●リプレイ本文
○守りたいもの
聖夜祭で賑わうキャメロットを離れると、周囲は急に静かになる。
「今回は、まあ祭り見物だしね。楽しまないと。‥‥のんびりいこっか」
「そうであるな。聖夜祭に公現祭。祭りが続くが賑やかな事は悪い事ではない」
楽しげに笑うフレイア・ヴォルフ(ea6557)の隣に尾花満(ea5322)は寄りそって笑う。
「いつもながらお熱いねえ。今って8月だったっけか?」
そんな軽口で熱々夫婦をマナウス・ドラッケン(ea0021)はからかってみる。
鹿角椛は尾花夫婦の邪魔なんて野暮な真似はしたくない。と言っていたがこれは邪魔ではなく、まあコミュニケーションである。
「おやおや、言ってくれるね。でもいいんだよ。今回は祭りを楽しむのが目的なんだから。ね? ヴィアンカ? セレナ?」
フレイアの右でくすくすとセレナ・ザーン(ea9951)は笑っている。隣に立つ少女と一緒に。
「そうですわね。ご夫妻と一緒に公現祭というのは保護者同伴の気分です。あ、嬉しいという意味ですわよ。本当に楽しみです」
ふと、思い出したように少女の顔を見下ろす。親愛を込めた眼差しで。
「そういえば、初めてヴィアンカ様にお会いしたのも、去年の公現祭でしたわね。本年もよろしくお願いいたしますわ」
「うん!」
頷きながらちらりとヴィアンカと呼ばれた少女は、後ろを見る。列の最後尾にはゆっくりと歩く『父』の姿がちゃんとある。
彼の微笑みを確認してヴィアンカは‥‥
「お祭りで、いっぱい遊ぼうね。お買い物もたくさんしよう!」
心置きなく臨時の姉と臨時の保護者と、臨時のペットに甘える。
セレナと手を繋ぎ、夫妻の周りを回り、側を歩く狼の毛並みに抱きついて。
「〜〜〜!」
「いい加減諦めとけ。絶っ太。‥‥お前だってまんざらじゃ無い筈だろ」
困った顔で、でも、ヴィアンカにされるがまま抵抗しない愛狼の額を閃我絶狼(ea3991)はピンと指で弾く。
それで覚悟が決まったのかもう狼は鳴き言(?)を言ったりはしなくなる。
「今回はいいが‥‥こいつの高速移動方法ももう少し考えてやりたいなあ。籠でも作ってやるかね」
ぷっ!
いきなり聞こえた吹き出し笑いに絶狼は振り返る。そこには光景を想像したのだろうか。
ケラケラと腹を抱えて笑う藤村凪(eb3310)の姿があった。
「箱入り息子ならぬ籠入り狼か。かわゆくてええなあ。うち見たかったわ」
「‥‥別に可愛がってしてるわけじゃないぞ。仕方無しの事だ。‥‥まあ、確かに見ている分には面白いかもしれんが‥‥」
ちょっと空想する。馬の背中に付けられた籠、籠のふちに手をかけて顔を出す狼。
ぷっ! ふふ!
今度は笑みが仲間中に広がる。
「きっとホントに可愛いね」「私も見てみたいですわ。今度ぜひ」
笑っているのは少女達だけではない。
後ろの後ろにいたギリアム・バルセイド(ea3245)やクロック・ランベリー(eb3776)どころかパーシ・ヴァルまでもだ。
ぽりぽり。頬を指で掻きながら狼と仲間達の顔を交互に見つめ
「まあ、いいか」
絶狼も笑う事にする
「みんな楽しそうだね」
呟く李黎鳳(eb7109)は空を見上げた。冬晴れの天は透き通るようなコバルトブルー。
笑い声は風に乗って溶けていく。
思いもよらぬ新年の初笑いとなった。
「今回はベルお姉ちゃん、さそわなかったんだ。てっきり皆がよぶと思ったのに‥‥」
もうじきシャフツベリーが見えてくると言うところで、今まで誰も言わなかった事をぽつり、ヴィアンカが口にした。
「まあな。誘おうかとも思ったが、例の件の直後だ。ベルにも考える時間がひつようだと思ってな」
ぐりぐりとギリアムはヴィアンカの髪を撫で回す。彼女の言葉の理由は解る。自分だけ楽しんでいいのか。という思いだろう。
「子供はそんな事は気にしないでいいの。ただ、まあ、今回もゲームはするよ。いいね。ヴィーカ?」
ヴィアンカは聡い子である。詳しくは説明しなくても事情と行動の意味は理解しているだろう。
フレイアの言葉にヴィアンカは素直に頷いた。
「うん。言う事聞く。ちゃんとお利口にしているから」
「よし、いい子だ。じゃあ、いい子にちと遅いが聖野菜のプレゼントをやろう。ああ野菜じゃないからな。お守りだ」
差し出されたのは小さなダイス。透き通ってキラキラしている。
「うわ〜。キレイ。ありがとう」
プレゼントに嬉しそうに微笑む少女を見ていると、助けてあげたくなる。
できる限りのことをしてあげたくなる。それは、皆同じだろうと確信できる。
セレナは膝を折ってヴィアンカに笑いかけた。
「向こうに着いたらお祭りの衣装を決めましょうね。私、魔法少女セットを用意しましたの。きっと可愛いですわよ」
「振袖もあるだろう? 好きな方着ていったらいい。向こうで決めようか? 覗くんじゃないよ。満。マナウス」
「覗かぬ。拙者も命が惜しい故な」
「なんで俺に言うんだ?」
抗議するマナウスの前にフレイアが立ちはだかる。
「大事な女の子達に手を出させるわけにはいかないからね」
「手なんか出すか! 娘もいるし、俺には目的があるんだから」
「目的? ああ、ナンパか‥‥」
「ああ、俺の目的は一つでな。何、そう大したことじゃないんだが‥‥そこ、妙な想像しないっ!?」
ひそひそ、こそこそ、顔を付き合わせる女性達にマナウスは声を上げる。
‥‥一瞬彼が浮かべた真剣な表情に、女性陣もそれ以上のツッコミを入れなかった。
口にしない思いを抱いてマナウスは苦笑した。
からかい、からかわれこういうやり取りしてられるのが普通に嬉しい。
だからこそ、今年もまた、こういう時間を作れるように頑張ろうと思う。
‥‥幾度も足を運んだシャフツベリー。あそこに今いる娘は無事にしているだろうか。
あの街は今、どうなっているだろうか‥‥と。
○祭りの前に
公現祭の前日。
祭りの準備で忙しい伯爵はまた、来訪者を迎えた。
冒険者達と聞いて仕事の手を止め、面会に向かう。
そこには予想した面子とはまた違う。だが、見知った顔達があった。
「お前達‥‥」
やってきたのは三人。マナウスと絶狼と、そしてフレイア。
「よっ! 久しぶりって言っても最後に会ったのは二週間前か。んじゃ新年おめでとう。こっちなら問題ないはず」
軽いノリで最初の挨拶をしたがマナウスだったが、広がった沈黙の後、
「ゴメン。ここに来たらまず最初に謝りたかったんだ。あんたに‥‥」
突然、彼は深く頭を下げた。
伯爵の答えが
「何を、謝ると言うのだ? 私には覚えが無い」
だっととしても、マナウスは真剣な顔を崩さない。
「ベルの呪いの媒介を取り戻せなかった事。今は、視力は回復しているようだが、またいつ呪いを受けるか解らない。第二に貴方の過去を掘り起こしておいて、結局は封印を守れなかったこと。そして‥‥」
そして‥‥何より。マナウスは顔を真っ直ぐに上げた。
「何より、貴方の家族に対する愛情を疑ったことを‥‥お詫びする。謝って済む問題ではないのも解っている。でも、あの結果を引き起こしておいて平気な顔でいられるほど、俺は図太くないから‥‥」
俯く冒険者達に伯爵は静かに横に首を振った。
「‥‥だとしても、お前達に責任を押し付けるほど私は恥知らずでは無い。シャフツベリーで起きた事の全ての責任は私にある。まして、今回の事の発端は私の過ちだ」
「へえ〜」
伯爵を見つめるフレイア。その表情には素直な感嘆が込められている。
今まで、こと人間関係については否定するばかりだった彼が自らの過ちを認め、責任を認めた。
どういう心境の変化、だろうか?
苦笑しながら絶狼は伯爵の肩をぽん、と叩く。
「まあ、‥‥ちょっとだけ同情していますよ。完璧に心が揺るがないほど強い人間はそう居ない」
だが、その肩を払い伯爵は前を向く。
「同情の必要は無い。私は自らの選択に後悔はしていないからな‥‥あの時点での結論は間違ってはいなかったと今も思う。‥‥子供らはそうは思わないだろうが」
毅然と感傷を振り切るように言った彼に、そうか。と冒険者達は呟いた。
ため息にも似たそれが誰の口から出たものかは解らない。
ひょっとしたら一人だったかもしれないし、三人全員だったかもしれないが‥‥。
「とりあえず、今回は祭りを楽しみに来たので、滞在許可してもらえますか‥‥邪魔はしませんから」
絶狼の言葉に伯爵は無論、と頷く。
祭りに来た観光客を追い出す理由はどこにもないのだから。
「俺達は、とりあえずパーシ卿の家を借りている。何かあったらそこに」
パーシの名に微かに伯爵の肩が上がる。だが、以前のようなあからさまな怒り、では無い。
その事も少し感心しながらフレイアは笑った。
「ヴィアンカが一緒なんだ。時間があって、興味があるなら見に来てもいい。可愛いよ〜。アタシは振袖をあげたんだけど他の衣装も良く似合うから着せ替えのしがいがあるってもんだ」
軽くウインクして部屋を出るフレイア。マナウスも丁寧にお辞儀をして外へと向かう。
「意地を張り続けても疲れるだけですよ、相手の事を理解してみようと試みる位はしてみては?」
ポン。
今度は背中を軽く叩いて去っていった絶狼の言葉と、手の感触は伯爵の心にいつまでも残っていた。
窓を開き、埃を払い、部屋を掃き掃除する。
円卓の騎士までこき使った大掃除は領主館に挨拶に行った三人が戻るより早く終わっていた。
そして、今は部屋の中で衣装を広げたファッションショーの真っ最中。
「振袖って美しいですね」
「そうやろう? これはやねえ。うちの故郷であるジャパンってところで作られたんや。ええ品やで〜。フレイアさん、ええもん手にいれはったんやなあ」
「まあ、いろいろとルートってもんがあってね。こっちもいいけど街中を買い物に歩くとなると、ちょっと不便かもしれないねえ。セレナの魔法少女の服借りたら?」
「魔法少女って、クリスマスの時にどっかのお姉ちゃんが着てた服?」
「ええ、14歳以下限定だそうですが、私にはちょっと小さすぎて‥‥」
「どうせならセレナも可愛い格好したらいいのに」
「私は、騎士の服装で行くつもりです。ちょっと派手に纏めてみたので十分仮装になると思うのですが‥‥」
「鎧姿もいいけど、やっぱり女の子なんだからさあ〜」
「うちは着物でええな。派手な仮装も嫌いややない。いやむしろすきなんやけど‥‥」
「ちなみにフレイアさんはどのようなお洋服で?」
「あたしかい? あたしはコレ。レザーのドレス」
「カッコいい〜。私それも着てみたいなあ」
「お子様には十年早いよ。もっと一杯食べて大きくおなり」
ワイワイ、がやがや。楽しそうにおしゃべりは途切れる事はない。
一方男衆はと言うと時間がかかったのは
「‥‥やっぱやめておこう。動きづらいしな。普通の礼服で十分十分」
荷物に大きな着ぐるみを絶狼がしまい直したことくらいのもの。
当の昔に出発の準備はできていた。
「随分と時間がかかるな。何をそんなに時間をかけているやら」
呟くクロックに
「女性の着替えには時間がかかるもの」
「そんな事を言っていると女性に嫌われるぞ」
満とマナウスは異句同音で泰然と答える。
「女性がどうかした?」
いきなり後ろからかけられた声に、びくりと肩を動かしたのはクロック。
振り返るとそこには、ニッコリと笑う平服の黎鳳がいた。
「い・いや。何も‥‥」
別に悪口を言っていたわけではない。ただ、なんとなく、気が引けてしまいクロックは後ずさりした。
「ちょっと頼まれて忘れ物を取りに来たの。あと少しだから待ってて」
笑ってそう言った黎鳳はふと、思い出したように足を止めくるりと踵を返した。
進み出て、パーシの前に立つ。
「パーシさん。ちゃんと休んでる? 息抜きに来たわけじゃないのも知ってるけど、パーシさん働きすぎだよ。諺でも『大きい荷物も、二人で持てば半分だ』って言うじゃない。半分は無理だけど、ちょっとは手伝わせてよ。せっかくのお祭りなんだから、もっと楽しんでさ」
真っ直ぐな眼差しで見つめる少女に、パーシは無言。イエスとも、ノーとも言わなかった。
戸惑うような眼差し。
はあ、とわざとらしく肩を下げる黎鳳。けれどその目は笑っている。
「相変わらず苦労性さん、だよね。でも、忘れないで。前に言ったよね。『みんなの幸せな時間を護る』って。みんなその為には力、貸してくれるんだから」
ピッと立てられた指が一本。その目には一欠けらの迷いも無い。
「黎鳳さ〜ん。まだ見つかりませんか〜」
「あ・はーい。今行くよ〜。じゃあ、また後でね〜。パーシさん! あ、ヴァルさんのほうがいい? 後で教えてね〜」
部屋からの声に呼ばれて黎鳳は走っていく。
「やれやれ、賑やかな娘だな。さて、もうじき用意が出来るなら俺達もすぐ出かけられるように用意を‥‥どうした?」
冒険者達は首を振る。
けれども視線を離すことができなかった。
立ち尽くす。
黎鳳の言葉に一言も答えを返さなかったパーシの表情と思いを、見つめたまま。
○心の弱さと強さ
「‥‥ちょっと! 落ち着きなって!」
フレイアは半ば強引に取っ組み合う二人のうち女性を引き剥がした。男性は満が後ろから羽交い絞めにしている。
「一体なんだってケンカ始めたんだい?」
「だって! この人あの細工物買ってくれなかったんですもの!」
「あんな高いものそうそう買えるか! 大体おめえになんか似合わねぇよ!」
「なによ!」「なんだと!」
一端は収まったかと思ったのに二人はまた激しくののしりあい始めた。
「フレイア!」
「解ってる。セレナ! ヴィーカを連れて行って。早く!」
「解りました! ヴィーカ様。こっちへ!」
フレイアの声にセレナは強くヴィアンカの手を引いた。
「でも、お父さんが‥‥」
人ごみに紛れてしまった父の姿を心配そうに探している。
「ヴァルさんなら大丈夫! あの人をどうこうできる奴なんて滅多にいないんだから。私たちもここを治めたら直ぐに行くから」
心配そうなヴィアンカに黎鳳は笑いかけ、トンと背中を押した。
「パーシさん、あんたのこと心配しとったで。だから、今は逃げるんや、ここはうちらに任して」
「‥‥うん、わかった。気をつけてね」
「絶っ太。ヴィアンカ達を守れよ!」
気遣うヴィアンカに指を立てて冒険者達は笑いかける。その笑顔を約束にヴィアンカとセレナは喧騒に背を向け走り出した。
狼と共に。
「さて‥‥と」
マナウスは周囲を観察した。幸い、彼女達を追うものはいなさそうだ。
皆、隣人に苛立ち、憎しみをぶつけているだけ。
「なら、落ち着いてもらえばいいな。ちょっと数が多いから手荒くなるが‥‥」
指の骨を鳴らしてマナウスは前を見つめた。
「そういえば、パーシ卿は本当にどこに行ったんだ?」
「ケンカが始まりかけた頃、走っていかはったなあ。あっちの方に」
凪が指差した方は、街の中央方面。人の波のもっとも濃い方向だ。
「ギリアムは、逆方向に行ったな。領主の館の方か‥‥どうした?」
クロックは隣で指元を見つめる絶狼に声をかけた。
「石の中の蝶が‥‥微かにだが動いた気がする。まさか‥‥」
だが今は確かめている暇は無い。ヴィアンカを守るためにも、祭りを守るためにもこの騒動は治めておかなくては。
「相手は、みんな一般人だ。手加減しろよ。皆!」
マナウスは言いながら思った。どうして、急にこんなことになったのだろう。
彼だけではない。みんなが思った事だった。
ほんの、少し前まで街は平和そのものだったのに‥‥。と。
彼らが思うとおり、ほんの少し前までは街は、平和そのものだった。
「うわー。ステキ。キレイ。キラキラしてる!」
「シャフツベリーは彫金が盛んだそうですわね。確かに、どれもステキですわ!」
少女達は楽しそうにあちらこちらに並んだ店々を覗き、ひやかしては楽しんでいた。
欲しいものは沢山ある。だが、あれもこれもと走るようなことはこの子達はしない。
与えられたお小遣いや手持ちの金額だけで楽しもうとしている。
その素直さが愛おしく思えた。
「ヴィーカ、セレナ、お姉さんが奢ってあげようか? 」
甘いとは思いつつもそんな言葉が口からついて出る。
「ありがとー。でも今はだいじょーぶー」
「あちらには、甘いお菓子の出店があるようですわね。参りましょうか、お姫様」
「うん!」
手を振った少女達は楽しそうに人ごみの中を泳いでいく。それを数歩後ろから満とフレイアが追いかける。
マナウスや絶狼も付かず離れずで警戒しているに違いない。
「いつもながらいい光景だね」
「ああ。子供らの笑みには幸せを感じる。‥‥ギルドの命を受けた冒険者ではなく、単なる夫婦として気軽に祭に参加できるようになりたいものだな‥‥。まずはそのために頑張らねばならぬが」
「ふふ、そうだね」
寄り添い、共に歩く幸せ。
だが、それは長く続きはしなかった。
「おっきな篝火やねえ。‥‥ん? な、なんや? 一体?」
それに最初に気づいたのは凪だった。炎に少し魅入った後、買い物でもと振り返った時、何かが聞こえた気がした。
その直後、いきなり隣で乱闘が始まったのだ。
これが酔っ払いの男同士だったら別段、気にもしなかったろう。だがケンカを始めたのはごく普通の婦人同士。
何が起きたか解らないまま、凪は二人を止めに入る。なんとか彼女らは引き離したものの、今度は後ろの方で争いが始まったのだ。
放ってはおけずまた止めに入る。その繰り返し。
いつの間にか楽しい筈の祭りには血の匂いと苛立ちが溢れていた。
「な、なんでや一体? あ! パーシさん!」
「すまない! 皆と協力してケンカを抑えてくれ。なるべく、人を傷つけずに! 俺は奴を止めてくる」
「奴? 解った。気ぃつけてえな」
走り出すパーシ。
だが、彼は一度だけ振り返って言い置いていった。
「ヴィアンカを頼む」
それは、娘を思う父の顔。
次の瞬間には円卓の騎士の顔で彼は駆け出して行った。
「任しとき!」
遊び気分で参加していたが、もうそんな場合ではない。
パチンと頬を叩いて気持ちを引き締める。
そして仲間達と共に人々の輪の中に入っていったのだ。
その日の祭りの夜の乱闘で捕らえられた人々の数は三桁を数えた。
怪我人もほぼ同じだけ。
彼らは捕らえられてからもなかなか自分達の非を認めようとせず、多くが怒りを顕にしたのだと聞く。
祭りと言うのは楽しい反面、快適とは真逆の場所だ。
ほんの僅かのきっかけさえあれば、人々はその感情を爆発させてしまうのかもしれない。
そして、そのきっかけとは‥‥。
「‥‥おい」
「ふむ、シャフツベリーの聖夜祭には来たことあるんだが、公現祭は始めてだ。面白いな」
「‥‥‥‥おい」
「その串焼き一つ。酒は‥‥まあ控えておくか」
「‥‥‥‥‥‥おい! 返事をしてくれないか?」
「なんだ? 俺のことを呼んでいたのか?」
串焼きをかじりながらギリアムは、しれっとした顔で答えた。
「なんで俺の後についてくる?」
苛立つように問うパーシに
「いや。何か悪いか?」
さらに笑って彼は答える。
「騎士殿は祭りを楽しんでいるのだろう? 此処にいるのは流れの戦士で、自発的に警護をしているって訳だ。だったらここにいる俺もただの戦士。自発的に手伝いに加わらせてもらっているだけだ。何も無ければ俺も祭りを楽しめるから問題なしだろう?」
「俺の依頼はヴィアンカの護衛だったはずだが?」
「そっちは大丈夫。皆がついてる。俺は皆を信頼しているからな‥‥」
一瞬、パーシの反論が止まった。その隙にギリアムは笑いかける。彼の心に向けて。
「アンタ、また悪い癖が出てないか? 何でも一人で背負い込みすぎだ。まあ、万が一の時に備えて連絡役くらい残しておけよ。ほら、向こうにヴィアンカ達がいる。楽しそうだぞ」
前を行くギリアムに、冒険者の優しさが見える。パーシは小さくため息をついた。
それでも‥‥思いかけてパーシはハッと顔を上げる。
いつまでも動かない、ついてこないパーシにギリアムはどうした? と声をかけかけ少し遅れてそれに気づいた。
「ギリアム‥‥」
歴戦の戦士達が感じ取ったもの。それは覚えのある黒い気配。
「連絡役をと言ったな。ならば走れ。領主館まで行って応援を呼んでくるんだ」
二人の行動は早かった。パーシは武器を取り走り出し
「領主館? ‥‥解った。無理するなよ。パーシ!」
ブーツを履きなおしギリアムは駆ける。
忠告は多分無駄だろうと解っているが、それでも、彼は走った。
周囲の空気がざわめく。手遅れになる前に‥‥と。
『退け悪魔。シャフツベリーを、イギリスをお前達の好きにさせるわけにはいかない!』
『今日の所はここまでにしておこう。一度に全て壊しては楽しみが無い』
きっかけは、デビルのたった一言の言魂だったと冒険者は後に聞いた。
高位デビルの力を、冒険者達はこの夜、思い知らされる事になる。
○新たなる決意
翌日。
街中の者達が広場に集められた。
広場は昨日の惨状の跡がまだそこかしこに残っている。
その惨状を生み出したもの達は誰もが恥ずかしそうに顔を背けて、眼前の舞台を見つめている。
太陽の照らし出す惨状と、人々。
「伯爵は、何をするおつもりなのでしょうか‥‥」
冒険者達は、その光景を一番後方から見つめていた。
ざわり、空気がざわめく。祭り舞台の上に領主が上がったのだ。
「あれ? パーシ卿?」
舞台の下にパーシを見つけた冒険者達が目を瞬かせた時、
「我が民達よ」
俯いていた民衆が顔を上げた。
「見るがいい。この惨状を。昨夜の祭りの結果がこれだ。昨夜、汝らが怒り、憎しみを隣人にぶつけたからである」
民達の顔がまた下がる。
忘れようも無い。壊れた店、飛び散った血。その責任は自分達にあると知っていた。
恥じるように顔を落とす民衆に
「だが、私は皆を許そう。この罪は汝らのものではない。全ての責は私と、デビルにある」
伯爵ははっきりと宣言した。
「!!」
冒険者達の顔が青ざめる中、伯爵は今まで民に知らせなかった事を告白したのだ。
シャフツベリーにデビルが封印されていたこと。そしてそれが開放されてしまったこと。
「デビルがこの街に!」「我々は滅ぼされてしまうのか!」
人々の間に動揺が走る。だがそれを
「案ずるな」
たった一言が止めた。
人々の上に立つ領主の力。
「人の持つ力を信じよ。デビルの力など人間の意志で弾き返せるのだ。だが逆に負けてしまえばデビルの力など無くても人は、憎みあう事ができるだろう。‥‥憎しみは、何も生む事がない」
一度、伯爵は目を閉じた。自らに言い聞かせるように。そして朗々と民に告げたのだ。
「隣人を信じ、友を信じ、神を信じよ。そうすれば、デビルなどに負けることは決して無い!」
民衆達の動揺は歓喜に変わった。広がる強い意志。そして決意。
見つめていた冒険者達も思わず拍手をする。
人々の信頼と目視を集める伯爵の横で、パーシは無言で、ただ佇んでいた。
数日後、冒険者達はシャフツベリーを後にした。
人々の心と街の復興を確かめて‥‥。
「これを。伯爵からの預かりものだ」
帰り道、フレイアはパーシから差し出された瓶を受け取って見つめる。
「スイートベルモット? これ、伯爵が返してよこしたのかい?」
伯爵家からの帰り際、これと同じ酒をフレイアはヴェルに預けた。
疲れを癒して欲しい。元気で力強い姿を皆に見せていて欲しい。そんな思いを込めたこれは贈り物だったのに。
「いや‥‥。貰った酒は昨夜、二人で飲んだ。これは伯爵からの礼と覚悟だ」
「二人で?」
「お父さん?」
そう言えば、祭りの騒動が治まって事後処理を終えた後、二人の姿は消えていた。
翌日のあの宣言までの間‥‥。
「完全に和解できた訳ではない。お互いに失ったものは大きすぎたからな。‥‥でも、話はできた。伯爵が話を聞いてくれる気になったのは皆のおかげだろう。そして彼が出した答えと決意の一つが、あの宣言だったわけだ。もうシャフツベリーはデビルなんかに負けない。きっと‥‥だから」
感謝する、頭を下げたパーシの笑顔に
「やめておくれよ‥‥パーシ‥‥」
ふと言葉が止まった事にフレイアは自分自身が驚いていた。
フレイアだけでなく冒険者達も気付く。パーシの瞳に今までとは違う、何かを‥‥。
「過ちは決して消えない。罪も、後悔も‥‥。だがそのまま立ち止まっていては何も出来ないと気付けたからな」
それは‥‥何を決心した顔だろうか?
「今後イギリスを囲む戦いは間違いなく激化する。人と人、人と悪魔、人とモンスター。その戦いから人々を守るために俺は、もう立ち止まらないと決めた」
「パーシさん。走っていくのはいい。でも、一人で背負い込まないで。みんな‥‥助けたいと思っているんだからね!」
真剣な眼差しの少女にパーシは微笑むだけ。
その微笑を浮かべた瞳の奥の色が、あまりにも深くてもう黎鳳は何も、言う事ができなかった。
沈黙が場を支配する。その静まり返った場を
「ああっ! しっぱいしたあ」
振り払うように凪は声を上げる。
「旦那になんか買うてってやろうと思ったのに、ああ。あんなにいろいろ良いもんあったのになあ〜」
頭を抱える凪の肩をパーシはトトンと叩いた。
「大したもんじゃないが、土産にやろう。自分で使うなり旦那にやるなり好きにすればいい」
「へ? ほんとに? おおきにパーシさん。‥‥ああっ! マント留めかあ。キレイやなあ」
差し出された包みを開け嬉しそうに凪は微笑む。一方、その光景を羨ましそうに見ているのはヴィアンカ。
「ああ! いいなあ。お父さん。私には?」
指をくわえた少女は
「皆にある。ヴィアンカにもあるから」
その言葉一つであっという間に花が咲くような笑顔に変わる。
「ホント! お父さん大好き!!」
幸せそうな家族の光景。
「ヴィアンカ様に、悪魔の手が伸びなくて本当に良かったですわ‥‥」
冒険者が守った美しいもの。
それを守れた事の喜びが、冒険者達の胸の中に広がっていく‥‥筈だった。
「けれど‥‥」
だが、何故だろう。
冒険者達は胸の中に小さな痛みを感じていた。
本当に小さな針が指したような痛み。
その痛みの正体を冒険者達が知るのはもう少し、先の話となる。