【ラーンス依頼流出】森の神の涙
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■ショートシナリオ
担当:夢村円
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:8 G 76 C
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:01月12日〜01月22日
リプレイ公開日:2007年01月19日
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●オープニング
「ラーンス様!」
深い森の中を捜索していた騎士は、見つけ出した円卓の騎士を呼んだ。ラーンス・ロットは振り向くと共に深い溜息を吐く。
「またか‥‥いくら私を連れ戻そうとしても無駄です」
「連れ戻す? 私どもはラーンス様と志を同じくする者です。探しておりました。同志はラーンス様の砦に集まっております」
「砦だと!? 志を同じく?」
端整な風貌に驚愕の色を浮かべて青い瞳を見開いた。
騎士の話に因ると、アーサー王の一方的なラーンスへの疑いに憤りを覚えた者達が、喜びの砦に集まっているという。
喜びの砦とは、アーサー王がラーンスの功績に褒美として与えた小さな城である。この所在は王宮騎士でも限られた者しか知らないのだ。
状況が分らぬままでは取り返しのつかない事になりかねない。ラーンスは喜びの砦へ向かった。
――これほどの騎士達が私の為に‥‥なんと軽率な事をしたのだ‥‥。
自分の為に集まった騎士の想いは正直嬉しかった。しかし、それ以上にラーンスの心を痛めつける。
もう彼らを引き戻す事は容易ではないだろう。
「ラーンス様、ご命令を! どんな過酷な戦となろうとも我々は立ち向かいましょう」
――戦だと? 王と戦うというのか?
ラーンスは血気に逸る騎士達に瞳を流すと、背中を向けて窓から覗く冬の景色を見渡す。
「‥‥これから厳しい冬が訪れる。先ずは物資が必要でしょう。キャメロットで食料を補給して砦に蓄えるのです。いいですね、正統な物資補給を頼みます」
篭城して機会を窺う。そう判断した騎士が殆どであろう事に、ラーンスは悟られぬように安堵の息を洩らした――――。
「アーサー王、最近エチゴヤの食料が大量に買い占められていると話を聞きました。何やら旅人らしいのですが、保存食の数が尋常ではないと」
円卓の騎士の告げた報告に因ると、数日前から保存食や道具が大量に買われたらしい。勿論、商売として繁盛した訳であり、エチゴヤのスキンヘッドも艶やかに輝いていたとの事だ。
「‥‥王、もしやと思いますが、ラーンス卿の許に下った騎士達が物資を蓄えているのでは‥‥」
「あの男は篭城するつもりか‥‥」
苦渋の思いに眉を戦慄かせるアーサー王。瞳はどこか哀しげな色を浮かべていた。そんな中、円卓の騎士が口を開く。
「冒険者の働きで大半は連れ戻しましたが、先に動いた騎士の数も少なくありません。篭城するからには戦の準備を進めていると考えるのは不自然ではないでしょう」
――戦か‥‥本気なのか。出来るなら戦いたくはないが‥‥。
「ならば物資補給を阻止するのだ! 大量に買い占めた者から物資を奪い、可能なら捕らえよ!」
難しい命令だった。先ずはラーンスの許に下った騎士か確かめる必要があるだろう。全く無関係な村人や旅人が聖夜祭の準備で買う可能性も否定できない。保存食というのが微妙だが‥‥。
それにこれは正しい行いなのか? 否、そもそも王を裏切ったのだから非はラーンス派にある。王国に戦を仕掛けるべく準備を整えるとするなら、未然に防ぐのは正当な行いと言えなくもない。
「それともう一つ」
王は暫し考えた後、再び口を開く。
「ラーンスに割り振っていた依頼を冒険者ギルドに委任する」
ラーンスほどにもなると、ギルドを仲介せず直に解決すべく依頼が任される場合もある。リストは円卓の騎士により管理されていた。これらの依頼をギルドに委任する事で、ラーンス派の糧を失わせ、資金難に陥らせる訳である。
――なぜ戻って来ないラーンスよ。おまえの信念とは何だ? なぜ話せぬ‥‥。
聖夜祭の中、王国の揺れは終わりを迎えていなかった――――。
「これは‥‥まさか‥‥」
足元に落ちた『獲物』を彼は呆然と見つめていた。
明日は聖夜祭という前日。
村には何人か客も来ている。
ご馳走を捕まえてくると若者達は意気上げて出てきた。
獲物は鳥か、鹿か、猪でもと思ったのに、何故か今日は静まり返ったように生き物の影が無い。
だから、やっと木の影から飛び出したその獲物に、若者達は躊躇い無く弓を引く。
手ごたえに上がる歓喜の声。
だが、それは直ぐに凍りつく。そして‥‥
「どうですか? 成果は。お弁当を頼まれて持ってきたんですけど‥‥って、何をしているんですか? 皆さん!」
弁当を片手にやってきた冒険者の少年の口を、彼らは土の付いた手で塞いだ。
「静かにしろ。俺達はただ、鳥を埋めていただけだ」
「それは、鳥なんかじゃない! それは‥‥」
「黙れ! 鳥だと言ったら鳥なんだ。鳥じゃないなんて言うやつはこの村には誰もいない!」
「鳥じゃないというのなら、村を出て行け。聖夜祭前に村に騒ぎなど起こさせないからな!」
そして数刻後。
「本当に行ってしまうのかい? 一緒に聖夜祭を過ごせると思ったのにな‥‥」
「アンタに森の神の守りがあるように祈ってるよ」
見送ってくれる老人達の声を背に受けながら少年は振り返る。
迫り来る『森の神』の怒りが、せめて彼らに降りかからないように、と祈りながら‥‥。
ドラゴン退治の依頼が冒険者の元に届いたのは聖夜祭の喧騒も、公現祭も終わったある日の事だった。
「本来ならこのレベルの依頼はラーンス卿や円卓の騎士が動くのだが、ラーンス様はおられず、パーシ様は外出中。他の円卓の騎士の方々も、手が開かない。だから今回は冒険者に依頼する。今後このような依頼が増えるだろう」
そう言って王城からやってきた騎士は依頼をギルドに置く。
場所はウィルトシャーの端、エーヴベリー近くの小さな村。キャメロットから歩いて三日程だろうか。
森近くに位置するその村の近辺に新年明けからドラゴンが出るという。
岩と鎧のような固い肌。翼の無い六本足の外見からしてフォレストドラゴンと呼ばれる竜であろうと騎士は告げる。
「そのドラゴンはずっと昔から村の近くにいたらしい。近くの洞窟に住んでいるがめったに外に出ることは無く、人を襲うことも勿論無かった。ドラゴンがいるからか今まで危険なモンスターも近寄ってこなかったので村人は森の護り手と崇められていたようだが、それが最近村の近辺をうろつき歩くようになったらしいな今は、まだ村の周辺のみをうろつく程度だが、そのドラゴンが本格的に人を襲ったら大変な事になる。いつそうなるか判らないので、その前に倒してくれというのが村人からの依頼だ」
本来ならば、依頼の情報はそれで終わり。
ただのドラゴン退治として冒険者に提示すればいいはずだった。
だが係員は手を止める。
「まさか、この村‥‥フリードが言っていた‥‥」
この間、依頼から戻ってきた少年冒険者の言葉を思い出して。
「品物を届けに行ったある村でドラゴンパピーが殺されたのを見ました。親は、きっと悲しみますよね」
悲しげな目でそう彼は言っていた。聖夜祭をキャメロットで一人過ごすと言う彼は。
依頼書の場所を確認する。
やはり彼が言っていたあの村。
ならばこのドラゴンはきっと‥‥。
「依頼はドラゴン退治だ。依頼が出ている以上ドラゴンを倒し、被害から村を守らなきゃいけない。たとえ、今は被害が出ていなくても、たとえ、人間が悪いとしてもだ。‥‥少し、辛い仕事になるかもな」
係員の言葉と思いが、話を聞く冒険者の胸に響いてた。
森に悲しき雄たけびが響き渡る。
愛する者を呼ぶ声。
だが、それに答えるものはいない。
●リプレイ本文
○冒険者の旅立ち
キャメロットの門に立つ。昨日ここで旅立った仲間を見送った。
今日は自分達の番。
「ドラゴン退治かあ。相手は多分フォレストドラゴン。普通なら出てきたくらいで心配しなくても良い筈なんだけど。うーん、何かすごく違和感あるのはなんでだろ?」
独り言のように呟く冒険者。出発直前、揃った彼らの心情は穏やかでは無かった。
「まあ、考えても仕方ないか。でもその前にも一度、確認するよ。フリード!」
くるんと振り返って、エル・サーディミスト(ea1743)は後方にいたフリードと、彼の瞳を見つめた。
「は・はい!」
背中をピンと伸ばして少年は立つ。真っ直ぐに。
「今回の件、元は円卓の騎士が受ける筈の依頼なんだって。危険な事は解ってるよね?」
ドラゴン退治。本来なら彼程度の実力者が手を出していい仕事ではない。
それに呼ばれた理由をフリードは勿論知っている。
「人の思いは綺麗ごとだけではすみません。特に冒険者は自分の選択が人の人生を大きく左右するのです。今回、貴方が私達と一緒に来るということは、貴方が知っている事を私達に話すということ。それが‥‥どういう事か解りますね」
リースフィア・エルスリード(eb2745)がエルの言葉を補足した。
フリードの唾を飲み込む音が聞こえる。冒険者達は彼の答えを待っていた。
「はい」
戻ってきた返事はさっきとは違う、意思の篭った『答え』。
「‥‥解っています。完全では無いかもしれませんけれども。僕は、僕のできることをしたい。その為に、冒険者への道を選んだんですから」
その答えにリースフィアは微笑むと
「自分の選択の結果。それを見届けるつもりがあるのなら‥‥一緒に行きませんか?」
手を差し伸べる。庇護する対象ではなく共に歩む仲間として。その優しさにフリードは真剣な眼差しで答えた。
「はい! よろしくお願いします」
少し頬を赤らめリースフィアの手を取った少年の肩を
「よし、フリード、早速で悪いんだが詳しく話を聞かせてくれるか?」
強く叩いて閃我絶狼(ea3991)は笑いかける。
「その情報が俺達だけではなく、村の命運も分けるかもしれないからな。歩きながらでも、野営の時でもいい。詳しく教えてくれ」
イグニス・ヴァリアント(ea4202)の言葉に
「解りました」
頷き、フリードは歩き始める。
先を行く冒険者の数歩後ろから、冒険者として。
○我が子を思う鬼
「なんと‥‥言う事でしょう」
思わず、だろう。藤宮深雪(ea2065)が声を漏らした。握り締めた数珠の音が鳴る。
野宿の火の前、フリードは冒険者達に乞われるまま、自分の見たことを語り終えたところだ。
ドラゴンパピーが射殺された顛末を、彼が知る限り。
「あー。それが今回の件の理由かよ。そりゃあ、我が子がいなくなれば親は捜すわな」
絶狼も頭を抑え、溜息をつく。他にもいくつかの溜息が落ちた。
全ての理由‥‥ドラゴンの徘徊という現象と不思議な胸騒ぎ‥‥が一つに繋がる。
「‥‥ですがぁ〜、今問題なのはぁ〜そのドラゴンパピーさんがぁ〜もう死んでいるということなんですぅ〜。子供を探しているドラゴンさんは見つかるまで、いつまでも彷徨いつづけますよぉ〜」
そうである。エリンティア・フューゲル(ea3868)の言うとおり子を捜す親がそれを辞めるのは子が見つかった時のみ。
「せめて、亡骸はお返ししてあげたいです。その上で‥‥できるなら他所に行って欲しいと説得‥‥できないでしょうか?」
「‥‥難しいですね。子を殺された親が犯人を恨まない事が有りうるでしょうか? せめて犯人は明らかにして謝罪させないと親竜は納得しないのではと私は考えますが‥‥」
「待って下さい! 犯人を明らかに、と言うことはそれを村人達に知らせるおつもりですか?」
夜桜翠漣(ea1749)にリースフィアは反論の声を上げた。
「このままドラゴンと戦い殺す事になれば、‥‥今はドラゴンの徘徊に恐怖が上回っていているから気づかないでしょうが、落ち着いてから自分達が森の守り神を殺したという意識と、森を守っていた存在を失ったという現実と彼らは向き合う必要が出てくるのですよ」
それなら早いうちに覚悟を決めて貰った方が。
静かに、そして厳しく翠漣の言葉は現実を突きつける。それでも、とリースフィアは翠漣に向かい合った。
「これから厳しい中を生きていかねばならないのなら、なおのこと村人達は一致団結していかなければなりません。そこに犯人の弾劾と言う苦しみと村の不和まで与えなければならないのでしょうか! 私達が守るべきは村と村人達の筈です。ドラゴンの脅威を取り除いても村人達の平和が守られなければ意味は無いと思うのですが」
「あの‥‥説得はできないのでしょうか? 戦う、殺す、という事はできるなら最後の手段にしたいのですが」
「事故とはいえ目の前に大切な者の亡骸を差し出され親が即座に納得できますか? せめて犯人の謝罪でもない限り私は難しいと考えますが」
「相手は自然に生きるものです。命には命を以って贖わなければ納得しないと考えます。でも、それはできません。ならばいっそ知らせないですませる方が悪戯に苦しむ人を増やさずにすむと思うのですが‥‥」
説得する事に反論は無い。だが
「子を殺されて納得できる親はいない。いや、いてはいけない。結局‥‥」
その説得がおそらく受け入れられないであろうことも冒険者達には、なんとなく解っていた。
だからこそ‥‥
「二人の意見は解るよ。そして偽善と言われても僕達が、冒険者として譲れない事はある。だからその為に‥‥やるべきことやってみようよ」
冒険者達は頷いた。明日には目的地に着く。明日の今頃はおそらく‥‥
「昔、故郷でこんな説法を聞いたでござるよ」
火を突きながら今まで無言だった忍者、葉霧幻蔵(ea5683)が呟いた。
「人の子を食らう鬼女が、仏に我が子を取り上げられ、子を失う親の心を知った鬼女が改心して仏になったとか‥‥龍の場合は、どうなんでござるかなぁ」
それを知っていることだろう。
どんな形でさえ。
この揺れる思いの結論も。きっと。
○選択と結果
冒険者達は森に入っていく。武器を携え、白い布の塊を抱いて。
「お約束しましょう。この村の人たちをドラゴンの行動からは守って見せると。皆さんは森に入らず待っていて下さい。‥‥フリードさん。万が一の時には村人の避難誘導をお願いします」
「解りました。お気をつけて」
自分の為すべき事と実力を理解しているからフリードは翠漣のその言葉に従って彼らを見送った。
だが、それでも止められない思いがある。
「大丈夫かしら?」
「急にドラゴンが凶暴になった、と話はしたんだ。それでも行くっていうんならそれでいいじゃねえか?」
「ああ、このままじゃ森が毒で枯れて村は滅んじまう」
心配そうな村人達の中で‥‥俯く青年達と村長。
これで、本当にいいのだろうか‥‥と。
村から少し離れたところで、冒険者達は立ち止まった。
周囲の木々は冬ということを指しい引いても力なく弱っている。毒に汚れた雪を踏みながらリースフィアは仲間達に向けて言った。
「こちらから探す必要は無いと思います。森に入り、この子を連れている時点で親竜は直ぐにやってくるでしょうから」
言葉での返事は無い。だが頷く気配を感じて、横目で白い布を抱く深雪とその横の翠漣を見る。
唇を噛み締めた。今でも。これでいいのかと思いさえする。思い返す。
さっきの会話を。
「そんなとこにあったのか。フリードが見た後埋めなおした‥‥ってか?」
後ろからの声に若者達は怯えた顔で振り返った。
冒険者がドラゴン退治に来た。ドラゴンが気にしそうなものを探しているそうだ。
そんな見え見えの誘導にひっかかって彼らは、自分からここにやってきたのだ。
どう言っても自分から情報を話さなかった彼らの指の先には穴があり、そこに茶色く染まった布が埋められている。
「それが仔竜さんの遺体ですね。私達が引き取らせて頂きます。よろしいですね?」
優しいが有無を言わせぬ強さで深雪は青年達を押しのけた。エリンティアも手伝い穴から汚れた布の包みを掘り起こす。
「‥‥っ!」
微かに顰められた顔。そこには冒険者が想像したとおりの小さな竜の死骸があった。眉間にはまだ鏃が残っている。
「お前ら!」
「隠しても無駄でござる! おぬしらの悪事は全てお見通し! ‥‥もっと早く誰かに報せれば、早期に対策が取れたでござるよ。ひょっとしたらこのパピーですら助かる目があったかもしれぬのに‥‥」
幻蔵の追求に‥‥若者達の頬が真っ赤に染まった。
「お前達に何がわかる。返せよ! そんなもの燃やしてやる。そうすれば証拠なんて‥‥!」
パシン! 深雪に伸びた手をエルは払った。
「これは不運な偶然だった。でも現実から目を背けちゃだめだよ? 彼が言うとおり君達がもっとちゃんと現実を見つめていれば事態は変わったかもしれないのに」
「この死体は親竜に返す。それだけは譲らないからな」
「そんなことしたらドラゴンが怒るじゃないか! そんなの自己満足だ。偽善だ! 知らなければドラゴンだって子供を捜してどっかに行ってくれる。きっと!」
慌てふためく青年達に無表情で絶狼は言い放つ。
「偽善で結構、これは俺が通すべきだと思った筋だからな」
「確かに知られなければ罪にならないかもしれない。罰も受けないでしょう。でも全てを無かった事にした後、もしも罪悪感が育ってしまったら貴方達は何に許しを乞えばよいのでしょう? 許しを乞いたいと思った時その相手がいないというのは辛いものですよ。思う以上に‥‥。永遠に続く責め苦。許される事のない日々」
それでも、いいのですか?
翠漣は口にせずに彼らに背を向けた。
冒険者の誰も彼らに責めの言葉を告げない。
だからこそ若者達は振り上げかけた手を下ろす事もできず、そこにただ立ち尽くしていた。
木々が、大地が揺れた。
「! 来ました!」
揺れる足音と共に地響きが鳴り、木々が折れ‥‥森の神の姿をその場へと導く。
「やはり、フォレストドラゴンか」
ナイフを握り締めるイグニスを軽く手で制して翠漣は一歩、前に出た。
『聞いて‥‥頂けませんか?』
共に立つ仲間達に聞こえるように言葉に出しながら翠漣はドラゴンに向けて話しかける。
オーラの力を借りた言葉はとりあえず『彼女』には通じているようだ。
突進してくれば簡単に弾き飛ばされる距離で、だが翠漣は語りかける。
『貴方が探している方はここにいます。事故である、ということを言い訳にするつもりはありませんがお返ししますので見てあげて下さい』
深雪から布の包みを受け取り、翠漣は、そっと開いて自分の前に置いた。
仔竜の顔が風に触れた。額に微かに残る血はふき取ったその顔は、まだ生前の面影を残している。
「ガ‥‥、グ‥‥、グオオオオ!!!」
響く声は、テレパシーの言葉を持たぬ冒険者達にさえ嘆きの言葉だと解る。思わずエルは顔を背けた。
『できるなら‥‥どうかこの仔の亡骸と共にこの森を離れて頂けないでしょうか? 全ての非は人にあり、貴方に得るものは何も無い。貴方だけが妥協する選択なのも、貴方の命を盾に取ることも承知で‥‥お願いします』
「お願いです。もし許して頂けないとなれば、私達は貴方に、攻撃しなければならない。身勝手と知りながら貴方を傷つけてしまう。貴方が傷つけばこの仔は、きっと悲しむでしょう、だから‥‥どうか、どうか‥‥」
テレパシーではないむき出しの思いで、深雪は膝を付く。
祈る思いで冒険者達は目の前のドラゴンを見つめていた。
今、この時選択権を持つのは『彼女』のみ。
ドラゴンは一歩一歩と冒険者に、いや、冒険者の足元の我が子へと近づいていく。
「深雪!」
エルの声に深雪は立ち上がって数歩、後ずさった。翠漣も数歩。
彼女らが最初の間合いを取り戻した時ドラゴンは、そっと我が子に鼻先で触れ、愛しげに頬を寄せた。
翠漣は感じていた。『彼女』の心、人と変わらぬ我が子への愛を。
ドラゴンは変わり果てた我が子を見て、嘆きはしても驚きはしなかった。
すでにこの結果を知っていたのでは無いか。
「ウオオオ‥‥」
胸に溢れる悲しみ。透き通るような我が子への思いが伝わってくる。
ひょっとしたら、このまま‥‥。
そんな微かな希望は
「えっ?!」
微かに過ぎった黒い影と共に、一瞬で消え去った。
「今のは?」
森影で何かが動く気配を感じたリースフィア。だがそれ追う時間は無い。同時に
「深雪さん! 危ない。離れて!」
「キャア!」
突然、頭をもたげたドラゴンが
「グオオオオ!!」
いきなり冒険者に向けて、毒のブレスを放ったのだ。
『何故? 急に? やはり、許しては貰えないのですか?』
翠漣は深雪と一緒に横に避け、ドラゴンに向けてもう一度話しかける。
だが、もう『彼女』からの返事は無かった。
その心にあるのは、復讐を望む燃え上がる怒りのみ。
「やはり‥‥通じませんか。大切な存在を奪われその報復を望むのであれば、私に止める言葉はありません。非がこちら側にあるのは承知で貴方と戦います」
「罪は俺達ヒトにある‥‥存分に怨んでくれて構わん。だが、それでも俺達や彼らは生きる事を放棄するわけにはいかないんだ」
武器を、魔法を握り締めた冒険者達はドラゴンの突進を、全力の思いと、心で受け止めた。
○残されたもの
森の端に小さな墓標が二つ、並んだ。
冒険者達は静かに祈りを捧げた。
「ごめんね‥‥」
戦いそのものすぐに決着した。
悲しい‥‥戦いだった。
冒険者達の的確な攻撃に、連携された魔法。
ドラゴンが膝を付き子の後を追うまでの時間は僅かで青年と、事情を知った村長に手伝いを頼み二匹を冒険者は埋葬して弔ったのだ。
覚悟はできていた。奪った命を自分の業として生きる覚悟も冒険者なら誰でもできている。
だが、それでもほんの少し涙が零れるのを冒険者とて止めることはできなかった。
「これが貴方達の行動の結果です。満足ですか?」
翠漣の言葉に返事は無い。
俯く村人と、村には振り返らず冒険者達は悲しみの残る森と、村を後にした。
結局この事件の真実を知るのは彼らと冒険者のみ。
「これが‥‥選ぶ立場になる、ということなのでしょうか」
静かに目を閉じリースフィアは呟く。胸の中が苦しくなる。
それでも後ろを向く事は許されない。
これが冒険者として生きる事を決めた者の宿命なのだから。
忘れずに前を向いていく。それだけが犠牲にしてきた者達への唯一の償いと信じて。
後ろではなく、横を冒険者の少年が歩く。
彼の眼差しは冒険者と同じものを、見つめていた。
「忘れるな。私も忘れません。彼らも忘れません。そしてこれからは貴方達で村を護るのです」
結果と言葉、そして未来への選択肢を残し冒険者達は去っていった。