●リプレイ本文
○ゲームの始まり
「さて、冒険者。ゲームを始めよう。君達が俺を追い、俺を捕まえるゲームの始まりだ」
集まった冒険者にパーシ・ヴァルは笑ってそう言った。
言葉だけなら傲慢にさえ聞こえそうな台詞だが、この人の笑顔の前では素直に楽しみだと思えそうだ。
アルディス・エルレイル(ea2913)は言葉に出さない思いで普段は近寄りがたい円卓の騎士の側を、舞った。
「聖夜のパーティ以来かな? 久しぶりだ。まさか俺がパーシ卿を追いかけることになるとは思わなかったよ」
楽しげに笑いかけるラディオス・カーター(eb8346)にパーシも軽く手を上げて答える。
彼はまだ面識がある分気安いがクルド・ヴァンヘルム(ec1646)などは
「僕のような駆け出しの騎士が円卓の騎士直々に訓練をつけてもらえるなんて、まるで夢のようです!」
と緊張の面持ちだ。少し肩の力を抜いた方がいいのに‥‥思う最中。
「わっ!」
彼らの足元を毛玉が駆け抜けた。
「あっ! ヴィル? ‥‥パーシ卿? 」
思わず声が上がる。自分を追ってやってきたのであろうその犬を、
「懐かしいな‥‥昔、友がこんな犬を飼っていたよ」
パーシ・ヴァルは膝をつき優しい笑顔で撫でている。
「いいんですか? その子は‥‥」
くんくんと鼻を鳴らし頭を摺り寄せる愛犬ヴォルフィード。あの子はパーシの匂いを覚えただろう。
それはいくらかではあるが、こちらにとって有利になる。それを解っているだろうに、パーシはニッコリと微笑するのみだ。
(「ううん〜。大きいなあ〜」)
その懐の深さに、それだけで負ける思いがしてならなかった。
「まずルールを確認させて頂きますね。卿。パーシ卿が発たれてから丸一日の後に我々が出発する。その後は、どんな方法を使ってもかまなわないので卿を見つける‥‥で、よろしいのですね」
真面目な顔で確認する華月下(eb9760)に、ああ、とパーシは立ち上がって頷く。
「但し、俺をちゃんと捕まえる事。武器はこの銀のナイフ以外は使わないと約束しよう」
「卿自ら犯人役を買って出られるとは光栄です。これは頑張らなくては」
力の入る月下とは対照的にラディオスはパーシに視線を向け、むうと唸った。
「まあ、確かにパーシ卿に槍を持たせたらとんでもないことになるんだろうが‥‥。ナイフだけと言われてもなあ〜」
「そうですわね。ハンデと言うのであればせめて素手‥‥できれば両手を縛った状態で、事前に毒を飲んでおいてもらうとかしていただかないと〜」
「「こらこら‥‥」」
物騒な事を平気な顔で言うルナ・ルフェ(ec0764)に異口同音で肩を竦めたのはパーシとアレクセイ・ルード(eb5450)。
「こっちは一人なんだからな。お手柔らかに頼むぞ」
穏やかな笑みを浮かべるパーシにアレクセイは、さっきとは別の意味で肩をすくめる。
「ゲームとは酔狂な円卓の騎士も居たものだ。私かい? もちろん暇なので参加させて貰うよ」
「その物言い! 円卓の騎士に無礼ではありませんか!」
クルドは少し目をむくが
「それはなにより。お互い楽しもうじゃないか」
当のパーシは怒る様子もない。むしろ楽しそうに頷いている。
アレクセイの言葉に悪意はない。聞く者が聞けば親愛の思いがあると知れるだろう。だからそれ以上仲間達も何も言わなかった。
「では、俺は先に行く。向こうで待っているぞ」
愛馬に跨り走り出すパーシ。
「あっ! 待ってください。もう少し聞きたいことが‥‥」
手を伸ばす蒼月潮(ea5521)をアレクセイは止めた。
「もうこの辺にしておこう。これは試験でもあるのだからね。本当の依頼でこれより情報がないことなどざらだよ」
「は、はい‥‥」
少し未練は残るが手を引っ込めて潮は仲間の方に向き直る。
先行される一日。冒険者にとっては待つだけの日。だが無駄に過ごすわけにはいかないのだから。
「相手は円卓の騎士。しかも、元冒険者。このような事態には慣れておろう。手加減をすれば負けるのはこちらじゃ。幸い僧侶もここにおるし、遠慮なくゆこうではないか」
どちらの手当てをすることになるかは解らないが、とまでは朱鈴麗(eb5463)は口には出さない。
少なくとも思いで負けてなどはいられないからだ。
「そう‥‥円卓の騎士、なのですよね。あの方は‥‥」
「ん?」
小さな呟きに鈴麗は顔を横に向けた。そこには
「‥‥円卓の騎士が冒険者の育成に携わるのは、何か理由があるのでしょうか」
アイオン・ボリシェヴィク(eb8972)が考え込むように下を向いている。
「どういうことじゃ? この依頼に何か不審でも?」
「いえ、そうではありません。ただ、先に出たという騎士訓練の手伝い等ならまだ解るのですが‥‥、何故円卓の騎士御自らが冒険者を鍛えようとするのか‥‥そこに何かを感じてどうも‥‥」
「つまり、冒険者の力を今後必要とする何かがある‥‥と?」
アイオンと潮の発した問いに明確に答えられる冒険者はいない。
パーシと一度なりとも面識のあるものは、彼の気さくさから今回の行動をあまり不審には思わなかったのだが言われてみれば‥‥確かに、何故?
冒険者達の間に走った微かな陰りを打ち消すように前向きに、月下は仲間達の方を見た。
「まあ、どちらにしても、僕達のやる事は一つです。それに‥‥思うのですよ。卿も円卓の騎士という重責から解放されて少しでも息抜きになれば‥‥とも思いますよ」
「そうだね。だが、彼に遊ばれないためにもしっかりと準備を整えておくとしよう。それで‥‥計画と班わけなのだがね‥‥」
話題を変えるように羊皮紙を広げるアレクセイの周りに冒険者達は集まる。
疑問は後に回すとしよう。
答えはどうせ今は出ない。
なればこそ、自分達のやるべきことを全力でやる。
パーシの為にも、自分達の為にも‥‥。
○捜索一日目
そこは確かにそれほど広くも深くもない普通の森だった。
落葉していた木々には芽吹きが見えつつあり、木々の向こうには獣達が動く気配がする。
「良い森じゃな。生きとし生けるものの息吹が感じられそうじゃ」
微笑みながら鈴麗は、いくつかのスクロールを馬の背荷物に戻した。
彼を捕まえるためにいくつか攻撃魔法も用意したが、森を傷つけてしまっては元も子もない。
森は、確かに広くも深くもない。
だが若芽を息吹かせ始めている木々は決して少なくはない。むしろ多い部類に入る。
しかも足元は雪解け水にぬかるみ、緩んだ土が殆ど。
馬で上手く歩くのは難しそうに思えた。
下手をすれば足を取られてかえって動きが遅れてしまうだろう。
「ふむ、仕方ないね。パーシ卿の思惑通りになってしまうことになりそうだが、歩いていこう」
そう言ってアレクセイは馬の背中からひらり降りて側の木の枝に手綱を結んだ。
横にはパーシ・ヴァルの愛馬が草芽をゆっくり食んでいる。
森に入るに当たり、馬の世話を近くの村人に頼んでいったというのだからマメな話だ。
ついでに村人は冒険者の馬の世話も請け負ってくれたので何人かは、それを頼んで森への侵入を開始することにした。
「まずは、拠点を作って‥‥それから水辺を張って‥‥うわっう!」
ベチッ!
「大丈夫ですか? 奥羽さん!」
駆け寄った潮が最前列で転ぶ奥羽晶(ec1684)を助け起こす。
「と、とりあえず大丈夫‥‥だけど? 一体‥‥何?」
「あっ! 足元。ほら、穴が開いてるよ〜」
アルディスが犬と一緒に指を指す地面は、確かにぬかるみに紛れていくつかの、足がすっぽりと入りそうな穴が開けられている。
「パーシ卿の、罠ですわね‥‥きっと」
「馬をここにおいて行き、私達の突入場所を限定させて罠をしかける‥‥か。なかなか面白い事をなさるものだ」
依頼を受けるのはとりあえず始めての若い晶にとってはいきなりの歓迎はかなり手荒なものになったようだ。泥だけ手と顔を固くしている。
「ここから先は特に注意しないと、どんな罠がしかけられているか解らぬからの。今頃、こちらの様子を窺って笑っておられるやもしれぬ。気をつけていくのじゃぞ。皆もな」
鈴麗の言葉に頷いたのは差し出された手ぬぐいを受け取り顔を拭く晶だけではない。
「さてさて、ここからがゲームの始まりだ。何が待ち受けているやら」
楽しげに笑うラディオス達の前には茶緑の木々が、パーシ・ヴァルを隠し楽しそうに揺れていた。
「ここに小川が流れているようでしたよ。北から南にこう‥‥」
「森を傷つけないようにか罠は小さな落とし穴や草結びが主でしたね。ただ、それに気を取られていると頭上の木に頭を跳ねられたりして」
夜、森の小さな広場を見つけて冒険者達はそこにキャンプを張っている。
今日は三班に分かれて森を探索していた。
いくつかの罠の痕跡、いくつかの滞在の痕跡は発見したが今日一日ではパーシを見つけ出すことはできなかった。
故に、今は明日へ向けての情報交換だ。
森は三月とはいえ、なかなかに冷える。
炎を囲み、料理で身体を温めながら。であるが。
「この地図も‥‥噂話だけで作ったものですから不確定なところが多かったですからね。仕方ありませんわ。あ‥‥ここにも罠がありましたっけ」
「はい。そのまま残してあります。逃走のルートを変えるのは拙いですしね」
「私は少し罠の位置を変えてきたよ。上手くパーシ殿を追い込めれば彼の足を止められるかもしれないからね」
「解りましたわ‥‥」
仲間と作った手書きの地図にルナは仲間との間で交換した情報を書き加える。すでに幾枚か燃やしてしまったのでこれは彼女の持つ最後の一枚だ。
「バーニングマップの魔法は、移動している人を探すにはあまり効果がありませんわね。地図も正確ではありませんでしたし、目的地に着いたときには相手はもう移動なさっているのですもの」
少しがっかりとしたように肩を落すルナ。同じように捜索が空振りになって落ち込む顔が、一つ、二つあった。
「木々が多くて空からの捜索は、思ったより効果を発揮しなかったですね。鳥になってみたんですけど上に上がりすぎると人影は見えないし、下がりすぎると木々に邪魔される‥‥。道に迷わないようにするのが精一杯でしたよ」
「雪解け水にかき消されて、ヴォルもうまく後を追えないんですよ。ちょっと悔しかったな‥‥。パーシ卿。これも解っていたのでしょうか‥‥」
アイオンとアルディスは頭を垂れて、口元を噛む。
気持ちは解る。だが‥‥言っておかねばならぬことがあると鈴麗は眉を上げた。アルディスに向って。
「だからと言ってじゃな。ムーンアローを自分に撃つのはやりすぎじゃ。対象が近辺におらぬと自分に返るのは解っておったのじゃろう? シフールのそなたにとってはこんなダメージも侮れんのじゃぞ」
「うっ‥‥はい。ごめんなさい」
治療をしてくれる鈴麗に謝って‥‥だがアルディスはまだ諦めた顔をしてはいなかった。
「バイブレーションセンサーも殆ど反応しなかったしの。はてさて‥‥」
「ふむ。確か騎士が使うオーラの魔法にも探査系のものがあったかな? 覚えているかね? クルドくん?」
「‥‥いえ。僕はオーラの魔法を習得していなくて。すみません」
悔しそうに俯くクルドにいやいや、とアレクセイは手を振る。森の奥に向けた今日の捜索はほぼ空振りだった。もし、パーシが捜索を掻い潜りこちらの様子を窺い、把握しているようなら少し、やっかいなことになるかもしれない。
「でも、もうじき日が変わる。翌日になったら攻撃を仕掛けてくることもあると言っていたね。気をつけないといけないな。うん」
「‥‥。皆、ちょっと良いかの?」
ふと、声の調子を変えて鈴麗は囁いた。周囲を伺いつつ声を潜める。
「実はの、捜索中一度だけ、バイブレーションセンサーでパーシ卿らしき人物が感知されたのじゃ。じゃが‥‥」
さらに声を潜めた鈴麗の指摘と推察に冒険者は、小さな声を上げる。
それは「えっ?」だったり「あっ!」だったりするが、全てに共通するのは意表をつかれた驚きだ。
「じゃから‥‥、おそらく彼は‥‥」
さらに声を潜めた相談が暫し。やがて寄せ合った頭の輪はゆっくりと開いた。
「今夜は交替で休むとしよう。明日が勝負だ」
アレクセイの合図で冒険者達は立ちあがる。
「では、私が最初に。後で、皆さん交替をお願いしますね」
微笑む月下を残し冒険者達は『持ち場』につく。
テントの中、炎を守る見張り。そして‥‥
休息するだけではない、夜。
もうじき捜索二日目が始まろうとしていた。
○捜索二日目
炎を守る見張り番。そして‥‥
「異常はまだ見られないようだな」
木々の陰から見つめていた潮は静かに呟き、息を吐き出した。
炎にあたれる見張り番、テントの中で休む仲間や、不寝番と違って、木陰から様子を窺う外警戒の不寝番である自分達は火を焚くわけにもいかないのが辛いところだ。と思う。
防寒具がなければまともに動けないだろう。着ていても手や足元から寒さが込み上げてくる。
紫がかった空を見上げながら潮は手を擦る。もうじき夜明けだ。日が出れば少しはマシになるだろう。
「この冷えの中、パーシ卿はどうしていらっしゃるんだろう。煙の上がる様子も無いし‥‥」
「いや、俺は動いていたからそれほどでも無かったな」
「そうですか。‥‥って!!!」
ボスッ。
鈍い音と唸り声。そしてがさがさと草が踏まれ、揺れる音。
それはあまりにも小さく隠れていたため、冒険者が気付くのはもう少し後の事になる。
夜明けの少し前、晶は顔を洗いに水辺に降りてきた。
仲間には告げず、一人静かに。ついでに罠の様子を確認するつもりだったのだ
「木の枝も踏まれていないし、罠にかかった形跡もなし。昨日の夜は卿も動かなかったみたいだな」
少し安心して身支度を整える。その背後で
パキッ。
木の枝が折れる音がした。
「やれやれ。この程度の罠で止められるつもりとは俺も甘く見られたものだな」
「何!!」
感じた気配に振り返る。その時、もう既に『彼』は0距離に近いところに立っていた。
「パーシ卿!!」
思わず後ろに逃げるようにして飛ぶ。慌てる様子の晶を追いもせずにパーシは腕組みをして見つめて笑っている。
「依頼において単独行動は命取りだぞ。一人でいるところを狙われて勝つ自信があるのかな?」
勿論、そんな自信などあるはずもない。手に持っているのは護身用のナイフだけ。
こうして対峙しているだけで、冷や汗が止まらなかった。
「何のために仲間がいるのか良く考える事だ。初めての仕事では無理も無いかもしれないがな‥‥」
余裕の表情で、一歩、一歩とパーシは近づいてくる。晶は一歩、また一歩と後退する。だが
「あっ!」
足が止まった。この後ろは自分がしかけた罠がある。これ以上は下がれない。
「さて、脱落してもらうぞ。これで二人目だ」
近づいてくるパーシに覚悟を決めるように晶は唾を飲み込んだ。そして‥‥
「助けて〜〜! パーシ卿に襲われる〜〜!!」
「はあ?」
女性ならではの、だが、外見からは想像がつかなかった思いもかけない悲鳴に、一瞬、呆けるようにパーシの足が止まったのを見て晶は罠を飛び越え一直線に走り出した。
「パーシ卿が居たぞ! 出やえ! 出や‥‥」
思いっきりの大声を上げて走る晶。だがその直後
ガツン!
頭に衝撃が走った。
「まったく、人聞きの悪い事を言わないでくれ。‥‥しかし、これで連中が起きて来るかな? ‥‥いよいよ‥‥本番‥‥」
遠ざかる意識の彼方。聞こえてきた言葉は‥‥とても楽しげだと晶は思った。
思ってもそれを伝える事はできなかったけど。
テントから駆け出してきたルナは横たえられた仲間を見つめ声を上げた。
「パーシ様の襲撃ですか?」
アレクセイは頷く。
「ああ、潮君と晶君がやられた。どちらも一人だったから一撃のようだね」
一応手当ては施してはあるが、暫くは動けまい。
「やはり、パーシ卿は既にこちらの動きを感知しておったようじゃな」
鈴麗の言葉に冒険者たちの顔つきが強張る。
昨日バイブレーションセンサーをかけた時、微かな反応が出ていた事を彼女は思い出していた。自分たちの後方に。
一応注意はしていたのだが、もし、彼がこちらの様子に気付いてたのであれば焚き火を守り、交替も多い見張番よりも、物陰で一人で見張る不寝番の方を倒しやすいと見たのかもしれない。
「魔法を使わない潮君が外で不寝番をしている時を狙っていたのかもしれないね。まあ、一歩間違えば誰が同じ目にあっていたかは解らないが」
「つまり、パーシ卿は逃げていたのではなく、逆に冒険者の動きを後ろから追いかけていたのですね。おそらく、入り口の近辺で様子を窺って」
流石だと、クルドは目を輝かせるがそんな彼を諌めるようにラディオスは腕を組んだ。
「感心している暇は無いぞ。二日目に入ってパーシ卿が攻撃に出てきたということは、だ。彼の攻撃をかわさないと俺達に勝ちは無いってことだからな。しかも二人を倒したってことはもう、この辺に近づいている‥‥」
「そうだね。単独行動は控えて、守りを固めると‥‥。おや、どうしたね?」
ふと、アレクセイは横を見る。そして今まで黙っていたアルディスがパタパタと空に浮かんでいるのを見つめた。
アルディスの目に真剣なものが浮かんでいる。
「パーシ卿は、この近くにいるのですよね。そして、僕たちの様子を窺っている‥‥」
「まさか!」
「アルディスさん!」
目を閉じてアルディスは呪文を紡ごうとしていたのだ。
「一か八か。上手くいけば意表をつけるかもしれません。方向が解ったら逆に攻めて行って下さいね」
心配そうな顔を浮かべる愛犬にニッコリ笑いかけながら決意を込めて、彼は呪文を唱えた。
「ムーンアロー! パーシ・ヴァルを撃て!」
シュン!
光の矢が冒険者の後方、一角に向って奔る。そして枯れ草が揺れ、木々がざわめいた。
噛み殺したような唸り声が魔法の的中を知らせる。
そして‥‥草を踏み走る足音が聞こえた。微かに見える金の髪。
「あっちか!!」
素早くラディオスは駆け出した。
その後をほぼ全員で追う。
森の中、相手を捕捉した最大のチャンス。本格的な追いかけっこが今始まったのだ。
「くっ。走りづらいな。だがパーシ卿は森に慣れているようだな」
このままでは差が開くばかり。なんとかできないかと思いながらそれでも懸命に冒険者はパーシを追いかけていた。
「ん?」
ふと、アレクセイは瞬きする。
「あちらには、確か‥‥」
雷の如き背中を走り追いながら、彼は地形の確認と‥‥昨日の探索を思い出す。確かパーシの行く先、その方向には落とし穴の罠があって‥‥確か自分達がずらしたあの罠が‥‥。
「上手くいくかな‥‥おや?」
微かな期待が生まれる。そして
「ちっ!!」
そんな悔しげな声と共に音は一瞬止まった。
また直ぐに走り出すが、その隙にかなり間が狭まる。上手くいけば追いつけるかもしれない。
あと、少し‥‥何かがあれば。
「パーシ卿! どうか大人しく投降なさって下さい♪ さもないと‥‥うふ♪」
冒険者の何人かがパーシの足を止めようと、呪文の用意を始めたその時だった。
スクロールを片手で広げたルナが歌うように高速で呪文を放ったのは。
「その呪文は! 待つのじゃ!」
ルナを包む赤い光に、止める様に鈴麗が手を伸ばしたがもう遅い。
「なに!」
バチン!
何かが弾ける様な音と、
ドウッ!
爆発音が同時に響いた。パーシの足元で炎が破裂したのだ。
「これで‥‥足止めを‥‥えっ!」
次の瞬間、目の前の光景にルナは瞼を瞬かせた。何故なら、‥‥目の前にパーシが立っていたのだから。
「パーシ‥‥卿?」
「バカ! 何をしている!」
逃げるはずの相手が、突然目の前に現れて驚く冒険者は、その激に始めて場の状況に気付いた。
「あれを見ろ! 森で何故、炎の魔法を使う!? どうなるか考えなかったのか!」
ルナの紡いだファイアーボムの影響で、森の木に炎が燃え移っているのだ。
魔法の範囲15m。
会話の間にもすでに何本かが赤く燃え上がる巨大な蝋燭と化している。
「あ‥‥私‥‥」
震えるルナの頬をバチン! パーシは叩いた。
「落ち着け! 話は後だ。誰か、水の魔法を持っているものはいないのか?」
「ウォーターボムなら‥‥火事の中心は私が引き受けよう!」
「任せた。早く火を消せ! このままだと森が火事になるぞ! 他の動けるものは延焼を防ぐんだ」
アイオンは鳥となりキャンプにいる筈の仲間を呼びにいく。
パーシの指示と冒険者全員の努力により火災が鎮火したのはそれから数刻後の事である。
小火と呼べるレベルで収まったのは、運が良かったと言えるかもしれない。
○敗者復活戦
「確かに、もうゲームどころではないだろうが、本当に良いのかね? パーシ卿」
思いもかけず円卓の騎士の指示で、思いもかけない敵との戦いに勝利した直後パーシはゲームの終了を宣言した。
冒険者の勝利で。
「ゲームはここで終わり。俺の敗北だ」
「いいえ。私がいけないのです。負けなどとおっしゃらないで下さい」
両手を上げたパーシにルナは泣き出しそうな顔で頭を下げる。パーシの頭でピーピーと啼くエレメンタラーフェアリーを剥がして。
「そうです。このような形での勝利は‥‥僕達も納得がいきません」
ちゃんと得られた勝利ではこれはない。クルドも食い下がり、他の冒険者達もまだその目に強い意志を湛えている。
ふう、と息を吐き出しパーシは笑う。
そして手の中に持っていたナイフを握りなおした。
「では、敗者復活戦をしてやろう。俺を捕らえてみろ。今、ここで。だ」
「‥‥あっ!」
瞬間、パーシは躊躇なくルナの懐に踏み込んで首元にナイフの峰を打ち込んだ。
意識を刈り取られ崩れるルナ。
そこで始めて状況を認識した冒険者達はパーシの周囲を散るように取り囲んだ。
今度のパーシは逃げをうってはこない。全員を倒しに来る!
「くそっ!」
ラディオスは打ち込まれたナイフの一撃を必死で自分のナイフで受けた。痺れるほどの衝撃が手に入ってくる。
反す刀で入れる攻撃はあっさりと避けられてしまった。
「鈴麗さん、アルディスさん。アイオンさんも僕の後ろの方へ‥‥」
月下は魔法の使い手たちと気をしなったルナを庇うようにホーリーフィールドを張った。
白い守りの中で、彼らは外の様子を注意深く窺う。
「圧倒的な劣勢じゃの。三対一でも、パーシ卿に傷をつけられぬな。このままでは」
冷静に鈴麗は分析する。確かにクルドとラディオス、そしてアレクセイ。
外で戦う彼らも健闘しているが、スピードがまるで違う。受けるのが精一杯だろう。
「何か‥‥手は無いのでしょうか?」
唇を噛む月下に、
「方法は‥‥あるにはある。上手くいけばチャンスをつくってやれるやもしれぬ。二人とも、力を貸しては貰えぬか?」
鈴麗はそう言うとアルディスと、アイオン。二人に作戦を囁いた。二人とそれを聞く月下も‥‥頷く。
パーシは結界内の自分達に気を払ってはいない。ならば、チャンスはあるかもしれない。たった一度きりであろうけれど‥‥。
カキン!
必死の思いでクルドは振り下ろされたナイフと共に六角棒を身体の上へと払った。
ナイフと棒。圧倒的なリーチと力の差の筈なのにこちらの攻撃は入った手ごたえを感じさせない。
(「このままでは‥‥!」)
足元を狙ってみても素早いフットワークでかわされる。円卓の騎士、雷の騎士の名の意味を彼は身体で理解していた。
見ればラディオスやアレクセイも息が上がっている。限界が近いのが見て取れる。
(「一度でも、チャンスがあれば!」)
そう思った瞬間。
「なに?」
まるで、パーシの周囲だけ夜が灯ったように黒い塊が彼を包んでいる。
一瞬振り返った。見れば後方から伸ばされたアイオンの手が真っ直ぐパーシを指している。
「ダークネスの魔法か!」
「今だ!」
ナイフを投げ出しラディオスが闇に向けて突進、タックルをかけた。
殆ど目も見えない状況であろうが、それでもパーシは回避を試みていた。
だが、それをさせまいとクルドは足元に向けて六角棒を打ち込む。
足に絡みつく草がパーシの足を縛った為か、それとも彼が後方に意識を向けたせいか。始めてクルドの棒がパーシの足に入る。
揺れてバランスが崩れた足元に必死で飛び込むラディオス。
そこにすかさずアレクセイが狩猟網を、一緒にいるラディオスごとパーシにかけ、包み込んだ。
網は揺れるがラディオスは、パーシを離さない。絶対に離さないと腕に力を入れて。
だから‥‥数分後。
冒険者は見る事ができた。解ける様に消えた闇の中からラディオスに足を掴まれたまま、苦笑と微笑を入り混じらせて笑う、パーシ・ヴァルの笑顔を。
○そして‥‥
「本当に良いのかね? パーシ卿?」
さっきと同じ質問を違う意味で発したアレクセイに、パーシはああ、と同じ答えで頷いた。
集まる冒険者にパーシは、一人一人の手に銀のナイフを握らせている。
「俺を捕まえた褒美だからな。気にせず持って行くといい」
大なり小なり喜びの表情で、それを受け取る冒険者達。
だが、一人だけは違っていた。
「‥‥でも、私は‥‥」
顔を背けるルナに、パーシは一本、残ったナイフをポケットに入れると‥‥別のナイフをルナに握らせたのだった。
「ならば、罰としてこれを受け取る事だ」
そのナイフは冒険者達に渡した新品とは違い、使い込まれていた。輝きに覚えがある。
「パーシ様。このナイフはさっきの‥‥」
「ああ。今回俺が使ったナイフだ。自分が調子に乗りそうになった時、初心を忘れそうになった時これを見て思い出すんだ。自分の失敗を‥‥な」
優しい眼差し。目元から溢れるものをそっと手で拭ってルナは、はいとナイフを受け取った。
「できるなら依頼を受けるときは十二分に考えて欲しい。自分の行動がどのような意味を持ち、どのような結果をもたらすか。‥‥自らの油断が思わぬ悲劇を生む事もあるのだからな」
はい。ルナはナイフを胸に抱きしめた。
彼の思いと一緒に。
「パーシ卿。もし、できましたら帰る前に、僕と一戦お相手頂けないでしょうか? 強い相手とはぜひ正面から戦ってみたいので」
先ほどの奇襲攻撃で敗れたのがよっぽど悔しいのだろう。真剣なまなざしを向ける潮に
「構わんぞ。槍とナイフどちらがいい?」
パーシは頷いて笑った。
もうすぐ日暮れ、明日帰るまで時間はある。
「次はどうか僕も。お願いします!」
「では僕は夕食の準備でも致しましょう。卿もどうかご一緒に」
「ああ、楽しみにしているぞ」
対戦を申し込んだクルドか、食事を誘った月下にか。
どちらに言った言葉かは解らないが、パーシの返事とそれに添えられた優しくそして明るい笑顔に冒険者達は噛み締めていた。
勝利よりも、価値のあるこの一時への喜びを。
キャメロットの門に到着したのは翌日の夕方。
仕事に戻ると言う彼を
「パーシ卿。お土産にいかがかね?」
アレクセイは呼び止めた。差し出された『お土産』は羊皮紙に描かれた肖像画。
武器を構える笑顔の円卓の騎士‥‥。
「これは?」
悪戯っぽくアレクセイは微笑む。
「今回の記念にでも。スケッチさせて頂いた。ちょっとした暇つぶしだよ。いらなければ誰かに贈るなり、燃やすなり好きにしてくれ給え」
広げられた絵そのままの笑顔でパーシは首を横に振る。
「ありがとう。貰っておこう」
パーシはそう言って羊皮紙を丸めバックパックへとしまった。
「とてもよい経験ができたと思います。もしよろしければ、またこのような機会を作っていただければと思います」
「僕も同感です!」
若き冒険者たちの思いにそれは良かったと頷き、彼は再び踵を返す。
そして
「待ってくれぬか? パーシ殿。どうしても頂きたい褒美があるのじゃ」
また呼び止められる。苦笑しながら彼は足を止めて振り返った。
「褒美? なんだ? 一体? あれで足りないか?」
そうではない。肩を竦めたパーシにぶんぶんと鈴麗は手を横に振る。
「褒美と言うより、頼みじゃ。いや‥‥約束かの?」
囁かれた『約束』を受け取って、パーシはもう一度背中を冒険者に向けた。
「では、またな‥‥」
背中越しに手を振って歩き去る。今度は、もう振り返らずに。
「今回は‥‥本当に申し訳ありません。以降本当に気をつけると誓います」
ルナは手を組んだ。
仲間達と共にパーシの背中に祈るように見送って‥‥。
冒険者には告げなかったが今度の依頼にパーシは満足していた。
思いもかけぬトラブルはあったが大事には至らなかった。
何より久しぶりに身体を思いっきり動かした。
いい、ウォーミングアップができたと思う。
これからに向けて‥‥。
パーシ・ヴァルは城へと戻る。銀の僧侶の言葉を思い出しながら。
『では今後、行方不明になる前には伝言か書置きを残しておくれ。行き先を伝えられぬ事もあろうが、帰還予定くらいは伝えても良かろう? 皆、心配する。だから約束じゃぞ』
いくつかの思いと、小さな約束を、守れるかどうか解らぬ約束を抱いて、彼は城へと戻っていった。
「あ‥‥しまった。忘れてしまいましたね」
帰り際、冒険者は仲間のそんな呟きを耳にした。
そう。アイオンは小さな忘れ物をした。
最初に持った疑問の答えをパーシに聞くということを。
「まあ‥‥またの機会にしましょうか?」
『円卓の騎士が冒険者の育成に携わるのは、何か理由があるのでしょうか』
アイオンは忘れ、冒険者も誰も聞かなかった。
だからその答えを彼らが、そして人々が知るまではまだ今少し、数日の時間が必要だった。