待雪草の涙

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:02月24日〜03月01日

リプレイ公開日:2007年03月04日

●オープニング

 今から数年前の冬。
 2月のバレンタインデーの日の事でした。
「僕と結婚してくれないか?」
 一人の青年が、ある同郷の娘に愛を告白しました。
 手には精一杯の宝石と、精一杯の花束を持って。
 ですが
「いやよ!」
 彼女は首を横に振ります。
「どうして?」
「だって、貴方は私を幸せに出来ないわ」
 彼女は観客からの拍手と喝采が誰よりも好きな酒場の踊り子。
 青年は真面目だけがとりえの農夫でした。
 幼い頃は共に森で遊んだ事もある二人。ですが、その道と思いは今は遠く離れていたのです。
「どうしたら、僕の愛を受けてくれるんだ!」
 青年は問います。
「そうねえ」
 娘は答えます。
「なら、私に純白の舞台を頂戴。私、踊りたいの。真っ白なステージで雪の踊りを。‥‥この舞台を美しい白で染め上げてくれるなら、私は貴方の恋人になってあげてもいいわ‥‥」
 青年は森の中に入りました。
 彼女を喜ばせる白い舞台。それをスノードロップの花で作ろうと。
 道に迷い、凍える彼は何度道に迷っても、何度転んでもくじけずに前に進み、やっと辿りついた森の中で彼は、スノードロップの花を摘んだのです。 
 ですが、彼が街に帰り着いたとき見たものは白い絹と宝石に飾られた舞台で踊る娘と、その舞台を真ん中で見つめる男でした。
 人々は噂します。
 あの男は踊り子の新しいパトロンだと。彼のプロポーズを受けて、娘は近いうちに結婚するらしいと。
 白い花かごを持ったまま青年は、酒場を後にしました。
 その後、彼の姿を見た者は誰もいませんでした。
 ただ、テムズの川に白いスノードロップの花が浮かんでいたのを見た者はいたということです。
 それ以後、バレンタインデーの季節になると男のゴーストが出るようになった、と人々は噂するようになりました。彼は籠を手に持ち、白いスノードロップの花を握り締め誰かを探すように彷徨っていると。


「確か、バレンタインデーの頃によく聞く怪談話ですね。それが何か?」
 係員に問われ、フードで顔を隠した娘は口を噤み下を向いた。
「ここは冒険者ギルドです。仕事の依頼にいらしたのではないのですか?」
 まだ俯く彼女にやれやれと、係員は肩を上げた。
「では、私は仕事が在りますのでこの辺で‥‥」
「もう! 解らないの? その踊り子は私のことなのよ。そして、その噂話は真実なの!」
 荒げた声と共にフードを下げた娘の顔は、青ざめていた。恐怖に‥‥。
「私はマイア。踊り子をしているわ。ゴーストはシス。私に執心していた幼馴染の農夫なの」
 そしてその農夫のゴーストに彼女は付きまとわれているのだと告げた。
「私は春に、恋人でパトロンのクラウと結婚する事が決まったの。私のお腹に中に、彼の子供がいるから‥‥。でも結婚が決まった途端、シスのゴーストが私の前に現れるようになったのよ。‥‥結婚を止めろ‥‥って」
 日ごと、夜毎ゴーストは現れ同じことを繰り返す。
「最近は頭上から植木鉢が落ちてきたり、階段から突き落とされたり、嫌な事が続くの。きっと、シスのせいよ。もううんざり!」
 彼女は首を横に振った。
「‥‥なら、依頼はこのゴーストの退治でよろしいのですね?」
 頷いて依頼書を提出する。
「確かに私はシスを振ったわ。でも彼は約束を守らず、勝手に私の前から姿を消したのよ。私は何も悪くないの! ‥‥幸せになりたいのよ!」
 振り返りざま彼女の瞳に輝いたものが何であったのか、係員はそれをあえて口にはしなかった。


 ‥‥生きている間には見えなかったことがある‥‥
「まったく、子供を楯にしやがって。その子供が俺のだって証拠もありゃしないのによ!」
 イライラとした顔で、男は酒を煽っていた。
「今まで散々よくしてやったってのに調子に乗りやがって‥‥。いっそ‥‥」
 瞳に暗い影を浮かべる男。
 ‥‥あの男では、彼女を幸せには出来ない‥‥
 手に持った白い花の影が微かに揺れる。
 そして、呟いた影は、静かに闇に解けて‥‥消えたのだった。

●今回の参加者

 ea2913 アルディス・エルレイル(29歳・♂・バード・シフール・ノルマン王国)
 eb0246 バ・ジル(60歳・♂・ファイター・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb5381 セーレフィン・ファルコナー(22歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb9760 華 月下(29歳・♂・僧侶・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb9806 サーシャ・ラスコーリニコワ(23歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb9921 雀 春(22歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec0290 エルディン・アトワイト(34歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ec0764 ルナ・ルフェ(40歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

七神 蒼汰(ea7244

●リプレイ本文

○何よりも大事なもの
「ねえ、大丈夫なの? マイア。お腹の中に赤ちゃんがいるんだよね?」
 先ほどから、何度も何度も同じ言葉を繰り返すシフールに
「もう! 大丈夫だって言ってるでしょ? 今はまだそんなのお腹も目立たないし、衣装もちゃんと体型が目立たないものにしてあるし!」
 前を歩いていた娘は振り返り指を立てる。
「そういう問題じゃないってば! 命を狙われてるって言ってたのに。大丈夫なの? それにお腹の中の赤ちゃんも‥‥安静にしていないとまずいんじゃ‥‥」
 アルディス・エルレイル(ea2913)は本心から心配していたのだ。だが、その気持ちは彼女には伝わらない。
「その為に、貴方達がいるんでしょ! それにね、私は踊るのが生きがいなの。勿論、子供は大事だけど‥‥ギリギリまで踊っていたいのよ」
「そりゃあ、依頼を受けた以上僕達は君を守るけどさ‥‥」
 これ以上言っても無駄か。仕方ない。アルディスは深く息を吐き出した。視線を軽く周囲に回し、頷く。
「解ったよ。その代わり、今日のダンスの音楽は僕にやらせて。少しでも側で様子を見たいから」
「いいけど‥‥下手な音楽はお断りよ」
くす、耳もとで笑う声がした。誰に言っているのかと言わんばかりに。
「試してみる?」
「望むところよ!」
 勢い良く歩き出すマイアを追いながらアルディスは影に歩く七神蒼汰や仲間ににそっと目配せした。

○恋心と白き花
 いつの世も恋心と言うものは人にとって最も強い情念である。
「恋にシスが死すとは笑えぬ冗談じゃじゃのお。いや、まぢで」
「冗談を言っている場合ではありませんよ。バ・ジルさん。‥‥で、どうでしたか?」
 軽口を叩く老人バ・ジル(eb0246)を諌めながら華月下(eb9760)は真剣な顔で問うた。
「ふむ、どうやらやはり近頃の幽霊には手も足もあるようじゃて。多分、セーレフィンの嬢ちゃんは見ておったじゃろうが‥‥」
 自分を襲うゴーストから守れという依頼を受けて早三日、冒険者は手分けをして情報を集めていた。
 さらに雀春(eb9921)がアルディスと一緒に依頼人、踊り子マイアの護衛に張り付き、バ・ジルやセーレフィン・ファルコナー(eb5381)が少し離れた所から『幽霊』の様子を見る、という形にしたのだ。
 月下はサーシャ・ラスコーリニコワ(eb9806)らと共に情報を集める。
 今日は、その三度目の情報交換タイムだった。
「と、いうことはやはり‥‥」
 言葉を濁す月下だが、おそらく彼はその先の言葉の意味を解っているに違いない。
 だから。バ・ジルは黙って、静かに頷いていた。
 元々時折、彼女を狙う怪しい影を見るような気がすると彼は初日から言っていたのだ。
「まあ、温室育ちの貴族様じゃ、ということなんじゃろうな?」
「そのようですね」
 冒険者にマイアが護衛を依頼した。同行者がいるというのは見張っているなら解っているはず。
 それでも平気で彼ら『幽霊』はマイアを狙って来ている。
 頭上を狙う落下物。襲い掛かってくるゴロツキ。ヤジと一緒に投げつけられる石。
 嫌がらせというにはあまりにも頭が悪いその幼稚な攻撃に最初は怒りもしたが、奴らはそもそも実行犯に過ぎなかったのだ。
 使い捨てとはいえ、いわば部下を平気で屋敷に入れる主犯を見れば怒りを通り越して呆れてしまうというものだった。
 素人や、当事者ならともかく冒険者であれば簡単に解る。
 マイアを襲う『幽霊』と話に聞く『シス』は別人だと。
「彼には近々結婚の話があるようですね。マイア殿とは違う貴族のご令嬢と。それが動機ではないでしょうか?」
 セーレフィンやバ・ジルが詳しく調べるまでも無く、埃は少し叩いただけで山のように沸いて出た。
 エルディン・アトワイト(ec0290)は静かに十字を切って手を合わせる。酒場やいろいろな所で集めた情報が『シス』の言う事は正しい、と告げている。後はもう証拠固めの段階だった。
「なんだか切ないお話ですね。最良の道はどれなんでしょう‥‥」
 寂しげに月下は呟く。なんだか、どの方向へ持っていっても誰かが苦しみ、悲しむような気がする。
「それでも‥‥私達は依頼を解決し、依頼人を守らなければならないわ。せめて、悲劇がさらなる悲劇を呼ばないように‥‥」
「「ルナさん!」」
 遅れてゴメンなさい。微笑むルナ・ルフェ(ec0764)は背後で立つ愛馬の首を優しく撫でた。
 馬の背には籠が括り付けられている。白い花の入った籠‥‥。
「‥‥摘んで来られたのですね。その花‥‥」
「ええ。私はどうしてもこの花が必要だと思ったから」
 微かに逡巡するように下げた頭を月下は決意と共に上げた。
「良ければその花を、後で分けていただけませんか?」
 ルナは目を合わせ、頷く。
「ええ、勿論。じゃあ、行きましょうか?」
 そして冒険者達は‥‥歩いていった。
 この花を待つ『人物』の元へと‥‥。

○白き願いの影
 夜を照らすカンテラの炎と、吟遊詩人の竪琴。
 それらを受けて踊る彼女、マイアの踊りは太陽に向う花のようだと、バ・ジルは思った。
 伸びやかで、後ろを振り向く事を知らぬ‥‥鮮やかな花。
 見ていて、眩しささえ感じる。
(「その眩しさが、男を惹き付けるのかもしれぬな。よきにつけ悪しきにつけ‥‥」)
「舞台が終わりました。もうじき戻ってきますよ」
 バ・ジル側についていた春の言葉に頷いて周囲を見回した。
 目にはけっこう自信がある。怪しげな『幽霊』どもがあちらこちらに潜んでいるのが感じられる。
「そろそろ、決行かの‥‥」
 囁く声は春以外には届かず
「おお! しまった! 今日はワシ、用事があるんじゃった。おぬしも確か用事があるんじゃったよな?」
 そんな大きな声にかき消された。
「ええ、そうです。マイアさんが、今日の帰りは一人になってしまわれますね。心配ですけど、仕方ありませんね」
「ゴーストもそうそう襲ってはこないじゃろう。今日くらいは大丈夫じゃ。きっと」
 わざとらしく大きな声を出しながら楽屋に向う二人の背後で微かに影が動いた事。
 そしてさらにその背後、いや上空でその様子を見つめる影がいた事に気づいたものはごく僅かだった。

 酒場の舞台がはけて裏口からマントを羽織ったマイアが出てくる。
 今日は一人。暗い夜道を歩いていた。
 彼女も夜の住人。普段は暗闇の道など恐れはしないが‥‥
「キャッ! な、なによ!!」
 道の向こうで、蠢く様に道に立ちふさがる怪しい影には悲鳴と共に声を上げた。
 掲げるカンテラは薄ぼんやりと道の向こうに立つ、白い存在を映し出す。
「シス? シスなの?」
 マイアの質問に返事は無い。ただ、その影は同じ事を繰り返し、繰り返し告げて佇むのみ。
『結婚を止めるがいい‥‥さもなくば〜〜〜』
「どうするつもりなのかしら!」
「マイアさん、下がって!」  
『!!』
 それは瞬きする間の事だった。物陰に隠れていたのであろう。
 女ウィザードと拳士が素早くマイアと白い存在の間に立ちふさがったのだ。
『それ』は明らかに狼狽の表情を浮かべると踵を返した。
 白い布が冒険者の前に踊る。
「待ちなさい! 皆! 来て下さい。犯罪者ですわ!」
「ルナさん!」
 駆け寄ってくる仲間の気配を察したのだろう。男は、後も振り向かず逃げていく。
 背中で弾ける白い魔法も、足元で弾けた炎も気にしないで。
(「元々威嚇だったけど、このままじゃ逃げられる。彼は‥‥まだなの!」)
 焦りを浮かべたルナがもう一度、スクロールに手を伸ばしかけたその時!
「ぎゃあああ!!」
 夜を切り裂く悲鳴が、夜の路地に響いた。
「な、なに?」
 やがて背後に庇われていたマイアが、もう大丈夫、と背中を押され前に出て見たものは‥‥路地に倒れる男と肩に刺さる矢。
 そして。
「怖がらないで‥‥あげてくれますか?」
 優しく微笑む月下に促され、立つ‥‥白い青年の亡霊だったのだ。

○本当に大切なもの
 一つの墓標の前にエルディンがいた。
 白い花に包まれたそれの前で、十字を切り祈りを捧げる。
「貴方はやはり死んではいけなかったのだと思いますよ。彼女を幸せにする為には‥‥。シスさん」
 もう天上に昇ったであろう彼には聞こえていまい。だが、それでもエルディンは言いたかった。
 この事件の結末のさらにその後を、彼に‥‥。

「‥‥全てをお話しました。嘘は一つもありません」
 月下はそう言って静かに話を閉じた。ほんの少し前まで
「嘘よ!」
 そう必死になって話を否定していたマイアだが、彼女は自身も、実はもう解っていたのだろう。
 やがて穏やかに話を聞くようになった。
「僕達は、シスさんに会いました。そして、彼に協力を頼んだんです」
 シスを信じ、冒険者達は『彼』の思いを汲み取ろうと探し、ここに連れてきてくれたのだ。
 そこまでしてくれた月下の態度に、言葉に、そして‥‥何より目の前に佇むシスに嘘は無いと。
「シスさんは‥‥元々強い力を持ったゴーストではないようです。亡くなったのは事故。ですが、それに自体に彼は恨みを持っていなかった‥‥」
 約束の白い舞台を贈る事ができず、空虚になっていた彼はほんの弾みで冬の川に落下し命を失った。
 自分に出来る事はもう無いと、命にしがみ付く事をせず彼はそのまま死に堕ちて行ったからだ。
 だが、昇天の前に心残りが一つあった。それを為しうるまでは死ねないと彼は世に留まる。
「貴方の幸せを見届けて行きたかったのよ‥‥彼は」
「幽霊になっても思いを抱かれているのですね。でも、それだけ愛されているのですわ」
 柔らかく微笑むルナやセーレフィンに
「そんな! 勝手よ。勝手すぎるわよ!」
 マイアは叫びで答えた。
「私の幸せの為? 私を怖がらせて、私の結婚を妨害して、勝手‥‥過ぎるわ‥‥」
 言い過ぎ、そう押えかけた春の手をバ・ジルは止めた。
「私達には貴方の結婚をやめさせる権利はありません。それは、シスさんにすら無いのです。決められるのはマイアさんだけ、貴方が決めることです」
「本当に‥‥勝手、なんだから‥‥」
 押えた涙が静かに頬を伝ってくる。その涙を拭かないままマイアは真っ直ぐにシスの思いを見つめる。
 良く見れば、少しも怖くない白いゴースト。
 触れれば簡単に解けて消えてしまいそうなほど、儚く、淡い、だが強い思い。
 それを彼女は強く胸に抱きしめた。
「でも、もう大丈夫よ。私は、私自身の力で幸せになって見せるから‥‥安心して‥‥」
 冒険者の願いと、シスの思い。それをマイアが受け止め微笑んだ次の瞬間。
「あっ!」
「シス」
 青年だった存在は、微かに、冒険者にも解っていたその姿は、もう風の粒になったように地上から消失していた。
「随分、潔い方だったんですね、シスさんと言う方は‥‥」
「潔すぎて‥‥本当に、勝手なんだから‥‥。昔から変わらず‥‥」
 目元を拭うマイアの肩をルナはそっと抱き寄せる。
「約束したからには、絶対に幸せになりましょう‥‥ね?」
 マイアはその胸に自らの顔を埋めながら、その胸を濡らしながら、何度も何度も頷いていた。     

 某貴族の館はその直ぐ後、一人(?)の訪問者を迎えた。
「何の御用かな?」
「マイアさんの事でお話が」
 出迎えた青年貴族にサーシャは丁寧に頭を下げた。
 自分がハーフエルフと言うことで見下されているのは視線で解る。
 だが、それでもあることを確かめるまで逃げるわけにはいかないのだ。
「マイア‥‥。ああ、あの踊り子か。あれがどうかしたのか?」
 鷹揚に彼は答える。顔には興味が無いとはっきり書いてあった。
「彼女は未来の奥方では無いのですか? 貴方のお子を宿しておられると伺っていましたが?」
「踊り子と我々は所詮身分が違うのだよ。子供と言うのも私の子と決まったわけではない。彼女への援助は今後も打ち切らないでやってもよいが、マイアを我が家に迎える気は無い」
「そうでしたら、はっきりとそうおっしゃればよろしいのに」
「何だ?」
 青年の勝手な言い分に怒りながらも、彼女は思いの表現をたった一言に収めた。
 そして、ここに来た役目を果たす為に彼と向かい合う。
「それならば、ここにお約束下さい。今後、彼女が貴方の保護を望まぬ代わりに、彼女とその子供に一切の危害を加えぬと」
 青年の顔色が変わった。睨みつけるような眼差しでサーシャに問う。
「何が言いたい?」
「貴方の部下がマイアさんに危害を加え、結婚を止めさせようとした事実と生き証人がおります。幽霊に見せかけようとしたのでしょうが」
 サーシャは告げた。ゴースト退治の依頼を受けてマイアの護衛をし、結果生きた幽霊を捕まえた。彼は自分の雇い主の事を全て話したのだと。
「これ以上は何も申しません。ただ、私達には証拠があると言う事をお忘れなく。‥‥行きましょう。アルディスさん?」
 その時、彼は気づいた。
 自分の背後にいた小さなものの存在。自分を取り巻いた銀の光。
 心を読み取っているかのように背中に当てた手を引いて彼は仲間のところに戻っていく。
 それを、止める事もせずに、できずに男はただ、それを見送っていた。

 そして、ある日の酒場。
 子供を生むために一時休業に入ると言う踊り子の最後の舞台に、ファン達が大勢集まっていた。
 白いドレスを身に纏ったマイアの胸元と髪に飾られたのはスノードロップの小さな蕾。
 舞台のあちこちにも雪の花が散りばめられている。
 〜♪〜〜♪〜♪
 アルディスの竪琴に合わせて、マイアは踊り始めた。
 そのダンスを冒険者達は、店の片隅で静かに見つめている。
 今までの後ろを振り向かない強いダンスとは少し違う、女性らしい包み込むような優しさがその舞には秘められていた。
「太陽のような眩しいダンスとは違い、これもまた美しいのお」
 バ・ジルの言葉に同意するように仲間達は無言で頷いた。
 彼女の幸せは彼女自身が選び、見つけるもの。口出しはできない。
 できるなら、シスに、彼女を心から思い、支える者に側にいて欲しかったがそれも冒険者の管轄を超える。
「それでも。‥‥願うくらいはいいですわよね」
 踊りを見つめながら、ルナは小さく上を見上げた。見えるのは酒場の屋根。
 けれども、もっと、もっと高いところを見つめて。
「どうか、彼女とその子に幸せがありますように‥‥。シスさん、見守ってあげて下さい」

 涙の形に良く似たスノードロップの花が、頷くように静かに揺れている。
 答えは無かったけれども、思いはきっと通じたと、ルナは、冒険者は信じることにした。