●リプレイ本文
館の上空に時折、顔が浮かんで見える。
「凝ってるよなあ」
受付は黒衣の女性。
灼熱の夏に涼を。お化け屋敷開幕である。
『‥いらっしゃいませ。これから皆様を恐怖の旅へとご案内します‥』
黒いメイド服の少女が出迎える。
『なお何が起きても一切責任を負いかねます。では出口でお待ちしております』
最初の一組が先へと進んだ。
ナンパという事象が存在する。男性から女性へ誘いをかける。それが基本。だが、例外もある。彼らのように‥
「今日はありがとうございます。アルノーさん」
「アルでいいよ。僕もカルさんって呼んでいい?」
アルノー・アップルガース(ea0033)はナンパされた側。シフール、カルノ・ラッセル(ea5699)の荷物を担ぎニパと笑う。
頷くカルノは噂の宝を探す気満々で、逆にアルノーは完全普段着、幽霊見物に徹するつもりだった。
「部屋発見!」
ある部屋に二人は足を踏み入れた。
「定番はタンスの中かな」
冒険者らしく(?)カルノはタンスを捜しアルノーは部屋を見回す。玩具にベッド。子供部屋だろうか?
「幽霊さ〜ん、いるの?」
ベッドの下を覗くアルノーは気づかない。シーツがふわり動き出すのを‥
『キャハ!』
「カルさん、呼んだ?」
アルノーの背後には影‥
「呼んでな‥ア‥ルさん‥」
震える手でカルノはアルノーの後ろを指差す。白い影はゆさりと揺れて‥
『お化けだぞ‥ってうわ!』
「コインみっけ‥。ラッキー! 何?」
シーツはアルノーの頭を飛び越え落ちた。アルノーに飛び掛るはずだった『それ』はシーツを捨て姿を現す。
「幽霊?」
『遊んで♪』
子供の幽霊は、ケラケラと二人の間を飛び始める。
「イテ! 髪の毛引っ張らないでよ」
「本当にすり抜けましたよ。‥あ?」
アルノーの手の中にカルノが落ちた。目眩がしたようだ。
「大丈夫?」
『じゃ、お化けらしく〜出・て・行・け〜〜』
「「うわっ!」」
部屋中の本、カップや玩具が空を踊り始め、二人に襲い掛かる!
「逃げるよ! カルさん」
ゴン!
「‥うきゅ‥」
カルノと荷物を引っ掴みアルノーはなんとか逃げ延びた。
「助かったね‥ってカルさん?」
時間が必要である。カルノの頭に大きなこぶを見つけるのにも、不思議な瓶が手の中にあるのにも。
こぶの原因に気付くのにも‥
「ここで彼女がいるんですね‥よし、頑張ろう」
クウェル・グッドウェザー(ea0447)は拳に力を入れる。
絶好のチャンスだと思った。お化け屋敷で彼女とデート♪
だが、誘いの返事は
「ごめん! あたしその館で働くんだ!」
‥
だがめげない! 折角の彼女の雄姿を見届けねば! クウェルは友人グラム・プレデントを誘ってここにやってきた。クウェルは叫ぶ。
「幽霊なんて怖くないぞ〜 彼女はドコだ〜」
「あれ? ここは‥」
クウェルが見つけたのは武器庫らしい。剣や鎧が並ぶ。
「凄い‥」
一本を手に取ろうとするが‥持ちあがらない
「お・重い‥」
『汝は盗賊か?』
「えっ?」
黒い影が現れる。
「わっ! び、びっくりしました!」
彼は‥崩れた顔を戻すとお辞儀した。誠実に‥
「ご無礼いたしました」
(『ほお‥』)
クウェルには影が、微笑んだように感じた。
『多くを学び自らを鍛えよ‥』
「うわっ!」
瞬きした時、すでに部屋の外。
「‥あれ?」
服が、豪奢になっている?
「あ! ラ‥」
『しっ!』
彼の目の前には、黒服の淫魔。心を盗まれ、いつか‥意識を失っていった。
その頃のグラム氏
「うわっ! 本物の幽霊」
結構楽しんでいるようである。
‥びくびく‥ぶるぶる‥
(「広いなあ。この館‥」)
ラルフ・クイーンズベリー(ea3140)は周囲を見回しながら歩く。
『のろいの水注意』の貼り紙を見つけ、注意してたのに、呪いの水飛沫を思いっきり浴びてきたのはついさっきの事だ。
「脅かさないでね? って言ったのに〜」
余計に彼らが張り切っているのは言うまでも無い。
ふと、彼の前にメイドが現れた。
「いちま〜いたりな〜い。お皿が足らない‥知りませんか?」
「えっ? ‥いいえ、知りませんよ〜」
「‥貴方が泥棒さん?‥返してください‥お皿‥お皿をォォォッ!」
「知りませんってば〜!」
髪を振り乱し、恐ろしい形相で追いかけてくるメイドに彼は背を向けた。ダッシュ!
「怖いよ〜!」
メイドは廊下を真っ直ぐ駆け抜けていった。見送る彼のため息はシャンデリアの中から聞こえる。リトルフライの魔法だ。
「ああ、怖かった〜。」
息をつくラルフの背中を誰かがつつく。
「はい、誰? ‥ってここは空中‥え゛?」
『こんにちわ♪』
「うわっ!」
よく見れば可愛いシフールと気付いたかも。だがそんな余裕は彼には無い。全力で逃げた。
もはやこの館に安息の場所は無いのだ!
『‥ジャックランタン、それは彷徨う魂が灯りを貰ったものだそうです』
ヴィオレッタ・フルーア(ea1130)は案内役の話を思い出した。書庫で見つけた不思議な白紙の巻物を抱いたまま動けない‥
「‥何?」
目の前に続く廊下の燭台の炎が宙に文字を作る。
「引き返せ? でも‥」
幽霊や精霊は怖くないが、人が意図的に作った仕掛けは‥苦手だ。怖い。
「お友達と来れば良かった‥」
なんとか逃げ出したもののもはや涙目。
次に現れたのはみすぼらしい少女。顔は白。口元の血だけが恐ろしいほどに闇に映える。
『‥寂しい‥あなたも‥仲間に!』
「キャー!」
冷水を被ったような怖気が彼女の背筋に流れた。
『あれ? 逃げちゃったよ。つまんないな』
『大丈夫です。他の場所で仲間がもう少し脅かすでしょうから‥』
会話の向こうから、悲鳴が聞こえる。
「キャー!」
『ホントだ♪』
彼女の後には爽やかな、ミントの香りが漂う。
「ふう、暑い盛りにお化け屋敷ってのもいいわね」
ヴィルジニー・ウェント(ea4109)はゆっくり歩いた。締め切った暗い部屋なのに何故か風が匂う。
『バンシーと言う精霊はご存知ですか?‥近々死に逝く者の目の前に現れて泣き叫び、死を告げると言われています‥』
案内人の声が聞こえたような気がして辺りを見た。
誰もいない。だが‥匂いはする。
透き通った水、積もりたての雪のような無垢な匂い‥
『ギャアーー!』
穏やかな気分だったからこそ、彼女の背筋は粟立った。
「何?」
『あなたの為に‥泣きましょう‥』
血の涙を流す婦人の足は‥無い。
「キャアー!」
とっさに手近の誰かの首に抱きつく。
(「あれ、誰だろう‥え゛?」)
ニコッ。笑うメイドさん、彼女の口から出る赤いものは‥
「血〜!」
悪意の匂いは感じない。楽しそうな匂いはあちこちから。
思う存分彼女は安心な恐怖を楽しんだ。
「この間はごめんね」
迷わずやってきたリディア・ペンタクルス(ea0854)はまず、そう言ってお辞儀した。
ふわり現れるのは幽霊婦人。
『あら? いらっしゃい』
「また会ったね。ねえ、あの時のキドニーパイを貰っていいかなぁ?」
『? どうぞ』
焼きたてのキドニーパイが湯気を上げる。
「美味しいよ! 最高」
本物のパイで腹ごしらえした後、リディアは部屋を出た。手にはパイを持って。
ゆっくりと歩いていくと‥影が現れる。
『うらめし〜バシッ!(パイのぶつかる音) 何よ? 一体??』
現れた影は顔を拭うと、自分がお化け役という事を一時忘れくってかかった。パイを投げた彼女に。
「ふふ、僕を驚かせようなんてまだ甘いよ」
『私のお昼〜』
彼女は完全に素に帰り、髪を振り乱して追いかけてくる。
「うわー、食べ物の恨み?」
脱兎のごとく逃げる。逃げる。今度はちゃんと動ける。リディアの勝ちであった。
ヒュルウル〜
震えるような笛の音色にもプリムローズ・ダーエ(ea0383)は動じない。隣の友達シア・アトリエートと一緒に手を繋いで歩く。
「お化け屋敷って、薄暗いものなんですね‥不思議な暗さと言いますか‥あれ?」
むぎゅ‥
『うぎゃっ!』
「あれ? シアさん? 何か踏みませんでしたか? 私も〜何かにぶつかるんですよね‥なんでしょう?(踏み踏み)」
偶然準備中だった、あの人物も、この人物も何故か踏まれた。
『何ですか? あの二人‥』
『とっておきに驚かせてあげましょうか?』
暗闇の中、親友と歩く自分をプリムローズは鏡で映してみた。そして隣の笑顔も。
さっき拾った鏡にはみるからに仲良さそうげな二人が映しだされている。
(「これも、宝なんでしょうか?」)
鏡を見つめる親友にシアは照れたように告げる。
「どんな宝よりも‥私にはプリスさんの笑顔が宝物です(にこ) 」
頬が赤く染まる。友も、自分も‥
「私にとってもシアさんが吹いて下さる笛の音はとても素敵な宝物です♪」
プリムローズも友の手をしっかりと握りしめた。お互いの手の感触が心地よい。
「これからも友達でいてください」
‥言葉が終わるのを待っていたかのようにプリムローズの手の中の鏡が、幸せな親友同士の背後に、暗い闇を映し出す。
もやもやもや‥
煙に二人が気付いた時にはもう、遅かった。二人を包み込むようにゴーストの手が‥伸びた。
『我が館で何をしている〜〜!』
「「キャーー!」」
突然二人は駆け出した。呪文詠唱の時間など無い。ただ逃げるのみ。
去りゆく少女達を『彼』は楽しげに見つめる。
二人の手は最後まで離される事は無かった‥
「キャー!」
『‥待ってるって、言ったでしょう‥』
お化け屋敷に入ったものは、屋敷最高のトリックが出口の光の直前にあることを知る。
上げられた悲鳴は、数知れない。
そこで見た仕掛けを彼らは黙して語らず、そして‥リピーターが増える。
大盛況だった。
館にあったのは、真の恐怖、では無かったかもしれない。
だが、不思議な扉は、皆の前に確かに開かれていた。
聞こうとするものには聞こえるだろう。彼らの声が。
『待っているよ。いつまでも』