【パーシ・ヴァル】円卓の騎士の思い

■ショートシナリオ


担当:夢村円

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 66 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月03日〜03月06日

リプレイ公開日:2007年03月11日

●オープニング

 彼のやるべきことは既に終わっていた。
 報告は終え『証拠』もすでに彼の手から離れている。
 きっと、今頃はさらなる証拠固めと情報収集が動き始めているだろう。
 彼の主はその点において優秀な為政者であり、指揮官である。
 その判断に誤りがあろうはずが無いと彼は信じていた。
 仕事場の席で彼は大きく伸びをする。
 こんな事ができる程度には仕事は落ち着いた。
 だが、そうなればなったで身をもてあますのが彼の性分だ。
 城の中でのんびりなどというのは本能的に合わない。
 人はそういう性格を貧乏性と呼ぶのだが‥‥。
「ふむ。事が起こるまで少し間がある、ということか‥‥ならば」
 何かを思い出したように、彼は身体を起こした。
 そしてマントを羽織って立ち上がる。
 楽しげな笑みを浮かべ消えた彼を、後に部下がまた必死に探したのは言うまでもないことである。

「ほお、公開トレーニングですか?」
 ああ、と頷く彼になかなか面白い話だ、と係員は頷いた。
「最近、どうもたるんでる部下の訓練をしようと思っている。ただ、俺がやると指導になってしまうし、本気を出したら相手にならん。それに、敵は常に剣や槍を持って戦いを挑んで来る訳ではないからな。だから部下に緊迫感を持って戦ってもらうために指導役の冒険者を募集したい」
 対象は若い騎士や見習いの従騎士が数名。彼らに冒険者の戦いを教えてやって欲しいということらしい。
「どうも奴らの戦いは温室育ちでいかん。敵は正々堂々名乗りを上げてかかってくるなんて普通の戦い手は無いんだからな。だから本気で叩きのめしてもらって構わん。というか叩きのめしてくれ」
 やれやれと、係員は肩を竦めた。確かに冒険者相手の戦いは良い経験になるだろうが、さぞかし騎士の方は痛い目に合う事だろう。気の毒な話だ。思わず笑みが零れる。
 他人事だから。
「場所は俺の館と庭を提供する。期間は3日。その間は館を自由に使ってもいいから仲間同士での訓練をしてもいい、望みがあれば俺も相手をしよう。良い戦いや動きを見るのも訓練だ。但し、俺とやる場合には相手によっては手加減しないぞ。少しは本気で身体を動かさないといざと言うとき鈍ってしまうしな」
 パーシとの手合わせ。仲間同士の手合わせ。闘技場で戦うのとは一味違う戦いが模擬戦とはいえ楽しめるかもしれない。
「報酬は大して出ないが、まあ、のんびりできるのも今のうちだけになりそうだからな。良かったら手を貸してくれると嬉しい」
「パーシ卿?」
 久しぶりののんびりとした依頼。
 だが、何故かその裏に、彼の言葉に『何か』を感じたような気がして、係員はマントを反して戻っていく円卓の騎士の背中を無言で見送っていたのだった。

●今回の参加者

 ea0021 マナウス・ドラッケン(25歳・♂・ナイト・エルフ・イギリス王国)
 ea0673 ルシフェル・クライム(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea2307 キット・ファゼータ(22歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea3888 リ・ル(36歳・♂・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea3970 ボルジャー・タックワイズ(37歳・♂・ファイター・パラ・ビザンチン帝国)
 ea4319 夜枝月 奏(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5322 尾花 満(37歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea5683 葉霧 幻蔵(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6426 黒畑 緑朗(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

○戦闘訓練 序章
 空は晴天。春の青空の下に響くのは
「始め!」
 剣戟の音。
 風切る如き円卓の騎士の合図で、緑の芝生は一瞬で戦場へと変わった。
「始まった。始まった。どれどれ‥‥」
 比較的後方に場を取り、飄々と立ち笑うマナウス・ドラッケン(ea0021)に
「たああっ!!」
 立ちはだかる冒険者を押しのけて、槍を構えた騎士が一直線に突進してくる。
「やれやれ。温室育ちの騎士殿ってのはホントに単純だねえ」
 眉間を軽くマナウスは掻く。避けるのは多分容易い。だが
「おい! 何をボーっとしてやがるんだよ。一応指揮官役なら、どっかの騎士みたいな真似せず、後ろに下がってろ!」
 その必要も、無かった。前しか見ない槍騎士の勢いは確かに恐るべきものだが
「うわあっ!」
 横からの伏兵に足と武器を払われ、その動きを止められてしまえば後は転ぶだけである。
「別にボーっとしてたわけじゃあないけどね。ご苦労さん。キット」
「礼なんか言ってる間があったら敵を倒せ。もう助けてなんかやらないからな!」
 足元の騎士の腰から布を引き抜き、ふん、と顔を背けたキット・ファゼータ(ea2307)に軽くサインを切るマナウス。
「了解。‥‥そんじゃま、いっちょ行きますかね」
 ダガーを握りなおして戦場に飛び込んでいく。
 冒険者対騎士の模擬訓練が開始されたのである。

 パーシ・ヴァルの募集を受けて騎士の訓練依頼に集ったは誰を見ても歴戦の戦士、勇士ばかりだった。
「なんだか僕は場違いのような気もします」
 円卓の騎士の館。その広い庭の端で少し気後れするように頭を下げるワケギ・ハルハラ(ea9957)の不安を仲間達は軽く笑い飛ばした。
「勝つことが目的なのではなく、戦い方を見せることがメインなんだからな。魔法を使える仲間は貴重だ。堂々としてなよ」
 励ますマナウスにそのとおりだと尾花満(ea5322)は頷く。
「武術訓練か。ジャパンで仕官して居った頃を思い出すな。どれお手伝いさせて頂こう」
「今度の仕事は訓練だ〜、戦い方を教えるぞ〜。そして大事な訓練だ〜、歌と踊りを教えるぞ〜」
「師匠。踊りも教えるのか?」
 歌って踊るボルジャー・タックワイズ(ea3970)にツッコミを入れるリ・ル(ea3888)の顔も楽しげだ。
「ま、今回は冒険者に任せるって言ってたからな。しっかり任せられるとするか。苛めるぞ〜〜」
 腕まくりする彼らの視線の先には、庭の片隅で準備運動をする騎士たちがいた。
 緊張の面持ち、真摯な眼差し、そして‥‥真剣な表情。
「ふむ、どうやら少しは骨があるようだな」
 ウォーミングアップの手を止めてルシフェル・クライム(ea0673)は微笑む。
 依頼で出会った騎士の中には騎士と名乗らせたくないような者達が少なくなかった。
 だが、彼らとあの騎士達は目の色が違う。ならば、
「全力で相手をさせてもらうとしよう。互いの実力向上の為にもな」
 立ち上がる。彼の動きを合図にするように冒険者達もそして、相手の騎士達も動き始めた。
「人に教える事は自ら学ぶ事でもあるでござる! いざ!」
 己に言い聞かせるような黒畑緑朗(ea6426)の言葉を、かみしめるように夜枝月奏(ea4319)は聞いて左腕に巻かれた手ぬぐいを強く口で結びなおした。
 互いの空間、互いの思いを中央で見つめていたパーシは、やがて中央の木に付けていた背を伸ばす。微かな笑顔を風に流して。
「どちらも用意はいいようだな。初日は集団戦、勝利条件はどちらかが相手の身体に付けた布を全て奪う事。布を取られた相手は死亡とみなして退場すること。では‥‥」
 青い空に向けて上がる手。それが振り落とされた時が開始の合図。走る恐ろしいまでの緊張を
「パぁーーシさまーー!」
 突然の可愛らしい声が一瞬で粉々に砕いた。
「「な? なんだ? あれ?」」
 それは冒険者と騎士達両方の疑問。館の方から一直線にパーシに向けて走ってくる少女。スカートに前掛け。見かけはこの上もなく可愛らしいメイドなのに‥‥。
「あの手に握られているのは‥‥! パーシ様! 危ない!」
 気付いてワケギが叫ぶのと声が上がるのはほぼ同時だった。
「隙あ‥‥あり?!」
 音を立ててそのメイドが地面に転がったのは。思わず観客から口笛や感心の拍手が出る。
「ひゅう〜。流石だね」
 上がった手が飛び込みを入れてきた自分の、ハリセンを持つ手を掴み、身体ごと回転させられたのだと地面に
「うきゅっ〜」
 横たわった葉霧幻蔵(ea5683)を横目に再び手を挙げる。
 それが合図となった。戦闘訓練開始の。

○訓練初日 集団戦
 それから数刻。横たわり、座り込む彼らの上に、天上の声が響いた。
「どうだ? 本当の戦いが真似事でも解ったか?」
 笑みを浮かべたパーシの言葉に、騎士達は皆、悔しそうに頭を下げている。
「パーシ卿。苛めておいてなんだが、あんまり怒らないでやってくれよ」
 フォローを入れるリルに
「いえ我々の未熟がよく解りました。パーシ様のおっしゃるとおり、我々には実戦経験が足りないということです」
 ルシフェルに怪我の手当てを受けながら、青年は首を横に振った。
 今、初日の模擬戦が終わったところだ。
 互いに息を切らせる冒険者と騎士。だが、その表情はまるで正反対である。
 結論から言うと、初戦の団体戦の勝利は冒険者の手に渡った。
 布の数は0対8。圧勝と言えるだろう。
 思い返しても‥‥今日の戦いは全て冒険者ペースで進んでいた。

 後衛の魔法使いや司令塔をまず狙う。そんな意図で突進してきた騎士がいた。
 一人目は今、倒されたばかり。その隙をと。
「右! 青い服の騎士が突出している!」
 だが自分の事を言われている、と踏み込んだ騎士が気付くと同時
 シュン!
 微かな音と共に布が彼の胸元から空に飛んでいた。
「しまった!」
 後悔しても遅い。唇を噛んで彼は外へと足を向けた。
 すでに二人の布が奪われている。もうこれ以上は。布を守ろうと盾を強く引いた男の足元を
「わっ!!」
「うあっ!」
 足元にいつの間にか近づいていた影が大きく一閃、銀の刃を足元に閃かせた。
「盾に意識を持ちすぎると視野が狭くなるぞ!!」
 普段だったら見下ろす相手に見下ろされる形で騎士の一人はその顔を見つめた。
 ニカッっと笑うパラの戦士の持つハルバードが彼の首元で冷やりとした感触を落す。
「訓練でも周りに注意を払わないといざというときもできないぞ!!」
 無論、こんな一方的な戦いばかりではさすがに無かった。
 スピードの乗った槍騎士の攻撃。緑朗は踏み込みきれずに頬にいくつもの傷を作っていた。
 敵を間合いになど入れない。間を取られると剣と槍のリーチの差が出る。
(「くそっ! このままでは!」)
 思った瞬間
「?」
 突然騎士の槍が目の前数センチで止まった。
 真後ろを刹那振り向く。そこにはスクロールを広げたワケギの姿がある。
「感謝するでござる!」
「いえ、どういたし‥‥うわあっ!!」
 呪文詠唱後の、ワケギはまた突進に近い踏み込みの騎士に肉薄されていた。
 本来だったら護衛に付くはずの幻蔵は、まだパーシの足元で伸びていた。
「ワケギ殿!!」
 目の前の騎士を蹴り倒し、ワケギを救出に向う緑朗。そこからはもう完全な乱戦。
 土を撒かれ、目潰しを喰らい、そして‥‥最後にスタンアタックで手元の動きを奪われた騎士は悔しげに目の前の敵を見上げる。
「最低限の手数で黙らせる。これもひとつの戦い方だ」
 微笑する満と彼の背後で笑う冒険者達を。
 
 正直、最後のあれが一番悔しかった、と夕食時、騎士は冒険者に語った。
「一対一の正当な戦いなら、簡単には負けなかったと思っています。でも、戦闘では、そんなことは言ってられないのですね」
「そうそう。悪党にはな勝った者勝ちってルールがあるんだぜ。泣いて土下座したって油断しちゃいけない。奴らはいつも敵の心臓に刃を突き立てる機会を窺ってるんだよ」
「パーシ様にも言われています。敵はいつも名乗りを上げて来るとは限らないんだ。と」
「身に染みましたね。これが冒険者の戦いですか‥‥」
 話を聞かせて欲しい、と冒険者を囲む若い騎士達に、冒険者は応じていろいろな体験談を交えながら戦いについての意見を方って聞かせていた。
「最近、デビルの動向が活発になってきているとか。デビルは侮れない相手が多く‥‥チャームなどの魔法を使ってきます。防ぐ方法は、近付く前にエリベイション系の魔法をかけて抵抗力を高める事でしょうか。完璧とは云えませんが‥‥」
「楽しい気持ちと歌と踊りを忘れちゃダメさ!! 軽く、軽く。ダンスのステップさ!!」
 普段は静かな大広間に広がる会話は満の料理と酒の助力を得てどうやら、まだ消える気配はなさそうだ。
「なかなか、楽しい三日間になりそうですな。パーシ卿」
「君達のおかげかな?」
 カチ、カチカチ。
 パーシの自室まで聞こえる喧騒を肴にマナウスは右手のカップを横に置いて、ポーンを一手前と動かした。
 円卓の騎士と差し向かいでチェスなどなかなかできるものではない。
「まあ、のんびり出来るのも今のうちだけだろう‥‥。じきキングも動かれるだろうからな」
 白いナイトを前に置く。マナウスは少し考え、次手と言葉を指し表した。
「やはり‥‥花には蟲が‥‥と?」
 彼の返事は無い。代わりに指し手が答える。
「もう、解っておいでなのでは? 花と在る蟲は外のみとは限らない。花の内に巣食い、花を支配してしまう蟲が、ひょっとしているのかもしれない‥‥と」
「俺には何も言えぬ。だが、騎士としてキングとクイーンを守る。それは表だけの決意ではないと言う事は解ってくれ。‥‥王手」
 いつの間にか神速で踏み込んだ騎士に詰められていたことに気付いてマナウスは苦笑した。
 なるほど、これが彼の答えなのだろう。と。
「参りました。明日もよろしくお願いします」
「こちらこそな」
 開いた木戸の外。館から外に出て行くいくつかの影を見つめながら彼らはそっと、カップを合わせたのだった。

○二日目 個人戦
 訓練二日目。個人戦。
 最初から冒険者も、騎士も誰もが目を離せぬ戦いがそこに繰り広げられていた。
「やはり‥‥流石と言うことでしょうかね」
 劣勢でありながらも秦は自分が笑顔であることを感じていた。
 昨夜パーシに申し込んだ手合わせは、騎士達にも見せたいということで朝一番の対戦となった。
 太陽の下で彼の槍の弾く銀光に目が射抜かれそうなほど。
 それでも、パーシの突きを小太刀で受け流し傷を受ける事を彼はなんとか避けていた。
 だが、そこから先が進めない。間合いに入れないのだ。
「ここは‥‥一か八か!」
 このまま受けに回っていては決して勝てない。秦は身をかがめ、パーシの槍の下を掻い潜り間合いに踏み込んでいく。
 刃を上から下に返し一気に袈裟懸けに! 小太刀に込めた力は
「えっ!」
 あっさりと身体ではなく空を切る。そして
「あっ!」
 手元を強く打たれ小太刀が空に飛んで、勝敗の終わりを告げた。
「‥‥参りました。まだまだと、言う事ですか‥‥」
 自虐的な苦笑を浮かべる秦に
「いや。考え方自体は間違っていないだろう。今回の件は純粋に武器相性とスピードの問題だ。‥‥それと、夜はちゃんと休んでおかないと体力が持たないぞ」
「恐れ入ります。ただ、今回は自分を知っておきたいので‥‥ね、少し無茶をしようと決めていたのですよ」
「体調を整え、作る事も大事だぞ」
 苦笑しながらも会釈し、秦は飛んだ小太刀を拾い上げて‥‥いつの間にかできた観客席に戻ってきた。
「さて、次は俺だ。パーシ卿のお手並み拝見と行くかね」
「パーシ卿と戦うなら間合いをどう保ち、どう踏み込むかを考えた方がいいですよ」
 すれ違う秦のアドバイスに軽くサインをきって、リルは前に立つ。
 右手に握っているのは金鞭。左手はシールドソード。秦と違い、間合いはこっちの方が有利の筈だ。
「行くぞ。パーシ卿!」
 先制はリル。
 鞭をフェイントで一回、そして後退したところをさらに。もう一回打ち込んで武器を絡めとる。
「よし、武器は封じた。後は‥‥」
 だが、勝負は驚くほどあっけなくついた。
「何!」
 何が起きたか、瞬きをしていた者には見えなかったろう。それほど一瞬の早業だった。
 黄金の鞭に柄を絡められた瞬間。パーシはそこから一気に踏み込んできたのだ。鞭を動かせないリルに迫る槍の穂先が首元を狙い触れた。
「ここまで、だな」
「了解。やっぱ、上手いなアンタ」
 笑ってリルは鞭を片付けた。正直、悔しいと言う感想は無い。やられた、という感覚のみ、だ。
 どこか、清々しい気さえするのは、何故だろう。
「次は慣れた武器でいくからな。覚悟してろよ!」
 ニッコリと笑ったパーシは頷くとその視線をぐるり、冒険者達の上に回した。
 視線を止めた先には一人。
 何かを悩むような少年。パーシは
「パーシさん! 俺もやりたいけと、少し場所を借りてもいいかな?」
 そう頼む冒険者達に伸ばしかけた手を戻して頷く。
「よっしゃあ〜。いくぞ! 緑朗、リ〜ル〜」
 身を下げたパーシと交替に前に飛び出たボルジャーが手を振る。
 騎士達の目視が集まる中、武術大会でも滅多に見られないほどの好カードが繰り広げられていった。

 両刀使いとの戦いが二連続になったな〜、とボルジャーは楽しそうに笑った。
 先のリルとの戦いは際どい所で負けてしまったが
「黒畑さんとは久しぶりだぞ!! 勝負だ!! 今度は負けないからな!」
「拙者こそ。今度は勝つでござる!」
 自分の身体よりも大きなライトハルバードをボルジャーは前に構える。
 一方緑朗は小太刀と日本刀の二刀流。
 身体の差、体格の差が対照的な武器に際立って見える。
「行くぞ!」
 言葉と同時、ボルジャーはハルバードを大きく回転させた。
 小柄な戦士の戦いは間合いを開けるか、詰めるかの選択にになる。
 ボルジャーの選択はその力で敵を間合いに入れず叩き潰す。だった。
 故に近距離戦を得意とする二刀剣士は攻めあぐねる。間合いにどう入るべきかと。
「ほらほら、間合いになんか入れないぞ!」
 じりじりと、間合いのタイミングを計る緑朗を右に、左になぎ払うハルバードの旋風でボルジャーは追い込んでいった。
 幾度かの踏み込みはパラシフトと本人命名の軽快なフットワークでかわされて、何度目か緑朗は背後への後退を余儀なくされる。
 このままでは勝ち目が無い。ならば
(「一か八か、でござるな!」)
 地面に足をしっかりと立て、緑朗は剣に力を込めて握りなおす。
「逃げるのは終わりか。黒畑さん。なら、一気に行くぞ!」
 どちらも次の一手が最後になると解っていた。だから、どちらも手加減なしの全力で相手に挑む。
「パラスマッシュ!!!」    
「極めれば‥‥斬れぬものなし!!」
 ガキン! 打ち合う鋼の音が庭に響いた。ハルバードを挟み込んだ細身の両刀。両刀を跳ね飛ばさんと押すハルバード、そしてそれを押し合う両者の対決は
「うりゃああ!!」
 ほんの僅かな力の差とタイミングで
「くそ〜〜っ。また負けたぞ〜〜」
 転がされる形になったボルジャーの声で終わった。
「はあっ。最後の‥‥チャージングが、決まらなければ‥‥こちらが負けていたでござるな。大丈夫でござるか?」
 差し伸べられた手を、しっかりとボルジャーは掴んで立ち上がった。
「楽しかったぞ!! また戦おうな!」
「こちらこそ!」
 二人の手は強く、固く握り締められていた。

 こちらもまた、両刀使いとの対決と言えばそう言えた。
「ふむ、貴公とならばこの庖丁を使うに相応しいであろう」
 満の手に光るのは無骨な刃。だが、その美しさは刃の力を知る者をどこか惹きつける。
 ルシフェルもその刀の真価を見抜き小さく微笑んだ。
「私にはもったいない武器やもしれんな。なれば、その剣の相手として相応しき者として全力を尽くすとしよう!」
 神聖騎士対、浪人。木剣対日本刀となったの戦いも、また間合いをとり、間合いを奪う戦いとなった。
 互いに回避を重視しつつ、タイミングを見て間合いに踏み込んでいく。
 その剣使いは互角。ただあえて言うなら満の踏み込みは、まるで流れる清流のようなルシフェルの刃に受け流されて‥‥なかなかその身体まで届かなかった。刃渡りの長さが僅かに足を引っ張る。逆にルシフェルは自らのタイミングと流れに沿って、満の手や足に、的確な打ち込みを入れる。
 ダメージとしては致命ではないが、少しずつ、確かに重ねていき‥‥、少しずつ荒さを帯びてきた満の呼吸がほんの僅かの隙を作った瞬間! 
「そこだ!」
 ルシフェルは、上段から木刀を振り下ろしてきた。
「くそっ!」
 満の反応はそれでも早かった、庖丁を持った右手て眉間を、左手で胸元をカバーする。
 この一手を耐え切って、敵のバランスが崩れたところを踏み込めば‥‥
(「衝撃を殺し、返す刃で相手を打つ!」)
 だがそんな意図は
「なにっ!‥‥ぐはっ!!」
 防御の方向とはまったく逆。真横から腹部に走った鈍い痛みに、満の手から庖丁と身体が落ちた。
「拙者の‥‥負けでござるか‥‥」
「フェイントが効くか、否か。その瞬間が一番緊張だったよ。ちょっと、そのわき腹を見せてくれるかい?」
 わき腹についた青痣にルシフェルはそっと手を当てた。染み入るような白い光が痛みをそっと運び出してくれる。
「ふむ。武器に拠るばかりでなく、それを使いこなすだけの力を身につけなければな」
 軽く立ち上がると
「もう大丈夫だ。感謝する」
 礼を言って満はルシフェルの方を見た。
「今後の課題はスピードと、先手を見通す目でござるな」
 口から漏れるのは微かな悔しさ。微かな溜息。
 だが、冒険者はいつまでも下を向いていては勤まらないのだ。
「次は、どうか私達とお手合わせ頂けませんか?」
 若い騎士の指名を受けて、強い深呼吸と、パン! 一度自らで叩いた頬の満は気持ちを入れ替えた。
「拙者でよければ」
 申し出を受け入れ、向かい合う。
 それをきっかけに、広い庭のあちらこちらで手合わせが始まる。
「どの武装で戦う? どれでもいいぞ!」
「足が重い! もっとステップを軽くするんだぞ。ダンスをほら、踊るみたいにな!」
「力の攻撃は受け流すことも大事だ。一撃にかけるよりも着実に積み重ねていくようにだな」
「一戦闘ごとに相手から動きを学習する。それがエルフが戦うって事なのさ。だが、気持ちがあれば、人にだってできるさ」
「いいでござるか? 明日‥‥。狙うのは‥‥」
「常に冷静に。時に剣だけでなく組み手も入れると効果的に戦えるかもしれませんよ」
「一対多でも、技量に差があれば、包囲を破る事は可能でござる。油断するでないぞ!」
 変なものも入っていたようだが冒険者は的確に騎士達に向かい合い指導をしていく。
 一つの言葉も、行動も逃すまいと真剣な眼差しで騎士達は冒険者に向かい合っていた。

 ふと、その様子を見つめていたワケギに声がかけられる。
「君はいかないのか?」
「僕は‥‥直接の戦闘訓練には向かないですから。明日、もう一度チャンスがあればいいんですけどね。少しでもお役に立ちたいものです」
 気にする必要は無いのに。そんな優しい笑顔をパーシは向けてくれる。だから
「パーシ卿」
 ワケギはどうしても気になっていたことを口にする。
「何かな?」
 それは、小さな弱音だった。
「僕は、皆さんのように力や技で相手と向かい合う事はできません。だから『言葉に魂を込め、人を幸せにする事』を目指しているのですが、説得するだけでも難しいです‥‥」
 いくつかの悔いや思いを噛み締めるように呟くワケギの頭を
 ポン。
 優しくパーシの手が撫でた。
「えっ?」
 ほんの少し、ワケギの顔が赤みを帯びる。
「その気持ちを失わない事だ。その思いと、真実の心ある限り、君には俺たちができないことができるだろう」
「パーシ卿達に‥‥できない‥‥こと?」
「ああ。俺達は、結局で言葉ではないもので語ることを選んでしまうからな」
 微笑するパーシの視線の先には、唇を噛み締め手を強く握るもう一人の少年の姿が映っていた。
 
 その後、時間ギリギリまで騎士達と冒険者の模擬戦は続いた。
 そして‥‥今までずっと沈黙を守っていた冒険者が立ち上がり、
「パーシ」
「キットか‥‥」
 円卓の騎士に声をかけた。キットの意図がわかっているのだろう。なんだ? とも聞かず
「いいだろう」
 槍を持って立ち上がった。
 夕刻。そろそろ太陽が西の空に落ちようと言う頃。
 白熱した個人戦の最後を飾る戦いが始められた。
「その前に! パーシ! これ返すぞ! 俺には必要ない!」
 地面に突き立てられたのは両手持ちの剣だった。優れた装飾の実用的ではないフランベルジュ。
 決意と共に付き返されたそれを
「そうだな」
 微かに微笑して抜き去るとパーシは無造作に横に投げた。
 そして、自らの槍を握り締める。彼の手に在るものはいつもと変わらぬ勇者の槍。それだけ。
 あまりにもいつもと変わらぬ様子にキットは歯を強く噛み締める。
 この男はいつもこうだ。
 公現祭の日。キットは敗北を続けていたパーシ・ヴァルから念願の勝利を手にする事ができた。
 だが、その喜びは一日ごとに彼を苦しめる重荷へと変わった。
 一つの思いが頭から離れない。
(「俺は勝ちを譲られたのではないか?」)
 と。
(「あいつは甘い奴だ。もし、あの時俺が‥‥)
 いくつものもし、が戦場を駆け抜けるたび、剣を握るたびキットを苛む。
 だから、彼は決意を固めたのだ。
「これはリベンジだ。いいか! 手加減なんかするなよ。パーシ!!」
 完全な勝利を。もしくは敗北を。俺はここで手に入れる!
 彼の叫びに答えたのは真剣な構え。真剣な眼差し。仲間達も騎士達も無言で見つめている。
 合図は投げられたコイン。
 それに心で頷いて、キットは全力で駆け出した。
 
 最初はダーツの投擲。だが、そんなものは彼には単なる風でしか無いのは解っている。
 だが、ほんの一瞬でも隙をつけば。キットは相手を睨みつけてその一瞬を踏み込む隙を狙った。
 後退し、槍でダーツを払う。その踏み足に合わせて剣を投擲する構えからソニックブームを払った。
「!」
 渾身の技だ。致命傷にはなり得なくても足止めはできるはず。
 相手の前に開いた一瞬の間合いに自らの傷も先も厭わず、キットは全身で踏み込んでいった。
(「こいつに隙などそう生まれない。次は無い。一撃で決める!」)
 その思いでキットはカウンターを狙った。全力、まさに渾身の力でタイミングを見つめるその瞬間。
「何?!」
 身体に響く衝撃。身体が空に舞うように飛んでいくのをキットは抗えなかった。
 だが飛ばされる瞬間まで敵から目を離さなかったキットは見た。
 パーシの微笑を。悔しいまでに眩しい笑みを‥‥。

「キット!」
 何があったのか、その状況を把握できたのは冒険者くらいだったろう。
「踏み込んだキットのカウンターを読んで、槍の穂先ではなく柄の回転の勢いでキットを吹っ飛ばした。か。やはり流石ということか。‥‥大丈夫か?」
「柄の回転で!」
 若い騎士達がざわめく中。
「衝撃はともかく、傷はそんなじゃないと思うが一応リカバーを」
「‥‥いらない!」
 叩きつけられた肩を押えながらキットは身体を起こした。ルシフェルの手を払う彼の視線の先には円卓の騎士が立っている。自分を、真っ直ぐに見つめて。
「キット。お前の望む勝利はなんだ?」
「えっ?」
 聞き返すキットに
「目的を果たすための冒険者の勝利か? それとも自らと敵に勝つ為の戦士の勝利か?」
 答えるように静かな声が降る。キットのみならず冒険者の上にも。
「俺を甘く見るな。俺はどんな戦いにも手など抜かない。あの時、冒険者としての勝利を望んだお前に俺の意思が敗北した。それだけの話だ」
 それは嘘の無い、慈しみの篭った声。
「だが、お前が戦士としての勝利を願い、求めるなら俺はまだお前に、お前達に負けることなど無いししない。お前達が自ら磨き上げた力と意思が俺を上回るまではな」
 くるり、背中をパーシは騎士と冒険者とキットに向けた。
「強くなれ。俺はいつでもお前達を待っているぞ」
 歩き去るパーシの背に声をかけられる者は誰もいなかった。
「やはり、大きいな‥‥あの人は‥‥ん? キット?」
 満は蹲っていたキットから漏れる声に耳と目を向けた。
 地面に大の字に寝転がったキットは剣を落し、右手で目だけを押えた。
 口から漏れているのは泣き声、目から漏れているのは涙。手に入れたのは完全な敗北。
 だが、これで前に進める。
 胸の中でキットは『言葉』を噛み締めた。きっと自分にだけに向けられたのではない、でも確かに自分に向けられたあの言葉。
 彼は言葉を使うのが得意ではない。剣で語るしかできないと言ったけれども。あの言葉と思いは真実だ。
『強くなれ。俺はいつでもお前達を待っているぞ』
 そうだ。俺は必ず前に進む。いつか、あの背中に追いつくために‥‥。

○最終日、最終戦 
 それは、死闘と呼ぶに相応しいものだった。
「ふむ、初日とは比較にならない動きであるな」
 嬉しそうに満は呟き、無手から二本の包丁へ武器を持ち替えた。
 戦いのルールは初日と同じ。だが、騎士達は二日間の間に確実にレベルアップしていたように冒険者は思っていた。
 一気に踏み込む事はせず、敵の様子を把握し、緩急を使い分ける。
「こりゃあ、本気を出さないとヤバイかね」
 リルは心底楽しそうな笑顔で舌を打った。
 一番見違えたのは若い従騎士達の練られた作戦行動だった。一人の冒険者に当たり、三人で当たる。
 攻撃担当と防御担当が分担できるので少し突出すると、肉は切れても骨を断たれてしまいそうなのだ。
「幻蔵さんの入知恵と指示でしょうかね?」
 結局、横に開いたままの場を苦笑の顔で見つめながらワケギは呟いた。
 実はそのとおりで
「初っ端から前に出ない様に。長丁場でござるから、相手が消耗し始めた頃合いを狙って行動するでござる」
 騎士の中に紛れ込んで幻蔵は騎士や従騎士に指示を与えていた。場をかき回し、刺激を与える事こそが彼の目的。
 やがて膠着した場を‥‥
「今でござる! 行け! 大ガマ!!」
 最大に引っ掻き回す存在が現れた。
「くそっ! やりすぎでござるよ!」
 ゲオオ! ゲオゲオ!!
 地響きを立てて飛ぶ大ガマに緑朗は苦虫を噛み潰した。
「確かにこれはちょっとやりすぎかねえ。ワケギ、行けるかい?」
「後方の人たちなら」
「じゃあ、俺は前のガマを受け持とう」
 冒険者の会話は従騎士達聞こえなかったが、冒険者達が後ろに下がっていくのは見える。
「よし。今だ! 突撃」
 従騎士達が突進してくる。最大の盾を前にした彼らの攻撃は‥‥
 ぼわわん。
「えっ!!」
 突然目の前に立ちふさがった最大の盾。大ガマに遮られたのだった。
 正確にはガマが立ち止まった、だと従騎士達が気付いたのは実は
「えっ? うわああっ!」
 魔法で空に浮き上がってから。生まれて始めての魔法での空中移動の代金を彼らは‥‥数瞬後。苦痛で支払う事になる。
「わあああっ!」
「負けない! 勝つのは俺たちだ!!」
 強い光に包まれて秦が勝敗にチェックメイトをかける。
「だ、大丈夫でござるか?」
 それを阻もう、助けようと騎士達に駆け寄りかけた幻蔵は、だが急に足元を止めた。
 一、二、三。何かを数える声。幻蔵は恐る恐る振り返る。
「キット‥‥殿?」
 キットは指先で何かを確認していた。
「いつの間にか騎士が増えてるな。パーシ。こいつもやっちゃっていい?」
「任せる」
「んじゃ、遠慮なく」
「ま、待つでござる。‥‥ぎょええ〜!」
 青空の下、木剣の一刀を頭上頂点に受けた変装(?)騎士の可愛らしくもおぞましい悲鳴が響いたのであった。

「三日間本当にありがとうございました」
 そう言って若い騎士達は冒険者に頭を下げた。
「おいら達もたのしかったぞ! パッラッパパッパ!! おいらはパラっさ! パラッパパラッパ!!おいらはファイター!!」
 プライドを捨てた騎士達の師に対する心からの思いを冒険者達は何よりの報酬の一つとして受け取った。
「こいつらも少しは気合が入っただろう。戦闘のセンスというものは自分で学び身につけていくしかないからな」
 礼を言う。そう微笑むパーシに
「貴殿も昔は冒険者だったそうでござるな。その頃も依頼を一人で受けて、独断専行していたのでござるか?」
 緑朗は突っ込むが彼は笑顔で受け流してしまう。いろいろ‥‥あるのだろう。
(「彼は答えてくれるだろうか?」)
 リルは少し迷ってから強く手を握り締めた。
「最後にいいか? 彼らにもう一つ身に‥‥いや、心に叩き込んでおきたいことがある。そしてあんたにも確認しておきたい事が‥‥だ」
「なんだ?」
「部下が任務中に罪のない民を己の享楽のために故意に害したとしたら、どう処分する。また指揮官として、その罪を誰に対してどう償う」
「捕らえ、王の名の下裁きを与える。叶うなら俺自身の手で処罰するだろう。償いは‥‥本人や遺族に対して俺が生活の保護を。部下の責は俺の責だ」
 即答の答えを抱いてリルは部下達に向き合った。
「聞いたか? お前達の行動の責を追うのはお前らの上司だ。騎士としての誇りを失うななんては言わない。だが騎士だから罪が許されるなんて思うな。そして道を失った騎士に騎士らしさを期待するな、悪党以下と思え」
 後半に行くにつれ語気が強く熱くなる。いくつかの依頼の中、燃えていたそれはリルの本心だった。
「はい!」
 返った騎士達の返事に、リルは笑顔を見せる。
 これなら少しはこの国の王宮に希望はまだ見えるかもしれない。

「今度は、もちっと時間があるといいな」
 マナウスの言葉にほぼ全員が頷き、館を後にする。
 充実した思いと、いくつかの傷と、ほんの少しの筋肉痛を土産にして‥‥。