●リプレイ本文
「募集に応募ありがとう。このイベントの成否は皆さんにかかっています。よろしくお願いしますね」
冒険者達に依頼人である商人が挨拶した。古い館は埃だらけだが、今は恐怖を感じさせない。だからだろうか?
「はーい! 雇い主さん、幽霊さん一家の名前って何ていうんですかあ!」
学校の生徒のように手を上げるファム・イーリー(ea5684)を代表に皆のノリも明るい。
「それよ。本当に幽霊がいんの?」
限間時雨(ea1968)も興味津々の眼差しだ。幽霊を怖がる者がいないことに雇い主は機嫌を良くしていた。
「いらっしゃいますよ。ほら、そこに‥」
「え゛っ?(×8)」
『ようこそ、我が館へ。心から歓迎しよう』
背後からの声でない声に、冒険者達は慌てて振り向いた。そこには4人の家族が佇む。パッと見れば普通の家族と変わりは無い。ただ‥
「足が無い‥身体も透けてる。本物〜。やっぱりこの世は理屈では説明できない事がたくさんあるんですねえ」
彼らの周りをくるくる回っているカシス・クライド(ea0601)は冷静に見えてどこか嬉しそうだ。
「幽霊でも元は人ですもの。どうぞよしなに‥」
優雅にお辞儀をするシエラ・クライン(ea0071)の許容範囲も並みではない。そういうもんなのか? と苦笑するのはロイ・スプリングス(ea3840)だ。
「長くこの世に残るなんて、何か守ってんの?」
ロイの問いに答えは返らなかった。返るのは微笑みだけ。
(「理由があるなら突っ込むべきじゃねぇかな‥」)
ツンツン‥
後ろから服を引っ張るエルフの少女にロイは幽霊への問いかけの場を譲る。譲られた少女は幽霊達に向けてペッコリお辞儀した。
「あの‥初めまして、エルフのバードのオリタルオ・リシア(ea0679)です。オリーと呼んでくださっても結構です」
遠慮がちに口の中で何かを呟いていたオリーは、決心したように顔を上げる。
「あの‥幽霊の御方々、先日‥礼服に身を包んだエルフの女性に、マントを与えたことはありませんでしたか?」
『ああ、そなた彼女のお身内か、どこか雰囲気がある。その説は失礼したな』
幽霊達はオリーが姉と言った名を聞き、楽しそうに笑う。
「いえ、その節はこちらこそ失礼を‥マント、姉は喜んでいました。体力的に使いづらいけど売らないでとっておこうかとか言って‥」
『どうせ、我らには使い道は無い。館の中の物は好きに使い、好きに持っていけと言ってある。役に立てば幸いだ』
「ご主人方のご好意で、宝物も用意してあります。この夏を皆で楽しみましょう!」
商人の声に、オー! と上げた手は冒険者の8本だけではない。幽霊+商人。13本。
彼らの『祭り』が始まった。
「衣装作りはあたしに任せておきな!」
古い衣装を直しているのはライラック・ラウドラーク(ea0123)メイドの衣装。幽霊の服。淫魔の装束。次々に完成させていく。
「これ、お借りしてもよろしいですか?」
積み重なった服の中からフィアンナ・ハーン(ea1134)が占い師風の黒服を手に取った。
「勿論。あんたは受付だっけ? 最初が肝心だから盛り上げておくれよ」
「もちろん‥フフフ‥」
ジプシーの独特なムードは入り口にはピッタリかな? そんなことを考えながらライラックは手を動かした。
「できたっと! カシス〜ちょっとこれ着てみて〜」
呼ばれた案内役のカシスの前に差し出されたのは黒いメイド服。
「やっぱ貴族の館の使用人はメイドでしょ。どう?」
「あの‥ライラさん、これ‥その‥」
言いよどむカシス。暗い館にライラックのあくまでも明るい声が響く。
「ごめーん、カシスにはこの胸のサイズはでかすぎたかー」
こちらは魔法使い組。
「えっと‥廊下に燭台と蝋燭‥夏だから、あんまり暑いのも拙いですし、他の物に燃え移ったりすると大変ですから‥大きさも考えてこれくらいかしら」
炎使いシエラは廊下の蝋燭と炎を使ったパフォーマンスを考えていた。
「こういうのって、小さい時の悪戯を思い出せて楽しいですよね。悪戯がばれて、両親に散々怒られた記憶が懐かしいです」
火の廊下を通り過ぎた次には‥水の階段が待っている。
「階段の両脇に壷を用意してっと、あ〜、思ったよりは高くあがんねぇなあ」
練習がてらロイはウォーターコントロールで水を動かしてみた。片方の壷から壷へ。水が突然飛び上がり粘土のように移動していく。
水を高く噴水のように持ち上げてみたり、手すり沿いに流してみたり時には上から下に流してジャンプさせてみたりも。
「ま・人にかけるもんじゃねえし、こんなもんだろ、おっと‥このチラシ配るか貼るかしておいて貰らわねえと。シエラ〜向こうの手伝いに行こうぜ」
なるべくおどろおどろしく書いてみたつもりだ。自信作のチラシ廊下の入り口に貼ることにした。
『この屋敷には呪いのかかった水が徘徊しています。遭遇しても絶対に触れないように!』
「ご主人。やっぱり主役は、由緒正しい幽霊の旦那っすよ!」
ファムは幽霊の主人につかず離れず、でも、ついて歩いた。
「ええ、あっしらは幽霊の旦那の威厳っぷりを民草に判りやすい演出のお手伝いをさせて頂くだけで光栄っすよ」
(「せっかくの幽霊、協力してもらわなきゃ損損、”揉み手揉み手”でヨイショ〜! ‥ってあら?」)
急に感じた目眩にふらつくファルに主人は苦笑する。彼が頭を撫でたのだ。人間だったらデコピンというところ?
「持ち上げずともよい、何でも協力してやるぞ』
「あ、そう? なら、フィアンナさんや、カシスさんと連携をとって、あとは‥あのね?」
幽霊を手招きして、こそこそこそ‥。
『なるほど、面白い。やるがよかろう‥』
表情は良く解らないが、ファルは彼が悪戯っぽく笑った気がした。
「あ、そうだ。皆さんのお名前は?」
『名前か‥有るが今は無い。おぬしらが好きに呼ぶがいい』
「そう? じゃあご主人はロンデル男爵、ママさんはメアリーで男の子はエディ、女の子はミリーちゃんで、かつて王様から頂いたスーパーグレートソードで邪悪なドラゴンを一刀両断にした伝説の男爵家ということで‥」
『おい‥』
「そうだ! この伝説もホラーハウスの売りにしちゃえ、カシスさんたちに相談してこよっと♪」
るんるんとスキップにさえ見える程、楽しげに飛んでいくファルの背中を見て『彼』は呟いた。
『生者はやはり、あなどれぬな‥』
ヒュ〜、ドロドロ〜
オルタルオのオカリナの音色に合わせてメイド服の時雨が、お客役の商人の背後に回りこむ。
「いちま〜い、にま〜い‥いちまいたりな〜い。お皿が、大事なお皿が足らないんです‥知りませんか?」」
「‥あの‥知りません‥けど‥あの?」
「そうか‥貴方が泥棒さんですね?‥返してください‥お皿を‥お皿をォォォッ!」
というなり時雨はお客を追いかけた。髪を振り乱し、物凄い形相だ。逃げる商人は結構マジ顔。
「ひええっ〜!」
なんとか振り切った、と安心したのもつかの間、ボロボロの服を身に纏った細身の少女がスーッと目の前を通り過ぎる。そして微笑む。ニッコリと‥口から血を流して‥
「うぎゃあ〜!」
廊下からは炎の動物達が追いかけて来る!
「炎の鳥に炎の犬。次は‥、炎の猫さんでも作ってみようかしら」
転げ落ちた階段からは‥水が踊るように行く手を挟み‥やっとのことでたどり着いた最後の扉の前で‥現れた者の恐ろしさに‥
「逃げられると思っているのか‥バ〜カ〜め〜〜」
「ギャフン!」
‥商人は気絶した。
「あ〜、怖かった。でも、これはいけるぞ!」
そして、ホラーハウス『ロンデル男爵の館』は開店した。頭上に怪しい幽霊の幻影を湛えて‥
「うわ〜っ!」
「キャー! 何これぇ〜?」
「助けて〜!」
「ぎょええ〜〜」
「え〜ん、おかあさ〜ん」
「うぎゃああ〜〜〜〜」
「いらっしゃいませ。フフフ‥また犠牲者、いえ、お客さまがひと〜り‥フフフ‥」
フィアンナの刻む机の刻印は、もう机が机として見えないほど、数が増えている‥。
「あぎゃあ〜〜」
「フフ‥またひと〜り‥」
依頼最終日、最後のお客をめでたく悲鳴と共に送り出し、無事ホラーハウスは閉店となった。
「いや〜、皆さんのおかげで大繁盛でしたよ。お疲れ様です」
連日大盛況。驚異的な人の入りだったらしい。
「報酬割り増ししておきましたから」
ホクホク顔の商人に、冒険者達の顔も明るい。
「こんなでもねーと魔法を悪戯にゃ使えわねーし、良い機会貰ったわ。サンキュー」
二カッっと笑うロイの横ではシエラが魔法の応用活用の検討をしている。
「炎を消した後に、もう一工夫出来れば面白かったのですけど‥、魔法も万能ではないですし、中々難しいですね」
「いや〜、思いっきり遊んだし仮装もできた。満足満足。ま、あたしの顔を見て皆が驚くってのはちょい、複雑だったけどね」
開催期間中、知人と書いて恋人と読む人物を淫魔に化けて脅かしたライラックも楽しそうだ。
「人を驚かせ、楽しませる、いい経験をさせて頂きました」
「でも、時雨さんの皿幽霊は嵌ってたよねえ」
「オリーさんのお化けだって。フィアンナさんもお疲れ♪ 暑かったでしょ。外」
「でも、入る人と出る人の表情はとても魅力的でしたわ」
「それに、皆とも楽しくできたしね」
『また、このような機会があればよいな』
主の言葉は、割り増し報酬と、同じかそれ以上の満足感を冒険者達に与えていた。
人ならぬ者とも、一緒に生きることはできるのかもしれない。
ホラーハウスがここまで流行ったのも、人が人と違う者の存在を愛しているからかも‥しれないから。
「ご主人。お約束どおり、この館は皆さんに‥」
『ああ、礼を言う。我々は、まだこの館から去るわけにはいかぬのでな』
明るい、希望の目を持つ冒険者達。
いつか、彼らとまた出会えるように、助けとなれる様に‥
幽霊達は眠りにつく。
彼らとの、再会の時を夢見て‥