヴァロンへ旅立たれてしまい寂しい聖夜を過ごすところでしたから、ありがたいお誘いでしたわ。ルシフェル卿も‥‥お一人で?」
純粋な質問にルシフェルが返したのは苦笑だった。
「まあ、たまには‥‥ね。ほら、もうじき始まるみたいだ」
話題変換の手法としてはありふれているが、セレナは素直に乗って話題を変える。
「本当ですね。皆さんももうお揃いのようですわ‥‥ゲスト以外は」
視線の先で会釈してくれた紳士マックス・アームストロング(ea6970)にお辞儀を返してセレナは笑う。
「そうか? 何人か足りないような気がするが‥‥、まあいいか」
「本日はようこそおいで下さいました。これより聖夜祭のパーティを開始いたします!」
拍手しながらルシフェルは呟く。
迫る陰謀に気づく由も無く‥‥。
「今回は騒ぎを起こせないぞ。なんたってゲストがいるんだから」
「でも、これで一安心。こいつ以外に騒ぎを起こす客なんかいないんだから」
会場の隅の隅。簀巻きで転がされる着ぐるみが一つ。
「ふふふ。そうは、問屋が‥‥」
葉霧幻蔵(ea5683)の呟かれた言葉を聞くものもいない。
○天使達の贈る夢
少し、寂しげな表情でカップを弄ぶ壁の花。
「どーしたの? なんだか寂しそうな顔してるね?」
本日二度目。背後からの声に今度は純粋に驚いた顔をシルヴィアはした。
そこにいるのは見知らぬ少女。パーティの参加者だろうか? 西洋魔女のコーディネイトが似合うが同時に東洋の空気を纏う少女だ。
「あ、驚かせちゃった? 僕は慧神やゆよ(eb2295)よろしくね」
「シルヴィア・クロスロードです。‥‥そうですか? そんなつもりは無かったのですが」
笑みを作るシルヴィア。やゆよは、はは〜ん、という顔で悪戯っぽく笑う。
「判った! お目当ての人がまだ来てないんだ。恋人? 好きな人?」
「えっ! そ、そんなでは!」
慌てた顔と赤くなった頬が問いを肯定している。
「ただ‥‥尊敬する方が来るなると聞いていて‥‥それで」
「待ってるんだね?」
今度は頷くシルヴィア。少し遅れるようだとアナウンスはあったがやはり、少し気が抜ける。
「あの方は、今の私では届かない程強くて高い存在なので‥‥こういう時でもないと横に並べないのです」
「‥‥僕もね、鎌倉にね大好きなおにぃーさんがいるんだ。早く冒険者として成長して、おにぃーさんと同じ依頼に参加できるようにならないとだよ」
シルヴィアは、彼女が声をかけてくれた理由が解った。
きっと感じてくれたのだ。心に抱く同じ‥‥思いを。
「でもさ、せっかくのお祭りだもん。空から見てる天使さまも一緒にウキウキわくわくハッピーなお祭りの日にしようよ!」
微笑むやゆよの無垢な笑みがシルヴィアには天使に見える。
「ええ。そうですね」
「ねえ、後で一緒に踊ろう? 彼氏が来たらその前でも、後でもい‥‥わあっ!」
「? どうなさったんです?」
やゆよの目がハートマークを浮かべている。
「かっこいい〜。背が高くてハンサム〜。金髪に緑の瞳もたまんない。ねえ‥‥あれが今日のゲストかな?」
「金髪? 緑の瞳? まさか!」
振り返るシルヴィア。
だが彼女が『彼』を見て浮かべたのは喜びではなく疑問符だった。
友人達と穏やかに談笑しながらもマックスは手の中の羊皮紙が気になっていた。
他の客たちは気にも留めていないようだが。
『拝啓、冬でござるですね。
‥‥と、それは置いといて。
今回のパーティ。その参加者の中に、同じ人‥‥。
同一人物が“ふたり”いるかもしれないでござる。
byゲンちゃん』
「む、そういえばゲンちゃんは、何処に!?」
「皆様。ゲストの登場です。どうぞ拍手でお迎え下さい!」
司会者の声に会場中の目視が集まる。
会場の中心に拍手と共に現れたのはイギリスが誇る円卓の騎士。パーシ・ヴァルだった。
「一言、ご挨拶を頂けますか?」
司会の促しに頷いて彼は一歩前に出る。
「では、この場を借りて、常日頃思うことを語らせてもらうでござる」
「ござる?」
疑問符を浮かべたのはシルヴィアだけではない。会場の冒険者には彼を知る者も多い。
目の前の『彼』確かに外見は同じだが‥‥何かが違う?
「‥‥と、言うわけで着ぐるみというのは人の心を和ませ、場を明るくする上でこの上ない文化であり‥‥」
延々10分。着ぐるみ論を熱く語られればそろそろ冒険者以外のもの気付く。
この『ゲスト』への違和感を。
「おお! 長話はパーティに無粋でござるな。では、今度は拙いながらリュートの演奏などを‥‥」
「!」
決定的な動きにシルヴィアは服の裾を持ち上げた。
「どうしたの?」
心配げなやゆよにシルヴィアは怒りの表情で振り返る。
「あれは偽者です。これ以上パーシ様の名をかたる不届き者を許してはおけません!」
ドレス姿で偽者に飛び掛っていきかねない勢いのシルヴィアの肩に今日、三度目の手が後ろから触れる。
「止めないで‥‥って‥‥えっ?」
「大丈夫。お父さんに任せて?」
横で微笑む少女の青い瞳。驚くシルヴィアの横を通り過ぎていく少女の「お父さん」
「子持ちでもかっこいい人はかっこいいなあ。あ! あぅ〜、おにぃーさん、ごめんなさーい」
やゆよが涙目で見送るその背中を、シルヴィアは黙って見つめていた。
ジャジャンカ、ジャン!
誰もが耳をふさぎたくなる大音響で演奏は続く。
誰も止めないと思ってか、もうやりたいほうだいである。
「では、次はジャパンの『ミンヨウ』などを一曲」
「騎士殿は音楽もご堪能か?」
後ろから声が聞こえてきても『彼』の余裕は変わらない。
「任せるでござる。このパーシ・ヴァル。実は音楽も得意なのでござるよ」
「ほう、貴殿もパーシ・ヴァルと言うのか。奇遇だな。同姓同名がいるとは知らなかった」
「そうでござるか? 貴殿も‥‥ってえ゛っ?」
振り返り『パーシ・ヴァル』は見る。自分を見つめる自分。
穏やかな笑みを浮かべるパーシ・ヴァルがそこにいる。
「あ・あの。これは‥‥でござるな。いわゆる‥‥その」
傍若無人の限りを尽くす着ぐるみ怪人も怯ませる、円卓の騎士の迫力がそこにある。
あからさまな怒りを表していないだけに‥‥怖い。
「ごめんなさいでござる〜〜〜」
彼の姿のまま必死で逃げ去る謎の怪人。逃亡を阻止しようとシフールたちが追うが、それはパーシ自身に止められた。
「よろしいのですか?」
「せっかくの夜だ。ハメを外し過ぎないならいいだろう」
(「もう十分外しすぎてる気がする」)
誰もが思ったが口には出さず
「とにかくパーティを楽しもう」
明るく言ったパーシの言葉に拍手と笑顔で答え、従ったのだった。
「では、気を取り直してメインイベントプレゼント交換と参りましょう。皆様、どうか目を閉じて下さい」
ゲストと人々の交流も一段落ついたころ進行役はそう参加者達を促した。
拒否するものは誰もいない。
手にそっとぬくもりが触れる。品々が暖かい訳ではないから錯覚に過ぎないにしても心は届いた気持ちにぬくもりを感じる。
「さあ! 天使からの贈り物。皆さんどうぞお開き下さい」
包みを開ける音と歓声が会場に響き渡った。
真っ先に包みを開けたのはやゆよだった。
赤い包みに緑のリボン。柔らかい感触が手に当たる。
「開けていいかな? 開けていいかな? 開けるよ!」
周囲に確認するとワクワクの笑顔でリボンを解く。
「うわ〜。可愛い。真っ白だ〜」
中から出てきたのはふわふわの飾りのついたホワイトブーツ。
「私とお揃いですわね。きっとお似合いですわよ」
アクテが相応しいプレゼントの担い手嬉しそうに微笑んだ。
「この服にも合うかな?」
早速足を入れてみる。誂えた様に靴は足にフィットした。黒と白が本当に魔法のように絶妙のバランスで混在し似合っていた。
「足元を大事にして下さいね」
「うん! ありがとう」
トントン。靴を足に合わせると同時シャランと音がした。
まるで彼女の気持ちを表すように。
自分の包みを開いたアクテは目を瞬かせる
「あら、これはさっきの鈴?」
赤い布から出てきたのはさっきの少女が身につけていたのと同じアンクレットベルと星の砂。
私じゃない、とやゆよは手を横に振る。では、誰だろう?
美しく飾られたボードにはこう綴られていた。
『星よ、この鈴の音を聞け、
この鈴の持ち主に輝いてみせよ。
そして、祝福を
貴方に星の煌めきと幸あらんことを願う』
ふ、とアクテは微笑んだ。名乗り出ないこの贈り主は随分とロマンチストのようだ。
「ありがとうございます。大事に致しますわ」
贈り物を持って呟く。思いは鈴の音と共にきっと送り主に届くと信じて。
「ふむ、このスープは絶品。なるほど、この壷にはこういう使い道も‥‥」
料理に夢中になる満を
「スープは逃げも冷めもしないから! とにかくプレゼントを開けようよ!」
引っ張ってフレイアは彼と、自分に送られたプレゼントを手に取り、取らせた。
フレイアの受け取ったのはキレイな布に包まれた小さな包み。満のものは正反対に桃色の布に包まれた一抱えもある大きな籠だ。
「あたしのは‥‥ぷっ! ははっはは〜」
突然笑い出したフレイアに満も、そして自分のプレゼントの行く先を気にしていた森写歩朗も驚いた顔をする。
「あの‥‥何か不都合でも?」
「いや。そうじゃないよ。これ、あたしくらい役に立つのもいないだろうって思ってね。うちは、ホントにペットが多いからね」
受け取った「写本」動物誌 を捲りながらもフレイアの頬からは笑みが消えない。
「そんなに沢山いるのですか?」
森写歩朗の問いにうんうん、とフレイアは頷く。
「いるよ〜。鷹に犬に、熊に馬、塗り壁なんてのもいるんだから」
「ぬりかべ?」
ジャパン出身の森写歩朗が驚きの声を上げる。微笑むフレイア。だが、次の瞬間フッと真顔になった。
「ありがとう。大事にするよ」
「あ、いえ、そう言って頂けると幸いです」
美しい笑顔に森写歩朗の胸は高鳴る。
背後からの鋭い視線に気付くまでほんの少しの間だったけれど。
「私からの品は甘い物の詰め合わせです。貴方の心と体の疲れを癒せるよう‥‥」
「大切に頂くとしよう。では、お礼にクリスマスの菓子でもいかがかな」
そしてフルーツ&ナッツケーキをセレナに差し出す。
「ありがとうございます。頂きます‥‥美味しいですわ」
「そうか‥‥」
平和の幸せと料理人の喜びを噛み締めながら満は微笑んでいた。
セレナの元に届いたのは戦士にお勧め! とのカードがついたガディスシールド。
「ガディスの盾は持っておりませんでしたの。ありがとうございます。とても嬉しいですわ」
風呂敷を丁寧に畳んでセレナは黎鳳に頭を下げる。
「いいの、いいの。でも‥‥これさあ‥‥」
手を振りながら困惑した顔で黎鳳は自分の手元に届いた贈り物を見つめる。
「どうしたんです?」
心配そうに森写歩朗は覗き込む。彼に届いたプレゼントは木箱から出てきた守りの衣。
文字でラディオスからの贈り物と気付いた彼は、今お礼を言って戻ってきた所だったのだ。
「いや、これ‥‥本当にもらっちゃっていいと‥‥‥思う?」
セレナと森写歩朗は黎鳳の差し出した『これ』を見て同時に声を上げた。
「セブンリーグブーツ‥‥ですか?」
「これは。本当に随分と張り込んだプレゼントですね」
「だよね。こんな貴重品貰ってもいいのかなあ?」
「貰って下さい。その為に出したのですから」
振り返り黎鳳はそう言って微笑む、贈り主の笑顔を見た。
「アシュレイさん?」
「役に立つ方に使って頂くのが道具も本望でしょう。メッセージカード見て頂けましたか?」
うん、と黎鳳は握っていたカードを差し出す。
『一足も早く、幸福が訪れますように』
「その言葉には貴方への幸福を祈る気持ちと、もう一つ、貴方がこれから助けられる方への思いがあります。どうかそれを使って救いを求める人の所へ一日でも早くたどり着けることを願います」
偽りの無い言葉に黎鳳はもう一度カードを強く握り締めた。そして、勢いよく頭を下げる。
「ありがとうございました! 大事にします!」
「喜んで頂けて何よりです。聖なる母の慈愛に感謝します。今年はすばらしい、暖かい聖夜ですね。私もステキな贈り物を沢山頂きましたから」
キルトには似合わぬ毛糸の手袋を嵌め、ホーリーシンボルならぬ銀の十字架にアシュレイは祈りを捧げる。
外は冷え込みが厳しくなっている。だのに暖かく感じるのは‥‥
『ほんの少しの温もりと守りを貴方に』
きっと暖房のせいでも、料理や手袋のせいだけでもあるまい。と思いながら。
「なんだ? これ」
贈り主不明のプレゼントが届いて以来、ルシフェルは首を捻っていた。
何故なら箱に大きく書いて貼られた文字は『極道!』
これは通常贈り物に付ける言葉では決して無い。
「どういうことなんだ?」
首を捻りながらルシフェルは包みを解いて箱を開く。
中に入っていたのは‥‥
「葉巻と‥‥酒か」
以外に普通だった。
『“は〜ど”な、漢に、これを贈る也』
メッセージプレートを見てルシフェルは苦笑する。ふとした時に彼女を思い出す自分は、は〜どだろうか? と。
「まあ、とにかくありがたく頂こう。葉巻はともかく酒は土産になるかもしれない」
ドライシードルの瓶を軽く揺らして見えない贈り主に彼は礼を言った。
手元に届いたのは植木鉢と種。
青い布とリボン。そしてヤドリギに飾られたそれは無骨な自分が受け取っていいものだろうかとラディオスを悩ませた。
「私からの品を受け取って下さったのですね」
ありがとうございます。と頭を下げるシルヴィアに本当に自分で良いのかと出かけた言葉を口の中に飲み込む。
「あ、ありがとうな。気の利いた言葉もでない野暮天ですまんが、大事にするぜ」
「いいえ」
首を横に振りシルヴィアは微笑む。
「何かを生み出せるものを贈りたかったのです。そしてヤドリギは恋の祝福を願っての事。新しい出会いに感謝を込めて、どうか幸運がありますように」
輝くような笑顔と祝福。それに
「ありがとう」
ラディオスはもう一度心からの感謝の言葉を返した。
自分に届けられた贈り物に彼は目を輝かせた。
「これは、運命でござるな」
「まだまだパーティは終わっていないのである。ゲンちゃんレボリューション。リターンである!」
密かに上がった時の声。だがそれをさらに密かに聞く声があった。
「奴は拙者が止めるであ〜る」
「あら? これは何かしら?」
料理を運んでいた係員シフールは会場の隅に丁寧に置かれた荷物に手を触れる。
『後ほど取りに来る故、持ち去り厳禁でお願いするである』
礼服にバックパック。帽子に白いラッピングで包まれたプレゼント。
大事なものでありそうだと解っていたので、彼女はそれに触れないで戻ってきた。
後で、彼女は思う。
もし、あれを持ち去っていたら運命は変わっただろうか? と。
「似合う?」
「うん、可愛いよ。ヴィアンカ」
少女は嬉しそうにくるりと回ると可愛らしくお辞儀をした。翻る振袖の裾で花が踊る。
手にはプレゼントのスターサンドボトルがしっかりと握られて、満開の笑顔が咲いていた。
「お姉ちゃん達。ありがとう!」
「俺からも礼を言おう」
着物を着せてくれたフレイアと、プレゼントの贈り主やゆよへパーシとその娘ヴィアンカは礼を言う。
「頑張ったご褒美だよ」
「砂の粒だけ貴方の『好き』がつまっているからね。恋人同士で持つと、人生の荒波もきっと二人でなら乗り越えられるよ‥‥ああ、でも今はお父さんとかな?」
二人も笑顔で答えた。これだけ喜んでもらえると嬉しいものだ。
「あのね。教会に振袖持って帰れないから預かってもらえる?」
「了解。次に出合った時に必ず渡すからね」
頭を撫でながらフレイアはヴィアンカに頷く同じ理由で満も陣羽織をパーシから預かる事を約束した。
「戦場や城で着るには勿体無さ過ぎる。屋敷に戻れる時に受け取らせて貰えるか?」
公私両方のプレゼントが一回り回った頃、シルヴィアは自分の手元に届いた贈り物を見つめていた。
入っていたのは手刺繍のハンカチ、四葉のクローバー。そして鷹のマント留め。
『あなたに幸せがありますように』『未来に羽ばたく事を願う』
大人と子供の手で書かれたメッセージはまさか‥‥。
「それ、私とお父さんからだよ〜」
「リトルレディ! えっ!」
手元を覗き込んだヴィアンカの言葉にシルヴィアは動揺する。と、言う事は。
慌てて頬を押さえ下を向いた。プレゼントを握り締めたまま。
優しい眼差しで自分を見つめる緑の視線があることは解るけれども顔を合わせられないとシルヴィアは思った。
少なくとも頬の上気が収まるまでは。
○聖夜の夢
プレゼント交換が終了した後は、賑やかで楽しいパーティタイムとなった。
料理は好評。運ばれる端からどんどん消化されていく。
「料理人としては冥利に尽きるね」
「確かに‥‥嬉しいものです」
黎鳳はステージから戻ってきた森写歩朗に微笑みかけた。
手品で拍手を貰ったのも嬉しいが、自分達の料理に美味しいと微笑んでもらえるのは何より‥‥癖になる。
「‥‥彼女にも食べさせてやりたかったな」
ルシフェルが呟いていた事も二人にとって嬉しいプレゼントだった。
「料理も終わり。よろしければそろそろ歌などご披露させて頂いて宜しいですか?」
アシュレイが一歩、前に出た。寄りそうエレメンタラーフェアリー達が愛らしい。
拍手で迎えられた彼は酒場の楽師に目配せして、息を深く吸い込む。
♪〜♪ 〜〜♪〜♪
「あっ! この歌知ってる!」
ヴィアンカが足でリズムを取っている。確かに冒険者にも耳に慣れた流行曲だ。
「なんだか踊りだしたくなっちゃった。踊ろ! シルヴィアさん!」
「ヴィアンカ様も踊りませんか? 私、教えて差し上げますわ」
少女達が手に手を取って踊り始める。ホールはまるで花が咲いたようだ。
「踊ろうか。満」
「喜んで。奥方」
互いに見詰め合って歩を進める夫婦。
『一曲お相手頂けますか?』
「あら?」
ゲルマン語で話しかけられた事に驚いてアクテは顔を上げる。目の前では騎士が丁寧な礼を取っている。
『故郷を懐かしんでおられたようなので、共に異邦人同士』
呟きを聞かれたようだ。アクテは上品に笑みを返す。
『私、良いお相手はできませんわよ』
『私も愛しきものがおりますので、ご心配なく』
安堵か、それとも。小さく胸の中を過ぎった思いを振り払ってアクテは誘いの手を取る。
曲は穏やかなものに変わりつつある。鈴の音も一緒に踊る。
緩やかな曲に乗って咲くホールの笑顔と花がまた一つ増えていた。
鮮やかで美しい笑顔と、笑い声。美しい音楽と、和が輪となるメロディー。
聖夜の美しい光景を肴にラディオスはジョッキのエールを喉に流した。
窓際で一人。まるで奇跡のような静寂の時間を
「向こうに行かなくていいのか?」
思いも寄らない声が遮った。ジョッキを二つ持ったパーシが立っている。
「!」
立ち上がりかけたラディオスを制して彼はジョッキを差し出す。無言で頷くとラディオスはそのジョッキを手にとった。
「‥‥聖夜が好きなんだ。ロマンティックとは遠い性格だと解っているが‥‥だからこうして雰囲気だけでも楽しませてもらえれば‥‥な」
彼が敬語を望んでいないと思うから、ラディオスは自分の言葉で本心を紡ぐ。
「判るな‥‥。俺も同じだ」
「‥‥貴方が?」
社交的で皆に好かれていると見える彼。自分とは正反対に見えるのに、何故‥‥。
その問いに彼は言葉では答えなかった。
「あの‥‥パーシ様」
勇気を振り絞ったような呼び声に呼ばれて彼はまた人の輪の中に戻っていく。
彼がどのような思いであの言葉を語ったかは判らない。
いつの間にかラディオスは自分の頬に笑みが浮かんでいる事に気づいた。
‥‥交わした視線に自分と同じ思いを抱いているのだと知ったからだろうか? 遠いと思っていた円卓の騎士も。
向こうではさっきのドレスの娘とパーシが踊っている姿が見える。
「聖夜だしな、どんな奇跡が起こっても納得できるってもんだ」
静かに響く賛美歌と聖なる宵の星空に、ラディオスはそっとジョッキを掲げたのだった。
○夢の終わり
「お父さん! とっても楽しかったよ!」
小さな手を繋いだ娘の言葉に
「良かったな」
と父は笑って答えた。
「あのね。手品が楽しかった! すごいのよ。箱の中のコインがあっちや、こっちにいっちゃうの! お土産のクッキーはみんなにあげるんだ。キモノもとってもキレイだったし‥‥毎日聖夜祭だったらいいのになあ」
瞳を輝かせる娘を抱き上げながら、だが彼の心は父親失格と思いながらもパーティで出会った二人の娘の言葉を思い出していた。
いつか再戦をと願った娘は言っていた。
「私達には沢山の人達が楽しく過ごすこの時間を護る力がある。その為にも頑張らないと」
そして‥‥揺ぎ無い眼差しで自分を見つめたあの娘は
「約束して下さい。この先なにがあろうとも、必ず生き残ると。それが私が望む、聖夜の唯一つの願いです」
聖夜の願いをそうかけたのだ。神へではなく彼自身に‥‥。
娘を教会に送り、彼は一人空を見上げる。
『彼女』の願いに素直に頷けなかった自分がいる。自らの力は護る為に。そう言った娘の言葉には頷けたのに。
そして気付いてしまったのだ。
あの日以来、凍ってしまった心が、今もまだ完全に溶けていない事。
自らにとって、生きると言う事が目的を果たす為の手段でしかない事に‥‥。
目を閉じると思い出す。
輝いた楽しき一夜。
だが、彼の心は輪の中には入れなかった。
一人離れて見守っていたあの戦士のように‥‥幸せの輪は近いのに、手が届かない程に遠い。
一度だけ、目を閉じると空から視線を前に戻しパーシは足を早めた。
行く先は王城。
彼がこの夜、何を思い、何を決意したか。見守る星達さえも知る事は無かったという。
「最後まで賑やかだったねぇ〜」
「ああ。あの後どうなった事やら」
パーティの終わり。夢の終わり。
星空の下、帰路に着く恋人同士はそんな会話を続けていた。
「今回は、究極の着ぐるみを披露でござる!」
いよいよ佳境に入ったパーティで突如現れた大ガマに飲み込まれかけた忍者。
それを倒さんと立ち向かう超☆紳士 マッスル仮面との大乱闘は、観客に笑顔を贈った。
会場を守り、反撃をくらい顔を真っ黒にした主催者シフール達にはそうではなかったろうけれど。
「楽しかったね」
「ああ。また来年も共に‥‥」
寄り添いあう二人はそれぞれの贈り物を、胸に家路に付いた。
それは無論、彼らだけのことではない。
恋人へ料理を手土産に帰るルシフェル。星空を見上げながらパーティで聞いた歌を口ずさむアクテ。
遠い空の下、彼方の大切な者達へ思いを飛ばすセレナ。
やゆよは大事な者の無事を願い、アシュレイはこの夜の幸せを神に感謝した。
片づけを手伝いながら、キレイに片付いた皿に手を打ち鳴らす黎鳳と森写歩朗。
それぞれの聖夜が過ぎていく。
‥‥帰り際。ラディオスは寒空に佇む乙女を見つけた。パーティが終わり騎士の装い。
だが彼女の瞳は白いドレスの時と変わらず、遠い誰かを見つめていた。
彼は何も言わず静かに立ち去る。
奇跡の訪れを、心の中で願いながら‥‥。
「お疲れ様なのでござる」
手にはエール。横にはパーティ会場からくすねたご馳走の残り。
持ち上げられたジョッキにマックスは、自分のジョッキを合わせた。
コンと軽い音が夜空に響く。
「メリぃクりィでござる!」
「今年は色々あったけれどそれはそれ。これはこれ。また、頑張って未来を行こう!」
頷きあった二人の顔は落書きと汗で真っ黒。
しかし、その表情と心は輝いていた。
今年も聖なる夜が更ける。
人々の心に一時の夢を残して。
美しく輝く星に願いをかけて‥‥。
I wish you a merry Christmas and a happy new year!