【黒の花嫁】十二夜の希望

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:16 G 29 C

参加人数:10人

サポート参加人数:5人

冒険期間:01月01日〜01月11日

リプレイ公開日:2007年01月09日

●オープニング

夜、少年は屋敷の見回りを習慣としていた。
 家の外の警戒には衛兵がいる。
 望めば屋敷も見回ってくれるだろう。
 だが、それが出来ない理由が『彼ら』にはあった。
「!」
 薄く開いた扉。廊下に揺れる白い女性の影。カンテラを持ち上げ彼は声を上げた。
「アゼラさん!」
 影はゆっくりと振り返る。
 その手には刃の白い光が。
「ダメです。止めて下さい! 『姉上!』」
 ナイフを取り上げ、少年は女性を抱きしめる。
 放心したように女性は膝をつき、意識を手放した。
 崩れ落ちる身体を必死で支える少年の頭上に
「‥‥ヴェル」
 静かな感情の薄い声が降った。
「父上!」
「その女を館に置いておくべきでは無い。教会に預け‥‥離した方が彼女の為だと言っているであろう」
「できません! 僕は冒険者の皆さんと約束したんです。彼女を支え守ると。彼女は‥‥僕の‥‥」
 女性を抱きしめる手に力が篭る。
 父上と呼ばれた人物は、自分を見つめる『息子』の眼差しに微かな‥‥今まで見られなかった意思を見つけ苦笑する。
「好きに‥‥するがいい」
 そして、そのまま去っていく。声をかけることも、助ける事もせずに‥‥。

 表向きはシャフツベリーの公現祭の招待状。
 だが領主名代ヴェレファングの名前で出された依頼書には冒険者の背中を振るわせる名前と言葉が書かれてあった。
「アリオーシュ‥‥か」
 係員は深く息を吐き出す。
『あの日以降、シャフツベリーでは犯罪が増加の傾向にあります。それは主に人物同士の離反、裏切りなどが主原因とされています。
 それに加え、今は屋敷で休養されているアゼラさんの心も安定を未だ取り戻していません。夜毎屋敷を彷徨う事も。
 僕は、まだ遺跡の悪魔がこの街に潜んでいるのでは無いかと考えています。そして、アゼラさんの心を呪縛しているのでは‥‥と。
 このままでは彼女の心が持ちません。
 父上を説得もできず、アゼラさんの心の支えになることもできない。
 僕は‥‥あまりにも無力です。
 だから、危険を承知でお願いいたします。
 アリオーシュについて探り、できるならアゼラさんから開放させて下さい。
 そして、どうか彼女の心の支えに‥‥』
 少年らしい一途な思いで手紙は綴られていた。
 あの時、意識を殆ど保っていなかった少年は知るまい。
『アリオーシュについて探れ』
 その依頼がどれほど危険なものか、と言うことを。
 彼は知っている。いくつもの依頼を見てきた者として本能で、知っている。
「だから最初に言っておく。冒険者。この依頼は半端な気持ちでかかると死ぬハメになるかもしれないぞ」
 依頼を冒険者の前に差し出しながらも、警告の言葉を強い口調で彼は発した。
「アリオーシュ、だったか? その悪魔がどれほどの力を持っているか。どんな力を持っているか、今のところ定かではない。技も、魔法も、力も何も解っていない。そんな奴が野に放たれちまっている以上、確かに情報収集は大事だ。今後、何をするか、どこに現れるか解らない事もある。今、確実にいると解っている場所があるならそこに行って対峙することも必要かもしれない。だが‥‥な」
 唾を飲み込み彼は依頼書を指で叩く。
「この悪魔は半端じゃない力を持っているということは対峙したあんたらなら解るだろう? ‥‥パーシ・ヴァルの見立てだとドラゴンよりも確実に上。1対1で対した場合、武器同士の戦いならまだ打ち合えるが奴が一つでも魔法や特殊能力を使えばその場でパーシが屍になる、とさ。それが、どういう意味か解るか?」
 つまり、1対1で冒険者が正面から『彼』に戦いを挑めば間違いなく死あるのみだということだ。
 無論、悪魔がまともに戦ってくれる訳も無い。
 闇に紛れた『彼』が何をするのか‥‥。何せ『彼』は裏切りと復讐の悪魔なのだ。
「せめてもの救いは、奴が本気では無いようだって事か。奴が本気になれば街なんか簡単に滅ぼせそうな気がする。それが、小競り合いとアゼラくらいで収まってるのは何かに執着してるのか、それとも‥‥」
 とにかく、と彼は言う。
「依頼はアゼラを開放できるようにって話だが、深追いはしないのが身のためだ。特に1対1でなんてことには決してならないようにしろよ。そうなったら相手が見逃してくれるのを祈るしかないんだからな」
 忠告をして彼は正式に依頼を貼り出す。
 危険だと解っている。
 だが、それでも、彼らは動くだろうと確信しながら。

 公現祭は聖夜祭節を締めくくる祭り。
 聖なる夜から十二夜。
 街には仮装した人々が溢れ、クリスマスの飾りを焼く篝火が天を突く。
 人々の心浮き立たせる光の祭りだ。
 聖なる夜の終わりが、新たなる闇の始まり。
 そんなことにならないように全力を尽くす必要がある。
 イギリスの為、シャフツベリーや知らぬ多くの人々の為。

 ‥‥いやそれよりも、銀の少年と彼が想う‥‥『姉』の為に。

●今回の参加者

 ea1743 エル・サーディミスト(29歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea2065 藤宮 深雪(27歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea3868 エリンティア・フューゲル(28歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea5225 レイ・ファラン(35歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea6970 マックス・アームストロング(40歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 ea7263 シェリル・シンクレア(21歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3225 ジークリンデ・ケリン(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

ファイゼル・ヴァッファー(ea2554)/ ソムグル・レイツェーン(eb1035)/ ヴェニー・ブリッド(eb5868)/ アルミューレ・リュミエール(eb8344)/ ウェイル・アクウェイン(eb9401

●リプレイ本文

○新年最初の仕事
 神聖歴1002年1月。
「あ、もうこんな時間か。う〜ん、年が明けちゃったなあ」
 身体を伸ばすとエル・サーディミスト(ea1743)は本を閉じて書架に戻した。
 昨年末から新年にかけて彼女はギルドと宮廷図書館、そして教会の書庫をはしごしていた。
 ここからはもう気を緩めている時間は無いだろう。
 外に出て身体を伸ばす。その時、向こうの扉から見知った顔が出てくるのが見えた。
「あれ? リースフィア〜!」
「エルさん。今年も、どうぞよろしくお願いいたします」
 自分に呼びかけられた声と振られた手。気づいてリースフィア・エルスリード(eb2745)はペコリと頭を下げた。
「こちらこそよろしくね。‥‥リースフィアも教会に来てたんだ? 何してたか、聞いてもいい?」
 聞きにくそうな顔のエルにリースフィアは笑顔で答える。
「ええ、この痣が消えないので少し気になりまして、出発前に確認して頂こうと思って‥‥」
 首筋に無意識に手を触れるリースフィア。彼女の心配。それはあの依頼に参加した者なら誰もが理解できる。
「特に悪質な呪いなどがかけられている様子は無いそうです。皆さんにご迷惑をおかけすることは無さそうですが‥‥余計に気持ち悪いですね」
 笑顔を作っている分、彼女の悔しさが伝わってくる。
「ヴァルさんから伺った事もあります。もうじき、皆さんも集まるでしょうから行きましょう。エルさん」
「うん。こっちの話も皆が揃ってからね。行こうか。シャフツベリーに」
 二人は肩を並べ歩いていく。
 仲間達と共に新年最初の仕事に向かって。

「新年最初の仕事はシャフツベリーか‥‥。考えてみればいろいろ噂には聞いていたが俺はシャフツベリーだけじゃなくウィルトシャーに足を踏み入れるのは初めてなんだよな。どうだい? いつもと違うか?」 
 公現祭の前々日、冒険者達は祭りの準備に賑わうシャフツベリーに足を踏み入れた。
 きょろきょろと首を前後左右に動かして周りを見るリ・ル(ea3888)にレイ・ファラン(ea5225)はさてな、と呟きながら目を閉じる。
 肌で感じる。街に流れる空気の違いを。
「祭りでざわついている、ってのを除いても、‥‥確かに少し殺気立ってるかもしれないな。元々俺はあんまりこの街に詳しいって訳でもないが‥‥それでも」
 それでも、確かに感じていた。ピリピリと指すような人々の悪意。殺気のようなこの空気は何だろう。
「‥‥まさか、あの黒いののせいじゃあるまいな」
「黒いの? 」
 レイの呟きにシェリル・シンクレア(ea7263)が首を傾げる。
「黒いのって‥‥あのアリオーシュの事ですか?」
 金の髪、赤い瞳。服と翼は黒かったが、あの燃える炎のような容姿が印象的だったので黒、という印象は何故かあまり大きくはなかった。
「ああ、あいつだ。見た目は煌びやかだが中は真っ黒。あのパーシ卿にああまで言わしめる力を持つもの。そいつがここにいると思うだけでゾッとしないな」 
 高位デビル。
 未だ出現の報告さえ多くなくどんな実力を持っているかもわからない。エルが古い調書などを調べても変身能力やデビル魔法などを自在に使う、としか判らなかった。
 ノルマンで出現の話があったらしいが、イギリスではおそらく初めてだろう。
「‥‥嫌な予感がする。奴が、未だこの街にこだわり、残る理由は何だ?」
 思わず口から零れる疑問。明確に答えられるものはいない。
 銀の血族にまだ何か意味があるのか。それとも‥‥
「遊んでいるのか‥‥」
「そんなことは許せません!」
 珍しく藤宮深雪(ea2065)の声にも力が入る。
「どんな事情があるにせよ、無関係な人を不幸にして良い理由なんてありません。解き放たれた悪魔はどうにかしなければ‥‥」
 冒険者全ての首が同時に前に動く。リースフィアが一歩前に出る。勇気と思いを込めて。
「行きましょう。まずは伯爵の館。それから街での聞き込みですね」
 高位デビルの存在に緊張しながらも、その心は誰も慄いてはいなかった。


○決意
 トタタタタ。
 冒険者到着の連絡に、廊下を駆け足。
 父に見つかれば眉を顰められるだろうが今はあえてそれを無視してヴェル、ヴェレファングは急ぎ足で応接間に向かった。
 扉を開くその先に‥‥
「皆さ‥‥、うわあっ!」
 鬼が立っていた。よく見れば鬼の面だと判る。
 だがいきなり現れた鬼面の少女。半ば腰を抜かしかけた少年は目をパチパチさせながら状況把握に努める。
「これってわかる?」
 面を外さないままくぐもった声で問う少女。髪には虹色のリボン。胸には、かつて自分が送った飾り。
 その持ち主の事を勿論ヴェルは覚えていた。
「なんでお面なんかしていらっしゃるんですか? ティズさん? あ! まさかどこかお怪我でも!?」
 ぷっ! くすっ。仲間達が微笑む中。
「うん、良かった。本物だね。お久しぶり! ヴェル!!」
 少し照れくさそうに笑いながらティズ・ティン(ea7694)は面を外して満面の笑顔を少年に向けた。
「変わらないね。まさか逆に心配されるなんて思わなかったよ」
 少女の純粋な賛辞に頬を赤らめる少年。その初々しさに心温まる反面、冒険者達は今までとは違う少年の面差しに唇を噛み締めた。
 心労にやつれた頬、寝不足と、涙で腫れた目元‥‥。
「うぅん、そっちこそ暗いよ。顔色悪いし‥‥色々あったんだと思うけど、ヴェルが明るい顔しないとアゼルさんも明るくならないよ。はい、これ聖夜祭のプレゼント!」
 小さな、だが大事に包まれたプレゼント。それを受け取った手は微かに震えている。
「皆さん‥‥」
「約束、いいえお願いを、守ってくれてありがとうございますぅ、後は僕達が何とかしますねぇ」
 エリンティア・フューゲル(ea3868)はヴェルの肩に手を当てて心からの思いでそう告げた。
「僕は‥‥何も‥‥、何もできなくて‥‥、あ‥‥」
 知らず知らずのうちに目元から雫が零れる。張り詰めていたものが緩んだのか、心とは裏腹に彼の涙はなかなか止まらなかった。
「ヴェルさん。涙を拭いて下さい。‥‥何もできないなんて事はありません。その心こそが悪魔に対抗するもっとも強い力なのですよ」
 涙ぐむヴェルの前に膝を折り深雪は優しく告げた。指でそっと涙を拭ってやる。
 彼の奮戦を冒険者達は既に屋敷の者達から伝え聞いていた。だからその言葉は彼女の本心からの思い、そして彼への賛辞でもあった。
 冒険者は彼の努力を讃える。それは反面
「男児がそんなに簡単に涙を流すものではない。お前はやがてこの地全てを護る責を追うことになるのだぞ」
「‥‥伯爵」
「父上‥‥」
 もう一人の人物への言葉では表さない非難でもあった。
「まだ‥‥考えを改めてはおられないのですね。‥‥まあ、この現状ではそれもありかもしれませんが」
 リースフィアの言葉に伯爵は答えない。
 先ほどからじっと彼を見つめるマックス・アームストロング(ea6970)の無言の『言葉』にも。
 彼とてこの状況に責任を感じていないはずは無いだろうが、それも自分の考えと行動を変えることはできないのだろうか‥‥。
「‥‥。 とりあえず魔法はかかっていませんね。心操られているわけでは無いのは良い事ではあるのでしょうけれども」
 声を潜めたジークリンデ・ケリン(eb3225)の思いを受け止めつつ、リースフィアは前を向く。
「でも、答えて頂かなくてはなりません。事は今、もう切迫と言える状況になっているのですから‥‥アゼラさんのお母様の残したもの、彼女の心を開くものに心当たりは無いのですか? 彼女が家を出るにしても生きがいにして前を向いて生きていけるような」
 伯爵は沈黙する。この沈黙にも慣れてしまった。そして、それを許すわけにももういかない。
「本当に大切なものが何か、‥‥それが失われる前に気づいて頂けませんか?」
「手を離したものが帰ってくるなんて本当に稀なのですよ。過ちを償う機会が巡ってきたのに‥‥このまま放っておいて良いのですか?」
 娘のような年頃の少女達が、揺ぎ無く真っ直ぐな眼差しを注いでくる。
 逃げるように目を逸らす。だが彼女らは彼を逃がしはしない。
「父上。お願いです。知っていることがあるのなら教えて下さい。僕は、アゼラさんを助けたいんです!」
 見えるような逡巡の眼差し。そして
「領主様、あんたの心一つで街が滅ぶかも知れんな」
 リルの一言で伯爵は、冒険者に背を向けた。
 冒険者達の間に走る緊張。逃げるのか、と身体を浮かせかけたレイは、その手と身体を止める。
 伯爵は暖炉の上、一番目立つところに置かれた美しい箱に手を伸ばしたのだ。
 彼の行動は逃亡ではない、決意であると冒険者は知る。
 箱の中に白く輝く二つの鈴に。
「パーシの家に残されていないのなら、残るはここだけだろう。本来ならば、血族のしかも継承者以外は入室を許されていないのだが封印が解けた以上意味も無かろう。この鈴は教会の奥にあるという封印の扉を開く鍵だ。この地を預かる領主の名において入室を許可する」
「あっ、やっぱりその鈴が鍵なんだ」
 小さく苦笑を浮かべるエルには伯爵は気づかない。
「これを持って彼女と一緒に教会に行くがいい。私は知らぬが‥‥アゼラ、アゼリーナは知っているかもしれん。扉の開き方を」
 差し出された箱を受け取りながらエルは思った。
 もうあそこには一度入っているが、確かに何か残っているかもしれない。
「これがブラン製の鈴、であるか。話は聞いていたのであるが‥‥」
 箱は順繰りと冒険者達の間を渡っていく。
 随分、あっさり見つかったものだと、手の中で弄びながらマックス。
「あら、伯爵家にお有りでしたの? 探すところから始めねばと思っておりましたのに‥‥」
 彼の手の中で鈴は驚く程小さく見える。
 ジークリンデはそれをずっと見つめていた。ブランの品を見るのは初めてのような気がする。
「! あら」
 横から白い手が伸びてその鈴を掴む。箱に入れて蓋をする。驚く早業だ。
「でも、これそのものには大して意味は無いんですぅ〜。この鈴が開く先にこそ、何か意味があるのかもしれませんからぁ〜」
 箱を取ったエリンティアはお辞儀をすると部屋を出ようとする。ヴェルに何事か囁いて。
「僕はぁ〜、取り戻して来ますぅ〜。アゼラさんと一緒に、彼女の幸せをぉ〜」
「待て! 一人じゃ危ないって!」
「エリンティアさん!」
 後を追いかけていく冒険者達。その後姿と何かを伯爵は静かに見つめていた。
 
○玩具の思い 
「アゼラさん〜。大丈夫ですかぁ〜」
 教会の書庫の奥。そう呼びかけられたアゼラはフードを落とした。
「はい。申し訳ありませんでした。‥‥ご迷惑ばかり‥‥おかけして‥‥」
 俯くアゼラの手をエリンティアはそっと握る。
 苦労の積み重ねられた手だと思いながら、その青い瞳を見つめて。
「前に見かけたけど、本当にベルに似てるねぇ」
 周囲の様子に注意を払いながらティズは横を歩くアゼラに笑いかける。
「デビルが相手なんだもん、唆されちゃうことだってあるよ。でも、大丈夫。また封印して、きちんと始末をつける。領主の娘として責任とらなくちゃ、ね♪』
 エルの言葉にも苦笑混じりだが、彼女は笑顔を返してくれた。
「まずは、教会の扉を開けてみましょう。シェリルさんのおっしゃったとおりでしたらこの鈴で扉が開くはずです」
 鈴を指で摘んでジークリンデは前に出る。
『この鈴を、穴に入れればいいと思います。どういう仕掛けかは解りませんけど‥‥』
 シェリルはヴィアンカと、アゼラ二人の記憶を読み‥‥隠し部屋の仕掛けをそう読み取った。
 アゼラ自身が覚えていた記憶とも、それは一致する。
「キャロル様が壁に向かい‥‥鈴の音がして。そして扉が開いたのです」
 デビルと手を組んで以来、教会の書庫からはデビル関連の書物を全て処分したアゼラだがこの部屋にだけは手を触れていないと言う。
「では、やってみましょうか〜」
 二つの鈴をそっと穴の中に投じる。
 シャラン。シャララン。
 何かが転がるような、ぶつかるような静かで美しい音。そして静かな音を立ててその扉は開いた。
「このような仕掛けになっていたんだ〜。おもしろっ!‥‥一体、どんな仕組みになっているのかな?」
 穴から戻ってきた鈴をもう一度は子に戻しながらエルは興味深そうに扉に触れる。
 だが、エリンティアはそんなものに興味は無さそうだった。
「何か‥‥あるといいですね〜」
 中に躊躇無く踏み込んでいく。埃に積もった部屋にはあの書物が入っていたであろう箱と台以外にめぼしいものは見つからない。
 書物なども何一つ無かった。
 ただ‥‥
「これは? アゼラさん‥‥じゃないよね」
 箱の中。一見中身を保護する下敷きにしか見えなかった羊皮紙を捲ったティズは呟いた。
 それは一枚の絵だった。
 美しい女性と男性が描かれている。
 ベルよりもアゼラと顔立ちの似た女性。その傍らに立つのは長い髪の男性の後ろ姿。微笑む女性が美しい‥‥古いスケッチである。
「これは‥‥アゼラさんのお母さんと伯爵‥‥でしょうか?」
 そうだ、と断言はできない。絵は古く線もはっきりしていないのだ。
 そっとアゼラは絵を手に取る。遠い記憶の母の面影を絵に探すように‥‥。
「母では無いかもしれません。‥‥でも、たとえどなたであってもこの絵の女性は、幸せであったのでしょうね。母もそうであったのなら‥‥きっと、私の復讐は間違っていたのですわ」
 男女の間の思いは、他者に窺い知ることはできない。
 今まで、母は不幸だったと思い伯爵を憎む事だけがアゼラの生きる糧だった。
 絵を抱え膝を折る。
 だが、今は信じたいと思った。母が幸せであった事を‥‥。
 冒険者達は、そんな彼女を静かに優しい面立ちで‥‥見つめていた。

 帰り道、すっかり深けた夜の街は賑やかだった。
 今日は公現祭。
 新しい年の始まりに、聖夜祭の飾りを焼く大きな篝火を囲み、歌い踊る人々。
 だが‥‥その中でティズは一人体中から冷や汗が止まらなかった。
「なんなのよ‥‥これ‥‥」
「ティズさん、どうしたんですぅ〜? あ、アゼラさん!?」
 エリンティアは突如膝を折ってしまったアゼラに駆け寄る。
 鈴の入っていた箱がカタン、と転がった。
 視線の先に目をやる。
 震える二人の視線の先には人々の集まる街の広場があり、リュートを持った吟遊詩人が一人。
 側には仲間の冒険者達。
「‥‥えっ? あれは、ま、まさか!」
 身体を震える手で抱きしめるアゼラ。彼女の蒼白な顔と声がジークリンデの疑問に答えていた。
 エルは手の中の星を握り締め力を込める。
 アゼラの魂に染みこんだ恐怖がある名前を呼んだ。
「ア‥‥リオーシュ‥‥様」
 と。 

「どうした? かかって来ないのか?」
 微笑えむ『彼』の眼前で冒険者達は為すすべなく立ち尽くしていた。
「何故‥‥貴方がこんなところにいるのですか‥‥」
 からからに乾いた喉に唾を飲み込みながら、リースフィアは呟くようにその名前を呼んだ。
「‥‥アリオーシュ」
「私が祭り見物をしておかしいかな? 何せ数百年ぶりの現世だ。何を見てもなかなか興味深い」
 そんな彼らを見ながらもその指はいくつかの和音を爪弾く。
「お兄ちゃん。また歌ってよ」
 青年は子供の頭を撫でると後でと微笑む。
 その姿は美しい容姿と相まって人々を引き付ける。
 黒い服、黒いマント。通常だったら目立つであろう服装も今日のこの日は人ごみの中に隠してしまう。
 彼を探し、街を歩いていた冒険者達は石の蝶が指し示すまま、驚くほど簡単にあっさりとその存在を見つけることが出来た。
 そもそも、彼自身が存在を隠すつもりが無かったのだろう。
 だが、見つけてから彼らは何もできなかった。
 戦う気力や、用意が無かったわけでは無い。
 ただ近寄る事さえできなかったのだ。彼の側には壁がある。
 見知らぬ人々、何も知らぬ一般人という生きた壁が。
「お兄ちゃん、この歌知ってる?」
「知らないな。教えてもらえるか?」
「うん!」
 子供達に取り囲まれ、笑顔満面で歌を歌う青年。知らぬものが見れば微笑ましい光景に見えるだろう。
 だが、冒険者達には地獄の光景に見えた。
 死の音色を奏でる死の神‥‥。
 だから剣を向けられなかった。
 剣を向ければ彼は反撃してくるだろう。
 あの大斧を向けられれば最初に死ぬのはあの子供達だ。
「何の‥‥つもりです。この街で何をするつもりなのですか?」
「何を? 決まっているだろう? 私は私のすべきことをする。命ある者のいる世に私の力を望まぬ場所は無い」
「貴方の‥‥すべき事?」
 アリオーシュは微かに微笑むと、リュートに指を乗せた。
 紡がれるメロディに冒険者は目を瞬かせる。気のせいだろうか。声が聞こえた。
『憎め!』  
 心が知らず揺れる。イライラとした思いが沸き上がる。目の前の誰も彼もを憎みたくなるような‥‥。
「こっちに来るなよ! 歌が聞こえないだろ!」
 少年が横にいた男の子の居場所を奪うように身体を押した。
「何するんだ。僕が先にいたのに!」
 男の子は少年の腕に噛み付く。少年は悲鳴と同時に少年の頭を叩く。
「離せ! もう許さないぞ!」
 たちまち乱闘が始まってしまった。
「止めて下さい。ケンカはいけません」
 シェリルが少年達の間に止めに入る。だが『ケンカ』はその場だけに収まらなかった。
「この宝石は私のよ!」「私が先に見つけたんだもの。それにあんたになんか似合わないわよ!」
 向こうでは欲しいものの奪い合い。一点ものの飾りを巡って少女同士が言い争い、
「この野菜腐ってるじゃないの、それをこんな値段で売ろうって言うの?」「うちの店の品にケチつけるつもりかよ」
 あちらの通りでは店の店主とおばさんの値切り合戦がいつの間にか悪口の言い合いに発展していた。
「また私の足を踏んだ! ステップの一つも覚えられないの!」「お前がドタ足なのが悪いんだろう!」
 後ろの篝火の横ではさっきまで楽しそうに踊っていた恋人達が今は足を踏んだ踏まないで大喧嘩。
「おめえ、俺の財布スリやがったな!」「せっかく拾ってやったのになにぬかしやがるんだ!!」
 ナイフを持ち出して相手を睨みつける男たちまでいた。
「止めるのである!」
「くっ! まさかとは思っていたが‥‥」
「人など全て‥‥玩具にすぎぬ」
 男達のナイフを奪って打ち倒したレイは悔しそうな眼差しで優雅に微笑むアリオーシュを睨んだ。
 今日、聞き込みをして不思議に思ったのだ。犯罪を犯したという者達。
 何人に聞いても彼らは誰一人アリオーシュの存在を知らなかった。見てさえいなかったという。
 唯一の共通点は胸に湧き上がった言葉だけ。
『恨め!』『憎め!』『復讐せよ』
 ‥‥だから心を過ぎった最悪の想像を振り払ってた。今まで。
 目の前のこの悪魔は望めばそこにいるだけで、言葉だけで人々に裏切り、復讐、悪意を振りまくのだ‥‥。
「止めて下さい!」
 リースフィアは肩から振り絞るような声を上げた。右で、左で次から次へと生まれる争い、現れる戦い。それを生み出す目の前の悪魔に向かって。
「貴方は、一体何が望みなのです! このようなことをして何が楽しいのです!」
「‥‥その顔だ」
「えっ!?」
 リュートを横に置いてアリオーシュは腰を上げる。彼の眼差しはリースフィアを、そして冒険者達を楽しげに見つめている。
「笑顔が壊れる時。愛し合っていたもの同士が恨みあい、憎しみ合う様。そして、清らかな魂が絶望に堕ちて行く瞬間こそがわが楽しみであり喜び。人など玩具に過ぎぬ。だが、その中でもお前達は面白く遊ばせてくれそうだ」
 彼は『誘う』
 一瞬、遠くに見える何かに目をやるが首を振るとそれを払ってリースフィアに手を伸ばす。
「共に来よ。穢れ果てた銀の一族にもはや興味は無い。穢れ無き魂を持て我に仕えよ」
「「「リースフィア!」」」
 いくつもの声が、彼女の胸に木霊する。そして次の瞬間!
 形勢は逆転していた。
 小さく放たれたファイアーボムがアリオーシュの足を止め、アリオーシュの手が伸びる瞬間のリースフィアをリルが横抱きにして飛びのく。
「大丈夫か? しっかりしろ! リースフィア」
「気をしっかり持つのである!」
 マックスとリルの呼び声にリースフィアは頭を僅かに左右に振って頷いた。
「大丈夫です。あんな奴に負けたりなんかしません。あ、あいつは!!」
 煙が消えたそこに冒険者達は見ることになる。
 立ち尽くすアリオーシュの背後に騎士の姿を。その間0距離。銀のナイフとパーシ・ヴァルの槍がその背に刺さっている。
「退け悪魔。シャフツベリーを、イギリスをお前達の好きにさせるわけにはいかない!」
 回避は一瞬間に合わなかった。彼の動きを僅か縛ったものがあったことをパーシを呪文と共に吹き飛ばしたリオーシュが知る由も無いが。
「パーシさん!」
 冒険者達がリースフィアを、パーシを取り巻くように集まる。
 全員の眼差しが揺ぎ無い強さで、アリオーシュを見つめて。
「‥‥なるほど。長き年月の間、まこと人の魂の価値は上がったと見える。下がったものもいるが、それを探し見出すのもまた楽しみと言うところか」
 背からナイフを引き抜き、アリオーシュは笑う。
 心から楽しそうに。
「今日の所はここまでにしておこう。一度に全て壊しては楽しみが無い」
「待ちなさい! 逃げるつもりですか? アリオーシュ!」
 逃げ出そうとしている。それを感じたリースフィアは手を伸ばした。
「これ以上の戦いを『ここ』で望むなら相手になろう。いいのか? 聖なる祭りがこれ以上血に染まっても」
 くくと、楽しそうにアリオーシュは笑う。冒険者の動きはそこで止まった。
 自分達の争いに手一杯の民衆は、今はまだ冒険者達の戦いをさして気にも留めていない。
 だが、これ以上があれば‥‥。
「私達にとってわかりやすい悪である貴方達は、結局何なのですか?」
 冒険者に向けたアリオーシュの背にリースフィアは思いを投げつけた。
 半身振り返り囁かれた答えは、彼女の元には届かなかった。
 その背に投げつけられたナイフと風に溶けるように消えたその身体に。
「瞬間‥‥移動?」
 紡ぎかけていた魔法を閉じながらジークリンデは呆然と呟いた。
 あの身体が逃亡の為空に舞えば、その時こそと思っていた。だが、目の前の悪魔は正しく消えたのだ。
 ついさっきまでそこにあった身体はかき消すように。
 魔法の気配は無かった。では、あれもまた高位デビルの能力なのだろうか‥‥。
「逃がしたか‥‥。仕方ない。次こそは必ず‥‥」
 悔しげに立ち上がるパーシは、冒険者達の背後を見つめた。
 そこには膝を抱え、震えるアゼラと彼女の前に立つ人物。彼女を護るように‥‥。
「‥‥伯爵」
 小さく一度だけ頭を下げると、パーシはマントを返す。
「冒険者! 争いを治める。手伝え」
「あ、はい!」
 怪我などまるで感じさせず人々の中に入っていくパーシ・ヴァル。
 冒険者達はその後を追っていく。エリンティアさえもその場を離れた。
「アゼラさん〜。貴女自身が全てに対して向き合わない限り終わらないんですぅ」
 そっとアゼラの耳に囁いて。

 人ごみの外れ、向き合う二人。
 顔を見つめられず膝を地面についたまま俯くアゼラの前に
「?」 
 手が差し伸べられていた。
「‥‥伯‥‥爵?」
「私を、許せ‥‥などとは言わぬ。私に過ちはあったとしても、領主としてしてきた選択に後悔はしていないからだ‥‥だが」
 アゼラは彼の顔を、今まで憎み続けていた伯爵の顔を今、始めてみたような錯覚と共に見上げた。
「お前の母を、私は確かに愛していた」
 自分の心に戸惑いながら伯爵の手を取ったアゼラを立たせると伯爵は彼女の横に落ちていた箱を拾い上げた。
 蓋を開け、鈴の下の下敷きを持ち上げ、何かを取り出して‥‥アゼラの手に握らせる。
「お前の誕生を祝い作らせたものだ‥‥」
 それは薄青い‥‥水晶にも似た宝石のブローチだった。裏から彫られたインタリオは女性の絵姿。
「お母様!」
 ブローチを握り締めるアゼラに伯爵は背を向けた。
「私から今のお前にやれるものはこれだけしかない。我が子と呼ぶことはできないが‥‥新たな人生を歩めるなら幸せに暮らせ」
「‥‥お父様‥‥」
 アゼラの瞳から雫が流れ落ちる。くすんだ青い瞳から流れ落ちた涙が手の中のブローチを濡らす。
 涙で濡れたそのブローチは聖者の蒼よりも、もっと美しい蒼に輝いていた。    
  
○冒険者に欠けたるもの
「結局、いいようにあの黒いのに遊ばれた‥‥ってことか」
 悔しそうにレイは地面を蹴る。
 それは、もしレイが口にしなければきっと誰かが口にしていた冒険者達の本音だった。
 公現祭から数日。
 静かになってたシャフツベリーを今日、冒険者は後にする。
 暫く様子を見たが、その後暴動や、人々の混乱はかき消すように消え人々は数日で落ち着きを取り戻した。
 アゼラもあの日から彷徨う事も無くなり、今は自らの意思で教会に戻っている。
 いずれシャフツベリーを離れ、もう一度修行をやり直すつもりだとエリンティアは真っ直ぐな瞳のアゼラ、いや、アゼリーナから聞いていた。
 彼女の魂が戻ったわけではないが、迷いを振り切った彼女なら前よりは少し安心だと思うことができる。
 それは何よりもの救い。
 だが戦いそのものはまた冒険者の敗北と言っていい。
「遊びか‥‥確かに何かに縛られてるって感じじゃ無かったな。側にアゼラや伯爵がいても気にする様子も無い」
 リルはあの時のことを思い出し唇を噛み締めた。パーシの使いという冒険者の伝令を受け、彼は伯爵と現場に向かった。
 ヴェルは深雪が屋敷に戻ってガードしていたが、彼にも、伯爵との道行きにもデビルの攻撃は一切無かった。
「多分、彼の言葉に嘘がなければ、シャフツベリーや銀の一族にもう彼が執着するようなことは無い気がします。おそらく今回の事さえ彼には遊び、あるいは我々をおびき寄せる為の手段にしか過ぎなかったかと‥‥」
 それがアリオーシュを誰よりも間近で見たリースフィアの結論。
「でも正直‥‥さ、物量で押せば勝てなくは無いんじゃないかって思ったよ。だって、タリスマンの効果もちゃんとあったし、ジークリンデの魔法だって効いた。あいつの言葉は僕達には通じなかったし、武器だってちゃんと刺さってたじゃない!」
 少し離れた所からいくらか冷静に状況を分析できた、それがエルの結論だ。
「その通りだと思う。だが、問題はあいつがそれをさせてくれるかどうか‥‥だな」
 難しいだろう、とリルは思う。まともに人気の無いところで歴戦の冒険者が1対10で囲めば多分勝てない事はない。
 無論、こちらも無傷ではすまないだろうが。
 だが何より難しいのは奴はきっとそれをさせてはくれないということだ。
 人の苦しむ顔が好きと公言するあの悪魔。
 奴は人を唆し、操って楽しむ。そして冒険者との戦いとなれば無関係の人を盾にするだろう。もしくは仲間を操ったり裏切らせたりするかもしれない。
 冒険者達がそんな事はさせないと思っても、奴はその狡猾な知恵で間違いなく「そう」してくる。

『そうなった時、冒険者。お前達はどんな選択をする?』

 祭りの暴動の後、パーシ・ヴァルが言った言葉が冒険者達の胸に突き刺さっていた。
 例えばアリオーシュを追い詰めた局面で、奴が少女を人質にしたら。
 冒険者は躊躇わず彼に攻撃を放てるだろうか。
 かつてアリオーシュを封印する為に聖女は自らの命を捧げたという。
 ティズはヴェルから貰ったマント留めを握り締める。
 隠し部屋で見つけた古い絵。あの笑顔の女性が伝説の聖女だとしたらその笑顔を犠牲に今日までの平和があった。
 再封印の方法など調べても解らなかったが、もしベルやアゼラ‥‥ヴェルの命と引き換えにならアリオーシュを封印できるとなったら、そうしなければ街が、イギリスが滅びるかもしれないとなった時冒険者はその選択をできるのだろうか‥‥。
 目の前の一人を救う為に数百の命を犠牲にするか。
 目の前の命も数百の命も救えれば、それが無論最高だ。その為に冒険者は全力を尽くす。
 しかしそれが叶わない時、‥‥どんな選択をすればいいのだろうか。
 自らの命を犠牲にして事を成せるならまだいい。でも支払うのが自分以外の命だとしたら‥‥。
「必要なのは‥‥覚悟ですか」
 シェリルは反芻するように呟いた。パーシが背中と共に残した言葉を。
 今の、イギリスの趨勢は楽観できるものではない。
 人と人同士が争いあい、モンスターも跋扈している。そこにデビルが影を指し始めた。
 今までのように戦いやすい場所での解りやすい戦いばかりではなくなるだろう。
『覚悟を決めておけ。命の取捨選択など簡単に出来るものではないのは解っている。だが、お前達の力はもう選ばれる側ではなく、選ぶ側の域に達しているのだから』
 ‥‥必要なのは覚悟と彼は言った。
 大きな敵と戦う覚悟などとうにある。命を賭ける覚悟でさえだ。
 だが決断の覚悟はあるだろうか。
 アゼラとその母を切り捨てて、伯爵は一族の‥‥表向きに過ぎなかったにしろ‥‥和と、土地の平安を手にした。
 かつて、聖女の血族は一人の命と引き換えに多くの人々の命を守った。
 そんな決断の覚悟は‥‥。
 マックスは自らが張りかけた羊皮紙を破り捨てる。
 パーシの言葉を聞いて、奴を挑発するこの手紙は貼れなかった。
 人の命を、まして仲間の命をゲームにするなどと。

 伝説の悪魔アリオーシュはシャフツベリーから消えた。
 冒険者は全員が生きて、キャメロットに戻る。
 いずれ、彼とはまた再会するだろう。

 再会の時までにその覚悟ができるかどうか。
 決断の時、自分はどんな答えを出すのか‥‥。
 歩む冒険者達の中に明確に答えることができるものはまだ、いない。