【見習い絵師の涙】白い命の花

ショートシナリオ&
コミックリプレイ プロモート


担当:夢村円

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月29日〜02月03日

リプレイ公開日:2007年02月06日

●オープニング

 彼女は、ほとんどその部屋から出たことが無かった。
 ベッドサイドから見る、町並みだけが彼女の知る全て。
 だから、兄は絵を描いた。外を知らない妹の為に、自分が見たものを。
 それが、始まり‥‥。

 冬とは思えないほど、その部屋は暖かい。
 閉め切られた窓。外の様子はまったく見えないその部屋には、幾枚もの絵が飾られてある。
 それは、花であったり、動物であったりもした。
 それらは全てたった一人の少女の為に、兄が描いたものだった。
「‥‥そしてね。一面の雪の中で白い妖精が舞っていたんだよ。雪明りの中、踊る彼らはとても‥‥美しかった」
 ベッドサイドに腰を降ろした青年はその光景を思い出すように窓の外を見つめている。
 彼が撫でる羊皮紙に描いてあるのは雪の草原と白い花。
「ごめんね。この妖精を僕は絵には描けない。でも‥‥本当に美しかった。この世のものとは思えなかった。まるで、天上の光景かと思ったよ」
「‥‥ステキね。お兄様。リーフィアも‥‥そんな妖精さん、見て‥‥コホコホ‥‥みたい‥‥な」
 ベッドの中で、その話を聞いていた少女は言いながら‥‥こほこほと咳をする。
 青年は慌てて少女の背中に手を回し、静かにベッドに横たえる。
「見られるよ。リーフィア。だから‥‥無理をしちゃいけない。まずは、ゆっくり身体を休めて治すんだ。さあ、薬を飲んで」
「うん‥‥」
 苦い薬も、もう少女には慣れっこのもの。
 弱りきった身体は薬の助け無しには穏やかな眠りさえ与えてくれない。
 薬を飲んだ妹に、兄は優しく微笑む。
 そっと毛布をかけて、静かに胸を擦って‥‥。
「ねえ‥‥コホン、天国に‥‥行ったら‥‥コホコホ。見れる‥‥か‥‥な。白い‥‥妖精‥‥さ‥‥ん」
 ‥‥やっと、眠りに付いた妹にもう一度毛布をかけなおすと、兄は静かに部屋を出た。
 その足で、屋敷も出る。
 ‥‥家には居たくなかった。
「リドさん!」
「‥‥ニルス」
 彼が家を出たのを待っていたように少年が駆け寄ってくる。そして、心配顔でリドと彼が呼んだ青年を見上げたのだ。
「リーフィアの具合はどう? 俺、心配なんだ! ‥‥って、リドさん!」
 少年の肩に手を置いたまま、リドは動かなかった。
「どうしたんだよ? リドさんってば!」
 ただ‥‥少年の肩に触れた手の上に透明な雫だけが、ポタリと音を立てた。

 白い花の絵を撫でながら、図書館長は語る。
「元を正せばな、あやつは床に伏せる妹に外の世界を見せるために絵を描き始めたのじゃよ」
 そして、その絵の才能を図書館長が見出し指導を始めた。
 彼の絵における『特性』はどうしようも無かったが、それでも彼は絵を描き続けた。
 外に出られぬ妹に、せめてこの世界の美しさを伝えようと。
「その妹が医者に、もって後数週間、下手をすれば数日の命と言われた。もう、手の施しようは無い、奇跡を待つしかないと言われたそうだ。‥‥本来なら側に付いていてやるべきとわしは言ったのだが、弱りきった妹を見ていられないとリドは図書館に篭りきっておる。それでも、妹は気になるらしくてな、最後まで楽しい気分にさせてやりたいとぬかす。まったく勝手な事を言う。困ったものじゃ」
 深く、肩を落としため息をつくエリファス・ウッドマン。
 だが、その声に蔑む思いはない。あるのはただ慈しみだけ。
 ‥‥不肖の弟子と表向きには公言して憚らないが、それでも彼にとっては我が子、我が孫と同じように愛しい存在なのだろう。
「愚かなやつだが、気持ちは解る。すまぬが冒険者。リドの妹リーフィアの床に向かい、その子に冒険の思い出などを語ってやってくれまいか? 彼女は今まで殆ど床より出たことが無く、外の世界を知らぬ。せめてかの娘に地上の思い出を沢山持たせてやれるように‥‥な」
 病の少女の下で冒険譚を語ること。
 冒険者の仕事はそれだけの‥‥辛いかもしれないけれど‥‥簡単な依頼の筈だった。


「‥‥ねえ‥‥ニルス。お願いが‥‥あるの‥‥」
 一人の時間。リーフィアは窓を大きく開けて外と、そこにいる少年に話しかけた。
 家族がいれば顰め面をされる。窓を開けるのも、外にいる彼、ニルスと話すのも。
「なんだい? リーフィア。僕が出来る事なら、何でもするよ」
 少年は真剣な顔で答える。
 貴族の流れを汲む裕福な家庭の娘と、下級労働者の子供。
 本来ならば話すこともできない関係だが、それでもリーフィアにとって兄とは別に外の風を運んでくれるニルスは希望の星だったし、ニルスにとって美しいリーフィアは太陽だった。
 自分が家族に愛されているのは解る。一日でも命永らえてと願われているのも少女には解っていた。
 だからこそリーフィアが真実の思いを告げられるのはニルスだけ。
「‥‥私、外に出たいの。外の空気を肌で感じて、自分の足で外を歩いて‥‥そして、お兄様が見た白い妖精さんを見たい。‥‥死ぬ前に‥‥一度だけ」
 ニルスは窓辺に駆け寄る。そして必死の表情で、少女を見つめた。
「! 死ぬなんて言うなよ。リーフィア! 元気になれば、いくらでも外なんて‥‥」
「お願い‥‥ニルス‥‥」
 窓の桟に手をかけたニルスの手にリーフィアの手が触れる。
 暖房に暖められていた筈の手は、冷たい。雪のような、触れれば溶けそうな少女の手を、少年はその熱い手と、思いで握り締めた。
「‥‥解った。俺が、連れてってやるよ」
 その決意と共に。

 かくして、依頼の当日、館に向かった冒険者は知る事になる。
 少女の失踪を。
 残された書き置きには

『お父さん、お母さん、お兄ちゃん。
 私、一度だけ自分のやりたいことを、してみたいんです。
 この世で、一番キレイなものを見てみたい。自分の目で‥‥。
 どうか、許してください。
 
 ‥‥ニルスのこと、怒らないでね。
 たとえ、私に何があっても‥‥。
 お願いします  リーフィア』

 彼女の生まれて始めての、心からの願いが、綴られていた。

●今回の参加者

 ea1743 エル・サーディミスト(29歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea7694 ティズ・ティン(21歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb0752 エスナ・ウォルター(19歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb1421 リアナ・レジーネス(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)

●サポート参加者

ツァイード・フェンネル(ea6260

●リプレイ本文

○雪の花と命の炎
その日はよく晴れた暖かい日だった。
 幸か、不幸か‥‥。
「ええ、失踪!?」
 依頼を受けて訪れた屋敷の前に冒険者は集う。
 冒険譚を少女に語って聞かせる筈の依頼はエル・サーディミスト(ea1743)の悲鳴と同時に少女捜索の仕事に変わった。
「リーフィアさんがどこへ向かったか、心当たりはありませんか」
 リアナ・レジーネス(eb1421)に問われても使用人たちは首を振るばかり。
 父親は仕事に出ていて不在だった。代わりに応じたのは心配に涙ぐむ母親。
「‥‥どこに行ったかは解りません。ですが、あの子が最近特に大事にしていたのは、冬の森の絵でした。兄が見たと言う雪の花を、いつか見たいと。もしかしたら‥‥その森に!」
 話を聞きながら‥‥おそらく間違いあるまいとワケギ・ハルハラ(ea9957)は思っていた。
 妹の為に彼が『あの光景』を心に描き留めたのなら間違いなく妹に語ったであろうし、それを聞いた少女が最後に美しい光景をと望むなら、有り得る話だ。
「あの子は‥‥明日をも知れない命なんです。今、こうしている間にも命の炎が消えるかもしれないのに森へなんて! あの子の命を奪うようなもの。お願いです! 一刻も早くあの子を連れ戻して下さい!!」
 震える母親の手が冒険者達の服を掴む。
 我が子を心配する母。彼女の思いは痛いほど解る。
「必ず連れて戻ります。だから待っていて下さいな。心を強く持って、娘さんを信じて‥‥」
 だから母親の手をとってリアナは告げた。
 冒険者が止めなければ自ら飛び出し探しに行きかねないほどの彼女に。
 頷く母親。動き出す冒険者達。
 だが‥‥彼女は気づかなかったろう。背中にかけられた小さな囁きを。
「‥‥明日をも知れない命だからこその‥‥たった一度のわがまま‥‥」
「え?」
 その声は、紡がれた呟きは本当に、気づこうとしなければ解らないほど小さい。
 近くにいたワケギさえ、振り返り見たエスナ・ウォルター(eb0752)の言葉と思いの全てを聞き取ることはできなかったから。
 だが、感じた。
 白い手に握られた決意と思いを‥‥。

「大丈夫? リド?」
「はい。すみません。大丈夫‥‥です」
 自分より、下手をすれば妹よりも小さな少女に気遣われて、彼は丸まりかけていた背筋を伸ばした。
 少女とはいえティズ・ティン(ea7694)はイギリスでも上位に位置する場数を踏んだ冒険者であるのだが、そこは男のプライドである。
「う〜、寒っ! やっぱり森は寒いね。‥‥防寒具着てくるの忘れちゃったよ。でもさ、本気でついてくるの? リド?」
 バックパックから防寒具を取り出したエルはコートに袖を通しながらも真剣な顔で問う。
 勿論、リドと呼ばれた青年から返って来たのは
「はい!」
 決意の篭った答えであった。
「一応、僕、薬師としての腕はそこそこなんだよ。全力を尽くして彼女を連れ戻るから、信じて待ってる気にはならない?」
 図書館のリドのところに冒険者が向かったのは少女の失踪の報告と捜索の手がかりを知るため。
 案の定、図書館に篭りきりだったリドは妹の失踪を知らず、顔色を蒼白に変えた。
 そして数刻後、防寒体制を整え一緒に行く、と告げたのだ。そして懸命について来る。
「元を正せば僕が、雪の精霊の話をしたからです。それに‥‥もしリーフィアと二度と会えなくなったら、僕は一生後悔する」
 くす、小さく笑ってエルはリドの背中を軽く叩いた。
「大丈夫だよ。リーフィアちゃんは死んだりしない。僕がついてるし、みんなもいる。きっと助かって大きくなれるよ。そして何でもできる。‥‥リースみたいにね」
 エル達の視線の上には白いペガサスと共に空を舞うリースフィア・エルスリード(eb2745)の姿が小さく見えた。

○願い
 空に高く掲げた金貨をエスナは静かに下ろす。
「どう? 何か聞こえた」
 走り寄ったティズの問いかけにエスナは静かに首を横に振る。
「‥‥森に来たのは確か‥‥。でも、どこにいるのかは‥‥解らないって‥‥」
「ってぇことは、だ。森の中。木の影とかいるのかもしれない。隠れたり‥‥倒れたりしてなきゃいいけど」
 心配そうに森を見るティズの背後、不器用に雪を踏む音が響いた。
「! リーフィア!」
「待って! リド!」
 走り出しかけるリドのフードを後ろからエルは引く。
「エルさん! こうしてる間にもリーフィアが‥‥」
「不安なのはみんな同じ! でも聞いたとこだとあれでしょ? この森は魔法がかけられていてなかなか先に進めないって。だったら、まず僕達自身も迷わないように慎重に進まないと!」
 正論にシュンとリドは頭を下げた。魔法の使い手としてこの森に何かがあるのは感じられる。
 でも、その魔法を全員が間違いなく抜けられるかどうか自信はまだ無かった。
「ラティ‥‥。お願いだから頑張ってね」
 犬の頭を撫でながらエスナは森を見つめる。
 雪の積もった森の中にいると、森歩きに自信のある自分達でも道を見失いそうになる。
 だが、待っているものがいる。留まってはいられない。
「どっちに進んだらいいか、手がかりでもあればいいんだけど‥‥」
「あの時は森を守る精霊が、道を通してくれたような気がします」
 リドは言うが、思い出してもどうしたらあの場所への道が開かれるのかは解らない。
「精霊さん‥‥ですか」
 ワケギから聞いた話を思い出したのだろう。スッとエスナは膝を折った。
「もし、いるのなら‥‥お願いです。通して下さい。助けたい人たちが居るんです」
「エスナさん!」 
 その時、リドは顔を上げる。
 目の端に、何かが見覚えのある何かが走ったような気がして‥‥。
 その後を犬が追うように駆け抜けていった。

 冒険者達は、森を等分する線を空に描く。かなりのスピードで何度も。
「寒い、なんて言っていられませんからね」
 スタート地点は真下。森の中央に円形の広場が見える。
「あそこが僕達が以前、妖精を見た場所です。リーフィアさんもあそこを目指した筈です」
「でも、あそこにはまだ誰もいませんでした。つまりはまだ森のどこかにいるということ。‥‥心配です。この寒さが体にいいわけありませんから」
 三人は頷き合う。昨夜家を抜け出したであろう子供達は、もうじき二回目の夜を迎える、
 今日の夜の天気は良い。だが、その分冷え込みそうだ。一刻も早く見つけなくては。
「もう一度コースを変えて飛んでみます。ブレスセンサーの魔法は、まだ効いていますから。呼吸が範囲内に入ってきたら、必ず知らせるので‥‥お願いします」
 仲間達の返事を確かめて、リアナはフライングブルームを握る手に力を込めた。
(「お二人は、どこでしょう‥‥。この呼吸は、獣、ですわね‥‥。こちらは親子の動物でしょうか?」)
 眼下に広がる森。そこに生きるもの達の息吹を彼女は全身で掴もうとしていた。
「!」
 ふと、リアナの箒が止まる。今、微かに感じたのだ。雪に埋もれたようなか細い二つの呼吸を。
「あれは!」
 箒が再び走り出す。地面に向かって一直線に。
 微かな抵抗を突き破り急降下した彼女は地面に衝突する直前で、箒から飛び降り地面に立つ。
 そして、駆け出した。
 大きな木の根元で身を寄せ合い震える二人の下に。
「リアナさん!」
 後を追ってきた空飛ぶ仲間にリアナは声を上げて告げる。
「お二人とも、避けて下さい!」
 と、同時。地面から空へ。稲妻が逆巻きに走った。
 その雷は仲間達に捜し求める者の存在を知らせる鐘となった。
 
 自分を呼ぶ声に少女は薄く、目を開けた。
「リー‥‥ア。リーフィア!」
 星空を背景に必死な表情で呼びかける黒と青い星が、彼女の目に最初に写った。
「‥‥ニルス? お兄‥‥ちゃん?」
「良かった。気が付いたね。じゃあ、二人ともちょっと離れて。女の子だからね」
 エルが二人の男性陣から少女を毛布ごと受け取った。猫を抱かせてリースフィアの腕の中に。
「はい。どうぞ。暖まるよ♪」
 煮た薬と、暖かいスープで少女の身体を温める。
 もう寒さは感じない。感覚も消えたかと思ったが、違うようだ。
 ティズの差し出してくれたスープのぬくもりが少女の手に温かい。
「うん、体温は戻ってきたけど、弱ってるね。このまま馬に乗せるわけにもいかないから‥‥これで少しでも落ち着くといいんだけど」
「みんな‥‥心配したんだぞ。解っているのか。‥‥リーフィア」
 注意する口調。だが、そういう兄の表情は涙でくしゃくしゃに濡れている。
「あんまり怒らないであげて下さい。なんだか私が叱られている気分ですよ」
 苦笑するリースの腕の中で、リーフィアは小さく肩を竦めた。
「リーフィアを大切に思っている人はいっぱいいるんだから、そういうときは皆に甘えないと。それとも二人っきりなりたかったんなら別だけどね」
 微笑むティズとは正反対に、兄の表情はその言葉に強張る。だが
「うん‥‥ごめんなさい。でも‥‥お兄ちゃん。ニルスを怒らないで」
 妹のか細い声と願いに‥‥少し、悩んだ顔をした後リドは静かに頷いた。
「解ったよ。解ったから少しおやすみ。明日には家に帰ろう‥‥。母さんが待ってる」
 金の細い髪を白い指が撫でる。
「でも‥‥、私‥‥妖精さん、‥‥ま‥‥だ」
 とろん、と溶けるような瞳が静かに閉じられた。微かな不安が冒険者達にも過ぎるが寝息は穏やかだ。
「良かった。症状は思ったより悪くない。君が守ってくれたからかな」
 優しくエルは微笑みかけるが、君と呼ばれた少年は恥ずかしげに顔を背けた。
「僕は‥‥何にもしてない。できなかった。リーフィアの望みを叶えてやりたかったのにそれどころか迷って、危うく‥‥リーフィアを」
「うん、確かにちょっと無茶だったね。でも、あのままだったら二人とも死んでたかもしれない」
 握り締める手が赤いのは、寒さのせいだけではないだろう。
 その手に無言でセレナは自分の手を重ねる。
 ぬくもりと共に伝わってくる‥‥心。自分を取り囲む優しさに、ニルスの瞳が潤んで俯く。
「無茶はよくないけど、その優しさは忘れないでね」
 小さく、だが確かに縦に動いた首に冒険者も、リドでさえ微笑んでいた。

○風花の舞踏曲
「スゴイ。こんなにキレイだなんて‥‥思ってなかったよ」
 エルは無意識に目元を擦った。涙の雫が光景に輝きを添える。
 今、目の前に広がる光景に、それ以上の言葉を紡げるものはいなかった。

 リーフィアの希望「白い妖精を見たい」と言う希望を叶えるか否か、冒険者達は実は迷った。
 少女の容態は奇跡的に安定しているが、良いとはいえない。
 一刻も早く家に連れ帰る必要があると思われたのだ。
 だが‥‥
「‥‥彼女の気持ちは、苦しいほど解るから‥‥叶えてあげたい」
 珍しい程、強くエスナはそう主張した。冒険者達も
「そうね、このまま帰ったら悔いが残るわ‥‥きっと」
「自分の意思で選んだ道なのですから気の済むまで付き合ってあげませんか?」 
 少女の心に寄り添うように言う。
 反対に近い立場を取るのは医者の立場にあるエルと兄リドだけ。
 その二人でさえ、命がけでここまで来た少女の願いを無碍にする気にはなれなかった。
「そだね。‥‥じゃあ明日の天気とリーフィアの様子を見てだね。森の真ん中の広場に行ってみて‥‥あんまり時間がかかるようなら諦めないといけなくなるかもだけど‥‥」
 決定に頷きながら、だがワケギは空を仰ぐ。雲ひとつない星夜。
 雪の妖精たちは現れてくれるのだろうか?
「ん?」
 彼は目を擦った。幻だろうか。
 眠る子らの傍らにかつて出会った、森の少年の姿を見た気がしたから‥‥。

 そして冒険者達は今、その光景を目の当たりにしている。
 目覚めたティズは自分の肩口で踊る妖精に
「わああっ!!」
 驚きの声を上げた。それを目覚ましに起きた冒険者も声を上げるか、声を失った。
 生まれたての朝陽の中、透き通るような妖精達が舞う。
 その様子は天上の輝きもかくやと思わせる美しさだった。
 風が流れる。木々の枝葉に積もる雪が、花のように散る。
「‥‥そうですか。貴方達は空を舞う雪の精霊なのですね」
 古い先祖の地では確か、風花と言っただろうか。
 かつて見た夜の彼らと同じでありながら、違う光景にワケギも魅入っている。
「うわぁ、綺麗だね。私も素敵な人と一緒に来たかったなぁ」
 ティズは足元を見る。そこでリーフィアも同じ光景を見つめていた。
「‥‥リーフィア。これが雪の精霊だよ。この世できっと一番美しい光景だ」
 木にもたれる妹と兄、そして少年も肩を並べて同じ目の高さで同じ‥‥ものを見る。
「お兄ちゃん。天国も‥‥こんなにキレイ‥‥なのかな?」
「いいえ」
「えっ?」
 呟いたリーフィアに、リースはゆっくりと首を振った。後ろに手をやり、肩に金の髪をはらりと流す。
「いつの間についたのでしょうか。‥‥はい。リーフィアさん」
「えっ?」
 小さな手に握られたのは透き通るような小さな宝石。雪の結晶の形にも似た‥‥。
「貴女はまだ天国に行ってはいけません。世界は広くもっと美しい光景もきっとあります。だから生きて、それを見つけて下さい。それは約束の印ですよ」
 昇り行く太陽と共に妖精達の姿は風に、光に溶けるように消えていく。
 だが冒険者と少年と少女。そして絵師の心の中にはあの光景は消えることなく輝く。
 少女の手に残された雪のかけらのように‥‥。

○心が呼んだ奇跡
 そして、奇跡は起きた。
「ホワイトイーグルも美しかったですが、雪山を照らす朝日も本当に美しかったですよ」
「ジャパンの‥‥ね。朝顔の花も‥‥凄く綺麗。いつか‥‥見せてあげたいな」
「ジャパンは木の国なのですよ。料理の味付けも繊細でして、イギリスはどうも‥‥」
「仔猫、見たことある? こんなにちっさいんだよ。そしてね、ふわふわで‥‥」
 ベッドの上に身を起こしリーフィアは冒険者の話を聞いている。
 ベッドサイドにはニルス。
 止めようとする母を、リドは無言の手で制し見つめる。
 どれほどぶりだろうか。あれほど楽しげな妹の顔は
 こんな奇跡があるだろうか。明日をも知れぬと言われた妹が声を上げて笑う姿が見られるなど。
 油断はできないが峠は越えたようだと医師も驚いていた。
「『想いは奇跡を起こす』‥‥か」
 さっき冒険者が妹に語った言葉を含むようにリドは呟く。
 なら信じよう。
 妹は戻ってきてから生まれて初めて、将来の夢を口にした。
『私‥‥あの人達みたいに綺麗で優しい大人になりたいな‥‥』
 きっとなれる。
 あの子なら美しく優しい女性になれるに違いない。
 自分はきっとそれを描ける。‥‥想いは奇跡を起こすと‥‥信じることにした。
「リドもこっちへおいでよ。来ないと‥‥あの海豚の絵の話しちゃうぞ〜」
「! 待って下さい。それだけは!」
 部屋にまた笑い声が弾け広がった。

 窓際に置かれた雪のかけらが光を受けて輝く。
 まるで、妖精が微笑んでいるかのように‥‥。
 

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