【見習い絵師奮戦記】白い雪の花
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■ショートシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:7人
冒険期間:01月11日〜01月16日
リプレイ公開日:2007年01月18日
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●オープニング
元は誰が最初に囁いたか知れぬ小さな噂話に過ぎなかった。
「キャメロットの側の森の中に、小さな広場があると言われている。森がその広場を隠しているのでたどり着けるものは少ないが、雪降る夜に、その広場に立つ事が出来れば、その者は世にも美しいものを見ることが出来るだろう」
その噂話を信じても流石に冬の森に出向くものはそう多くはない。
酔狂に森に出向いたものもやはり、その広場を見つけ出すことは出来ず、迷った挙句いつの間にか森から出てしまう。というのが殆どであった。
きっと誰かが作った夢物語。
誰もがそう思っていた冬の夜のフェアリーテイル。
だが、そんな中でただ一人、その広場にたどり着いたという者がいた。
噂を知らず森に迷い込んだ‥‥それは旅の商人の娘、まだ幼い少女だった。
「あのね。もりのなかでね、迷子になってね。お兄ちゃんに会ったの。そしてね、とっても白くて、小さくて、キレイな花が咲いててね、かわいいようせいさんが踊っていたんだよ」
翌朝、森の外で発見された少女は父にそう語ったと言う。
少女の無事を喜びつつも、夢を見たのだろうと人々は笑った。
冬に花。しかの妖精だなんて、と。
ただ一人、彼女の話を真剣に聞いていた若い絵師以外は‥‥。
聖夜祭節ももうじき終わろうと言う頃、彼は冒険者ギルドに訪れた。
その登場にギルドの係員は少し目を丸くする。
目の前にいるのは今まで何度か依頼を出しにやってきた若い絵師リド。
彼がやってきた事くらいでは別に驚かない。驚いたのはその格好と依頼内容だ。
防寒具を着込み、毛糸の帽子に手袋、エチゴヤマフラーまで巻いた一部の隙もない防寒体制、‥‥別の呼び名を着膨れ、とも言うが‥‥でやってきた彼は夜の森に一緒に来て欲しい、と語ったのだ。
「森に? この真冬に一体なんで?」
首を傾げる係員に彼は例の噂話と、少女の話を話し出す。
そして‥‥輝いた目で言ったのだ。
「僕は、彼女が夢を見たのではないと信じます。きっと、その広場はあって、そこにたどり着ければ雪の妖精がいるんだと‥‥」
人が妖精と呼ぶエレメンタラーフェアリーそのものは珍しいものでは無い。
火、土、風、水、月に陽。
精霊達は自然のあらゆるものに宿り、いつでも我々の側にいる。
もっとも身近な友とさえ言えるだろう。
だが、言われて見れば雪のエレメンタラーフェアリーを見た、という話はあまり聞かない。
雪だるまが動いただの、雪の少女と出会ったという噂はたまに聞くが、それでも雪の精霊達はその性質からしても、あまり人前に姿を現す存在では無いのだろう。
「でも、僕は見てみたい。世にも美しいと言うその光景をこの目で確かめたいんです! でもお師匠様は一人ではダメだって。‥‥確かに僕一人で夜の森は危ないのは確かです。あの女の子のような幸運は計算に入れるべきじゃ無いと思います。でも‥‥」
手袋の下で手が強く握り締められている。彼の真剣な様子は見て取れた。
「話は判った。だけど、あるか無いか場所で、いるかいないか解らない妖精を探す依頼だ。受けてくれる冒険者がいるかどうかまずは探してからの話になる。今日、依頼を出して明日、ってわけにはいかないから今日は帰んな」
「‥‥はい、解りました。お願いします」
少し不満そうな様子を見せながらも、彼は頷いて帰っていく。
その姿が完全に見えなくなったのを確認し係員は
「‥‥これで、よろしいので? 図書館長殿」
部屋の隅に身を潜めていた老人に声をかけた。
「うむ、すまぬな」
頷く宮廷図書館長、エリファス・ウッドマンがギルドにやってきたのは実は若い絵師に先立つ事数刻前。
弟子と軽い言い争いをしてしまったと言って入ってきた彼は、弟子がじきにここに依頼にやってくるだろうから、と待っていたのだ。
「最近、絵の修行にも身が入っているようだが夢中になりすぎると後先考えぬのは困ったものだ。誰に似たのやら」
軽くため息をつく。
師匠にだろう。と、思ったものがいたかもしれないが、それを口に出すものはとりあえず今はいない。
「依頼は、受理してよろしいのですね?」
係員の言葉にエリファスは頷く。
「奴のやる気を邪魔するつもりはない。付き添ってくれる冒険者がいるのであればむしろ、積極的に行けと言いたいほどじゃ。雪の精霊とやらが見つかっても、見つからなくても、その経験はあれにとって得がたいものなるであろうからな」
優しい眼差し。そこには我が子を気遣い見守るような思いがある。
「この世にはまだ、人の知らぬ領域、人の知らぬ世界が広がっている。それを知りたいと言う若者の気持ちは抑えられるものでは無かろうて。もう少し若ければわしも‥‥な」
微笑を浮かべ、僅かではあるが報酬を足して、エリファスはその依頼書を見つめる。
その瞳もまた、弟子と同じ輝きを浮かべていた。
●リプレイ本文
○知らない世界との出会い
少女は問う。現れた大人達に。
「わたしのこと、しんじてくれる?」
彼らは答える。躊躇い無く
「勿論」
と。
集まった冒険者達に依頼人リドは
「ありがとうございます。今回はよろしくお願いします」
生真面目に頭を下げた。
「別に‥‥気にしなくて‥‥いいわ。それが‥‥私達の‥‥仕事だから」
表情を変えずに麗蒼月(ea1137)は言い放つ。目線の先にいたエル・サーディミストがにこにこ笑っているのが見える。
それからついと顔を背けた。
素直じゃないなあ、と言っているように見えるからだ。
ああは言ったが本心はお詫びだ。以前依頼に参加を約束しながら手伝えなかった事への。だがそれは口には出さない。
彼も顔さえ合わせなかった冒険者の事など覚えてはいまい。なのに‥‥
ペチコン!
「もう! 痛いですよ〜。蒼月さん〜」
照れ隠しに頭の上を飛ぶマリー・プラウム(ea7842)を軽く叩き落としてみる。
「‥‥頭の上‥‥飛ばないで‥‥って、言った‥‥でしょ? 食べる‥‥わよ?」
「雪の花〜♪ 冬の花〜♪ 一体どんなにキレイでしょ〜♪」
楽しげに歌うマリーは顔を青くしてティアラ・フォーリスト(ea7222)の背中に隠れる。
楽しげな(?)二人に周囲の笑みが零れた。
「でも冬に花。そして妖精。確かに浪漫を感じますわね」
セーレフィン・ファルコナー(eb5381)はうっとりと夢見るように言う。誰もそれを笑ったり、否定したりはしなかった。
夢のような話を信じている。
「どんなお花かしら? フェアリーローズ?」
「世界は、広いのよ‥‥誰も知らない、花があっても‥‥‥何が、不思議なのかしら‥‥」
マリーは勿論、蒼月でさえ。
「僕は以前、図書館長様と月の女神のお姿を拝見した事があります。本当に人が一生に知れることはごく僅か。だからこそそれを知れるチャンスがあるとするなら、できる限り参加したいと思いますよ。でも‥‥」
知識を求める思いとは裏腹の小さな心配。
期待に胸を膨らませる仲間の為それを飲み込んだワケギ・ハルハラ(ea9957)に気づきながらもシルヴィア・クロスロード(eb3671)は今は何も言わなかった。
楽しみですね、と口にしながらも考え込むように手の中の羊皮紙を見つめる。
「でも、どうして雪の夜だけなのでしょうか?」
出発前、冒険者達は現時点では唯一の目撃者である少女の下を訪れていた。
見たところ4〜5歳くらいの彼女は少女、というよりも女の子と言う方が正しい。
そして‥‥まだ語彙を多く持ってはいなかった。
「どのような方でしたか? お洋服とかなにか持っていたかとか覚えてることがありましたら教えて下さいな?」
なるべく丁寧に聞いてみた。そして彼女も
『白い花びらがふわーってなって、妖精さんがお空を飛んでいてね。足元も真っ白でね。それでね、それでね!』
自分の話を信じてくれる冒険者に一生懸命話してくれたのだが‥‥
「‥‥正直、解ったのは『お兄ちゃん』が彼女より少し大きいくらいの子供であること。『妖精さん』と出会った場所は森の中の小さな空き地だったこと。そしてこの冬だというのに花びらのようなものが空に舞っていた、ということくらいでしょうか?」
「彼女のイメージをリドさんに描いてもらおうと思ったのですけど‥‥」
「‥‥すみません‥‥」
申し訳なさげなリドに冒険者達は溜息をつく。目の前の羊皮紙にはリドの悪い特性が出ていた。
見たものは見事に描けるが、見たことの無いものは驚くほど下手という‥‥。
妖精も、花も、お兄ちゃんも‥‥とてもこの絵を参考には探せそうに無い。
「余計な荷物は持っていかない方が良いですよ」
リースフィア・エルスリードのツッコミにますますリドはシュンとなった。
「本当に僕は雪の妖精を、その美しい光景を描くことができるでしょうか?」
「‥‥彼女は嘘は言っておりませんでしたもの。本当に見たのですわ」
ジークリンデ・ケリン(eb3225)は思い出す。
魔法を使い、彼女の記憶から読み取れたのは『茶色の髪と瞳をした白い服の兄ちゃん』『森の真ん中の広場で妖精さんを見た』そんな断片的な言葉であったが彼女の思いは伝わってきたのだ。
「森の中で出会ったお兄ちゃん‥‥。やっぱり森の精霊さんかな。雪の妖精さんにも会いたいけど、森の精霊さんにも会いたいな」
「正直、上手くいくかどうかは解りません。でも誠実な思いはきっと伝わります。‥‥きっと」
言いながらワケギは荷物を背負いなおした。まるごとトナカイを身につけ、頭に雪の塊を乗せた様子は端から見ればおかしいかもしれないが心は誰よりも真面目に。
「行きましょう。皆さん」
冒険者達は歩き出す。仲間達の見送りを背にして、見知らぬ何かと出会う為に。
○迷いの森、冬の森
「‥‥これは‥‥。また‥‥なの?」
前に現れたものを見つめ、蒼月は深く溜息をついた。
見慣れたテントが見える。ペット達の嘶きも聞こえる。
あれは紛れも無く、森の入り口に自分達が立てたベースキャンプ。
出発した時は後ろにしたはずなのに何故、前に見えるのやら。
昨日で二回。
そして本日最初、トータル三回目のアタックはまた失敗に終わったようだ。
「やっぱり、魔法がかかってるのかなあ? ティアラ達に入って欲しくないのかなあ?」
ティアラは眉を下げて俯いた。
森歩き、雪歩きには自信はあったつもりなのに、こうも失敗が続くと森に拒絶されているような寂しい気分になる。
「フォレストラビリンス‥‥でしたか? 森を迷宮化させる呪文は。‥‥確かにこれだけ森を知っている人間がいるのに揃って迷うということは、やはり‥‥魔法なのでしょうね」
森は思ったよりも静かで穏やか。動物達の姿も見えて散歩にはいいがこのままでは目的は果たせない。
「‥‥魔法‥‥なら、術者を‥‥見つけて‥‥退治、してしまえば‥‥早いのに」
「蒼月さん!」
「‥‥冗談‥‥よ‥‥」
キッ!
仲間皆からキツイ目で見つめられ蒼月は深く溜息をついた。その肩口。毛布の下からひょいとマリーは顔を覗かせる。
「でも魔法がかかっていると解れば、対応の仕方もあるわよ。次の時には私、空を高く飛んで皆を案内するから!」
「今日の夜は丁度雪が降りそうですね。今回一番のチャンスかもしれませんわ」
ジークリンデは風を読み空を仰ぐ。
厚く蓋をするような雲が遠くから近づいてくるのを感じる。
「‥‥夜に‥‥出かけるのなら‥‥腹ごしらえと‥‥休憩‥‥しましょ。え? 火気‥‥厳禁? 冷たい‥‥保存食にマリーも‥‥美味しくないけど‥‥仕方ないわね」
「マ、マリーは食べても美味しくないからね! 暖かくても、冷たくても!」
「‥‥失敗。武器‥‥置いてきちゃったから‥‥捌けない」
「だからってばああ!」
くすくすくす。
二人の様子が少し沈みかけていたパーティの空気を浮上させてくれた。
「そうですね。蒼月さんの言うとおりです。少し休んで頭を切り替えましょう。ね? リドさん」
「‥‥はい!」
肩を叩いたシルヴィアの言葉に森を見つめていたリドは頷いたのだった。
シュッ。シャッ!!
羊皮紙に走らせるペンの音は
「‥‥なかなか、いい絵を‥描くのね。ちょっとだけ‥‥見直したわ‥‥」
「えっ! あ、蒼月さん!!」
突然の慌て声と共に止まった。
「ホントです。これ、さっき出会った兎さんでしょう? 可愛くて上手ですよ」
ティアラや蒼月だけではない。いつの間にやら冒険者達が彼のスケッチを覗き込んでいたのだ。
時間までじっとしていられなかったのだろうか? リドの足元は絵が置かれてあった。
雪景色、静かな森。そこに暮らす動物達の絵が生き生きと描かれて‥‥。
「冬の森の営みが‥‥ステキで‥‥つい」
「前より上達されたのではありませんか? あの絵を見たときには驚きましたけど、それもリドさんの特性ですものね」
セーレフィンは素直に褒めたつもりだった。
だが微かな音に冒険者は気づく。それはリドがペンを握り締めた‥‥音。
「‥‥僕は、まだまだです。もっといろいろな物を見て描けるようになりたい。いつかは‥‥見てないものもちゃんと描ける様になりたい。絵を見てくれる人に思いを伝えられるように‥‥」
「大丈夫。きっとできるって! リドさんなら!」
「固く考えすぎない事ですよ。そうならなければ、と思うと自分を縛ってしまう。だからもう少し気軽に考えられるといいですね」
「頑張ります。せめてもう少し図書館長様に怒られないようにしないと‥‥」
女性達に励まされ、微笑むリド。
彼女らの言葉にハッとした顔をしたワケギはその後一人、ずっと何かを考え込んでいた。
○雪の花、ふる
静まり返った夜の森に柔らかなフルートの音色と歌声が響いた。
『気づいた事があるんです。捜し求める心が強すぎるから、精霊達は警戒して道を開いてくれないのかもしれません。僕達の思いを素直に伝えて、後は彼らに任せてみた方が‥‥と』
ワケギの言葉に同意しマリーは蒼月の肩の上で、静かな調べを奏でる。
それに和するワケギの歌は魔法に乗せたメロディ。願いを乗せた。
「どうか‥‥」
曲の終わり、手を組み祈るマリーの横にシルヴィアはそっと、ワインを二本置く。
「あ?」
その手の上にひらり。白いものが舞い降りた。
「花びら? ‥‥違う。雪ですね?」
そう。歌声に誘われるように雪が降り始めた。雪はひらり、ひらりと降り積もる。
「行きましょうか?」
頷き歩き始める冒険者達。
静かに足元で鳴る雪の音に、冒険者達は今までと違うものを感じていた。
言葉では表せない、何か。
木々達の間を当ても無く歩んでいるのに、雪明りが道を照らしてくれているような感覚。
いや、雪だけではない。木々の間から時折、白い服や茶色の影が垣間見えて、森が自分達を受け入れてくれたと感じた瞬間。
森が開けた。
「うわっ!」
彼らの誰も、暫くそれ以上の言葉を口から紡ぐ事はできなかった。
「あれは‥‥?」
ぽっかりと森の間中に開いたその場所には純白の絨毯が敷き詰められている。
一面真っ白の雪の野原。
白い舞台の中央で精霊達が踊っていたのだ。
身の丈は15cm程だろうか。
手を伸ばせば手のひらの上に乗りそうな程小さい。透明な精霊達。
息を吹きかけただけ、動いただけで消えてしまいそうなほど、それは儚く見えた。
「あっ!」
マリーは思わず声を上げる。自分が手を伸ばした先。
目の前でくるん。回った精霊の姿が見えなくなったのだ。
蒼月の肩から飛び出して、さっきの精霊を探すように空に舞う。
「見て下さい。あれ!」
セーレフィンの指差した先を見つめ、マリーはホッとする。
消えたかと思った精霊が、向こうで楽しそうにリズムに乗って踊っていた。
「まぁまぁ、素敵ですわね」
木々のざわめきに風の音を音楽に。軽やかに楽しげに踊る精霊達。
やがて‥‥包まっていた防寒着を蹴飛ばして、マリーはフルートをもう一度取り出した。
「ステキな音楽に、私が叶うかどうか解らないけど、良かったら‥‥聞いて」
静かに唇を付け
〜♪ 〜〜♪ ♪〜〜♪
音を紡ぐ。
一瞬動きを止めた精霊達は、今度はその音楽に合わせたように舞い始めた。
空から降るは雪の花びら。その中を幻のように踊る精霊達。
「キレイ‥‥。本当に‥‥キレイ」
その夢のような光景を冒険者達は、いつまでもいつまでも見つめていた。
○白き花、揺れる
「ハクション!」
翌朝。眩しい太陽の中、マリーはブルブルと身体を震わせ大きなくしゃみをした。
「さむっ! 蒼月さん。ゴメン! 入れて!!」
毛布の下に隠れても、まだまだ震えは止まらない。
「風邪、ひいちゃったかなあ〜」
「‥‥当たり‥‥前。雪の中‥‥あんなかっこで‥‥フルート‥‥吹いてたら」
「だって〜。メリーさん着たままじゃフルートなんて吹けないんだも‥‥ハクション!!」
日高瑞雲が心配してくれたように防寒具問題はシフールにとってはなかなか辛いものだ。
着ぐるみを纏い、毛布を何重にも巻いたマリーを小さく笑って蒼月は抱き上げた。
「‥‥今回、は‥‥特別よ?」
「ありがと。でも幸せだったなあ〜。あんなステキな時を一緒に過ごせたなんて‥‥」
微笑むマリーの頬は、このまま溶けそうな程に緩んでいた。もし、もう一度チャンスがあれば間違いなく同じ事をするだろう。例え、また風邪をひくとしても、だ。
「お疲れ様ですわ」
ニッコリとジークリンデはマリーに微笑む。
「確かにステキでした。世にも美しい雪の花。精霊のダンス‥‥良いものを見せていただきましたわ」
「ええ、浪漫です」
セーレフィンの言葉にも熱いものが篭っている。
目の前に広がる雪原はキラキラと水晶のように太陽を弾いて輝いて、静かな昨夜の面影を残すものは無い。
昼の太陽と、雪の輝きも美しい。だがあの精霊の舞うあの白い光景は忘れられそうに無かった。
「出てきてくれて‥‥ありがとう。本当にありがとう」
手を組み、祈りを捧げるマリーに
『どういたしまして! でも今回は特別だよ』
明るい少年の声が答えた。
「えっ?」
振り返る冒険者達の背後。木の上。
一人の少年が枝に腰をかけて笑っていた。
ワインを肩に担いだ茶色い髪と瞳、白い服の‥‥『お兄ちゃん』
「‥‥貴方は?」
冒険者の問いには答えず『彼』は木から飛び降りて走り去る。
「森には森の営みがあり、それは人がいない時から延々と続けられて来たということを、思い出します。僕達が知る世界など‥‥やはり本当に小さなものなのですね」
呟き祈るようにワケギも手を合わせている。
それを見て、シルヴィアはペンを取ろうとするリドの手に自分の手を重ねた。
「シルヴィア‥‥さん?」
「リドさん。お願いがあります。今回の事。そして彼らの事。‥‥絵に描かないで欲しいのです」
「えっ?」
「隠されているのは、そこが彼らにとって大切な場所だから。『彼』は私達を信じてそれを見せてくれた。だから‥‥どうか心に留めるだけに‥‥」
暫く悩むような顔を見せたリドは、一度瞳を閉じると頷いて、ペンをポケットに戻した。
「‥‥解りました。本当は、一人だけ見せたい人がいたんですけれど‥‥」
少し寂しげな笑顔を見せるリド。だが、その表情には後悔は感じられない。
「ありがとう」
そう答えてシルヴィアは立ち上がった。
「帰りましょうか。荷物が心配です」
「‥‥きっちり、隠してあるから‥‥大丈夫だと‥‥思うけど‥‥」
「でも昨日の雪、けっこう降ってましたからペット達も凍えているかもしれません」
話しながら冒険者達は、誰とも無く振り返る。
森の間中の小さな空間。
木々に守られた純白の夢の舞台。
「あの子達、雪の精霊? それともこの花の精霊かな? まあ、どっちでもいいや。また‥‥会おうね」
マリーの言葉に答えるように白い、小さな雪の雫のような花弁が静かに風に揺れていた。